地上に降りてきてわかった事が二つある。
一つは、彼───三日月大尉は、出撃する際に、ちいさな細長い袋をもって行くらしい。
私は整備士から聞いただけで見たことは無いのだけれど。
何が入っているのか気になる。なぜか分からないが、凄く気になる。
後一つは、彼が不細工で無いこと。
ふだん、ボサボサな髪の所為で顔が隠れていたが、さすがに空に上がるのには邪魔らしく、
戦闘機から降りた彼は、後ろで一つにゴムで纏めてあった。
そのお陰で見えた彼の顔は、だった。
格好良くは無いが、不細工では決してない。
格納庫から出た私と大尉は、軽く談笑しながら、報告のために司令部へ向かっていた。
「大尉、以前はどの基地に?」
「あぁ、ちょっと中央のほうにいたんだ」
遠い目をして大尉は言った。
「そうですか……、ではこのような最前線の基地に配属された事は?」
「二度目になるね…、ミサ中尉は記者みたいだね」
苦笑しながら彼は言った。
「…失礼しました。」
──バタンッ
後ろで戸が閉まる音がした。
ふぅ、と同時にため息が出た。
顔を見合わせ、お互い苦笑する。
「いやぁ、いつもこの時間が嫌いでね」
「同感です、大尉」
フフッ、と大尉が小さく笑った。…その表情を見て何故か胸が疼いた。
「やっぱ似たもの同志なのかな…、ほら、コードも『ガルーダ』と『ホルス』だろ?、鳥同士だ」
そう、彼のコードネームは『ホルス』だった。
世界樹の頂点に居て、それを護ると言う、神鳥だ。
───私なんかよりも、尊く、気高い。
「そう、ですね…」
「?、…取り敢えず、解散だ。」
「はい、お疲れさまでした。大尉」
大尉はそう言って、背を向けていってしまった。
大尉に、背を向けられてしまった事に、言い様の無い淋しさを感じた。
あれから二ヵ月が経った。
変わった事が沢山ある。
例えば、
任務以外では、彼は私を『ミサ』と呼び、私は彼を『クウヤ』と呼ぶようになった事
尤も、彼と私が年が近い事が発覚したからなのだが。
あと、この戦争が終結に向けて動き始めた事。
勿論、私達『帝都第三航空師団第一班』の活躍が有ってこそ、なのだが。
そして、それに伴って、私の階級が上がった。
今の私はミッシェル『大尉』だ。
クウヤと対等な立場、……フフッ、それだけで幸せな気分になれた。
そうだ、一番大事な事を言い忘れる所だった。
私は、クウヤに心奪われて仕舞った。
…それも、どうしようもない程度に。
今の私は、空でも、陸でも、クウヤと一緒だ。
食事も一緒だし、寮の部屋も基地指令に頼みこんで、『パートナーとして』、隣室に移る許可がでた。
私達は『エース』だから、
ハッキリ言って、もうこれからは一人で生きられないし、空も飛べない。
────クウヤが居ないと。
だから、今のこの状態は、正に天国だった
済ましていなかった。
勿論、『告白』である。
クウヤとは、大分距離が近づいた、とは思う。
しかし、クウヤはまだ私を恋愛対象としては見ていない気がする。
さしずめ、クウヤの中での私は、精々『親しくて、とても頼りになるパートナー』だろう。
これからの行動で、ワンランク、ツーランク…、とランクアップしていくつもりだ。
最終的には『最愛の女性』に…
そして、クウヤが「一生…一緒にいてくれ…」なんて言って……!!
…
……
………
……………
…ハッ!、今の一瞬でクウヤの最期を看取る所まで想像してしまった。
もう私の空はクウヤで塗りつぶされて仕舞ったようだ。
「……ふぅ、もう一息だな…」
…此処は基地内にあるトレーニングルーム。
勿論、戦闘機動の、だが。
部屋の中には、コックピットを模した椅子があり、乗り込むことによってVR訓練が行える。
といった代物だ。
俺──三日月 空也が今行っているのは、特SクラスのVR訓練だ。
特Sクラスに相当するのは、敵の未確認新兵器や、次世代機の機動に当たると思われる。
おおよそ、現在の航空力学では、実現不可能なレベルであるが。
それをクリアするのに五分も掛かってしまった。(常人ではクリアすら不可能)
フフッ…、こんな事を考えていたら、『クウヤは自分を過小評価しすぎです!』なんて
ミサに言われてしまうな。
…ミサは、一言で言えば、『凄い奴』だ。
例えば、空に居るときには、俺から決して離れない。
俺がどんな無茶な動きをしようと、確実に後ろから援護してくれる。
普通の戦闘機乗り──いや、並みの『エース』でも無理だ。
何故なら俺は…
────『規格外』、だから────
ミサは何処となく俺に似ている。
戦闘機動とか、言動とかじゃなく、
もっと───そう、本質だ。
俺もミサも、地上が性に合わない…、と言うよりも、地上が在るべき所ではない。
そう、俺たちのホームは空。
ミサは、任務終了の後、帰還する際、必ず嫌そうなため息をつく。俺も多分ため息をつくんだと思う。
地上は昏く、狭く、低く、五月蝿い。
それに比べ、空は明るく、広く、高く、静かだ。俺は…、いや、
俺達は空でこそ生きられるんだと思う。
此処へ来て2ヶ月。
ミサには本当に感謝している。
俺のために、あれこれ世話を焼いてくれたのは彼奴だけだった。
彼奴には何処か、人間を遠ざける雰囲気があったが、今ではすっかり無くなった。
基地のヤツらは「ガルーダの焔が小さくなった」と言っていたが、そうではないと思う。
今までとは違い、力の使い方、使いどころを理解した──そんな気がする。
何か、護りたいモノでも見つけたんだろうか?
『第一班、至急、司令室に集合せよ』
…呼び出しだ。
なんだ?次の任務は明後日の筈だが。
───ガチャ
「失礼します」
司令室に入ると既にミサが着いていた。
「掛けたまえ」
基地司令の指差す、ミサの隣に座る
司令室の内部は民間の企業の会議室のような作りになっていて、
楕円形のテーブルには小型のモニターが設置してある。
「ブリーフィングだ」
基地司令のその一言と共にモニターに地図が映し出される。
「今回の任務は我が国の今後を左右する大変重要なものだ」
余程重大なのか、幾分か基地司令の声が震えている。
「明後日、1300時より開始予定のグロズニー海岸上陸作戦には、貴隊を外しておいた、
つまり、貴隊にはこの作戦に専念して貰う事になる」
「この作戦の概要は、翌0100時、グロズニー海岸より遥か北、ヘーニア山に向かい出発、
対地攻撃および救出用ヘリの護衛だ」
…?、そこには──
「司令、そこには捕虜収容所も、攻撃が必要と思われる施設は確認されていません」俺が言うより早く、
ミサが言った。
「…その事だが、この度、我が軍の情報部の工作員がヘーニア山麓に極秘研究所が発見した」
「そんなものが在るなら、既にレーダーで発見されているはずですが?」
「いや、そこには高度電子妨害兵器も設置されている、とのことだ」
「途中、空中給油を何度か行うことになるだろう、更に、翌1000時、ヘーニア山付近に到着予定だ、
作戦開始まであと七時間、では解散」
───解散後
「…隊長」
何か考え込んでいる様子のミサ
「どうした?ミサ大尉」
珍しく隊長、などと呼ぶのでこちらも大尉、と返した。
「何か…おかしく有りませんか?」
「…なにがだ?」
「ブリーフィングも説明不足ですし…」
…確かに。
「何より、不確かな情報が多すぎます」
「…そうだな」
「ハッキリ言って、敵側の情報操作に操られている気が───」
「大丈夫だろ」
「へっ?」
出所不明な自信タップリな俺の答えに素っ頓狂な声をだすミサ
「俺達なら、例えそうだとしても、大丈夫だろ」
「あ…」
「…それとも、俺達が墜ちるとでも?」
「そんな事あり得ません!」
強い口調で言い切るミサ
「じゃあ、大丈夫だろ?、…心配すんなよ」
『俺』の二番機である内は…な
「……隊長、絶対帰って来ましょうね」
「ああ、勿論だ」 |