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The Privilege

 

1

今日の部活は早めに切り上げた。
これから三人で会うことになっている。
なんでだか知らないが、いつのまにかそれが決まりになっていた。

待ち合わせ場所は、私がいままでいた体育館のすぐ側、
そこにある小さな休憩スペースを指定していたのだが、
私が来るよりも随分と前から、二人は待っていたようだった。
一人は、黒色のショートボブ。勝気そうな瞳。すらりと長い手足。
一人は、茶色のツインテール。特徴的な垂れ目。小柄な体。
どちらも少々いらいらしながら、携帯をいじったりジュースを飲んだりしていた。
「待たせたな」
私が声をかけると、二人は待ちくたびれたといった顔で振り向いた。
今日も、戦いが始まる。

 

「そろそろ同盟を解消したくなってきたわ」
黒髪が言う。
肩に掛けた竹刀入れを揺らしながら。
チャンバラで一勝負、とでも言うのだろうか?
この女は、脳みそまで筋肉でできているのだろうか。

「もっと仲良くしましょうよぅ……」
そう呟くのは茶髪だが、いちばん油断がならないのがこの女だ。
弱々しい振りをして、裏で相当えげつないことをしていると、私は知っている。

二人は一瞬、目を合わせて、そして図ったように同時に私を見た。
「そうよね。仲良く、ね」
黒髪が笑う。
ち。
こいつら、何を企んでいる?
「わたしたちは、あの人を見守るために同盟を組んでいる。そうよね?」
私は頷く。
「そのとおりだ。三人で彼を守る。他の女どもの魔の手から」
「抜け駆けは許さない。接触さえ許さない」
茶髪が唱和する。
最後に黒髪が、厳かに、まるで神の予言を告げるように、言った。
「わたしたちは三人で彼を守る。――ああ、」
黒髪は竹刀入れを肩から下ろした。
「そういえば、知ってる? バドミントン部の――あなたの後輩に、彼に告白した娘がいるの」
「なに?」
聞いていない。
誰だ?
「高橋さんよ。知ってるでしょう?」
「あの娘か」
私は美人ではないが明るい性格の一年生を思い浮かべた。
「だめじゃない。監督不行き届きでしょう?」
黒髪はにこやかに竹刀を差し出してくる。
「そういうのってぇ、部長さんが責任を取るべきよねぇ?」
茶髪の無邪気な笑顔が私に追い討ちを掛ける。
そうやって、私一人に汚れ仕事を押し付けるのか。
「とっととヤキ入れちゃってね。わたし、これから友達と約束があるの」
「あたしだってぇ、今日は早く帰ってお風呂に入りたいのよぅ」
二人は勝手なことを言って、勝手に去っていった。
後に残された私は、ただ理不尽な怒りを抱えて、
それをぶつける対象を見失って、ただ立ちすくんでいた。
今日の戦いも、負けだった。

私はするべきことを弁えていた。
それを実行するつもりでもいた。
客観的に見れば、許されないことかもしれない。
もし、あの二人がいなければ、こんなこと、しなかったのかもしれない。
けれど、逃げることは許されない。
それが"同盟"なのだから。
そして。
……私だって、彼に近付く女を許せないのだから。
私は歩き始めた。
彼女はまだ残っているはずだ。

竹刀は使わなかった。せめてもの意地だ。
私は家路に付いた。
薄暗くなった道を、一人で歩いていると、
なぜだか自分がひたすら惨めに思えてくる。
あの二人に言いように使われているだけではないのか。
あの二人は私の知らないところで彼に近づいているのではないか。
自分の家の、その隣の家の前で立ち止まる。
表札には、愛しいあの人の名字。
インターフォンを鳴らす。
そしてわたしは、今日もカッターナイフを取り出す。
手首の上でその冷たい刃を滑らせたとき、
「――――!」
彼が血相を変えて飛び出してくるのを見て、私は薄く笑った。
「またこんなことを!!」
傷口にハンカチを押し当てながら、彼は泣きそうな顔で私を抱きすくめる。
これだ。
あの二人には、こんなことはできないだろう。
私だけ。
ずっと隣の家に住んできた、私だけの特権。
幼馴染の私だけが、彼をこんな顔にできるのだ。
救急車のサイレンを遠く聞きながら、
私は彼の肩に顔をうずめていた。

2006/02/17 完結

 

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