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桜前線

2007.03.25

3月20日

世間じゃ、誰もが暖冬だ、暖冬だなんて騒いでいる昨今であるが。
俺はそんなこと、端から信じてなんかいない。
だってめちゃくちゃ寒いし。この間まで休日は引きこもってコタツにはまりこんでいた。
若干1名、やかましい隣人が、外に引っ張り出そうとしていたが。
小学生低学年のころから高校生に至るまで、ほとんどクラスも一緒だった、幼馴染の少女。
思えば幼いころからそのスタンスは変わっていなかった。
どちらかというと内向的な俺が家で遊んでいて、傍若無人に人の家に上がりこんできたヤツが
俺の腕を引っ張って、山へ、川へ、俺の意見など聞く耳持たず、つれまわすのだ。
それだけならば別に文句はなかったのだろうが、連れ出された暁には、どこかしらに傷を負って帰宅することに
なってしまうというオマケまでセットになっていたものだから、そのパターンが確たるものとなり始めたころには
いい加減うんざりしていた。それでも周囲からは妬みや謗りの目線を浴びせられていたが。
まったく、見た目が平均より少し高めというのはこういうときにはとことん負の方向にベクトルをあわせてしまうものらしい。
しかし、そんな日々にもとうとうオサラバを告げることになった。
この春、今の家を引き払い、現在の居住地である中国地方の山奥を離れ、東京で暮らすことになったのだ。
環境が大幅に変わることに対する不安がないわけではないが、昔の同級生で、東京に暮らす知り合いは少なくない。
別に一人暮らしをはじめるというわけでもなし、さしたる不安はない。
転校先の学校にも、昔の知り合いが数人いるという話も、母親から聞いている。

さてと、忌まわしい過去は早いところ切り離して、荷物の整理を進めなければな。
家財道具の搬出は1週間後だ。

3月23日

もともと自分の部屋はそんなに広くなかったから、たいした荷物にならないだろうと思っていたが。
考えが甘かったらしい。思った以上に荷物が多い。
どうもおかしい。自分でこれほど山積みになるような荷物をまとめた覚えがない。
もしかしたら母親が勝手にまとめてしまったものが混ざっているのかもしれない。
そう思って、手近なところにあったダンボールをあけてみると、アルバムが出てきた。
どうやら俺が生まれた直後のころからの記録らしい。
ついつい興味がわいて読みふけってしまったのだが、途中からヤツがフレームの大半を占めるようになった。
別に嫌っているわけではないが、ここまであからさまだと、せっかくの自分の成長記録が阻害されたような気分になってしまう。
また、無駄に豪華な装飾の施されたアルバムに写真が収められていたことから、重量もかなりのものだ。
結局、迷った挙句、大半の写真をアルバムごと処分することにした。

4月3日

引越しの作業があらかた完了した。
一軒家からマンションへの引越しだったこともあって、どうしても手狭な感覚は付きまとうが、
周囲の環境は今までとは比較にならないほどよくなった。
幸いに通学に電車を使う必要もないらしく、ラッシュに巻き込まれることもないそうだ。これは助かる。
昔、東京に遊びに来たときはあのラッシュで窒息死しかかっていたのだ。
あんな思いをすることだけは避けたい。
そして、来週から通うことになる学校の同じクラスに、小学生のころの同級生だった白川 綾菜さんがいるという
情報を(母親が)キャッチした。忘れもしない、俺の初恋相手だ。
当時もそれなりに仲がよかったが、ある日突然東京に引っ越していったのだ。
その後、手紙のやり取りはあったが、いつしかそれも途切れがちになり、中学を卒業するころには
完全に音信不通になっていた。それでも、小学生のころから中学卒業前までという時間は決して短くはない。
今から再会したときにどんな反応を見せてくれるか、楽しみである。

一方で、少し気になることもある。
ここ数日、妙な事件が連続して発生しているのだ。
通り魔事件だ。そして狙われるのは決まって「白川」の姓を持つ女性なのだそうだ。
満開の桜の花弁が舞う中、被害者は鈍器のようなもので殴られ、
血と桜の花弁にまみれた姿で発見されるというケースが頻発していて、ワイドショーなどでは「桜前線事件」などと
勝手に名づけて騒いでいるようだ。
それというのも中国地方の一角で最初に発生したそれは、徐々に北へ北へ、桜前線の北上に
合わせるかのように、発生場所が北上しているからだ。
幸いにして今のところ死者こそ出ていないようだが、まったく、とんでもないヤツもいるものだ。

・・・そういえば、このあたりの開花予想は、来週の頭らしい。
白川さんとの再会のことを考えると、頬が緩んだ。

 

『・・・・また会うのが楽しみだな(ね)』(二人分の声が重なっている)

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