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白き牙

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1

 私の男運の無さは生来のものらしい。 何せ私の父親に当たるヒトは私が生まれる前に女を作って、
  私を身ごもった母を捨てて逃げたらしいのだから。
  そんな私でも中学の頃には初恋を覚えた。 その人は私の告白を受け入れ付き合ってくれた。
  だが彼は私が暴漢に襲われた時助けてはくれず、あろう事か私を見捨てて逃げてしまった。
  その時助けてくれた女性のお陰でかろうじて純潔は失わずにすんだものの、私の男嫌いを
  決定付けるには十分だった。
  勿論助けてくれた事には感謝してるが、その時助けてくれたのが男の人だったのなら未だ男嫌いに
  ならずにすんだのかもしれない。
  背が高くて綺麗でカッコいいその女性は武術の達人だった。
  私はそれを機にそのヒトを師と仰ぎ武術を習い始めた。 男なんかに頼らず自分の力だけで
  身を護っていけるように。 お陰で空手と剣道の段位を習得するまでに到った。

 そんな私だけど全く男に興味が無くなったかと言うと少し違った。 正確には現実の男に対しては
  相変らず幻滅したままだったけど、代わりに小説やフィクションの世界の中の男性に心惹かれるように
  なっていった。
  そしてそれは特に中世のヨーロッパを舞台にした幻想小説に惹かれるようになる。
  やがて私はある骨董品屋さんの常連になった。 常連って言ってもいち高校生のお小遣いなんて
  たかが知れてる。 いつも眺めさせてもらってるだけ。
  でも店主のおばあさんは嫌な顔一つせず私を迎えてくれ、私を孫のように可愛がってくれる。
  私にとっても実のおばあちゃんみたいに親しみが持てた。
  おばあちゃんの人柄もあるのだが私がこのお店に惹かれるようになったもう一つの理由。
  それはそこで取り扱われてるものの中には小説に出てくるような中世ヨーロッパの頃の
  アンティークや、果ては武器や甲冑までが沢山あったのだから。
  多くはガラクタ同然の美術的な価値のそれほど無いものばかりではあったが、
  私を夢の世界へ誘ってくれるには十分だった。
  だけどまさか本当に異世界へ連れて行かれる事になるなんて誰が想像できて?

 ある日の午後、いつものように骨董屋によると奇妙な武器を見つけた。 シルエットだけ見れば
  それはインドの武器カタールに似ていたが、デザインが微妙に異なっており刻まれた文様などは
  中世ヨーロッパのそれっぽかった。
  何故か心惹かれた私は店主のおばあさんに手にとって良いか訊いてみる。
  おばあさんはいつもの笑顔で良いよ、と応えてくれた。 ただし錆付いてるのか鞘は抜けないよとも
  付け加えられ。
  手に握ってみると驚くほどシックリと手に馴染んだ。 まるで私の手のサイズに合わせて
  創られたかのように思えたほどだ。
  そっと鞘に触れてみると動いた。 え?錆付いてるんじゃ無かったの?
  そして鞘の中から現れた刀身はまるで新雪と見紛うばかりの輝きを放っていた。
  それはこんな薄暗い店の中でありえないほどのまばゆい光を放ち、其の光に包まれ私の視界は
  白一色に塗りつぶされていった。

 私の目が光から開放された時、其の目に広がっていたのは今まで居たはずの骨董屋ではなく、
  ところどころ岩肌の露出した荒地であった。 そしてその時大気を震わすような凄まじい咆哮が聞こえた。
  見た瞬間私は唖然とした。 そこに居たのは全身を鱗で覆われ、ナイフのような牙と爪、
  そして象をも超こえるほどの巨体の生物だったのだから。 そう、一言で言えばそれは
  小説やマンガやゲームの中でしか存在しないはずのドラゴンの姿そのものであった。
  一体何の冗談? 夢? 白昼夢でも見てると言うの?
  だが再び私の耳に届いた大気を震わせるような咆哮に我に返る。 鼓膜が破れるかと思うほどのそれは
  とても夢とは思えない。 どうやらコレを夢だと思い込むことのほうがよっぽど現実逃避なようである。
  私は混乱する頭で現状を整理する。 隠れられるような場所は見当たらない。
  逃げた場合、あの巨体ならそれほど速くは追ってこないかもしれないが、ゴツゴツとしたその足場は
  私の機動力をも殺ぐものであるのは容易に想像できた。
  逃げる事も隠れる事も出来ない。 ならばどうする? 立ち向かう?
  いや、一番現実的ではない選択だろうそれは。
  確かに私の手には骨董屋で手にとった武器がはめられたままだった。
  白く輝く刀身は鋭い切れ味を期待させてくれる。 コレまで習得した武術と相まって
  高い攻撃力を発揮してくれるかもしれない。
  しかしそれはあくまでも希望的、楽観的観測。 目の前の化け物相手に実際にはいかほどの威力を
  発揮してくれるのだろう。
  でも……だからと言って黙ってみすみす化け物の餌になるつもりは無い。
  敵わないまでもせめて一太刀食らわせてやる。 そう思い武器を構えた。

 唸りを上げて迫ってくるドラゴン。 そして其の牙が眼前に迫ったその時私は全身全霊を込め勢いよく
  武器を振り下ろした。
  手ごたえは無い。 そして視界が赤一色に染まる。 ああ、やっぱり駄目だったんだ。
  こんな武器やっぱりあんな化け物相手には何の役にも立たなかったか。 正に蟷螂の斧と言うヤツね。
  だが実際にはそうではなかった。 私は生きていた。 先ほど私の視界を染めた赤は自分の血ではなく
  ドラゴンの鮮血。
  後ろを振り向けばそこにはドラゴンの巨体が横たわっていた。 下顎部から喉、胸、腹に掛けて
  一直線に切り裂かれ、鮮血と臓物をぶちまけ其の屍を晒している。
  私は呆然としていた。 コレを私がやったって言うの? 幾ら日々の鍛錬を欠かしてなかったからと
  言って人間の力でこのような芸当が可能なの? 何より斬った手ごたえがまるで無かったはず。
  手の武器を見れば刃こぼれ一つ無く相変わらず新雪の如き輝きを湛えている。
  つまりはこの武器がそれだけの威力を秘めていたと言うの?
  いや、そもそもこの状況は? この武器は何? 思えばこの武器を手にした瞬間からこの異変は起こった。

 その時また咆哮が聞こえた。 声のした方、上空を見上げればそこには巨大な蝙蝠のような、
  だが明らかに蝙蝠とは違う生き物が飛んでいた。 何故なら其の生き物には蛇のような長い首と尾と
  猛禽のような鋭い爪を備え、そして何よりも蝙蝠はあんなに巨大じゃない。
  ドラゴンの次はワイバーン? 一体全体どうなっているのよ。
  そしてその生き物は口を大きく開いた。 大きく開かれた其の口から巨大な火の玉が放たれた。
  しまった! 避けられない! そう観念した瞬間目の前に板状の氷の塊、いや氷の盾が現れ火の玉から
  私を護ってくれた。
  そして次の瞬間視界の外から飛来した氷の矢が、いや氷の槍がワイバーンを貫いた。
  そしてワイバーンはそのまま氷付けになり地面へと落下した。
  氷の槍が飛んできたほうを見ればローブに身を包んだ男の子が居た。
  其の姿は正に小説の挿絵やマンガやゲームに描かれている魔導師を髣髴とさせるものだった。
  って事はさっきの氷の盾と槍は魔法? あの子が助けてくれたの?
  その子はゆっくりと私のほうに近づいてきた。 ローブで身を包んだその魔導師(?)は
  私とそう齢が変わらないように見えた。 顔立ちは中性的でオマケに金髪碧眼、
  浮世離れした美しさを感じさせる。
 
  私が口を開こうとするとそれよりも先にその子が口を開く。
「あのドラゴンを一刀の元に斬り伏せるとはお見事です。 お陰で助かりました」
  そう言って頭を下げた。 成る程、見ればローブの端々がところどころ破れ切り裂かれ敗れている。
  あのドラゴン、私の前にこの子を襲ってたわけか。
  さらに向こうの岩陰をよーく見るとドラゴンの犠牲になったと思しき戦士団の屍が見えるような気が……。
「い、いえ私のほうこそ危ない所をありがとうございました……」
  ってチョット待って。 ドコとも分からない世界。 オマケに目の前の子は明らかに日本人じゃない。
  って言うか人間? 若しかしたら妖精か精霊の類って可能性もある。
  そんな相手に何で言葉が通じるわけ?
「大丈夫ですか? どこか怪我でもされましたか?」
  やっぱり言葉が分かる。 けどその聞こえ方が少し変なのに気付いた。
  何て言うか直接頭に響いてきたような。 そして其の頭に響いてきた声とは別に同時に聞こえてきた
  声があった。 そっちの声は男の子の口から直接聞こえてきた感じだ。
  何て言うか二ヶ国語放送? 頭に同時通訳が響いてくるようなそんな感じ?
「あ、あの大丈夫ですか?」
  尚も心配そうに訊いてくる男の子。
「あ、はい大丈夫です」
「そうですか。良かった」
  私が答えると男の子は安堵の表情を見せる。 どうやらコッチの言葉も通じているようだ。
  とりあえず便利で助かるけど一体この二ヶ国語放送、或いは同時通訳の正体は
  一体……若しかしてこれ?
  私は手にはめられた武器を見た。

 試しに武器を手から外しそして左手の鞘と共に地面に置いてみる。 そしてもう一度話し掛けてみる。
「あの、私の言葉分かりますか?」
  瞬間男の子は驚いた表情を見せる。
「$>&√Д”#%∀&^?!」
  頭の中から同時通訳が消えた。
  拾い上げると
「あ、あの今なんて仰ったのですか? よく聞き取れなかったのですが」
  成る程、どうやら間違い無いようね。
「あ、いえ何でも有りません」
「そ、そうですか……突然妙な言葉を発せられましたから驚きました」
  再び安堵の表情。 そして其のくるくる変わる表情に私は可愛いなと思ってしまった。
  って可愛い? 今私はこの子に対して可愛いって思ったの? 男の子に対して?
  あの日以来男の子に対して良い感情など抱いた事の無い私が?

「それにしても先ほどの斬撃実に見事でした。 私も長い事旅をしていますが、あのような凄まじい
  斬撃初めて目の当たりに……?! そ、その武器は?!」
  男の子は私の手にはめられた武器を目にし驚愕の声を上げる。
「す、すいません突然大きな声を出してしまって。 若しよろしければ見せていただけますか?」
  私は男の子の求めに応じ、手から武器を外して渡した。
「この輝くばかりの純白の刀身! 他に類を見ない独特の形状! そしてドラゴンを一刀で斬り伏せる
  程の攻撃力! 間違い無い! 昔お師匠様の書庫で見た書物に記された
  伝説の武器アルヴィオンファング!!」
  武器を手にした男の子は驚愕の声を上げる。 へぇ、伝説の武器だったんだ。
  どおりで色々便利な機能が付いていた訳ね。 あと、アルヴィオンファングって言う名前だったんだ。
  ん? 伝説の武器? まさかこの後私を指して伝説の勇者なんていうんじゃないでしょうね。
「探しておりました。 貴方こそこの混沌とした暗闇を打ち払う伝説の勇者さまです」
  私は思わず吹き出しそうになった。 何このべタな展開?! 今時そこら辺に転がってる
  三流ファンタジーノベルだってやらないわよ?!
  私は可笑しいやら呆れるやらで、笑いを堪えていると男の子は両手で私の手を握り、
  真剣な眼差しで見つめてきた。
  其の眼差しに私は思わずドキリとする。
「勇者さま! お願いです。 どうか其のお力を我等にお貸しください。 そしてこの世界を救う
  救世主になって下さい!」
  とりあえず頭で整理してみる。
  先ず元の世界に戻る方法はあるのか? 皆目見当もつかない。 って言うより戻る必要ある?
  そもそも私は現実世界の男の子に幻滅していた。 そう言う意味ではそんな世界に大して未練など無い。
  対してこの世界はと言うと、来たばかりで分からない事だらけだけど、でも今私の目の前にいる
  男の子。 端整な顔立ち、綺麗な金色の髪、アクアマリンのような済んだ瞳。
  そして何よりも其の真剣な眼差しに、さっき私はドキリとさせられた。 それは紛れも無い事実。
  この世界の事は分からないけど、でもこの男の子一人だけを取ってみてもあのくだらない日常より
  はるかに魅力的かも。
  何の因果でこの世界に召喚させられたのか、どうして私なんかが勇者に選ばれたのか。
  とりあえずそうした疑問は置いといて頑張ってみようかしら。
  そして私は口を開く。
「コチラこそヨロシクね」
  そして私は手を差し出した。

「あ、そう言えばお互い名前未だ言ってなかったわね。 私は白澤 雪薙。 セツナって呼んで」
「ボクの名前はリオ。 ヨロシクお願いします。 セツナ」
  そう言って私の手も優しく握り返すリオ。
  そして私とリオの冒険は始まった。

2

 リアルでRPG。 冒険をしながら私が感じた事の一つ。
  兎に角先ず、行く先々でモンスターが現れる。 かってはこんな風にモンスターが大量発生して
  人々を襲う事は無かったらしい。 このモンスターたちの元締めは予想通り魔物の王、すなわち魔王。
  最終的にはコイツをやっつけるのが私達の目標。 うん、正にリアルRPG。

 で、とりあえず降りかかる火の粉は払わなきゃいけないわけだから、地道に倒していくのだが
  コレがそんなに順調にことが運ぶわけではない。
  確かにリオの魔法は強力だし、私のアルヴィオンファングも並のモンスター相手に
  遅れを取る事は無い。 しかし魔法には一日に使える限界数があるみたいだし、
  私のアルヴィオンファングも基本は只切れ味が鋭いだけの剣。
  初日にドラゴンを一刀の元に屠ったあれはどうやらまぐれで出た奥義のようなものらしい。
  自在に扱えるようになればあんな風に巨大な魔物を一刀で斬り伏せたり、
  一薙で複数の敵を一掃出来るようになるらしい。
  でもそれを自在に出せるようになるには相当な熟練が必要とされる。
  すなわち実戦を積んで経験値を積み重ねてレベルアップ。 正に……切りが無いから以下略。

 そんな未だ未熟な私達だから時に不覚をとり危険な目に会う事もある。
  でもどんな時もリオは私を見捨てたりしない。 自分を後回しにしてまで私に回復魔法を
  掛けてくれたり、魔力が尽きてシールドが貼れないのに身を呈して私をモンスターの攻撃から
  かばってくれたり。
  それは私がリオにとって救世の勇者だからなのかも知れない。 でも、それでも私は嬉しかった。

 もっとも四六時中敵モンスターと戦ってばかりじゃない。 モンスターがいない時、戦っていない時は
  リオがこの世界に付いて教えてくれる。 何せ私はこの世界のことは何も知らないのだから。
  リオとのおしゃべりのひと時は何ものにも変えがたいほど楽しい。
  先ず何と言ってもその話し方。 ちゃんと私のペースに合わせてゆっくりと丁寧に話してくれる。
  杓子定規にテープレコーダーのように話す学校の先生とは大違いだ。
  もしリオが学校の先生をやったのなら落第生なんて出ないんじゃないだろうか。
  そう思えるほど分かりやすく丁寧な喋り方だった。
  そしてその声の美しさも絶品だった。 よく通るとても済んだ綺麗な声は私を夢見心地に
  させてくれる。 其の美声は私の世界にきたら歌手になれるんじゃないかと思わせるほど。

 そして日を重ねるごとに私はリオの事がどんどん好きになっていった。 外見的な魅力だけじゃない。
  其の魔法の腕前も、知的なところも、優しさも、体を張って私を護ろうとしてくれる男らしさも、
  其の全てに私は魅了されていった。
  私は完全に恋に落ちた。
  そして私は望む。
  私が彼に魅了されたように、リオにも私のことを好きになってもらいたいと。

 情報収集も冒険の基本。 その為に色んな町や村にも度々訪れる。
  情報収集以外にも武器防具の新調や資金や食料等の調達などでも立ち寄る。
  もっとも武具に関しては私の場合武器は既に最高レベルのものを手にしてるので結果、
  私の場合防具のみだけど。
  資金の調達は大きく分けて2種類。 どちらもモンスターがらみで、先ず一つ目はモンスターの死体を
  換金する方法。 モンスターの爪や牙、角、そして骨や皮等は時に武器防具やマジックアイテムの
  貴重な材料になるとのこと。
  特に私が初日に倒したドラゴンはモンスタートしても素材としても最高レベルで、鱗なんか
  まるで鋼のように、いや鋼よりも硬くそれでいながら鉄よりはるかに軽く鎧や盾に最適だった。
  伝説の武器とは言え良くこんなの切れたものだと驚かされるほど。 お陰で当座の資金も確保できたほど。
  更に言うと既にこの鱗で私専用の鎧と盾をオーダ―してある。 完成して装備できるようになるのは
  未だ当分先だけど。
  もう一つは町や村の依頼を受けてモンスターを退治し報酬を受け取る方法。 大きく分けてこの二つ

 そうした訳で様々な町や村を尋ね歩いていく中、今日もある村に立ち寄る。
  そこはリオの生まれ育った村。 リオのお師匠さんは膨大な知識と資料を保有しており、
  それゆえ定期的に調べ物のため立ち寄っているのだと。
  リオの生まれ育った村と言う事で私は訪れる事を密かに楽しみにしてた。
  だけど立ち寄ったそこで私は衝撃を受ける事になる。 そこで知ってしまった。
  リオに恋人が居ると言う事を。
  彼女はリオの幼馴染で魔王を打ち滅ぼした暁には結婚する約束までしてると言う。
  愕然とした。 まさかそんな、異世界に来てやっと巡り合えたと思った理想の男性なのに!
  どこまでも私の男運の悪さは付いて回ると言うの!?
  そのときのショックは中学のときの初恋を裏切られた時の比ではなかった。
  一応言ってくが二股掛けられてたと言うかそんなのじゃない。
  リオはいつも私に優しくしてくれたが、そこには決して下心なんて無い誠実なものだったのだから。
  尤もそれはそれで少し寂しかったが。 何せ私の一方的な片想いだったのだから。
  でも諦められなかった。 諦めるつもりも無かった。
  幼馴染? 婚約者? それが何だって言うの? その娘がリオに何をしてあげられると言うの?
  ただ、村にこもってリオが使命を果たして帰ってくるのを待ってるだけじゃない!
  ただ、待つだけしか出来ない女。 そんな女に負けてなるものか。
  確かに知り合ってから未だ間もない。 でも既に幾度も共に死線を潜り抜けてきた。
  そしてこれからももっと多くの危難を一緒に乗り越えていくだろう。
  これから先もっと多くの時間を私はリオと過ごすことになる。

 そう、時間ならたっぷりあるんだ。 だから魔王を倒すそのときまでにリオの心を掴んでみせる。
  それに、いざとなれば私には切り札がある。
  切り札――それは私がこの世界で『伝説の勇者』であること。
  伝説では魔王はこのアルヴィオンファングでしか其の防御結界を切り裂き倒せないらしい。
  しかもこのアルヴィオンファング。 試してみたところ私以外には扱えないようだ。
  私が装備すれば、まるで手に吸い付くようにフィットし羽根のように軽く感じられ無類の切れ味を
  発揮してくれる。 だけどそんな伝説の武器も、私以外のものが装備するとたちどころに
  其の輝きを失い、只の鈍らと化すのだった。
  すなわち正真正銘私にしか扱えない伝説の武器で、と同時に私自身が魔王を倒しうる唯一にして
  絶対の切り札であると言う事。
  そう、いざとなれば世界の運命を天秤に掛けてリオに迫る事が出来るのだ。 尤もコレは最後の手段。
  この方法を用いれば確かにリオを手に入れられるだろう。 でも心までは手に入らない。
  表面では私を受け入れながらも心の底では私を蔑むかもしれない。
  だから、コレはあくまでも最後の手段。

  リオの村に入ると一人の少女が駆けてきた。
「おかえりなさい。リオ!」
  そしてリオに向かって抱きついた。 其の光景を見た瞬間、頭の血管が切れそうになるかと思った。
「ただいまコレット」
  そして小娘を優しく抱きとめるリオ。
  そんな光景にはらわたが煮えくり返りそうになるのを押さえながらどうにか平静を保つ。
  事前にココに来るまでの道のりでリオに幼馴染の恋人がいることを聞いてたから心の準備ができてた
  から良いようなものの、そうでなければこの場でこの小娘を切り捨てていたかもしれない。

「あら、コチラの方は?」
  私の存在に気付いた小娘はリオに問いかける。 私の心のうちなど知らないリオは其の小娘、
  もとい幼馴染に私を紹介した。
「ああ、紹介するよコレット。 この方こそ探していたこの混沌とした暗闇の時代を打ち払う勇者様、
  セツナさんだ」
  リオがそう言うと小娘は瞳を輝かせ
「本当!? 素敵! ついに現れたのね伝説の勇者さまが!」
  そして私の手をとり更に口を開く。
「勇者さまお願いします。 是非其のお力でこの世界をお救い下さい」
  私を見つめる其の瞳は見るからに素直で純真でヒトを疑う事を知らないと言った感じ。
  私がリオを想ってるなんて露ほどにも思っていないのだろう。
  とりあえず私は笑顔を作る。 リオの前で取り乱した嫉妬丸出しの顔なんか見せれる訳ないからね。
「ふふっ、そんな畏まらなくったって良いわよ。 あと、勇者さまじゃなくってセツナって呼んで」
  今のところは本音なんか出さない。
「分かりました。 セツナ様」
「様も要らないわ」
  焦る事は無い。 時間はたっぷりと有る。
「え、でもそんな……」
「じゃぁお友達になりましょ」
「え、そんな良いんですか?」
「勿論よ。 だってあなたは、私にとって大切な仲間であるリオの大切な人なんですから」
  とりあえずこの場は小娘に譲っておいて上げる。
「ありがとう! よろしくね。 セツナ!」
  そう言って小娘は笑顔で答えた。 本当、疑う事を知らない素直な性格ね。
  それならコッチはそれに合わせて策を練らせてもらう。
「コチラこそヨロシクね、コレット」
  それまでは小娘、いえ、当分の間はコレットって呼んであげる。
  その時が来るまでの間はお友達で居てあげるわ。

3

 リオからこの世界の事を教えてもらって分かった事の一つ。
  人間ってやつはどこの世界でもそう変わるものではないらしい。
  この世界に魔王が現れた切っ掛け。 それは一つの王家での色恋沙汰に端を発しているらしい。
  其の国の王位継承者でもある第一王子に嫁いできた花嫁。 コレが大層美人だったらしく
  第二王子までもが惚れてしまった。
  どうしても花嫁を手に入れたいと望んだ其の第二王子はあろうことか悪魔の力に頼った。
  悪魔を引き入れ結果邪魔者の第一王子を消す事に成功したものの、事はそれで終わらず悪魔たちは
  その機に乗じて国の全てを乗っ取ってしまった。
  一人の女を巡る騒動が国家を滅ぼし、果ては魔族までをも引き寄せてしまったと言う事。
  どこの世界でも傾国の美女と言うやつはいるらしい。
  そしてその日以来そこは魔族の侵略拠点となり、城は魔王城と化し現在に至る。
  更に付け加えるとこの世界には幾つかの王家が――国家が存在している。
  そして魔族によって乗りっ取られた国はその中でも最大の勢力を誇る宗主国であった。
  この事実は他国に野心をも抱かせることになった。 すなわち魔王を打ち滅ぼした国は
  次なる宗主国となれる、と。
  愚かな事である。 その様な野心のぶつかり合いのお陰で一つに纏らねばならぬはずの人間同士が
  ばらばらで結果魔族の思う壺。
  其の各国の思惑はやがて私の冒険にも影響を与えることになる。

 最初の頃は私の事をどの国も信じてなどいなかった。 それも当然であるこんなどこの誰とも
  素性の知れない女の事など誰が信じる。 まぁ別に信じて欲しかったわけじゃないけど。
  実際今まで何人もの偽者の『伝説の勇者』が現れてはことごとく散っていたらしいのだから。
  それが一変したのはある日のこと。

 

「この塔に魔将軍がいるのね」
「ハイ、魔王の腹心の部下の一人――魔将軍ウォドゥス。
  今まで何人もの名だたる戦士、騎士、魔導師達を返り討ちにしてきた恐るべき敵です」
  私にとって第一になすべき事はやはり打倒魔王。 本音を言えばリオと恋人同士になる事こそ
  私にとっての最優先事項だけど、とりあえずコレが当面の課題。 共同作業によって絆を
  深めていくって効果もあるしね。
  魔王配下には数人の強力な魔将軍が居て、各々が結界を張っていると言う。
  即ちそれら魔将軍を打ち倒し結界を解かない事には魔王城へ攻め入る事も出来ないと言うのだ。
  其の手始めにこの塔で結界を張っている魔将軍を倒す為に来たのだ。

「で、どうするの? 正攻法で行くのなら塔に侵入し最上階まで登っていくってことよね」
「はい。 でも塔の中には間違い無く魔物がひしめいています。 それだとおそらく最上階に
  辿り着くまでかなりの消耗が予想されるでしょう。 果たしてそこまで私の魔力が持つかどうか……」
  私は塔を見上げた。塔には幾つもの窓が見える。
「ねぇ、リオ。 あなた飛翔魔法使えたわよね。 それであの窓まで飛んでいって中に進入できない?」
  そう、リオが使える数ある魔法の中には飛翔魔法がある。 それほど長い時間飛べるわけではないが
  塔の最上階に到達するには十分であろう。 私を抱えれば其の分時間も制限されるが
  それを差し引いても多分大丈夫。
「確かに私も出来ればそうしたいです。 ですが以前にも同じ事を試みた魔導師が居たようです。
  しかし塔の周囲に飛翔封じの結界が張ってあるらしく試みは無駄に終わったとのことです」
「結界……ね。 でも私達にはこれがある」
  そう言って私はアルヴィオンファングを鞘から抜きはなった。
「アルヴィオンファング……。 成る程、試してみる価値はありそうですね」
  リオがそう言うと私はニッと笑ってみせる。 様々な力を秘めたこの武器には魔封じや結界を
  無効化する力も幾らか備わっている。
  さすがにこの塔が魔王城を護る結界を無効化するほどの力は無いみたいだが、それでも若しかしたら
  飛翔封じぐらいは無効化出来るかもしれない。
  私はアルヴィオンファングを装備した右手を高く掲げた。 そしてリオは片手を私の右手に沿わせ、
  そしてもう片方の手で私の肩を抱く。 体を密着させた状態でリオは意識を集中させて詠唱を始めた。
  直ぐ耳元で唱えられる其の詠唱の響はどこか神秘的で、まるで遠い異国の唄のように
  私の耳に心地良く届き陶酔感すら感じさせる。 僅かに感じられる吐息が少しこそばゆく、
  でもとても心地良い。
  やがて詠唱が終わると足元から地面の感触が少しづつ消え、やがて私達の体は上空に向かって
  一気に急上昇する。
「やった! 成功よ!」
  私は思わず歓声を上げた。
「ハイ! このまま一気に最上階に突入します!」

 そしてダイレクトに最上階の魔将軍の間に突入! 
「魔将軍ウォドゥス覚悟! 其の命貰いうける!!」
  目の前で玉座に座るモンスターに向かって私は叫んだ。 策が上手く運んだ事と、
  先ほどまでリオと密着してたお陰か私のテンションは異様なまでに昂ぶっていた。
「人間風情ガ図ニに乗リオッテ!! 返リ討チニシテクレルワ!!」
  モンスター――魔将軍ウォドゥスは咆哮を上げた。
  その容貌は装飾の施された鎧に身を包んだ角の生えた漆黒の人狼と言った風体。
  そして燃え滾る石炭のような眼は並みの騎士や戦士など一睨みで呑まれてしまいそうなほどの眼光と
  威圧感を放っていた。
  成る程、流石に魔将軍と呼ばれるほどの魔物。
  容貌、そして其の身から発せられる威圧感からして今までのモンスターとは訳が違う。
  だがコチラの体力も気力もリオの魔力もほぼ満タン! 加えて異様にテンションも昂ぶっている!
  全く負ける気がしない!
  私は床を蹴って斬りかかった。 合わせてウォドゥスも抜刀する。
  人間の戦士なら両手で扱うような巨大な剣を片手で軽々と振り回す。
  おまけに其の剣速も並じゃない。 完全武装の重戦士でも真っ二つに出来そうなほどだ。
  周囲を見渡せば白骨に混じって真っ二つにされた鎧が転がっている。
  確かに今まで誰も敵わなかったのも頷ける。
  だけど私だってこの世界に来たときの自分じゃない。 これまでに幾多の死線を潜り抜けてきたんだ。
  剣撃をくぐりぬけ懐に飛び込み様に一閃!
  アルヴィオンファングがウォドゥスの鎧を切り裂き瞬間鮮血がほとばしる。 だが浅い。
「キサマァッ!!」
  ウォドゥスの顔に驚愕と怒りの色が浮かぶ。 おそらく鎧の強度に相当自信があったのだろう。
  刻まれた幾多の細かい刀傷から幾多の剣戟を防いできたことが伺える。
  だが如何に強固な鎧もこのアルヴィオンファングの前では無意味。
  自信と誇りを傷つけられたのか、逆上したウォドゥスの剣速が更に速度を増した。
  そのスピードにかわすので手一杯になってきた。 チョットヤバいかも。
  そう思った瞬間かわし損ねて体勢をくずしてしまった。 
  私が体勢を崩した其の隙をウォドゥスが見逃す筈も無く大剣を大きく振りかぶった。
  だがウォドゥスが大剣を振り下ろそうとした瞬間其の顔面に火球が炸裂した。
  其の拍子に今度はウォドゥスに隙が生まれる。
「ナイスフォロー! リオ!」
  私は其の隙を付きウォドゥスに一撃を加えその場を離脱する。
  致命傷には至らなかったものの今度のは結構深く入った。
  完全に私に意識が集中してたウォドゥスにリオは完全に意中の外だったのだ。

「ギ、ギザマァァァ……!!」
  腹から血を滴らせ怒りの眼で睨むウォドゥス。 苦痛と怒りに顔を歪ませ腹の傷を押さえている。
  形成は完全にコッチに傾いた。
「ふふっ、作戦通りっ。 さぁ! 一気に畳み掛けるわよ!!」
「はい!」
  そして私は刃を構え一気に切り込む。 合わせてリオも火球を打ち出す。
「オノレ! オノレ! オノレェェェ!!!」
  咆哮を上げ怒りをあらわにして大剣を振り回すウォドゥス。
  だがその剣速は鈍り、更にはリオの魔法攻撃が気になって意識の集中も乱れている。
  結果私の剣撃が一撃、また一撃と傷を負わせていく。 そして……
  袈裟懸けに一閃。 私の放った渾身の一撃はウォドゥスの体を真っ二つにした。
  遂に倒した! 今までの雑魚とは明らかに違う魔王軍の幹部クラスの強敵を!

 

「やったよ! リオ!」
  私は嬉しさのあまりリオに向かって駆け出した。 この瞬間を、この喜びをリオと分かち合いたい!
  抱き合って全身で喜びを分かち合いたい! だけど次の瞬間……
「危ない! セツナ!! ヤツは未だ……」
「え……?」
  あろうことかウォドゥスは真っ二つにされ頭部と片手だけになったその体で、其の残った片手で
  跳躍して襲い掛かってきたのだ。 完全に虚空をつかれた私は反応できない。
  やられる! そう観念した。 だが……。
「くっ……」
「リ、リオ?!」
  リオが咄嗟に身を呈してかばってくれたのだ。 だが其の結果リオの肩にはウォドゥスの牙が深々と……。
「う、うわあああぁぁぁ!!! リオ!! リオ!! この犬畜生がああぁぁぁっっ!! よくも!
  よくもリオにいいぃぃぃ!!!」
  大切なリオを傷つけられた怒りで逆上した私は、リオの肩に喰らい付いてる犬畜生に向かって刃を
  突き刺す。 顔面に刃が深くのめりこみ其の衝撃で目玉が血飛沫と共に飛び出す。
「離れろ! はなれろ!! この犬畜生がああぁぁっっ!!」
  私は立て続けに犬畜生の頭に向かって刃を付きたてる。 そしてやっとリオの肩から外れると
  其の頭に向かって思いっきり踏みつけた!! 何度も!! 何度も!!

「落ち着いてくださいセツナ! ボクなら大丈夫ですから!」
  リオに抱きすくめられ私は我に帰る。 足元にはミンチになった犬畜生の首だったもの。
  そして其の血と脳みそで穢れた私の足……、そんな事は今どうでもイイ! リオ! リオは?!
「リオ! 大丈夫なのリオ!!」
「はい、私なら大丈夫です。 だから……」
  そう言ってリオは微笑んだ。 本当は物凄く痛いくせに、それなのに私に心配かけまいと……
「全然大丈夫じゃないじゃない!! ああ……肩からこんなに血が……! 私の、私のせいで……。
  あああぁぁぁぁ!! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサ……」
「だから大丈夫ですってば。 ほら……」
  そう言ってリオは自分の肩に回復魔法を掛け始めた。 柔らかな光がリオの肩の傷を癒していく。
  やがて光が消える。
「治った……の? もう……痛くない……の?」
「ハイ。 もう大丈夫です。 だから……うわっ」
「良かった! 良かった……! もしリオの身に何かあったら、私、私……。
  うわあああぁぁぁぁ〜〜ん!!!」
  私はリオに抱きついた。 そしてその胸で思いっきり泣いた。
  そしてそんな私をリオは優しく抱き返してくれる。
「ありがとうございます。 そんなにも心配してくださって……。 それよりもセツナ。
  貴方の方こそ血まみれじゃないですか」
「平気よこんなの。 ただの返り血だもん……」
「駄目ですよ。 女の子なんですから。 綺麗にしないと」
  そう言ってリオは私の顔にかかった血を優しく拭ってくれた。 やっぱりリオは優しい。
  そしてそんなリオが……私はやっぱり大好きだ。
「大分綺麗になりました。 さ、残りは帰ってから落としましょう」
  だから……必ず手に入れてみせる。 リオの愛を。
「さ、胸をはってください。 英雄の凱旋です。 今まで誰も倒せなかった魔将軍を倒したんですから」
  そう言って優しく微笑むリオ。
「うん、そうだね」
  そして私も笑顔で応えた。

 この日から世界の私を見る目が変わった。 魔将軍ウォドゥスを倒した。
  ウォドゥスは魔王軍全体から見れば其の地位はせいぜい中間管理職程度のヤツだったのだろう。
  それでも今まで何人もの名だたる戦士、騎士、魔導師達を返り討ちにし、無敗を誇っていた
  ウォドゥスを倒した事は、皆に私を勇者と信じさせるに十分であった。

4

 魔将軍を倒したと言う事実は瞬く間に世間に知れ渡った。
  私のことを聞きつけてきた多くの国が援助を、或いは王家のお抱えの騎士などが私とのパーティーを
  組む事を申し出てきた。
  どの国も狙いは一つ、私に尽力する事により魔王を倒したと言う大義名分が欲しいのだ。 
  魔王亡き後の世界の宗主国になる為に。

 最初の頃は来るものを拒まず受け入れてた時もあった。 各国の思惑がどうであれ利用できるものは
  させてもらおうと。
  でも、私達の仲間が長く勤まるものは殆ど居なかった。 彼らが弱かったと言うより私達が
  強すぎたのかもしれない。
  そうした訳で入れ替わり立ち代り色んな人たちとパーティーを組んでみた。
  そんな中、今はある姉弟の騎士と組んでる。 名前を姉がシビッラと、弟をコージモと言った。
  腕前は、正直今一つだった。 だが貴族として高い地位を持っていたのかパトロンがいるのか
  武器防具やマジックアイテムは潤沢に持っておりそれなりに冒険の助けにはなった。
  だけど、正直虫の好かない連中だった。 二人とも所謂美男美女なのだがどうにも気障で
  馴れ馴れしい。 男の方は私に必要以上に媚るわ歯の浮くような台詞は吐くは、
  女の方はリオに色目を使うわ!!
  だから私はこんな連中と一緒に居たくなかったんだけど、何より折角のリオと一緒の時間を
  邪魔されたくないし。
  だけどリオは折角の申し入れなのだから組もうって。 リオは疑う事を知らない純粋な性格だから。
  まぁそこがリオの良いところでもあるんだけど。 それに確かに組むなりのメリットも
  無いわけじゃないけど……。

 ある日の夜私達は最寄の村で宿を取って休んでいた。
  夜も更けた頃同室のシビッラががさごそと起き、部屋の外に出る。
  こんな夜更けに何の用事かと思ってそっと後をつけてみる。
  人気の無い所で立ち止まるとそこに弟のコージモも現れる。
  なにやら内緒話でもしてる様だ。
  私はそっと聞き耳を立てる。

<あんな小娘さっさと手篭めにしちゃいなさいよ>
<そう言う姉貴の方こそどうなんだよ。 あの魔導師の小僧に未だ手間取ってるじゃねえかよ>
  一体何の話?
<私よりアンタの方が重要でしょうが。 あの勇者の小娘を惚れさせることが出来れば魔王を倒した時
  その手柄は我が一族のものなのよ?>
<分かっているよ。 だけどその為には姉貴にも頑張ってもらわねぇといけねぇんだよ。
  あの小娘、あの小僧に惚れてやがるからよ。 だからあの小僧を先に何とかしてくれよ>
<あぁ、それなら大丈夫よ。 あの子、小娘のことなんか全然眼中に無いみたいだから。
  ま、考えてみりゃ当然よね。 あんな香水よりも血の臭いが、ドレスよりも鎧が似合うような
  色気もクソも無い小娘>
<ハハッ違いねぇや。 あんな血生臭い女、勇者でもなければ俺だって近づきたくも無ぇぜ>
<アハハハ。 それもそうね。 そう言う意味じゃアンタもとんだ貧乏くじよね>

  ア、アイツラアアアアァァァァ!! ブッ殺してやるっっ!! いや……落ち着け。
  確かに私の腕ならこんなゴミども簡単に消せる。 だからと言ってイキナリここで消してしまっては
不信がられる。 
  そう、ジッとチャンスが訪れるのを待ち、殺る時は細心の注意を払って殺らなきゃ、ね。
  そして、其の機会は意外と早くやってきた。

 私達がある村に立ち寄った時そこの村長に依頼を受けた。
  近くの洞窟にモンスター達が住み着いて度々村を襲い困っているのだと。 私達は二つ返事で引き受けた。
  そして洞窟の探索中、大した戦闘も無くある程度進んだ時、突然足元が崩れた。
  罠!
  咄嗟に気付いた私は壁に刃を付きたて開いた方の手でリオの手を掴んみ落下の難を逃れた。
  だが腐れ姉弟の二人は対応できずそのまま落下。 ザマアミロ!! だが当然顔になんか出さない。
「大丈夫でしょうか」
  相変らずリオは優しいな。 あんなヤツラ心配してやる必要ないのに。
  そう、コレでくたばってくれれば万々歳なのだがそうも上手くいかないでしょうね。
「確かに心配ね。 よし、私が下りていって助けてくる」
  私は手頃の場所にロープを縛り付ける。
「そうですね。 では……」
「あ、待って。 リオはもしもの時のためにココに残って」
「でもセツナ一人では……」
「大丈夫よ。 直ぐにあの二人を見つけて戻ってくるから。 じゃぁ行ってきます」
  そう言って私は崩れて出来た穴に向かって飛び込む。
「危ないと思ったら、直ぐに戻るかロープを引っ張って合図を送るかしてください。
  くれぐれも無茶はしないで下さいね!」

 下に降り立つと私は二人を探す。 勿論助けるためなんかじゃない。
  折角降って沸いたこのチャンス、活かさせてもらうわ。 フフ……。

 暫らく進むと剣戟の音が聞こえる。 音のした方を見れば、居た。
  敵は1,2……6匹ってところね。 豚のような面構えの亜人種型モンスターの一種オーク。
  手には各々剣や槍、斧などを持っている。
  オークなど、モンスターとしては下級の部類。 幾ら数で押されているとは言え、
  あんな相手に苦戦してるとは相変らずへッポこな腕前ね。
  それでもマジックアイテムとかに頼ってるお陰か時間を掛ければどうにか勝ちそうだ。
  でも勝たれちゃ困る。 やはりあんなモンスターに倒される事に期待するより自分で
  手を下さなきゃ 駄目ね。
  私は抜刀してモンスターに斬りかかる。 一匹につき1,2秒。
  全てのモンスターを片付けるのに10秒とかからなかった。
  やっぱこんなモンスターに苦戦するなんてアイツ等へっぽこだわ。
  そのくせ嘗めた事抜かしてくれたものね。 まぁ良いわ。 其の耳障りな口ももう聞かずに済むものね。
  私の思惑なんか知らずコージモは歩み寄ってくる。
  私はしゃがみこみ、今倒したオークの手から剣を拾い……
「ありがとうございます勇者さま! お陰で助かり……」
  私に向かって馴れ馴れしく歩み寄ってくる気障男に向かって投げた。
  剣は狙い違わず喉に突き刺さり一撃で絶命させる。
「いやああぁぁぁぁ!? コ、コージモ!? ゆ、勇者さま、い一体どうなさ……」
  あー五月蝿い。 でもこの耳障りな金切り声もコレで聞き収め。
  私は今度は斧を拾いシビッラに向かって投げつける。 これも狙い通り阿婆擦れの頭に見事命中。
  アハッ真っ二つに割れてまるで石榴みたーい。
  無事害虫駆除完了。 二人に刺さっている武器は何れもモンスターのもの。
  傍から見ればモンスターとの戦闘で命を落としたようにしか見えない。
  これで邪魔者は消えた。 一仕事終えた私は清々しい気持で充実した達成感に包まれていた。
  おっと一段落つくには未だ早いかな。 早くリオの所に戻ってココのボスモンスターを
  一緒にやっつけると言う本来の仕事が残っているんだから。
  んー、それにしても久しぶりに二人っきりに戻れると思うと自然と頬が緩みそうになる。
  でもまだ笑うには早い。
  一応仮にも『仲間』は既にモンスターに殺されてました、と報告するのに笑顔は不自然だモノね。

5

 ちょっとヤバいかなぁ……。
  現在戦闘中。 私達は何時に無く苦戦を強いられていた。
  対峙する敵は白骨巨人――ジャイアントスケルトン。
  名前の通り巨人の白骨死体が術により動き回るようになったモンスター。
  最初率いてた術者の死霊使いさえ倒せばコイツラもくたばってくれると踏んでたのだが、
  当てが外れた。
  真っ先に術者を斬り伏せたと言うのに
  コイツラはお構い無しに私達への攻撃の手を緩める様子は無し。
  この白骨巨人結構強い、と言うより私との相性が悪いと言った方がいいだろうか。
  苦手なのよね。 こういうリーチの長い敵って。
  しかもただでさリーチが長い上に使ってる得物も槍状の武器。 何より動きが想像以上に速い。
  普通このサイズのモンスターというのは自重のお陰で動きがトロイのが定石。
  なのにコイツラは骨だけで軽いお陰か術者の腕のお陰かありえないほど素早い。
  こうなるとリオの魔法が頼りなのだが残念ながら既に打ち止め。
  でも時間を掛ければ倒せない相手ではない。 実際既に何体かは倒し元の屍に戻り残りは二体。
  だけど長引けば受ける痛手は決して軽くは無い。
  私がダメージを受ける分には未だ良い。 それよりも心配なのはリオだ。
  いつもリオは自分の事より私のことを気遣ってくれる。
  その心遣いは嬉しいんだけどリオが傷つくのを見るのは私にとっては何よりも辛い。
  だから、一刻も早くコイツラを片付けなくちゃ。

 その時横から人影が飛び出した。 背丈は私より少し小さいぐらい。
  動きやすさを重視した軽装の鎧を身に纏ったその戦士風の人影が手にした武器は長い柄の……
  槍? 薙刀? だが其のボリューム、
  刃の大きさはそれ以上でこういう武器の名前は確かグレイブ……。

「ハァッ!!」
  其の人影――戦士は気合と共に声を発しグレイブを一閃した。
  長いリーチの其のグレイブの一撃は白骨巨人の武器を手にした腕を確実に捕らえた。
  そして武器を手にした白骨巨人の腕が砕け散る。
  武器を失った事によりリーチが、そして其の驚異も半減した巨人に私は斬りかかる。
  そして腰骨の上、肋骨の下にある背骨に向かって一閃。
  上下の支柱を断ち切られた巨人の上半身が崩れ落ちる。
  そして其の上半身の心臓に当たる部分――死体を操ってる中枢核に刃を突きたてる。
  コレで残るは一体。

「せいっ!!」
  その時掛け声が耳に届いた。
  掛け声のした方を見れば先ほど私達の前に割って入ってきた戦士。
  だが其の手には先ほどまでの武器――グレイブは無く姿勢は腕を振りぬいた投擲後のような姿。
  視線を廻らせれば最後の一体の心臓部分には深々とグレイブが突き刺さっていた。 
  状況から察するにグレイブを投げ最後の一体に止めを刺したのだろう。
  音を立て崩れ落ちた白骨巨人に向かって戦士は歩いていきグレイブを引き抜いた。

 改めて見ると其のグレイブの刃は標準サイズのそれより二周りほど大きかった。
  ボリュームで言えば戦斧の一種バルディッシュに近いぐらいだ。
  攻撃力の大きさは今見たとおりだが、成る程其の大きさなら納得もいく。
  というよりあれだけ大きければ重量も相当だろう。
  それを振り回し更には投げて見せるとは其の筋力は改めて驚嘆に値した。
  今まで色んな戦士を見てきたが、この戦士のそれは明らかに群を抜いていた。

 グレイブを引き抜いた戦士はこちらを振り返った。
  見たところ年の頃は私とそう変わらないだろう。
  顔立ちは中々整っており女性と見紛う……いや、どちらとも判別しがたいと
  言った方が良いだろうか?
  片目は髪で隠れ其の髪の下から大きな傷跡が見える。傷を負い潰れた目を髪で隠してるのだろうか。
  いや、そんな詮索より先ずは礼を言うべきよね。
「ありがとう。 お陰で助かったわ」
「いえ、それほどでも。 ボクがでしゃばらずとも十分切り抜けられてたでしょう」
  散らばる屍の数は全部で八体。 うち殆どは私とリオで倒したもの。
「そんな事無いわ。 お陰で大分助かったわ」
  確かに言う通りあのままでも全て斬り伏せられただろう。
  でもお陰で少ないダメージで切り抜けられたのも事実。

「私からも礼を言わせて下さい。 ありがとう御座いました」
  声を発したのはリオ。 だが其の声を聞いた瞬間戦士の顔に驚きの表情が浮かぶ。
「リオ……にいさん?」
「え……? 若しかしてあなた……クリスですか?」
  リオの声を聞きクリスと呼ばれた戦士の顔には驚きと戸惑い、そして喜び
  それらが混ざったかのような表情が浮かぶ。
  そしてリオも其の顔に笑みを浮かべ戦士――クリスに向かって駆け寄り抱擁した。

「え? 何、二人は知り合いなわけ?」
  私が問い掛けるとリオは振り返り答えてくれた。
「ハイ。 このコはクリスと言って幼い頃モンスターに襲われ身寄りがなくなったところを
  一時的にお師匠様に引き取られ私と暮らしてた時もあるのです。私にとって弟みたいな存在です」
  ――弟、そう聞いて私は少しホッとした。
「そう。 リオにとって弟みたいなのなら私も是非仲良くしたいわ。あ、自己紹介まだだったわね。
  私はセツナ」
  私がそう言うとリオも続けて口を開く。
「クリス。 このセツナさんはね、何と伝説の勇者様なんだよ」
「勇者……様?」
「そうだよ。 クリスも聞いたことないか? 無敗を誇ってた魔将軍が打ち倒された話を」
「あれってこのヒトとリオにいさんのことだったの?」
  戦士は、クリスは驚いたような表情で私に視線を向けた。
「勇者さまなんて大げさよ。 そうよ今私はリオと魔王討伐の旅をしてるの。 ヨロシクねクリス」

 外観からは性別が判別しがたかったが弟分なら男ってことよね。 なら安心か。
  正直コレット以外にも恋敵が現れるのは勘弁して欲しいから。
  それにこのコ、今も目の当たりにしたのだが強い。
  このコなら今までのヘッポコたちと違って仲間になってくれれば
  確実に頼もしい存在になってくれる。
  それに何よりリオとは馴染みの仲みたい。 そんなコとは仲良くしたいしね。
  だから親愛の念を込めて手を差し出したのだが、え?
  一瞬クリスの視線に敵意のようなものが見えた気が――。

「ええ、共に戦いましょう。 魔王軍を打ち滅ぼす為に」
  そう言ってクリスは手を握り返してくれた。 顔には屈託の無い笑顔を浮かべて。
  其の笑顔に私は先ほど感じた敵意が勘違いだったと胸をなでおろす。
  そうよね。 このコが私に敵意を向ける理由なんて無いわよね。
  魔族によって家族を奪われてるこのコにとって魔王を倒せる可能性を秘めた私は救い主のはず。
  それに男の子なんだからリオを巡る恋敵なんて事も無いしね。

 そして其の日から私達のパーティーには頼もしい仲間が一人増えたのだった。

6

 パーティーを組んで実際戦ってみると良く分かる。 このコ――クリスの強さが。
  とてつもない攻撃力を持つ反面凄まじい重量のこの巨大グレイブ。
  ギガンティスグレイブと言うらしいのだが。 実際触らせ貰ったんだけど物凄く重たい。
  こんなもの屈強な大人の戦士だってそうは簡単に振りまわせるような代物じゃない。
  確かにクリスは細い割りに物凄く引き締まった筋密度の高い躯をしてる。
  だが其の強さの最大の秘密はこのコの使える魔法にあった。
  魔法と言っても火炎とか冷撃とかみたいな派手なものでは無く戦士であるクリスならではのもの。
  それはブーストアップつまり筋力増強。 ――魔法と言うより内気功に近いかな?
  昔一時リオと其のお師匠さんの下にいた時其の素質を見込まれ
  戦士団に引き取られていったらしい。
  そこで修行を積み現在の戦闘スタイルに到ったらしい。
  そして其の戦闘そのものも鬼気迫るものがあった。
  やはりこのコにとってモンスターは仇そのもの。
  戦闘の度に其の思いをぶつけてるのだろうか。

 で、現在私たちはと言うと敵モンスターと戦闘中。だが其の相手は三下の雑魚なんかじゃない。
  そう、ウォドゥス以来となる中ボスクラス――魔将軍ロザゥド。
  其の容貌は一言で言ってしまえば――巨大なテナガザル……何て言ってしまうとあれだが
  そんな可愛らしい物じゃ無い。
  其の面構えはまるで骸骨、口に並ぶは剥き出しの牙、くぼんだ眼窩の奥には
  鬼火のような瞳が妖しい光を湛えている。
  全身は柔軟かつ強靭な筋肉と鋼のような剛毛で覆われ……、まぁコレはそれほど問題でもないが。
  何せ私のアルヴィオンファングで切り裂けなかったものなど今まで無かったのだから。
  だが問題はやつの腕とその身のこなし。
  腕が――リーチが異様に長い上に更に其の指先にはまるで刀剣のような鋭い鉤爪が並んでる。
  そして何より其の敏捷性、素早さが半端じゃない。
  素早きもの敏捷なものに対し、ましら(猿)の如しなんて言葉があるがコイツが正にそれだった。

 其の強さは正に魔将軍の名に恥じない本物。
  以前闘ったウォドゥスをも遥かに凌ぐものだった。
  だが、戦況は私達にとって非常に有利に運んでいた。
  そう、こんなリーチが長く素早い相手は私にとって最も嫌な相性の悪い敵。
  私とリオだけだったら苦戦どころか勝てるかどうかさえあやしかった。
  だが今私達には新たな仲間が――クリスがいた。
  確かにヤツの――ロザゥドの全身を覆う剛毛は
  クリスのグレイブの一撃を持ってしても切り裂けない。
  だがグレイブの其の長いリーチによる連携とサポートは私にとって大いに助けとなった。
  クリスのサポートのお陰で私は易々と長いリーチをかいくぐり
  着実に斬撃を加え続ける事が出来た。
  一撃、また一撃とアルヴィオンファングがロザゥドの剛毛を切り裂く度に鮮血がほとばしる。

 そして……。
  ついにアルヴィオンファングがロザゥドの首を捉えた。 鮮血を挙げ魔将軍の首が中に舞う。
  だが直ぐには気を抜かない。 ウォドゥスの時はそれでリオに大怪我を負わせてしまったから。
  あの時は自分の詰めの甘さ、不甲斐なさに自分で自分が許せなかった。
  だから今回は最後まで気を抜かない。
  やがて生首の目から生気が消え、暫らく痙攣してた仰向けの首なし死体が完全に沈黙してから
  やっと気を緩める。
  振り向けば傍らにはリオとクリスが立っていた。
「おつかれさまでしたセツナ」
  そして私を労うかのように優しく微笑んでくれた。 この笑顔で私は全て報われる思いだった。
  私は喜びを其の身で表すように思いのたけを込めてリオに抱きついた。
  私が死と隣り合わせのこの危険な戦いに身を投じられるのも
  全てはリオの為のようなものなのだから。

「ううん。 私一人の力じゃないわ。 リオとクリスが助けてくれたからこそ勝てたのよ。
クリス、今回コイツに勝てたのは本当あなたのお陰によるところが大きかったわ。
  本当にありが……」
  そう言いながらクリスのほうを向き私は思わす息を飲んだ。
  其の目には敵意とも殺意とも言える光が宿っていたのだから。
「いえ、ボクなんて大した事無いですよ。 全てセツナさんの活躍によるものですよ」
  だが次の瞬間にはいつもの笑顔があった。
  一体何なのだろう。 初めて出会ったときもそうだったが時折見せる
  この敵意のこもった眼差しは。
  最初、気のせいだと思ったのだが。 いや、今でもそう思いたいのだが……。

 このコ――クリスは戦闘となるとその戦いぶりは苛烈にして鬼気迫るほど。
  でもスタンドプレーに走ったりせず上手く私との連携を、
  サポートをとても上手くこなしてくれている。
  実際今の魔将軍との戦いなど彼の助けなくしては勝てなかったほどで本当に助かってる。
  戦闘以外のときでも気心の知れたリオには勿論だが私とも上手く付き合ってくれてる。
  それなのに時折敵意や殺意のこもった視線を感じる時がある。
  尤も次の瞬間には微塵もそんな様子は伺えないのだが。

 分からない。 何か私このコに恨まれるようなことが?
  でもそれならどうして戦闘の時あんなに一生懸命健気にサポートしてくれるの?
 

 それから数日後。
  それはある寝苦しい夜のことだった。 寝汗が気持悪くて私は一風呂浴びようと体を起こした。
  丁度現在宿を取ってる村は温泉で有名な場所だったし。
  ちなみに川の直ぐ側で温泉が湧き出てるので川の水で温度調整しながら入る
  そう言うタイプの温泉。
  そして温泉に浸かろうと歩を進めると湯煙の中に人影が見えた。
(誰かしらこんな遅い時間に私以外にも湯浴みなんて……)
  そう思い目を凝らしてみると。 え……?

「クリス?」
  そう、そこに居たのは私達の頼もしい仲間の姿。 だが――。
「アンタ女の子だったの?」
  そう、リオが弟分だと言ってたし、一人称も『ボク』だったので
  てっきり男の子だと思い込んでたが、でも改めて本人から其の性別を聞いたわけじゃない。
  だが目の前の全裸のクリスの胸はささやかながらも――
  そう裸でもなければ分からない程でではあるが確かに女性特有の二つのふくらみがあった。

 そんな事考えてた次の瞬間クリスは突然腕を振りかぶり……
  私は反射的にその場を飛び退いた。
  次の瞬間さっきまで私が立っていた其の場所にはギガンティスグレイブが刺さっていた。
  咄嗟に飛び退かなかったなら今頃私はこの巨大薙刀にも似た武器に串刺しになっていただろう。
  突然のクリスの行動に私は戸惑いと、そして背筋に冷たいものを感じずにいられなかった。

 一体どう言う事?
  察するに今までは女である事を隠してたのにそれがバレて思わず咄嗟にあんな行動を?
  にしてはチョット過激すぎない? 私じゃなきゃ死んでたわよ?!

 だけどそんな事を悠長に考えてられるような状況じゃなかった。
  気が付けば直ぐ目の前にクリスが凄まじい形相で迫ってきてた。
  そして其の手には大振りの短剣――いや其のボリュームは短剣と言うよりまるで鉈……。
  私は咄嗟に抜剣した。
  ≪≪ ギィィンッッ!!! ≫≫
  次の瞬間刃と刃がぶつかり甲高い金属音が鳴り響いた。 そして手に伝わってくる振動。
  このコ本気で私を殺そうと……?

「ちょ、ちょっと待ってよクリス! い、一体何なのよ?!」
  だがクリスは私の問いに応えようとはせず
  尚も凄まじい勢いで短剣を振り回し私に斬りかかってきた。
  短剣とは言っても其の長さは40センチあまり、身幅も10センチ以上はありそう。
  一撃でもまともに喰らえば致命傷に、当たらずかすっただけでも
  ザックリ切り裂かれてしまうだろう。
  鎧も身に纏ってないこの状況でははっきり言って本気で洒落にならない。
「ちょ、チョット待ちなさ……」
  次々繰り出される剣撃は其の一つ一つがすさまじく重たい。
  私の刃は折れたり刃こぼれしたりするような心配の要らない代物だけど
  でも私の腕はそうはいかない。
  受け止めるたびに腕に痺れが残る。
  受け続ければ私の腕がどうにかなってしまいそうなほどだった。

 

「だ、だから落ち着きなさいっての! い、一体何なのよ?!」
  打ち疲れたのかやっと剣撃が少し収まった所で私はまた問いかけた。
「ねぇ応えてよ? 本当にどういうつもりなの? 私何か恨まれるような事でもした?」
  返事は無い。 クリスは尚も鋭い敵意を剥き出しにした視線で睨んでくる。
「若しかして……リオのこと」
  クリスの表情がかすかに動いた。

「確かにボクはリオにいさんの事が好きです。 兄のような存在としてではなく男性として。
  でもね……別にボクが女だとも、この思いをリオ兄さんに打ち明けるつもりもありません。
  だって……」
  そう言うとクリスは長い前髪をかき上げた。 そして其の前髪の下から現れたのは……。
  思わず息を呑んだ。
  前髪の下から現れたのは潰れた目とあまりに大きな傷跡。
  髪で傷を隠してるのは予想してたとは言え、其の傷の大きさは
  予想以上に凄まじいものだったのだから。
「だって、こんな大きな傷が顔にある女、女として見てくれ何ていえるわけ無いでしょ?」
  そう言ったクリスの声はどこか悲しげであった。

「だからね、女としての幸せなんていらない。 只戦士として側にいられれば、そう思ってたの。
  戦士としてで良いから誰よりもリオにいさんの近くにいたいと。 だけど……」
「リオの側には既に私がいた……」
  私がそう言うとクリスは私を睨んだ。
「だから私を殺そうとしたと言うの? でも、それなら教えて。
  何故今まで私を助けてくれたの?」
  そう、ずっと疑問だった。
  このコは仲間になってからと言うもの今までずっと戦闘で私を支え続けてくれてた。
  特に先日の魔将軍との戦いでなどこのコの助力無しには決して勝てなかったほど。

「見極めてたんですよ」
「見極める?」
  私は聞き返した。
「貴方が本当に救世の勇者かどうか」
「それであなたの見解は? あなたの目に私はどう映ったの?」
「ええ、魔将軍を倒して見せた其の手腕、紛れもなく勇者のそれでした。 だから……」
「え?」
「だからボクはあなたを認める訳にはいかないんです」
「ど、どう言う事?」
  い、一体何故? だってこのコは魔族に家族を殺され挙句顔にこんな大きな傷まで負わされて。
  だから魔族は憎むべき仇のはず。
  実際戦闘の時なんか其の憎しみをぶつけるかの如き苛烈な鬼気迫るものだった。
  そんなクリスにとって私が救世の勇者なら仇を討ってくれる待ち望んでた存在でしょ?
  殺意を抱くような相手なんかじゃないはずでしょ?

「醜いでしょ? ボクのこの傷」
  クリスは自嘲気味に声を発した。
「こんな大きな傷が顔にある女、女としてまともな人生が送れると思います?
  今は、今はね混沌とした魔族と人が争ってる時代だからこんなボクでも
  戦士としてなら生きる場所がある。けどね、魔族が滅びたら?
  戦乱が終わったら? ボクはどうすればいい?
  今までそんな事考えてみた事も無かった。 けどねあなたを見て気付いてしまった。
  この時代は遠からず確実に終りを迎えてしまうと。 だから……」
  そう言いながらクリスは手を伸ばし、其の先にあったのは――。
「だからボクはあなたをォォオッ……!」
  言いながらクリスはギガンティスグレイブの柄を掴み引き抜き振りかぶった。
  戦慄が疾った。 今まで幾度となく間近で見てきた。 クリスのこのグレイブの威力を。
  今まで頼もしかったこの巨大な薙刀にも似た武器も今は恐るべき驚異として目前に迫ってた。
  躊躇は出来ない。 避けるとか受け止めるとかそんな甘い考えでは確実に死……。
「う、うわぁぁ!」
  私は渾身の力を込めて一閃した。
  あらゆるものを切り裂く純白の刃が、唸りを上げ目の前に迫り来る
  グレイブの柄を捉え断ち切った。
  今までクリスと共に数多の敵を屠り去ってきた巨大な刃が宙を舞う。
  そしてアルヴィオンファングの刃を返しクリスに向かって打ち下……。
「くっ……!」
  私は其の刃が当たる寸前で止めた。

7

 私は刃をクリスの目の前に留めたままに、私達はお互い睨み合うように対峙してた。
  いや、睨んでるのはクリスの方だけ――。
  其の瞳には敵意と、そして悔しさがありありと浮かんでた。
  そして私はと言うとどうして良いか困惑してた。
  正直このコを殺す様な真似はしたくない。 以前の腐れ姉弟とは訳が違う。
  其の戦闘力を買ってと言うのもあるが、それ以上に私は――。

「とどめを刺したらどうです」
  沈黙を破るように口を開いたのはクリスだった。
  其の瞳には敵意と共に悔しさの色が浮かび、そして涙も滲み始めてた。
「……そんな事しないわよ」
  私は溜息を吐き刃を下ろし鞘に収めた。
  次の瞬間クリスは叫び声を上げる。
「なんですかそれ! 見下してるんですか?! 憐れんでるんですか?!」
「少し落ち着きなさ……」
「ウルサイ! ウルサイ……!」
  クリスは叫ぶと柄だけになったグレイブを放り捨て。 そして――。
「うわああぁぁぁあ!!」
  代わりにあの鉈のような大ぶりの短剣を振りかぶった。

 其の一撃は感情を剥き出しにしたあまりにも直情的で、それ故に直線的な攻撃。
  真っ直ぐ振り下ろされるナイフを紙一重で交わし手首を掴むとそのまま勢いを利用し放り投げた。
  放り投げられたクリスの体が宙に弧を描く。 其の落下地点は――。

 派手な音と共に水しぶきが上がる。
「プハァッッ……!! ゲホッ、ゴホッ……」
  そして湯船からクリスは顔を出した。
  私は湯船の中のクリスに向かい歩を進め、服を脱ぎ湯に足を入れる。

 

「いいお湯ね、クリス」
  湯に浸かると私はクリスのほうを向き口を開いた。
「あ、あなた何をそんな悠長な……! ボクはあなたを殺そうとしたんですよ?!
そんな自分を殺そうとした相手に何呑気な……!」
「細かい事気にしないの。折角の温泉なんだし女同士裸の付き合いで腹を割って話し合いましょ」
  そう言って私が微笑みかけるとクリスは呆れたような顔をしながらも、
未だ視線に敵意を残しながら黙った。

「ねぇ、クリス。 私の事嫌い?」
  私が語りかけるとクリスは相変わらす敵意の込もった視線で睨んできた。
「って聞くまでも無いか。 殺そうとまでしたぐらいだもんね」
  私は笑いながら溜息をつき続けて口を開く。
「けどさぁ、チョット聞いていい? 私を殺せた場合、殺した後どうするつもりだったの?
死体の処理とか、リオへの言い訳とか」
  言われてクリスの表情が硬直した。 やっぱあれは考え無しの咄嗟の行動だったんだ。
  そんなクリスの表情を目にした私は思わず笑みをこぼす。
「笑わないで下さい!……っていうか自分を殺そうとした人間相手に良くそんな風に笑えますね」
  そう言ってクリスは怒りと言うより、呆れた顔を見せる。

「ねぇ、クリス。 アンタは私の事嫌いかもしれないけど、私はアンタのこと結構好きよ?」
「……ハァ?! あなた何言ってるんですか?! ボクはたった今あなたを殺そうとした人間ですよ?!」
  私の言葉にクリスは其の顔に益々呆れの色を強める。
「うん、まぁ確かにそうだし、あれには私も本気で肝が冷えたんだけど。
でもね、やっぱアンタの事嫌いとは思えないのよ」
「……ボクなんかの何がそんなに気に入ったんですか?」
  そう言ったクリスの表情からはさっきまでよりは大分敵意が薄らいでいた。

「そうねぇ、其の前に私が嫌いな人間ってどんなだか分かる?」
「分かるわけ無いでしょ」
  私の問いに尚も仏頂面で答えるクリス。 私はそんなクリスに向かって言葉を続ける。
「私が嫌いなやつってのはね、一言で言えば恵まれてて――そう、才能とか家柄とか境遇とか、
そして其の事に胡座をかいて慢心してたり人を見下してたり、そんなヤツラ。 
若しね、そんなヤツラがあんな真似してたらあそこで刃を止めたりしない。遠慮無く殺してるわ。
って言うか過去に既に殺っちゃってるし」
  言葉を紡ぎながら私は笑ってみせ、そして続ける。
「クリスはさァ、言ってみりゃそう言うヤツラと正反対のタイプでしょ?
其の強さを手に入れるまで一杯苦労して頑張ったんでしょ?」
  このコの躯、さっき見て改めて感じたけど、無駄なく絞られ物凄く引き締まってる。
  それに……全身傷だらけ。 小さいの大きいの、新しいの古いの。
「あ、あなたなんかに何が……何が解かるって……!」
「そうね。 私はアンタじゃない。
ココで安易に解かる何て言っちゃ知った風な口を利くなって怒るでしょうね。
でもね、私もアンタほどじゃないけどこう見えても色々あったんだ」

 私は話した。 コッチの世界に来てリオにも話した事の無い話。
  私が生まれる前に私と母を捨てた父親に当たる男の事。
  暴漢に襲われ純潔を失いそうになった事。
  その時付き合ってた初恋の人が私を見捨てて逃げた事。
  その日以来男に絶望し男に頼らずとも生きていける強さが欲しくて武術にのめりこんだ事。
  嘗めた態度で近づいて人を見下しバカにしてた腐れ姉弟をこの手で殺した事。
  そして話題はリオの幼馴染のコレットの事に。

「コレット……」
「クリスも知ってるの?」
  私が聞くとクリスはコクリと頷いた。
「そっか。 アンタ昔リオと一緒だったときあるって言ってたもんね。
リオと幼馴染のコレットのこと知ってても不思議は無いものね。
ねぇ、クリス。 アンタ、コレットとはどうだったの?」
  私が聞くとクリスは苦い表情を見せる。 そして口を開く。
「ボクは……苦手ですコレットは。幼い頃、遠巻きにボクの事ずっと脅えた視線で見つめてた。
ボクが引き取られ村を離れる日――そのときも遠巻きにボクのこと見てたけど、
物凄くホッとした表情してた……!」
  そう言ったクリスの表情はまるで苦虫でも噛み潰したかのごとき物だった。
「きっとボクのこの顔の傷が怖かったからなんでしょうね。幼い子供の事なんだから
仕方ないのは分かってたけど、でも物凄くイヤだった……あの視線。
自分が物凄く惨めな気持にさせるあの視線が」
  言い終わったクリスの表情はやりきれない思いを抱えてる、そんな感じだった。

「そっか。 ねェ知ってた? あのコってリオと婚約してるってこと」
  クリスの表情がこわばった。
「其の事知った時私物凄くショックだった。 始めてコレットに出会ったとき殺意すら抱いたわ。
でもね、勿論そんな事おくびにも出さなかったわ。 っていうか出せる分けないものね。
だからね、表向きは『オトモダチ』の振りしてたりするわ。 そうあくまでも表向きだけ。
本心は……大っ嫌い!
だって! だって! あのコに何が出来るって言うの? リオに何をしてあげられ るって言うの?!
何も出来やしない! リオが使命を果たし帰ってくるのを村にこもって待つ事しか出来ないくせに!
只幼馴染と言うだけでリオの心を独り占めに出来るあの小娘が私は大っ嫌い!!
あ、勿論こんな事リオの目の前では口が裂けても言えないけどね」
  私が一通り話し終わると、聞き終わったクリスの顔からは先程までと比べ殆ど敵意の色が消えてた。
「ゴメンね色々愚痴っぽい事たくさん言っちゃって。 でもお陰でスッキリ出来たわ。
ありがとね色々聞いてくれて」

 暫らくの沈黙の後クリスは立ち上がり湯船から上がる。
「もう出るの? そうね、あんまり長湯しちゃ湯あたりしちゃうものね。
私はもう暫らく入ってから出るから」
  返事は無かった。 無言で去っていくクリス。
  やっぱそう簡単に心を開いてはくれないのかなぁ……。

 

 私がクリスに感じたもの――。
  確かにこのコの戦闘能力の高さを買ってというのもあるが、それだけじゃない。
  今まで色んな人間と組んだりもした。 でも仲間と呼ぶに値する人間はいなかった。
  どいつもコイツも私達の名声に引かれ実力も無いくせにお雫れに預かろうと、
腹の底で人の事を利用しようと、実力もヘボなら信頼も置けないそんなヤツラばかり……。

 だから……。
  初めてだった……。
  初めてのまともな仲間と言える、初めて頼りに思える、そんなコだったから。
  確かに腹の底で凄い事を隠し考えてたけど……でも。
「あのコ隠すの下手だったわね……」
  しょっちゅう顔に出てたものね、気持が。
  確かに本心は隠してたけど、でも……隠し切れてない不器用な面。
  そして知った。 このコが体に、そして心にも大きな傷を負いながらも逞しく生きてる。
  そんなこのコ――クリスだから親しくなりたいと思えた。

 勿論私が一番好きなのがリオなのはこの世界に来た時から今に到るまで変わってないけど、
だけど好きな相手だからこそ口に出せない、打ち明けられない事もある。
  そしてそんな思いを話せる相手が欲しい――そんな親友にクリスになって欲しいと。
  私は思ったのだった。

8

「あら?」
  温泉から上がった私が部屋に戻るとそこには――。
「クリス。 若しかして私のこと待ってたの?」
  そう、部屋の扉の前にはクリスがいたのだ。
  私が声を掛けるとクリスは気まずそうに口を開く。
「その……。 さっきは、ゴメンナサイ……」
  ――嬉しかった。 ほんの少しかもしれないけど心を開いてくれたんだと思えて。
「ううん。 良いのよ、気にしないで。 あ、そうだ。 それより明日武器屋に行きましょ」
「武器屋?」
「うん。 さっきので私アンタのグレイブの柄駄目にしちゃったじゃない。 だから弁償させて?」
「い、いいですよ。 悪いのはボクなんですから……」
「遠慮しないの。 頼りにしてるんだから、ね? じゃぁまた明日ね。 オヤスミ、クリス」

 そして翌日。 昨晩話してた通りに私達は村の武器屋にきてた。
「お客さん。 一体どんな相手とやりあったんです?」
  声を上げたのは武器屋の親父さん。
  手にとって見てるのは昨日私が真っ二つにしちゃったグレイブの柄。
  クリスのギガンティスグレイブの柄は鍛え抜かれた鋼で出来てる。
  生半可な剣やモンスターの爪牙なら防ぐのは勿論、相手のほうが刃こぼれしてしまうほど。
  それが綺麗に真っ二つ。 まるで鏡のように滑らかな断面。
  クリスに悪い事しちゃったと思いつつも改めてアルヴィオンファングの切れ味に畏れ入る。
「まぁでもコレなら柄さえ取り替えれば大丈夫ですよ。チョット待っててください。
たしかこのサイズの鋼鉄製の柄は在庫があったはず……」
  そう言って親父さんは同じぐらいの太さと長さの鋼鉄の柄を取り出し手早く付け替えてくれた。

「はい、済みましたよ。 で、こんなゴツイ武器を扱うのは一体どこの豪傑で?
ってまさかアンタですかい?」
  親父さんはクリスを見つめながら口を開く。
  確かにギガンティスグレイブの重さは大人の戦士でも扱いが困難そうなほど。
  更に言えばクリスの体は戦士としては小柄な方。 親父さんの疑問も尤もな事。
  だけど――。

「どう? クリス。 手にとった感じは。 今ココで素振りしてみる? 親父さんイイかしら」
  この武器屋の中には購入前に試しに素振りさせてもらえるだけの広いスペースが設けられてた。
「ああ、それは構わんが、でも本当に扱えるのかい」
  親父さんから許可を貰い私が目配せするとクリスは黙って頷きグレイブを構えた。
  そう。 クリスのギガンティスグレイブの矛先の重さはかなりのもの。
  その為、柄にも相当の強度が要求される。
  生半可な柄では振り回したとき耐え切れず折れてしまいかねない。
  故にそれに見合った強度の鋼鉄製の柄となると重量も相当なもの。
  結果総重量も相当なものになるのだが。

 そしてグレイブを振り回して見せる。 改めて見るとやはり大したものだ。
  其の動きは刃の巨大さもクリスの体の小ささも感じさせぬほどの見事さ。
  しかもこれは純粋にクリス自身の筋力だけによるもの。コレにブーストアップの魔法を上乗せすると
クリスはこの巨大な長柄武器をまるで枝葉のように軽々と振り回すのだ。
  ウン。 やっぱりクリスのグレイブさばきは何時見ても力強くて頼もしいな。
「イイ感じみたいね」
  私が問い掛けるとクリスは頷いてみせる。
「じゃぁ親父さん。 お会計お願いね」
「まいどあり」
  そして私達は店を後にした

 

「ありがとうございます」
  武器屋を出たところでクリスはポツリと口を開く。
「良いの良いの。 仲間なんだから、ね。 これからも頼りにしてるわよ。
でも丁度イイのが見つかって良かったわ。まさかこんな村の武器屋で手に入るとはね」
「扱える戦士がいなかったから売れ残ってたってことなんでしょうね」
「あ、なるほど。 でもそう考えるとこんなの扱えるなんてやっぱアンタ凄いわね」
「いえ、それほどでも……。 ボクなんか及びもしない戦士はいくらでもいますよ」
  またこのコは謙遜するんだから。
「そう? コレでも私とリオ今まで色んな戦士と組んでみたんだけど
実際アンタの強さに並ぶやつなんかいなかったわよ?」
  事実今まで組んだ戦士達で私達に付いて来れたものはいなかった。
「そうですね。 そうした凄腕と言える戦士達は殆ど討ち死にしてますから。
だから正確にはそんな戦士も『居た』といったほうが正確でしょうか。
言うなればボクらは其の次の世代ですから」
「あぁ、なるほど」

 クリスの言葉に脳裏に浮かんだのはかってウォドゥスと戦った時の事。
  ヤツと戦ったあの場所には無数の戦士の死骸と輪切りにされた甲冑や折れた剣が散乱してた。
  確かに私はやつに勝ったとは言えそれは私一人の力じゃない。
  この常軌を逸したほどの切れ味を誇る純白の刃とリオの魔法が無ければ決して勝てなかった。
  若し私一人だったなら、アルヴィオンファングが無ければ、リオの協力が無ければ。
  きっと私もあの死体の仲間入りしてただろう。
  つまりクリス以外に強い戦士が居ないんじゃない。
  殆ど殺され返り討ちにあって居なくなってしまってたんだと言う事か。
  もう少し早く私がこの世界に来ていれば違ってたのかな。
  私はクリスと二人で歩きながらそんな事を考えてた。

 

「どうしたのクリス?」
「どうかしましたか?」
  今日は久しぶりにリオの村にやってきてた。
  だが入口のところでクリスが立ち止まってしまった。 村に立ち入るのを躊躇らうように。
  そしてクリスの表情からリオは何かを感じ取ったかのか私に囁くようにそっと耳打ちしてきた。
『実はクリスはこの村にいた頃村の子供達から虐められてたんです。顔の傷で……』
  成る程、クリスのとってココはリオと共に過ごした事のある思い出の場所である反面、
過去の苦い思い出も含んでるわけか。
  私はクリスの手を取り口を開く。
「先にリオの家に行ってましょ。 リオも村のヒトへの挨拶とか済んだら直ぐに家に来てね」

 


「ん……、んーーーっと」
  私はベッドから身を起こし体を伸ばした。
  旅の疲れもあってかリオの家に付いてからそのまま眠り込んでしまってた。
  外を見れば日も傾き始めている。
「リオー?」
  リオを呼んでみるが返事は無い。 未だ帰ってないのかな。
「クリスー。 リオ未だ帰ってきてないの? ――ってクリスも居ないの?」
  やっぱり返事は無い。 一人で待っててもしょうがないし探しに行くかなぁ。
  そして私は扉を開け外に出た。

 

「何?」
  リオとクリスを探しがてら歩いてた私は思わず声を上げた。
  耳に飛び込んできたのは妙な物音。 どうやら村の外れの森の方からのようだ。
  音のした方に向かってみれば樹が折れてた。其の折れ方は横から物凄い衝撃を受けたかのような。
  そして見渡せば倒れてる木は一本じゃない。 一、二……結構ある。
  そしてその中心に立っているのは……クリス?

 見ればクリスは拳を振り上げ――。
「ああああぁぁぁぁぁっっ……!!!」
  そして一本の樹に向かって拳を打ち付けてた。 何度も何度も。
  やがてクリスの拳を受け樹がバキバキと物音を立てへし折れる。

 うわぁ……。
  クリスの豪力は知っているし多分ブーストアップしてるんだろうけど。
  それにしても……って、え?
  クリスの顔を見ればそこには怒りとも悲しみともやるせなさとも……そして目には涙が。
  視線を顔から移せば拳には……血?
  闇雲に樹を殴りすぎ皮が破れ出血して?
  いけない、このまま放っておいたらあのコ自分の体が壊れるまで暴れ続けそう。
  反射的に私はそう思いクリスに向かってか駆け出した。

「クリス!」
  私は後ろからクリスを抱きすくめる。
「うあああぁぁぁ!!」
「落ち着いて! 私がついてるから! 何も怖い事無いから!」
「あああ……! はぁっ、はあっ……」
「どうしたの? 大丈夫?」
「あ……セ、セツナ……さん?」
「大丈夫よ。もう心配ないから……それより手、酷い状態じゃない。ボロボロに皮が敗れ血が出て」
  いくらこのコの腕っ節が強いからと言ってもそれでも戦士であって武闘家じゃないんだから。
  闇雲に素手で殴ったりすればこんな風に皮だって破れる。
「痛いでしょ? すぐにリオにお願いして回復魔法……」
「い、いいです! こ、こんなの大した事無いから……」
「何言ってるのよ!」
「お願いです! ……リオにいさんに知られたくないんです……」
「分かったわよ……。 じゃぁせめて手当てさせて。 ね?」

 

 そして――。
「大丈夫、痛くない?」
  あのあと私はクリスの傷口を洗って綺麗に消毒し、薬を塗って、そして包帯を巻いてあげた。
  鍛えてあるだけあって骨とかへのヒビとかの心配は無く、見た目ほど酷くは無さそうだ。
「ゴメンナサイ……心配かけてしまって、手当てまでしてもらって……」
「水臭いこと言わないの。 仲間なんだから、ね。 それより何かあったの?
言いたくなければ言わなくてもいいけど」
「なんで……」
「え?」
「何でコレットが、あんな女がリオにいさんの……」
「コレットに会ったの? 何? あの小娘に何か言われたの?」
  私が聞くとクリスは小さく首を振る。
  コレットは取り立てて嫌な女と言うわけでは無い。仮にリオが婚約の約束を交わした女なのだから。
  とは言え私にとっても虫の好かない相手ではあるけど。
「いえ、特に何か言われたわけじゃ有りません。けど……」
  見るとクリスの瞳からはまた涙が滲み始めていた。
「あの女……小さい頃より綺麗になってた。
きっと何の苦労も不自由も知らず大切にされてきたんでしょうね……。
ボクなんかとはまるで正反対の穏やかな人生を送ってきたんでしょうね」
  そう。 コレットの家はこの村で一番裕福な商家。
「そうやって成長して年頃の娘になった今ボクなんかの事憶えてるわけも無く……。
そのくせボクを見る視線は幼い頃と全く同じ、脅えた視線……!」

 クリスは声を震わせながら続ける。
「何不自由なく恵まれ、きっと今まで望んで手に入らなかったものなんて無いんでしょうね」
  コレットの両親にも出会った事もあるが、コレットがいかに大切に育てられてきたのかが伺えた。
  実際彼らは娘が望むものは出来うる限り惜しみなく与えてきたのだろう。
「そんな女にあんな眼で見つめられちゃ物凄く惨めじゃないですか……!
何でも欲しいものを手に入れられて、あげくリオにいさんまで……!
イヤだ……! あんな、あんな女がリオにいさんとだなんて……!」
  いいながらクリスの肩がふるえはじめ――。
「そんな、そんな事考えて、気が付いたら……」
  そしてクリスは私に縋りつき泣き出してしまった。
  私はそんなクリスを抱きしめなだめてあげるしか出来なかった。

 暫らく後、泣き疲れたクリスは私の膝で寝息を立てていた。
  戦闘の時はそれこそ鬼神の如き強さを発揮してくれるこのコだけど、
でも考えてみれば未だ子供なのよね。 時に感情の起伏をコントロールできない程に。
  クリスの髪をそっと撫でながら私は其の寝顔を見つめる。
  このコの辛さ悔しさ、私は痛いほど分かる。 そして私のこのコに対する親しみがより沸いてきた。
  と、同時にコレットに対する嫌悪感が益々強まっていた。
  そうよね、コレットなんかにあんな小娘なんかにリオは渡したくないよね……。

 リオとコレットを結ぶ繋がり。 それは幼馴染だけじゃない。
  裕福なコレットの家は其の資金力で今まで多くの有能な若者に援助をしてきたらしい。
  リオもまたそうして目を掛けてもらった若者の一人だ。
  言うなればリオにはコレットの親に対する義理が、恩義がある。
  そんな立場上コレットと其の親に婚約を申し込まれたのならリオが断われる訳が無い。
  だから私は認めてもいないし諦めてもいない。
  リオとコレットとの婚約なんて。

 

「あ、目が覚めた?」
「ボク……あのまま寝ちゃってたんですか? スミマセン……」
「ううん、謝らなくっていいよ。 あと……変な言い方かもしれないけど
クリスが私を頼ってくれてるんだな、って感じがしてチョット嬉しかったかな。
だからね、甘えたかったり愚痴りたかったら遠慮なんかしなくていいのよ」
「じゃ、じゃぁ……」
「うん? 何」
  私が問い返すとクリスは口ごもりながらも呟くように声を出す。
「……………………………も良いですか?」
「え、えっと今なんて? よく聞き取れなかったんだけど」
  だけど其の声があまりにも小さかったので私は問い返した。
「……姉さんって、呼んでも良いですか?」
  其の言葉を聞き私は思わずクリスを抱きしめた。
  無性に嬉しかった。 『姉さん』――そんな風に想ってくれるなんて。
  思わずコッチまで涙が出そうになる。 そして私はクリスの耳元にそっと囁く。

「ありがとう」

9

「どうしたのクリス?」
  深い森の中、突然歩みを止めたクリスに私は声を掛けた。
「今、遠くで悲鳴が……」
  耳を澄ましてみるが私には何も聞こえない。
  しかし聴覚も含めクリスの五感はうちのパーティーの中では随一。
  故にいつもモンスターの襲撃などには一番に気付く。 だから――。
「確かなの?」
  私が問うとクリスは頷く。
  私達は互いに顔を見合わせ頷きあうとクリスが視線を送った方向に向かって駆け出した。

 果たして其の先には予想した通りモンスターに襲われてる人たちの姿があった。
  巨大な体躯のレッサーデーモンが一匹に羽根の生えた人間大の悪魔が数匹。
  襲われてるのは豪華な装飾が施された馬車。 見るからに良い所のご令嬢でも乗ってそうな感じだ。
  馬車の周りでは護るように数人の兵士達が奮戦してるが……全然なってない。
  彼らの装備は見た目ばっか豪華で派手で全然実戦向きには見えない。
  そんな彼らがモンスター達の相手が務まるわけが無い。始終押されっぱなし。
  あ、一人やられた。

 私はリオの方をチラッと見ると呪文を唱え始めていた。
  口から流れ紡ぎだされる詠唱ははまるで異国の唄のような神秘的な響。
  詠唱が終わるや否やリオは照準を定める様に掌をモンスターに向かってかざす。
  瞬間幾つもの氷の矢が現れ飛来し羽悪魔たちを刺し貫いた。
  今の初撃で約半数のモンスターを撃破。
  残ったモンスターたちは直ぐにコチラに向き直り襲い掛かってきた。 が――。
「ハアァッッ!!」
  群る羽悪魔どもに向かってクリスはグレイブを振りぬいた。
  まるで空気ごと引き裂くような強烈な一振り。
  其の一撃で残った羽悪魔どもは全て切り裂かれ、或いは叩き落された。
  流石はリオとクリス。 二人共一撃でモンスターの殆どを打ち倒した。 だがまだ終りじゃない。
  モンスターの群の首領格のレッサーデーモンが鋭い爪が生え揃った腕を振り上げる。
  だが其の腕が振り下ろされるより先に私は懐に飛び込みアルヴィオンファングを一閃した。
  純白の刃を受けデーモンの首が地面に転がり落ちる。
  そしてそれにやや遅れデーモンの巨体が音を立て崩れ落ちた。

 時間にしてほんの数秒。 其の数秒でモンスターの群は全て物言わぬ骸と化していた。
  モンスターの全滅を確認し刃を鞘に収めると耳に歓声が飛び込んでくる。
  声を上げたのは言うまでも無く先ほどまでモンスターに苦戦してた兵士達。
  まぁ、当然よね。 死の危険から脱する事が出来たのだから。
  そして皆口々に感謝の言葉を発する。
  中には感極まってか恐怖から開放された喜びからか泣いてるものまで。
  其の中の一人が馬車に向かって声をかけてる。

「ナタリーお嬢様。 もう大丈夫ですよ」
  そして現れたのはきらびやかな衣装に身を包んだ少女。
  其の装いは乗ってた馬車の豪華さからも予想してたがやはり良い所のご令嬢と言った感じ。
  見るからに苦労知らずと言った感じで今まで大事に育てられてきたのが伺える。
  そして其の顔には貴族や上流階級特有の他人を見下した雰囲気が感じとれる。
  其の顔は――一応お礼の一つでも言っておこうかしら――そんな風。
  はっきり言って嫌なタイプ。
  別に私達は感謝されたくて助けたわけじゃない。
  それでも助けてもらった癖にまるで値踏みでもするような其の視線は癇に障る。
  そして口を開こうとした小娘の表情に変化が。 何かに気付き或いは見つけたかのような。
  頬を染め其の視線を向けるその先にあるのは――リオ?
  小娘はリオの下に駆け寄ると其の手をとり口を開く。
「貴方が助けてくださいましたの?! 心よりお礼申し上げますわ」

 こ、この小娘ぇぇぇっ!! 何馴れ馴れしくリオの手なんか握ってんのよ!
  私は思わず逆上し喰って掛かりそうになる――が。
「落ち着いて姉さん」
  逆上しそうな私を制してくれたのはクリスだった。 だが――。
  見ればクリスの手はグレイブををきつく握り締めわなわなと震えていた。
  そうよね。 年下のクリスが耐えてるのに姉貴分の私が堪えられないでどうするのよ。
「ありがとう。 もう大丈夫よクリス」
  私はそっとクリスの肩を抱き応えた。 そして再び視線をリオのほうに向ける。

「いえ、私一人の力じゃ有りません。 私の大切な仲間の力があればこそです」
  そう言うとリオは私達を紹介するようにこちらに向き直った。
「まぁ、そうでしたの。 貴方たちもご苦労様でした」
  そう言った小娘の言葉には何の気持も込もって無い棒読み。
  ”一応”とか”ついでに”とかそんな適当な気持の込もってないお礼なんかいらないのよ!
「いいえ、お気になさらないで下さい。 困ってる人がいれば助けるのは当然の事ですから」
  私は笑顔を取り繕って答える。
  が、その時私のこめかみは自分でも分かるほどにピクピクと引きつっていた。

「そう言えば助けて頂いたと言うのにお互い未だ名前も名乗ってませんでしたわね。
わたくしナタリーと申しますの。 貴方のお名前は?」
「リオと申します。 そしてこっちが私の大切な仲間セツ……」
「まぁ!リオ様と仰るの!とても素敵なお名前ですわ」
  喋ってる途中のリオの言葉を遮るように小娘は口を開いた。
  私らのことなんか眼中に無いってか?! 本当イイ性格してるわね?!
  しかも未だ馴れ馴れしく掴んだリオの手を更に自分のほうへ引き寄せ――。
  人を見下した小娘の馴れ馴れしい態度にいい加減私の我慢の限界も越えそうなその時――。

 ドンッ!!!と地面を揺さぶるような重い音が響いた。
  音の正体はクリスがグレイブの穂先の逆側――石突を思いっきり地面に叩きつけた音だった。
  見れば地面にめり込み刺さってる。
  そしてクリスの顔を見れば……うわ、目が据わって――って、アンタがキレちゃってどうするのよ?!
  と、兎に角落ち着かせなきゃ。 えぇっと……。

「そしてこの二人がセツナとクリス。 私のかけがえの無い大切な、そして頼もしい仲間です」
  すかさず私達のもとへ駆け寄ってきたリオが私とクリスの肩を抱き口を開く。
  クリスの顔に再び視線を送ると――。
  私はホっと胸をなでおろす。 どうやら落ち着いてくれたみたいね。
  私の方もクリスが先にキレかけたお陰で結果的に血が上りかけた頭も冷えてくれた。

「そうよ。 私達三人は数多の死線を共に潜り抜けてきたかけがえの無い仲間なの」
  私は小娘に牽制の視線を向けながらそう言ってリオの腕に抱きつく。
  そしてクリスに目配せすると、クリスもリオにしがみつくように身を摺り寄せた。
  そう、リオに接していい女は私と、そして可愛い妹分のクリスだけ。
  ……コレットは、今は黙ってるけどいつか絶対引き剥がしてやるんだから!!
  だから――。
  あんたみたいな小娘の出しゃばる幕じゃ無いのよ!

10

「姉さん機嫌悪そうですね」
「まぁね……って私顔に出てた?」
「ハイ。 でもリオにいさんは気付いてないみたい」
「そう……」
  私はほっと胸をなでおろす。
「ゴメンねクリス。 アンタにまで気を使わせちゃって」
「いえ。 ボクも分かりますから其の気持」
  そして視線を送った先には一台の装飾つきの豪華な馬車。
  馬車の周りには数人の従者と、そして真横にはリオ。
  そして馬車から身を乗り出しリオに向かって話し掛けてるのは一人の小娘、もといナタリー。

 事の発端は数日前。モンスターに襲われていたこの馬車を助けたのが事の始まり。
  助けた直後の感想としてはもうね、嘗めてるのかと問い詰めてやりたい気分だったわ。
  こんなご時世この程度のお供と、しかもお供の武装も見た目ばっか派手で全然実戦向きじゃなくて。
  モンスターから見れば鴨がネギ背負って歩いてるようなもの。
  まァ相手が何者だろうと困ってる人を助けるのは当然のこと。
  で、この連中、聞けば保養地――別荘からの帰り道だとか。
  それも素直に来た時と同じ道通れば良いものをたまには別の道を通りたいだの……。
  温室育ちのお嬢サマがこんな所にのこのこと出てくるなっての!
  まぁ、そこまでは良いとして、問題は其の後。
  私達の腕前を見込んで護衛をしてくれと――。
  冗談じゃない! 世間知らずのお嬢様の火遊びになんかつきあってられるかっての!
  だから私はそんな頼みうけるつもりは毛頭無かった。

 でもリオは人が良いから、優しいから。 困ってる人がいるのなら助けてあげましょうって……。
  リオにそんな風に言われたら私が反対できるわけ無いじゃない。
  そして私が受けたくなかった、そして今現在苛立ってる何よりの理由。
  それはナタリーが明らかにリオに惚れてるってこと。
  当然リオはあんな小娘なんかになびきやしない。
  仮とは言え婚約者がいるのだから。 それはそれでまた私を苛立たせる。
  例えその婚約が幼馴染としての付き合いの深さと親への義理立てから来てるのだとしても。
  それでもやっぱり面白くない。

 リオもあんな小娘――ナタリーなんか無視すればいいのに。――って言うか無視して欲しい。
  でも従者の人達に『お嬢様のお相手して差し上げてください』って半ば強引に拝み倒されて。
  それで律儀にもお喋りとかに付き合って。
  そりゃリオのそう言う優しいところや頼まれて断われない所とか私も好きだけどさぁ……。
  でもやっぱり面白くない!

 そんなんでも未だどうにかやってられるのはクリスのお陰が大きい。
  やっぱりこういう時不満や愚痴を吐ける気の置けない相手がいるのはありがたい。
  今ではすっかり私の可愛い妹分。
  それに比べてナタリーの――あの小娘のうざったい事と言ったら!
  あぁもう! さっさと目的地まで送り届けておさらばしたいわよ全く。

 そして旅は続く。その後も道中モンスターの襲撃も度々起こったが何れも私達の敵じゃなかった。
  お供の兵士は予想はしてたけどまるで役に立たなかった。
  恐怖に耐え切れず逃げ出したものもいた。 まァ居ても足手まといだから別に良いけどね。
  そして其の戦闘のたびにナタリーは馬車から顔を覗かせて歓声を上げてる。
  挙句戦闘が終わるたびにリオに抱きついたりして! 本当いい加減にして欲しい!

 でもこの腹立だしい道中もやっともう直ぐ終りという所まで来た。
  途中戦闘も何回かあったが被害らしい被害も出なかった。
  だけどすんなり事が終わると言う訳には行かなかった。

 

「姉さん……」
「どうしたのクリス。 怖い顔しちゃ……」
  言いかけて私は腰のものに手をやる。 そしてクリスの視線の先に注意を払いながら小声で訪ねる。
「……モンスター?」
「はい……」
  次の瞬間近くの茂みから踊りで出る複数の影。 すぐさま私は鞘から刃を抜き放ち応戦する。
  現れたのは血のように真っ赤な体毛と狼に似た姿、そして額に角のような突起が生えた獣。
  其の姿から赤鬼狼、或いはクヴァルフと呼ばれるモンスター。
  群を組んで現れたのは姿かたちが狼に似てるだけあって習性も似通ってると言う事か。
  しかもかなりの数で動きに統率が取れててなんともやりにくい。
  円陣を組んでコチラを包囲し牽制してる。
  ギリギリコチラの刃が届かない間合いを保ってきてる。 代わりに向こうの爪牙も届かないが。
  おかげでリオも魔力を集中させられず魔法を発動できない。
  コチラの披露消耗を狙ってる? それにしても――。
「うざったいわねコイツラ……!」
「まともに相手すると埒があかない相手です」
  そう言うとクリスは私とリオに視線を送り言葉を続ける。
「リオにいさん! 魔法攻撃でコイツラの機動力をそいでください。
姉さんは詠唱中のリオにいさんの集中の為のサポートをお願いします」
  私は頷いて直ぐにリオの元へと駆ける。 そしてリオも直ぐに詠唱に入った。

 やがてリオの詠唱が終わると複数の火球が現れそれぞれ正確にクヴァルフどもへと命中する。
  命中率と数を重視した為威力は弱め。 だがその機動力を殺ぐには十分だった。
  動きが止まり、或いは鈍ったクヴァルフのその隙を衝き私は斬りかかる。
  同様にクリスのグレイブも次々とクヴァルフを蹴散らしていく。
  形勢が一気にコチラに傾くやクヴァルフどもは逃げ出していった。

 逃げ去る赤鬼狼――クヴァルフの背を眺めながら私は刃を下ろ――。
「未だです!」
  クリスの声に私は刃を構えなおす。 瞬間赤い影が襲い掛かってきた。
「な……?!」
  危なかった。 クリスの声が無ければ油断を突かれていたかも。
  影の正体――それは先ほどまでと同じ、いや種類は同じクヴァルフなのだろう。
  だが其の体躯は二周りは大きい。
  体が大きい分さっきのほど素早くは無さそうだが攻撃力ははるかに高そうだ。
「クリス。 これって?」
「コレがコイツラ赤鬼狼――クヴァルフのやり方です。
最初小回りの利く脚の速い小型の亜成体が獲物の足止めや牽制を。そしてその後大型の成体が――」
「止どめを刺さしに襲い掛かってくるって訳ね」
  クリスはコクリと頷いた。

 次の瞬間クヴァルフは雄叫けびを上げた。 大気を震わせ相手の気力をも削ぐような凄まじい咆哮。
  だがそんな凄まじい雄叫びにもリオもクリスも全く動じてない。流石は私の愛しい想い人と妹分。
  それに引き換え馬車の周りのお供連中は皆腰を抜かしてる。
  ま、別に最初ッから連中のことなんか期待しちゃいないけどね。
  ナタリーも今の咆哮にはビビッたのか顔を引っ込める。
  流石に今回はいつもみたいに馬車から身を乗り出すような命知らずな真似する気になれないってか。
  賢明な判断ね。

 目の前の赤鬼狼――クヴァルフは先ほどまでの亜成体と違い虎やライオンに迫る大きさと迫力。
  決して油断など出来ない手強そうな相手。
  数は三。 私とクリスで一匹づつ――二匹までは相手に出来るが残り一体は――。
  そう思いリオのほうに視線を送るとリオの傍らに炎の竜が出現してた。
  火精竜召喚――リオが一対一で強力なモンスターに対処しなきゃいけない時の為習得してた術。
  強力な反面使用中は他の術が使えないと言うデメリットもあるので今まで使った事無かったけど。
  どうやら丁度一人につき一匹づつ相手って事みたいね。
  じゃ、気を引き締めていきますか。

 そして一対一×三の形で戦闘は進行する。
  実際向かい合うと其の圧力といい並みのデーモン系等よりずっと手強いが勝てない相手じゃない。
  いくらか手傷も負わせ、焦らず油断しなければもう少しで仕留められそう。
  目の前の相手に注意を向けつつも二人の方へちらりと視線を送る。
  リオの方は発現させた炎の竜を操りその炎の爪と牙を持って圧倒してた。
  そっちも仕留めるのは時間の問題みたいね。

 そしてクリスの方は――え?
「クリス?!」
  クリスが相手をしてたクヴァルフがクリスの隙を突いて馬車に向かって走り出してた。
  嘘?! あのコがこんな隙を突かれるようなヘマをするなんて――。
  でもクリスも直ぐに追い駆ける。 グレイブを放り投げ矢のように飛び出し馬車に向かう。
  成る程、重たいグレイブを持ったままでは追いつけず手遅れになりうる。
  そして馬車に入り込まれたらあの長さは逆にデメリットになる。
  それにこのコの強さの源はあの重い武器を振り回すだけの豪力とそしてブーストアップ。
  グレイブが無くともどうにかするだろう。 あの鉈のような短剣もあるし。
  でも――。

「――!!」
  咄嗟に私は後ろへ飛び退く。そしてさっきまで私がいたその空間をクヴァルフの爪が切り裂く。
  危なかった。 クリスも気になるが先ずは目の前のコイツを片付けないと。
  クヴァルフは私の隙を付いたつもりだったのだろう。
  実際ヤバかったし肝も冷えた。 ヤツにとっては起死回生の一撃のつもりだったのだろう。
  だが其の一撃も私に寸前でかわされ逆に今度はヤツが隙を晒す形に。
  当然私が其の隙を見逃すはずが無い。
「ハアァッ!!」
  私は渾身の力を込めて刃を打ち下ろした。
  純白の刃を受けクヴァルフの頭部は真っ二つに割れ、脳味噌と血を撒き散らしそのまま崩れ落ちる。
  目の前のクヴァルフを仕留めた私はすぐさま踵を返しクリスの元へ駆ける。
  同じ頃リオもまた相手にしてたクヴァルフを火達磨にし馬車に向かってた。

 そして私が馬車に辿り着く直前。
  馬車から断末魔の如き凄まじい叫び声と、絹を引き裂くような悲鳴が響く。
  おそらくはクリスがクヴァルフを仕留め、そしてそれを目の当たりにしたナタリーの悲鳴。
  心配するまでも無かったか。
  そして目の前に馬車から下りたクリスが現れる。 其の姿は全身血に塗れてた。
「クリス! 大丈夫なの?! 血塗れじゃない」
「平気です全部モンスターの返り血ですから」
「じゃぁアンタ自身は怪我してないのね?」
  私が問い掛けるとクリスはコクリと頷く。
「良かったぁ……」
  安堵した私はクリスを其の身に抱きしめた。
  このコの強さは十分すぎるほど知ってる。
  でも今回はグレイブも無しでしかも目の届かない所での戦闘。
  それもあんな強力で獰猛なモンスター相手に。
  だからこうして目の前で無事を確認してからやっと心から安心できた。

「ナタリー!」
  その時リオの声が耳に飛び込んできた。 そうだナタリーは?
  本音を言えばクリスが無事だった今あの小娘なんか知った事ではないがそうも言ってられない。
  でも多分大丈夫だろう。 何せクリスが護ったのだから。
  そう思いながら馬車の中に入ろうとして思わず私は口元に手を当てた。
「うぷっ……!」
  鼻をつくは凄まじい血の臭い。 それは常人なら卒倒するか吐き戻してしまいそうなほどの。
  私だってコレまで数多の修羅場を、死線をくぐりぬけてきた。
  戦場で付いて回る血の臭いにも臓腑が放つ死臭にも慣れてるつもりだった。
  だが今私の鼻を付く其の悪臭はそうした今までの経験したそれらすら比較にならないほど。
  密閉空間と言うのも手伝ってか立ち込める血の臭気、臓腑の発する死臭の濃度は半端ではない。
  そう、人の正気を失わせそうなほどに。

 血生臭いのを堪えつつ見渡して絶句した。
  以前見せてもらった時この馬車の内装は華麗に彩られ贅を尽くした豪華絢爛なものだった。
  壁紙、カーテン、中の調度品。 何れも贅沢な逸品で占められてた。
  尤も正直私はこういうまるで成金みたいに派手なのは悪趣味で嫌だったけど。
  しかしそれも今や見る影も無い。

 視界に飛び込んできたのは目を疑うほどの惨劇。一面を染める赤――すなわちおびただしい血の量。
  それはまるで阿鼻叫喚の地獄絵図をそこに凝縮したかのようだった。
  壁も、床も、天井も、其の全てが飛散した血と臓腑で真っ赤に染まってた。
  そして其の惨状の中心にある肉塊と化したモンスターの死骸に私は自分の目を疑った。
  屈強な体躯を誇るクヴァルフ――それも狼ほどの亜成体じゃない。
  獅子や虎にも迫るほどの体躯に成長し重武装の戦士ですら屠るほどの堂々たる成体。
  それが上顎と下顎から引き千切られ無残な屍を晒してた。 まるでボロ雑巾のような。
  そして無残に引き裂かれた断面からは臓腑が四散し床一面、そして壁や天井までぶち撒けられてた。
  その広がり様はそれが元はモンスターの体内に納まってたとは思えないほどに。

 とても人間業とは思えない。 コレをクリスがやったと言うの? あ、ブーストアップか。
  確かにクリスは超重量のあの長柄武器を自在に振り回す程の豪力を持ってる。
  その豪力をブーストアップによって更なる超パワーに増幅できる事も知ってる。
  ――そう、頭ではそう推察できる。 が、それでも目の前の光景は信じ難い程のものだった。

 そしてこの血で染まった室内の隅にナタリーは居た。
  彼女のその良く手入れされた髪も、透けるような素肌も、きらびやかなドレスも、
其の全てが見る影も無く血で穢れてしまったナタリーはうずくまりガタガタと震えていた。
  そして室内に充満する咽返るような血の臭いの酷さに気付かなかったが、良く見れば失禁もしてる。
  其の姿はまるで捕食者を前に最早逃げる事すら叶わずパニックを起こし脅える哀れな小動物の様。

「大丈夫ですかナタリ……」
  心配したリオがそっと語り掛け近づくが――。
「イヤアアアアアァァァァァ!!!!」
  すっかり脅え錯乱して取り付く島も無い。
  この惨状だ。 無理もないか。
  脅え震えるナタリーにどう接していいか困惑してるリオに向かって私はそっと耳打ちする。
「スリープの呪文で眠らしちゃったら? 取り乱してて普通になだめるの無理そうよ?」
「そ、そうですね。 では……」
  そしてリオは呪文の詠唱を始める。 やがてナタリーの口から悲鳴は消え瞼も下り眠りに付いた。
  ナタリーが眠りに付くとリオはホっと一息つく。

 そして今度はクリスに向き直り少々厳しい口調で口を開く。
「クリス。 もう少しほかにやり方が無かったのですか? 何もこんな惨い殺し方目の前で……」
「リオ!」
  私はリオの言葉を遮るように叫んだ。 幾らリオでも今の言い方はカチンと来た。
「そんな言い方無いんじゃないの? クリスだって頑張ってくれたし危なかったのよ?!
こんな狭い空間でちゃんとモンスターを仕留めナタリーも其のお陰で怪我せずに済んだんじゃない!
それになんでグレイブも無しで素手でモンスターを仕留めなきゃならなかったか分かる?!
重たいグレイブを持って追いかけたんじゃ手遅れになるかもしれなかったからなのよ?!
その為に武器を手放すなんて危ない真似してまで!!」
  思わず私はまくし立てた。
「い、良いんです姉さん……。 リオにいさんの言う事も尤もな事ですから……」
  クリスは私とリオ、二人に気遣うように申し訳無さそうに口を開いた。
「いえ、セツナの言うとおりです。 スミマセン、危険な状況でよくナタリーを護ってくれました。
ご苦労様でした」
  そしてリオもまたすまなさそうにクリスに向かって頭を下げた。
  私も次いで口を開く。
「私もちょっとキツイ言い方しちゃったかな。ごめんねリオ。
クリスもそう言うことだからあまり気にしないでね。 じゃぁさっさと行きましょうか。
モンスターも片付いた事だし。 ナタリーが起きる前に到着できるように、ね」

 そして私達は移動を始める。
  ナタリーはお供の一人に負ぶってもらうことにした。
  流石にこの血と臓腑の臭いが充満する馬車に乗せておくのは可哀相なので。

 その時私の袖を引く手があった。 クリスだった。
「あの……姉さん。さっきはありがとう……」
  私はクリスの頭を撫でながら笑顔で応える。
「イイのよ気にしなくって。 さ、行きましょ。 着いたら血も洗い流して綺麗にしようね」

 

 

 町に着くと直ぐにナタリーを両親の家に向かい引き渡す。
  リオはナタリーの両親の前で始終謝り頭を下げ恐縮しっぱなしだった。
  だがナタリーの両親は状況を察し逆に良く護ってくれたと礼を尽くしてくれた。
  世間知らずで考え足らずな小娘とは正反対な良く出来たご両親だった。
  まぁ何はともあれコレで本当にやっと一段落。
  もう二度と世間知らずなお嬢サマのおもりなんかゴメンだからね。

 

 ――そして夜。
「何て言うか今日は本当に疲れる一日だったわね。 クリスもお疲れ様」
「いえ、姉さんの方こそお疲れ様でした」
  私とクリスは二人で湯に浸ってた。
  あの日以来時々こうしてリオが寝静まった後二人っきりで風呂場等でのお喋りが恒例になってた。
  クリスが『女』に戻る数少ない時間。 そしてリオにも話せない本音の会話が出来る時間。
「しっかし凄かったわね、あのモンスターの死体。あれってヤッパ素手で真っ二つに引き裂いたの?」
「ええ、まぁ……。 素手とは言ってもブーストアップも使いましたが」
「それでも凄いわよ。 だってブーストアップ後の強さって基本筋力が左右するんでしょ?
そう言う意味ではやっぱクリスの豪力あってのものよね」
  私の言葉にクリスは黙ったまま照れ臭そうにしてる。
  そんなクリスの頭を私は撫でた。
  どうにも最近クリスの仕草の一つ一つまでもが愛しくて可愛くてたまらない。

「でもさぁ、リオの言ってたことじゃないけど他にやりよう無かったの?」
  言った瞬間クリスの顔がこわばる。
「わざと、でしょ?」
「あ、あうぅ……。 だ、だってあの女リオにいさんに馴れ馴れしくして、
其のお陰で姉さんも嫌な思いして……」
  私は戸惑いを隠せない口調で話すクリスの頭を撫でながら口を開く。
「良いのよ、別に責めてるわけじゃないの。
世間知らずで調子に乗ったお嬢サマにチョットお急据えてやろうと思ったんだよね。でしょ?」
  私がそう言うとクリスは少しバツが悪そうに頷く。
「それにね、むしろ私としてはスカッとしたかな」
  私がそう言って笑うとクリスもつられて笑顔になった。
「だからね、全然気にしなくていいから。 逆によくやってくれたって気分。 ありがとねクリス」
「いえ……」
  そう答えたクリスの頬が赤く染まって見えたのは湯の温度のせいだけじゃないかも。
  其の姿に私は思わずクリスを抱きしめる。

「それにしても……」
「何?」
  ぼそりと呟いたクリスの声に私は問い返す。
「いえ、姉さんがかばってくれた時嬉しかった反面チョットビックリしたかな、って」
「そう?」
「うん。 だって姉さんってリオにいさんにベタ惚れでしょ?」
「エヘヘ。 まぁね」
「それがあんな風にリオにいさんを咎めボクをかばってくれるなんて思いもしなかったから」
「そりゃね、好きなヒトだって……、ううん好きな人だからこそ許せない事だってあるの。
だってリオのこと大好きだけどクリス、アンタだって私の可愛い妹分なんだもの」
  私がそう言うとクリスは私の肩に頭を乗せてきた。
  そして私は其の頭をそっと手繰り寄せ抱きしめた。

To be continued...

 

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