朝は不覚を取ったけど、もう負けない。
登校から朝錬までの時間をあの女に渡したのは…口惜しいけど、それ位は与えてあげる。
せいぜい良い夢を見ておけばいいわ。もう私は油断しないから。
認めてあげる。あなたが私を出し抜いたってこと…そして、私のライバルに足る女だってこと。
佐藤花梨…覚悟しなさい。これからは、本気でいかせてもらうから!
お昼休み。食堂も購買も無いこの学校では、みんなお弁当を持ってくる。
当然、私も持ってきてる。私とミツ君、合わせて二人分を。もちろんお揃い。
ミツ君とお揃いのお弁当を一緒に食べる…そんな妄想を今朝はしていたけど、
今の私はそんなに甘くない。
必ず、あの泥棒猫が現れるはず。でも、あの女は私達とは別のクラス…先手を打たせてもらうから。
いつものように、ミツ君と机と机をくっつけながら扉の様子を伺う…まだこない。今のうちに!
「ミツ君…実は、ミツ君のためにお弁当を作ってきたの…食べて、もらえるかな…?」
少し目を伏せて、控えめにお弁当を差し出して、上目遣いにミツ君を見つめて、
可愛い女の子を演出する。
どう、ミツ君。ぐっとくるでしょ?
…でも
「うん、ありがとう…うれしいよ。」
ミツ君の歯切れが悪い…まさか
「吉備さん、約束どおり一緒にお弁当食べましょう」
後ろから、泥棒猫の声が聞こえた。…先手を打たれたのは私の方だった。
泥棒猫は、空いてる席から堂々と椅子を持ってきて、ミツ君の隣に座った。
そして、いつものことのような手つきで、ミツ君の前に弁当箱を置いて、包みを広げてふたを取った。
…和風のお弁当。煮物、魚の照り焼き、きんぴらごぼう、玉子焼き、おひたし、そして俵型のおにぎり。
見た目はぱっとしないけど、彩りは悪くないし、家庭的な温かみも感じる…口惜しいけど。
私も負けじと、自分の作ったお弁当を広げる。
私のお弁当は洋風。エビフライ、煮込みハンバーグ、マッシュポテトのサラダ、
卵とハム&レタスのサンドイッチ。
…ちょっと品目が少ないかも。それに、なんだかまとまりが無いような気が…
今朝は完璧だと思ったのに。
ううん、大丈夫。味には自信がある。この日を夢見てずっと腕を磨いてきたんだから。
ミツ君は、二つのお弁当を差し出されて、困った顔をしてる。
泥棒猫と約束してたみたいだけど…ミツ君、いったいどっちを食べるの?
「ミツ君、ハンバーグ大好きだったよね?」
どちらか決めかねているミツ君を後押しする。…やった!箸がこっちのほうに動いてくれた!
「吉備君…お弁当を食べてくれる約束、私のほうが先だったのに…」
ああっ、だめだよミツ君、泥棒猫の言葉なんかで動きを止めたら!
「ミツ君はおいしいものは先に食べるタイプだったよね?」
「おいしさなら私の玉子焼きも負けません。私、いつも作ってますから。」
…くっ、邪魔しないでくれる!これじゃ、ミツ君がいつまで経っても食べられないじゃない!
「えっ、えっと…そうだね、佐藤さんと先に約束してたし…じゃあ…」
!?
「ミツ君!」
箸が玉子焼きに届く前にミツ君を止める。すかさず玉子焼きを自分の箸で奪って…
「ミツ君、あ〜ん」
「…えっ?」
「あ〜ん」
「………」
「あ〜ん」
「………………………」
「あ〜ん」
「……………………………………」
「(ぱくっ)」
…勝った。
ちらりと横目で泥棒猫を見る。あはっ、固まってる固まってる片頬引きつらせながら固まってる!
どぉうれしいでしょだってあなたの玉子焼きを先に食べてくれたんだもん
うれしいに決まってるわよね!
アハハッ!
「き、きき吉備君!きんぴらごぼうもおいしいよ!」
うふふ、やっと持ち直したみたいね…でも普通にやったってダメよ。
「ぅぅ…ぃや、でもあの…恥ずかしいし…」
ほぉらやっぱり。ミツ君は恥ずかしがり屋さんなんだから、さっきみたいな状況でなきゃ
食べてくれないわよ。
「ミツ君。次は私のハンバーグ食べて頂戴。」
…今は放課後、部活動の時間。私はいつものように、美術室で絵を描いている。
…でも、気が散って、ぜんぜん進まない。
「何でミツ君はバドミントン部なの…」
なんだかモヤモヤして、思わず呟いてしまった。
どうせスポーツ万能なんだから、文化系の部活のほうがいいと思うのに。
美術の授業でデッサン見せてもらったけどうまかったし、ミツ君らしいやさしい色使いをするし。
絶対ミツ君には美術部が似合う。それに、美術部だったら、泥棒猫の付け込む余地なんか…
いけない、こんな気持ちじゃ今日は…ううん、あの泥棒猫がいる限りはずっと進みそうに無い。
展覧会までまだ猶予はあるけど、それまでに解決するかどうか…
あ〜もう!今日はやめ!また明日!
体育館に向かって走る。もちろん部活をしてるミツ君を見るため。
扉をそっと開けて、中に入ってミツ君を探す…いた。
いつ見てもかっこいい。運動しか取得の無いような男とは違う、敏捷で、無駄が無くて、知的な動き。
そして普段はめったに見せない、真剣な顔。
…やっぱりミツ君にはバドミントンが似合う。確かに美術部も似合うと思うけど。
そういえば、泥棒猫もバドミントン部だっけ。
まあどうせ同じ部活のよしみでミツ君に近づいたんでしょうけど…汚い女。
ええっと、どこかしら…あ、いたいた
………………ぁっ
やだ…見とれちゃってた………口惜しいけど、キレイ…
どちらかといえば、キビキビした印象のミツ君とは違って、優雅で流れるような動き…
まるでバレリーナ…踊っているよう…
そう、妖精が。
私…この女に………勝つ、の…? |