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小さな恋の物語

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1

「私のことは好きか?」

蝉の鳴き声が響く縁側でスイカにかぶりついている傍らの少年に伊吹綾(7)は唐突に尋ねた

「ふぇ?」

一切れ目を食べ終え、二切れ目に挑みかかっていた岡野誠(4)は口の中のスイカを咀嚼しながら綾に顔を向けた
口の中をもくもくとさせながら不思議そうな顔をしている誠に綾はもう一度同じ質問を投げかける

「誠は私のことは好きか?」
「うん、ひゅきだよ」

口の中に頬張ったままそう答えながらうなずいたので口から涎ともスイカの汁ともつかない液体が誠の
口周りとシャツに飛び散り、綾の真っ白なワンピースにも一つ二つの染みを浮かび上がらせた

「そうか、私も誠が好きだから私たちは両想いだな」
「りょうおもい?」
「そうだ、両想いだから結婚も可能だ」
「ケッコン?」

幼稚園に上がったばかりの誠には理解できない言葉を操りながら
綾は自分ワンピースの染みなど一顧だにせず誠の口周りをハンカチで拭ってやる

「そうだ。大きくなったら私と誠は結婚するんだ」
「そうなの?ケッコンするとどうなるの?」
「結婚すると私と誠はずっと一緒にいられるんだ」
「ほんとう?ごはんもいっしょにたべるの?」
「ああ、ごはんも一緒だしお風呂も寝るのも一緒だ。何をするのも私たちは一緒。それが結婚だ」

綾は結婚というものがどういうことかを誠にも理解できる言葉で教えた

「ふーん…じゃあいまとぜんぜんかわらないね。ごはんもおふろもねるのもいっしょだし」

綾の説明を聞く限り、結婚という物は何をするのも一緒だという。
だがそれが結婚だというのであれば自分たちは既に結婚しているのではないか?
昨日の夕食も一緒だったし風呂にも一緒に入った。おまけに寝るのも同じ布団だったではないか

「そうだな…今とあまり変わらないな…だが誠が小学校に行くようになったら
  ご飯は一緒に食べられるかもしれないがお風呂と寝るのは一緒じゃ無くなるかもしれない」
「どうして?」
「どうしてもだ」

小学校に上がり、なんとなくではあるが社会の空気というものを理解し始めた明敏な少女は
今の環境がもう、そう長く続かないことを察していた
しかし目の前にいる少年はこの状態が当たり前で永遠であると思っている。彼の年齢を考えれば当然ではあるが……

「えーそんなのやだー」
「嫌か?」
「うん、やだー」
「じゃあ…」

体ごと自分に振り向かせ、頭一つ低い位置にある瞳を見つめながら誠に詰め寄る綾

「私と結婚してくれるか?結婚すれば誠が大きくなってもずっと一緒だ。ご飯もお風呂も寝るのも全部だ」

その瞳には小学生になったばかりの少女とは思えない「何か」が篭っていた
さっきまでうるさいくらいに誠の耳に響いていた蝉時雨がいまは遠くから聞こえてくる。
そしてそれははまだ頑是無いといっていい誠にも伝わるくらいの「何か」であり、
見えない力に押さえつけられたように誠は首を縦に振った

「うん…でもケッコンってどうやるの?」
「これから私の言うことに「はい」で答えるんだ。難しく考えることは無いぞ」
「それだけでいいの?」
「そうだ…では始めるぞ…こほん、誠は綾を妻とし、病気のときも元気な時も時も一緒に過ご
  し綾を永遠に愛することを誓うか?」
「はいっ!」
「よし、じゃあ私が良いというまで目をつぶっててくれ」
「はーい」

言われるままに目をつぶった誠の頬を両手で挟みこむ。その手の温かさに言いようのないくすぐったさを覚え、
目を開けようとした刹那

チュッ…

誠が目を開けるのと唇に柔らかく冷たい何かが押し付けらたのはほぼ同時であった

「ん…んむ…んくぅ…」
「ん〜〜ん〜〜…」

歯を割り開き綾の舌が誠の口の中に進入し舌を絡ませて口内を思う様蹂躙する

クチュ…クチュ…

「ぷはっ…」

息が続かなくなりどちらとも無く離れたが細い銀の糸が幼い二つの唇を繋いだ

「くちのなかがなんかぬるぬるする…」
「そのうち慣れる。結婚すると毎日これをやるんだからな」
「毎日?」
「そうだ、毎日だ…もうちょっと大きくなったらもっとすごいこともするぞ」
「もっとすごいことって?」
「誠が大きくなってからのお楽しみだ」

そういって誠を自分の頭を膝に乗せる。ふんわりとした心地良い感触が綾の太ももをくすぐった

「これで私たちは夫婦だ、ずっと一緒にいられるぞ」
「ふーふ?」
「結婚した男女のことだ」
「ふーん…まぁいいや!これであやねーちゃんとずっといっしょにいられるんでしょ?」
「ああ、ずっとずっといっしょだ」
「やったぁ!あ、そうだ、ねぇねぇっ!」
「なんだ?もっとすごいことは誠がもう少し大きくなってからだぞ?」

「かすみねーちゃんともケッコンしていい?」

その瞬間綾の瞳の奥に稲妻が疾ったように見え、誠の頭に敷いてる柔らかい太ももが強張った

2

私には三歳下の幼馴染がいる
いや正確に言うと結婚しているから夫と言ってもいいのかもしれない
まだ入籍できる年ではないので法的には夫婦といえないがそれは些細な問題だ
私と彼はそういう誓いを立てたのだから世間がなんと言おうと私たちは結婚した夫婦だ
そこに他人の承諾など必要としていない。少なくとも私は
だから今が誠―私の夫―と同じ布団で寝ているのも誰かに文句を言われる筋合いのことではない

「誠ちゃんはもう寝ちゃった?」

不意に後ろから呼びかけられた

「さっき寝付いたばかりだ。夫の安眠を妨げるのはやめてもらおうか、――姉上」
「え〜まだおやすみのキスもしてないのに〜」
「それなら私がもう済ませた。姉上の…「愛人」の出る幕ではない」
「愛人じゃありません〜私も誠ちゃんの奥さんです〜」
「面白い冗談だな…」

そういいながら姉―伊吹霞はさっさと私と反対側にもぐり込んだ。夫婦の寝所に入り込むとはいい度胸だ

「ん……誠ちゃんの匂いがする〜」
「夫婦の寝所に割り込むな、愛人の分際で図々しい」
「だからぁ、私も誠ちゃんの奥さんだってば〜ちゃんと"式"もあげたんだから〜」
「まだ何も知らない誠を騙してあげた式など認めん。それに最初に誓いを立てたのは私だ」
「綾ちゃんだって似たようなもんじゃないの〜幼稚園に入ったばかりの誠ちゃんを誑かして結婚するなんて…
お姉ちゃんそんなふうに綾ちゃんを育てた覚えはありません」
「姉上に育てられた覚えはありません。さっさと出て行ってもらいましょうか」
「綾ちゃんたら誠ちゃんを独り占めにする気?だめよ〜独占欲の強い女は誠ちゃんに嫌われちゃうよ〜」

ああいえばこう言う…口の減らない愛人だ。
大体自分の年を考えたことがあるのか

「誠と7歳も離れているくせに―14になる女が7歳になったばかりの誠の妻を名乗るとは恥を知れ
その点私は誠と3つしか離れていない。誠が18なら私は21。全然問題ない。」
「あら、それなら私は25でしょ?問題ありません〜」
「大有りだ。誠が23の時姉上はいくつになっていると思っている」
「そのときは大人の女の魅力に誠ちゃんは夢中になってる頃だわ」
「誠に熟女趣味はない。私が阻止する」

ああ何故私は自分の姉とこんな不毛な議論をしなければいけないのだろうか
そもそも誠が姉上に結婚しようなどと言うからこんなややこしいことになったのだ
…いや私もいけなかった
誠に結婚は2人でしかできないことをちゃんと教えなかったのがいけないのだ
ちゃんと説明していれば今頃私と誠2人きりの布団の中で互いの夢を見ながら眠れただろうに…

「ほらほらそんなに大きい声出したら誠ちゃん起きちゃうよ〜」

私が懊悩している間にも誠は小さな寝息を立てて眠っている
愛らしい寝顔だ。私の夢を見ているのだろうか。いやきっとそうだそうにちがいない

「かわいい寝顔…きっと私の夢を見ているのね〜」

だまれ愛人

「面白い冗談だ姉上。夢の中でまで私たち夫婦の邪魔をするか」
「邪魔なんかしないよ〜」
「いい心がけだ。できれば現実でもどうであって欲しいものだ」
「きっと私と綾ちゃんと誠ちゃん…3人一緒の楽しい夢をみているんだわ」

姉上の手が誠の髪をなでると少しむずがった様に寝息を乱したがすぐにまた規則正しい寝息に戻る

「ふふふ…かわいい〜」
「誠の安眠を邪魔するな…もう寝るぞ」
「はいはい…おやすみ〜…夢の中で3人で会いましょうね〜」
「だが断る」

そういって私は豆電球の照明を落とした
オレンジの柔らかい光が無くなると真っ暗な闇に包まれる中。誠の寝息だけがかすかに響いた

3人一緒か…
私と手をつないで楽しそうに笑う誠
その反対の手は姉上がつないでいる
優しい笑顔で誠を見るめる姉上
それを見ている私は――
きっと姉上と同じような顔をしているだろう
その想像をなぜか優しい気持ちで見守っている自分がいる
そう、こういうのも悪くないかも、と

私は自分がとびきり優しい笑顔で微笑んでいるのも気づかずに夢の扉を開いた
先に待っているであろう誠に会うために――

3

「誠、今帰りか?」

私は努めて優しい声で校門をくぐって来た誠に声をかけた
そう、努めて優しく――

「あ、綾姉ちゃん」
「誠クンのお姉さん?」

耳に心地良く沁みる誠の声に被って耳障りなノイズが私の鼓膜を刺激する
――不愉快だ

「私もいま終わったところだ。一緒に帰ろう」

ノイズを無視して誠に声をかける
テストで午前中に終わった後、私は図書室で予習しながら時間をつぶした
中学に上がって誠と一緒に帰るのが難しくなった
部活や委員会がある私の下校時間と小学4年生の誠のそれには開きがある――
だからテスト等で何もないときはなるべく誠の下校時間に合わせるようにした
我ながら涙ぐましい努力だ

「うん、帰ろー」

努力が報われた瞬間だ
私は当然のように誠と手を繋いで家路に就く、はずだった

「誠クン今日一緒に宿題やる約束でしょ?」

誠より若干背が高く長い髪をツインテールで纏めている
傍目に見てまぁ容姿は可愛いといって良いだろう少女は誠の手を引っ張った

「おや、誠の"お友達"か?なら紹介してくれ」
  (私の誠に気安く触るな。名を名乗れ小娘が)

「初めまして"お姉さん"。佐伯奈菜です。誠クンの隣の席で仲良くしています」
  (名札が見えないの?その年で老眼とか?てーか人に聞く前にそっちから名乗れよ)

「奈菜ちゃんか良い名前だな。私は息吹綾だ。いつも"私の"誠と仲良くしてくれてありがとう」
  (小便臭い小娘に名乗るほど私の名前は安くない。いつまで誠の手を掴んでいるつもりだ、分を弁えろ泥棒猫)

「そんな…仲良くしてもらってるのは私のほうですから"お姉さん"は気にしないで下さい」
  (私のってなに?ショタ?冗談はてめーが買い漁ってるペラい本の中だけにしろよ雌豚)

なんとなく互いの本音が見え隠れする社交辞令の応酬
気に入らない
もう一人の私が囁いた
こいつは敵だ、と――

4

綾姉ちゃんは笑顔で挨拶してる
奈菜ちゃんも笑ってる

なのに何故か僕のお腹は冷たい牛乳を飲んだ時のようにひんやりとして
頭の後ろのほうがチクチクとしている

「さぁ誠、宿題なら家に帰ってから私が教えてやろう。お友達に迷惑をかけたら嫌われてしまうからな」

そういって綾姉ちゃんは僕の手をぎゅっと握った
綾姉ちゃんの掌は温かい
温かくてじんわりと掌が汗ばんできた

「誠クン、私全然迷惑だなんて思ってないよ?家でおやつ食べながら一緒に宿題しましょ。ね?」

奈菜ちゃんの掌はヒヤッとして気持ちがいい
肘の裏にピリッと電気が走るような冷たさが脇の下を通って背中がゾクッとした
そのゾクッとした感覚が綾姉ちゃんの掌の温かさをなおさら意識させた

僕のお腹がカキ氷を食べたときみたいにキュウッと縮まって
頭の後ろがズキズキと音を立ている感じになってきた
この感覚はなんだろう?

学校の宿題を忘れたときの僕
給食にキライな物がでたときの僕

ちょっと違う気がする

綾姉ちゃんと霞姉ちゃんのどっちの隣に座ろうか考えてるときの僕
夜中に目が覚めたときにどちらに寝返りを打つかちょっとだけ考える僕

なんとなく近い気がする

綾姉ちゃんが僕を抱っこしてる霞姉ちゃんを見つけたとき
霞姉ちゃんが僕のほっぺたに付いたご飯粒を食べた綾姉ちゃんを見たとき

ものすごく近い気がする

でも今の綾姉ちゃんと奈菜ちゃんにはそれ以上の何かを感じる

コレはなんだろう?

右手の温かいが熱いに変わって頭の後ろのズキズキと混ざってきた
左手のヒンヤリが冷たいに変わってお腹のキュウッとした感覚と混ざってきた

その二つが僕の首の後ろの方で互いをじっと睨み合ってる感じがする

僕はコレの名前をしらない

コレは一体なんて言うんだろう?

5

最近誠の様子がおかしい

学校から帰って来るとすぐまたどこかへ遊びに言ってしまう
いや遊びに行くのは別にいい。誠にも仲の良い友達もいるだろうし
遊んでいる友達も全て同性だというのも把握済みだ

だが…

何をして遊んでいたのかをさりげなく聞いて見てもどうもお茶を濁されてしまう
誠も6年生だし友達同士の秘密というのもあるのだろうが…
最近は一緒にお風呂も入らなくなったし寝るときにも端の方にいってしまう
お休みのキスだけは頑として譲っていないが

反抗期といえばそれまでなんだろうがやはり妻としては心配になってしまう
まさか…

まさか友達に悪い遊びでも教えられてそれに夢中になっているのだろうか
まさかビニール袋の中に揮発類(主に接着剤)を溜めて匂いに耽るなどという
危険極まりない遊びを友達から!?

待て落ち着け私

誠がそのような遊びに耽るはずがなかろう
誠の歯は白く輝いているし目も充血していない
あらぬ方向に向かって話しかけている様子も無い
第一そのような遊びをしているのなら妻であるこの私が気づかぬはずが無い

では何故?

無論誠のことは信じている
あの奈菜とかいう小娘がいまだにまとわり付いているのは気に食わないが
あくまでも”お友達”という範囲を逸脱してる訳ではない

ふっ無様だな小娘

いかんいかん

今はあんな小娘ごときを気にかけている場合ではない

とにかく誠の様子がおかしいのは確かなのだ

何か悩みがあるのならば当然妻であるこの私が助けになってやらねばならぬ
その手がかりを掴む為にこうして誠の部屋にいるのは妻として当然の事なのだ
何ら恥じることではない
無いったら無い

余り物が置いてない為広く感じてしまう六畳間の部屋を見渡す
勉強机、パソコン、本棚、クローゼット、TVにゲーム機
ベッドは置いていない

当然だな
誠は夜は私と同じ布団に入るのだから

……愛人が付いてくるのが噴飯物ではあるが今は置いておこう

ざっと見渡しても特に怪しい物は何も無い
クローゼットの中にも衣類だけ

やはり反抗期なのか…

安心すると同時に一抹の寂しさが心に残る

大人への通過儀礼とはいえ寂しいものだな…

しかしそれは誠が成長している証なのだ
ならば温かく見守るのが妻として当然の勤め

そう心に誓いを新たにしている私の視界をパソコンの起動ランプの点滅が刺激した

いかんな
パソコンが付けっぱなしでは無いか
電気の無駄使いはいかんぞ誠

もったいないおばけの話を久しぶりに夜の寝物語に語ってやろう

電源を切るために一度モニターの電源を入れる
マウスを操作してスタートボタンにポインタを合わせた時

画面上のショートカットに奇妙なアイコンを見つけた
小さくて見づらいが制服のようなものを基調としたアイコン

私は好奇心に駆られてそのアイコンをダブルクリックするとタイトルが出てきた

 

  「 同○生 」

 

………………………………………………………

………………………………………………

………………………………………

………………………………

………………………

………………

………

………ふっ

ふふふふふふふふふふふふふふ…

そうか

そういうことだったのか誠

そうだったな

男子には反抗期と同時にもう一つ芽生える感情があった

そう

第一次性徴

異性への興味

ふふふ

その経験したことの無い激情を誠は持て余していたのか

だから最近一緒にお風呂に入らずに寝るときも私を避けていたのだな

なるほど全てが繋がった

安心しろ誠

お前は他の友達と違う

誠は"こんな物"に頼る必要は無いのだよ

誠には私が…妻であるこの伊吹綾がいるのだ

それを今夜教えてやろう

さぁそうと解れば早速準備をしなければ

まずは家族計画だな

学校の友人に分けてもらった分だけでは心許ない

誠が帰ってくる前に調達しておかねば

っとその前にやることがあったな

私は画面に写っている"こんな物"に目を向けた

短い間であったが誠の激情を受け止めてくれて感謝する

どこの誰かは知らぬし名前を聞くつもりも毛頭無いが礼だけは言っておく

もう二度と会うことは無いとは思うが貴様のことは誠の部屋を出るまでは覚えておいてやろう

ではさらばだ

私は心の中で礼の言葉を述べるとアンインストールのボタンを押した

ああ

誠のパソコンから同級○が消えていくのと同時に私の中からもどろどろとした何かが消えていく

実に爽快な気分だ

今日は早く帰ってくるのだぞ

2006/12/28 更新

 

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