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吾が愛猫へ

第1話 第2話 第3話 第4話
     


1

うちで飼ってる猫は賢いです。

人間である僕の言葉が解るらしいんです。
以前、僕が財布をどこに置いたか分からなくなった時、
「なあミャー子、僕の財布どこにあるか分かる?」
と尋ねたことがあったんですが、しばらくするとなんと咥えて持ってきてくれました。
さらに、
「ミャー子、三回まわって『にゃん』って鳴いたらおやつあげる」
って冗談で言ったら本当にしました。

うちで飼ってる猫はかわいいです。

学校に行く時には、ズボンの裾を掴んで「行かないで」と目で訴えてきます。
学校から帰ってくると、すごい勢いで僕の元へ駆けつけ、目一杯体を摺り寄せてきます。
ご飯を終えてテレビを見ていると、あぐらを掻いてる僕の太ももに乗っかってきます。
猫は3日で恩を忘れると言うけど、ミャー子に限ってそれはありません。
あんまり可愛いものだから、キスするのが習慣化してしまいました。

うちで飼ってる猫は焼きもち焼きです。

ミャー子とテレビを見ていて「あの子、かわいいなあ」と独り言を言えば噛み付いてきますし、
友人から音楽CDとエロDVDを借りてきた時なんか、後者だけを引っ掻いて使い物にならなくしました。
しまいには、収集したエロ動画でイタしてると、部屋中を走り回って集中させてくれません。
それでも続ける僕に耐えかねたのか、息子にネコパンチを炸裂させました。
それがフィニッシュブローになって、あろうことか飼い猫に顔射してしまったのは
人に言えない思い出の一つです。

うちで飼ってる猫はちょっと変わってます。

猫のくせに昼行性ですし、猫のくせにカスタードクリームが好物です。
それに、いつもミャー子と向かい合ってご飯を食べるんですが、
僕が食べるまで絶対に手をつけないという、妙に義理堅いところもあります。
そして一番変わってるところは、彼女の体毛の色と尻尾です。
とても綺麗な金色で、ライオンのそれのように黄色っぽい茶色なんかではなく、
人間でいうところの見事なブロンドをしています。
尻尾はなんと2本あるんです。
付け根のところで分かれていて、感情の変化で左右それぞれに違う動きをします。
たぶん世界中どこを捜したって、こんな変わった猫にはお目にかかることはできないと思います。

とまあ、愛すべきブロンド猫のミャー子はかけがえのない家族なんですけど、
この度彼女に少し大変なことが起きました。

ある日の夕方のことでした。
学校から帰ってきて玄関を開けるといつもミャー子が出迎えてくれるんですが、
今日に限ってそれがありませんでした。
ネコのくせに規則正しい行動を取る彼女にしては珍しいことでした。
何か変わったことがあったのかもしれないと、心の中で色々考えながら靴を脱ぎます。

例えば、とても楽しいおもちゃを見つけて時が経つのも忘れるほど熱中してるとか。
例えば、隣町のボス猫が予想以上に強くて、何とか勝てたけど疲労困憊でもう寝てるとか。
例えば、偶然落ちてたマタタビのせいで陶酔状態に陥ってるとか。

靴を脱いでワンルームへのドアを開けるのに要した時間は数秒なのに、
ここまで妄想できる自分にある種の呆れを感じながら。
「ただいまミャー子」
ですが、扉の先に待っていたのは、さっきの妄想よりもはるか斜め上に突き抜ける光景でした。

「あっ……」
引きっぱなしの蒲団の上に、体にシーツを巻き付けてこちらを見据えるのは猫じゃありません。
「シンタロー……」
猫は喋りません。

目の前にいるのは、見事なブロンドの、とても可愛い女の子でした。

部屋へ右足だけ侵入させている混乱気味な高二男子と、その顔を気まずそうに見つめる
年齢不詳の女の子の構図を30秒ほど作ったところで一言。
「……ミャー子?」
「うん……」

……金色の毛並みで2本の尻尾の猫だから普通とは違うような気はしてたんですけど……

「シンタロー……ヒトになっちゃった……」

まさか人間になってしまうだなんて。

 

さて……どうしましょうか。

2

目の前の状況を確認します。
見知らぬ女の子が一人。寝坊したせいで仕舞うのを忘れてた蒲団の上で、
体にシーツを巻き付けてます。
一目で分かる、プロポーションの抜群さ。
特におっぱいは凄まじい。
そこらのグラビアアイドルなんか目じゃないぐらい大きいのが見てとれます。
頭には、猫耳が付いてます。それがカチューシャ式の偽物でないのは、
時折ピクピクと動くことから判別できます。
とても綺麗な金髪。座っているので定かではありませんが、かなりの長さです。
碧い色の猫目。陳腐な表現ですがお人形みたいです。
猫特有の長いヒゲと掌の肉球は見当たりません。一体どこへ行ってしまったのでしょうか。
以上が、ぱっと見た感じの特徴です。
ミャー子は、とても可愛い女の子に変身してしまいました。

ここで皆さんは一つ、疑問を持たれるかもしれません。
「どうしてその娘が飼い猫だと分かるんだ?違うかもしれないだろ?」
確かに、普通に考えたらおかしなことです。猫が人間になるなんて有り得ませんから。
例えば、僕が間違えて入っちゃった隣室はアンドロイド型猫耳娘の製造場所だったとか、
これは夢だとか、そっちのほうがしっくりくるかもしれません。
でもね、何というか……分かるんですよ。
目の前の女の子には、猫だったころのミャー子の面影があるんです。
これは僕の勝手な憶測ですが、愛情を以て育てているペットが人間になったら、
飼い主はきっと分かります。

今の心境は戸惑いです。
それは人間になったこと自体に対するものではなく、本当に可愛いことに対してです。
こちらをずっと見つめてるミャー子。そのあどけない表情に顔が熱くなるのが分かります。
「……シンタロー?」
直立不動の僕をミャー子が心配そうに見ています。少し考え込むのが長くなってしまったようです。
見兼ねたように、彼女は立ち上がろうとしました。
「いけない!」
僕は慌てて彼女の元へ駆け寄り、再びその場に座らせました。
あのまま立ち上がられていたら、シーツが落ちて生まれたままの姿になってしまいますから。
え?女の裸ごときで狼狽えるなんてヘタレですって?
よく言いますよホント……皆さんが僕の立場なら絶対同じことしますね。

「もう一度聞くけど、君の名前は?」
「ミャー子」
「僕の名前は?」
「シンタロー。オオクボシンタロー」
やはりという確信の後、不意にため息が出ました。
その様子を受けて、ミャー子の顔が一気に曇りました。
「ミャー子がヒトになった……いや?」
まるで悪戯がばれて父親の次の言葉をビクビクしながら待っている幼子みたいです。
娘がいない、それどころか付き合ってる彼女もいない僕が思うのも変ですが。
おそらくミャー子は僕の様子から、
「なんで猫が人間になるんだよ?気味が悪い」
と解釈したようです。その証拠に今の不安そうな顔があります。
「嫌じゃないよ」
意外に臆病なところのある彼女を怖がらせないように、優しく頭を撫でながら囁くように言います。
ちょっと触れただけで、とても柔らかくてしなやかな髪だと分かりました。
「人間の姿だろうとネコの姿だろうと、ミャー子は僕にとって大切な存在だよ」
放たれた言葉を聞いた途端、ミャー子の顔から不安の色が一気に消え去りました。
代わりに、とびっきりの笑顔を向けてくれます。
そして間髪入れずに僕を抱擁します。
「シンタローだいすきっ!」
女の子特有の柔らかさと、さらにその豊満なおっぱいがシーツ一枚越しに押し付けられる感覚に
酔いしれそうになります。

嗚呼ミャー子……長年飼ってる猫が人間の女の子(可愛くてナイスバディというおまけつき)
になって、僕は何だか複雑な気分だよ……でもこの気持ち良さだけはガチ……
ずっとこうしてたいかも……

しかし、そのささやかな願いは儚くも

ぎゅるるるっっっ

腹の音によって潰えました。
「あ……はは……」
苦笑いをしながら腹を押さえるミャー子。不安が払拭されて気が緩んだのでしょう。
「晩ご飯にしようか……」
時計を見るともう6時を回ってました。
今日は図書当番で帰るのが遅くなったことですし、先にご飯にしようと思います。
どうして人間になったかは後ほど聞きましょう。

蒲団をどけ、折り畳み式のちゃぶ台を設置します。
その上に用意したのはオムライスと、乾燥タイプのキャットフードの上に乗っかった焼き秋刀魚。
つまり、人間のご飯とネコのご飯です。
でも、人間二人にそのメニューは変だってことは誰の目にも明白です。
たとえ人間の姿になっても、ミャー子はネコのご飯がいいと言いました。

シーツを巻き付けていたのは寒いからであって恥ずかしいからではないと分かったのは、
「ご飯ですよ」の合図と共に生まれたままの姿で飛び上がるミャー子を見たからです。
全く恥じらう様子を見せなかったのは、元動物たる所以でしょう。
急に全裸になったものだから思わず目を反らしてしまいました。
やっぱり映像と実体とでは破壊力が全く違うんです。さっきの無駄な努力は何だったんでしょう……
とりあえず中学の時に愛用してた、今では窮屈で着れないジャージを着せることにしました。
裸に直にジャージという、ある種のフェチプレイだと思われるかもしれませんが仕方ありません。
今はこれで凌いでもらいましょう。

秋刀魚を骨ごとボリボリと、時々キャットフードをつまむ様は非常にシュールです。
普通の人間がこんな食生活をしているなら偏食甚だしいこと請け合いです。
目の前にいる娘が飼い猫のミャー子だということを改めて実感しました。
また、観察して気付いたことがあります。
まず、直接口で食べるのではなく、ちゃんと手を使って食べるということです。
さすがに箸やスプーンを使うことはないのですが、キャットフードを指で摘んで口に運ぶ様子は
中々様になってます。
次に、語尾に「にゃ」とか「にゅ」とか付かないことです。
まあ当然と言えば当然ですか。 あれは人間の勝手な妄想ですから。
「どうしたシンタロー?ミャー子のかお、なにかついてるか?」
どうやらずっと見つめていたようです。キャットフードを摘む手を止めて首を傾げています。
「いや……ミャー子が可愛いから見てるだけだよ」
場を和ませる意図でキザっぽく言ってみました。
もし僕とミャー子がカップルでこんな台詞を街中でほざいたら白い目で見られること必至ですね。
ところで、ミャー子はなんで赤くなってるんでしょう?
全裸はOKで冗談で言ったクサイ言葉はNGだというのでしょうか?

食べ終わった食器を片したら、いつものようにテレビを付けます。
壁にもたれるとミャー子が膝に乗っかってくるのが習慣です。
ですが今は人間の姿。ミャー子にもそれが分かってるようで、
僕の横に座るだけです……いえ、かなり密着してるんですがね。
「あの、ミャー子……もうちょっと離れてほしいかも……」
女の子座りで僕の腕を取り、体を擦り付けるミャー子。鼻をくっつけて匂いを嗅ぎまくってます……
「なんで?」
「いや、だからさ、あの……」
僕も男ですから、女の子に密着されたら弱ります。
それに、ミャー子は家族です。家族に欲情なんてしたくないです。
息子が若干反応しているのは、六日間も溜め込んでるからですよ、きっと。
そもそもミャー子がいつもオナニーの邪魔をするのに問題が……

気を紛らすためにテレビのチャンネルを回しました。
今の時間帯なら面白いバラエティー番組を放映してるはずですし、この煩悩もごまかせます。
しかし運の悪いことに、変えた先は新人グラビアアイドル特集の真っ最中でした。
僕と同い年ぐらいの女の子が水着姿で画面内を走り回ってます。
勿論、豊満なそのおっぱいを暴れさせて。
さっきからおっぱいおっぱい言い過ぎだと思われてるかもしれません。
実は僕、おっぱいフェチなんですよ。だから目を離せません。抗うことはできません。
自然と、腕に感じる柔らかさが画面の娘のものに変換されてしまいます。
結果、紛らわせるつもりが逆効果となってしまい、あらぬ失言をしてしまいました。
「あの子すっごくイイ……」

その後待っていたのは、鋭い痛みです。
「いだっ!?」
ミャー子は僕の二の腕にかぶりついてきました。
「う゛ぅぅぅぅぅっ!!」
「痛いミャー子いたいっ!!!」
振りほどこうとすればするほど食い込んでいくのが分かります。
ジャージからはみ出した二本の尻尾がピンとV字型になっています。これは怒っている証拠なのです。
「ごめんゆるしておねがいっ!!」
何が悪いのかはわかりませんが、とりあえず謝ります。
ようやく離してくれた時には噛んだ跡がしっかり残ってました。
「ミャー子!いきなり何するんだよ!」
「シンタロー!ミャー子がいるのに、またべつのメスのことばっかり!!」
「ミャー子!?」
「あんなのどこがいい!はこのなかのメス、さわれないのに!」
「何を言って……」
「ミャー子、シンタローすき!シンタローがほかのメス、きにするのいや!」
ミャー子は興奮気味に叫んでます。長い髪の何本かは逆立ち、
体が強張ってるのが腕越しに伝わります。
どうやら、焼きもち焼きは相変わらずのようです。
猫は飼い主の愛情が他に向くのを嫌うと言いますが、彼女はそれが特に強いのでしょう。

これ以上五月蝿くされて近所から苦情が来ては困るので、僕はミャー子をなだることにしました。
「ごめんね、ミャー子」
そう言ってやり、耳の後ろを撫でてあげます。
「僕も好きだよ」
こうされるのが気持ち良いみたいで、耳をピクピクさせています。
しばらくそうしてやるうちに表情も和らぎ、すっかり機嫌が直ったようです。
「シンタロー……」
甘えた声で再び腕に擦り寄ります。
「ごめん、シンタロー」
さっき噛んだところに頬擦りしてきます。恥ずかしいやら心地良いやら、嗚呼、もうやめて……
しかしそれもつかの間、
「あっ!!!!」
ミャー子は突然思い出したように声を上げました。
「ど、どうしたミャー子!?」
「ミャー子、ヒトになった!」
「それは知ってるよ……」
何を今更と思っていると、とんでもないことを言ったのです。

「シンタロー、ミャー子と交尾する!」
「……は?」
「ミャー子、シンタローすき。シンタローも、ミャー子すき。」
「ちょ……」
「いつもシンタロー、まえあしでち〇ち〇しゅっしゅっ、さみしいやつ」
「おま……」
「ミャー子、ちちでかい。シンタロー、ちちでかいのすき。ミャー子のちちさわれ」
「やめ……」
やめろと言う間もなく、僕は両手を取られました。
直後、掌に感じたのは柔らかなもの。それぞれの指がそれにめり込んでいきます。
ただ柔らかいだけではなく、指を跳ね返さんとする弾力もあります。
嗚呼、なんてことを……
僕はミャー子によって、ミャー子のおっぱいを触らされてしまったのです。
咄嗟に手を放したものの、感触がまだ残ってます。
「み、ミャー子!冗談でもしていいことと悪いことが……」
息子はちゃっかり反応してますが、ここは一つ叱ってやらなければならないと思いました。
しかしミャー子は目を逸らして、顔を赤くしてました。
「……ミャー子、きずものにされた。およめにいけない。せきにんとれ」
「どこでそんな言葉覚えたんだ!?お前猫だろ!!」
「はやくふくぬげ、ミャー子もぬぐから」
「下から脱ごうとするな!!少しは躊躇えよ!!!」

 

……こんな感じで夜は更けていきましたが……
前途……多難です……

3

その後、発情気味のミャー子を何とかなだめるのに成功し、
ひとっ風呂浴びたところでまた問題が発生しました。
既におねむのミャー子は引き直した蒲団に、何と僕ごとダイブしたのです。
しかも僕の腕にまるで抱き枕のようにしがみつき、一瞬で夢の世界へ旅立ちました。
それは流石にまずいと思いました。
ですが予備の蒲団もないし、ましてミャー子を押し出すなんて
外道なことをできるはずもなかったので、そのまま寝ることになってしまいました。
横を見れば満足そうに寝息を立てている可愛い顔があります。
体つきとは対照的に、その顔立ちにはまだ幼さが垣間見えます。

腕には女性を意識させる感触があります。
ずっと発散させていないこともあり、心拍数が上昇し、股間に血液が集中するのを感じました。
その感覚が嫌でした。
前にも言いましたが、ミャー子は家族です。
僕は長年連れ飼ってるこの猫を愛してます。ですがそれは飼い主として、家族としての愛です。
正直なところ、このシチュエーションは美味しいです。
猫が人間になり、性の対象として扱えるんですから。
ですがもし一線を越えてしまったら、もう今まで通りに接することはできなくなると思います。
それは嫌です。
地方から出てきて独り暮らしをしている者には、せっかくできた家族をなくしたくありませんから。
今一番腹立たしいのは男の生理現象です。
心では彼女を家族として認識してるのに、体では性の対象としてしまってるところです。
憧れのおっぱいをまともに触ったのは初めてだからでしょうか、余韻が収まりそうにありません。
男の性(さが)を超越して、どんな誘惑にも負けない屈強な精神力が欲しいです。
ですがこの高二男子にはまだ備わっていないので、
精神と肉体との意地と意地の張り合いが勃発しました。

嗚呼、眠れない……
いっそこの場で発射してしまいますか……いやいや、それじゃあミャー子をオカズに
したことになるし……
じゃあトイレに……いやいや、それじゃあミャー子を起こしてしまう。
気持ち良さそうに眠ってるのに可哀相だ……
こんな感じの葛藤がずっと続きました。結果、寝不足です。

ただいま昼休みの真っ最中。
授業中に睡眠をとってしまったのは不覚ですが、
そんなことは久々に食べたサービス定食の美味さによって半ばどうでもよくなっていました。
他人が作ったものを食べるのもたまにはいいものです。
それに、うちの学食は下手な料理屋よりも満足させてくれますから。
ミャー子はもう昼ご飯を食べたでしょうか。
いつもは外に出て獲物を捕まえてる彼女ですが、人間の姿になった今ではそんなことをされるのは
ちょっと困ります。
だから今日は部屋で大人しくしてとお願いしたんですが……少し不安に思えてきました。
(家に電話を入れておこうか……いや、果たして出るものか……)
ちゃんと餌の在りかは伝えてあるし、賢いミャー子のことだから僕の言い付けを守ってくれてる
はずなんですけど……
(やっぱり電話しとこうか……いやでも……)
などと優柔不断な考えをしていると、携帯電話が急に振動を始めました。
(まさかミャー子!?)
と、有り得ないこと思いながら開くとメールが一通。やはりというか当たり前というか、
送り主はミャー子ではありません。

『from  社 響子

件名: 久しぶり

本文: 例の場所で待ってるからすぐ来てね。』

その名前を見るなり、ほんの一ヶ月前の出来事がフラッシュバックされました。
続いて、鼓動が速くなり、股間が疼くのを感じました。
僕のオナ禁(半強制的)を知ってるかのようなタイミングでの呼び出しに、
戸惑いと少なからずの期待感を抱いてる自分がいます。
やっぱり、男の性なんて邪魔なだけです。
頭に浮かんだ女性に対して性衝動を抱いてしまうのですから。
ところで、僕はアドレス登録する際に相手の名前をフルネームで入力するこだわりを持ってます。
だから断っておきますが、送り主は恋人でもなければ上級生でも下級生でもありません。
家庭科の先生です。

家庭科実習室。
調理実習の時以外はお料理クラブのメンバーが使うだけの、利用頻度の低い特別教室。
本棟から離れているせいか、非常に静かです。そこに漂うのはコーヒーの良い香り。
中々上等な豆のようです。
「はい、ブルーマウンテンよ。砂糖はいくつ?」
「いえ、お構いなく……自分でやりますので……」
角砂糖を一つ、出されたコーヒーの中へ入れます。
水分を吸って急速に姿を崩す前にスプーンで砕きます。
カップの先にぶつかる金属音がいやに響きます。
閉鎖空間に、若くて綺麗な女性教諭と二人っきりだからでしょうか。
僕は自身の緊張感を紛らわせるために、そんな行為に没頭せざるを得ません。
「ふふっ。何をそんなに慌ててるの?予鈴まで時間はたっぷりあるわ」
僕の様子がおかしいのか、先生は微笑みを浮かべます。
「えと……それじゃあ、頂きます」
僕はいたたまれなくなり、液体を食道に通していきました。味を確かめる余裕もありません。
そもそも教師が校内で生徒にお茶を出すなんて普通はありえません。
それを疑問に思えないほど緊張してました。
いえ、緊張というよりは恥ずかしさです。
飲み干すまでの一部始終を見られてるのが分かりますが、僕から目を合わすことができません。
だって向かい合って座ってるのは、僕の童貞を奪った相手ですから。

僕から何を話すでもなくただ俯き、先生も僕の仕草を眺めるだけ。
そんな時間を10分ほど費やしたところで変化が起きました。
僕の身体に、です。
全身が火照り、鼓動が速くなり落ち着かなくなってきました。
そんな体調の急変に戸惑う間もなく、傍目にも分かるぐらい股間が怒張していきました。
一体どうしたというのでしょうか。
いくら一週間発散してないからとはいえ、こんな状態は初めてです。
「どうしたの大窪君、顔が赤いわよ?」
心配そうに声をかけてくる先生。
「い、いえ、何でも……」
興奮状態に陥ってるのを悟られたくない僕は、ただひたすらに平静を保つのに努めようと思いました。
深呼吸をしたり、心の中でお経を唱えたりしました。ですが全くと言って良いほど効果はなく、
逆にますます落ち着かなくなっていきました。
次第に思考が単純なものになっていきます。
つまり、早く射精したい、セックスしたい、そんなことばかりです。
「あの、先生、トイレに行っ、てきて、いいですか……」
僕はたまらずそう言ってました。
どうしようもなく息が荒げ、これ以上我慢できそうになかったからです。
「どうしたの?身体の調子が悪いの?」
僕の尋常でない様子を見かねたのか、席を立ちこちらに寄ってきます。
そして、そのまま僕と目線が同じになるように腰を曲げました。
「せ、先生?」
「顔が赤いわね、大丈夫?」
目線を少し下に移せば白くて豊かな膨らみ、それと対称的な真っ黒な布地が見えました。
さらに何とも言い難い、女性特有のいい匂いを感じました。
それらのせいで、僕の理性は限界近くまで来ていました。
早くこの場を離れなければ、間違いを犯してしまう。
そう思い席を立とうとしたところで、

「これ、何だか分かる?」

目の前に差し出されたのは、先端にスポイトのような物が付いた小瓶。
「いわゆる媚薬よ。軽目のものらしいけど、慎太郎君には効果覿面みたい」
先生は淫靡な笑みを浮かべていました。

……僕は阿呆です。
こんなのすぐに考えれば分かるはずなのに。
出されたコーヒーの中には興奮剤が入っていて、それは先生がやったこと。
「卑怯、です、よ……」
「慎太郎君が奥手すぎるのが悪いのよ」
もう、限界でした。

僕はズボンを脱がされ、再び椅子に座らされました。
興奮剤と一週間溜め込んでいたおかげで股間はこれ以上ないというほど膨れ上がってます。
「飛び散ると後処理が大変だから被せるわよ?」
そう言ってピンクのゴムを根元まで被せました。
そして間もなく、先生のしなやかな手が僕のものを握りました。
ゆっくり、ゆっくり。
絶妙な力加減で上下動します。
それと同時に快感が押し寄せてきました。コンドーム越しとは言え、
他人に触られるのと自分でするのとでは段違いです。
次第に手を動かす速度が上がります。
「手コキって好き。相手が気持ち良くなっていくのを冷静に観察できるから。
征服欲が満たされていくわ」
その通りで、息がかなり荒くなっている僕とは正反対に、落ち着いた様子で行為を続けてます。
手を激しく動してるのを除けば、普段の先生と変わりありません。
それが逆に、僕をさらなる興奮へ導きました。
僕と先生の温度差、この非日常さ加減が肉体の快感と合間って、さらに血液が集まるのを感じました。
「あら……また大きくなったわね。そんなに気持ち良いの?」
先生の視線が僕の顔に移りました。表情の変化を読み取るようにじっと見上げてます。
僕が快感で顔を歪める度に指使いを微妙に修正していき、
右手の指一本一本が的確に弱い所を刺激していきました。
「うっ……くっ……」
自分の意志とは無関係に声が出てしまいます。
押し殺そうとしても、慣れない快感のせいで叶いません。
恥ずかしくて、気持ち良くて、死にそうです。僕はいたたまれなくなり、先生から目を逸らしました。
「駄目よ」
すぐに返ってきたのは、さっきまでと違うきつい口調。そして、快感が途絶えました。
「えっ……」
さっきまであんなに動かしてたのに、あんなに気持ち良くしてくれてたのに。
先生が、手を離しました。どうして、止めるんですか?
「ちゃんと私を見なさい」
こんな生殺しみたいなことをされて、まともな思考なんてできませんでした。
早く気持ち良くしてほしい、早く射精したい。その一心でした。

僕は再び先生を見ました。するとまた、握ってくれました。
「いい子ね。続けてあげるわ」
さっきよりも速く、強く扱かれてます。
先生に情けない顔を見つめられてます。
恥ずかしいです。
でも、恥ずかしいからこんなに興奮してるんだと思います。
おのずから身体を曲げ、先生の胸元に手を伸ばしてました。
少し窮屈な体制ですがそのままブラジャーの間に指を擦り込ませました。
「んっ……」
乳首に当たったせいで先生は静かな嬌声を発しました。
「そうよ……素直になりなさい」
言う通り、先生のおっぱいを遠慮なく揉みしだきました。
大きくて柔らかいので、夢中になって揉みました。
間もなく乳首が勃起していくのが分かりました。
そこに触れる度、先生の色っぽい声が醸し出されます。
生のおっぱいがこんなに気持ち良いなんて知りませんでした。
今まで雑誌や映像で見るだけだったので。
きっとミャー子のおっぱいは、もっと揉みごたえがあるんでしょう。

…………?
何でここでミャー子の名前が出てくるんでしょうか?
変です。
ミャー子は家族なのに。
家族との情事を妄想するなんて、そんなの変態のすることです。
きっと薬のせいで馬鹿なことを考えてしまってるんだと思います。

射精感が込み上げてきました。もう限界のようです。
「そろそろイきそうなのね。いいわよ、いっぱい出しなさい」
先生にも分かったようです。
扱く速度が急速に上がり、睾丸を揉んでる左手の動きも複雑になりました。
それを受けて、いよいよ我慢出来なくなりました。
数秒して。
頭の中に直接響いてくるような快感と共に、僕は一週間分の精液を放出しました。
「あぁっ……すごくいっぱい出てる……何日溜めてたの?」
徐々に手の速度を落とし、全部搾り出そうとしてくれます。
イッたからと止めるのではなく、出し尽くすまで快感を与えてくれます。
何も考えられません。ただ気持ち良いんです。
「イってる時の慎太郎君、すごく可愛いわ」
今の僕の顔には力が入ってないので、情けない感じになってるに違いません。
でもいいんです。ここには先生しかいなくて、僕は先生にされたんですから。

 

「慎太郎君って案外薄情なのね。一度セックスした相手を意図的に避けるなんて」
換気のために窓を開けながら、背中越しに喋る先生。
12月の冷たい風が、さっきまで情事の行われてた空間に流れ込んできます。
「……違います」
「どこが違うの?」
「理解できなかったんです……ろくに喋ったことのない人間と、その……」
「セックスしたのが?」
僕は肯定の意味で頭を縦に振りました。
「誤解しないでね。慎太郎君だったからしたのよ」
「だからって……先生だって初めてだったのに……」
「そんなこと気にしてるの?23の女にバージンなんて何の意味も持たないわ。
男には分からないと思うけど」
「でも……」
言い返そうとする僕の唇に、先生の人差し指が当たりました。
「もう一度、前に言ったことを繰り返すけど……
慎太郎君が望むなら、どんなことだってしてあげるわ。私の仲間は……慎太郎君だけなんだから」
「……そんな、悲しいこと言わないで下さい……」
先生は気付いてないかもしれませんが、その目は、とても寂しそうでした。

4

「ただいまミャー子」
玄関のドアを開け、挨拶をする。そこには既にミャー子がいて、僕に擦り寄ってくる。
これが日常の風景です。
「シンタローおかえりっ!」
人間の姿になり喋ることを除けば今でも変わりありません。
靴を脱ごうと腰掛けた僕に後ろから抱きついてきました。

「シンタロ〜」
「あっ、こらっ、ミャー子。靴が脱げないじゃないか」
抱きつくだけではなく、甘い声を出して首筋に鼻を押し付けました。

「シンタローのにおい、すき」
僕にもはっきり分かるように鼻を鳴らしてます。
相変わらず匂いを嗅ぎまくるのは勘弁してほしいです。
ここで一つ分かったことがあります。背中におっぱいが押し付けられるのを感じても、
それで興奮することはありません。
やはりと思いました。
昨日、ミャー子の体に股間が反応したのは、何日も溜めてたからなんです。
僕は安心しました。可愛い女の子になった飼い猫を、雑念を以て見ることがなくなったからです。
定期的に、それこそムラムラする前に発散させれば万事解決です。
確かに、ワンルームですから人間2人が住むには狭いです。今日も同じ蒲団で寝ないといけません。
ですが大丈夫です。僕がしっかりしてれば、今まで通り仲良くやっていけると思います。

「……あれ……」
突然、ミャー子の動きが止まりました。
「ミャー子?」

「シンタローのまたから、せいえきのにおい、する……」

発せられたのは、冷たい声。いつものそれとは違い、低い音程でした。
そして、次第に震え出す体。彼女の振動を背中からダイレクトに感じ、僕は冷や汗をかきました。
(まさか、ばれた?)
僕は咄嗟に抱擁を解き、玄関のドアにのけ反りました。
格段に嫉妬深いこの猫の次の反応に戦慄したからです。
ただ下を向き、ブルブルと体を震わせ、それが次第に大きくなっていきます。
尻尾も、ピンとV字型に伸びてます。
「あの……ミャー子?」
今の気分は、立て篭もった犯人を刺激しないように説得する新米警官。
来るはずのないネゴシエーターを心待ちにしながら、僕は身構えました。
「シンタロー!!!」
「ひっ!?」
何という情けない声でしょう。飼い猫に怒鳴られて怯える主人なんて聞いたことがありません。
ミャー子はまさに飛び掛かりらんとするような威勢で待機してるので、思わず身構えてしまいました。

「がっこうでち〇ち〇しゅっしゅっ、したな!!!」
「ごめんなさいごめんなさ……って、え?」

「がっこう、べんきょうするところ!シンタローばかっ!!せめて、いえでしろ!」
……どうやら、勘違いしているようです。
先生に抜いてもらったのではなく、自分でしたと。
実は、うちの学校の更衣室にはシャワールームが併設されてます。
6限の体育は持久走だったので使用したんですが、それで勘違いしたようです。
パンツにごく微量の精液が付着してるだけで身体からは特に別の匂いはない。だから自慰したのだと。
それに、先生に直接触られたのは睾丸と唇だけだったので大丈夫だったんだと思います。
それにしても、さすが猫。犬には及ばないまでもその嗅覚の鋭さには驚かされます。
もっと執拗に匂いを嗅がれてたらばれていたかもしれません。不幸中の幸いですね……
「わ、悪かったな!もう限界だったんだよ……家でしようにもいつもミャー子が邪魔するしさ……」
僕はミャー子の勘違いに乗ることにしました。やはり、情事は知られたくありません。
「ミャー子と交尾すればいい!」
「だからできるわけないだろ……」
「なんで!?ミャー子、ヒトになった!シンタロー、ミャー子のしゅじん!すきにしていい!」
激しい口調の割りには、その顔から怒りが消えてました。
代わりに表れたのは、何とも言い難い、やるせない表情でした。

「ミャー子がしあわせなの、シンタローのおかげ。シンタローがたすけてくれたから、
ミャー子いきてる。
はらいっぱいたべさせてくれて、いっぱいあそんでくれる。シンタロー、ミャー子のために
いろいろしてくれる。でもミャー子、シンタローにおんがえしできてない。
ネコだったから、できなかった。いま、ヒトのすがた。
それでも、なにもできないけど、交尾ならできる。シンタローのやくにたちたい」
たどたどしい口調だけど、ミャー子は切実な想いをぶつけました。
それは、猫の姿の頃からずっと抱いてたものなのでしょう。
水臭い。そう思いました。
ペットのくせに、主人に恩返ししたいなんて言うんですから。
「ミャー子」
僕はミャー子を抱きしめました。
「恩返しなんていつもしてもらってるよ」
「えっ……」
「ミャー子がいてくれるだけで、僕に構ってくれるだけで、幸せな気持ちになれるんだ」
寒空の元から帰っきて身体が冷えてるので、ミャー子の体温が心地良く、そして愛しく感じられます。
「交尾なんてしなくていい。今まで通り僕を愛してくれれば、それでいいから……」
「シンタロー……」
ミャー子は頬擦りをしてきました。頬に当たるその温かさは、僕を癒してくれます。
「ミャー子、シンタローのこと、あいしてる」
「僕もだよ、ミャー子」
しばらくの間、お互いの感触と愛情を確かめ合いました。
2本の尻尾が縦にゆらゆら動いています。これは嬉しさの表れです。
「でも」
「ん?」
「どうしてもがまんできなくなったら、ミャー子にいえ」
「うん、分かった」
「それと」
「うん」
「ほかのメスとうわきしたら、とうきょうわんにしずめてやる」
「だからお前猫だろ!?どこでそんな言葉覚えたんだよ!!」
感動的なシーンを台無しにしやがってこの愚猫は……

さっきはミャー子のことが思考の大部分を占めてましたが、
夜が深まり床に就くと別のことを考えてしまいます。
そう、響子先生のことです。
一学期から授業などで面識がありました。
でもそれは、新任教師と生徒という、何の変哲もない関係でした。
長身でセミロングを後ろに束ねタイトスーツに身を包んだ、所謂デキる女性の体現。
一瞥すればきっと英語や数学の担当教諭かと思うほどです。
そのせいか近寄りがたい雰囲気を持ち、近寄りたくても近寄れない生徒がたくさんいるようでした。
僕もご多分に漏れず先生に苦手意識を持っていたため、対した交流もありませんでした。

状況が変わったのは一ヶ月前です。
ある出来事がきっかけで、僕は先生と親密な関係になりました。
……いえ、親密という言葉で片付けるほど単純なものではありません。
仲良くなりいくつかの段階を経て初体験……ではないのです。
何の前触れもなく家庭科実習室に連れていかれ、僕は童貞を奪われ、
同時に先生の処女を貰う形になりました。
その時僕は気が動転していて碌な反論もできず、されるがままでした。
気付いた時には、先生の中で果ててました。
それ以来、先生のことを意図的に避けてました。
勝手に事を進めたのは先生だという風に言い聞かせても、
大して親しくもない人の純潔を汚してしまったことに罪悪感があったからです。
本当は、今日の呼び出しを無視するはずでした。
事実を認識する度胸を持ち合わせていないせいで、先生と再び対峙するのが怖かったから、
うやむやに濁してしまおうと思いました。
でも僕はそうしませんでした。
何故か。
たぶんそれは、先生にもう一度会って、
半ば強制的に屠られたいという深層心理が働いたからかもしれないと、今になって考えられるのです。
結果的に僕の考えた通りになりました。
先生に興奮剤を盛られ、恥ずかしさの中で顔を背けることも許されずに扱かわれ、
格別の快感を与えられました。
男の性のせい、と片付ければ簡単です。ですがそれは、ただの逃避に過ぎません。
結局のところ、性の主は僕なんですから。
先生のことを考えれば、胸が苦しくなります。
勿論それは恋い焦がれる気持ちではありません。先生に対する罪悪感と、期待です。
前者は、先生の好意に戸惑いを感じつつも素直に応えられないことに対して。
後者は、僕が望めばいつでも先生に気持ち良くしてもらえるんじゃないかという邪な気持ち。
もう少し歳を重ねれば、事実を冷静に理解して相応の対応ができるのでしょうか。
そうであるならば、早く大人になりたいです。
今の僕は、ただ流されるだけの駄目なやつなんですから。

隣で寝てるミャー子の頬をそっと撫でました。
「んん…………」
すると、気持ち良さそうに喉を鳴らしました。
「もっとしっかりしないとな……」
自分にそう言い聞かせて、瞼を閉じました。

目を覚ました時には、日光がカーテンの合間を縫って差し込んでました。
今日は土曜、12月にしては暖かく、洗濯日和のようです。
「ぐぅぅぅ…………」
昨日は9時に寝たというのに、ミャー子はまだ寝てます。
やはり猫、「寝る子」という名は伊達ではありません。
それにしても……もの凄いアホ面です。
頬は緩み、口はモゴモゴと動き、手を丸めて何かを捕まえようと顔の回りで円を描いてます。
僕は吹き出しそうになるのを堪えて、洗面所に行きました。
機会があれば顔に落書きしてやろうと思います。

「う゛〜ん……」
洗濯物を干し終え、朝ごはんの用意ができようかという時になってようやく目を醒ましました。
「おはよう、ミャー子。ご飯の用意できてるよ」
「シンタロー……しっこ……」
「ほら、ちゃんと目を開けてトイレに行きなさい」
「うーん……」
ミャー子は寝ぼけ眼を擦りながらトイレに向かいました。
特に教えたわけではないのに、ちゃんと人間用のトイレを使ったのには最初驚きました。
やはり賢い猫です。
それはともかく、今日の寝起きはあまり良くないようです。変な夢でも見たんでしょうか。

「よし、どこからどう見たって猫には見えない」
ニット帽とおさがりのコートを着たミャー子を前に、僕は自画自賛しました。
僕の言い付けで昨日は家から一歩も出なかったので、
それと、今日は休みだから外出したいというミャー子の申し出があったからです。
最初は戸惑いましたが、猫耳と尻尾が見えなければ外に出ても問題ないはずです。
「それじゃあ行こうか」
「うん!」

自転車で街を走ります。信号待ちの自動車を横目に、すいすいと路を抜けていきます。
いつもと違うのは、後ろにミャー子を乗せてること。
以前は、彼女と一緒に出歩く時にはフード付きの服を着てました。
そこに後ろ脚を入れ前脚を僕の肩に乗せてやれば、二本の尻尾がうまい具合に隠れるからです。
そうやってた頃がまるで昔のことのように感じます。
猫が人間になるという信じられないことに、未だ妙な気持ちにさせられます。
それにしても、すれ違う人達、特に男性が冷たい視線をぶつけてくるのは
僕に嫉妬してるからなんでしょうか。
もしそうなら、軽い優越感です。
さて今日は休日映画館や遊園地といった、人工のレジャー施設に行くわけではありません。
僕達が向かうのは『自由の羽根公園』。広大な敷地面積と豊かな自然が広がる、
何とも健康的な娯楽場です。

「シンタロー!はやくはやくー」
「ちょ、ミャー子、速いって」
ミャー子はコートと靴を脱ぎ捨てて家にいる時と同じ格好になりました。
ジャージにニット帽という組み合わせは何とも言えず滑稽ですが、同時に可愛いと思いました。
僕が学校に行ってる時はいつも来てるらしいほど、お気に入りの場所のようです。
それに、昨日外に出てない分を取り戻そうとするかのようなはしゃぎっぷりに、思わず頬が緩みます。
走り回ったり転がったりと忙しそうで、その度に長い髪が靡いて、きらきらと輝いてます。
……おっぱいも、ジャージの上からでもはっきり分かるほど揺れてます。
目を逸らそうにも、あまりに見事な揺れっぷりには抗えせん。
ごめん、ミャー子……
おっぱいを見てると幸せな気持ちになれるんだ。性的な意味はないから、今だけは見させて……
「じーーー」
「うっ……」
腕で胸元を隠すミャー子。気付かれてしまったようです。
「シンタローのえっち」
「いや、その……ごめんなさい」
僕は駄目な飼い主です。

楽しい時間でした。
自然の中で走り回ったり、行ったことのないエリアを探検したりと、まるで童心に帰ったようでした。
ですがその後、ちょっとした出来事がありました。
はしゃぎ疲れて膝で眠ってるミャー子につられて、僕もウトウトしてた時のことです。
太陽が赤く染まり始め、肌寒さを感じて目を醒ますと、僕達の前に立ち尽くしてる人影。
子犬を3匹連れながら、僕とミャー子を見下ろしてます。
「あれ……川原木さん、なんでこんなとこに」
それは、僕がよく利用してるペットショップのアルバイトで、同級生でもある女の子でした。
「ああ、犬の散歩か。いつもご苦労さ……」
「大窪君」
僕の言葉を遮り、川原木さんは言いました。

 

 

「その人……誰なんですか」

 

 

今まで聞いたことのない、威圧的な声でした。

2006/12/23 To be continued.....

 

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