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曇天のち…

第1回 第2回 第3回
   


1

汚い。
それが私の『彼』に対する第一印象だった。

『新しい僚機のパイロットが来る。』

そう聞いたのは二、三日前。
前の僚機のパイロットが死んだ次の日だった。
もう顔も思い出せない。
私と組んだ相手は大抵すぐ墜ちる。
いままでで一番長かったのは……そう、十日だ。
その理由は、『私の機動』だ。
例えば、目の前に『恐ろしく早い鳥』と『ふつうの早さの鳥』がいて、どちらを猟師は狙うか?、
と言うことだ。
もちろん私が前者であって、相方が後者。
稀に私の方を狙ってくる馬鹿もいたが、そいつらには私が『狩る側』だとわからせてやった。
そうしている内に、私には『ガルーダ』なんてアダ名が付いた。
炎の怪鳥、その炎が近付く者も焼き尽くす──、なんて理由で。

新しいパートナーを紹介する、と基地司令に呼び出され、司令部で出会った男。
汚い。そうとしか思えなかった。
いつ剃ったのかわからない不精髭、伸ばしっぱなしで手入れも何もしていなさそうな髪の毛、
基地司令の前だというのに、着崩した制服。
誰もが私と同じ印象を受けるだろう。
「…ウェッヘン!、えーこちらが今日より君の僚機のパイロットになる──」
「クウヤ・ミカヅキ大尉だ、よろしく」
格好とは裏腹に、明るい口調で話掛けられた。
「…ミッシェル・ルーマン中尉です、よろしくお願いします、大尉」

基地司令から次の任務の命令を受け、司令部を出た。
基地の廊下を『二人で』歩く。
基地の案内をしているのである。
「……驚かないんだな、中尉は。」
司令部をでて、先に口を開いたのは大尉だった。
「…なんで驚く必要が?」
「だって俺みたいな黒髪、見たこと無いだろ?」
そう言われてみればそうだ、黒髪の人種は沢山見てきたが、彼のような深い黒色、
俗に言う鴉の濡れ羽色、の黒髪は見たこと無かった。
「ありませんね」
と正直に答える。
「どーでもいいのか……orz」
ひどく落ち込んだ様子の大尉。
「どうでもいいです、それより早く移動しましょう。」
どうせまた、すぐ居なくなるのだから──。

 

次の日、私と大尉に哨戒任務の命令がでていた。
哨戒だけなので、今日はF/A-18、スーパーホーネットで空に上がった。
大尉には私の二番機をやって貰うことにした。
私がそのことを伝えると、
「その方が、ミサ中尉の実力が判るし、僕の力がどうなのかも判るよ、うん、そうしよう」
と、快諾?してくれた。
だが、私の力を試す、って言ったのと、私をミサって呼んだのが気に食わなかった。
実際空に上がって、大尉に仕掛けてみることにした。

哨戒活動開始から五時間、帰投の命令が下った。

『やっとおわったな』
通信での会話
「ええ」
『何も起こらなかったし』
「ええ」
『万万歳だ』
「ええ、…大尉。」
『なんだ?』
「模擬戦、しませんか?」
『……』
「今日何も無かったし…、腕が鈍らないように」
『ああ、それならよろこんで、じゃ、いくよ!』
『はい』

 

そうして始めた模擬戦に私は……負けた。
背後を取ろうとして、フェイントを巧く使われ、逆に後ろを取られ、
そのまま、引き離す事ができなかった。

大尉は凄かった。
大尉の戦闘機動は、まさに『真のエース』だった。
『ガルーダ』の私を、まるで赤子の様にあつかった。
不思議と負けた事に怒りは感じなかった。
私の中に有ったのは、これからは、私より強い人と飛べることに対する純粋な喜びと───、
奇妙な胸の高鳴り、だった。

2

地上に降りてきてわかった事が二つある。
一つは、彼───三日月大尉は、出撃する際に、ちいさな細長い袋をもって行くらしい。
私は整備士から聞いただけで見たことは無いのだけれど。
何が入っているのか気になる。なぜか分からないが、凄く気になる。

後一つは、彼が不細工で無いこと。
ふだん、ボサボサな髪の所為で顔が隠れていたが、さすがに空に上がるのには邪魔らしく、
戦闘機から降りた彼は、後ろで一つにゴムで纏めてあった。
そのお陰で見えた彼の顔は、だった。
格好良くは無いが、不細工では決してない。

格納庫から出た私と大尉は、軽く談笑しながら、報告のために司令部へ向かっていた。

「大尉、以前はどの基地に?」
「あぁ、ちょっと中央のほうにいたんだ」
遠い目をして大尉は言った。
「そうですか……、ではこのような最前線の基地に配属された事は?」
「二度目になるね…、ミサ中尉は記者みたいだね」
苦笑しながら彼は言った。

「…失礼しました。」
──バタンッ
後ろで戸が閉まる音がした。
ふぅ、と同時にため息が出た。
顔を見合わせ、お互い苦笑する。

「いやぁ、いつもこの時間が嫌いでね」
「同感です、大尉」
フフッ、と大尉が小さく笑った。…その表情を見て何故か胸が疼いた。
「やっぱ似たもの同志なのかな…、ほら、コードも『ガルーダ』と『ホルス』だろ?、鳥同士だ」

そう、彼のコードネームは『ホルス』だった。
世界樹の頂点に居て、それを護ると言う、神鳥だ。
───私なんかよりも、尊く、気高い。

「そう、ですね…」
「?、…取り敢えず、解散だ。」
「はい、お疲れさまでした。大尉」
大尉はそう言って、背を向けていってしまった。

大尉に、背を向けられてしまった事に、言い様の無い淋しさを感じた。

 

あれから二ヵ月が経った。
変わった事が沢山ある。
例えば、
任務以外では、彼は私を『ミサ』と呼び、私は彼を『クウヤ』と呼ぶようになった事
尤も、彼と私が年が近い事が発覚したからなのだが。
あと、この戦争が終結に向けて動き始めた事。
勿論、私達『帝都第三航空師団第一班』の活躍が有ってこそ、なのだが。
そして、それに伴って、私の階級が上がった。
今の私はミッシェル『大尉』だ。
クウヤと対等な立場、……フフッ、それだけで幸せな気分になれた。
そうだ、一番大事な事を言い忘れる所だった。
私は、クウヤに心奪われて仕舞った。
…それも、どうしようもない程度に。
今の私は、空でも、陸でも、クウヤと一緒だ。
食事も一緒だし、寮の部屋も基地指令に頼みこんで、『パートナーとして』、隣室に移る許可がでた。
私達は『エース』だから、
ハッキリ言って、もうこれからは一人で生きられないし、空も飛べない。
────クウヤが居ないと。
だから、今のこの状態は、正に天国だった

済ましていなかった。

勿論、『告白』である。
クウヤとは、大分距離が近づいた、とは思う。
しかし、クウヤはまだ私を恋愛対象としては見ていない気がする。
さしずめ、クウヤの中での私は、精々『親しくて、とても頼りになるパートナー』だろう。
これからの行動で、ワンランク、ツーランク…、とランクアップしていくつもりだ。
最終的には『最愛の女性』に…
そして、クウヤが「一生…一緒にいてくれ…」なんて言って……!!

……

………

……………

…ハッ!、今の一瞬でクウヤの最期を看取る所まで想像してしまった。

もう私の空はクウヤで塗りつぶされて仕舞ったようだ。

 

「……ふぅ、もう一息だな…」

…此処は基地内にあるトレーニングルーム。
勿論、戦闘機動の、だが。
部屋の中には、コックピットを模した椅子があり、乗り込むことによってVR訓練が行える。
といった代物だ。
俺──三日月 空也が今行っているのは、特SクラスのVR訓練だ。
特Sクラスに相当するのは、敵の未確認新兵器や、次世代機の機動に当たると思われる。
おおよそ、現在の航空力学では、実現不可能なレベルであるが。
それをクリアするのに五分も掛かってしまった。(常人ではクリアすら不可能)
フフッ…、こんな事を考えていたら、『クウヤは自分を過小評価しすぎです!』なんて
ミサに言われてしまうな。

…ミサは、一言で言えば、『凄い奴』だ。
例えば、空に居るときには、俺から決して離れない。
俺がどんな無茶な動きをしようと、確実に後ろから援護してくれる。
普通の戦闘機乗り──いや、並みの『エース』でも無理だ。

何故なら俺は…
────『規格外』、だから────

ミサは何処となく俺に似ている。
戦闘機動とか、言動とかじゃなく、
もっと───そう、本質だ。
俺もミサも、地上が性に合わない…、と言うよりも、地上が在るべき所ではない。

そう、俺たちのホームは空。
ミサは、任務終了の後、帰還する際、必ず嫌そうなため息をつく。俺も多分ため息をつくんだと思う。

地上は昏く、狭く、低く、五月蝿い。
それに比べ、空は明るく、広く、高く、静かだ。俺は…、いや、
俺達は空でこそ生きられるんだと思う。

此処へ来て2ヶ月。
ミサには本当に感謝している。
俺のために、あれこれ世話を焼いてくれたのは彼奴だけだった。
彼奴には何処か、人間を遠ざける雰囲気があったが、今ではすっかり無くなった。
基地のヤツらは「ガルーダの焔が小さくなった」と言っていたが、そうではないと思う。
今までとは違い、力の使い方、使いどころを理解した──そんな気がする。
何か、護りたいモノでも見つけたんだろうか?

『第一班、至急、司令室に集合せよ』
…呼び出しだ。
なんだ?次の任務は明後日の筈だが。

───ガチャ
「失礼します」
司令室に入ると既にミサが着いていた。
「掛けたまえ」
基地司令の指差す、ミサの隣に座る
司令室の内部は民間の企業の会議室のような作りになっていて、
楕円形のテーブルには小型のモニターが設置してある。

「ブリーフィングだ」
基地司令のその一言と共にモニターに地図が映し出される。
「今回の任務は我が国の今後を左右する大変重要なものだ」
余程重大なのか、幾分か基地司令の声が震えている。
「明後日、1300時より開始予定のグロズニー海岸上陸作戦には、貴隊を外しておいた、
つまり、貴隊にはこの作戦に専念して貰う事になる」

「この作戦の概要は、翌0100時、グロズニー海岸より遥か北、ヘーニア山に向かい出発、
対地攻撃および救出用ヘリの護衛だ」

…?、そこには──

「司令、そこには捕虜収容所も、攻撃が必要と思われる施設は確認されていません」俺が言うより早く、
ミサが言った。

「…その事だが、この度、我が軍の情報部の工作員がヘーニア山麓に極秘研究所が発見した」

「そんなものが在るなら、既にレーダーで発見されているはずですが?」

「いや、そこには高度電子妨害兵器も設置されている、とのことだ」

「途中、空中給油を何度か行うことになるだろう、更に、翌1000時、ヘーニア山付近に到着予定だ、
作戦開始まであと七時間、では解散」

───解散後
「…隊長」
何か考え込んでいる様子のミサ
「どうした?ミサ大尉」
珍しく隊長、などと呼ぶのでこちらも大尉、と返した。
「何か…おかしく有りませんか?」
「…なにがだ?」
「ブリーフィングも説明不足ですし…」
…確かに。
「何より、不確かな情報が多すぎます」
「…そうだな」
「ハッキリ言って、敵側の情報操作に操られている気が───」
「大丈夫だろ」
「へっ?」
出所不明な自信タップリな俺の答えに素っ頓狂な声をだすミサ
「俺達なら、例えそうだとしても、大丈夫だろ」
「あ…」
「…それとも、俺達が墜ちるとでも?」
「そんな事あり得ません!」
強い口調で言い切るミサ
「じゃあ、大丈夫だろ?、…心配すんなよ」
『俺』の二番機である内は…な

 

 

「……隊長、絶対帰って来ましょうね」

「ああ、勿論だ」

3

ヘーニア山───敵国の存在する東の大陸の北端に位置する山脈の中で、一番の標高を誇る山。
一年を通して気温が零度以下であり、永久凍土となっている。
この山で発生する雪崩は、普通の山に比べ圧倒的に強力で、およそ三キロ離れた街にまで
被害が及ぶと言う。
そして、この山に関する伝説として、一人の魔女の話がある。

まだこの山が雪に包まれる前の事。
山の麓には街があり、人が居て、山には沢山の動物たちが暮らしていたころ
街の牧場に美しい娘がいたそうな
ある時、娘が街に届け物をした時に、道端の木の下に一羽の鳥の雛がいました
雛はとても汚い羽の色をしていて、道行く人々は見向きもしませんでした
娘はそれを酷く憐れんで、家に連れて行く事にしました
雛は娘に育てられ、スクスクと成長していきましたた
娘は雛を大層可愛がり、深く愛しました
雛は羽がはえかわると、以前とは似ても似つかない、黄金の翼と光輝く瞳を持つ美しい鳥になりました
娘はその美しい鳥が美しく飛翔をする様を見て心奪われました
それを見ていた娘の父親は、鳥を売れば遊んで暮らせる程の大金が手に入ると聞いて、
鳥を捕まえようとしました
しかし、鳥は父親に捕まりはせず、山の方へと逃げてしまいました
それを聞いた娘は酷く嘆き悲しみ、やがて、病に倒れてしまいました
娘の鳥に対する想いはそれ程大きくなっていたのです
そう───人と鳥の間には在らざる思いが…

それから暫くして、娘の病が治った頃
娘が鳥を探し、出会った木のもとへ向かうと、木の上には金色の羽を持つ鳥がいました
しかし、鳥の隣には見たことの無い、真っ赤な、燃えるような紅炎色の翼を持った鳥が
金色の鳥にまるで、つがいのように寄り添っていたのです
娘は、金色の鳥に逢えたことを嬉しく思う反面、紅炎色の鳥を、妬ましく、羨ましく、恨めしく、
悔しく思いました
そして暫くすると鳥達は山へと飛び去っていきました。

そして娘は父親と自分の運命を呪いました
父親を鳥に近付けたこと、そのあと病にかかったこと、自分が人間に生まれたこと
その全てを娘は呪いました

数日後、娘の家を訪ねた村人が、部屋の中で娘の母親が血を抜かれて死に、
父親が五体をバラバラに引き裂かれ息絶えていました
父親の五体は、床に描かれた円とその中に描かれた謎の紋様の接する部分に置かれ、
その中心に赤黒く固まりかけた血液の入った桶がありました
そしてテーブルの上に手紙が一通ありました
手紙には、『私は鳥になります。母さんの血を悪魔へ送り、父さんの体を邪神に捧げ、
私は鳥になります。』と書いてありました

村人が娘を家中をいくら探しても見つかりませんでした
村人が恐ろしくなって逃げ帰ろうとすると、娘の家の屋根に一羽の漆黒の鳥
鳥は不気味な鳴き声を上げながら山へと飛んでいきました

そして人々は娘の事を『魔女』と呼ぶようになりました

今でも、漆黒の羽を見つけると数日中に必ず死ぬと言われています。

『ホルス、真っ白ですね』
『なにがだ?』
『下です』

目の下には果てしなく真白な大地。
それは、まるで終わることない永遠のループに巻き込まれたように錯覚する。

此処はヘーニア山より50キロ程西に離れた上空だ。
今日の機体は冬季迷彩で白くカラーリングされたSu−47、ベルクートだ。

『本当だな』
『あと20分程ですかね?』
『ああ、そんなもんだろ』

 

…10分後

『空中管制機ワイバーンより貴隊へ』
『これより指定空域に入る、貴隊は高度を下げ侵入せよ』

『こちらホルス、了解した』

『ホルス、対空火器を確認しました、SAMです』
『了解、対地攻撃に移る』

やはり、高度電波妨害兵器があるようでレーダーに反応は無い。
俺達は対地攻撃もそこそこに、さっさとターゲットの方に向かった。

『な、なんだありゃ…!』
『塔…ですかね?』

ターゲットの存在が予想されていた場所に、ソレはあった。

目の前には巨大な塔
ヘーニア山の中腹から、まるで突き立てられたかのように立っている。
広大な白色の中を汚す黒色。
塔から突き出ているアンテナ。
足元には滑走路。

その総てが主張していた。
『コレは兵器だ』と。

『ホルス、どうしますか?』
『破壊…だな、……ヤバい気がする』
『何故ですか?、この塔はなんだと言うんですか?』
『…恐らく、塔自体が兵器だ。それも最大級の』クウヤは真剣な声音で言った。
『塔自体が兵器…?』
『只の電波塔や基地の為に、衛星や他の国を騙せる程のジャマーを使うか?』
『……!!』
そうだ、この塔は今まで存在を感知されなかったんだ。
それが何を意味するか、少し考えれば解る事だった。

『攻撃に移ります』
『OK、手早くやるぞ』

私達が塔に近づくと警報が鳴った。

『敵機接近!総員、迎撃準備に取り掛かれ!、レイブンは特殊兵器庫へ迎え!』

次々と上がる敵機、やはり敵国には此処が重要なのか、みんなエースだった。
だからと言って、私達が墜ちる訳無いのだけれど。

────20分後

空に在るのは二機、私とクウヤだ。
敵機は全て墜とした。
『塔』からも幾条か煙の筋が出ている。
破壊こそできなかったが、復旧するのには少なくとも半年はかかるだろう。

私達が帰還しようと考え出した時、再び塔より声がした。

『総員、《メギド》の起動に着け!時間はレイブンが作る!、ヤツらをタダで帰すな!』
《メギド》?
嫌な感じがする…。

『ホルス、塔はもう起動出来るかも知れません、危険ですので早く帰還しましょう』
『ダメだ。ヤツらの武器を見てから帰還する』
『ホルスっ!』
『…待て、敵機だ』

クウヤの言った通り、下の滑走路から敵機が揚がってきた。
しかし、その敵機は違った。
迷彩、ではなく、明らかにこの白い大地とは正反対の黒色のカラーリング。
見たことの無い機体。
そして、向こうからの無線。

 

『……あはっ、見つけた!、クウヤぁ〜!』

2006/11/08 To be continued.....

 

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