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Dawn of Darkness(仮)

第1回                  
                 


管理人より
こちらの作品は、プロットとして投稿された「King's Mind(仮)」から派生した作品です。
本編をお読みになる前に「King's Mind(仮)」の第1回を読んでおくことを推奨します。
1

「スラルと男とあの子供は捕えろ。――――あとは全て、殺せ」

王の言葉に、城から連れてきた少数の兵士全員が耳を疑う。
――あんなに堅実で優しく賢い王であったのに何故、と。
無論、私はそんなこと気にもしていないのだが。
ふと、ホーネットから視線を感じた。
私は彼女の視線に応えるように目を合わせる。

「ホーネット様、どうなさいましたか?」
「――――ッ」

ホーネットはあわてるように私から目をそらす。
何故だろうか……考え込むように口元に手を持っていくことで、『そのこと』にようやく気づいた。
私、笑っていた――――のか。
周囲の動揺をよそに、私は背筋をピンと伸ばす。
笑みを浮かべる口元を意識して元に戻し、まだ唖然としているホーネットと兵士たちに向き直った。

「皆様、若の言葉が聞こえなかったのですか? ただちに兵の準備をなさいませんと」
「……あ、ああ。ああ、…………そうですね。
王――ただちに兵を揃えます。この程度の村でしたら、兵は3……いや2百もいれば良いでしょう。
おそらく陽が昇るまでには全てが片付くものかと」

私の声に最も早く反応したのはホーネットだった。次いで他の兵士たちにもそれが伝播する。
とはいっても動揺、それ自体は治まっていないのだけれど。

「王、あなたは相次ぐ激務にお疲れのご様子。
このまま御自室にて報をお待ちになるのがよろしいかと」

ホーネットもティークのことが心配なのだろう。彼女もティークに気があるようだから。
でもあなたはまだ彼のことを理解しきれていない。
彼は、良くも悪くも一直線な人だ。
私を拾ったときも、訓練校のときも――あの、忌々しいスラル姫と結婚したときも。

だからおそらく、今回も――――

「――いや、俺も同行しよう」

と、そう言うだろうと私には予想がついていた。

「王っ! そんな、自分がどれだけ無茶をしているのか理解しているのですか! 王は――」
ホーネットは尚も説得を試みる。
「そうだよ、ホーネット――」

そして、このときばかりは私も流石に驚いた。

「ホーネット。俺が、王だ。じゃあ、『俺の』忠実な家臣であるお前に聞こう。
お前は俺に仕えているんだよな? スラルでは無くて、先王でも無くて。
この俺――に仕えているんだよな?」

その言動はティークにしては不自然なほどにイビツ――

「そ、それはそうですが、いきなり理由もなく……」
「理由もない――ふむ、そうか。じゃあこんなのはどうだ、奴等は王妃スラルを町ぐるみで拉致し、
2年もの間、監禁していた。逆賊は国王ティークにより一夜にして殲滅される。
誘拐していた首謀者は当然のこと、隠蔽に関わった町の人間全ても同罪とみなされ処刑される、
っていうことならば理由になるだろう――――何か、問題があるか?」

あのティークがあんな風に強引に押さえつけるような命令をするなんて。
これにはさしものホーネットも押し黙るしかないようだった。
少々の吃驚、それと同時にまた私の心を締め付けるような痛みが走り、
身体の中がグシャグシャになっていくような錯覚を受ける。

ああ……若、私のティーク…………。

あなたは、あんなにも裏切られて、どれだけ努力しても報われず、自分は見向きもされていないのに、
自分以外の苦労なんて露ほども考えていないあの小娘に、あなたの心は囚われているのか…………。
嫉妬、そんな言葉では決して表すことのできない、漆黒の焔が私を抱いているような錯覚に陥る。
今夜、騒ぎに乗じてあの色惚けの小娘(スラル)を殺してしまいたい。
それは若の望むことでは無い。

――けれども、もし、この命令の意図が『そこ』にあるのだとしたら………

「若、ホーネット様。私も行きます。あなたが……王である貴方が行くのであるのならば、
その護衛である私こそ、そこ加わるべきでしょう」

……あの女を手に入れるための作戦であるならば、きっと私は彼女を殺してしまうだろう。

その夜。暗い闇の中を進む兵の数は実に230名。
目標は約800人の人間が住むディランドル領ホワイトヘブン。
指揮をとるのはスラル姫の元護衛ホーネット。
命令はただ二つ。元王妃スラル、およびその夫サーナキアと子供以外は皆殺しにせよ。
ホワイトヘブンは焼き払い、地図の上から跡形も無く消せ。
この虐殺にはスラル姫と当時婚姻関係にあった国王ティーク、
その右腕であり護衛のゼンメイも同行していた。

後の世に大きな爪痕を残すこととなる「ホワイトヘブンの虐殺」とよばれる戦禍である。

眩暈がするほどの血の雨の薫りに咽ぶことなく、闇を打ち消すような灼熱の焔に囲まれながら、
彼はただ笑っていた。

私――ゼンメイは彼の護衛として同行し、彼の馬に並ぶように自身の馬を寄せる。
炎に照らされてるせいか、それとも彼自身が高揚しているからなのだろうか。
ティークの横顔はいつもより赤みが増している気がした。

「見てよ、ゼンメイ。この何の変哲も無いこの小さな町が――このホワイトヘブンが、
今、たった一人のくだらない男のせいで滅びようとしているんだ」
その姿は子供のように無邪気で、大人のように切なく。
何かを決意したような、あきらめとも熱意とも受け取れる顔だった。
「若…………」

彼は誰のことを言っているのか。

「ゼンメイ。ゼンメイが、そんな辛そうな顔をしないでよ」

そのティークに問いかけた。

「……若。若は、心が痛みますか?」

それは私が最も気にかけていたことに直結する。

「……いや、不思議と痛みとかはあまり感じないんだ。
きっとこの国に来てから2年の間にそういう感情はすり切っちゃったのかもね」

そう、2年間。あれからもう2年も経つのだ。
私は彼の口から2年という歳月を思い知らされるたびに胸が苦しくなる。

――もし、あるいは、きっと。
儚い幻想と知りながら、私はそんな自責の念に駆られてしまう。
あの時、縁談を破談にしてさえいれば。
スラル姫に想い人がいるとわかった時点で、どんな手を使ってでもそれを為していれば。
ティークがこんなにも追い詰められることは無かったはずだ、と。

――バカなことを。
それは本当に馬鹿げた妄想だ。こうなってしまっては全てが手遅れだろう。
なればこそ、私がこの場でとる行動はただ一つ。
全ては私のティークのために――

「お、おれたちの町に何しやがるンだ……おれたちが何をしたってんだよォ!」

不意に背後から聞こえたのは怒声を張り上げた男の声。
王が振り向くより疾く身体が反応し、するりと馬から飛び降り、
左の腰に下げた豪華な鞘ごと剣を抜く。
男はどうやら一人ではなかったようで、そこには斧が一人に鍬が二人。合計で三人の男がいた。
ただの木こりと、ただの百姓と判断する。
その三人、全員が激しく息巻いていた。
矢継ぎ早に何かを言っているようだ。

「悪魔どもが……俺の娘が……許さない……
みんなのカタキを……裁きに……ここで、死んじまえ!」

それだけ拾えれば十分だった。
十分に殺す――価値があるというものだ。
身体を急激なまでに前に倒し、地面を滑るように駆け出す。
血と焦げた肉を踏みつけ、すり抜けるようにして男達に接近。
一歩々々と男達に近づいていく。
右手で剣の柄を握り左で鞘を掴み左右にスライドさせると、
銀色に煌く霜刃が右手に吸い付き私に途方も無い力を右手から直に与えてくれる気がした。
刃を見た男達の顔が蒼白になっていく様がうかがえる。
人殺しのための刀刃など見たことが無かったのだろう。
まず先頭にいた斧男の顔に、左手で握り締めた豪奢な装飾の白鞘を投げつける。
斧の男はそれを無様にも武器を持った右で顔を防ぐ。

――バカですね。
当然、がら空きの腹部――ではなくさらにその下、股間部に剣を突き刺し、
手に捻りを加えて掻き回す。
絶叫とともに斧を取り落とし、血塗れの股間を抑えながら崩れる男。
地に伏せった男を一瞥。

「おそらくソレはもう使い物にならないでしょう。まあ、あっても今夜で意味が無くなりますけど」

――どうせ、死にますから
残された二人の男を見るとさらに顔から血の気が引いてた。
リアルに想像できる痛みというものは精神にも行動にも影響が及ぶものだから。
男達のひるんでいる隙に持っている鍬を2本とも木でできた柄の部分から横一線、一気に叩き折る。
一瞬で男達の武器は無くなり、柄の一部しか無くなったソレを必死に握り締めていた。
私は剣を高く振り上げ――

「た、たすけてくれぇ!」
「そうだ! お、俺たちがなにをしたって言うんだ!」

――私は剣を止め、自分の主君をわずかに振り返る。
ティークは黙ってこちらを見ていたが、私の視線に気づくと軽く微笑み、
腕を高々と天に掲げ、直線に振り下ろし――それだけで十分だった。

――若は何かを決意していらっしゃるのですね…………
私は『指示通り』に無抵抗の彼らをそれぞれ一刀で切り捨てる。
今、ここに在る屍は二つ。最初に傷を負わせた男は浅くだがまだ息をしていた。
ティークが馬を降りてこちらに近づいてくる。
正確にはこの足元で這い蹲っている男に、なのだけれど。
少しだけ寂しく想う。

 

「名も知らない男、我が妻スラルと男とその子供一人がどこにいったのかを知っているか?」
「ス、スラル様? ……あんたぁ、いま妻って……それに、それを聞い、て……どうする、んだよ?」

男は息が今にも絶えてしまいそうだった。
私は男の血だらけ股間を踏みつけ、傷をえぐる。まだ意識を失わせるわけにはいかない。

「若が聞いているのです。あなたには質問する権利などありません。
苦しんで死ぬか、いま楽に死ぬか――ですよ」
「あ、ぎゃああああああああああああがががああがあああああああ―――――ッ!!
  言う、言うから! 言うから止めてくれ!」

ティークを見ると、彼は小さく頷き返してきた。
私は男の真っ赤に濡れた股間から足を退かす。

「男よ、もう一度聞くぞ。良く聞け、『もう一度』だ。この意味がわかるよな?」

男は必死に頷いた。ティークは、次は無いと言っているのだから当然だろう。
でも死にたいから焦る、というのもまるで冗談のような話だが。

「よろしい。では聞こう、スラルはどこにいるんだ?」
「ス、スラル様なら……ひっ、き、教会の……教会の方向に行ったんだ!」
「ご苦労。――――ゼンメイ、とどめを刺してやれ」

若の命令にしたがい、私はまだ抜き身のままの剣を持ち直すと、男の心臓を一突きについた。
既に死にかけだった男は悲鳴をあげずにあっけないほど簡単に絶命する。
若はすでにその男に目を向けることも無く、
近くの民家で別の殺戮劇を繰り広げている兵士の傍に行き、何かを告げているようだった。
「ホーネットに……」と聞こえたので恐らくは彼女へ、
スラルの居場所を伝える早馬を走らせるつもりなのだろう。

 

ティークは馬の無い兵士に自分の馬を貸し、兵士がホーネットの方へ駆けていくのを見送ったあと、
そのままこちらに近づいてくる。
今度は、私に近づいてきたのだ。
たったそれだけのことが、私の心には暖かい光が差し込むように非常に心地よいものだと感じた。
私からもティークに歩み寄ろうと思い、まず剥き出しの剣を鞘に戻そうと――あれ?

「ゼンメイ、探し物――これでしょ」
「さっき拾っておいたんだよ」そう言って、若は私に見慣れた豪奢な白いソレを放り投げてきた。
「わっ、わ、わっっとっと! 若、いきなり投げないで下さい! 落としたらどうするんですか!?」
「ごめんごめん、高そうだもんなぁ、それ」

違う。これは彼の護衛である私の証。
この任についたとき、ティークの手から直接わたされた、
私の所有する数少ないティークからの贈り物なのだ。
これは例え神ですら譲れない――――大切な宝物。
そして、だからこそ……というのか、
彼から自由に贈り物をもらえたはずのあの小娘がやはり許せない。

「――ゼンメイ?」
「――――はい、若。なんでしょう?」
「いや、だからいきなり投げたりしてゴメンって……そんなに怒らないでよ」
「ふへ、怒ってましたか、私が?」

若は苦笑いを浮かべていた。
あらまあ。

「――って、若、貴方、ご自分の馬を早馬に出されて、どうやって移動するつもりなのでしょうか?」

全てを徒歩で行くには、まだ少々危険がありすぎる。
先ほどのような輩が他にいないとも限らないのだから。

「あー、それ、なんだけどさあ……後ろ乗っけてくれない、かなー、なんて……はは」

――――あー、それ、なんだけどさあ……後ろ乗っけてくれない、かなー、なんて……
あー、それ、なんだけどさあ……後ろ乗っけてくれない、かなー、なんて
……あー、それ、なんだけどさあ……後ろ乗っけてくれない、かなー、なんて
……あー、それ、なんだけどさあ……後ろ乗っけてくれない、かなー、なんて
……あー、それ、なんだけどさあ……後ろ乗っけてくれない、かなー、
なんて……あー…………………

――――思考停止。

「ああー、やっぱダメかな? 手綱は僕が握るよ。あ、いやダメなら別に――」
「い、いえ! おけ、です! いけますチョロいです楽勝です!」

思考停止、停止。
なんということだろう。
若と密着することができるなんて。
まさかココでこんな機会が訪れようとは。

「じゃあすぐ行こう。僕たちが着くころにはホーネットもスラル――を見つけてるだろうしさ」

 

また、スラル――――その言葉に胸がズキンと痛んだ気がした。

「そう、ですね。では……若、後ろに乗ってください」

だけど今度は悟られないようにと、注意したからか。
私が馬に跨ったときには、もう偽りの笑みを上手に作れていたようだった。
若は私の催促に促される形で後ろに跨る。
馬の背が、若の重みでわずかに下がった。

「はいゼンメイ、手綱もらうよ」

若の腕が私の横を通過し、手綱を掴む。
形としては若に後ろから抱きつかれているのと同じなので、少しだけ幸せな感じ。

走りだした馬の背にいる私は……
若と初めて出会ったとき、「病院に連れて行くために」と無理矢理されたお姫様抱っこ。
あの時と同じ温もりを全身で感じながら、血と屍と焔に包まれた町を駆け抜けていった。

2007/11/29 To be continued.....

 

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