先鋭、ドアを開いて最初にその言葉が浮かんできた。こちらに突き出されたものは白い杭だが、
かなり高い部類に入る僕の身長よりも長いそれは、最早そんな表現を通過して槍のように思えてくる。
2メートル超過のそれはナナミが腕に装備した大型の杭撃ち機へと繋がっていて、
後は引き金を引くのを待つだけの状態になっていた。
時間にしてコンマ数秒、距離は数センチ、力はプルタブを引く程も要らないだろう。
その程度の作業、無骨な装甲に覆われた機械の内側で軽く指を動かすだけで、
悪意の白杭は飛んでくる。
「何のつもり?」
最初に口を開いたのは、サラさんだった。死ぬことがないという余裕なのか、
向けられた先端に対して笑みを向けている。面白そうに目を弓にして杭の表面を撫で、
続けて軽く叩いた。どんな仕組みなのかそれだけで金属製である筈の杭にヒビが入り、
数秒もしない内に灰のように砕け落ちた。霧散した破片は空中を漂い、幾らもしない内に
空中へと溶け消えていく。目の前で起きたことなのに、一瞬現実を疑ってしまった。
サラさんは笑みのまま視線をナナミに向け、
「お誕生日会と聞いていたけど、クラッカーじゃなかったみたいね?」
大したことはなかった、とでも言うように軽く言い放った。
「それで、こんな物騒なものを持ち出してどうしたのかしら、可愛いメイドさん?」
「元より通用するとは思っておりませんでした。しかし、意味はございます」
ナナミは今や只の機械の塊となった、杭のない杭撃ち機をサラさんに突き付け、
「これは敵意の表現です。不良品である私には感情はございませんが、表現の方法は無数に
存じております。私は青様に恩義ある身、その恩に報いる為に、害する疑いのあるものには
ことごとく敵対することの現れだと覚えておいて下さいませ。疑わしきから罰する、
この卑言をゆめゆめお忘れ無きよう御願い申し上げます」
感情の無さ故の無表情、抑揚のない声で言ったにも関わらず、言葉の奥の棘が見える。
僕が他人を連れてくる度に聞かされている言葉なので個人的には慣れたものの筈なのだが、
口を挟むことが出来なくなっていた。それはやはり武器までをも持ち出したナナミの行動が
原因なのだろう。強い警戒が、場の空気を重くしている。
数秒。
誰も喋らない妙な雰囲気が嫌だったのだろう、今まで黙っていたリサちゃんがサラさんの顔を
見上げながらスカートを揺らし、
「おにーさんに悪いことしたら、メッ、だよ?」
子供らしい無邪気さで要約したナナミの言葉を言うと、それだけで緊張が解けた。
サラさんは笑みを穏やかなものに変えて、柔らかな金髪を軽く撫でる。
擽ったそうにしているリサちゃんをいじりながら僕とナナミを交互に見て、
「そうね、約束するわ。ブルーに危害は加えない」
リサちゃんも怖いしね、と、おどけた声で言うとリサちゃんは小さく笑い声を漏らした。
それで幾らか、警戒も解けたのだろう。ナナミは目を伏せるときっちり一歩分後退し、
「失礼を致しました」
スカートを両手の指で摘み持ち上げ、深く礼をする。
「改めて歓迎致します。ようこそ、青様の御誕生会においで下さいました。どうぞ心ゆくまで、
ごゆるりとお楽しみ下さいませ」
音もたてずにスカートと髪を翻し、台所へと歩を進めていった。
「良い娘ね、リサちゃんも……ナナミちゃんも」
「僕もそう思う」
リビングに入ってテーブルを見てみると、既に幾つかの料理が乗っていた。
僕が帰ってくる頃合いをきちんと分かっていたのは、野菜類が水々しいのを見ればよく分かる。
その辺りの理由としてはナナミの優秀さというのもあるけれと、やはり長年の付き合いというものが
一番だろう。だからこそ現に今、こうして二人で暮らしていけているのだし、
先程のサラさんに対する態度も怒る気にはなれないのだ。
「おにーさん、座ろ座ろ」
言われて席に着く。
「それじゃ、おにーさん、お誕生日おめでとうございます」
「おめでとう、ブルー」
「おめでとうございます」
リサちゃんやサラさんに続いて、ケーキを持ってきたナナミも声をかけてくる。
ケーキをテーブルに置いて蝋燭に火を点けると、いよいよそれらしい雰囲気になってきた。
大量の炎が少し異様に見えるが、初見の二人もそれ程気にしてはいないらしい。
「十進法で色分けなんて、よく考えたわね」
「うん、50才辺りから蝋燭の本数が多くてエラいことになってね」
その当時友達が持ってきてくれた砂糖菓子で作った僕の人形を中心に置いていたのだが、
どこからどう見ても火責めにあっているようにしか見えなかった。別の例え話をするなら、
ノルマンディーの丘に一人で立っている哀れな兵士。どちらの例えにしても、ろくなものではない。
しかも予想以上に熱量があったらしく、表面が溶けてケロイド状態になった人のように見えてきた。
更には僕に追い討ちをかけるように、僕の分のケーキにその人形が載せられ、
自分の悲惨な姿をした人形を食べることになったのだ。それ以来ケーキの蝋燭の数は
シンプルに分かりやすく、デコレーションも比較的華美でないものになっている。
軽くトラウマになっていることを思い出しながらサラダに手を付けた、
気分的に今だけは肉を食べたくない。すぐに直るものだが、僕個人にとっては切実な問題だ。
「あれ? おにーさんはお肉を食べないの?」
頬一杯にフライドチキンを詰め込んだリサちゃんが不思議そうな目で尋ねてくる。
口にものを入れたまま話すのは感心出来ないが今日は無礼講でいこうと思うし、
顔の下半分を膨らませてこちらを見ている姿はリスなどの愛くるしい小動物を連想させられて、
注意をする気がなくなった。その代わりに僕は笑みを浮かべるとリサちゃんの髪を撫で、
「百寛デブにならないように気を付けているんだよ、リサちゃんも肉達磨より
スリムな僕の方が良いだろ? でもリサちゃんはたくさん食べて良いんだよ」
リサちゃんは少し考えるように小首を傾げ、口に含んでいた鶏肉を飲み込むと笑みを浮かべて、
「うん!!」
元気に返事をする。
「おデブはメッ!!」
「そう、おデブはメッ!!」
サラさんがポークジンジャーサラダの豚肉だけを器に戻したのが見えたのだが、彼女の名誉の為にも
言わないでおいた方が良いのだろう。いくら不死身で化け物扱いされていてもやはり女性、
カロリーなどは気にしてしまうらしい。武器を向けられていても余裕の色を崩さなかった
世界一の大罪人がこうするとは思わなかった、と言うか思いたくなかった。
「まぁ確かに、肌とか体型に気を付けてるみたいだしなぁ」
「どうしたの、ブルー?」
「何でもありません」
不意に向けられた笑顔が怖い、思わず敬語になってしまった。
「これで最後になります……サラ様、何故吐息をして私の体を眺めているのですか?」
「機械は良いわね……太らなくて」
「お誉め頂き恐縮です」
ナナミがローストビーフをテーブルに置き、僕の後ろに立った。
これでやっと、面子がしっかり揃ったことになる。
人数は多くないけれど、僕とナナミと、それから皆の誕生会。
「青様、こちらをどうぞ」
「二人で選んだんだよ」
ナナミとリサちゃんから手渡されたのは、僕が以前テレビを見ていたときに欲しいと思った
青色のタスペトリだ。海色の生地に同色の極細糸で、目を凝らさないと分からない程
に薄く宿り木に停まる極楽鳥が刺繍がしてある。
「わたしからは、これね。世界に一つしか無いし、とても便利よ」
サラさんは指輪を引き抜くと、僕に手渡してきた。装飾品かと思ったが、
青色の水晶の下に確率システムの演算回路が見える。立方体フラクタル回路よりも
遥かに性能が良いと言われている、正四面体フラクタル回路だ。彼女にしか製作できないということも
あり、伝説の逸品とまで言われているこれを何故僕に渡したのだろうか。
どのような想いで、僕にこれを寄越してきたのだろうか。
しかし疑問を口に出さず、僕は笑みを皆に向けた。
「ありがとう」
楽しく時が過ぎてゆく。 |