「―――――って、ちゃんと聞いてますか?ウィル」
「えっ?あ、いや、すいません…」
騎士団の詰め所で不服そうに半眼で睨む銀髪の女性。童顔に甲冑という、
不似合いなその井手達は城内では見慣れた光景だった。
「もうっ、だからですね、ウィルには『王の盾』は向かないと思うんですよ。
ウィルは昔から独りで敵陣に特攻するきらいがあります。戦争してた頃なんて私がいなかったら
何度命を落としていたか……
だと云うのに王族の護衛なんて」
先ほどから俺に不満をぶちまけている目の前の女性は我らが王国騎士団の団長マリィ=トレイクネル卿。
どうやら俺が王族の人間を護衛する騎士団とは独立した騎士―――『王の盾』に任命されたことが
お気に召さないらしい。
彼女の言っている内容は耳ダコだったので正直ウンザリしていたが、
俺の元上司のうえ一応心配して言ってくれているので無碍に扱うこともできない。
始めに断っておくが俺は別に団長のことが嫌いなわけじゃない。むしろ好感を持っている。
騎士の名家トレイクネルの出身にも関わらずそれを鼻にかけたりしないし、
俺のような平民出の騎士にも良くしてくれる。
甲冑を着ていなければ騎士とは思えないその物腰の柔らかさはこの王国の王女様より王女らしい。
団員の中には盲目的に崇拝している者がいるくらいだ。かくいう俺も団長を尊敬している。
戦争が終わった今、彼女のような騎士になるのが俺の目標だ。
団長と初めて会ったのは二年前。まだ隣国と戦時中だった頃だ。
傭兵として武勲を立てた俺は騎士団に入団し、当時まだ一部隊の隊長だった団長の元に配属された。
既に国内にその名を馳せていた彼女を初めて見たとき当初抱いていたイメージと大きく違っていて驚いた。
「一振りで十人の兵を吹き飛ばす」だとか「素手で城門をこじ開ける」とか噂されていたので、
どんな大女かと思えば実際は俺よりも小柄な女性だった。
顔立ちも未だ幼さが抜け切っていない。聞けば俺と年はそう変わらないらしい。
口調や態度も騎士とは到底思えなかった。
こんな少女に部隊長など務まるのか。そう疑っていたが、配属されて最初の戦でその疑惑はすぐに
解消された。
彼女の強さは本物だ。敵の大部隊に包囲されても団長は容易くその包囲網に穴を穿つ。
間合いに入った敵兵は例外なく一太刀で絶命させられる。
俺も若干16歳で騎士になった天才とかまわりに持ち上げられたが、それとはまるで次元が違っていた。
以後もその強さはさらに磨きがかかっていった。
あるとき、そんな団長に強くなる秘訣を尋ねたことがある。だが彼女は
「守りたいものが出来たからですよ」
と微笑うだけでそれ以上は何も教えてくれなかった。
その頃には俺も「戦姫マリィの懐刀」としてそれなりに有名になった。
入団してから一年と半年。団長の凄まじい活躍によってこちらの圧倒的勝利で終結した戦争は
マリィ=トレイクネルの名を国内はおろか、周辺諸国にまで轟かせることになった。
戦後処理が終わるとその戦績から彼女は騎士団の団長に、俺は『王の盾』に任命された。
それが今から数週間前。
「―――――というわけであなたの戦い方は危なっかしくて見てられません。
誰かが側について見張っていないと。ですから、『王の盾』より私の部隊にいる方が
いいと思うのですがウィルはどう思いますか?」
俺が回想しているうちにお小言は終わったようだ。さて、どう答えたものか…
「でも『王の盾』に就いて日も浅いですから俺に向いてないとはまだ……
第一、姫様の直々のご指名ですし…」
「そう!姫様!姫様なんですよ!」
…回答を間違えたらしい。団長は更に声を荒げて捲し立てる。
「姫様は騎士団員のことをあまりよく知らないのに、よりによってウィルを指名するなんて!
だいたい姫様は―――――」
まだしばらくは開放してくれそうにない。長丁場を覚悟していたが背後から思わぬ助けが入った。
「あぁ、ウィリアム様」
振り向くと俺を捜していたらしい姫様の侍女が立っていた。
「こんなところにいらっしゃったんですか。姫様がお呼びで……ひっ!」
言い切る前に侍女は小さく声を上げた。なんだ?団長を見て驚いたっぽいけど……
「? どうした?」
「あ…いえ、その……姫様がお呼びです」
少し顔を蒼くしながらも気を取り直してそう言った。
「わかった、すぐ行くよ。すいません、団長。姫様に呼ばれていますので俺はこれで…」
「……仕方ありませんね…構いませんから行ってください」
「すいません」
もう一度謝って詰め所をあとにしたが団長の最後の笑顔が妙に気になった。
「…はぁ」
ウィルの後ろ姿を見送ると私は溜め息をついた。侍女も知らない間にどこかへ行ったらしい。
いけない、いけない。さっきは王女がウィルを呼んでいると聞いて咄嗟に殺意を隠しきれなかった。
ウィルが私の側を離れ『王の盾』の任に就いておよそ二週間。まだ彼とは18時間33分27秒しか
会っていない。ただでさえ貴重な会話の時間を邪魔されたうえにその張本人が王女と知って
怒りで思考が停止しそうになった。
あのワガママ娘は私からウィルを奪っただけでなくのんびり会話もさせないつもりなのか。
王族でなかったら今すぐくびり殺しに行っているところだ。
ウィルが私の隊に配属されて最初に驚いたのがその戦い方だ。
先陣をきって敵中に飛び込み目に付く敵兵を手当たり次第に斬り殺していく。
普段の押しの弱そうな彼の印象とはかけ離れた戦い振りはインパクトを与えるには充分だった。
私も単身で突撃することはよくあるが自分の実力で突破できると踏んだときだけだ。
でも彼のそれは全く考えなし。まるで命が尽きるまで何人殺せるか競っているような。
いったい何が彼をそこまで駆り立てるのか不思議に思った。
まだ私には戦う理由なんて何もなかったから、ただ単に仕事として戦をこなすだけ。
騎士になったのも出身がたまたま騎士の家柄だったというだけ。
だから何かしら戦う理由を持っているウィルが羨ましかった。
ウィルの戦う理由。それはすぐに私の耳に入った。彼はフォルン村の出身だった。
先の戦争の発端になったフォルン村の虐殺事件。
当時不作続きで疲弊していた我が国を隣国が侵略、国境にほど近いフォルン村が襲われた。
ウィルはその事件の数少ない生き残りだった。
復讐。単純だが人を突き動かすには充分な動機だ。私は彼の進む先がどんなものか知りたくなった。
戦のときもそうでないときも常に眼は彼の姿を追う。彼自身に惹かれるようになるまで
そう時間はかからなかった。
そして幾多の戦いを重ねるうち、ウィルを守ることが私の戦う理由になった。
戦争が終わった今でもウィルが私の心のウェイトの殆どを占めている。
どうやらもう彼なしの生活は送れそうにない。
なのに、ここ二週間ウィルを見る機会が減っている。無論、彼が『王の盾』になったせいだ。
戦以外での彼の姿を見るために戦争を早く終わらせるよう尽力したのにこれでは全く意味がない。
―――――こんなことなら戦争、終わらせるんじゃなかったな…… |