アドレスが私の携帯に控えられた。
あの人の、大好きなあの人の連絡先。大事な、つなぎ目。
連絡を取っていいという許可は、彼がまだがっちり晴海さんに縛られていない証拠。
晴海さんもけして、彼をがんじがらめにしていない証拠。
それが何を意味するかは言うまでも無い。
私が孝人さんの恋人候補になってもいいということ。
いずれ、孝人さんの正式な恋人になってもいいということ。
私という女がどこまで孝人さんを惹く事ができるかはわからないけれど、孝人さんに、
晴海さん以外にも素敵な女性がいる証明を、私が先駆けて行い、いずれ孝人さんの一番になれたら。
どんなに素敵だろう。
孝人さん。
孝人さん……。
名前を心の中に響かせるだけで幸せな気持ちになれる。
孝人さん。
私が告白しているときに、後ろでじっと見ていた晴海さんと一緒に帰った。
今はまだ、私は部外者で、孝人さんのすぐ隣を歩く権利はないけれど、でも、晴海さんが
がっちりと確保したその隣の席には、いつか私が就けるかもしれないんだ。
一応、今はあなたにその場所を譲っておきますけれど……
孝人さんの恋人の権利は、私が貰い受けます。
こればかりは、どんな相手であっても容赦するわけには参りませんから。
じっと見送る私の目に、忌避するような晴海さんの視線が突き刺す。
そう、見えただけだと思うけれど、でも、
あれは明らかに私という存在を疎ましいと思っている人の目。
晴海さん、悪ノリにつきあわされているだけかと思ったんだけれど、間違いなく、
彼女は孝人さんのことが好きだ。
女の勘、という言葉も当てはまるし、いろいろな状況証拠を照らし合わせても言える。
とにかく、手をこまねいているわけにはいかなかった。
さっそく手をうたなければ、手遅れになってしまうかもしれなかったから。
私は、二人が視界からいなくなるのを確認して、荷物をまとめて帰宅する。
5時に家で用事があるといって、部活のほうはちょっと早引きさせてもらったんだ。
別にサボりについてとやかくは言われないし、むしろ孝人さんへの告白なら、
物笑いの種として取り上げられてフイになる。
それはそれで不愉快ではあるけれど。
でも。
私は今日、孝人さんと結ばれるための、大事な大事な楔を打つことができた。
あとはここから、私を示しつづけるだけ。
帰宅の足取りは軽くなく重くなく。
そのかわり、心の弾みを止める事はできなかった。
家には、自分で持つ合鍵で開けて入る。
母は夜8時にならなければ帰ってこない。いつもは、夕食用のお金を置いていってくれる。
昔はちゃんとみんなで食べていたけれど、やや重い借金と、私の進学は母に重労働を課していた。
自炊すればいい、とはよく言われるけれど。
私は……恥ずかしいながら料理が全然ダメなのだ。
母や姉がみんなやってしまっていたから、私は台所からいつも蚊帳の外だった。
当たり前だが、それでは料理の”り”の字も覚えられはしない。
人を好きになっても、女の武器たりえるひとつを生かすことが出来ないのはあまりにも苦しかった。
孝人さんにとってはきっと、そういう料理能力は絶対的なもののはずだ。
毎日食べている孝人さんのお弁当はきっと、晴海さんが作っているものに違いない。
それは、孝人さんのために晴海さんが腕を振るっている賜物であり、きっと絶品である。
つまり、孝人さんの胃袋をゲットするためにとお弁当を作る作戦では、晴海さんに勝てるわけ無い。
真心があればいいなんていうけれど、食べられるものを作れるかすら不安な私には、
とりあえず控えるべき選択肢。
家庭的であるアピールをふさがれたのでは、5割方だめだめじゃないか。
とにかく、そんな策を弄するよりも、孝人さんに連絡をとってみよう。
私は携帯を取り出して、孝人さんに手早くメールを打った。
「To:孝人さん From:幸奈 今家に帰りました。孝人さんは今どうしていますか?」
初めてのメールを出す。
それだけで緊張が心臓を躍らせる。
孝人さん……お返事、返してくれるでしょうか。
私は送信の操作をした。
ほどなくして送信完了の報告が携帯画面に表示される。
あとは孝人さんからのお返事を待つだけ。
メモと一緒に置かれた500円を手に、近くのスーパーに食事の買出しに出かけた。
ここでなんでコンビニじゃないのか、という質問は却下する。
まだ6時そこそこの時間で、何もコンビニでなければ食べ物が買えないというわけじゃない。
母が、「コンビニは高いから」といって、私にこちらで買うことを強く勧めた。
別にそんなに変わんないんじゃないの? と思っていたのだけれど。
コストはほぼコンビニの3分の2、それでいて、どこか新鮮味のある軽食がそろう。
飲み物のコーナーもコンビニのそれの3倍はある。
選択幅はコンビニの比ではないのだ。
この宝の山を生かさずにはいられないでしょう。
私は、並べられた飲み物や軽食類を一通り物色し、500円の中で収まる範囲で計算して
かごにほうりこむ。
わりと簡単に金額を満たしてしまったかごの中、やっぱり貧相。
でも、普段小食な私には丁度いいくらいだった。
さっそく、会計に持っていこうと思っていたところ。
ふと、生鮮品を売っている場所付近を連れ立って歩いてる、二人組を見つけた。
赤い色になんとなく見えるそのスペース、ミオグロビンの世界の中で、
ひとつひとつその質を見定めている。
それだけなら、ただ普通に夕食を買いに来ている連れ合い。
ただ、そうしている二人が誰と誰かによって、どうしても気にしなければならないときも、ある。
女の人は村崎晴海さん。
男の人は、かっこいい桧木孝人さん。
どうしてだろう。
今の彼には、どんなイケメンもかすんでしまう。
あんなに素敵な人だなんて思ってもみない。
一気に心臓が高鳴る。
孝人さん。孝人さん。
孝人さん。孝人さん。
孝人さん。孝人さん。
名前を反復するだけで、ぼうっと、でも身をひそめて気づかれないようにしながら眺めるだけで。
心の中の領域がすべて孝人さんになってしまう。
隣の誰かさんは目に見えてない。
孝人さんだけ私の視界の中にいる。
私の初恋のひと。恥ずかしいけどこんな年でやっと初恋。
それまで本ばかり、花を生けてばかりいた私の、帰るべき原初、番いとなるべき人。
だから、だからこそ。
私はすぐ隣で幸せそうにしているあのカマトト女を遠ざけなければいけない。
IHHHなんて組織ができるのも、孝人さんが心を許しているのも、あの女の本性を知らないから。
私に向けた視線の意味、私が孝人さんに助けられたときの彼女の威圧。
全部、全部あの女の本当の姿。
でも、個人的な恨みがあるわけじゃない。村崎さんのいいところだって、知ってる。
孝人さんと村崎さんは長年の幼なじみ、
いろんな勝手をすべてわかりあっているから、信頼しあってる。
たぶんそんな村崎さんの本性すらも受け入れてる。
勝ち目、ないかもしれない。
あんなに肩寄せ合っても、二人とも平然としてる。あたりまえのようにやりとりしている。
あ、今ひとつ選んだみたい。
会計するためにこっちに近づいてる。
私は二人が歩いてくるである方向に対し、陳列棚をうまくかいくぐって見つからないように
対称軸を歩いた。
案の定見つかることなく彼らをやりすごした。
気づかれていない、はず。
嫌だ。
なぜ一瞬弱気になったんだろう?
孝人さんに、好きでいていいことを認めてもらえたときに、私はもう戻りたくないって、
あなたにとって一番になりたいって、どんなに村崎さんが妨害したって、絶対負けたくないって
誓ったのに。
後戻りしたくない。
私は私に正直になる。孝人さんと両思いになるって決めたんだ。
だから、だから。
でも、そうするとどうやって孝人さんを振り向かせよう?
村崎さんのがっちりとしたガードを考えると、下手に小細工なんか仕掛けたって通じるはずが無い。
むしろ、孝人さんに笑い話のネタにされてしまいはしないだろうか。
だったら話は早い。
メールアドレスは控えたんだから、さっそくお誘いすればいいんだ。
学校でのアドバンテージは村崎さんに圧倒的に有利、現状無理に学校でやりあう必要ない。
明後日は土曜日、その次は日曜日。
孝人さんにそのどちらかの日を空けてもらって、デートを持ちかけよう。
でーと。
そう、でーとです。
でーと……でーとって、二人でいろんなところにいって、お話したり、お食事したり、
夜の街でいい景色を見て、それから、それから……
って、いざ、そういうお話をするという段になって、私はデートという単語について、
その意味を100回反復して考えをめぐらせていた。
会計を済ませ、すっかり暗くなった夜の道を足早に急いで。
普通ならひったくり注意とか乱暴する人に注意とかそういうのを気遣わないといけないけど、
あいにく今の私は身なりにほとんど気を使っていない普段着で見栄えも悪く、
背は低くても年に見合わない半端なスタイルはロリ趣味の変態も寄せ付けず、
そんな貧相さが悲しい私。
つまりはろくに気にしないで夜道を一人家に帰った。
空腹を買ったもので済ませながら、自分なりにプランとかプランとかを考える。
何をどういうふうにすればいいんだろう。
どんなことをすればいいんだろう?
男性というものを知らずに生きていた私、最大に悩むとき、携帯を取り出してみる。
孝人さんに相談してみようか?
どんなところに、いけばいいのか。
すでに包みだけを残した食料の抜け殻を捨てて、ソファに腰掛けて携帯を手にとる。
「To:孝人さん From:幸奈 今お忙しいですか? お時間が空いたときに、
お返事をいただけるとうれしいです」
さっきのメールから、ずっと返事がこないのはきっとあの女がべったりだからだ。
村崎さんが孝人さんのお返事活動をシャットアウトしているためだ。
だからそっと、孝人さんの携帯に私の履歴を忍ばせた。
たぶん完璧。
今のうちに、私はお風呂に入ってしまうことにした。
9時、図書館で借りてきた本に目を通しても、まったく落ち着けないでいた。
孝人さんのお返事、まだかな。
孝人さんのお返事、まだかな。
村崎さん、まだ帰らないのかな?
落ち着けるわけがない。孝人さんのことを待つ時間がこんなにも胸をしめつけるようだなんて。
どうして私じゃないんだろう。
孝人さんの側に今いるのは私で、私は孝人さんに思いを伝えていて。
好き。
孝人さんが好き。
確かめるまでも無いくらいせつない想い。
寝間着を纏っている。それほどサイズのない胸を覆うブラは外してある、
ほんとうにゆったりとした衣類。
待ちきれないまま部屋に戻ろうとしたときに。
「ただいまー」
長いこと仕事して、着込んだスーツがややくたびれている母がご帰還だ。
「お帰り。お風呂は私が入ったばかりだからまだ暖かいよ」
「うん、わかったー、じゃあさっそくいただくわ」
「ごゆっくり」
「いつも500円玉でごめんね、最近どうも忙しくて」
「いい、お母さんの苦労はわかってるから」
「悪いねえ。わたしゃこんな孝行娘を持ってほんと幸せだよ。あとはいいお婿さんだけか、
ちょっとそうなると寂しいけど……」
「そうなったらそのもてあます体、いい男引っ掛けて満たせばいいでしょ、私は困らないよ」
「幸奈ったら、そんなこと親に言うもんじゃないわよ。まあでも……最近の幸奈を見てると
負けられないわ」
「でもお父さんのこともたまには思い出してあげて」
「そんなの当たり前よ。あんな人はそうそう現れてくれないわ」
「それならいい。お休み、お母さん」
「はい。また今度お酒付き合ってよ」
「私未成年なんだけど……」
「17、8はもう大人よ」
「無茶苦茶すぎるって」
この、疲れているとも思えないハイテンションママがうちの母親。
ちょっと中年太りが目立ってきて、くびれラインもだいぶだらしなくなってきた、
お風呂上りは上半身裸の厚顔無恥な母。
胸がちょっと大きいのはうらやましいけど。
二階に上がる階段のさなか、私のポケットを振動する、孝人さんからの連絡に。
真上へ突き進む足は、軽く自分の部屋へ飛び込んでいた。
「To:幸奈 From:孝人さん ごめん、今まで晴海と勉強会していた。今からなら大丈夫だ」
来た。
来た、来た、きたーっ!
孝人さんのメール、孝人さんからのお返事。
思わず携帯を抱いて小躍りしてしまった。
っと、来たメールにはお返事を返さないと。
私はすぐに孝人さんへメールを打つために指をキーへ走らせていた。
「To:孝人さん From:幸奈 ありがとうございます。孝人さんのお返事、とてもうれしいです」
「To:幸奈 From:孝人さん 大げさだな。そんな大した事じゃないって」
「To:孝人さん From:幸奈 好きな人からメールをもらえたんですから、
思わずおどってしまいました」
「To:幸奈 From:孝人さん おいおい^−^; それはともかく、榊さんが貸してくれた、
”車輪の国、向日葵の夏”だっけ?」
「To:孝人さん From:幸奈 なんのタイトルですか。ヘルマン・ヘッセの”車輪の下”ですよ。
ドラマで取り上げられてたから読んでみたんです。
古文の先生の10分読書の時間に使ってください」
その先生は今うちで現国の担当をしてる人。
宿題狂・睡眠電波発生装置の通称は全学年共通らしい。
「To:幸奈 From:孝人さん ああ、そうするよ。車輪の国はこないだ借りたエロゲだった」
孝人さん、そういうのプレイする人だったんですか。
年頃の男性だからって、女の子との会話に出すものじゃないですよ。
「To:孝人さん From:幸奈 孝人さんそういう人だったんですか?」
「To:幸奈 From:孝人さん 別に隠したって仕方ないだろ。実際泣けたぞ」
「To:孝人さん From:幸奈 それはまあ、そうですけど……ちょっとヒキました。
でも幻滅してませんからご安心を」
「To:幸奈 From:孝人さん 悪い悪い、タブーにしとくよ。つーか、ヒクとかはっきりいうか普通」
「To:孝人さん From:幸奈 孝人さんと同じです。孝人さんの前ではすべて正直になりたいんです」
「To:幸奈 From:孝人さん 恋愛ってそういうもんなのか?」
「To:孝人さん From:幸奈 はい。怖いものが怖くないんです」
「To:幸奈 From:孝人さん ほう、俺、恋愛って正直よくわかんなくてさ」
「To:孝人さん From:幸奈 すべてがその人のためにと、思える人に対しての
想いではないでしょうか?」
「To:幸奈 From:孝人さん ふうん、榊さんって大人だな」
「To:孝人さん From:幸奈 そんなこと無いですよ。いっこ下ですし、胸も小さいし、背も低いし」
「To:幸奈 From:孝人さん 可愛いのにもったいない」
「To:孝人さん From:幸奈 孝人さんに会うまでは目立たない女でしたから。
でも、孝人さんに恋した私は生まれ変われそうです」
「To:幸奈 From:孝人さん おいおい」
「To:孝人さん From:幸奈 恋した女は強いんですよ。どんな障害にも負ける気がしません」
だいぶ強気の発言をしてしまった。
その割に、今の私は膝がくがくしてる。
とても大切なことを切り出せないでいて、なにが障害にも負ける気がしないだ。
デートに、誘う。
誘わなきゃ。
「To:幸奈 From:孝人さん 大きく出たな。まあつぶされないようにがんばれよ」
「To:孝人さん From:幸奈 そうさせていただきます。ところで、次の土曜日か日曜日、
空いていますか?」
切り出せた。
でも、携帯持つ手が震えてる。
嘘みたい。ただ、孝人さんに、お誘いの言葉を言えばいいだけなのに、真正面に孝人さんが
いるわけじゃないのに。
どうしてこんなに緊張しているんだろう。
普通、携帯だとこんなお誘い、どうってことないはずなのに。
そのはねる鼓動を抑えきれない。
「To:幸奈 From:孝人さん 空いてるって言えば空いてるな、両方とも」
予定、空いてた。
村崎さんのこととか大丈夫なんだろうか。
ちょっと心配になってくるけれど、もしそのことで何か変化が起こるとするなら、
私はこの奇跡に自分をすべてかけるつもりでいた。
「To:孝人さん From:幸奈 じゃあ、その2日で、どこか遊びに行きませんか?」
「To:幸奈 From:孝人さん それはデートのお誘い、と見ていいよな?」
でーと、の、おさそい。
そう、これはデートのお誘い。
「To:孝人さん From:幸奈 はい、それで、その……私、デートってしたことないから、
どこに行けばいいかわからないんです。いいところ知ってますか?」
こんなことをお誘いする相手に聞くなんて恥ずかしいけれど、そこはそこ、
男性である彼にエスコートしてもらってしまおう。
それはちょっと、甘えなのかな?
「To:幸奈 From:孝人さん いいところっていってもなぁ、別に特別行きたいところがないなら、
商店街歩き回ったり公園いってのんびりしていてもいいんじゃないか?」
「To:孝人さん From:幸奈 そういうわけにはいきませんっ、せっかくのデートなのに」
「To:幸奈 From:孝人さん わかった。じゃあ最初は、榊さん本好きそうだから、
図書館いったり、本屋で本買って公園で開いたりとかいいんじゃないか?」
「To:孝人さん From:幸奈 でもそれだと、夢中になって孝人さんを置いてけぼりに
してしまいそうです」
「To:幸奈 From:孝人さん 気にするなって。そういうのはレディファーストだろ」
うわぁ……
改めて孝人さんの紳士的な対応にほれ込んでしまう。
私のことを、どうでもいいと思っている人の態度じゃない。
ものすごく、大事にしてもらっているかのよう。
「To:孝人さん From:幸奈 はい、ありがとうございます。2日分なので、
もっといっぱいいろんなところに行きましょう」
「To:幸奈 From:孝人さん そうだな。それこそ街すべてを制圧する気で歩き回るのもいいな」
「To:孝人さん From:幸奈 どこまでもお供します」
孝人さんのこと、2日も、独占できる。
なんかその事実だけで気持ちが浮ついていて、とても大事なことを忘れているような気がしたが、
ややディレイがかった孝人さんからのお返事とともに、無視した。
「To:幸奈 From:孝人さん じゃあ、土曜日朝9時に、駅前で待ち合わせでいいか?」
「To:孝人さん From:幸奈 はい、それでかまいません」
時間や、場所や、それ以外の打ち合わせを済ませて。
「To:幸奈 From:孝人さん そういや……2日連続なんだよな。やけに積極的すぎないか?」
「To:孝人さん From:幸奈 そんなつもりはありませんよ、1日終わるごとに帰宅です」
「To:幸奈 From:孝人さん そりゃそうだよな。どこかに泊まるかと思った」
どこかに泊まる、という単語の意味、すぐにその勘違いに気づいた。
私、大馬鹿だ。
土曜日だけ、あるいは日曜日だけでもいいのに、ついつい孝人さんと一緒にいたくて、
2日とってしまったのだ。
そこに他意はないのに、一瞬ある状況が頭に思い描かれてしまった。
それは暁の陽光。
カーテンの隙間から、時間をゆっくり過ごした二人を照らし、その朝の訪れを知らせた。
柔らかなシーツと羽毛のマットの上に、染み付いたいくつかの点。
どちらかが起こしたかは知らないけれど、まだ体に残る余韻は、昨晩の情事の名残。
う、あ、あぁぁぁっ。
ちがう、ちがうちがうちがうっ。
孝人さんとはそういうことしたくて誘ったんじゃない。
確かに、初めては、私の処女は孝人さんにもらってほしい。
孝人さん以外の人とセックスしたくない。
でも、2日がけなんて誘ったら、初夜も前提みたいじゃないか。
でも……
孝人さんの腕の中、暖かそう。やや冷え気味な体を抱きしめるように、
そのときのことをさらに細かく思い描いてしまう。
腕に抱かれると、孝人さんを思い描いてしまって。
孝人さんがそっと、私の大事なところに指を忍ばせて。
「To:孝人さん From:幸奈 でも、孝人さんがいいなら……」
そう打ち込みかけて、すぐにクリアキーを押して消した。
そんなこと言えるわけが無い。女からこんなこと誘ったら、
ましてやまだ付き合っているわけでもないのに話を持ちかけたら、淫乱女だと嫌われてしまう。
できるなら、孝人さんから誘ってもらえるくらいになりたい。
「To:孝人さん From:幸奈 じゃあ、楽しみにしています」
ふと時間を見る。
時計の指す時間は11時を回っていた。
こんなやりとりだけなのに、時間が過ぎるのを忘れてしまう。
そっと私は、追記して送信する。
「To:孝人さん From:幸奈 じゃあ、楽しみにしています。そろそろ寝ます、おやすみなさい」
「To:幸奈 From:孝人さん お休み」
孝人さんに、そう断って、メールのやり取りを閉じた。
携帯を二つに閉じて、そっと勉強机の上に置いて、ベッドにもぐりこむ。
冷えとかそういうのは気にしないでいられるレベルで、そっと目を閉じて、
眠りを呼び込もうとしたけれど。
デートの約束の成功に興奮した上、思わず孝人さんに抱かれる想像をしたのが頭から離れなくて、
しばらく悶々とした状態を引きずったまま、私は眠れぬ夜を過ごした。
村崎さんからほんの少しの間だけ、孝人さんを自分側に引きつけておける日のことを考えて。
そっと、指を舐めて。
ささやかに、自分を抑えこむ為に、自らの蜜の核を、指先で撫でて慰めた…… |