何、この空気……気まずすぎるんですけど。
ええ、わかっておりますよ。諸悪の根源は私の後ろにおっしゃる女史にあるということだと。
お願いします楓花さん、このままではクラスの皆の視線に射殺されてしまいます。
制服の裾を離してください、てかクラス中の視線が恥ずかしいのはわかるけど俺を盾にしないで。
このままじゃ、級友に朝の挨拶すら出来ませんよ。
ええい、お前ら見せもんじゃねえんだよ、とっとと失せやがれ。
幸いにも、朝のHRギリギリに着いたので視線の集中砲火は長時間続かずに済んだ。
だが、今度は教室に入ってきた教師と目が合ったとたんが俺たち二人を見つめる見つめる。
あたかも、蛇に睨まれた蛙のごとく俺たちは瞬き一つすることすら出来ませんでしたよ。
「藤堂君……ちょっと。委員長、この出席とプリントの配布をお願いできないか?」
そういって、クラスの担任である林先生は教壇の上に出席簿とプリント類を置くと、
俺の後ろの彼女を手招きした後に朝のHRを委員長に任せて教室を出て行った。
さすがに今回は俺がついて行けるはずもなく、自分の席に座って学生カバンから教科書一式を取り出し
机の中にしまいこむ。
林先生は比較的生徒に嫌われやすい高校教師の中では珍しく好かれているいい先生だ。
別にユーモアがあるわけではないが、物腰が柔らかくて俺たち生徒の話も紳士に受け止めてくれて
決して馬鹿にしたりしない。
白髪交じりに老人がかけるような丸眼鏡がその穏やかな雰囲気に更に拍車をかけている。
といっても気が弱いわけでもなく理不尽なことをする人には鬼のように怒る人らしい。
生憎、我がクラスは優秀とはいかないが、そこまでの悪人はいないので
そこまでの事態にはなったことがない。
あの人なら彼女を悪いようにはすまい。そう思い、俺も安心してクラスに溶け込もうと……
「おい、優真」
したのだが思わぬ邪魔が入る。俺の真後ろの席の親友と書いて悪友と読む橘明人だ。
「んだよ、明人」
委員長が出席の点呼を呼ぶ中、ヒソヒソ声で話しかけてくる。
周りにもそんなやからがチラチラ伺える。
「あの娘、いったい誰だよ? 転校生」
「なわけあるか。ただの友達でクラスメートだよ」
昨日まで知らなかったけどと、小声で聞こえないように付け加えておく。
「嘘付けよ。俺あんな可愛い娘見たことねーぞ。それがなんで家のクラスに、
しかもお前なんかと一緒にくんだよ。
ことと次第によっちゃ、俺の友情パンチをぶち込むから疾しいことがあったら
今のうちに歯ぁくいしばっとけ」
「例えば、どんな?」
「そうだな、無垢な少女を監禁調教してお前無しでは生きられないように「死ね、ボケッ!」」
歯ぁ食いしばるのはお前だこのアホが。
何を血迷ったか学校という公共の場でのたまってやがんだ。
会話が小声だったことと、苦しむお前を見ても理由を問わんクラスメートに感謝しやがれ。
そうこうしてる間に朝の集会は終わり俺たちは授業の準備に入る。
一時限目は教室の移動をするので俺たちは理化の実験室まで行かなければならない。
もがき苦しむ、明人をほっといて俺は隣の席にいるもう一人の親友と書いて変人と読む
赤井静馬と教室を出た。
「なあ、静馬」
「何だ?」
「ちと、お前に聞きたいことがあるんだが」
「珍しいな、お前が頼みごとするなんて」
教科書を抱えて廊下を歩きながら俺と
静馬はそういうとメガネのフレームを握ってマンガのようにクイッっと持ち上げる。
一々やることが芝居くさいと思うのだが、人間慣れというものは恐ろしいもので
今では全然気にならなくなるものだ。
「藤堂楓花についての情報を教えてもらいたいんだが……」
「ほう……」
なんだか、やけに珍しそうな目で俺を見る静馬。
俺が女のことを聞くのがそれほどに珍しいみたいだ。
関係ないが、この質問をした瞬間、奴のメガネのレンズは怪しい輝きを放った気がするのは
気のせいではないだろう。
「どんな、情報を聞きたいんだ」
「彼女の生い立ち、全般的に」
「まあ、いいだろう。お前のことだ、悪いことに使うわけでもあるまい。
彼女の名は藤堂楓花、誕生日は2月1日の水瓶座、趣味は観葉植物を育てることで
最近はサボテンにはまっているらしい。
家庭環境は典型的な恐妻家で妻のほうが権限が強い。
そのせいか、一人娘である彼女へのへの躾はやたら厳しくて、
そのせいで、彼女は高校受験の失敗をきっかけに体調を崩し滑り止めに入ったこの学校では
休学届けを出してる。
そして、そのまま一年ほど留年して現在にいたる……とまあ、簡単に言うとこんな感じだな。
さて、そろそろ教室に着くぞ」
まるで、世間話しをするがごとく何気にとんでもないくらい彼女について話しを進める静馬。
さすが、我が高一の情報屋と異名を持つ(とはいえ俺しか言ってないが)変人もとい変態……
末恐ろしい野郎だ。
こいつ曰く、学年主任のヅラ疑惑から校長の浮気相手まで奴がこの校内で知らないことはないらしい。
まったく、どこで仕入れてくるんだが……下手すりゃ犯罪ものなんだが
幸いこの秘密を知るのは俺と明人だけ。
奴自身も仕入れた情報や噂を悪用するわけでもないので、俺たちも特に干渉することはない。
本人曰く、趣味で嗜む程度のことだと……まあ、色々突っ込みたいが慣れってやっぱ怖いね。
今では全然気になんないわ。
しかし、中々に複雑な家庭環境だな。彼女がストーカー気質何もそれに関係してるのかも。
そんなこんなで授業を受けている俺。ちなみに、上の空だったばかりに教師の質問を華麗にスルーし
皆の笑いの的になったのはここだけの話だ。
・
・・
・・・
「もう、あいつったら信じらんないッ!」
「まあまあ、真純。ちょっと、落ち着きなさいよ。ほら、周り周り皆見てるよ」
真純は思わず声を上げていたのが、彼女の声に驚いた他のクラスの人の視線が二人に集中する。
さすがの、真純もその視線に気づいたのか顔を赤くしてクラスの視線から目をそらした。
とはいえ、彼女の怒りはやはり収まってなく、溜まった感情の矛先は先程まで聞き役に徹していた
真純の隣に立ち少女晴美に向けられた。
「だってさ、ストーカー庇うって常識的に考えられないでしょ。
警察沙汰だよ普通。犯罪だよ。男だったら社会の失格者としてあらゆる制裁を受けんのよ。
それを庇うなんて脳のネジが一本どころが全て外れるとしか思えないでしょ。
ねえ、アンタもそう思うよねえ」
晴美はそれを聞いて今日何度目になるかわからないため息をついた。
今日の朝からずっとこれである同じ話しを一日中延々と聞かされる苦しみは、
想像すればまあ一般的な常識を持つ人ならそれなりに理解してくれるだろう。
「そうは言ってもねえ……所詮は当人同士の問題だし。
部外者が口を出してもしょうがないんじゃない」
「そんなこと言って、取り返しのつかないことになったらどうすんのよ!?
あいつ、どこか抜けてるしその上お節介だしお人よしだし基本的にバカだし上手く丸め込まれて
厄介なことにならなきゃいいんだけど」
傍から見ればどうみてもその優真という男にベタ惚れに見えるが
幸か不幸か真純はそれに気づいてない。
おそらく、これも無意識の内に出ていることだろう。
さっきみたいに大声で叫んでないから周りに聞こえてないのが唯一の救いというべきか。
「そんなに好きならいっそ付き合っちゃえばいいのに……」
「好きとかそんなんじゃないの! ただ、放っておけないだけ!」
すごく、小声で言ったはずなのに何故か真純はそれが聞こえていたらしい。
地獄耳なのか、それとも口の動きを読む読唇術だったのか。
まあ、どっちでもいっかと思い、晴美は真純を見た。
ムキになって否定するところがむしろ肯定してること言うことに
彼女はいい加減に気づくべきだと思うんだが。
「ふーん、じゃあ私その子狙っちゃおうかな」
「え?」
「聞くかぎりじゃ結構いい子そうだし。それに、最近彼氏と別れてご無沙汰だし」
「ちょっと、待ちなさいよ。なんでそうなるの!? 」
「なんでって、別にちょっと興味を持っちゃだけよ。別にいいでしょ。
真純の彼氏ってわけじゃないんだし」
「う……」
真純の何ともいえない表情に思わず笑いがこみ上げそうになるが、
晴美はそれをすんでの所で押し殺す。
おもしろい、おもちゃでも見つけたかのように晴美は真純を見ている。
もっともそれは心の中で思ってるだけで顔には出してないが。
さも、本気で気がありそうな風に演技を見せて真純の不安を煽る。
「ねえ、今度紹介してよ」
「ダメ……」
「それじゃ、三人で今度一緒に遊ぶってのは?」
「ダメ……」
「それじゃ、一目見るだけってのは?」
「それもダメ……」
「なんで、真純にそこまで言われなきゃならないのよ」
ここで、少し機嫌を損ねたように口を尖らせる。
すると、真純はさっきまでの勢いはどこへやら、まるでしおれら花みたいになってしまった。
「だって……」
そこから更に涙目にまでなる。不味い今にも泣きそうだ。さすがに、からかいすぎたか。
「冗談よ冗談」
「へ?」
「ちょっと、からかってみただけ。別にそんな興味ないから心配しなさんな」
おどけた口調でヘラヘラ言う晴美に真純もようやくからかわれてたことに気づいたのか、
顔を真っ赤に染めて拳を握り締めている。当に怒り心頭といった具合だ。
「晴美……アンタね」
「ほら、早くお昼食べようよ。昼休みなくなっちゃうよ」
目の前で漫画みたいに拳骨を握り締める真純。
その危険をいち早く察した晴美は慌てて場をなんとかごまかそうとするも真純の怒りは収まらない。
それを見て、あはは、と空笑いを立て冷や汗を流す晴美。
晴美は殴られるかと思ってたが、何故かそうはならなかった。
真純が殴る前に彼女の肩がトントンと叩かれ彼女は反射的にその方向を向いた。
そして、顎が外れたみたい口をポカンと開けたままでいる。傍から見ればすごく滑稽だ。
「アンタ、なんでここにいんのよ?」
「いや、真純。実はお前に頼みごとがあってきた」
「何よ?」
「俺たちと一緒に昼飯食わない?」
「な、なんでアンタと一緒にお昼食べないといけないわけよ」
突然のことに声が裏返っている、なるほどアレが真純がお熱の彼か。
なんて、思ってると今度は私と目が合った。
「あ、出来ればお友達さんも一緒に来てくれると助かるんですが……」
「私? まあ、別に構わないけど……」
「ちょっと、別にアタシ行くなんて行ってないじゃない」
「嫌なのか? 別に無理ならそれはそれでいいけど……」
「別に嫌って言ってないでしょ」
「そうか、助かる。ありがとな」
途端に、困ったような顔をする真純の意中の男。
それを見て真純は迷惑だと思われるのが嫌なのか慌ててフォローの言葉を入れた。
で、私たちは真純と一緒にその彼につれられるまま教室を後にすることになった。 |