『白雪姫』――「よい女の子のためのグリムどうわ」(文武科学省推薦申請中図書)より
むかしむかしの、とおいむかしのおはなしです。
西の方の国に、とても美しいおきさきさまがおりました。
ある冬のさなかのことです。
雪がひらひらと降るあさに、おきさきさまは黒い黒檀の窓のそばにすわって、
縫いものをしていました。
チラと雪の方をよそ見したとき、縫い針を指にさしてしまって、
三てきの血が雪のなかへ落ちました。
まっ白い雪のなかの赤い血がとても美しかったので、おきさきさまはこう思いました。
「この雪のように白く、この血のように赤く、この窓わくのように黒い、
そんな子どもができたらいいのに」
そのおねがいごとを、神さまがきいておられました。
ほどなくして、おきさきさまは女の赤ちゃんをさずかりました。
その女の子は「雪のように白い肌」と「血のように赤いくちびる」をもっていたので、
“白雪姫”と名づけられました。
予定では「黒檀のように黒いかみ」もそなえているはずなのですが、
ものおぼえの悪いコウノトリさんがまちがえて、
「黒檀のようにドス黒いしっと心」というふうに設定してしまいました。
まぁそれでもリクエストどおりではありますから、神さまも良しとされました。
なぁに、不祥事は隠蔽されている限り不祥事ではありません。
明るみに出てから「現場の部下がやった」「記憶にございません」と、
しらばっくれればいいのです。
さすが神さま、要領のよさはそこらへんの食品偽装表示会社の役員とは比べものになりません。
さて、白雪姫が生まれると、おきさきさまはすぐに亡くなってしまいました。
その一年後、王さまは新しいおきさきさまをもらいました。
新しいおきさきさまは、前のおきさきさま以上にたいそうお美しいかたでした。
やがてうまれたお二人の子どもも、白雪姫にまけないくらい見目うるわしい男の子でした。
白雪姫なんかはひと目見たときから、このかわいい弟のことが大すきになってしまいました。
それからの白雪姫と王子さまは、姉弟二人で手と手をとりあって、
なかむつまじく、すくすくと成長していきました。
白雪姫はもう弟べったりで、目に入れてもいたくない、むしろ入れたい、
どうせならわたしに入れて欲しい! ――とかわけのわからんことをいいだすほどの溺愛っぷりです。
王子さまの側仕えの侍女はみんな遠ざけて、すべてのお世話はお姉ちゃんがどくせん。
だれにももんくはいわせません。
ところでそんな白雪姫は、前のおきさきさまからゆずられた、あるふしぎな鏡をもっていました。
その鏡の前に立って、なかをのぞいて、
「鏡よ鏡よ、鏡さん。王子がいちばん愛しているのはだあれ?」
とたずねると、鏡は、
「白雪姫さま。王子さまがいちばん愛しているのは、あなたです」
と答えるのでした。お姉ちゃんは大満足です。
なぜなら、この鏡はけっしてうそをいわないことを知っていたからです。
白雪姫は十七歳になると、そのえがおはお日さまのように明るく、その肌は新雪よりもなお白く、
そのくちびるは鮮血よりもさらに赤く、ほんとうに美しい少女になりました。
ついでながらしっとぶかさの方も、新月のやみよよりもドス黒く成長していました。
白雪姫の美しさをみそめたとおい国の王さまや王子さまは、
こぞってプロポーズをしにやって来ましたが、白雪姫はみむきもしません。
どこの馬のほねとも分からない男には、きょうみがないのです。
十五歳になった王子さまの方は、その勇かんさは騎士にもおとらず、その利はつさは父王ゆずり、
その美ぼうは白雪姫も舌をまくほどという、将来がたのしみな少年に育っていました。
白雪姫などは、王子さまと禁断の果実をむさぼる日をゆめみて、もうそうにふける毎日です。
そんなある日、いつものようにふしぎな鏡のまえに立った白雪姫が、
「鏡よ鏡よ、鏡さん。せかいでいちばん、王子が愛しているのはだあれ?」
とたずねると、鏡は、
「白雪姫さま。王子さまが家族としていちばん愛しているのは、あなたです。
けれどもお城のちゅうぼうではたらく小間使いは、あなたより千倍も愛されています」
と答えるのでした。
これをきいたお姉ちゃんは、いかりのあまり、ゲンコツで鏡をたたきわってしまいました。
なぜなら、この鏡はけっしてうそをいわないことを知っていたからです。
白雪姫はおおぜいのへいたいを引きつれて、すぐさまおしろのちゅうぼうをとりかこみ、
もんだいの小間使いをつるし上げました。
それはもう18禁のスレでもかけないようなすんごい拷問で、
あさひるばんと休ませずにヒイヒイいわせたあげく、
でっちあげた罪で股裂きの刑にしてしまったのです。
それでも腹のムシがおさまらない白雪姫は、小間使いのしたいをバラバラにきりきざんで、
おしろのほりになげこんでしまいました。
こころやさしい王子さまは、このじけんにたいそう心をいためて、
へやにこもって泣きくらす毎日です。
白雪姫はそんな王子さまによりそって、
「かわいそうな王子、あんな下賎な犯罪者のおんなにだまされて。
いいわ、きずついたあなたの心は、お姉ちゃんがいやしてあげる」
とあまい言葉をささやいて、ぺろりと舌をだすのでした。
*** *** *** *** *** *** *** ***
さらに数年がたちましたが、白雪姫はおよめにもいかずに、
弟につきまとう日々をくらしていました。
そんなある日、ひさしぶりにふしぎな鏡の前に立った白雪姫が、
「鏡よ鏡よ、鏡さん。せかいでいちばん、王子が愛しているのはだあれ?」
とたずねると、鏡は、
「…………」
なにもいいません。
数年前に白雪姫がたたきわってしまったのですから、そりゃおこっていてとうぜんです。
チッと舌うちをした白雪姫は、われた鏡のかけらをごはん粒で適当にくっつけると、
もう一度もどかしそうに
「鏡よ鏡よ、鏡さん! せかいでいちばん、王子が愛しているのはだあれッ!?」
とたずねました。すると鏡は、白雪姫がこわいのでしょうじきに、
「白雪姫さま。王子さまがこの国でいちばん愛しているのは、あなたです」
と答えるのでした。お姉ちゃんは大満足です。
なぜなら、この鏡はけっしてうそをいわないことを知っていたからです。
ところが、空気のよめないしょうじきものの鏡は、このあとによけいな一言をつけくわえました。
「けれども、せかいでいちばん愛しているのは、となりの国のお姫さまです」
これをきいたお姉ちゃんは、「またかッ!!」とおたけびを上げると、
ハンマーで鏡をこなごなにしてしまいました。
なぜなら、この鏡はけっしてうそをいわないことを知っていたからです。
それで白雪姫は、ガラのわるい狩人をよびつけていいました。
「となりの国の姫を荒れた森へつれだしておくれ。
森のなかでその姫をブッ殺して、しょうこに心臓と肝臓を持っておいで」
狩人は白雪姫の命令にしたがって、ひそかにおしろを出発しました。
けれどもそんな二人のみつだんを、ほかならぬ王子さまがぬすみぎきしていたのです。
「ああ、神よ。なんということだ」
王子さまは、ほんとうに姉のことを愛していました。……あくまでも、姉として。
そんな白雪姫に、これいじょう罪をおかさせたくはありません。
「すべては自分がいるせいだ。自分さえいなくなれば、姉上はもうわるいことはしない」
こころやさしい王子さまは、そう思いました。
いそいで狩人をおいかけた王子さまは、おしろの外でこの悪漢をやっつけると、
そのまま東の森へすがたをけしてしまうのでした。
さてさて、おしろをとび出した王子さまは、この大きな森のなかでたったひとりぼっちです。
木ぎの葉っぱを一まい一まいながめては、これからどうしようかと考えます。
しかし根がおぼっちゃん育ちですから、
考えなしに家出したあげく「まぁなんとかなるか」ですませるほどらくてん的です。
のうてんきな王子さまは、とりあえず森のおくへとあるきはじめました。
とがった岩をこえ、イバラの原をこえて、おそろしいけものはごじまんの剣でやっつけて、
なんなく先へすすみます。
やがて夕やみがせまるころ、小さな小屋が見えてきました。
王子さまは「神さまのごかご!」とばかり、かってにあがりこんで休ませてもらおうと思いました。
さすがぼっちゃん育ちです。
その小屋のなかにあるものは、どれもこれもかわいらしくて上品で、
とてもことばではいい表せないほどあまいにおいがしました。
ピンクのクロスがかかったテーブルの上には、七つのおさらがならべられていました。
それぞれには、やわらかそうなパンと、こうばしいにおいのするソーセージがのっています。
かたわらには、よく切れそうなナイフとよくとがったフォーク。
ピカピカにみがき上げられたコップもやっぱり七つ。おいしそうなワインがつがれています。
かべぎわには、雪のようにせいけつなシーツをかけられたベッドが、七つならんでいました。
ベッドのまくらもとには、やはり七つのゴミばこがおいてありました。
ゴミばこのフタをあけてのぞくと、ほんのりなまぐさいにおいがして、
赤い血のついたガーゼみたいなモノもすてられていました。
でも王子さまはぼっちゃん育ちですから、女のひとの生理のことなんてしりませんし、
あまりきょうみもありません。
だれかケガでもしたのかな、と思うだけです。
そんなことよりも、一日じゅうあるきつづけたせいで、おなかがぺこぺこでした。
七つのおさらから、すこしずつパンとソーセージをちぎって、食べました。
七つのコップから、一くちずつワインを飲んで、げっぷをしました。
やりたいほうだいやった王子さまは、まんぷくになったおなかをさすると、
七つあるベッドのうちのいちばん大きなものに横たわって、すぐにいびきをかきはじめるのでした。
さすがぼっちゃん育ちです。
そうしてあたりがすっかり暗くなったころ、この小屋の主人たちが帰ってきました。
それは、山のなかでみんなで仲よくくらしている、七人のかわいらしい少女たちでした。
少女たちは七つの小さなあかりをつけました。
そして小屋のなかが明るくなると、だれかがこのなかに入ったことに気づきました。
小屋のなかのようすが、あさ出かけたときとちがっていたからです。
最初の少女がいいました。「だれか、わたしのいすにすわったひとがいるわ」
二番めの少女がいいました。「だれか、わたしのおさらから食べたひとがいるわ」
三番めの少女がいいました。「だれか、わたしのパンをちぎって食べたひとがいるわ」
四番めの少女がいいました。「だれか、わたしのソーセージをとって食べたひとがいるわ」
五番めの少女がいいました。「だれか、わたしのコップで飲んだひとがいるわ」
六番めの少女がいいました。「だれか、わたしのフォークとナイフをつかったひとがいるわ」
七番めの少女がいいました。「だれか、わたしのゴミばこのフタをあけたひとがいるわ」
ゴミばこをのぞいていた七番めの少女が、つづけてさけびました。
「わたしのベッドでねているひとがいる!」
ほかの少女たちもかけよってきて、七つの小さな明かりをもってきて、てらして見ます。
「なんてことなの! あらまああらまあ、なんてことなの!」
王子さまの美しい容ぼうを目にした少女たちは、もうおおさわぎです。
「まぁ、なんてすてきな方なんでしょう!」
「しかも、あたまもかしこそう! 年収はおいくらかしら!?」
「白いタイツにポッコリうかびあがった――アソコの方もなんというたくましさ!」
などと、かしましくわめきちらしたあげく、おおあわてで家中をはしりまわりはじめました。
最初の少女は、王子さまのすわったいすに頬ずりをしました。
二番めの少女は、王子さまがつかったさらをなめまくりました。
三番めの少女は、王子さまの食べかけのパンをくちいっぱいにつめこみました。
四番めの少女は、王子さまの食べのこしのソーセージをくわえて
「えへ、あの方のソーセージ……」と不気味にわらいました。
五番めの少女は、王子さまがくちをつけたワインをすべてのみほして、よっぱらっていました。
六番めの少女は、王子さまがつかったナイフとフォークで、イケナイことをはじめました。
七番めの少女は、ゴミばこなんかをあさっていてもしかたがないので、
王子さまのベッドに入って添い寝をしました。
すると他の少女たちがいっせいにあつまってきて、
ぬけがけをした少女をよってたかってタコなぐりにして凹ましました。
七人の少女は、六人になりました。
そうしているうちによるがあけ、あさになり、王子さまは目をさましました。
そして、六人の少女と一つのしたいを見て、ぎょうてんしました。まぁとうぜんです。
けれども少女たちは、やさしくほほえんで、王子さまにこうたずねました
「ねぇねぇ、あなたはだあれ? どこのおひと?」
「ぼくは西のおしろの王子です」と、王子が答えました。
「はいはい、つぎのしつもーん! 王子さまはぁ、こいびとはいるんですかぁ?」
少女たちは、デリケートなしつもんをした少女を小屋のそとへつれだすと、
みなでしてなぐりかかって、いきのねをとめました。
六人の少女は、五人になりました。
「ざんねんながら、今はそういう女性はいないのです……」と、のんびりやさんの王子は答えました。
げんきんな少女たちは、あたらしくできたしたいをほったらかしにして、
きゃいきゃいさわぎながら王子さまの元へかけよりました。
「はいはーい! なら、わたしが王子さまのこいびとにりっこうほしまーす!」
少女たちは、ふとどきなことをほざいた少女を、その場でちまつりにあげました。
五人の少女は、四人になりました。
「ねぇねぇ、あなたはどうして、わたしたちの家へ来たの?」
いきのこった少女たちは、そうききました。
そのころには王子さまはもう、ぶっそうな少女たちにすっかりおびえてしまって、
ガタガタふるえていました。
それでも少女たちは、
「ねぇねぇ、どうしてこんな森にいたの?」と、かさねてたずねようとします。
こわくなった王子さまは、しょうじきに、
姉が自分をどくせんするためにひとをころそうとしたこと、
だからおしろから家出をしたこと、
そして一日じゅうあるきまわってこの小屋を見つけたことをはなしました。
すると少女たちはいいました。
「ねぇねぇ。それなら、この小屋にずっとおいでよ。ここでいっしょに住もうよ。
料理をするのも、ベッドをととのえるのも、せんたくをするのも、縫い物をするのも、
編み物をするのも、家のなかの用事も外の用事も、ぜんぶわたしたちがやってあげる。
だからあなたは、ずっとここにいなよ。なにも不自由はさせないから。
――よるのおせわの方もしてあげるから」
けれども王子さまは、こんなところにいたくありません。
今ここに二つ、そとのものをふくめると三つ、したいがころがっています。
じょうだんじゃありません。
「いえ、おじゃましてはわるいです。ぼくはもう、ここを出発します」
「ずっとここにいなよ」
「いいえ、おかまいなく。ひとばんの宿を、どうもありがとうございました」
「ずっとここにいなよ」
「かってに食事をいただき、かってにベッドをつかってしまい、もうしわけありませんでした」
「ずっとここにいなよ!」
「このお礼はいつの日か、かならず……。それでは、さようなら」
「ずっとここにいなさいッ!!」
大声でわめき出した四人の少女(と三つのしたい)は、
にげようとする王子の前に立ちふさがりました。
「わたしたちと一緒にいなさいッ!!」
「わたしたちに優しくしなさいッ!!」
「わたしたちを抱きなさいッ!!」
「わたしたちを、愛しなさいッ!!」
こうして王子さまは、四人の少女(と三つのしたい)にかんきんされてしまいました。
あさになると少女たちは山へ木の実をひろいにでかけ、よるになると帰ってきます。
けれども王子さまは、そのあいだににげることができませんでした。
王子さまのからだは、ベッドにがんじがらめにしばりつけられているからです。
食事は四人の少女のくちつつしで、先をあらそうようにして、のどのおくにながしこまれます。
なわをほどいてもらったとたん、王子さまのりょううでの引っぱりあいがはじまります。
よるはとうぜん、ねさせてもらえません。
「知らない女の人についていったら、メッだよ? 知ってる女の人でもとうぜんダメ。
あなたのお姉さんにもいずれここのことが分かるだろうから、
だれもおうちのなかへ入れてはダメなんだからね?」
少女たちはそういうと、じゅんばんにおでかけのキスをしてから、お仕事にでかけます。
王子さまにできることは、かなしそうな目をしてそれを見おくることだけです。
『だれもうちのなかに入れるな』って……そもそもベッドにしばりつけられているのに、
だれをどう入れろっていうのでしょうか。 |