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平和主義者(自称)の苦悩(仮)

第1回


1

 俺は平和主義者だ。
  ものすごい平和主義者なもんだから戦争はもちろんのこと喧嘩も嫌いだ。
売られた喧嘩は買い取り拒否してとにかく謝る。
「ああっ!? んだテメーコラ?」
「なによ!? 狂犬みたいに吠えないで日本語喋りなさいよ」
  俺は平和主義者だ。
  とてつもなく平和主義者なもんだからとにかく口喧嘩や言い争いなんかも嫌いだ。
  だから相手が怒っていたらとりあえず俺が折れて謝る。人は俺を「志村土下座右衛門」と呼ぶ。
「このクソアマが…マジ顔潰すぞコラ? とりあえずその手を放せや? まだ死にたくねーだろ?」
「やれるもんならやってみなさいよ? そんなことしたら司がなんて思うでしょうね?
  口じゃ敵わないからってすぐ暴力なんて最低」
  俺は平和主義者だ。
  とてつもなく半端じゃなく争いなんかもう大嫌いなもんだから
他人の争いを見るのも巻き込まれるのも嫌いだ。
  主婦の陰口から小学生の口喧嘩でさえ見るのも嫌だ。
  猫の喧嘩さえ見てるだけで緊張して冷や汗が出る。
犬の散歩中に他の犬と喧嘩になりそうな雰囲気だけで悶絶しそうになる。イジメなんて耐えられない。
「お前、本気で死にたいらしいな? 司がお前と一緒にいるのを嫌がってるのが分かんねーの?
  いい加減に司の右腕放せや? な? マジへし折るぞ?」
「司が嫌がってるのはアンタの方よ。ね、司? アンタみたいな突然降って湧いてきたような
不良女につきまとわれて司は迷惑してるのよ。アンタこそ司の左腕放しなさいよ」
  俺は平和主義者だから土下座が上手い。土下座三段だ。
  誠心誠意謝れば相手も許してくれる。
無意味で不毛な争いが終わるならいくらでも額を地面に擦りつける。
  土下座は素敵だ。日本古来からの伝統と由緒ある謝罪の表現方法だ。
やはり世界中でこれほどはっきりと言葉や気持ちを体で表現する方法下座が上手い。土下座三段だ。
  誠心誠意謝れば相手も許してくれる。
無意味で不毛な争いが終わるならいくらでも額を地面に擦りつける。
  土下座は素敵だ。日本古来からの伝統と由緒ある謝罪の表現方法だ。
やはり世界中でこれほどはっきりと言葉や気持ちを体で表現する方法はない。
  ベストオブ謝罪。キングオブ謝罪。関東土下座組三代目組長になるのが俺の夢だ。

「はぁ? 脳ミソ腐ってんじゃねーのか?
  お前みたいなブスに長年つきまとわれて迷惑してる司の気持ちも分かんねーのかよ。
はっきり嫌だって言っちまえよ司。そんなブスなんかさっさと捨ててアタシと一緒にメシ食おうぜ。
なんならアタシをく、くく食っても良いんだぜ?」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! なに変なこと言ってんのアンタ!?
司がアンタみたいな下品な女を食うもんですか! 食中毒になるわよ。
あっ、ああアタシのほうが良いわよね司!? そんな女の体なんか興味ないわよね?」
  土下座の基本は姿勢だ。背筋を真っ直ぐに伸ばして顎を引く。
  背中に棒が入っているイメージで正座をして相手を見る。
  次に足を45度開いて隙間を作り、両手を膝の前に八の字で添えるように置く。
  そして背中を曲げないようにそのまま頭を深く下げる。
  上級の土下座は額を地面につける。そして額を擦りつけながら相手が許してくれるまで
何があっても頭を上げない。
  相手が許してくれたときには感謝を込めて涙を流せば完璧だ。
「はっ! そんな貧相な体でなに寝言言ってんだ? 司は胸の大きな女が好きなんだ。
お前自分の胸見てみ? 腹のほうが出てる貧乳豚よかアタシのほうが良いに決まってんだろうが?
  な、司?」
「誰が貧乳豚よ! アタシのウエストは57よ。
アンタこそ乳にしか栄養がいってなくて脳味噌スカスカの狂牛病女じゃないの!
アタシなら司が望むなら、あ…あんなこともそんなこともさせてあげるわよ? だから、ね、司?」
「すんませんでした! ホンットすんませんでしたあぁぁぁ!!
俺が悪かったんです! ごめんなさい!! 勘弁してくださいいぃぃぃぃっ!!」
  今回は両腕を掴まれていたから土下座は無理だった。そもそも土下座の話自体が全部嘘だ。
関東土下座組なんて超嘘だ。

 状況を説明するとこうだ。
  ここはとある田舎の高校。ごく普通な2‐Bの教室。昼休みの昼食タイムである。
  そんで教室内は険悪というかジリジリとした緊張感漂う修羅場的な空間になっている。
  俺の右隣には幼馴染みの井上結花が、
左隣には同じクラスの佐倉瑞希が俺の両腕を掴んで一触即発なふいんき…あっ、雰囲気だ。
  周囲のクラスメイツは可哀想な人を見る目が半分、楽しそうに見る目半分。
毎度の事と無視して食事中が数名、どうなるか賭けている者達が数名だ。
誰も止めようとしないあたりは薄情な現代社会を恨まずにはいられない。
  事の発端は佐倉瑞希が俺を昼食に誘いに来たことから始まる。
  俺は友人達と食堂で好物のカレーかオムライスを食おうと考えてた。
  んでそこにほぼ同時に結花が食事を誘いに来たところでこうなった、と。説明終わり。
「なんで司が謝るんだよ? コイツが悪いんだから司が謝る必要なんてないんだぜ」
「そうよ、司が謝ることはないわ。全部この女が悪いんだから司が気にする必要なんてないのよ」
  二人に俺の謝罪は通じなかったようだ。そもそも通じた記憶があまりない。
  助けてくれとアイコンタクトを友人のカネケン(本名・兼平謙吾・彼女無し・童貞)に送るが
ニヤニヤ笑って見てるだけだ。後で肛門にフリスク入れてやる。
  時計の針は進み続けている。このままでは昼飯抜きで午後の授業に挑まねばならない。
孤立無縁で切り抜けなければならぬとはなんたることか…。
「あのさ、二人とも喧嘩は止めて…」
「今日はアタシが司の分まで弁当を作ってきたんだぜ。司はコロッケ好きだろ?
  エビフライもハンバーグも作ったんだ。頑張って作ったんだぜ。
だからそんな女はほっといて食べてくれよ」
「はあっ? アンタの作ったモノなんて毒でも入ってるんじゃないの?
  だいたい高カロリーなのばっかで胸やけして吐くわよ。
それならアタシが作ってきた弁当のほうが食べ慣れてて好きよね?
  今日の玉子焼きと焼き魚は絶品よ」
  俺はカレーが食いたいんだ。
  食堂のおばちゃん(美智子・56歳)に頼んで作ってもらうオリジナルメニューの
オムライスカレーが食いたいんだ。気持ちは嬉しいが今日は美智子なんだっ!
「な、司? アタシの弁当食べてくれるよな?」
「ね、司? アタシの弁当を選んでくれるわよね? っていうかアタシを選ぶわよね?」

「あうあうあうぁ…」
  助けてくれ! 誰か俺を助けてくれ!
  変なうめき声を出しながら途方にくれる俺。笑うカネケン。
二人から睨まれる俺。頭の中でドナドナが聞こえる。
「いや、司は私と屋上で昼食を食べるんだ。司がこまってるから二人とも手を放せ」
「違うわね。司君は私と生徒会室で二人きりの昼食よ。貴方達三人はお呼びじゃないわ」
  謎の声は廊下側から聞こえた。聞き覚えのある声だが今は聞きたくない声だ。
  驚いて振り向くと、そこには二人の女子生徒が二つの包みを持って立っている。
  最初に聞こえた声の主は隣のクラスの高栖ナオ。
クール美人で近より難い雰囲気を出しているが実際話すとそんなことはない。
もう一人は生徒会長の北条椿。三年生で学校の生徒から絶大な人気と信頼を誇り、
おまけに大企業の令嬢でもある完璧超人だ。
  っていうか、なんで増えるんだよ……。
「お前らこそ消えろやゴラァ! 司はアタシと一緒に昼飯を食うんだよ!」
  怒鳴る佐倉瑞希。ものっそい形相。さすが不良だ。
「ちょっと司! どういうことよこれ。あの二人は誰よ! ってかアタシを選ぶんでしょ!?」
  俺の手首を花○薫並に握る結花。コイツ握力測定の記録どんくらいだ
あんたそれ通用すると思ってんの? つーかなんで俺?
「司! アタシだよな!」
「司! アタシよね!」
「司! 愛してる! 一緒に昼食を食べよう」
「司君! 会長命令よ!」

 四人に囲まれる俺。
  盛り上がる教室。大爆笑なカネケン。歪む視界。空腹なのに胃が重い。
もう駄目だ――。
そう思ってオムライスカレーと人生を諦めかけた時、あの先生の言葉が頭に浮かんだ。

――諦めたらそこで試合終了ですよ。

 安西先生! 分かりました。俺頑張るよ!
  安西先生(物理教師)のおかげで縮こまった心に力が戻った。意を決して深呼吸をする。
  後ろを振り返るとちょうど窓が開いている。距離は5メートルもない。あとは覚悟を決めるだけだ。
  この状況で土下座は意味がない。恐らく誰も許してくれないだろうし争いは収まらないだろう。
  なら――争いの元凶が消えれば済む。
  四人の視線が痛い。視線が突き刺さるとはこのことを言うのだろう。

 スマン! あとで土下座するから許してくれ!

 結花と瑞希の手をふりほどいて窓に向かって走る。
  あまりの緊張で全てがスローモーションのように感じる。
  驚く四人とギャラリーの顔。未だ笑っているカネケン(あとで肛門に割り箸刺してやる)
  窓枠に右足をかける。空が青い。下は自転車置き場の屋根がある。後ろから俺を呼ぶ声が聞こえる。
  俺は右足に力を込め、鳥のように教室から飛んだ。
「美智子おおぉぉぉぉっ!!」

 

「…で、足をくじきながらも食堂に行ったら食堂のおばちゃんは休みで
カレーもオムライスも売りきれだったと。
  そんで先生に怒られて帰ってきたら四人にまた囲まれて土下座したと……馬鹿だろお前?」
「うるせーよバカネケン! 友達なら普通助けてくれてもいいだろうが!
  ちょっとケツ出せ。フリスクとシャーペン突っ込んでやる!」
  両手にフリスクとシャーペンを持って怒っている司を見ていると再び笑いがこみあげてきた。
  そんな俺を見て司は恨めしそうに俺を睨むがそれはやつ当たりってもんだ。
  司と四人のやりとりは日常の一部と化している。
ちょっと前まで俺と一緒でモテなかった司が今ではこれだ。世の中ってのは不思議で不平等なもんだ。
  他人の不幸は蜜の味と言うが、他人の修羅場はなんの味なんだろうね?
  あっ、司が逃げ出した。井上と佐倉が追い掛けて行った。多分すぐに捕まるなありゃ。
足をくじいてんだから逃げられるわけねーのにバカだねぇ。
  四人とも超がつくほど美人なのになんで選べないのか俺には理解できねーよ。
ま、俺は見てて楽しいからいいけどな。

 ……あ〜あ、彼女欲しい。

2007/12/13 完結

 

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