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Cross Fire(仮)

第1話 第2話 第3話 第4話
     


1

 私にはすべてを捧げていい男性がいます。

 5歳の時、私は生まれつき魔力と言うものが強いらしく、それを理由に魔道士の女に
  引き取られました。引き取られたと言うか、押し付けられたとでも言うのでしょうか。
  子供の、魔力の使い方を知らない私が、魔力を暴走させ村人に大怪我を負わせた事がありました。
  私は自分が何をしたのか分からず、ただ呆然とし、小さいながらも人々から向けられる
  悪意、嫌悪、恐怖と言った感情を、名前は知らないでも感じました。そしてそれは実の両親からも…。
  次の日から私は、引き取られるまで小さな部屋に閉じ込められました。食事は与えられますが、
  今まで他の子供と一緒に外に遊んでいたのに急に閉じ込められて、何がなんだか分かりませんでした。
  そして今までかわいがってくれた両親は、私を今思えばモンスターを見る目のように見ていたような
  気がします。
  その生活が一月続き、私はやっと外に出られましたが、わけも分からずその魔術師の女に
  引き取られました。私に愛情を向けてくれた両親が、負の感情を私にぶつけてくる事は幼心にも
  分かり、心は軋み悲鳴を上げていました。それが、今の私の性格、暗く人見知りな性格を形成する事に
  なったのでしょう。
  そして…、私は彼女の連れていた子供、シュンと会ったのです。
 
           ―――――――――――――――――

 ゴルラント王国王都のレンジャーギルド。そこに今、私はいます。レンジャーとは、王国に忠誠を誓う
  騎士や魔道士が表立って動けない問題や、住民から依頼された問題を解決する見返りに報酬をもらう
  商売です。要請される問題は、物騒な物から迷子のペット探しまで幅広いです。
「アイラ、マスターに次の依頼をもらったよ。それと、前回の報酬。」
「そうですか。」
  笑みを浮かべながら、私の座っているテーブルの向かいに座る男性が私の大切な人、シュン。
  彼と私は、この国での成人年齢の16になると同時に王都のギルドに登録をしてもらい、
  コンビを組んで仕事をしています。彼の両親は宮廷魔道士と名うてのレンジャーだった
  らしいのですが、彼が生まれて間もなくある事故に巻き込まれ亡くなってしまって、彼は父の姉で、
  私達の育て親のリーリア義母さんに引き取られたそうです。
「前回は大変だったね。なかなか強いモンスターでさ。結局アイラの魔法の方が効いて、
  僕はあんまり役に立ってなかったよね。」
  申し訳なさそうに言う彼の言葉を聞いて、私はすぐに訂正した。
「そんなことないです、私一人だったら勝てませんよ。それに助けてもらってるのはこっちも同じです。
  シュンが敵の注意を引き付けているから、私も魔法の詠唱に集中できました。」
  確かに、前回の敵はシュンの剣術や体術が効きにくかったけど、その分彼は私の盾になって
  くれました。役に立たなかったなんてとんでもないです。
「ですけど、あんなに体中傷だらけになって…。あんまり無理はしないで下さいね。私は…」
  あなたが死んだら生きてはいけない。そう言いそうになって口を噤んだ。
「分かってるよ、心配なんでしょ。大丈夫、体の丈夫さには自信があるから。」
  シュンが私に笑いかけてくれました。それを見て、私もつられて笑顔になりました。
「あ、いたいた!」
「よう、二人とも。元気そうで何よりだ。」
  そう言って私達の会話に割り込んでくる雑音が来ました。

「…」
「あ、こんにちはジンバさん、ミーシャさん。依頼を探しに来たんですか。ほら、アイラ。
  挨拶しないと。」
「…こんにちは。」
  シュンに言われて、仕方なく私は挨拶をしました。彼らは私達より先輩のレンジャーで、
  王都のギルドの中でも腕前はかなり上のほうです。特に、ジンバさんはシュンのお母さんの
  弟子みたいなものだったらしく、よく私達の様子を見に来ます。
「ああ、まあな。前回の分の報酬がもう尽きそうだからな。誰かさんのせいで…」
「ちょっと、それってどういう意味よ!あんただって武器の補修と強化といってかなりを
  使ったじゃない!」
「お前の方が間違いなく使ってる。しかもほとんどが、酒代だ。俺の有意義な使い方に文句を
  言われる筋合いはない。」
「なによもう!シュンく〜ん、ジンバがあたしをいじめるの〜」
「う、うわっ。抱きつかないでください!」
  …。この年増!ミーシャさんも軽いスキンシップでやっているのでしょうが、それでもむかつきます。
  シュンも顔を赤くしたりして。確かに私にはあんなに胸はないけど、いつだってシュンとその…シュンが
  望むなら、セックスだってしていいんですから!
「…痴話ゲンカを見せるためにここにきたんですか。やるなら他の所でやってください。」
  せっかくシュンと、二人のゆったりとした時間が取れそうだったのに邪魔されて、私の言葉には
  棘が出ていたのでしょう。ジンバさんはシュンの方を見て、困った顔をしました。
「どうしたんだ、シュン。今日も不機嫌だな、アイラの奴。」
「いや、僕に聞かれても…」
「あら、アイラちゃん妬いてるの?かわいい〜」
  …。流石に頭に来ましたよ。軽く魔力を練って…。
  ボン!
「わっ!」
  彼女の顔の前で軽い爆発を起こさせました。
「さっさとシュンから離れてください。」
「分かったわよ、アイラちゃん冗談が通じないもんね。ごめんね、シュンくん」
「いえ、こちらこそすいません…。」
  シュンが謝るのを見て、また胸にもやもやが起きてきます。ミーシャさんなんかに謝る必要なんか
  ないのに。…分かっています、この感情が醜い嫉妬なのは。いっそのこと、自分のこの抑えてる
  感情、シュンに対する好意を彼に言えば、少しはこの感情が出てくる事がなくなるのでしょうか。
  …ないですね。仮に恋人になったとしても、彼に言い寄ってくる泥棒猫が出てくる可能性はあります。
  それに、告白する勇気が出ない理由があります。
  彼の私に対する気持ちが異性ではなく家族だったら、拒絶されたら…もう生きていけません。
  だったら今の関係のままでいれた方がいくらかましです。かといって、他の女と彼が付き合う
  なんてのも許せるかといったら…許せないでしょうね。
  まず誑かした雌犬を捕まえて、まず槍の柄でボコボコに殴って、ええ突き刺して一思いに
  逝かせるなんてことしません動けなくなったらゆっくりと槍を突き刺すか空気を炸裂させて
  火傷をつくって……ふ……ふふふっ
「アイラ?どうしたの、急に笑っちゃって。」
  はっ、いけない。表情に出てたのかな。さっきまで考えた事を思い出します……
  どこまで自己中なんでしょうか、私は。だけど……それだけシュンのことが大事なんです、
  シュンがいなかったら今の私はいません。誰にも……誰にも渡しません。
 

 アイラが急に不機嫌になってしまったが、僕は別段驚く事はなかった。彼女は、僕と叔母さん以外には
  無愛想な態度を取る。ジンバさんとミーシャさんは結構魅力的な人だと思うんだけど、ジンバさんとは
  9年、ミーシャさんとは5年、僕らと出会ってから経ってる今も無愛想なままだ。だからといって、
  アイラが悪い子な訳ではない。これでも出会った頃より他人にずいぶん心を開くようになったと思う。
  アイラが無愛想なのは、昔のことがあったからなんだろう。僕には、父さんと母さんの記憶はないが、
  肉親に拒絶されるのが、しかもまだ5歳だった彼女がどれだけ傷ついたのかは、想像を絶するもの
  だったと思う。だから、アイラを支えてあげたい、守りたい。僕は心の中でそう誓いを立ててる。
 
  シンバさん達に挨拶して、僕らはギルドから出た。二人とも特に込み入った用事ではなく、僕達の
  様子を見たかったらしい。
「久しぶりに話すことができて良かったね。」
「…そうですね。」
  アイラはあの後、二人から話しかけてこないと話さなかった。やっぱりからかわれたのが
  癇に障ったのかな。
「それじゃ、家に戻ろうか。叔母さんも待っているだろうし。」
「はい。」

 王都の東地区にある魔道具(魔力増強の指輪や、杖など)の店が僕達の家だ。多少ガタがきている
  けど、古い趣のあるいい家だと、僕は思ってる。
「叔母さん、ただいま。」
「ただいま、お義母さん。」
  …返事が返ってこない。また寝てるのかな。店の前にも休業って書いてたし。僕らは家の奥の
  リーリア叔母さんの部屋へと向かった。

「う〜、もう少し寝かせて〜。」
「駄目ですよ、そろそろ注文された品を、完成させなくちゃいけないじゃないですか。
  私も手伝いますから頑張りましょう。」
  アイラが叔母さんを起こして、工房へと引っ張っていく。昼ごはんを食べてから眠くなって、
  惰眠を貪るのが叔母さんの日課になってる。ぐうたらしている面もあるけど、僕達を女手一つで
  育ててくれた大切な家族だ。過去には、父さんと一緒に宮廷魔道士となり、二人とも
  次期宮廷魔道士長を狙える実力者だったらしいけど…なんで辞めたかは話してくれないし、
  僕も聞こうとはしてない。そのことには触れてはいけない、そんな感じがするから。
  叔母さんの魔道具はなかなか好評を得ており、魔道士はもちろん、レンジャーや魔法も使う
  魔法騎士なども店にやってくる。僕は、魔法の資質は治癒・強化などの体内の気を活性させるの以外は
  0だし、元の魔力のスペックが低い方だから、魔術具の作製は手伝う事が少ない。叔母さんいわく
「顔とくそ真面目な性格はカインそっくりなのに、髪や瞳の色と資質はヤヨイの方を受け継いだ
  みたいだ。」
  らしい。
「僕は夕飯の買い物にいってくるから。二人とも頑張ってね。」
「わかりました、頑張ります。」
「ん、わかった。寄り道はするんじゃないよ〜。」

 

 相変わらず、この時間の市場は人で賑わっているなぁ。僕みたいに今晩の食事の買出しや、
  武具店に立ち寄る冒険者、交易商の人達、いろんな人がいる。
「おう、坊主。いつもご苦労さん!」
「あら、シュンくん。いらっしゃい。今日は何を買っていくの?」
  とりあえず、一通りいつもの店によって食材は買い終えた。さて……帰るとしよう。
「そこの君!」
  急に呼び止められ振り返る。
  僕は呼び止めえてきた人を見た。赤い髪に、僕と同じくらいか少し上の年頃と思える顔立ち。
  服装は普通だが、容姿はとても高貴に思えた。
「す、すまんな、いきなり。」
「い、いえ。……どうしました?」
  その人は、僕をジロジロと見ていた。何か変なところでもあるんだろうか?
「あの〜、何か僕の格好変ですか?」
「…いやっ、そんなわけではない。……君は珍しい剣を持ってるな。」
  ? ああ、カタナのことか。やっぱり珍しいのかな。王都のレンジャー達の中では僕とジンバさん達
  ぐらいしか使ってないだろうし。あとは冒険者がたまに使ってるぐらいかな。
「これは、カタナといって東方の地域の剣みたいなものです。」
「そうか……、君はレンジャーのシュンだな」
「え、どうして僕の名前を!」
「……」
  問には答えず、僕をじっと見て何か考えてるようだ。なんだろう、少し気まずいな……。
「あの…。」
「ああ、すまん。いきなりだが、今からわたしと手合わせしてもらえるか?」
「……はぁ!?」
  思わず間抜けな声を上げてしまった。いや、だれでも街中でいきなりこんなこと言われたら
  びっくりするでしょ。
「駄目…か」
  どうやら僕の反応を拒絶の意思と取ったらしい。すごく残念そうな顔をしてる。う……ん。
  ちょっとくらいならいいかな。
「分かりました…とりあえず理由をきか「本当か!ありがとう!それでは付いてきてくれ!」
「わっ!ちょっと!」
  僕は、いきなり彼女に引っ張られて家の方向と逆に連れて行かれた。ごめん、アイラ、叔母さん、
  帰るのは遅くなりそうだよ……。

2

”武術なんて……女の子なんですからもっとお淑やかになられないと。”
”屋敷を抜け出して街に出られてはなりません。なにかあったらどうなさるんですか。”

 昔から、お付きの侍女に言われた台詞。でもわたしは、騎士になりたかった。父はとても立派な
  騎士だった。その姿を見て育ったわたしは、父の騎士としての姿に憧れ、そうなりたいと日々稽古に
  明け暮れた。後継者には兄上がいるので、周りはそうなる事を反対したが、家族は複雑な顔を
  しながらも、最終的に認めてくれた。

 そうやって念願かなって騎士になったが、その現状は見てられないものだった。

 昔の栄光ばかりが一人歩きして、全体的なレベルは低い事この上ない。中には実力で地位を
  勝ち取ったとは思えない屑もいる。父上や兄上の様に骨のある奴は貴族の息女に見初められて、
  婚約したりなどしてるから恋愛などに興味を持たなかったし、持てる相手もいなかったし、
  そんなこと腑抜けがするものだと思った。…あいつに出会うまでは。
 
          ―――――――――――――――――

 外見は軟弱そうだが…若手の中でも高評価なレンジャーらしいな。人柄に対する住民の評判も、
  ギルドマスターに聞いたところ上々。何はともあれ実力を確かめないと。

「あの……だから…理由を」

 なにやら後ろから声が聞こえてくるがまずは屋敷に戻る事が先決だ。そこの稽古場で行おう。
  彼の手を引っ張り、さらに走るスピードを上げた。
  とりあえず目をつけた黒髪の青年、シュンを屋敷の前まで連れてきた。どうやら驚いてるようだが…
「どうしたんだ?とても驚いてるようだが。」
「いや、驚かない方がおかしいですよ!ここはフィッツガルド卿のお屋敷じゃないですか!
  もしかしてあなたは……」
  ああ、自己紹介してなかったな。
「申し遅れた。わたしはレイナ・フィッツガルド。前王宮騎士副団長アルド・フィッツガルドの娘だ。
  よろしくな。」
  そう言って、手を差し出した。
「別にそんなに恐縮する必要はないぞ?」
「あ、はい!あらためて…僕はシュンといいます。よろしくお願いします。」

 お互いの自己紹介と握手をした後、早速中に入ろうとする前に彼に呼び止められた。
「あの…僕と手合わせをする理由なんですが……どうしてなんでしょうか?」
  ふむ、確かに街中でいきなり呼び止められたと思ったら手合わせなどと、今思えばわれながら
  急だったと思うな。しょうがない、早く戦いたいが少し説明をするか。

「わかった、それでは説明をしよう。君ら、王宮勤めの人間でない物は分からないが、最近は騎士団の
  質の低下が著しくてな。今、騎士団の再建が考えられてるんだ。この間の、団長の交代もその一つだ。」
  団長の交代は、一ヶ月前に起こった。金にまみれた体制を粉砕するために、その筆頭であった
  前団長を父らがその内情の証拠を王に提供し、その結果前団長派は力を失い、父は時期と見て
  副団長を退いた。

「そして、今は騎士団の建て直しをおこなっている。その一つに、民間の間やレンジャー達から才能、
  もしくは実力のあるもののスカウト。ここまでくれば分かるな。」
「つまり、スカウトの一環として僕と手合わせを?」
「そう言う事だ。」
「でも、僕より強い人はいっぱいいると思うのですが…。」
「そちらにも、別があたってるはずだ。わたしは君の担当ということだな。さて、着いたぞ。」

 いつもの稽古場に着いた。父上と兄上も、スカウトに回ってるだろうからいないか…。さて
「誰かきてくれ!君、とりあえず持ってる荷物は侍女に預けてくれ。そのあと準備をしよう。」
「は、はい!」
  なかなかいい返事をする青年だな。ますます楽しみになってきた。

 

 刃を潰した訓練用の剣を選び、一通り体を慣らした。いよいよか。
  大変な事になったな。女性騎士の中でも若手の筆頭であるレイナさんと手合わせする事に
  なるなんて…。それに急に騎士になれと言われても、いや正確に言えばまだそんなことは言われて
  ないけど……。

「女だからとか遠慮はいらないぞ。無用な気使いをしたら、容赦なく叩きのめすからな。」
  それに緊張しっぱなしだ。やはり、騎士の中の騎士といわれるフィッツガルド家の一員だ。高貴さと
  風格のあるたたずまい。王宮からの依頼もあるから、騎士と立ち会うのは初めてではないけど、
  その人たちとはぜんぜん違う。まぁ今思えばその騎士は、レイナさんの言う腐敗した前団長派の
  騎士だったのかな。
  一緒に依頼を解決した時も、偉そうにして後ろから見てるだけで、ほとんど僕とアイラだけで
  やったようなものだったから。
「それではいいか?」
  おっと、まずは目の前の事に集中しなきゃ。訓練でも実戦を意識しないと……油断は……死を呼ぶ!

「はい」
「ふふ、目が変わったな。それでこそだ。では……いくぞ!」
  言うや否や、レイナさんが踏み込んできた!僕も負けじと踏み込み剣をなぎ払う。剣がぶつかり、
  鈍い音がする。彼女の剣は速い上に、その一撃一撃も軽くない!
  このまま受けていては防戦一方だ。僕はさらに踏み込み、そのまま鍔迫り合いに持ち込んだ。
ガッ!
「! なるほど……攻撃を防ぐために後退せず、恐れずに踏み込んでくるか。なかなかやるな。」
  勢いを付けていったつもりだったが、いとも簡単に受けられてしまった。
「くっ……」
  あわよくばそのまま体勢を崩そうと思ったのに、押し切る事ができない。なら!
「はぁ!」
「な!」
  鍔迫り合いを受ける方向に流し、そのまま横を流れて行こうとする体に膝蹴りを打ち込んだ。
「ぐっ!」
  追撃も考えたが、近接での打ち合いには向こうに分がある。そう判断し、そのまま距離を置く。
「ふぅ、なかなかやるな。今のは少し効いたよ。」
「……」
  打たれたお腹をさすりながら、レイナさんがこちらに笑いかけてきた。お腹の弱い場所に入れた
  はずなのに……すぐに立ち直ってる。入れる場所をずらされたか、それともレイナさんが打たれ強いのか。
  とにかく次の一手を考えないと。

「どうした?離れたからには何か考えがあるんだろう?」
  それもお見通しか。通用するかどうかは分からないけど…。
「分かりました。」
  僕は剣を鞘におさめ、右手を剣の柄に添えて、いつでも抜剣できる構えを取る。東の国の剣技の構え
  の一つの居合い。僕の母さんがこの構えを得意とする剣士だったらしく、僕はジンバさんに
  教えられてこの構えを使ってる。
「……」
  先ほどまで、いくらか和やかだったレイナさんの顔が引き締まった。レイナさんはこの構えを
  知ってるのかな。

 この構えは一見、剣を収めることから攻撃より防御重視の構えに見えるが、攻撃もかねている。
  中距離から不用意に近づいた敵には容赦なく攻撃を加え、近距離に近寄られても、敵の攻撃を
  体捌きなどで流しつつ、隙を狙って一撃を加える攻防一体の構え。

 一分ぐらいだろうか。お互いに距離を保ったまま睨み合いを続けてる。……来た!
  レイナさんが踏み込んできた。っ!やっぱり踏み込みが早い!このまま抜剣しても相打ち、
  もしくはやられる。
  なら隙ができるまで凌ぐしかない。
「はぁ!」
  太刀筋を読み、僕は次々と繰り出してくる斬撃を避けていく。
「なかなか…やるな!だが避けてるだけでは話にならんぞ!」
  仰るとおり。レイナさんは大振りせずに、素早く斬りから突きと攻撃を繋げてくる。このままでは
  ジリ貧ってやつだ。なら、隙を作るまで!
「だぁぁぁ!」
  横になぎ払ってきた攻撃をしゃがんで避け、下から突き上げるように体当たりを繰り出す。
「なっ!」
  僅かながら彼女が身構えるより早かったのか、後ろによろめいた。今だ!
  体当たりの屈んだ姿勢から抜剣し、彼女の首の手前で剣を寸止めする。

「うっ……ふぅ、わたしの負けだ。見事だ。」
  レイナさんが、今まで真剣だった表情を僅かに緩め、剣を鞘に戻した。
「はぁ……はぁ……。ありがとう…ございます。」
  こっちが勝ったのに、向こうの方が余裕のある感じだ。本当に勝ったのかな?
「まさか負けてしまうとはな……」
  そう言うと、レイナさんは腕を組み、顎に片手をあてて目を伏せ、何か考えるそぶりを見せてきた。
  どうしたんだろう、まさか怒ってるのかな。遠慮なく来いって言ったから、躊躇なくお腹に蹴りを
  入れたりしたんだけど、やっぱり怒って…

 負けた……。そのことはショックだったが、なにより久方に拮抗した手合わせを行う事ができた事の、
  満足感の方が大きかった。
  さて、どうしようか。もちろんスカウトする事は確定だとして。もっと彼と話がしたいな。
  彼の事も知りたいし、なによりわたしのことを知って欲しいと思う。なんだろう、
  この気持ちは…家族以外の男性にこんなに好感を持てたのは初めてだ。
  もっと、もっと知りたい。彼のことを。
「あの〜」
  申し訳なさそうに聞いてくる彼に目をやる。ああ、そうだ。一応騎士団のスカウトだったんだな。
  これは。まぁ今は、そんなことはどうでも良くなってるけど。
「ん、ああ。結果か。とりあえず、合格といった所だ。そんなことより、その……なんだ。
  もっと話を聞きたい。これからわたしと夕食をとらないか?」
「……えっ、そ、そんな!駄目です!そんな恐れ多い!」
  む、まだそんなことを、今更じゃないか。
「遠慮ならいらないぞ。」
「いえ、それに…家族の夕食を作らなければならないので。」
  ふむ、そう言う事か。ならば彼の身内への挨拶も兼ねて、行くとしようかな。
「ならば君についていこう。食材が足りないと遠慮する必要はないぞ。わたしには何も出さなくても
  かまわん。君の家族にも正式にスカウトする事を、挨拶も兼ねて言わなければならないことだし。」
「え、いや、その」
「いいから気にするな!行くぞ!」
  そのまま押し切るように彼の荷物を受け取りに、侍女の部屋へ彼を引っ張りながら向かった。

 遅い。普通に買い物に行ったのならもう戻ってきてもいいはず。それなのに戻ってこない。
  本当は一緒に買い物に行きたかったけど、店のお手伝いも重要だったから……。
  とにかく探しに行かなきゃ!
「お義母さん、私出かけて探してきます!きっと何かあったんです!」
「う〜ん、大丈夫だと思うんだけどね。待っていれば来ると思うよ……って居ないし。」

「シュンくん?店によってからアイラちゃん達の家のほうに帰っていったけど。」
  行きつけの食材屋のおばさんに聞いたけど帰ったと言う。どうしたんだろう、やっぱりなにかあったんだ。
「シュンだったらなんか女の人に呼び止められて連れて行かれ「なんですって!」
  女に連れて行かれた…そんな!
「どっちに!どっちに連れて行かれたんですか!」
  おばさんと世間話をしていた近くの武具店の奥さんに詰め寄る。
「うっ、ちょっ、ちょっと!落ち着いて「早く教えなさい!」 
「ア、アイラちゃん?」
  早く!こうしている間にもシュンが何をされているか!
   
  私としたことが、少し取り乱してしまいました。どうやらシュンは北部の方向に連れて行かれた
  そうです。女は赤い髪で、帯剣していたそうです。騎士の格好はしていなかったそうですから、
  冒険者でしょうか。
  とにかく、急がないと。もう日も傾いてきてる。

 ……どうしよう。勢いで王都の北部まで来たけど、手がかりがありません。人に聞き込みをするのは
  嫌だけど、やるしかありませんでした。でも、知らないという人ばかり。
「シュン……どこに行ったんですか。」
  急に泣きたくなってきました。でも慌てて堪えます。泣くのはあの時からやめたんだから…。
「あれ?アイラ。」
  シュンの、声?すぐに聞こえた方向を振り向きます。いた!良かった…シュン!
「シュン!心配した……誰です、その女は…」
  彼の隣に居る女を見たとたん、シュンが見つかった喜びは、すぐに女に対する嫌悪感に
  塗り替えられました。
「あ、その…彼女は。」
「いいぞ、シュン。私が言う。王宮騎士のレイナだ。君がシュンのパートナーなんだな。よろしく。」
  王宮騎士?なんでシュンが王宮騎士と一緒に?
  女は手を差し出してきました。握手でもするつもりなのでしょうか。…こっちはよろしくするつもりは
  ないですが、シュンの手前、叩き落とす訳にも行きません。
「…よろしく」
「ああ、よろしくな。」
  握手を交わしながら、女を見ます。私とは正反対の自信に満ち溢れた目。
  私の青い髪とは正反対の赤い髪。見ながら、絶対にこの女とは気が合わない、そう思いました。

3

 明らかに敵意を持った視線で見てきた。それが、わたしとシュンのパートナーのアイラとの
  初めての出会い。
  何が気に触ったのかは知らないが、初対面からあんな不躾な態度を取られたら不快になる。
  まぁシュンもいるのだし、みっともない所はみせたくない。我慢してとりあえず挨拶をする。
「いいぞ、シュン。私が言う。王宮騎士のレイナだ。君がシュンのパートナーなんだな。
  よろしく。」
「…よろしく」
「ああ、よろしくな。」
  ふっ、しっかり挨拶のできる教養は有るみたいじゃないか。少しは見直したぞ。
「君の事は、色々シュンから聞いたよ。彼はよっぽど君の事が大事なみたいだな。」
  それを聞いたとたん、彼女は少し優越感を帯びた目で私を見て、シュンは少し照れたように頭を掻いた。

 ……この女!

 まったく!シュンはここに来るまでこの女の話ばかりをしてた。こんなに遅くなって
  心配してないだろうかとか、もしかしたら探しに出てないだろうかとか。
  少しはわたしの事についても聞いてくれてもいいじゃないか……。

 なんだろう……

 なんとも言えない胸を締め付ける想いと、腹の底に溜まるどろどろとした黒い物。
  ああ、これが嫉妬なんだ。
  父上のような立派な騎士になりたい…その事に一心に取り組んできたから…こんなの知らなかった。

 シュンから優しい感情を受ける女が
  妻でもないのにシュンは自分だけの物の様な態度を取る女が
  たった今、シュンの隣に寄り添うように立ってる女が 

        嫌いだ   
 
  見てろよ。時間はゆっくりとある。彼らの絆は固いらしいが、わたしが付け込む隙もあるはずだ。
  強固な城壁は攻め急がず、じっくりと対策を練って攻める。それが戦術のセオリーだ。
  今は、この黒いといったらいいんだろうか、どろどろとした感情をシュンに見せないよう振るわなければ。

「ここが、僕達の家です。家には叔母さんも居るはずなんですけど…アイラ、叔母さん怒ってるかな?」
「大丈夫ですよ、シュンが悪いんじゃないんですから。いざとなったらその人に弁明をさせれば…。」
  こちらを見て、これ見よがしにアイラさんが言ってくる。…ああ、また黒い感情が現れる。
「レイナ、名前があるんだからそう呼んで欲しいな。ア・イ・ラさん。それに、言われなくても
  こっちが無理を言ったんだ。シュンが何か言われたらそうする。」
「……。」
  なるべく、棘を隠したように言ったつもりだが、シュンには気付かれてないよな?
  おっと、なかなか睨んでくると怖い顔をするじゃないか。だがやめた方がいいんじゃないか?
  愛しの彼が近くにいるのに。
「アイラ、よしなよ。僕が応じたんだからレイナさんのせいじゃないよ。」
「……シュンがそう言うなら。」
  ふっ、いい気味だ。汚い言い方をすれば、
ざ ま あ み ろ
  と言ったとこだな。
  はっ、いけないけない。叙勲を受けたばかりとはいえ、王宮騎士であるのだから自制心はしっかり
  持たなければいけないのに。
「ごめんなさい、レイナさん。少しアイラは気難しいとこがあるんですけど、根はいい子ですから。
  許してあげてください。」
「なに、気にしてない。大丈夫だ。」
  やはり優しいな、シュンは。シュンに免じて許してやるか、アイラさん。 

「ふ〜ん、シュンをゴルランド王国騎士団に迎えたいと。そう言うことですね、レイラさん。」
  紅茶をすすりながら、シュンの叔母上殿であるリーリアさんが言った。今は、わたしは
  シュン達の家である、魔道具の店『紅の翼』の客間にいる。
  今は、目的の一つである家族への挨拶と、スカウトの報告をしている。シュンも交えて
  話がしたかったが、あの女に「シュンは私と料理の準備をしなきゃいけないんです!」と
  言われて、台所に引っ張られていった。
  幼馴染で同居人だかなんだか知らないが、遠慮という物を知らないらしいな。
  あの女、いや、女じゃない

 犬だ

 シュンには尻尾を一生懸命振って媚を売り、他の人間にはキャンキャン吼えて威嚇する雌犬。
  ふむ、我ながらいい例えじゃないか。まったく…雌犬が!犬畜生が!人様に媚を売るなど
  言語道断だ!身を弁えろ!…いや雌犬だから媚を売るのか。

 目障りだな

「レイナさん?」
「あ、ああ、申し訳ありません。少し考え事を…。失礼しました。こちらから押しかけてきたのに
  ボーッとしてしまって。」
  っと、しまった。ついつい考え事をして失礼な事を。すぐに謝って頭を下げる。それにしてもなんだ、
  こんなに嫌な事を考えるとは…どうしてしまったんだろう、わたしは。嫉妬というのは、
  こうも人を変えてしまうのか、それとも自分が異常なのか。

 でも、胸に湧き上がる黒い感情は確かに存在をし続けた。

4

 あの目障りな女がいなくなって、やっとすっきりした。やっぱりあの女は敵だ。
  今までシュンに色目を使ってくる女は、近くに私がいる事で追い払ってきたけど、
  あいつは全然怯む様子がない。
  ……なんでなの、あの女は地位にも、人にも恵まれてるはず。王宮騎士だもの。それなのに、
  どうして……どうしてシュンを、私の大切な人を盗ろうとするの! 私にはシュンしかいないの!
   シュンは私の世界、私のすべて、私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の……
  私のものなの!! 

「……イラ……アイラ!」
「ぇ! あ……ごめんなさい、少し考え事をしてて。どうしました?」

 いけない、あの女のことを考えてたら嫉妬心に押さえが利かなくなってしまいました。
  顔に出てなかったでしょうか。

「いや、手元が危ないとおも……」
「痛ッ!」
「アイラ!!」
  ああ、指を少し切ってしまいました。そういえば、キャベツを切ってる最中でした。それなのに、
  余計な事を考えてたから、見ると切り方はめちゃくちゃになってますし、指も切ってしまいました。
「ああ、言わんこっちゃないよ。ほら、見せて」
「いえ、このくらい大丈夫です……あ、あの? シュン?」
  彼は私の左手をとり、自分の顔に近づけていきました。そして
「ん……」
「!!!!」
  私の切った人差し指を、口に含んで、傷口を舐めてくれました。
  あ、あぁ……感じ……ちゃいます。
「……はっ! ご、ごめん! 嫌だった?」
  い、嫌なはずないです。ふ、不意打ちなんてずるいですよ!
「嫌じゃないです……ありがとう、シュン」
「昔、自分で指を少し切ったりしてた時は舐めてたから……あ、薬と包帯とって来るよ!」
  そう言って慌てて、シュンは台所を出て行きました。

 ……シュンの舐めた人差し指。私は、恐る恐る口に含みました。
「ん……」
  ああ、これがシュンの唾液の味。そう思うと、どんどん脈が速くなって行くのを感じます。
  シュンと間接キスしてるんですね、私……このままシュンを想って自分で慰めたい。
  本当はシュンに慰めてもらいたいけど。右手が自然と股間に伸びていく。
「アイラ、持ってきたよ」
「ひゃっ!!」
「ど、どうしたの!?」
「な、なんでもないです。」
  びっくりして、変な声を上げてしまいました。うう、お預けですか……。
「それじゃ、手を出して。見たところ浅いから、あとは消毒して包帯をしよう。
  よっぽどの重症でない限り、回復魔法は使わない方が体には良いって言うし」
  でも、シュンが私の心配をして手当をしてくれる。それで心が満たされていきました。

「うん、やっぱりご飯を食べてる時か寝ている時が、幸せを感じるわ」
「叔母さん、それはどうかと思うよ……」
  この上ないくらい、幸せそうな顔をする叔母さんを見て、僕は苦笑する。それに合わせて
  隣のアイラも笑う……のが普通の食卓の風景なのだが、アイラは笑ってない。
  向かい側に座ってご飯を食べてる、レイナさんが原因なんだろうな。若干睨んでるような気がするし。
  仲良くして欲しいんだけど……まぁ、しょうがないか。
  アイラが人見知りが激しいのは分かっているし、レイナさんも気にするなと言ってた。
  うん、気にしないで僕も食べるとしよう。

「シュン、このスープはおいしいな」
「そ、そうですか。気に入っていただいて光栄です」
「うん、毎日来て食べたいぐらいおいしいぞ」
  料理を出して一番嬉しい時は、食べてもらった人においしいといってもらう事だ。
  僕はその言葉を嬉しく思った。
「アイラと一緒に、この野菜スープを作ったんですよ。ね、アイラ」
  少しでも打ち解けてもらおうと、アイラに話を振る。
「……はい」  
  一言だけしゃべってそのまま食事を続ける。やっぱり駄目か……。
  そろそろ、僕と叔母さん以外にも打ち解けられる人が、アイラにできればいいと思っているんだけど。

「ところで、ちょっといいか? シュン」
「なんですか?」
  一通り、食事が終わったところでレイナさんが話しかけてきた。隣から少し殺気を感じたのは
  気のせいだと思う。
「騎士団の件だが……」
  それか……。そのあとレイナさんは、騎士団に入ってからの具体的な事を話し始めた。
  普通なら、見習い騎士からのスタートの所を、要望があれば推薦で王宮騎士の試験を受ける事が
  できる事。落ちたとしても、正規の騎士の称号を得る事ができる事。などなど。

「悪くない条件だと思うが……君のような実力を持った人材が、今の騎士団には必要なんだ。
  どうだ? やってみないか」
  そこまで言われると心が少し揺らぐ。けど……
「駄目です!」
  急に今まで黙ってたアイラが立ち上がって叫んだ。
「シュンは私の大切なパートナーです! 勝手に騎士なんかにされるなんて、さっきから
  我慢してましたが、図々しすぎますよ!」
「ア、アイラ!?」
  今まで黙ってたのが嘘の様に声を荒げるアイラをみて、相当怒ってるのがわかる。
  こうなると、僕か叔母さんしか止める事ができない。
「別に強制してるつもりはないが? それに、リーリア殿もシュンの決断に任せると言ってる。
  図々しいのはむしろそちらでは?」
「なにを!」
  ああ、レイナさんも火に油を注ぐような事を……。とにかく止めなきゃ、と思ってると救いの手が現れた。
「まぁまぁ、こればっかりはわたし達がどうこう言う問題じゃないわ。本人の意思が大事よ。
  ね、わたしはどっちでもいいよ、シュンちゃんの好きにしなさい」
  叔母さんに諌められて、アイラは席に着く。そして、縋るような目で僕を見てきた。
「シュン……」
  大丈夫だよ、心配しなくても。確かに魅力的な誘いだけど、今の生活に不満はないし、
  ギルドの人たちの事も好きだから……僕がレンジャーを辞めることはないよ。
「すいません、申し出はありがたいんですけど……断らせていただきます。この事が、
  名誉な事は分かってます。けど、レンジャーの仕事をしてる今の生活が、自分には合ってる
  と思いますから」
「そうですよ、今まで通り私たちで、一緒にお仕事をやっていけばいいんです」
  僕が断りの言葉を言った途端、アイラはこの上ない笑顔になり、レイナさんは表情にはあまり
  出てないが、少しがっかりしてる様子が見れた。

「わかった。しかたないな、君がそう言うのなら。だが、気が変わったらいつでも言ってくれ。
  それと……また会いに来ていいか?」
「はい?」
  驚いて、少し間抜けな声を上げてしまった。何でまた、会いに来ていいかなんて聞くんだろう?
  別に駄目な理由はないけど。
「いいですよ、でもどうしてなんでしょうか?」
「いや、今日君と戦って負けてしまったからな。また修練を積んでから再戦したい。それに、なんだ、
  その……君と友人になりたいと思ってな。どうだ?」
  少し顔を伏せ気味に、レイナさんは言った。なんだ、そんなことだったら別に断る理由はない。
  それに、レイナさんみたいな強い人とまた手合わせできるなんて、願ってもない事だ。
  僕は承諾の返事をしようとすると
「だ、駄目ですよ、シュン! その人はそんなことを言って、またしつこく騎士団に誘って
  くるつもりなんです!」
「ふぅ、随分と嫌われたものだな。わたしも」
「ふん、本当はそう思ってるんですよね!」
「ちょっと、アイラ! 失礼じゃないか!」
「私はシュンのことを思って!」
「はいはい、そこまで。二人とも、落ち着きなさい」

 結局、僕はレイナさんと再戦と再会の約束をした。アイラは終始不満そうだったけど。
「それじゃあ、また来る。今日はいろいろすまなかったな」
「いえ、そんなことないです。それではまた」
  僕は家から出て、レイナさんを見送った。
  さっきからアイラが突っかかってきた事も、レイナさんは許してくれた。それにしてもアイラ、
  いつもなら気に入らない人がいると、不機嫌オーラを発するだけなのに、今日は嫌に突っかかってたな。
  でもここまで感情を出すんなら、逆に仲良くすることもできるかもしれない。
  うん、前向きに考えよう。そう思い直し、僕は家の中へと戻った。

         ―――――――――――――――――

 夢を見た。私がシュンを傷つけた日の夢を。
  王都の東部のはずれの森。そこに私は立っていた。視線の先には、小さい頃ののシュンが苦しそうに
  息をして、その傍で小さい頃の私が泣き叫んでる。シュンの右の胸部に、ひどい火傷ができてる。
  原因は、私の魔法のせい。私のせい。私の……私のせいで!!

 ”そう、あなたが彼を傷つけたんです”
 
  もう一人の私が現れ、頭の中に響くような声で話しかけてくる。
  わかってる!! だから……だから私は死に物狂いで努力して、自分の力を制御できるようにした!
   そして、シュンの役に立てるように、あのあとも今までと変わらず、優しく接してくれた
  シュンのために!

 ”本当に彼のためだけなのですか。自分のためじゃないんですか?”

 ……違う、違う!! 

 ”卑しい。彼のためにと言って結局は自分が一番。そんな卑しい雌犬は彼に相応しくないです”

 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!!

 ”あなたなんかより相応しい人がいますよ。そう、例えば……わたしの様な”

 そう言うと、目の前の私はあの女に変わった。
  図々しいあの女、レイナに。

 ”そう言う訳だ。雌犬は引っ込んでくれないかな? 結局の所、シュンに依存しているだけの
  雌犬には、彼を苦しめる事はできても幸せにはできない。彼のためを思うなら……目の前から
  消えるべきだと思わないか。 メ ス い ぬ さん?”
 
  何で……あなたに……急にでてきたあんたなんかにっ!!!!! 
 
  私と!! シュンの!! 関係を!!

 どうこう言われなくちゃいけないのよ!! 消えなさいよ!! 泥棒猫!!

 私は印を切り、魔法を発動させる。あの女の周りの空気が爆発し、高熱が巻き上がる。

 ”あははははは!!図星なんだな、雌犬!”

 忌々しい雌猫はバラバラになっていく。でも、首だけになっても、狂ったように笑いながら
  勝ち誇った様子で見てくる。

 嫌! 嫌! もう嫌! 助けて……助けて! シュン!

”アイラ! アイラ!!”

 薄れていく意識の中、シュンの声が聞こえたような気がした……。

         ―――――――――――――――――
 
  ……嫌な夢を見た。
  あの日の夢を見たことはこの一回だけではない。その度に、自分に対する嫌悪感と、
  シュンに対する依存と愛情が深まっていくのを感じる。

 それにしても、今度はあの女になったのか……。前は……誰だったか。思い出したくもない。

 私には、自信がない。シュンはとても魅力的だ。小さい頃も、周りにはいっぱい仲間の子がいた。
  私なんかが近くにいてはいけないのかも知れない。そんな思いが、何回も私に似たような
  夢を見させる。シュンを独占したい。けど、自分に自信が持てない。
  だめだだめだ、こんな事を考えては。
  もっと、もっとシュンの役に立てるようにならなきゃ。胸を張って彼の隣にいれる様に。

 起き上がり、カーテンと窓を開ける。まだ少し、空は暗い。ふと下を見ると家の前に彼がいた。
  訓練用の刀で、素振りをしている。こうやって、日々の鍛錬を惜しまないのが彼の強さを
  作ってる一つだ。……私もやらなきゃ。

 シュンに気付かれないように窓を閉め、私はローブに着替えて瞑想の準備をした。

2006/06/10 To be continued...

 

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