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アンダーグラウンド・ウォーヘッド

基本配色
代替配色1
代替配色2
代替配色3
代替配色4
代替配色5



1

「緋ノ峰君、脚組みの発注はもうできてるの?」
「はい、できてます。会場設営の1ヶ月前には南港に搬入される予定です。倉庫も確保していますので、
  当分はそこに置かせてもらえる手はずになってます」
「OKOK。そっちは心配ないね。じゃあ、今日はあがってくれていいよ。お疲れさん」
「はい、では失礼します」

俺は緋ノ峰 孝信(ひのみね たかのぶ)、近所の国立大学に通うごくごく普通の大学生だ。
とあるイベント企画会社のアルバイトをしている。
現在は、地元出身のとあるアイドルのコンサートの準備に向けて準備中だ。

「あー疲れた。さてさて、帰ったらもう一つやっつけなきゃな・・・」
ちなみによんどころない事情により、別のアルバイトとして、下請けプログラマもこなしている。
そのよんどころない事情というのは自宅にいるのだが・・・

「ただいま」
「あー、お帰り、アニキ。食事、そこにおいてるから」
「おう、サンキュ」
家に帰るなり、声を掛けてきたのは義理の妹の緋ノ峰 七瀬。
色々と事情があって、今は俺のアパートから近くの高校に通っている。
ちなみに今年は受験生で、俺と同じ大学に入ると息巻いている。
成績は悪くないどころか、俺より上を狙えそうなものなのだが、これまた「色々な事情」
から、あまり遠くの大学に通うことは難しいとの判断らしい。

本日の夕食は焼き魚と酢の物、味噌汁に炊き込みご飯。七瀬お得意の和食メニューだ。
「それでアニキ、今度はどんな企画になりそうなん?」
口調から分かるように、七瀬の性格は大雑把で体育会系ノリ。
ショートにまとめた髪の後ろを自然に流しており、ぱっちりとした瞳が印象的だ。
プロポーションは抜群だがこのガサツさゆえ、二人で暮らしていて何ら色っぽいイベントに
発展するようなことは無い。お互い風呂上りには下着姿でうろついていたりするが
付き合いが長いこともあって特に気にしないし、洗濯なども別々にすることも無い。

「ああ、なんでも地元で売り出し中のアイドルのコンサートらしい。
  グラビアなんかではそれなりに売れているとか言う話は聴いたけどな」
「あー、アニキそっちのほうは疎いからなー」
「誰のせいだと思ってるんだよ」
「あー、何だよ、それは暗にアタシのせいだとでも言いたいんか?」

男女二人で気兼ねなく暮らしているとはいえ、お互い年頃の人間なもので。
各々の性別によって、まぁ、なんだ、色々と「特殊な事情」が発生することはあるわけですよ。
そんなときのために俺としては直球なビデオとか本とかの1冊くらいは置いておきたいのだが、
ガサツなはずの七瀬がこれだけは許してくれなかった。
その流れでグラビア誌の1冊すら持っていない現状だ。
まぁ俺としても一人でこっそり、七瀬に見つからない様にビクビクしながらナニするのも嫌だし、
逆に七瀬のを見てしまうなんてことにもなりたくない。
かといって授業とバイトで忙しい現状では彼女などいるわけもなく、
どうしても我慢がきかなくなったときには、その道に詳しい坂下(さかした)に
「そういう」店に連れて行ってもらうことにしている。
ただでさえ生活がきついのに痛い出費だが、哀しいかな、人間の3大欲求に対抗することなど、
できはしないのだ。

「別にそんなんじゃねぇよ。ごちそうさん。ああ、これから仕事すっから、パソコンは使用禁止な」
「マジで?またかよー、マキとメッセで話すつもりだったんだけど」
「ご近所なんだから、直接話せよ・・・・」
友達も多いみたいだし、もっと健康的に遊びにいくなり、彼氏の一人でも作ってしまえば、
俺の生活も少しは楽になりそうなものなんだがなぁ、、とは決して口にしない。
気さくな性格や外見から、告白を受けることもしばしばあるらしいのだが、どういうわけか
今まで誰かと付き合っているという話を聴いたことが無い。
本人曰く「こう、ビビッっとくるものがないんだよねー」だそうな。
まぁこの辺は男には理解できない部分なんだろうか。

食器を片付けると、七瀬は風呂に向かった。夏休み突入前の試験が近いから、そろそろ勉強を
始めるとかで、友人とダベるのは諦めたそうだ。

「さーて、明日は講義もないし、今夜中に1本くらいは仕上げてしまいますかねー」
パソコンの電源を入れる。
プログラム開発用ということもあって、それなりに高性能のマシンなので起動も速い。
すぐにデスクトップが表示され、使い慣れた開発環境を起動する。
今手がけているのはJavaを使ったWebアプリケーションだ。
便利だし、面白い言語なんだけど・・・作るのも動かすのも重たいんだよなぁ・・。
ともかく、納期は今週中なので、さっさと作業を始めることにする。

2

アニキは優しい。

両親と喧嘩して家を飛び出し、この部屋に転がり込んだときも、苦笑いしながらも
受け入れてくれた。10年以上の付き合いから、アタシが両親の元に戻る気がないことも、
その時点で察していたようだ。翌日にはアタシ用の生活器具一式をそろえてくれた。
元々両親とは仲が悪かった。アニキは両親の実の息子では無いけれど、家の事業の都合上、
どうしても男の子が欲しかったらしい。
そうして引き取られたのが、幼くして両親を亡くした男の子__後のアニキってわけ。
当時からアタシは両親から疎んじられていたから、当然のように仲が悪かった。
家出をしたことも何度もある。両親は探すこともしなかったみたい。
まぁ子供のアタシが一人で生活できるわけも無く、結局自分で戻ってきてた。
そうなることくらい分かっていたんだろう。悔しいけど。
だから、別に実の息子でもないアニキが両親からちやほやされていたことも特に気にしていなかった。
当のアニキはというと、やたらアタシに構ってきた。実の息子でもない自分が、
実の娘よりも気に掛けられているということが、逆に居心地が悪く感じていたのかもしれない。
ある日、家出していたのをおまわりさんに咎められ、保護されたときのこと。
アタシを迎えに来たのは両親ではなくアニキだった。
帰り際、アニキは、「父さんも、母さんも、いないと哀しいよ」
と、こぼした。
自分の実の両親を亡くしたときのことを言っているのだろうか。
でも境遇が違いすぎて実感が無い私には、理解のできない話だった。
でも・・・・理解できないといった私を見つめる瞳に溜まった涙は、今でも忘れられない。

2007/03/14 ????

 

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