『大丈夫ですかっ!?』
『肩、貸しますから保健室まで頑張って下さい!』
『…先生いないみたいだけど、少ししたら戻ってくると思いますよ』
『え、俺?…えと、三嶋です。C組の、三嶋 大輔です』
『…じ、じゃあ。俺はこれで』
この日が、全てだった。
‐‐‐‐‐‐‐‐
「いってきます、…っと」未だはっきりと頭が目覚めてないまま、
薄汚れたスニーカーを履いて家を出た。目の下には隈がある。昨日ほとんど寝れなかった証拠だ。
学園を経営している大財閥・五代家の令嬢からのまさかの告白。
漫画やアニメでしか有り得ないと思ってたのに。
勢いで返事をしてしまったあの後、両手で足りないほど自分の顔をつねった。
そして母親に赤く腫らした情けない顔を見られ、何事かと騒がれた。それでも。
現実味が全くない。
実は、ドッキリなんかじゃないのか。
いや学園のカリスマ、五代 薫に仕掛人なんかさせる訳もないか…。キキィ…ッ!
「ぉわっ!!?」 突然、黒い巨大な影が大輔の目の前で急停車した。
倒れこむ大輔。なんて車だ…っ!?
「リ、リムジンっ!!」
映画とかでしかお目にかかったことのない超高級車。
こんな住宅街ではこの上なく浮いてしまっているが。
「おはよう」
スモークガラスの窓が静かに開いた。そこにいたのは、一度見ると二度忘れられない美貌の少女。
「…あ、ご、五代さん?」
くすり、と笑う五代 薫。
「えぇ。おはよう、大輔」
大輔、って…もう呼び捨てなのか…。
学園に到着した大輔が一番最初に見たのは、友人の驚愕した顔だった。
「…だだ、大輔?お、ぉお前…っ!」
鞄を手から落としてこちらを指差す悪友。古典的ながらも、それは当然のリアクションだった。
他の生徒達も足を止めてこちらを凝視する。
あの学園一の高嶺の花が、どんな良家の子息からの愛もはねつけてきた五代 薫が、
男子と登校してきたのだ。
「大輔のご友人?」
さすが、と言うべきか。
氷つく大輔を含めた連中のことなど、意も介していない薫。
『ご友人』であるところの葉山。薫は彼に優雅に歩みより、言った。
「…昨日から、大輔とお付きあいをさせていただいてるの。よろしくね」
花が咲きこぼれる様な微笑み。
そして、大地を揺るがすどよめき。
五代邸のある一室。
五代 響は、気を紛らせようとするかの様に読書をしていた。
シェイクスピアから、その果ては倫理学の教本に至るまで。
しかし。
消えない。どうしても、大輔の顔が。
赤らんだ表情、動揺した声、そして、自分の腕を掴んだ大きな手。
分かっている筈なのに。
病弱な双子の姉の影武者として学園に在籍する以上、
『響』の心は捨てなければならないと、…なのに。
薫は、知らないのだ。
自分も、いや、自分の方が先に大輔と出会っていたことを。
自分も…五代 響も三嶋 大輔を愛していることを。
「嘘だろ!?なぁ、大輔ぇっ!」
「畜生畜生畜生畜生…!」「いつ告白したの!?」
「三嶋君から?そっそれとも…五代さんなら!?」
興味と憧憬と憎しみと嫉妬…。なんとも忙しい様子のクラスメイト達は、
まるで芸能記者の如く詰問してくる。
時間は昼休み。四時間目が終わる五分前からダッシュの準備をしていたが、やはり相手は手強かった。
襟首を掴まれ、強制的に椅子に着席させられた大輔。そして始まる質問タイム。
「だーかーら、俺にもよく分からねーんだっ!」
そう。正直、一緒に登校までしておいて、まだイマイチ実感もなければ状況も分かっていないのだ。
「…だから、もうそろそろ解放してくれよ…」
『駄目だ(よ)!』
「し、食堂が…」
『駄目だ(よ)!』
殺気だってやがる。
これはもう飯ぬきかな、なんて諦めかけた時だった。
「大輔」
綺麗な、そして耳に残る声。
薫さんだ。弁当を持ってドアの近くに立っていた。
すると、まるで何かの映画のワンシーンの様に人波がまっぷたつになる。
「行ったのに。昼休みは私のクラスに来て、って」
「いやちょっと…」
こいつらのせいで身動きがとれなくなっていたのだ。
「行きましょう?」
「あ、あぁ。うん」
「お弁当も。うちのシェフに教えて貰って作ったの」
「えっ、お、俺の為に?」
「当たり前でしょう?」
受け取った弁当箱を片手に廊下に出た。背後から雄叫びが聞けえたしたが、多分気のせいだろう。
「…行きましょう」
廊下を歩くたびに突き刺さる視線もな。
………はぁ。 |