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愛娘の恋

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プロトタイプ


プロローグ1

「浩一、今日のご飯何がいい?」

携帯電話で今晩のメニューを美風が聞いてくる。

「……おまかせで」
「いつもそれしか言わないんだから」
「いや、美風の料理はなんでも美味いからさ」
「もう……じゃあ私材料買ってから帰るから、ちょっと遅くなるかも」

わかったと言って浩一は電話を切り、バイクを発進させる。

美風とは三年前から交際し始めた浩一の彼女だ。
あることがきっかけで知り合い、そして美風から告白された。
しかし美風の両親はこの交際に反対した。
彼女の父親は大会社の社長で、美風は社長令嬢というやつだ。
美風が交際のことを両親に話したとき父親はかなり激怒したらしい。
美風が当時十九歳で大学生であったこと。実は結婚させようとしていた相手がいたこと。
そして何よりも交際相手が気に入らないこと。

そんな父親に美風も激怒したらしく、父親の反対を無視して浩一の済むアパートにやってきた。
バッグ一つを片手にやってきた美風に浩一は驚いた。そしてすぐに帰そうとした。
だが美風の決意は固くここに置いてくれないなら死んでやる、
みたいなことを言いだし結局一緒に住むことになった。

浩一はアパートの駐車場にバイクをとめ、部屋へと向かう。
浩一の部屋は二階にある。

「……ん?」

階段を上がるとドアの前に一人の知らない少女がいた。
……知らない?
浩一は何故かその少女に見覚えがあった。
だがどこで会ったのか思い出せない。

「あの……ウチに何か用?」

少女に声を掛けるとその少女は見上げて浩一を真っ直ぐ見た。
じーっと浩一の顔を見つめている。
その表情からは何とも言えない感情が伝わってくる。

「…………あなたが神木浩一さん、ですか?」
「あ、ああ、そうだけど……キミは?」
「わたしは……」

名前を尋ねるとそのままうつむき黙り込んでしまった。

「あー、えーっと、……キミ一人?親は一緒じゃないのか?」
「……親は……………………た…です…」

うつむいている上に小声なので少女の声は全く浩一に聞こえない。

「あの……もう一回言ってくれる?」

すると少女は下を向いていた顔を上げ、

「親は……あなたですっ!!!!」

顔を上げた少女の目から涙が流れている。

「………………えっ?」

少女の言ったことが理解できなかった。
いきなり親が自分と言われて理解できるはずがなかった。

「わたしは……あなたの…………娘です」

プロローグ2

浩一はとりあえず少女を家の中に入れた。
自分が親と言われてはじめは冗談かと思ったが少女の様子からはそれが嘘とは思えなかった。

「……名前は?」

浩一は少女を居間の座椅子に座らせて尋ねた。
少女は目に涙を溜めていたがさっきよりは落ち着いていた。

「……雛川…奏」
「…………雛川!?」

香織の苗字に浩一は過去のことを思い出した。
それは忘れたくても忘れられない思い出だった。

「キミの母親は……雛川詩織か……」
「……!! ……そうです……覚えていたんですか?」

忘れるわけないよ、と浩一は思った。

雛川詩織は浩一の昔の彼女だ。
浩一と詩織は幼馴染で、小・中と同じ学校だった。
中二のときに詩織が浩一に告白し付き合い始めた。
だけど中三のとき別れがきた。
浩一が父親の転勤で引っ越ししてしまった。
そしてそれ以来詩織とは二度と逢えなかった。

「そうか……詩織は元気なのか?」
「……母は七年前に死にました」
「死んだ……?」

詩織は七年前癌で死んだらしい。
発覚したときにはもう末期で手の施しようがなかったそうだ。

「……そうか……どうしてここに住んでるってわかった?」
「母の中学時代の友人に何人かあたって……」

よく簡単に人の住所を教えられるな、と浩一は思った。
この際それはどうでもいいが。

「……ずっと会いたいと思っていました。……母を捨てた男に」

憎らしげに話す奏。
容赦ない一言が浩一の胸に突き刺さる。
捨てた、か……。
確かにそうだな、と浩一は心の中で自嘲した。

「そうだな。酷い男だ。そんな男にキミはどうして欲しいんだ?」
「…………それは……」

ガチャッ

玄関のドアを開ける音がした。
浩一はこのときまで美風のことをすっかり忘れていた。
そして居間のドアが開けられる。

「ただい…………」
「…………………」

美風は目を真っ赤にした少女を見つめている。
奏も突然現われた女性を見つめている。
…何も言わず見つめ合う二人。
浩一はこの場から逃げ出したい気分になった。
そしてほぼ同時に浩一に顔を向け、

「「誰?」」

 

……あの後特に何も起こらなかった。

美風に奏のことを説明したが、美風は特に怒る様子もなく、
「お腹空いた?」と奏に聞いて料理を振舞った。
奏は何も言わず黙って食べた。
そして浩一が帰らせようとしたとき、

「ここに泊まります」
「保護者の方とか心配してるんじゃ……」
「泊まります」
「せめて電話ぐらい……」
「かまいません」

結局帰りそうもない上に時間も遅かったしここに泊まらせることにした。
そして今、スースーと寝息をたてて隣の部屋で寝ている。

「なあ、美風」
「ん、なぁに?」

美風は今食器を洗っている。

「その……なんで怒らないんだ? 娘とかいきなり現われて」
「私は……浩一のことを信じてるから……」
「そんなに信じられる男かな、俺は」

美風は食器洗いを終え、浩一の隣に座る。
そして自分の左目の眼帯を指差す。

「これがその信じられる証拠……。それに浩一がそんな最低なマネをするわけないじゃない。
あの子が勘違いしているだけだよ・・・絶対……」

そう自分に言い聞かせている感じがした。
まあ仕方のないことだろう、と浩一は思った。

「そっか…………明日ちょっと出かけてくるから」
「どこへ?」
「……墓参り、かな」

プロローグ3

「ここか……」

浩一は墓地の前に来ていた。
そこには詩織の墓がある―――

昨日の夜、奏が眠ったあと浩一は奏の着ていた服を調べていた。(奏は美風のパジャマを着ている)
奏の所持品は財布しかなかった。
まあプチ家出みたいなもんだし仕方ないと思ったが…

「……保険証だ。普通、持ってくるか?」

そして浩一は保険証に書いてある住所を見て、

「昔と変わらない、か……」と呟いた。

そして奏の家に行き、詩織の墓の場所を聞いて、今に至る。
浩一はバケツに水を入れ、花を持って詩織の墓へと向かう。
詩織は詩織の両親と同じ墓に埋葬されたと聞いたから場所はうろ覚えだけど知っていた。

「ん……?」

詩織の墓の前に誰かいる。
……奏だ。

「おそかったですね」
「……まあ、な」

浩一は詩織の墓の枯れた花を取り、花立ての水を替え、買ってきた花を供える。

「ここにお母さんが眠っているんです」

そして蝋燭に火をつけ立てる。

「わたし小さかったけど覚えているんです。お母さんの最期……」

浩一は線香にも火をつけ、それを香炉に立て、手を合わせる。

「ずっとあなたの名前を呼んでいました。浩一、浩一って……。
自分を捨てた男のこと何度も、何度も…………!!
全部あなたが悪いのっ!!! お母さん捨てて、それでもお母さんあなたのこと
悪く言ったことなくて!!!
でもあなたは会いに来てくれなかった……!! そんなのひどいよ……!!
  お母さん、かわいそうだよ…………」

奏は泣きながら浩一に叫ぶ。

「……ああ」

浩一も自然と涙を流していた。

「最低な奴だよ……」

 

しばしの沈黙が流れる。

「……なあ、一緒に暮らさないか?」
「えっ……?」
「いや、暮らしてくれ!!」

浩一はずっと考えていた。
奏のこと、そして奏の住んでいる家のことを。

「……そんなこと言ってわたしが許すと思っているんですか」
「許してくれとは言わない。ただ……おまえ、あの家で寂しい思いをしたんじゃないか」
「…………!!」
「あそこ家は昔から最悪な連中だったからな。詩織の両親の財産目当てで詩織を
引き取ったようなものだし……。
……とにかく、お願いします、一緒に暮らしてください」

浩一は土下座した。
奏は目を丸くしてそれを見ていた。

「……そ、そこまで言うならあなたと暮らしてみます」
「本当か!!」
「だけど……」

 

「別れるってどういうこと……?」
「……ごめん」

浩一は喫茶店に美風を呼び出し別れ話を始めた。
美風はもう泣きそうになっている。

「あの子が来たせい……?」
「奏は、……俺の娘なんだ」
「嘘でしょ?」
「本当だ」
「それでも別れる理由にはならないじゃない!!」
「……奏と暮らす条件がおまえと別れることなんだ」
「なにそれ……。私よりあの子の方が大切なの!?」
「そういうことじゃない。……俺は責任を果たさなくちゃいけないんだ。
第一おまえの両親が子連れの男との結婚なんて許さないだろ」
「親なんて関係ない!!!」

「……俺よりいい男なんてこの世にたくさんいるよ」
「私には浩一しかいない……!!」
「……左目のことか? それなら大丈夫だって!! 眼帯してても可愛いんだし、
大学でもモテてるって聞いたぞ」
「私は浩一がいいの……」
「……………………じゃあな」

浩一は席を立ってレジへ行く。
立って気づいたが周りの客はこちらじっと見ていた。
会計を済ませ店から出る。
後ろから美風の声が聞こえるが浩一は振り返らず歩き出した。

―――これで、よかったんだ……

一ノ裏

ウィンナーの焼ける匂いがする。
トントントンっと包丁のリズミカルな音がする。
その音が止まり、足音がこちらに近づいてくる。

「起きて、お父さん」
「…………おはよう……奏」

―――あれから二年

浩一と奏はマンションで一緒に暮らしている。
前のアパートは狭く娘の部屋がつくれないため去年引越しをした。
奏は別に部屋なんていらないと言っていたが、
さすがに中学生にもなって自分の部屋がないのはかわいそうと思って浩一は強引に引っ越した。

「朝ごはん、できてますよ」
「…………わかった」

掃除、炊事、洗濯は奏にまかせっきりである。
奏は毎日愚痴もこぼさずこなしている。
浩一はそれに感心していた。

 

「やべっ、もうこんな時間だ」

服を着替え終えた浩一は食卓に腰をおろしながら寝坊したことに気づいた。

「もうちょっと早く起こしてくれよ」

ご飯を口にかきこみながら奏に言う。

「一度起こしにいったとき、お父さん、気持ちよさそうに寝てましたから」
「気持ちよさそうでも起こしてくれよ…………おまえ学校に間に合うのか?」
「走ってギリギリというとこですね」

奏は湯呑のお茶をすすりながら上目遣いで浩一の顔を見ている。
浩一はその表情の意味を知っていた。

「しょうがねーなー、後ろに乗っけてやるよ」
「えへへ………やったぁ」
「じゃ、ごちそうさま、行くぞ」

何回か奏をスクーターに乗せて学校に送っていたことがある。
おそらく今日はこれを狙って起こすのを遅くしたのだろうと浩一は思った。

「忘れ物ないな?」

奏は浩一の腰に手を回してちょこんと座っている。
ちなみにこのスクーター、一人乗り用。

「うん」
「よし!急ぐぞ!」

浩一はスクーターのアクセルを回し発進させる。

「よし間に合ったな」

学校の校門へと到着する。
奏はスクーターから降りてヘルメットを取る。

「ありがと、お父さん」
「どういたしまして…………お、来たな」

教師が一人、浩一に近づいてくる。

「またですかっ!!神山さん!!」
「怒った顔も素敵ですね。優子先生」
「バ、バカなこと言わないで下さい!!!」

山田優子―――奏の担任だ。
スクーターで奏を送るたびに浩一は優子先生に怒られている。

「二人乗りは危険ですからやめてくださいって何度言ったと思ってるんですか!!!」
「大丈夫ですよ。そんなヘマしませんよ」
「何を根拠に言ってるんですか!!だいたい校則で―――」
『奏のパパさん、おはよー』
「おはよー」
「聞いてるんですかっっ!!!」

これ以上からかうと優子先生が爆発しそうなので浩一は退散することにした。
そして門の前でボーっとしていた奏に一言言って浩一は仕事場へ向かって行った。

 

一緒に暮らしてくれと言われたとき私は迷った。
今のまま親戚と暮らすか、憎い父親と暮らすか。
私は父親を選んだ。あの連中と居るよりは新しい生活のほうに賭けてみたいと思った。

そしてその選択は正しかった。

彼女と本当に別れてくれたとき私のことを本気で向き合おうとしてくれていると思った。
憎んでいた相手なのに…………嬉しかった……。
一緒に暮らしていくとその憎しみも薄れていった。
お父さんは口は悪いけど優しい。

一緒にいると、胸が……あったかくなった。

 

―――そして二年が経つ。

朝。
私は顔を洗ってお父さんの寝室へ行く。
まだお父さんは寝ている。……気持ちよさそうに。
この寝顔はアパートに住んでるときはいつもすぐ横にあった。
だけどお父さんは「中学生なんだから部屋が必要になるだろ」と言って
このマンションに引越しすることになった。
いい場所なんだけど……私は二人で布団を並べて寝るほうがよかった。

などと考えているうちに時間が少し経っていた。
私はお父さんを起こさず朝食の支度を始める。

朝食は完成した。あとは……

「起きて、お父さん」

お父さんが服を着替えて食卓にやってくる。
案の定、時計を見て慌ててる。

「もうちょっと早く起こしてくれよ」

お父さんは急いでご飯を食べている。

「一度起こしにいったとき、お父さん、気持ちよさそうに寝てましたから」
「気持ちよさそうでも起こしてくれよ…………おまえ学校に間に合うのか?」
「走ってギリギリというとこですね」

いつものパターン。そしてお父さんもいつもと同じように言う。

「しょうがねーなー、後ろに乗っけてやるよ」

 

「よし!急ぐぞ!」

スクーターが発進する。

……気持ちいい。

「やっぱ、車に買い換えたほうがいいのかな。車のほうが送迎に便利だよな」

信号で止まったところでお父さんが聞いてくる。

「私はいやだな……。私、このスクーター好きですから……」
「そっか……」

正確に言うと私はお父さんのスクーターのうしろに乗るのが好きだ。
このときだけ直にお父さんのあったかさが全身で感じられる。
私はお父さんの腰に回していた腕を強く締め、頬を背にくっつけた。

「またですかっ!!神山さん!!」

学校に着くとやっぱり先生が怒って出てきた。
いつもの、見慣れたやりとり……。

「怒った顔も素敵ですね。優子先生」

―――冗談でもそんなこといわないで

「二人乗りは――――――」

―――まだやるの?

「何を根拠に――――――」

―――もういいでしょ?

『奏のパパさん、おはよー』
「おはよー」

―――返事しないで

いつもとおなじ。いつもと変わらない。見慣れたやりとり。
そしていつも―――ムカムカする。

「じゃ、頑張れよ、奏」
「……うん」

お父さんは去っていく。
……私は自分の気持ちに気づいている。

……私はお父さんのことが――――――。

5

「……こんなもんか」

就業時間も終わり、仕事もキリがついた。
「じゃ、お先に!」とノルマを達成してない同僚に一声かけ、浩一は会社から出る。

「せんぱーい!! 今夜一杯付き合ってくださいよ?」

背後から後輩のお誘いの声が聞こえてくる。しかし浩一はそれを無視する。
しかし後輩は逃げる浩一の腕をガシッと捕らえる。

「先輩、シカトは駄目ですよ?」
「勘弁してくれよ、美月ちゃん」
「そう言わずに。おいしいラーメン屋さん近所に見つけたんですよ。ね?」
「娘がなあ……」
「たまにはいいじゃないですか」

捕まってしまっては仕方ない、と浩一は付き合うことにした。
そして、やって来たのが古ぼけたラーメン屋。
中に入ると意外と客が入っていた。二人は空いているカウンター席に座った。

「ご注文は?」
「私、とんこつで」
「じゃあ、俺は味噌を」

注文を受けた店主の奥さんっぽい人が厨房に入っていく。

「……そう言えばさ」
「何です?」
「お姉さん…………元気?」
「!! ……美風……ですか?」

美風……。
浩一が二年前まで交際していた女性。
そして今、浩一の隣に座っているのが美風の双子の妹、美月。
美月は去年浩一の会社に入社してきた。
元カノの妹で、さらに双子だから顔がそっくり。
浩一は美月を見たとき心臓が飛び出るぐらい驚いた。

「……美風のことは知りませんよ。私、実家と全然連絡とってないですし」
「そっか…………」
「まあ、元気でやってると思いますよ」

美風とは別れたとき以来会っていない。
浩一は今でもあんな別れ方でよかったのかと考えることがあった。

「あ、ラーメン来たみたいですよ」



「ごちそうさまでした、先輩!」
「意外とうまかったな、ここ」
「会社の人にはこの店のこと秘密ですよ。先輩と私だけが知ってる穴場ってことで」
「ああ、秘密な」

ラーメンを食べ終えて店を出た。時計を見ると結構時間が経っていた。

「じゃ、また明日な」

浩一は美月に言い、帰ろうとする。だが

「先輩、このあとどうします?」

ガシッと腕をQdまれ上目で聞いてくる。少し美月の顔が赤い気がした。

「はいはい、さようなら」
「あ! 冗談だと思ったでしょ」
「冗談だろ?」
「……冗談です」
「はは、じゃ今度こそまた明日な」
「はい、……お気をつけて」

 

「ただいまー」
「おかえりなさい、お父さん。遅かったね」

まだ起きていた奏が玄関までやって来る。
奏はパジャマ姿で、どうやら浩一を待っていたらしい。

「お風呂沸いてますから。あとシャツ脱いでください。洗濯しますから」
「わ、わかった」

奏に言われるがままシャツを脱いで奏に渡す。

「…………女の人の香水の匂い……」
「へ?」
「女の人と食べに行ったんですか?」

予想外の奏の言葉。
美月から香水の匂いってしたか? 
と、浩一は思ったが今はそんなことを考えている場合ではなかった。

「あ、ああ……いや、男の同僚と行ったんだ」
「でも香水の匂いが……」
「隣の席に女性が座っていたから、多分そのせいじゃ……」
「………………そうですか。あ、ラーメン食べたんですよね? お茶漬けとか食べます?」
「食べる食べる!」
「じゃあ先にお風呂に入ってください。その間に作りますから」

奏はそう笑顔で言い、キッチンに向かった。
…………奏って……中学生、だよな…………
と、思いつつ浩一は風呂へ向かうのであった。

2007/02/25 To be continued......

 

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