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魔法使いの夢現

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1

世の中というものは、相当不公平に出来ているらしい。
目の前の光景を見ながら、ボクはため息をつくしかない。
目の奥が熱くなるけれど、ぐっと飲み込んでボクはこらえる。
だって。
だって、それは――絶対絶対、納得なんていかないけれど――絶対に、望んじゃいけないものなんだから。

ボクは、セナ。

冒険者パーティ“ソルティーヤ”の一員だ。

 この世界には、とても多くの冒険者がいる。いろんな目的を持ってる人がいて、いろんな理由で冒険をしている人がいる。
ボクの理由は……まあ、あれだけど、とにかくいろんな人がいるのだ。学がないから、難しい言葉は使えない。
「おーい、ミミィさーん、セナちゃーん、そろそろ町に着くけどいいかー?」
「うん、いいよー」
先頭を歩いていた少年が、ボクたちのほうを振り返る。それに対して、少し間延びした声で、ボクは答えた。
この男の子は、トウヤ君。男にしてはやや長めの髪に、すらりとした長い手足。顔は――
うーん、イケメンってほどじゃないんだけど、それでも二枚目の端っこには引っかかりそう。
でも、結構態度が軽くって、よく言えば人懐っこい。悪く言えば、クールでかっこいい評価が下がっていた。
ボクは魔術師をやってるんだけど、トウヤ君の魔法もまた凄い。特に氷の魔法が半端じゃなくうまくて、
本場の魔法使いをやってるボクよりも強いほど。他の魔法はからっきしなんだけど、剣と氷を組み合わせた、
速さを得意とする戦法は、思わず見惚れてしまうほどだ。
「――ええ、もちろん、構いませんわ」
そして、ボクと一緒に答えたのが、ミミィという女だった。

 ……この女が、気に食わない。

 しっとりした黒髪は、よく手入れされていて。どこかの貴族の令嬢が、略式で身につけるような格好をしている。
実際、どこかの貴族の娘らしい。行方不明になった家族を探してるって聞いた。
……なんだけど、とにかく気に食わない。この女、メンバーの中で、一番金銭感覚が壊れてる。
ボクはどうしても納得行かないし、それに……
「……なんだ?」
と、ちらりと向けた視線の先から、重い声が帰ってきた。
ゴーズさん。ボクたちの中では最年長で、果て無き強さを追い求めて旅をしているという変わり者の侍さんだ。
普通、冒険者は遺跡とかを探索して、お宝を求めるトレジャーハンターみたいなこともしているのに、
この人はその遺跡が険しくて修行が出来れば満足し、お宝なんかそっちのけの変人さん。なんだけど、
不思議とトウヤ君とはウマがあって、ボクたちが一緒になる前から、二人で旅をしていたそうだ。
二十歳ぐらい年は離れてるし、片方は軽い人で、もう片方は寡黙で重い人でと逆の性格をしているしで、
どこが合うんだか分からない所が本当に不思議だ。男の友情、というやつだろうか。
「んじゃ、町に入って、また食料の調達やら、お仕事やらと行きますかー」
冒険者は、町から町へと渡り歩く。時に樹海に入ったり、時に山を越えたりするけど、基本的に目的地を設定して、
そこでお金や食料、薬品なんかを準備してから出発するのだ。
当たり前だけど、お金がないと旅が出来ない。一番簡単に言えば、食料が買えないからだ。
なのに、この女が来てから、買う保存食の質が二ランクぐらい高くなったらしいのだ。
おかげさまで、やたらとお金が必要になって、とどまっている期間も随分長くなっちゃった。
ボクはさっさと遠くへ行きたいのに、こいつのせいでとどまっている。保存食なんて、何食べても同じのはずだ。
“あんな”ものより、よっぽど美味しい。なのに、なんでわざわざ高いものを買うんだろう。
「……はぁ」
ちなみに。
「……ちっ」
気難しいからよく分からないんだけど、その点だけはゴーズさんも同感だったみたい。
ちょっと嬉しかった。

――――――――――――――――――――――――

「さてと……」
どかっと背嚢を落として、中身をあさること数十秒。目算をつけること、数分。リストに書き出すこと、二分。
俺は前の町からやってきた時に使ったものと、次の町までの距離を計算して、補充する物品等を決めた。
紙が一枚無駄になるが、うっかり忘れてて死ぬよりは何十倍とマシである。
「トウヤ。終わったぞ」
「おう、お疲れさーん」
ぴっ、と、紙を見せてくれたのはゴーズだ。この男、一言で言えば修行好きの変わり者。魔法系の能力はさっぱりないのだが、
その分刀一本で生き抜く素晴らしい侍ぶり。その実力は……悔しいことに、俺よりも強い。
しかも俺は半分魔法にも頼っている戦い方だから、長期戦に持ち込まれてもアウトである。
別に無理に張り合いたくはないからいいのだが。
……のだが、脳みその中まで修行で出来ているらしく、冒険用品の調達はいつも大雑把。初めて行動を共にした際、
コイツよく生きていたものだと別の意味で感心した。結局俺が物品調達のイロハを教えて、ゴーズは随分成長した。
まあ、もっとも、そんな奴は、もう一人いるにはいるのだが……
「トウヤ君、いる?」
「おーう、いるぜー」
がちゃり、という、テンプレ通りの音がして、一人の少女が顔を出した。魔術師の、セナちゃんだ。
ある町で、三人以上はいないと依頼を渡せないとか抜かしやがったギルドに対して、利害の一致からメンバー入りを果たした一人。
……なのだが、冒険をしたことがないらしく、冒険用品の調達は何も出来なかった。あそこがセナちゃんの故郷だったのか、
それとも別の理由があるのかは知らないが、ともすれ俺は今度は彼女に物品調達のイロハを教えることになった。
どころか、冒険のイロハまで全部教えねばならないという事態になった。もっとも、女の子にモノを教えるというのは
男たるものヒジョーに嬉しいからいいのだが。そこ、現金とか言うな。
セナちゃんは、今回も背嚢を抱えて来ている。彼女の年齢、実際は俺よりも一つ年下のようなのだが、胸も含めた小柄な体躯は、
絶対もう少し下に見える。なんというか、マスコットだ。
「ここ、借りていい?」
「どうぞー」
間延びしながら、俺は答える。ずりずりと体を下げると、セナちゃんは中から荷物を取り出して、部屋の中に広げ始めた。
ゴーズはというと、部屋の隅っこで刀を抱いて見物体制。
この男、女性が苦手で、若い頃は仕事以外の用件では女性と話したこともなかったらしい。
「……骨董品かこいつは」
「は?」
「いや、なんでもねえ。忘れてくれ」
「……まあ、分かった。しかし、ミミィの奴は今日も来ないのか。まったく、あんな奴をメンバー入りさせたのは、
俺の痛恨の失態だったな」
「まあまあ、そう言うなよ。頼られてるって、嬉しいじゃん?」
そして、メンバー入りを果たしたもう一人が、ミミィという女性だった。しっとりとした黒髪に、同じ黒い目をした美人さん。
動作全てに品があって、いつも大人の余裕を絶やさない、俺の好きな人。ちょっと冒険用品とかにお金がかかるのがネックだが、
育ちが高貴なものだったらしいから多少は仕方ないだろう。事実彼女は、治癒魔術の使い手だ。
治癒魔術はセナちゃんたちの攻撃魔術よりも覚えるのが難しく、どの冒険者たちも喉から手が出るほど欲しい代物。
ミミィさんもあまり冒険の心得はなく、最初はセナちゃんとセットで教えていたのだが、
いつしか「貴方がたにお任せいたしますね。トウヤさんの技術は、素晴らしいですから」と、花のような笑みで言われてしまい、
それ以降は俺が彼女の準備もやっている。
……いいように利用されていると、言わば言え。毎回毎回、やるたびに嬉しそうにお礼を言われれば、
男の株も上がっている、はずだ。
「……はぁ」
「……うー」
と、ゴーズのため息とセナちゃんの呻きが、同時に俺の耳を打った。どうやら、呆けていたらしい。いかんいかん、
セナちゃんはとにかく真剣に技術を吸収しようとしてくれているのだ。ミミィさんとはまた違った意味で、好感の持てる娘である。
「お、終わったのか?」
セナちゃんの目線が怖いので、とりあえず強引に話題を流す。彼女はまだ納得していない風だったが、やがて紙を渡してきた。
その中には、彼女が見繕った必要道具が記されている。
「どれどれ……」
今ある道具と、セナちゃんのリストに交互に目を走らせる。自分だったら、何を用意するだろう――
考えること数分、見ることも数分。セナちゃんはその間、じーっとこっちを見つめてくる。

 ――ああ、どうせなら、ミミィさんにそんな熱い目線を向けられてぇ。

 じゃなくて。

「……よし」
一回思考が変な方向にすっ飛びかけたが、答えを整理することが出来た。紙を床に置くと、セナちゃんは隣にやってくる。
俺は紙をセナちゃん側に押しやると、自分なりの答えを提示した。
「全般的に、ちょっと少なく見積もっている部分があるな。これから先は山越えになるから、進軍ペースは若干落ちる。
その部分を見積もって、もう一回考えてみな。保存食、カンテラ、それから油は、特に多めに見積もるんだぞ」
「わかった」
セナちゃんは素直に受け取って、少し多めに見積もり直す。これでどうかな。再び渡されてきた用具リストは、なかなか完璧。
「よし。随分成長したじゃないか。このままだと、俺ほどとは行かないまでも、ゴーズと同等レベルになるのも、
そう遠くない気がするな。そのうち、俺らの頼もしい仲間になってくれるぜ」
「そ、そうかな?」
セナちゃんの顔に、笑みが浮かんだ。うむうむ、頼もしい後輩を持ったものだ。
「ほんじゃ、次はミミィさんの用具のチェックだな。下着とか、ヤバイものはしまったか?」
「……うん、しまった」
その笑みは、何故かすぐに消えていた。

――――――――――――――――――――――――

 ところ変わって、晩ご飯。
宿屋をとる場合、食事をつけるかつけないかで料金が大分違っている。食事をつけない場合だと、
つけた場合に比べてかなり安くなるので、ボクたちのメンバーはいつもつけない。外の安酒場とかで取ったほうが、
お腹にもお金にもいいのである。
なんだけど……
「なんですの?」
「……なんでもない」
ミミィの食事を見て、ボクは文句を言いたくなる。どうにかこうにか、湧き上がる苛立ちを押さえ込んだ。
ミミィの食事は、紅茶をはじめとして、なんかいろいろついている。おかげさまで、今日の食事代は、全員で銀貨が一枚と、
銅貨が七枚。これじゃあ、ほとんど差額がつかない。ここまでやってきた意味もない。
「お前は少し、我々と食事のレベルを合わせたらどうだ」
「いつもは、これほど豪華ではないではないですか。いつもいつも保存食では、冒険の意欲も削ぎ落とされてしまうことですのよ」
「……ったく」
と、ゴーズさんが文句を言った。このミミィの金銭感覚には、ボクと考えることは同じらしい。
ゴーズさんは舌を打つが、ミミィは余裕の態度を崩さない。
いつもは豪華ではないって、大して変わらないじゃんか。文句を言いたいけど、ボクには言えない。貴族の娘には、逆らえない。
ゴーズさんは舌を打って、切り分けたお肉を口に運ぶ。一方のミミィさんは、お金のかかる紅茶を追加で注文していた。
この金銭感覚が、ボクにはどうにも腹立たしい。そして、もう一つ――
「まーまー、いーじゃねーの。たまの贅沢って事もあるし、これでも宿屋で食事をつけるよか安いんだからよ」
「まあ、さすがはトウヤさん。よく分かっていらっしゃるのですね」
「……お前はどうなっても知らんぞ」
フォローを入れたトウヤ君に、ミミィはふわりと微笑んだ。ゴーズさんがトウヤ君に文句を言うが、
ミミィに褒められたトウヤ君はまんざらでもなさそうで、照れ隠しみたいに水を飲む。
――これだ。これ、なのだ。
よりにもよって、この金銭感覚も壊れている女に、トウヤ君は惚れているのだ。きっかけはよく分からない。
でも、分からなくもない。ミミィはボクなんかと違って、難しい言葉も知っているし、上品な態度を取っている。
トウヤ君が惚れるのも――悔しいけど――分からなくもない。
――ボクは、トウヤ君が大好きなのに。
だから、ものすごく腹が立つ。分からなくもないけど、腹が立つ。トウヤ君のこと、利用しているようにしか見えない。
学が高いのは本当だろうけど、あの上品な言葉も態度も、上っ面だけなんじゃないかと思う。理由はない。ただのカンだ。
なのにトウヤ君はミミィにぞっこんで、さっきもミミィの冒険用具で必要なものを全部見繕ってあげていたのだ。
とてもとても、真剣な目で。幸せそうな、目で。
ボクは、トウヤ君が大好きなのに。
その時も、トウヤ君の傍にいたのに。
あの時、トウヤ君の目は、その場にいなかったミミィに飛んでた。ミミィはトウヤ君に丸投げして、自分は遊んでいたに違いない。
と。そんな目でミミィを見たら、この女、トウヤ君にふざけたことを言ってきた。
「トウヤさん」
「ん?」
「よろしければ、明日、遊びに行きませんか?」
断れ。断ってよ。お金なんて、ないじゃないか。ミミィなんかと遊びに行けば、お金はトウヤ君が払ってばっかじゃないか。
トウヤ君ばっかり、損してるじゃんか。だから、断っちゃってよ。
そう願っても、現実は残酷だった。トウヤ君は嬉しそうに微笑むと、その提案を受けてしまう。
「お、おう、いいぜ。明後日からは路銀稼ぎで仕事になるだろうからな。明日は思いっきり遊ぶとするか」
「おい」
横から、ゴーズさんの突っ込みが入る。だけどトウヤ君は、別にいいだろと笑ってしまう。
ボクも、遊びに誘いたかった。だけど、ここから早く旅立ちたかった。
ああ、きっと、あの二人の遊び代のせいで。ミミィの無駄遣いのせいで。また、旅に出るの、遅くなっちゃうんだろうなぁ……

2

――――――――――――――――――――――――

「おい、トウヤ」
「あん?」
「お前、あの女に惚れているのか?」
「――は?」
夕食後。ミミィさんに遊びに誘われて湧き立つ気持ちを抑えながら、宿屋の男性部屋へと戻った俺は、
一緒にいたゴーズにそんなことを言われた。
「……まあな」
片目を閉じるという、我ながら気持ち悪い方法での照れ隠し。可愛らしい女の子がやれば目を奪われることだろうに、
男がやって何になるのだ。
「そうか」
しかしゴーズは、その点はスルーしてくれたらしい。本題はそこではないのだろう。ゴーズは基本的に、余計な話は好まない。
「……で、なんなんだ?」
「その恋慕。拙者は、反対だな」
「……理由を聞いてもいいか?」
交際――は、まだしてないが――に対して、反対する。一応理由を問いかけたが、別におかしなことではなかったことを思い至る。
修行と強さを追い求めているゴーズからすれば、女性との恋愛は反対であるに違いない。
「あの女。無駄遣いはするし、かといって戦闘面では足を引っ張るし、冒険面でもお前に丸投げだ。
よほど、セナのほうが優れている」
「……はぁ」
が、ゴーズの返事は予想から半分くらい離れていた。彼は、ミミィさんが嫌いなのだろうか?
「じゃあ、セナちゃんだったらいいのかよ?」
「そうは言っていない。女性との付き合いは精神のたるみを起こすゆえ、前提から拙者は反対なのだ。
とはいえ、ミミィよりはまともであると思っている」
「結局お前はミミィさんだろうがセナちゃんだろうが反対なんじゃねえか」
とはいえ、二人の女性を比べて、片方を明確に『こちらが上だ』という評価を下したことに関しては、ちょっと意外だった。
十把一絡げとは言わないが、『自分の修行にとっては女っ気など邪魔でしかない』という一くくりで捨ててしまうような
ゴーズにとっては珍しいことだ。
といっても、どちらにせよ反対されているようだが。
「まあ、馬鹿をやらかしてピンチにでも陥ったら、いくらでも切り捨ててくれ」
「言われなくても、そうさせてもらう」
それだけ言うと、ゴーズは部屋の隅っこへ行き、刀を抱いて座り込んだ。精神修行の一環なのか、晩飯後だというのにびしっと
瞑想。しかもその後は、明日どんな服を着ていこうか考えたり、せわしなく周囲をうろうろする俺に眉毛の一本も動かさず、
静かに瞑想を続けている。
大したもんだった。

――――――――――――――――――――――――

「…………」
ボクは今、泊まっている宿屋の屋上に来ている。屋上がない宿屋もあるけど、そうなったら外の、適当な所にいつも来ている。
夜風に身を任せていると、少しだけ気分が楽になるのだ。
「おっ、先客か?」
「あ、トウヤ君」
あと、理由はもう一つ。トウヤ君も、よく外の風に当たりに来ていることがあるのだ。タイミングが合うと、
馬鹿騒ぎをした話とか、トウヤ君とゴーズさんの冒険譚とか、いろいろな話をしてくれる。特に冒険の話をしているとき、
ボクが何かを教えてもらうときのトウヤ君の顔は真剣で、ここに来ている理由の半分は、彼目当てということもある。
でも今日は、来ないだろうと思ってた。実際にいなかったし、トウヤ君はあの女とデートをするための準備に
追われていると思ってたからだ。
「……ボクだったら、お金かけないで楽しめるのに」
「ん? なんか言った?」
「う、ううん、なーんにも」
声が漏れちゃったらしい。ボクは、いったい何を言っているんだ。もしもそういう関係になれたとしたって、
トウヤ君に迷惑をかけて、困らせてしまうだけなのに。
でも、いつもなら『何かあるんだったら言えよ?』とか言ってくれるのに、明日のデートを考えているのか、
今日のトウヤ君はボケてるらしい。
――悔しい。
ボクには絶対にそうなれない関係を、ミミィはトウヤ君と結ぶかもしれない。嫌いな人が、好きな人と恋人同士になっちゃったら。
ボクは、耐えることが出来るのだろうか。
……耐えなきゃ、いけない。
耐え抜かなきゃ、いけない。
だから――
「こんなところで、ボクなんかと話してていいの? さっさと部屋に戻って、準備してたほうがいいんじゃない?」
「馬鹿抜かせ。そんなもんとっくに終えたっつーの。まあでも、ちょっと着て行く服は悩んでるけどな」
軽口を飛ばしたボクに、トウヤ君もにかっと笑って返した。ちょっと子供っぽくて、魅力的な笑み。
どきっとしたボクに、トウヤ君はふと、思い至った顔になる。
「……あ、そうだ。どうせなら、お前もちょっと見繕ってくれよ」
「……え?」
「な、頼む。今度埋め合わせするからさ、このとーり」
両手を合わせて、片目を閉じて頼まれた。

 ――ひどい。

 ――そんなの、ひどい。

 どうして、ボクが。好きな男の子が、嫌いな女に会いに行くための服装を、選んであげなきゃならないんだよ!
しかも、そんな顔でお願いされたら、嘘つくわけにもいかないじゃんか!!
「…………」
――だけど。
だけど。
「……分かった。ボクが、さいっこーの服、選んでやる」
こんなことしか、言えなかった。それを聞いたトウヤ君は、ガッツポーズで満面の笑み。
「マジか! いやー、女の子からの目線って、やっぱり重要なんだよな! もう、お前みたいな頼りになる後輩持ってて良かったぜ!
じゃ、早速頼めるか?」
ボクは、ただただ、泣きたかった。

 

 

「とはいったものの、そもそも服自体ねーんだよなー」
男性部屋にお邪魔して、トウヤ君の広げた服を見る。上と下と、それぞれ二着。着ている服と、合わせて三着。
冒険者は服を交代交代で洗う上、何日も着たきりということも多い。おまけに服はなかなかかさばる代物なので、
大体二着か、三着あれば十分だった。トウヤ君は三着、ゴーズさんも三着、ミミィは……五着ぐらいあった。
「んで、どーよ。俺はこの服と、後こっちの組み合わせがいいと思うんだけど」
「……そうだね」
お呼ばれしたのはいいものの、正直ボクに服のセンスなんかない。心身共に問題なく女なんだけど、
服のセンスなんて磨ける環境になかったのだ。
「トウヤ君は、その服には自信はあるの?」
「いや全然。ない知恵絞って必死に考えた結果がコレなんだ。爆笑していいぞ?」
「…………」
笑えない。こっちの気も知らないで。
言いたいけど、言えない。爆発して、トウヤ君との関係を壊したくはない。
だから、代わりに微笑んだ。彼の意見を、そのまま薦めてあげるために。
「大丈夫だと思うよ? 多分ボクも、この格好がいいと思う」
「お、そうか? んじゃ、この格好で行くとしますか」
トウヤ君の顔に、少しの自信が浮かんできた。無駄と分かっていながらも、ボクは聞く。
「……ねえ、トウヤ君……」
「ん?」
「トウヤ君はさ、その……ミミィ、さんのこと、好きなの?」
「んー……ゴーズにもそんなこと聞かれたな」
たるんでんのかなー、とかぼやくトウヤ君は、ぽりぽりと頭をかいてみせる。
やがて、片目を閉じて、いたずらっぽく返してくれた。
「まあ、な。うじうじ悩むのは性に合わんし、明日スパッと告白でもしちまおうかと考えてるんだけど」
「なっ……!」
だけど、その言葉はボクからすれば、いたずらを軽く超えていた。歯を食いしばる音が、自分の耳にまで聞こえてきそうだ。
今の顔は、とても人に見せられるものではないだろう。
でも、今日はいつもと違っていた。いつもなら、こんな話題になって、こんな顔でもしようものなら、
トウヤ君は『なんかあったのか?』と話題を変えてくれるのに、今日はやっぱり、変わらない。
よほど、明日のデートに頭が飛んでいるのだろう。
そんなボクの気持ちなんか気付きもしないトウヤ君は、いつも通りの笑みを浮かべて言ってくる。
「まあ、それはともかく。セナちゃんには、好きな人とかいるのか?」
「…………」
いつもは別に鈍くないのに。今日は本当に、ものすっごくボケている。えーっと、筋金入りとか言うんだっけ、こういうの。
トウヤ君から教えてもらった言葉を考えると、少しだけ心は静かになる。でも、それでもまだ、さざ波のように荒れ気味で。
「あはは、そりゃ、いるよ。ボクだって、女の子だよ? 好きな人の一人ぐらい、いるっての」
「お、そーかそーか。お前に想われる男は幸せ者だな。どこにいるんだか故郷に残してきたんだか知らねーが、
しっかり捕まえておくんだぜ?」
「――――っ!!」
暴発しなかったのは、ある意味奇跡といってよかった。

――――――――――――――――――――――――

 トウヤ君の部屋から戻るや否や、ボクは女性部屋に駆け込んだ。が、すぐに部屋を飛び出した。部屋の中にはミミィがいて、
あんな奴と顔を合わせたくなかったからだ。外に飛び出して、ボクは走った。気がつけば開けた場所にいて、ボクは荒い息をつく。
思いっきり走ったからか、少しだけ気分は落ち着いた。
――トウヤ君を好きになったのは、一体いつからだったろう。
最初、ある事情でたどり着いた町で、ほんの偶然から彼に会った。そのまま彼の紹介でゴーズさんに会い、
ゴーズさんがスカウトしてきたミミィにも会った。トウヤ君は元々ゴーズさんと二人で旅をしていたみたいなんだけど、
この町では三人以上はいないと依頼が受けられなかったために、手分けしてスカウトに当たったらしい。
依頼の内容は、森に生息する変異モグラの退治。剣と魔法の両方を使う、好戦的で実力派のトウヤ君と、刀一本を相棒に、
強さを追い求めるゴーズさんの二人からすれば、失くしもの探しとかよりはよっぽど早い依頼だったのだろう。
なんだけど、ボクもミミィも、戦いの経験なんてなかった。一応ボクは攻撃魔術を、ミミィは回復魔術を使うことは出来たけど、
実戦経験はゼロだったのだ。

 ――おかげさまで、最初の戦いは、散々だった。
あの時の不幸は、いきなり背中から不意打ちを受けたことだ。つまり、接近戦を得意としているトウヤ君やゴーズさんではなく、
魔術師の、しかも実戦経験のないボクらがいきなり敵に襲われたのだ。
あの恐怖は、忘れようもない。ミミィの口から引きつった声が漏れ、ボクは多分、固まっていた。
そんなボクらに、魔物は鋭い爪を振るって、集中攻撃を仕掛けてきた。
数は三匹。ボクに二匹、ミミィに一匹。
「う……っ!」
ミミィは咄嗟に攻撃を受け止めて、ボクは地面を転がって避けた。避けた、というよりは、恐怖で身をかがめた上を、
モグラの爪が素通りしていったというのが近い。しかも、ミミィはともかく、ボクに襲ってきたモグラは二匹だったのだ。
ボクはただ呆然として、もう一匹の魔物の爪を見ていることしか出来なかった。
だが。
「何やってんだこの馬鹿ッ!」
固まっていたボクの体が、ぐいっと後ろに引っ張られた。入れ替わるように前に出たのは、剣士をやってるトウヤ君。
火花が散るような音がしたけど、この辺はよく覚えていない。
「っの……足引っ張るなっつっただろうがよ!!」
ボクが我に返ったのは、トウヤ君の悲鳴と、ゴーズさんが上げた怒りの声。うずくまったトウヤ君から零れ落ちるのは……
血、だった。ボクをかばって、爪に切り裂かれてしまったのだ。
ゴーズさんは、トウヤ君に追撃をかけようとした敵を斜め上から斬りつけて、さらに蹴りを入れてトウヤ君から突き放す。
トウヤ君はその間に体勢を立て直して、剣を構えて攻撃態勢。
その後は、ほとんど一方的といってよかった。ゴーズさんの刀はあっという間に敵を斬り落とし、
トウヤ君もダメージを受けたとは思えない動きでモグラの一匹をやっつけた。だけど、それでも完全ではなかったみたいで、
トウヤ君の横から、一匹の魔物が飛びかかった。
ゴーズさんは間に合わない。トウヤ君も、剣を振り抜いた後で体重の移動が利かない。
だから――
「…………っ!!」
だから。
ぼーっとしているわけにも、行かないから。
トウヤ君に傷を負わせちゃったのは、ボクだったから。
だから。だから――
「やあぁぁーーーっ!!」
無我夢中で左手から生み出した火炎の弾丸が、最後のモグラを黒焦げにした。

 それが、最初の戦いだった。ダメージを受けたトウヤ君をかばいながら宿屋に帰って、治療をしたのはミミィだった。
その後、ゴーズさんはすぐにボクらのクビを言い渡した。当たり前だ。むざむざ足を引っ張って、味方をピンチにした人など、
冒険者には不要だからだ。
だけど、そんなことをされたらボクは困った。お金がないからだ。ボクは、あの場にとどまるわけにはいかなかった。
少しでも、遠くに行かなきゃならなかった。だからどうしても、旅をするためにお金が必要だったのだ。
だからボクは、土下座して頼んだ。どうか、連れて行って欲しいと。だけどゴーズさんは、眉毛の一本も動かさなかった。
無理もなかった。ボクらがやったのは、それだけのことだったのだ。
だけど。
「五日、猶予をくれ」
どうしてか、トウヤ君はかばってくれた。ゴーズさんは凄く意外そうな顔をしていたけど、トウヤ君は難しい顔だった。
その後ボクは、トウヤ君から冒険の基礎を徹底的に教わった。何も知らない事を知られると「しょーがねーなー」
とか言いながら、トウヤ君は丁寧に教えてくれた。そんな彼の優しさが嬉しくて、ボクも必死に食らいついた。
自分で言うのもどうかと思うけど、ボクはあの五日間で、それなりに実力もついたと思う。
その結果。ぶつくさ言いながらも、ゴーズさんはボクの同行を認めてくれた。出かけてからも、
トウヤ君はあれこれと色々教えてくれて……ボクはいつしか、その真剣な瞳に、恋をした。
叶うはずのない恋だった。だけど、隣にいられるなら、満足だった。満足しなければ、いけなかった。
でも、納得いかないのがミミィだ。途中で投げ出しかけて、ボクよりも全然、冒険の基本を覚える効率も悪かったのに。
旅に出てからは、物資の用意も投げ出したのに。なのにどうしてか、トウヤ君は二人とも連れてきた。
連れてくるのは、ボクだけでいいじゃない。どうしてそんな、やる気のない奴まで連れて行くのさ。
何度、そう言おうとしたか分からない。だけど、ボクを連れて行ってくれるための手助けをしてくれたのも、トウヤ君だった。
だから、ボクは何も言えなかった。
――でも、どうして。
どうして、あんな奴を好きになっちゃうんだよ!
あいつはボクより全然やる気もなくて、覚えも悪くて、金銭感覚も最悪で、ただ回復魔法が使えるだけの女なのに!
近くの木を殴りつけたボクの気持ちは、また荒れ狂っていた。

3
 

――――――――――――――――――――――――

「…………」
朝。ボクの目覚めは、最悪だった。あんな女に告白するのかと思うだけで、ボクの心はまた荒れた。
ボクは、こんなに嫉妬深かったのか。自分でも驚いて、でも心に嘘はつけなくて、ボクは朝から泣きそうになる。
横を見ると、ミミィはまだ眠っていた。トウヤ君の愛情を一身に受ける、どこかの貴族の娘さん。
ボクとはあまりにも差がありすぎる、恵まれた家に育った人。
横っ面を、張りたかった。でも、そんなことをしたらトウヤ君は怒るだろうし、旅にも置いていかれちゃう。
ぐっとこらえて、布団を畳む。
「…………」
と、隣の布団が、ごそごそ動いて。ミミィの目が少しだけ開き、ゆっくりと起き上がってくる。
「おはようございます、ミミィさん」
「……おはようございます、セナさん」
頭を下げたボクに、ミミィも頭を下げ返す。同じく布団を畳んだ後、ミミィは冒険用具入れの中から、化粧品を取り出した。
貴族がするにはあまりにも簡単なものだけど、冒険者からすればぜいたく品だ。櫛、手鏡、どちらもボクは持っていない。
ミミィも毎日化粧をするわけじゃないけれど、今日はトウヤ君とのデートだからか。
トウヤ君のこと、好きなのかな……
知りたいけれど、どうしても聞けないことだった。はにかみながら「はい」とでも答えられてしまおうものなら、
ボクは当分立ち直ることはできないだろう。
でも、それも今夜まで。帰ってきたミミィは、トウヤ君との交際を、ボクに知らせることだろう。
ボクから見ても、お似合いの二人だ。少なくとも、外見は。
時間は……多分、かなり早い。トウヤ君から、太陽の方角で時間を知る方法を教えてもらっているけれど、
難しくてなんとなくしか分からない。
やることもないので、外を見る。化粧しているミミィなんか、見たくもなかった。
「あ……」
と、見慣れた姿が飛び込んできて、ボクは思わず声を上げた。ミミィは化粧を中断して、ボクのほうへと振り返る。
「どうかしたのですか?」
「ううん、ゴーズさんがいてね。朝の訓練かな」
「そうですか」
興味なさそうに、ミミィは化粧を再開する。ゴーズさんがミミィのことを嫌っているなら、
ミミィもゴーズさんのことを嫌っている。事故に見せかけてどっちか殺しちゃうんじゃないだろうかと、ちょっと怖い。
それにしても、朝から本当に頑張っている。強さを追い求めるゴーズさんは、いつでも修行を欠かさないみたい。
ボクも、暴れまわってくればよかったかな。あ、でも、動きに無駄が多すぎるって、ゴーズさんに怒られちゃうかも。
でもどうせなら、トウヤ君に一から十まで……
――泣きたくなった。

――――――――――――――――――――――――

「貴様という奴は……」
食卓に出て早々、ゴーズが呻き声を上げた。二人で出かけるということも受けてか、ミミィさんは薄く化粧をしてきた。
元々美人なミミィさんはさらに華やかになっていて、俺は思わず舞い上がりかける。
ミミィさんと出かけたのは、実は今日が初めてではない。何度か出かけることもあったが、化粧をしたのは初めてだ。
もっとも、あの化粧品はねだられて買ってしまったものだが……使ってくれるってことは、期待していいのか?
「トウヤ君」
「ん?」
「……鼻の下伸びてる」
「い゛!?」
ひっくーい、声。背筋が思い切り粟立って、恐る恐る視線を向ける。そこには――声で分かったといえば分かったのだが――
やや顔を伏せ気味の……うん、セナちゃん、だよな? なんかめっちゃ雰囲気違うけど、双子のお姉さんと入れ替わってたとか
ありえないよな?
怖いので、そそくさと席に着く。みっともないと思われたらしい。現にゴーズもそう思っていたらしく
「……ったく、貴様も貴様でみっともない」
自覚したから言うなっつーの。畜生、なんで俺がこんな目に遭うのだ。内心で軽く泣きながら、朝のメニューに手を伸ばす。
パンとスープの簡単な朝食。これに俺はコーヒーを、ミミィさんは紅茶とスクランブルエッグをつけた。
これらは別料金がかかるが(大都市とかだと無料であることも多いが)、コーヒーは断固譲らない。ここはこだわる。
「お前は金は気にするくせに、コーヒーは必ずつけるんだよな」
「ったりめーだ。特に今日は、明日はつけられねえかもしれないからな。絶対譲らん」
「明日? ほぼ毎日つけてるじゃないか、何故明日はつけられないんだ?」
「……なんでもねえ。忘れてくれ」
ケチ臭いことを言ってしまった。
しょーがねーだろ。デート代は大なり小なり男が持つのが基本とはいえ、財布にはかなり痛いんだからよ。
いくら飛ぶのか分かりゃしねえや。
モテる男の辛い所だ、と、次のデートからは言えればいいが。告白するのやめようかなという甘えた心を、
俺はコーヒーと共に飲み下した。折角昨日セナちゃんの前で宣言したんだ、今更後戻りなんかしようものなら男が廃る。
化粧してくれるということは、それなりに勝算もあるってことだしな、うん。
「食事終わったら、すぐに行くか?」
「そうですね。そうしましょうか」
俺も、ミミィさんには敬語使ったほうがいいのかな。まあ、ゴーズが呼び捨てのタメ口だから、今更っちゃ今更なんだが。
……そういえば、甘えた心ってある意味飲み下しちゃまずいんじゃね?

 

 

「じゃあ、どこに行くか? 一応、目星はつけておいたけど」
「ありがとうございます。ですが、私も行きたい所がありまして」
「ああ、じゃあそっちにしよう。で、どこに?」
「服屋なのですけれど。昨日、いい服を見つけたんですよ」
「んー、服か……」
朝食を終え、剣呑な目でゴーズとセナちゃんに見送られてから数分、町へと繰り出した俺たちは、
最初の行き先を話し合っていた。
一応、ノープランというのは避けたいので、昨日の内にある程度の目星はつけておいた。
しかし、それはミミィさんも同じだったらしく、俺は速攻で自分の提案を取り下げる。
誘ってくれたのは向こうだから、向こうの考えに合わせるのが筋だろう。
とはいったものの、服ってあんた、大丈夫かい? セナちゃん曰く、確かミミィさん、何着も持っているんだろ?
とはいったものの、いったものの、スッパリ告白すると決めてしまった以上、余計な減点は避けたい所だ。
現金とか言うな、世の多くの男子諸兄は、非常によく分かるであろう。
「おっけ。じゃ、その服屋とやらに連れて行っていただきましょうか」
「はい、ではご案内いたします」
ミミィさんに連れられて、その隣を歩いていく。場所を知らないからとはいえ、少しミミィさんが前に出ている格好だ。
「?」
と、自分の右手が何かに当たった。見てみると、ミミィさんの左手である。
近すぎたかなと離れて歩くと、数分としないうちにもう一度。
「…………」
ミミィさんの方を見ると、綺麗な黒瞳と目が合った。その距離は、かなり近い。
偶然は、二度は重ならない。わざとじゃ、ない。
「…………っ!」
唇の端を釣り上げて、ミミィさんの手を握り締める。ピンチの時にハッタリをかます場合なんかによく使う、
自分で言うのもどうかと思うが、皮肉な笑み。冗談交じりにやったように演ずるが、内心はかなりビクビクする。
それに対して、ミミィさんは……くすりと、笑みを漏らしてくれた。
――これは、いいんだよな? 期待しても、いいんだよな!?
「……どうかしましたか?」
「え? ああ、いや、なんでもない」
どうやら、感情が顔に出てしまったようだ。昨日のゴーズやらセナちゃんやらといい、俺は分かりやすいのか?
ちょっと首をかしげつつ、路地を曲がって服屋に入る。
「こちらなんですけれども」
「こちらって……うっひゃあ、高級そうな店だなー」
「ふふ。大丈夫ですよ」
「うーん……まあ、ほら、我々庶民の眼からするとさぁ……」
場所の空気というか、雰囲気というか、どことなく洗練されている気がする。その辺りの作法も十分なミミィさんとは違い、
俺はどうも浮いている気がしてならない。紛らわすように近くの服を手に取ると、柔らかな手触りが返ってきた。
「絹か……」
町中に出るときにミミィさんがよく着ている、絹製の服。値札を見てみると、一冒険者の金額ではかなり痛い代物だ。
とはいえ、ミミィさんのお洒落着は、それ一着しかなかったはずだ。もう一着くらいなら、まだ持っていてもいいだろう。
とはいえ、買わないことを祈ってしまう辺り、自分もまだ余裕が無い。少しくらい贅沢させてやれるほど、
いい収入の仕事が出来ればいいのだが。だけど、王族とか貴族とかからの依頼だと肩が凝るし、
貴族連中の中には俺らみたいな流れ者なんぞ使い捨てにしたって構わないとか思ってる連中もいるからなぁ……
「トウヤさん」
「ん?」
どうしたものかと考えていると、ミミィさんはあるラックの前に来て、何着かの服を手に取っている。
三着にまで選んだようだが、そこからが絞り込めないようだ。
「こちらの三着なんですけれども、どれが一番似合いますか?」
服屋やアクセサリーショップにおいて、男が困るセリフベストワン。しかも、彼女の持っている服は、
ふわふわしたロングスカート。
――って、ちょっと待てっ! このラック、スカートの隣に置いてあるの、下着類じゃねーか!
そんなところで選ばせるなよっ!!
「そう、ねぇ……」
が、提示された服装を身につけた彼女を夢想して、妄想を楽しめるのはこの場の特権。
鼻の下が伸びそうになるのを全力で阻止しつつ、「彼女がどの答えを望んでいるのか」と「自分はどれを着て欲しいか」
を秤にかける。彼女は確か、白系が好きだったはずだ。となると、色的には左か。デザイン的には右かもしれない。
折衷案が真ん中と見えるが、普通服に折衷案は選ばない。ざっとラックを見てみると、
ちょうどいいのが無かったからのようであるが、ともすれ真ん中は地雷ってことか。
「……個人的な意見だけど、左かな」
「左、ですか」
――ヤベッ、選択をミスったか!?
ちょっと意外そうな彼女の声に、俺は全力で頭を回す。何か無いか。彼女を納得させられる説明は……あった!
「ほら、色は違うけどさ、デザインはなんか、似たようなものに見えるからさ。
だから、色も変えたこっちのほうがいいんじゃないかと思ったんだが……」
即興で考えた割に、中々辻褄の合う意見が飛び出した。ちょっと自分を褒めてやりたくなった俺の前で、
ミミィは選んだ服を取る。
「確かに、そういう考え方もありますね。それでは、このスカートにしましょうか。後は、これと合わせる上着ですが……」
買わないことを内心祈っていたけれど、やっぱ無理だったか……
しっかし、どうやって持って行くかなぁ、あんなかさばるもの。無駄な荷物は邪魔になるから、避けたい所なんだけど。
強く言えない自分が情けなかったが、ほくほく顔で探していくミミィさんを見ると、まあいいかとも思えてしまう。まったく、
あばたもえくぼとは言ったものだ。苦笑する俺の前で、ミミィさんは一枚のブラウスを選んだ。
財布の中身を考えて内心頭を抱える俺に、ミミィさんは甘えの色を瞳に宿す。
「トウヤさん」
「ん?」
「……これ、買ってくれませんか?」
好きな人からそんなこと言われて断れるわけないだろうがちくしょーめ!

 

 

 昼食は、ミミィさんの予約しておいた料理店で取った。宿屋の一泊代金に匹敵するほど立派なメニューが並んでいる、
この町でもトップクラスに位置している高級料亭。ミミィさんは私が払うのでと言ってくれたものの、
せめて自分の分くらいは自分で払う。
このペースで行くと前回の依頼で得た報酬金のうち、自分で自由に使える金はほとんど残らないんじゃないかと思うが、
些細な問題だ。
と、思うことにした。
「ふふ、トウヤさん。骨の剥がし方は、フォークで頭を抑えながら、ナイフを寝かせるようにして、
身と骨を切り離していくのですよ」
「そ、そうなのか」
料亭のマナーなんぞ、知れる立場には立っていない。しかし、物事なんでも知っておいて損はないだろう。
この当たりに詳しいのは、さすがは貴族の娘さんだ。
骨付きの魚は、当然のことながら骨を剥がす。ミミィさん曰く、フォークで頭を抑えながら、
ナイフを寝かせるようにして身と骨を静かに切り離すのがマナーらしい。
「やっぱり、食べ方にも決まりみたいなものがあるの?」
「ええ。身と骨を切り離したら、上の身を取って食べるのです。それが終わったら、頭と尾をナイフで切り離して、
お皿の向こう側……ええ、トウヤさんから見れば、私のほうですね。に、まとめて寄せて置いてください」
「えーっと……」
我ながらぎこちない仕草である。しかし、もしも彼女と付き合えることになったなら、この辺りも学ばなければならないだろう。
いろいろ世話になってしまうかもしれないが、餅は餅屋ということか。
「そういえばミミィさんは、行方不明になった家族を探してるんだっけ」
「ええ。ここから、西の地方へと旅に出たそうなのですが……」
「西か。じゃあ行き先は合ってるんだ」
「そうですね」
俺たちのメンバーは、西を目指して旅をしている。彼女と合流してからはしばらく平原が続いていたが、ここから先は山越えだ。
「山岳地帯はきっついぞー。今の内に体力を補給しとけー?」
笑いながら彼女に返すと、ミミィさんはふふっと笑って続けた。
「大丈夫ですよ。いざとなったら、トウヤさんに背負ってもらいます」
「うおぉ!?」
やべえ、そりゃ大変だ! でも嬉しい! いや、マジで!
「はは、りょーかい。いざとなったら、背負って行こう」
「でも、変な所を触ったりしたら、怒りますからね?」
「そ、そんな殺生なっ!」
それじゃ、大損じゃないか! そう叫びたいが、熱く語ってドン引きされるのもアレである。ジョークみたいに一言飛ばして、
そのまま食事を再開した。
「あ、ところでミミィさん。魚を裏返す時のマナーは?」
「裏返さないのが基本です。中骨も下から剥がしとって、あとは一口ずつナイフとフォークで食べてください」
「皮ごと食べるのはOKなのかな……」
ちなみに、食べている時に小骨が口に入った場合、口元をナプキンで隠して取るのだとか。
なかなか気疲れしてしまったが、勉強になった俺だった。

 

 

 午後のデートは、化粧品売り場を巡った。しっかりと服装を整えた人が多くて、ミミィさんはともかく
俺は場違いなんじゃないかと思う。しかし、それでも他の客に混じりながら、年相応のはしゃぎぶりを見せている
ミミィさんの姿を見て、ここに来たのも良かったと思う。
ミミィさんは、俺より一つ年上だ。となると、今年で確か十八か。軽くサバを読んでいる可能性を想定しても、二十かそこら。
こういうのを見ていると、やっぱり年頃の娘なのか。
「あれも欲しいんですけどね。冒険をすることを考えると、買えないままで終わっちゃいます」
「そっか。……家族、早く見つかるといいな」
「ええ」
家族がどうして行方不明になったのかは分からないが、一緒に旅が出来たなら、そんなお洒落も出来るだろう。
一度、貴族のキャラバンに遭遇したことがあったが、馬車に立派な荷物を積んで、護衛を引き連れて旅をしていた。
俺たちのように、最低限の荷物だけ持って、危険な戦いを繰り返しながら旅する必要などないのだろう。
「家族が見つかったら、ミミィさんはどうするつもりだ?」
「そうですね……それは、その時に考えるつもりです」
「そうだな。それがいいか」
俺らと旅を続けるにせよ、家族と共に行くにせよ、まずは会ってみないと始まらない。
納得する俺の前で、ミミィさんは一つの化粧品を手に取った。顔の油を取るやつらしいから、
化粧品というよりはエチケット用品か? てか、これは俺も持っといたほうがいいのかな?
小首を傾げるが、財布の中身は無情である。ミミィさんと二人で遊ぶのは、楽しいのだが金銭面がネックである。
一度セナちゃんと遊んだ時は、また随分と安上がりで済んだのだが。あの娘は遊び方を知らないような面もあるしなぁ。
「……ええい、仕方がねえ!」
覚悟を決めて、その化粧品(エチケット用品?)を購入する。これから告白をするのだから、
とにかくポイントは上げておくに越したことはない。
会計を済ませると、ミミィさんも二つほど化粧品を購入していた。店を出ると、日は少しだけ傾いている。
冬のこの時期、日が落ちるのは早いのだろう。
「……ちょっと、いいかな」
「はい?」
デートプランは、これにて終了。ミミィさんの行きたい所を回った感じだが、最後に少しだけ俺のほうにも付き合ってもらおう。
「……ここでいいかな」
お誂え向きというべきか。人気の無い路地裏は、案外すぐに見つかった。
「……ミミィさん」
「……はい」

 ――こちらの三着なんですけれども、どれが一番似合いますか?

 ――大丈夫ですよ。いざとなったら、トウヤさんに背負ってもらいます。

 来る途中には、手も繋いだ。

「…………」

 ……大丈夫。いける。

「もしかしたら、もう気付いていたかも知れないけどさ」
「はい」
やっぱり、物凄く緊張する。きっかり一秒だけ、準備をする。
「俺……ミミィさんのこと、好きなんだ。だから――もしよかったら、付き合ってもらえないかな?」

 そして――

「……ごめんなさい。お気持ちはとても嬉しいですけど、お付き合いはできません」
――あまりといえば、あまりにもあっけなく。俺の恋は、敗れ去った。

 

 

「…………」
夜。告白に失敗し、相変わらず独り身になっていた俺は、何をすることもなく天を見上げていた。
うまく行くと思っていただけに、そのショックはかなり大きい。
あの後、宿屋に帰ってきたものの、仲間に心配をかけさせるわけには行かなかった。晩飯の時にも意図して明るく振舞ったが、
大丈夫だったろうか。
というか、精神的にかなりキツい。振られた上に無茶してはしゃいだものだから、その反動が半端ねえ。
ちくしょう、ゴーズみたいに元々喋らん奴だったなら、苦労もせずに済んだだろうに。
「……あ……」
「ん……?」
と、横から、小さな声が耳を打った。俺らと共に旅をしている、もう一人の女の子……セナちゃんだ。
そういえば、この娘はよく、屋上に来てたんだっけ。ミミィさんのことで一杯で、そこまで頭が回らなかった。
「……よう、セナちゃんか。風にでも当たりに来たのかい?」
「……うん。半分は、ね」
なんとも、中途半端な答えだ。悪いけど、これ以上今日は頭は回らないんだが。
「……そっか」
考えることを放棄して、俺はセナちゃんから目線を外す。残り少ない金で買ったコーヒーを啜りつつ、また物思いにふけっていく。
「…………」
「…………」
微妙な沈黙が、その場を流れる。ちらりと軽く目線をやると、セナちゃんはすぐ隣に座っていた。
難しい顔をしていて、何かに悩んでいる素振りである。
悪いが、今日は悩み事を聞いてやれる余裕はねえぞ。内心で悪態をついた俺に、セナちゃんは言葉を切り出した。
「……どうだった? 今日、デートだったんだよね」
「――お前、聞くか!?」
晩飯の時には、努めて明るく振舞っていた。壁があるように感じたかどうかはわからないが、
少なくとも俺とミミィさんが出していた空気は、恋人同士のそれではなかったはずだ。
だが。
「え……じゃあ、告白、したの……?」
「…………」
セナちゃんの言葉は、予想の斜め上を行っていた。どうやら彼女は、晩飯の時に何事も無かったのを、
俺が何も言わなかったからだと思っていたらしい。
しかし、もう余計なことをぶちまけてしまった俺に、誤魔化すという選択肢は残っていない。
頭をかきむしって、ため息と共に吐き出した。
「ああ、したよ、しましたよ。お前にするって言っちまった以上、しないままってのは男が廃る。だから、したよ、したともさ。
そしたら、あっさり振られちまったんだよ」
「……そう」
セナちゃんは、どこかほっとしたように頷いて――
……ほっとした?
「……おい、セナちゃんよ」
「え?」
「お前、なんで笑ってやがる」
「え!? ボ、ボク、笑ってた!?」
「しらばっくれんじゃねえよ! 思いっきり、笑ってたろうが!!」
怒りのままにコーヒーを置き、床を殴って立ち上がる。止めろと自分の心が叫ぶが、今日の失敗はそれ以上だった。
「馬鹿にしてんのか、てめえは!? 勝手に浮かれて、失敗する告白のために金の大半をつぎ込んじまって、
あっけなく砕けても笑ってる俺を、それこそ嘲笑いに来たのかよ!?」
「――――っ!」
「あいつもあいつだ! 好意がないんだったら、二人っきりで遊びになんか誘うなよ! あんな素振りなんかするんじゃねえよ!
勘違いするような態度なんて取られなけりゃ、告白なんてしなかったのに!!」
仲間内での告白は、普通の村人同士の告白とはわけが違う。冒険者パーティというものは、常に助け合いながら、
いつも一緒に行動せねばならないのだ。その中で告白にしくじってみろ。お互い気まずくて、
仲間内での連携も疑わしくなってくる。そりゃ勿論、勘違いした俺も悪いんだけど――
「……悪い。八つ当たりだ」
叫ぶだけ叫んで、少しだけ落ち着いた。そして、少なくとも、セナちゃんには関係ない話だった。
怒鳴りつけて、言いがかりをつけて――今の俺は、最低だ。
「ごめん。できれば、忘れて欲しい」
「…………」
怒鳴り声に圧倒されていたらしいセナちゃんは、しばらくしてから再起動した。首を振って、立ち上がる。
「ううん。気にして、ないよ」
「……すまん。まあ、その、とにかく、告白して、失敗したんだ。ったく、少しは期待してたんだけどなぁ……」
こんなんで舞い上がってちゃ、恋愛の駆け引きもへったくれもねーや。これじゃあ、一生彼女なんてできねーかもな。
軽口を叩いた俺に、セナちゃんは過剰なくらい反応した。
「そ、そんなことないよ! トウヤ君なら、きっと……」
「……頼むから、そういうフォロー止めてくれないか?」
たしかにこの娘の言う通り、ないかもしれない。だが、少なくとも今はそう思う。大体、セナちゃんの顔を見て
『笑ってる』なんて考えるような状況じゃ、卑屈にもなるというものだ。
「……ごめん」
「いや、いいんだ。なんていうか、気持ちはありがたいからさ。でもまあ、ちょっとこのタイミングでそれは残酷だったかな。
そんなことを言うんだったら、実際に俺の彼女になってくれる人を連れて来いとか抜かしちまうわ」
ああ、本当に俺らしくない。未練がましく、余計なことを付け加えてしまう。これ以上馬鹿なことを言って、
セナちゃんとの間まで気まずくしてもたまらないだろう。何せ、明日からは仕事なのだ。ゴーズの奴が見つけてきた、
地下水道での魔物退治。戦闘における連携は、メンバーの中では必須事項だ。これ以上ギクシャクしてしまえば、
明日の空気にも差し支える。
「……悪い。どうも今日は、脳がやられているみてえだ。明日には元に戻ってるから、今日のことは忘れてくれ」
と。
「……待って」
立ち去ろうとして、呼び止められた。
「……なんだ?」
「…………、その……」
セナちゃんは、何かを言いあぐねている素振りをしている。
――それもそうか。馬鹿さ加減に苦笑して、俺は一つ首を振る。
あれだけ散々喚いておいて、毒も吐いて、八つ当たりして。何もしないで忘れろなんて、あまりにも虫が良すぎる話だ。
だから、彼女の言うことは、せめて最後まで聞いてやろうと。俺はそのまま、セナちゃんの言葉を静かに待つ。
「……いるん、だよ。トウヤ君のこと、好きな人」
「…………?」
その言葉は、再び予想の斜め上を行っていた。さっき、そんなフォローを入れるのは残酷だと、告げたばかりだというのに。
そんなセナちゃんは、その目をこちらに向けている。青く綺麗なその瞳が、今は赤く染まった頬と対称的な色を為して、
揺れている。
「今日のことを、忘れてほしいって言うんだったら。これも、忘れて」
「……ああ」
すぐ傍まで、彼女は歩み寄ってくる。口元が引き結ばれて、少しだけ震える。
そして――
「トウヤ君」
「なんだ?」

「……好き、です」
「えっ――!?」
「ごめんなさい。もう、我慢、できません。ボクは……トウヤ君が、好きです」
「…………!!」

 そんな、馬鹿な。今、なんて言った? 好きだった? こいつが? じゃあ俺は、自分のことを好いてくれる女の子に、
デートの相談をしてたってことか?

 じゃ、じゃあ、なんで……!!

――――――――――――――――――――――――

 言ってしまった。こんなこと、言うつもりなんてなかったのに。
だけど、言わなければ、絶対後悔すると思った。言っても後悔すると思ったけど、どうせ同じ後悔するのなら、
言ってしまったほうがいい。折角「今日のことは忘れてくれ」なんて言ってくれたんだ。
こうなったら、もう全部、伝えてしまおう。
「だから……トウヤ君の言ったこと、嘘じゃないと思うんだ。告白が失敗したって聞いて……すごく、悪いと思ったけど。
すごくすごく、ほっとしたんだ」
トウヤ君は、まだ凍り付いているままだ。まさか、本当に気付いていなかったのか。恋は人を変えるというけど、
自分の恋に集中していて、こっちのことなんて気付いてもなかった。恋は時に、残酷だ。
「じゃ、じゃあ、まさか……」
凍っていたトウヤ君は、まだ驚きが抜けない顔で、ボクのほうに聞いてくる。
「お前が、好きな男って……」
「……うん。トウヤ君、だよ」
心の中に、しまっておくはずだった。だけど、言ってしまった。
「理由なんて、聞かないで。でも、ボクは、トウヤ君のこと、好きだから。だから絶対、ボクの他にも、トウヤ君のこと、
好きになる人、いるはずだから。だから、そんなに自分のこと、そんなにひどく、言わないで」
「…………」
歯を食いしばったトウヤ君は、ふっと小さな笑みを漏らした。だけれども、それは告白を受けてくれたって意味じゃなくて――
「……ふざけんなよ」
「え……?」
「じゃあ、なってくれんのか? お前が、俺の彼女によ」
「…………」
――それは、できない。できないんだ。
首を振ってしまったボクに、トウヤ君は地面に座り込む。
「ふざけんな。そんな下らねえ慰め方、傷に塩を塗りこんでいるだけじゃねえか。ほら、いいぜ? 付き合おうか?」
……できないんだ。
できないんだよ!
「それ見たことか! 好きで、付き合おうかって話まで出されてんのに、何で首を振るんだよ!
それって結局、俺のことなんてなんでもなくて、慰めのために言ったんだろ!? 慰めるんだったら、後先考えて慰めやがれ!
忘れろっつったって、こんなの無理じゃねえかよっ!!」
「慰めなんかじゃないんだよ!!」
それは、本当のことなんだ! ただ、どうしても――
「好きなんだよ! 本当に、本当に好きなんだよ! でも、でもっ――!!」
「じゃあ、言ってみろよ! なんで付き合えねえのか、言ってみやがれ!!」
立ち上がって、トウヤ君の手が胸倉を掴む。でも、すぐに彼は手を離して、近くの柵を殴りつけた。
確かに、そうだ。傷付いているトウヤ君に、余計に傷付ける真似をしたのは、このボクだ。
だけどボクにも、ちゃんとした理由がある。本音を言えばもちろん付き合ってほしいけど、それが出来ない理由があって。
「……分かった。ちゃんと、言う」
深呼吸をして、心を落ち着ける。さっきみたいに、感情に任せて怒鳴りつけるようなことじゃない。
殴ったことでトウヤ君も少しは落ち着いたのか、まだ睨みつけては来るものの、一応話は聞いてくれる体制だ。
「でも、その前に、これだけは言わせて」
「……なんだよ」
「……トウヤ君。本当に、ボクは貴方が好きでした。ううん、今でも、大好きです。それと……今まで、冒険のこととか、
色々教えてくれて、ありがとうございました。一緒に旅をしてくれて……本当に、ありがとうございました。
すごく、すごく……楽しい、思い出でした……」
「…………?」
過去形で話していることに気付いたのだろう。トウヤ君は、不思議そうな顔をする。でも、これで終わりなんだ。
トウヤ君の中に、“後輩”は、もう、いられない。
「……あのね」

「――ボク、奴隷なの」

「脱走した、奴隷なの」

――――――――――――――――――――――――

「なん……だっ、て……?」
透き通った冬の夜空の下、告げられた言葉は、冷や水をぶっかけられるには十分だった。
――“奴隷”。
この身分社会の最高位が国王で、その次が貴族であるのなら。最下層に位置しているのが、奴隷だった。
権利を持たず、意志を持つことすら許されず、ただ、単純な労働力として生きる存在。病気になろうが過労死しようが、
打ち捨てられる、そんな存在。
一度だけ、貴族の依頼を受けたことがある。そのとき、身の回りの世話をするため、奴隷を一人つけられたが……
あれは、思い出したくも無い、ひどいものだった。あのゴーズでさえ、眉を顰めていた印象がある。
「バリガディス家の、奴隷なの。借りられた先で、逃げ出したの」
「…………」
淡々と……それでいて、泣きそうな顔で。セナちゃんは、言葉を続けていく。
確かに、そうだ。奴隷なんかと付き合おうものなら……まず間違いなく、世間からは後ろ指を指されるはずだ。
実家からは勘当され、物好きの烙印も押されるだろう。
だが。
「……悪かった」
のぼせ上がって、傲慢なことを言ってしまって。彼女の想いを否定して、そんな事を言わせてしまって。
つくづく、今日の俺は馬鹿すぎる。
セナちゃんの瞳から、涙が零れた。当たり前だ。奴隷だと知れば、多くの人は、その立ち居地を変更せざるを得ないだろう。
確かに彼女の言う通り、いくら好きでも、想いを口にするなど、出来るはずがない。付き合うなんて、もってのほかだ。
だけど。
「セナちゃん。ちょっと、聞いてほしいんだ」
「え……?」
勝手に暴走して、ああまで言わせた責任は、しっかりと取らなければならないだろう。
そしてそれは、幸運だったのか、不幸だったのか。あまりにも、簡単に取れることだった。
「俺な。七年以上前の、記憶がないんだ」
「え……?」
壊れた何かのように、同じ言葉が飛び出した。まあ、ちょっと座ろうか。そう言って、俺は床に座り込む。
同時に、セナちゃんも床に座ってくれた。理由はどうあれ、話は聞いてくれるらしい。
「俺は、自分が冒険者になる前の記憶がないんだ。自分が何者なのか、いくつなのか……それも分からねえ。
トウヤっていう名前だって、うろ覚えのものに過ぎないんだ」
「……記憶、喪失ってやつ?」
「似たようなものかな。ここ五、六年の記憶はあるし、日常生活も差し支えなく送ることができる。ただ……十七っていう年齢は、
やっぱりうろ覚えだしさ。名前だって、トウヤなんかじゃないのかもしれない。この、本場の魔術師さえ越えるほどの、
爆発的な氷の力もさ。何から得られたものなのか、正直分かっていないんだ」
手を上向けると、その手に小さく冷気が集う。詠唱もなしに、氷の刃が生まれてくる。
力を抜くと、その氷も泡沫のように消え果てる。氷以外は使えないけど、氷だけに限って言えば、
セナちゃんの魔法を軽く越える、この実力。そもそも、攻撃魔法の体系でしか存在しない氷の技を、
痛覚を凍らせるのに使ったり、軽い冷気で集中力を底上げしたりするような使い方なんて、俺以外にやった奴を見たことがない。
「だからさ。たとえセナちゃんが奴隷だからって、俺は別に気にしないよ」
普通の人だったら、躊躇するだろう。奴隷なんてと、切り捨てるだろう。だけど、俺にはそんな必要はなかった。
後ろ指を指されようが流れ者の冒険者だし、今までセナちゃんが俺らにそうしていたように、
一時的な滞在先ぐらいは誤魔化しきることが出来る。勘当される実家はないし、今更物好きの烙印なんて気にしない。
「ああ、ちなみに、その場しのぎの嘘ってわけじゃないからな。ゴーズにも話したことがあるし」
ここまで言っておいて、それでも蹴るのは、酷だろうか。とはいえ、彼女自身、応えられるとは思っていなかったはずだ。
だから……
「……うわっ!」
言葉を続けようとした矢先、セナちゃんが胸に飛び込んできた。そういえば、途中からセナちゃんの相槌はなくなっていた。
顔を見ると、その瞳は涙に濡れている。
「馬鹿っ、トウヤ君の馬鹿ぁっ! 折角、諦めようと思ったのに、そんなこと言われたら、
諦められなくなっちゃうじゃんかぁ……!」
「……悪い。それでいて、応えられない俺は、本当に大馬鹿なのかもな……」
まだ、ミミィさんのことを引きずっているから。さすがに、失恋の痛みは、数時間では消えやしない。
言葉に詰まりながら、セナちゃんは続けてくれる。その声音と仕草が、自分のことを本当に好いていてくれると、教えている。
だけど俺には、何も出来ない。今、何かをしようものなら、ミミィさんと重ねてしまいそうで、怖かったから。
振られてなお、俺はミミィさんが好きなのだ。その状況で、この気持ちを整理しないままに恋人関係を結ぶなんぞ問題外。
それだったら、バッサリ振ってしまったほうがまだマシだ。
だけれども。失恋直後に告白を食らうという衝撃の事態で揺れた心で、返事をするのはまずい気がする。
もっとも、その言い訳を建前にして、逃げているだけかもしれないが。
だから。
「セナちゃん」
少女の頭が、動いた。潤んだ瞳と赤らめられた顔が、こっちのほうを見つめてくる。
「今ちょっと、いろいろありすぎて頭が混乱してるんだ。凄く、申し訳ないんだけど……
答えは一旦、保留させてもらってもいいかな」
「――――っ!」
セナちゃんは、何度も首を縦に振った。そのまま、首を伸ばしてきて――
「っ!?」
いきなり、顔をくっつけてきた。何が起こったのか、一瞬分からなくて。柔らかい感触に気付いてやっと、
何をされたのか気がついて。頭が真っ白になった瞬間、何かに歯列をなぞられた。
「んっ……」
にゅるり、と、セナちゃんの舌が差し込まれてくる。ぴちゃりという音がして、自分の舌が絡め取られる。
けれども、それ以上はしてくることなく、セナちゃんの舌は引っ込められる。
「トウヤ、君……」
顔を離して、少しだけ赤らんだ顔を向けて。セナちゃんはもう一度、告げてくれる。
「ボク、本気だから。そのうちで、いいから。ミミィさんのこと、振り払えたらで、いいから。
振り払えなくても……ミミィさんの代わりにしても、構わないから。だから、そのときにまた、返事をください」
最後にもう一度、胸に顔を埋めてから。セナちゃんは、名残惜しげに離れていく。
「今日は……ありがとう。おやすみなさい」
止める間もなく。セナちゃんは、屋上から走り去っていってしまった。

 

 

「まさかといえば、まさかだよなぁ……」
部屋に戻ってきて風呂に行って、戻ってきて布団を敷いて。そろそろ寝るかと明かりを消して、布団の中に入った俺は、
ここ数日のミミィさんとセナちゃんの様子を思い返していた。風呂に入ったときから堂々巡りでやってるのだが、
まだ混乱しているのか同じ事しか考えていない。
先ほど、「お前、何かあったのか?」と聞いてきたゴーズには、「まあ、ちょっと」と笑って返した。
ゴーズはそれ以上の追及はせず「明日以降差し支えるなよ」とだけ言い残して、さっさと布団に入ってしまった。
この辺、ゴーズはありがたい。
しかし、マジで波乱の一日だった。好きな人への告白を決意し、朝からそのことばかりを考えて緊張したり散財したり。
しかも告白はものの見事に玉砕し、凹んでいたら後輩としか思ってなかったもう一人の女の子がやってきて、
八つ当たりしたら涙ながらに告白され、ついでに衝撃の事態をカミングアウトされてしまった。これは一体どうしたものか。
セナちゃんの言葉が、俺への慰めのために紡ぎ出されたものだと思えるほど、俺の頭はめでたくない。
最後にキスされて舌を入れられて、でもそれ以上はしてこなくて。あの行為が、彼女の気持ちが本物であると告げている。
そして、告白自体にも、返事は強要しなかった。多分、俺のことを気遣ってくれたのだろう。
しかし、面と向かって告白をされてしまった以上、面と向かって返すのが義理だと思っている。
気遣ってくれていたとはいえ、本来ならあの場所で、返事をするのが筋だろう。
しかししかし、昼間は好きな女の子と二人で遊んでいたことや、その子への告白、それの失敗でダメージを受け、
さらになんとも思っていなかった少女からの突然の告白で、大混乱に陥っていたのは言うまでも無く。
今回は、彼女に甘えて返事を保留させてもらった。
彼女が自分にはもったいない――などというのは、奴隷という身分の鎖で考えればどうしようもなく。
この社会、むしろ逆になってしまう。だからこそ、彼女は今まで、俺に何も言わずに我慢してくれていたのだろうから。
というわけで、問題は一つ。全ては、自分の気持ち次第である。幸か不幸か、ミミィさんには告白を終え、
ついでに振られてしまっている。となると、後はいかに気持ちを切り替えるかが鍵だろう。恋はし勝ちだとか、
一度振られてももう一回ぐらいはアタックしろだとか、巷でよく言われているが、
本当に俺のことをなんとも思っていなかった場合、冗談抜きで空気は悪くなってしまう。
まあ、その割には、脈アリと取れるような行動をよく取ってきたが……読めなくなってしまった彼女に、
これ以上のアタックはリスクが高い。自分だけならいざ知らず、空気と連携にヒビが入れば、メンバー全員を危険に晒す。
その中には当然セナちゃんも含まれるわけであり、それだけは絶対に避けたいところだ。
熟慮の末、少しだけ納得いかないのだが、ミミィさんへの気持ちは諦めるという結論を出した。
自分の恋愛観としては、振られても一回はアタックし、それでも駄目なら諦めるというものだったが、
セナちゃんを巻き込むリスクは取れない。
自分に想いを寄せてくれる娘がいるのは、決して悪い気分じゃない。ミミィさんへの告白には失敗してしまったというのに、
また随分と現金なものだ。
(よっしゃ。そしたら、振り切ったら返事をしますか!)
それが、いつになるかは分からないけれど。なるべく早く振り切りたいと、セナちゃんのためにも強く思う。
「そうと決まれば、今日は寝るか」
ともすれ、いろいろあって疲れた。それに明日からは仕事だし、いつまでもいろいろ考えていたら差し支える。
布団の暖かさに身を任せ、俺は眠る体勢に入った。
少なくとも、自分に男性としての魅力が無いんじゃないかという不安は、セナちゃんからの告白で吹っ飛ばされていたのだろう。
失恋したはずの日なのに、穏やかでこそなかったが、寝つきが悪いということはなかった。

4

――――――――――――――――――――――――

――あら、ハクナさん。今日も、ご夫婦で登校ですか?
――やだ、ミミィさん。ご夫婦なんて、そんな。
――羨ましいですわねぇ。私は婚約者などいませんが、その婚約者とそこまで仲良く出来るなんて、
それはそれで微笑ましいですわ。
――ふふ、ミミィさん。実は私たちも、最初からここまでではなかったんですのよ?
――そうだったのですか? では、どうして?
――くす。それでは、ミミィさんにだけお教えますわ。殿方というものは、一度の告白で受けてしまえば、
「この女は自分のものだ」という認識が強くなるんですのよ。
――そうなのですか?
――ええ。ですから、一度付き合って、手ひどく振るなり、最初は告白を蹴るなりしてしまうのです。
そうすれば「そんなに簡単にお前のものになんかならない」という意思表示が出来ますからね。
――ですが、そんなことをしては、脈なしだと思われてしまうのではなくて?
――ですから、脈ありと思える行動を続けるのですよ。振る前も、振った後も。
そうすれば、殿方ももう一度、告白してくださることでしょう。
――なるほど。さすがはハクナさんでございますね。私も、意中の男性が現れたら、是非ともそのようにしてみますわ。
――ふふ。ミミィさんに好いてもらえる殿方も、幸せですわね。
最初はお辛いでしょうけど、すぐに幸せの形を知ることになるでしょう。

――――――――――――――――――――――――

 朝――私、ミミィはふと、昔の夢を見て目を覚ましました。どうやら昨日、トウヤさんに告白されたことが、
きっかけとなった模様です。
「一度は捨て、次に応じる、ですか……」
確かに、そうすれば男性側のほうも、自分を捨てにくくなることでしょう。外面や貴族という一面だけで寄ってくる男性も、
同時に撃退することができます。
「ふふ、トウヤさん」
彼が、貴族の娘という外面を気にしているだけの男性だったら、願い下げになってしまいますが。
そうでなければ、平民という身分で初めて、共に歩んでも良いと思えた、冒険者の男性。それが、トウヤさんでした。
実力、性格、共に申し分在りません。顔は、もう少し普段から引き締めていただきたい所ですが、
お付き合いすることになったら、じっくりと訂正していけばいいだけの話です。
「…………」
横では、セナさんが寝ています。難しい顔をして帰ってきましたが、トウヤさんに何かをしたのでしょうか。
彼女はどうも、トウヤさんに尊敬の念を抱いているようです。冒険者としての先輩のようですから構いませんが、
横恋慕をされても厄介です。
もっとも、告白をされた時点で気持ちは私のほうに靡いてますから、無駄なのでしょうけど。
ついでに、容姿の面でも、私のほうが完全に勝っていることを自覚しています。
さらに言えば、前の町でお酒に酔ったトウヤさんは、何故かゴロツキと意気投合をしてしまいまして。下卑た話をしていました。
耳に毒だとは思ったのですが、彼のタイプは包容力のある年上の女性で、黒髪、巨乳がいいとのこと。
まさに、容姿的にはぴったりと当てはまっています。一方セナさんは、短髪で、胸……は、可哀想なので言いませんが、
ここまで差がある以上、絶対に私には勝てません。特に年齢は、絶対にひっくり返せませんからね。
ふふ。尊敬している女性の一人や二人くらいは、放っておきましょう。そのくらいで動揺していては、
この先が思いやられてしまいますからね。

 では、トウヤさん。ここからが最終試験です。この私を、見事墜としてごらんなさいな。

――――――――――――――――――――――――

「う〜っ……」
思いっきり伸びをすると、固まっていた関節がぼきぼきとほぐれる感じがする。少しの間ぼけーっとして、俺は思わず呟いた。
「やべえ、めっちゃよく寝たわ……」
失恋した日の夜だというのに、猛烈によく寝てしまった。ばりばりと頭をかきむしりながら起き上がると、
寝癖が凄いことになっているのが分かる。水汲み場まで行って水をもらい、頭に撫で付けて寝癖を直す。
ゴーズは今朝もいなかった。また随分と早起きなことだ。俺は自分の部屋に戻り、冒険用具をチェックする。
依頼においては必要道具が支給されることもあるが、大抵は持ち込みの道具でどうにかする。
地下水道での魔物退治だとか言っていたから、松明ぐらいは支給されることだろうが、即効性の傷薬や砥石、
金剛砂なんかはいくらあっても困らない。あ、金剛砂と水を少しずつ混ぜ合わせて砥石の上で研ぐことによって、
武器って研磨するんだぜ。
「ま、こんだけありゃ大丈夫だよな」
昨日の内に準備は終えてあるものの、考え事をしていたからか、どこかで手抜かりがあるかもしれない。
一応念のためもう一度チェックすると、ゴーズが部屋に帰ってくる。
「よう、おはよう、ゴーズ。今日もまた精が出るな」
「ああ。今日は体力を消耗するわけにも行かないから、精々準備体操ぐらいだがな」
俺とゴーズの起床時間は、基本的にどっこいどっこいだ。俺が早く起きることもあるし、ゴーズが早く起きることもある。
大して時間は変わらないらしく、俺が起きて十分もしないうちにゴーズは起きるし、逆もまたそうだとか。どうやら今日は、
ゴーズのほうが早かったらしい。
「準備体操って、どれくらいだよ。いつも通りの素振り百本と瞑想十分の三本セットか?」
「今回は軽く一回だけだ。お前のほうは、今日はもう大丈夫なのか?」
「ああ。昨日はまあアレだったけど、いつまでも引きずってるわけにも行かないからな」
「そうか。拙者にはよく分からんが、その顔を見ればいつも通りになったようだな」
「まーな。お前は準備できてんのか?」
「抜かりない。無駄死にするわけにも行かないからな」
んな壮大な決意をしている割には行く場所は単なる地下水道なのだが、確かに無駄死には避けたい所だ。
ウエストポーチに必要物資を詰め込んで、最終チェック。よし、大丈夫。
そのまま、今度は部屋で瞑想を始めたゴーズを無視して着替えをし、寝巻きを畳んで背嚢にしまう。
背嚢には一般的な用具を入れるが、ウエストポーチには今生き延びるための最低限の道具が入る。
戦闘時には背嚢を外し、そのまま戦いを始めるのが基本。重い荷物を背負っていては、戦いには支障が出てしまう。
「朝食の準備が出来ましたー」
「おっ」
タイミングよく、宿屋の係が呼びに来た。部屋を出ると、ミミィさんとセナちゃんも出てきたところ。
「おはよう、二人とも」
いつもなら挨拶をするのだが、片や昨日告白して振られてしまい、片や昨日告白されてカミングアウトも食らってしまいで、
どう言ったものかとしばし悩む。とはいえ、ミミィさんには告白の後、忘れてくれと頼んでおいたし、
セナちゃんの方には気にしないよと言っておいたので(実際に気にしていないのだが)、そのまま素直に挨拶をする。
「あ……」
「……おはようございます、トウヤさん」
「……おはよう、トウヤ君」
「ああ、おはよう」
先に声を上げたのは、セナちゃんの方だった。が、呟きの後に、ミミィさんが挨拶を返す。
少し後に、本当に俺が気にしていないことを汲み取ったのか、セナちゃんは顔に笑みを浮かべて返してくれた。
今日も今日とて、朝食のメニューはパンとスープ。ミミィさんは紅茶をつけたが、今日の俺にコーヒーをつけている余裕はない。
お財布の中身はすっからかんだ、今日の仕事が片付かない限り、コーヒー一杯も頼めない。
「今日は、コーヒー飲まないの?」
「……分かってて聞いてんのか、セナちゃんよ?」
なんか知らんが嬉しそうに聞いてくるセナちゃんに、微妙な顔で俺は返す。セナちゃんはごめんねと小さく笑うと、
手を挙げて宿屋の人を呼んだ。
「すみません。えっと、ホットミルクと、この人にコーヒーをもらえますか?」
「へっ?」
思わず聞き返した俺だったが、宿屋の人はそのまま注文をとって帰っていく。呆然とセナちゃんを見つめる俺の前に、
セナちゃんはくすっと笑って返した。
「昨日のお礼!」
「ばっ、ばかっ、礼を言うのは俺のほうだって……!」
「じゃあ、今までの冒険準備の授業料」
「……くーっ……」
セナちゃんの優しさが、軽く染みた。
当然ながら、その日のコーヒーがめっちゃ美味かったのは言うまでもない。

 

 

「うおおおおおおお、やってやるぜーっ!!」
「女子にコーヒー一杯奢られただけでそこまでターボがかかる貴様が羨ましいわ……」
なんとでも言いやがれ。コーヒー大好きなこの俺の、的確なツボを抑えたあの行動。
コーヒーがないと何となくスイッチが入らない俺にとって、あれはまさに天恵ともいえる行動だった。
ハイテンションな俺と突っ込みを入れるゴーズの前で、女性陣は別々の顔を向けている。一人は笑顔で、もう一人は難しい顔で。
笑顔なのはセナちゃんで、難しい顔をしているのはミミィさんだ。
とはいえ、いつまでも浮かれているわけにも行かないので、俺は最終チェックを取る。
「じゃあ、全員準備はいいな?」
セナちゃんが頷き、ゴーズが頷き、少し遅れてミミィさんも頷く。もちろん俺も出来ているので、んじゃ行くかと号令を下した。
冒険者パーティ“ソルティーヤ”は、一応俺がリーダーだ。元々俺とゴーズの二人旅だったのだが、
そこへ女性二人が加わってきたという形。同じ町でこそあったものの、
セナちゃんとミミィさんには互いに面識がなかったようで、そうなると必然的に俺かゴーズがリーダーを務めることになる。
が、ゴーズは最年長ではあるのだが、女性に関してはコレである。
結果として、俺がリーダーを務めねばならなくなってしまった。ゴーズ曰く「協調性を取るのは苦手なのだ」そうで。
まあ別にリーダーといっても、メンバーの代表みたいなものだ。取り立てて大仕事があるわけでもなし、俺も気楽にやっていた。
振り返ると、二人は相変わらず別々の顔。そういえばと、俺はセナちゃんを呼び寄せる。やってきたセナちゃんに、
俺は耳元で囁いた。
「セナちゃん」
「ん?」
「なるべく早く決着つけて、なるべく早く返事するから。だからそれまで、待っててくれな」
「……ん」
顔をほころばせて、セナちゃんは嬉しそうに頷いてくれた。
――ふと。ミミィさんの顔に、険が増したような気がした。

――――――――――――――――――――――――

 ……どういうことですか?
先ほどからのトウヤさんの行動に、私は不信感を拭えませんでした。
昨日、彼を振った私に対して、トウヤさんは忘れてくれと言いました。
その日の晩は、さすがにそのショックが抜けていないようでしたが、今朝見てみると、どうしてか立ち直っていたのです。
もちろん、今日はお仕事がありますし、トウヤさんは切り替えが早かったということもありますが……
納得行かないのが、セナさんです。
朝食の時はトウヤさんに尻尾を振るかのようにコーヒーをつけてあげ、今も何故か彼の隣に立っています。
昨日までは、そのような仕草はなかったのに……まさか、私のトウヤさんに横恋慕を?
……冗談ではありません。彼は私と共に歩むべき人です。貴女なんかではないでしょう。
それに、トウヤさんもトウヤさんです。なぜ、そのような女に寄るのですか。まさか、女なら誰でも良かったと?
私に振られたから、ただの一度で諦めて、その女にアプローチをかけるのだと?
……いえ、それはありませんか。いくら切り替えが早かったとしても、さすがにそこまで無恥な男性ではないはずです。
となると、あの女が昨日、トウヤさんの心に付け込んだに違いありません。
――あまり、舐めた真似をしないほうがいいですよ。
眼光を飛ばすと、セナはびくりと体を震わせ、こちらのほうを振り向きました。私は即座に、笑顔を作って返します。
清く、正しく、美しく。常に余裕を絶やさないのが、貴族と大人の嗜みというものですからね。

――――――――――――――――――――――――

「うーん、こんなにじめじめして薄暗かったりすると、魔物の一匹でも出そうだな」
「実際に出るから依頼になっているんだろう。下らないことを言うんじゃない」
「お前は一々マジに解釈しすぎだっつの……」
支給品の松明に火打石で点火して、あたりを照らしながら歩いていく。一応、依頼の文章は昨日の夕食時に読ませてもらった。
ミミィさんが眉を顰めていたが、まあ仕方が無いといえるだろう。
相手は、この地下水道で大繁殖したネズミの魔物の退治である。体長は大体六十センチほどで、
大きなものになると一メートルを越えるという。ネズミが苦手でなかったとしても、あれだけデカいと話は別だ。
動きもやたらと素早い上に体格も中々どっしりしていて、ついでに群れを作られていることもあるため、
新米冒険者であれば迂闊に手を出せない存在だった。
「……ん?」
違和感を覚えて、歩みを止める。ゴーズもほとんど同時に気付いたようで、既に刀に手をかけている。
セナちゃんやミミィさんはまだ気付いていないようだが、これは単純に経験の差だろう。
程なくして、キイキイという耳障りな音と共に、ネズミの群れが現れる。群れの数は……ざっと、五十。
外敵の侵入を察知したのか、一塊に纏まって戦闘態勢に入っていた。
「恨みはないが、倒させてもらうぞ」
「よっしゃ、ほんじゃま、行きますか!」
重いゴーズの声と軽い俺の声が木霊して、次の瞬間、ネズミ共との戦闘に突入する。
走ってくるネズミ共の鼻っ柱をへし折るように、セナちゃんの魔法が炸裂した。
「フレイムノア!」
魔術グローブから放たれた火炎の波が、俺とゴーズの間をすり抜けて、ネズミ共を飲み込んだ。
同時に俺は氷の魔法を起動して、自分の周囲に冷気を集める。
「でえぇりゃあぁ!」
気合、一閃。剃刀のように薄い氷の刃を纏わりつかせた鋼の剣は、飛び掛ってきたネズミを一刀の下に斬り裂いた。
続けざまに逆側の手を前方に突き出し、その手から放たれた冷凍光線がネズミの群れを吹き飛ばす。
だが、攻撃直後、隙の出来たこっちの体を食いちぎらんと、上からネズミ六匹が殺到してきた。
「げっ……」
体勢を崩しながらも、どうにか回避しようとした瞬間。ゴーズが『気』を宿した刃で、鋭く白刃を一閃させる。
信じられない切れ味を持つ鋼の刃は、六匹のネズミを綺麗に輪切りにして叩き斬り、地獄への直滑降を強制した。
「防御をおろそかにするな、世話の焼ける」
「悪い悪い、礼言っとくわ」
「はっ。そんなものいるか」
言い捨てられて、俺はゴーズと二人並んでネズミ共と対峙する。その後ろで、セナちゃんの高い声がした。
俺らの頭を飛び越えるように、氷の刃が飛来する。数匹のネズミを貫いて、ネズミの悲鳴と俺らの気合の声と共に、戦闘再開。
俺が凍らせる。ゴーズが斬る。ネズミが飛び掛る。俺が避ける。ゴーズが蹴る。
時たま、後ろからセナちゃんの援護の魔法が飛来する。何匹かのネズミは身軽に壁面を駆け抜けて、
横をすり抜けて後ろの二人を食いちぎろうとするものの、そうは問屋が卸さない。よしんば、すり抜けていったとしても――
「護身術くらいは、できるのですよ!」
ミミィさんの杖が、力任せにネズミを殴りつけた。隙は大きいが、あれだけでかいと当たりやすい。
多少なりともミミィさんは戦えるし、セナちゃんの方は俺とゴーズがある程度だが仕込んである。
少しは持ちこたえられるだろう。
「たぁいえ、少しは危ないからな。ゴーズ、しばらく前線任せていいか?」
「しばらくどころか、この程度の群れなど一人で倒せる」
「だろーな」
ゴーズの戦闘能力は、悔しいことに俺より高い。その実力に前線を任せて、俺は後ろへと抜けた魔物を殲滅にかかった。
戦況は五分五分。俺とゴーズのコンビと違って、セナちゃんとミミィさんのコンビではあまり連携も取りにくいのだろう。
技術ではミミィさんの方が上だが、数は向こうのほうが多い。といっても、四、五体なのだが。
しかも、セナちゃんに近接戦の心得はない。もっとも、最初の鍛錬の後は常に捨て身で戦っているので、
極限状態が大半だからということもあってか、実力はどんどん上がって……は、いるのだが、
いつ死にやしないかと不安で仕方ない。
そういえば、そういうことだったのか。やたら自分の命を粗末にするような戦い方をすると思ったていたが……
彼女は、自分の命に価値なんか見出していなかったのだ。
だが、それは間違いと言わざるを得ない。少なくとも俺は、彼女に対して仲間の情は抱いている。
昨日の告白をさておくとしても、俺の大切な後輩だ。そんな捨て身の戦いなんて、絶対にしてほしくない。
「つぁらあぁ!」
戦場に、割って入っていく。今まさにミミィさんに襲い掛かろうとしたネズミを斬り捨てて、返す刀で別のネズミを両断する。
「二人とも、無事だな?」
「トウヤさん、助かりました。この女が、全く役に立たないものでして」
「うっさいな! こっちは魔法型なんだから、しょうがないだろ!」
「戦闘中に棘の立つ言い方をするんじゃない。……でぇい!」
たかだか五匹のネズミなど、俺にとってはただの雑魚だ。瞬く間に残った三匹を黄泉送りにすると、前からゴーズの声が響いた。
「トウヤ、セナ! チャンスだ、纏めて焼き払え!」
「!!」
見ると、ネズミ共の動きが止まっていた。どんなに突撃を繰り返しても果敢に弾き返す異国の侍に、
一旦体勢を立て直そうとしたのだろう。
だが、その隙を見逃すほど、こっちは甘くない。
「ゴーズさん、下がって!」
先ほど役に立たないと言われたセナちゃんが、名誉挽回とばかりに魔力を高める。
何故だろう、いつもよりも少し、その魔力が強い気がした。
ゴーズが伏せるのに合わせ、セナちゃんは魔力を解き放つ。
「――エクレール・バル!!」
重ねて突き出された両手から、小さな弾が発射され……敵の中心部で、爆裂した。
黄色い光が弾け飛び、乱舞する光が地下水道を照らす。
「うぉあ!!」
思わず、手を前にかざして光を遮る。セナちゃんが解き放った魔法は、間違いなく今までの中で最強クラスの技だった。
こりゃ、俺の吹雪はいらないな……その威力を直感で悟り、俺は魔力を再び戻す。あまり無駄遣いはしたくない。
駆け抜けた稲妻が消えたとき、辺りには何十ともいえるネズミの死骸が転がっていた。ほとんどを雷に焼き焦がされ、
ところどころ斬られたり凍ったりした奴もある。生きているネズミは爆音で驚いたのか、あるものは立ち呆けになり、
またあるものは逃げ散っていった。
「腕を上げたようだな、セナ」
「えっへへー」
ゴーズが珍しく賞賛の声を送り、セナちゃんは照れ隠し気味に笑う。その後、何故かこっちのほうを見てきたので、
笑って頷き返してやった。今まで使っていた魔法よりも、一回り強力な技であることは素人目にも分かったからだ。
「ナイスだぜ、セナちゃん。後でゴーズがチョコレートパフェを奢ってくれるってよ」
「笑うのはまだ早いぞ。今の内に浮き足立っているネズミ共を殲滅する」
「ボケたんだから、せめて突っ込んでくれませんかねえ……」
とはいえ、ゴーズの言うことは正しいわけで。俺はもうしばらく、ゴーズと共に地下水道で暴れ回ることになるのだった。

 

 

「とまあ、大体こんな所だな」
ネズミの群れを全滅させて、俺はそのうちの一匹に片膝をついた。
魔物退治の依頼の時は、退治した魔物の一部を証拠として持ち帰らなければならない。
ネズミの魔物なら、大抵は尻尾か。前歯を削ぎ取るのもいいかもしれない。
「尻尾にする〜? 前歯にする〜? それともぉ……」
「尻尾にしよう。前歯は硬くて剥ぎ取るのが面倒だ」
「あいっかわらずギャグの通じねえ男……」
とはいえ、拾われても逆にキモいので、俺たちはそのまま剥ぎ取り作業を開始する。
俺とゴーズは剣と刀で剥ぎ取れるが、女性陣はそうではない。
そのため、剥ぎ取り用に買ったナイフを使って作業をすることになる。
普通のサバイバルナイフと混用すると地獄を見るので(特に料理時とか)、区別して使うのが冒険者としての常識である。
服が汚れるのが嫌なのか、ミミィさんは体育座りはしたものの、スカートにはしっかりと覗き対策を打っている。ちくしょうめ。
「それにしても、ネズミは変な病気を媒介しそうで怖いですわね。私は正直、触りたくありませんわ」
「そう?」
一方、俺たちのように片膝を突いて、ネズミの尻尾を切り落としていくのはセナちゃんだ。前からそうだったのだが、
この辺の汚れ仕事には一切抵抗がなかったりする。ゴーズもそこは認めているのだが、
眉の一本も動かさずにネズミを掴んで尻尾を剥ぎ取る女の子ってのもどうなんだろう。役に立っているからいいのだが。
「手際が悪いぞ、ミミィ」
「なっ……」
「おいおい、無理もねえから、言ってやるなって」
ゴーズの駄目出しが飛び、ミミィさんが少々の怒りを込めて睨み返す。苦笑が浮かぶのを感じながら、俺はそれを止めてやった。
「無理っぽいなら休んでていいぜ。六十センチのネズミなんて、俺だって軽く引くとこあるしな」
「常々思うのだが、貴様は女に甘くないか」
「っていうより、ミミィさんはパーティのアキレス腱だろ? うっかりダメージでも受けようものなら、
危険度は桁違いに跳ね上がるぜ」
「医術士をやっている人間が、毒性に理解がないとも思えん」
「う……」
ゴーズの最もな指摘に、俺は言葉に詰まってしまう。確かに、そういえばそうだ。
反論の言葉は見つからず、俺はため息をついて誤魔化す。とりあえず、この場はミミィさんは庇えたはずだ。
「……あれ? 振られたんだったら、庇う必要なくね?」
「ん? 何か言ったか?」
「ああ、いや、なんでもねえ。それはそうと、何匹ぐらい狩ればいいんだ?」
「さあな。根絶するまで狩るわけにも行かないから、大規模な群れだけ討伐すればいいだろう。
とりあえず、二百ほど削ればいいんじゃないか」
「二百か。あー、めんどくせ」
「なら貴様はそこでミミィとでも戯れていろ。俺は――」
「――っ、だめぇっ!」
「うおっ!?」
いきなり発された大声に、ゴーズが思わず動きを止める。セナちゃんは『憤然と』という言葉が見事に当てはまるような仕草で
立ち上がると、拳を握り締めて力説した。
「と、トウヤ君だって、役に立つじゃん!」
「女に現を抜かしたせいで、骨抜きになった軟弱者など必要ない」
「ご、ゴーズさんだって、一人だったらその、どうなるか分からないじゃない!」
「いやいや、そこまで庇ってくんなくていいから」
というか、めんどくせえとほざこうが、結局仕事はするのだが。この二人、ジョークが通じないのだろうか?
ため息を吐くと、ミミィさんと目が合った。一瞬反応に迷った俺に、ミミィさんはくすっと微笑んでくる。
「…………」
笑みを返すが、どうにも居心地が悪い。逃げるように、俺は剥ぎ取り作業へと戻るしかなかった。

――――――――――――――――――――――――

「……ようやくこれで二百か、おい?」
五つ目の群れを全滅させて、トウヤ君がうんざりしたような声を出した。確かに、薄暗い地下道でネズミばっかり倒していたら、
うんざりするのも分かる気がする。
「そういえばトウヤ君、二百匹ぐらい倒すって言ってたけど、依頼書にそう書いてあったの?」
「いんや、別に? 二百はゴーズの直感だぜ」
「よく言うわ。お前とて、同じような結論を出しただろう」
聞いたボクに、トウヤ君は頬をかきながら返した。その横でゴーズさんが付け加えるけど、ボクの疑問はまだ解けない。
「全部倒しちゃだめなの?」
「んー、まあ、ネズミだって自然の一部だからな。全部倒しちまったらまあ、面倒な影響とかあるんだろ。
前、どっかの冒険者がネズミを全部倒したら、次の年から馬鹿みたいにゴキブリが出て大変なことになったんだってさ」
「ネズミはゴキブリを食べてくれるってこと?」
「じゃねえの? 俺、生物学は詳しくねえから、分かんねえや」
あくまで、異常発生したものを倒すというだけにとどめるみたい。生物学に詳しいのは確かミミィだったけど、
何か悔しいから聞きたくない。
「ネズミは昆虫や魚介類、肉も食べる雑食性なのですよ。トウヤさんの言った通り、ネズミも自然の一部なのです」
「そうなんだ」
振ったおまえがトウヤ君の名前を口にするなと、全く関係のない言いがかりをつけたくなったけど、ここはぐっと我慢する。
そんなことをしたら、それこそトウヤ君に嫌われてしまう。
「じゃ、残りをぱぱっと剥ぎ取っちゃおうか」
「そうだな。じゃあセナちゃん、そっち頼めるか?」
「りょーかーい」
わざと明るい声を出して、自分を元気付ける。剥ぎ取り用のナイフを出して、尻尾を切ってから頭を落として、毛皮をべりべり。
残った肉と切った頭は、そのまま地下水道の水中にぽい。
「よく触れますね、そんなものに」
「慣れれば平気だよ?」
っていうか、昔から下水道の掃除とか、ゴミ捨て場……ダストシュート? っていうんだっけ?
の掃除とか、トイレの掃除とか死体処理とか、汚い仕事だけで言っても、いろいろやらされてきたんだから。
おまえみたいな貴族なんかと一緒にするな。おまえたちが笑っているその裏で、
ボクらがどれだけひどい目に遭わされたと思ってるんだ。
「あの、なんか、怖い顔をしていますけど……何か、あったのですか?」
……話せるわけないだろ。トウヤ君に話しちゃったのだって、たまたまだったんだ。
あ、でも、気にしないって言ってくれたことは嬉しかったな。
それに、今は……今だけはトウヤ君に褒めてもらえるスキルだから、ちょっと嬉しい。
「……ほ、本当に何があったのですか? その、今度はニヤついてますけど……」
……でも、それも今だけなんだよね。きっと、そのうち……
「……あ、あの、セナさん? どうして、今度は難しい顔を……」
うるさい、騒ぐなーっ!

 ぼきっ

「あ」
剥ぎ取りナイフが、折れてしまった。

――――――――――――――――――――――――

「まあ、まあ、形のあるものはいつか必ず壊れるわけだからな」
「ごめんなさい……」
苦笑する俺の前で、セナちゃんはしょげかえってしまっていた。何も剥ぎ取りナイフ一本で
そこまでかしこまらなくていいのだが、奴隷の性というやつだろうか。今までもずっとそうだったのだが、
セナちゃんはこの辺りにやたら過剰反応する。性格なのかと思っていたが、むしろ育ちのほうなのだろう。
確かに、彼女が奴隷であると考えれば、今までの行動や言動の全てに辻褄が合う。宿屋に行き、
外の安酒場で夕食を摂った一昨日をとっても、セナちゃんは一番安いメニューを頼んでいた。一昨日だけじゃない。
俺たちの仲間になってから、財布に負担をかけないようにと、いつもそんなことばかりをしていたのではないだろうか。
「……はあ」
この辺に過剰反応をするのが、幾分かわいそうになってきた。折角だし、報酬金が出たら、いいナイフを買ってやろう。
「ま、いーや、後何匹?」
「六匹……」
「ほいほい、任せとけーな」
尻尾を切って頭を落として、毛皮を剥ぎ取る。残った肉と切った頭は、そのまま地下水道の水中にぽい。
何を隠そう、この手順は俺がセナちゃんに教えたのだ。
それにしても、一回で覚えてくれるとは、先輩冥利に尽きるというもの。
しかも、その後輩から想いを寄せられているとなれば……うは、うはは……
「あ、あの、トウヤさん……その、セナさんも笑ってましたけど、ネズミって、そんなに切り心地がいいんですか?」
「はっ! あ、あー、そ、そうなんだよな、な、セナちゃん?」
「ぅぁえ!? う、うん、その、あの、ぬべーっと取れていく感覚が……」
「り、理解できません……」
安心してくれ、俺たちだって理解してねえ。

5

 というわけで。
ゴーズが依頼主の前でネズミの尻尾を入れた袋をひっくり返し、二百本ちょっとの尻尾が
ダーッと流れ出るというシュールな光景が繰り広げられた後。
報酬金を受け取った俺は、セナちゃんの剥ぎ取りナイフを買いに冒険用品店へと向かっていた。
「金も出たし、いいもん買うか」
「え……でも、高いよ?」
「ばっきゃろ。冒険用品を節約する奴があるか。必要物資だから、共有財産で買おう」
手に入れた金銭は、その大半を冒険用の共有財産に回している。
宿代や保存食代など、冒険必需品は全てこちらでまかなうのだ。
残りは均等に四等分して私有財産となり、昨日のミミィさんとのデート代金や、
自分用の娯楽品などはこちらで買う。ちなみに宿代は、夕食代は共有財産から払うが、
朝食につけるコーヒーや紅茶、スクランブルエッグは私有財産から出すという、謎のルールがあったりする。
まあ、宿を取るときは節約のために夕食抜きにしてあるから、その夕食代は宿代の一部として
計算しているということだろう。
一方、朝食は普通に出てくるので、そこにつけるオマケには自分で出せということか。
決めたの俺とゴーズだけど。
「ナイフは……ここか。まあ、三種類もあれば十分かな」
大都市になれば、十種類ぐらいは売っているのだが。とはいえ、山裾の町にしてはなかなかの規模だ。
「握ってみて一番しっくり来るものを選ぶんだ。あと、今回はククリも選択肢に入れろよ」
「くくり?」
「これだよ。殺傷力の高い大型ナイフ」
右の棚から取ったのは、先端の部分が大きく膨れた、鎌のようになっている大型ナイフだ。
もちろん、長剣どころか短剣にも及ばないが、ナイフの中ではかなり殺傷力が高く、
肉食獣にもある程度は対抗できる代物である。今後は山岳地帯にも入るので、うっかりはぐれたときに
そんな奴に遭遇しても、多少は対抗できるようにという準備品の意味合いもある。
しかし、セナちゃんは小さく眉をしかめて、ククリを握った手を振るった。
「……ごめん。ちょっと、使いにくい」
「そうか。まあ、後衛が接近戦に持ち込まれないように守ってやるのが、俺ら前衛の役目だからな。
とりあえず、お前は俺が守るのでククリに関しては今回は問題ないとして……どした?」
ふと見ると、セナちゃんは何故かうつむいていた。聞くと、なんでもない、とのお返事が。
というか、何故ほんのりと頬を染めていらっしゃるのでしょうか?
何か言ったかなと首を傾げつつ、いくつかのナイフを手に取っていく。と、セナちゃんが服の裾を引っ張ってきた。
振り返ると、ちょっともじもじしたような顔で。不覚にも、ちょびっと心臓が跳ね上がる。
セナちゃんは少し言いよどんだ後、別の棚を指差した。
「あ、あのさ、なたは?」
「なた? ああ、鉈な。持ってみ」
ちょっと離れた所に立てかけてあった鉈から、適当なものをチョイスして渡す。
セナちゃんは何度か握って振ると、きょとんとした顔で振り返ってきた。
「持ちやすいと思うけど……」
「じゃあ、それでさっきのネズミの解体シーンをイメージしてみ?」
「…………」
セナちゃんはちょっと沈黙して、目線を別の方角に向ける。やがて、小さな声が返ってきた。
「ちょっと、大変そう」
「だべ? 確かに、大型動物にも結構対抗できるけどな。細かい手作業には意外と向かないんだ。
とはいえ、枝を払ったりするのには結構使えるからな。パーティ共有の財産としては持っているけど、
解体用に限定するには向かないな」
あくまで相対的にだが、解体に使うならナイフとかの方が向いている。枝を落としたり草を払ったりするのは、
先頭を行く前衛の役目だ。移動中にはあんまり前衛後衛関係ないが。
「あ、でも、一本買っとく? 枝を払ってくれる役目は、多いほうがいいし」
「あ……うん。じゃあ、お願いしようかな」
「ほいほい、んじゃ頼りにさせてもらおうかね。自分で持てるか?」
「うん」
確か、持っていた鉈は二本だったはず。予備も兼ねて、買っておくのもいい。
そうと決まれば、後はセナちゃんの使いやすい鉈を選ぶのがいいだろう。
刃渡り的にも重さ的にも、一番使いやすいものがある。
って、ああもう、だから値札を見て決めるなっての。
実用品なんだから、多少値段が高くたって使いやすいものを選ばなくちゃならないだろうが。
結局その旨を一度告げて、その後セナちゃんから遠慮がちに渡されてきたもの――
といっても、かなり安いものだったが――を、預かった。後は目的のナイフだけだ。
戻ってきたセナちゃんは、振りにくそうだったククリは除外。幾つかのナイフを手に取って
(値札をチラ見していたことは見なかったことにする)、最終的に二本のナイフに絞り込んだ。
「ねえ、トウヤ君。こっちとこっち、どっちがいいと思うかな?」
「いや、だから俺に聞くなよ」
「そうじゃなくて、こっちのほうがよく切れそうなんだけど、こっちのほうが握りやすいの」
「ああ、なるほどな。……ちょっと、貸してもらえるか」
差し出されたナイフを受け取って、セナちゃんの顔と見比べながら真剣に吟味する。
人のナイフを選んだことはあまりないが……多分こっちだと目測をつけて、セナちゃんの方に一本を返した。
「あくまで俺の意見だけど、握りやすいほうがいいと思う。
いくら切れそうなナイフでも、力がかからなければ切れないからな」
「ん、分かった。ボクも、こっちだと思ってたんだ」
「そりゃどうも。で、その理由は?」
「えっとね、手入れがしやすいのはこっちかなって」
「なるほど」
自分なりにしっかり考えてくれたようで、何よりである。結局、セナちゃんの選んだナイフと鉈の二本を持って、
パーティ財産からお会計。
「ほい。じゃあ、これからもまたよろしくな」
「ん。こちらこそ、よろしくね」
嬉しそうに受け取ってくれる様子を見ると――プレゼントは鉈なのだが――いい買い物をしたと、しみじみ思う。
パーティ財産からの出費だから、自分の財布には一ダメージもないことに安心してるんじゃないんだからな?
ほんとだからな?
――っていうか、やばい。本当に女の子に甘いかもしれない。内心でちょびっと頭を抱えつつ、
セナちゃんと一緒に河原へと向かう。セナちゃんは手に入れた鉈が嬉しいのか、
ぶんぶか振り回しながら上機嫌に着いてくる。つか、危ねえ。
「おーい、ゴーズー。おまたせー」
「おう、トウヤにセナか。そっちが洗い終わった奴だから、反対側から取ってくれ」
「ほいほーい」
河原で洗っているものは、先ほど剥ぎ取ったネズミの毛皮だ。
当然のことながら、魔物を倒しても金銭なんぞは手に入らない。しかし、やつらが持つ鱗や角、
甲殻といったものは優秀な武具の材料にもなるため、俺ら冒険者はこれを剥ぎ取って換金し、
路銀や金銭を手にしている。かの有名なスライムも、接着剤のような使い方が出来たりするのだ。
しかしながら、放置しておくと獣臭というか、ひどい場合は腐臭もする。
当然そんなものは安く買い叩かれてしまうため、しっかりと下処理をしておかなければならないのだ。
魔物を倒して金を得るには、こうした人知れぬ努力がある。
「それにしても、思ったよりも早かったな。女の買い物は時間がかかると聞いていたが」
「いやあんたね、時間がかかるって、別にお洒落用品買ってるわけじゃないんだから」
冒険者の用具選別も時間はかかるが、女性のお洒落品ほどではない。
冒険者の用具選別と女性のお洒落は命がけだなんて言うが、デザインなんかに左右されることが少ないため
(粘る奴はとことん粘るが)、相対的にかかる時間は少なくなるのだ。
「ミミィの持つものは一級品だったがな。あれが破損でもしようものなら、丸三日探し回るとも言いかねん。
その辺、セナは少し楽であるな」
「んー、まあ、確かにねー。それにしてもあんた、いっつもミミィさんのこと持ち出すね?
もしかして、ミミィさんのこと好きだったり?」
「馬鹿を言うな。お前ではあるまいし」
「……忘れようとしてるんだから勘弁しろよ」
余計なことを言い出したのは確かに俺だが。そういえば、ゴーズには振られたことは話してなかったんだっけ。
最も、昨日の夕食の時点で何かを読み取ってくれたようであるから、一々言わなかったのだが。
「なんだ、やはり失敗したのか」
「ずけずけ言うなぁ……」
「い、いいんだよ! だってあの女金遣いは荒いし、成功しちゃったらトウヤ君どころか
パーティ財産まで使っちゃうじゃん!」
「まったくだ」
セナちゃんのフォローは嬉しかったが、あの女って言い方はどうなんだよ。突っ込もうとした俺だったが、
その前にゴーズが超大真面目な顔で同意してしまったので、思わず牙を折られてしまう。
……まあ、確かに金遣いは荒いんだよな。一理あるので、出てきた言葉は軽い注意になってしまう。
「セナちゃん。いくらなんでも、あの女って言い方はよそうな」
「……はぁ〜い」
ぶーたれた顔だった。

「終わったーっ!」
「たーっ!」
毛皮二百枚を洗い終えて、俺は大きく伸びをする。同時に洗い終えたセナちゃんも、
同じように伸びをした。後は、本日のお仕事は部屋中にロープを張って、毛皮を干しまくるだけである。
にしても、マジで手がいてぇ。こりゃ明日は休みたい所だが、そうぐーたらしまくっていては、
いつまでたっても旅立てない。
「ところで、ミミィさんは何をやってるんだ? 最後まで来なかったが……」
「明日の仕事を探すとか言っていたぞ。……その割に、随分と遅いがな」
「嫌そうな顔だな」
「嫌なのだから仕方があるまい。そもそも、拙者はミミィに同行の許可を与えた覚えはないぞ」
「へいへい、悪ぅござんしたー」
仕方が無いだろう。医療術士なんてのは、かなり貴重な職業なのだから。ああもう、いっそ嫁に欲しかったぜ。
「……トウヤ君。今なんか、ヤなこと考えていなかった?」
「……滅相もございません」
セナちゃん、もしかしてエスパーとか持ってるんじゃないだろうか。
「馬鹿な言い争いをしていないで、さっさと部屋まで持ち帰るぞ」
「争ってはねえって言うべきか、てめーの現実主義に突っ込むべきかどっちだ?」
既に洗った毛皮をまとめ、運搬体勢に入っているゴーズにジト目を向けるが、どこ吹く風と立っている。
きっちり三分の一だけ持ち上げられているのを見て、俺はおいおいとため息をついた。
「もうちょっと持てよな」
「何を言っている。きっちりと三等分しているだろうが」
「じゃなくってさー、セナちゃんは女の子なんだぞ。少しは気ぃ配ってやれよ」
「女である前に仲間だろうが。その辺りのことを四の五の言うな」
「お前なぁ……」
ほんっとに、融通が利かないというか、なんというか。仕方がないので、残った部分の六割方を持ち上げた。
が、セナちゃんはううんと首を振ると、残りを持ってやってくる。
「いいよ。半分ずつ持と」
「何言ってやがる。野郎には黙って重いもん持たせときゃいいんだよ」
「だって、仲間だもん。トウヤ君の、仲間だもん。だから、ちゃんと三等分」
「…………」
……なあ、この娘、いい娘だよ? どーするよ俺? あわよくばこのまま押し倒して……
変な妄想を、俺は頭から追い出した。

 男性部屋に戻って百枚全部を干し終わり、さあ女性部屋へ援軍に行こうとした矢先。
「お待たせいたしました」
二枚の依頼書を持って、ミミィさんが帰ってきた。それを見て、ゴーズが露骨にため息をつく。
「皮の後処理もせず、貴様はどこに行っていたんだ」
「明日の仕事探しと依頼書の受け取りですが。どうかなさいましたか?」
「…………」
相変わらず棘のあるセリフと、相変わらず棘のある受け答え。もう少し仲良くして欲しいものだが、
相性というのは少なからず存在する。自他共に認める正反対の性格をしている俺とゴーズが
何故かウマが合っているのも、この辺りの部分が大きい。
……ほんっとに俺らが知りてえよ。お互いにこんな奴となんで気が合っているのか。
「まあ、いい。依頼書は後ほど確認だ。さっさとセナの部屋に行って、皮干しの続きを行うぞ」
「……女性部屋にですか? 基本的に、男子禁制の場所ですよ?」
「だったらとっとと貴様は戻ってくればよかっただろうが。大体依頼を見つけるのにそんなに時間をかけてどうする」
「慣れていないのですから、仕方が無いでしょう。トウヤさんは、セナさんについていってしまいますし」
「あーはいはい、揉めるな揉めるな」
ったく、この二人は。まあ、どちらの言い分も分かる。冒険者が受ける依頼は、実力や報酬とも相談するから、
厳選すれば時間がかかる。しかし、俺がセナちゃんとナイフを選びに行って、ゴーズと一緒に皮を洗って、
しかもその半分を干し終わるまで来なかったのは確かにかかりすぎと言わざるを得ない。
「ったく、ケンカしてても仕方がねえだろ。じゃあミミィさん、俺らは入らないから、
セナちゃんがやっているネズミの皮干しを手伝ってくれ」
「分かりました。では、トウヤさんは依頼書を読んでいてください」
「はいよ」
俺はよくミミィさんの冒険用品見繕いで女性部屋に入るのだが。一応その前にセナちゃんがヤバイものとかは
しまってくれているので、特例といった所だろう。女性というのは、中々面倒なものである。
「ええっと? 明日は……薬草採取? で、明後日は……おお、ロンデ村までの運び屋じゃないか!
ミミィさん、いいもん見つけてきたな!」
「運び屋は確かに、次の目的地が宛先だからな。たまには奴も、いい仕事をするではないか。
目下、薬草採取が何の修行になるんだかは知らないがな」
「……いや、無理に修行にする必要はないだろ」
とは言ったものの、“修行か”“修行でないか”の二つだけでほぼ全てを分けてしまっている彼は、
ある意味付き合いやすいといえば付き合いやすい男である。たまにそれが仲間内での軋轢を
生んでしまうこともあるのだが、それはとりあえずご愛嬌……じゃ、すまない部分もあるんだが、
まあ、それはともかくとして。
「これが終わったら、セナちゃんの手入れを見るんだったな」
「そうだな。実力はともかく、あの娘の懸命さには好感を覚える。折角だし、拙者も付き合うとしよう」
「にしてもあの娘、最近男性部屋で過ごす時間長くなったなー。いいのかね?」
「いいのではないか? あの甘ったれた女といるよりは、修行――」
「――以外の観点でお願いしたいんだけど」
「そうなると、拙者には無理であるな」
「無理なんかい」
それはそれである意味凄いが。
会話が一段落着くと、俺は依頼書を読み返す。皮干しが終わったら、セナちゃんがこっちに来るはずだ。
中途半端に余った時間は、どこかに出るには短いし、されどここでほけーっとしているには長いだろうし。
「ゴーズ……は、聞くだけ無駄だな」
「ん?」
「いや、どうやって時間潰すか聞こうと思ったんだけどさ。どうせお前のことなら、毎度おなじみの瞑想だろ?」
「妙に引っかかる言い方だな。静かな心を鍛えるにはうってつけだぞ。お前も一度やってみるといい」
「……やってみようかね、本当に」
本は読み終わってしまったし(買うものはいわゆる中古で、読み終わったら燃料になる)、
新しいものを買う金はない。今は報酬金が手に入ったが、買いに出る時間もないことだし。
「ま、少し付き合ってみるか。コツみたいなものはあるのか?」
「特にない。ただ足と手を組んで、瞳を閉じ、静かな心を鍛えるために修行するだけだ。
拙者の故郷にはザゼンというものも伝わっているが、拙者は形式よりも、実技を重んじているのでな」
「ふーん。お前の故郷にも形式とか気にする奴っているんだな」
「形式といっても、その足の組み方や手の組み方に少々の決まりがある程度だ。そこまで大それたものでもない」
「なるほどねぇ」
質実剛健というのだろうか、こいつの故郷はそんな感じであるようだ。俺も一度訪れてみようかとも思っているが、
結構アクセスが面倒な上、大した特産品もなさそうだった。どこかの通り道にでもなっていない限り、
行く意味があるとも思えない。
「じゃあ、俺もちょっとやってみよう。やり方とか間違っていたら言ってくれ」
「先ほども言ったが、拙者は特に決まったやり方で行っているわけではない。
心を静かに落ち着けることが出来れば、それでいいのだ」
「ああ、そういやそうだったね」
言い残して、早々に瞑想の体勢に入ったゴーズを観察する。見よう見まねで体勢を整え、俺も瞑想。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
静かだ。男二人がいるとは思えないくらい、静かである。そして、やってみると案外、
ちらちらと雑念が湧き出てくる。ううむ、単純にして奥が深い。
――こん、こん。
「おっ」
と、控えめに扉がノックされた。出迎えると、鉈とナイフを下げたセナちゃんが砥石を持って立っている。
「トウヤ君、お待たせ」
「おう。ゴーズも来るらしいけど、いいか?」
「ゴーズさんが? 珍しいね」
少しだけ眉を顰めて、不思議そうに返してくる。でも、頼りになるからいいかな。笑う表情からは、
特にゴーズへの嫌悪感は見受けられない。ゴーズのほうもセナちゃんを嫌っているわけではないようなので、
ここに関しては安心だ。
「鉈とナイフと砥石は持ったな」
「持った」
「金剛砂は?」
「持った」
「水は?」
「持った!」
「よし、完璧」
自分の剣と手入れ用品一式を持ち、俺は笑みと頷きを返す。ゴーズも同じく準備をすると、男性部屋を施錠した。

6

――――――――――――――――――――――――

「それで、どうするんだ。各自勝手に研ぐ感じか?」
「んー、そうするつもりだったけど、とりあえずセナちゃんのを見てみようかと」
「そうか。そういえば、この前トウヤが教えていたな。覚えたのか?」
「……えっと、多分」
大きな男の人に見られると、とたんに自信はなくなってしまう。多分、手順は何度も口に出したから、
ちゃんと覚えているはずだ。
ボクら奴隷は、命令された仕事は一発で完璧にこなさなくちゃならない。聞き直しでもしようものなら、
何で聞いていなかったんだと鞭で叩かれるのが見えてるからだ。それに、いつもびくびくしながら命令を
聞いていたあの時とは違い、トウヤ君の隣は安心できる。だから、落ち着いて説明も聞くことができたし、
ちゃんと覚えてもいるはずだ。
返事を聞いたゴーズさんは、ふむと頷くと少し離れる。
「多分では、この先が思いやられるな」
「う……」
「まあまあ、実際に研いでみればいいんじゃねーの。なんちゃらは一見にしかずっていうしな」
「百聞だ」
トウヤ君の冗談にも真顔で答えているものの、ちゃんと突っ込みは入れている。
ああ見えて、結構いいコンビなのかもしれない。ゴーズさんは一度広げた手入れ用具を脇に寄せ、
近くの木に寄りかかって腕を組む。口は悪いけど、ちゃんと気にかけてくれるのだ。
「じゃ、やってみな」
「わかった」
トウヤ君の声を受け、ボクは早速手入れを始める。まず、砥石を軽く水で洗い、
その上に金剛砂を少しだけ載せる。その上から水を一すくいして、ナイフを当てて研ぎ始める。
ざらざらした感じがするけど、すぐに心地よい手ごたえに変わった。
しばらく研いでから水ですすぎ、もう一回金剛砂と水を少しずつ取ってまた研いで。
それが終わると、刃を裏返してもう一回。金剛砂いっぱい水いっぱいはだめみたい。
「おっけ。完璧だぜ」
「ふん、しっかりと出来ているではないか。手順自体は合っているんだ、後は場数でも踏んで自信を持て」
あまり喋らないゴーズさんが、少しだけ笑う。後は何も言わないで、自分の刀を研ぎ始めた。
「ん、しょっと」
強めに押して、弱めに引く。十分に研いだら、別の砥石に変えて研ぐ。砥石は二個でワンセットで、
粗いもので先に研いで、細かいもので後で研ぐ。刃こぼれしている場合とかは、
もっと粗いやつを最初に使うみたいだけど、今は新品を買っているから必要ない。
十分に研いだと思ったら、水で流して、ちょっと日に当ててみる。
「わ。ねえねえ、トウヤ君、ぴっかぴか!」
「おう。ばっちりじゃねえか」
少し目を細めて、満足そうに微笑んでくれる。合格なんだと、ボクはちょっとうれしくなった。
いつまでもできない振りをして、トウヤ君につきっきりで教えてもらうのも魅力だけど、
役に立つ人だと思ってくれたほうがいい。ほら、確か昔の言葉にも……えーっと、えーっと……
「……トウヤ君、ゴーズさん」
「なんだ?」
「なんだっけ? えっと、彼を……その、なんとかで、なんとかかんとかが危うからずって。
ほら、戦いの名言で」
「……“彼を知り、己を知れば百戦して危うからず”か?」
「相手を知っていて、自分のことも知っていれば、絶対に負けることはないよっていう名言だな」
そうそう、それそれ。ちゃんと覚えておこう。侍のゴーズさんはもちろん、トウヤ君も知っていた。
軽そうな人なのに、その裏でこういった深い知識を持ってるところも、ボクはお手上げ。
自分の剣を研ぎながら、トウヤ君が続けてきた。
「あの言葉には続きがあってな。“彼を知らずして己を知れば一勝一敗す。
彼を知らず己を知らざれば戦うごとに必ず危うし”ってな。相手を知らないで、自分を知っていれば、
一回は勝てるけど一回は負ける。確実には勝てねえ。ましてや、相手も自分も知らなけりゃ、
戦うたびに負ける可能性は高いってことだな」
「つまり、敵のことは知っておくべきだよね」
「まあ、実際どれほど仕入れられるかっていう現実的な問題もあるがな。それが一番の理想ではある」
トウヤ君の後ろで、ゴーズさんもその通りだと頷いていた。
つまり、そういうことだ。悔しいけど、外見じゃミミィには勝てなかった。持っている知識でも、
やっぱりミミィには勝てなかった。お金や家柄なんかは、いうまでもなく。
しかも、前の町の酒場にいたとき、トウヤ君は隣に座った男の人と好きな女性のタイプについて
話していた。よりにもよって、タイプは年上。ついでに、髪も長くて胸もおっきい人がいいみたい。
……ミミィは年上で、髪は長いし胸もおっきい。
ボクは……年下だし、小さいし、胸もほとんどぺったんこ。外見じゃ、全然ミミィには勝てないのだ。
しかも、ミミィはお金持ちだし、家も貴族。対するボクは、お金もなければ人間扱いすらされない、
奴隷の娘。
あきらめようとは思ったけど……ミミィの中身は最悪だった。
家柄を自慢したりしないのはいいけれど、それでもボクはミミィのことが嫌いだった。
奴隷の僻みかもしれない。だけど、努力はしない、準備はトウヤ君に任せっきり、
さっきのネズミだって、いやいや触って。依頼書を持ってくるのだって、
本当にあれだけの時間がかかったのか、怪しいところだ。
トウヤ君はそれを見抜くことができなかったのか、あんなのを好きになってしまった。
だけどボクは、絶対絶対、あんなやつと付き合ってほしくなかった。当たり前だ。
好きな男の子が嫌いな女と付き合うのを、一緒に旅しながら見せつけられなきゃならないのだ。
だけど、ミミィはトウヤ君を振り、ボクがトウヤ君をあきらめようとした理由である、
奴隷という身分についても、トウヤ君は気にしないと言ってくれた。
そして、本当に気にしないでいてくれた。あれは本当に、涙が出るほど嬉しかった。
だったらもう、遠慮なんかしない。こっちも本気で、トウヤ君を落としにかかる。
だけど、家柄もお金もある上にすっごく美人のミミィには、どう頑張っても勝つことはできない。
だから、中身で勝負をかける。トウヤ君が望んでいることを見て、トウヤ君のためにボクは動く。
運がいいのか悪いのか、ミミィはトウヤ君を振ってくれた。くれたって言い方はどうかと思うけど、
実際にミミィは中身最悪。それでも本当のところを言えば、勝つのはかなり難しいと思う。
ミミィはいろいろ使えるのに、ボクはボクだけで勝負しなくちゃならないのだ。
だけど、トウヤ君と一緒にいるべきなのは、あんな女なんかじゃない。
だからボクと……とは言えないけれど、あいつよりもボクのほうがまだマシだ。
トウヤ君が本当に望んでいるのは、自分と冒険を一緒にできるパートナーだ。
トウヤ君の隣にいるべきなのは、彼の冒険をサポートできる、頼れる人間のはずなんだ。
……絶対に、美人で家柄があるだけの、足を引っ張るだけの女なんかじゃない!
「……うわっ!」
危うく、力をかけすぎてしまう所だった。また折っちゃったら、泣くに泣けない。
とにかく、ミミィの情報を手に入れて、自分の事も考えて。それで、勝負をかけるのだ。
「後は、練習して自分で研げるようにするだけだね」
「そうだな。頑張り屋なセナちゃんには、後で飴玉を買ってあげよう」
「いらないよそんなものっ!!」
めちゃくちゃ子ども扱いされてる! 確かに、本音を言えば飴玉ちょっとほしかったけど!!
「はは、冗談冗談。ま、俺が教えられることを全部吸収した日には、ご褒美の一つや二つはやるよ」
「……免許皆伝の証、とかいうやつか?」
微妙な顔して、ゴーズさんが突っ込んできた。トウヤ君はそこまで考えてはいないけどさと返すものの、
顔は少し本気みたい。
あ……じゃあ、あれなら……
「その、トウヤ君……」
「ん?」
「だったら、その……全部覚えられたなら、頭とか、撫でてほしいかなー、
なんて……ぁぅ、なんでもない……」
言ってて恥ずかしくなってきた。いつも頭に触れられるときには、罵倒されて殴られる時だけだった。
だけど、逃げ出した先の町で、ある男の子が女の子の頭を撫でてた時、
二人ともとても幸せそうに見えたからだ。
……と。
「んだよ、そのくらいなら今の段階でも十分だぜ。ほれ」
トウヤ君の手のひらが、頭の上まで伸びてきた。縮こまったボクの頭を、トウヤ君はそっと撫でてくれる。
「わ……」
大きかった。あったかかった。仲間としてだろうけれど、大事にされている気がする。
「え、えへ、えへへぇ……」
安心できる、手のひらだった。ほっとできる、感触だった。

――――――――――――――――――――――――

 ――なんですか、あれは!?
トウヤさんらしき人影を宿屋の裏手で見つけたので、会いに行ってみようとすれば。
その先には、信じがたい光景が広がっていました。
「…………」
でれでれとだらしのない顔で擦り寄る、薄汚い小娘が一人。そしてその小娘の頭を、
苦笑を浮かべて撫でているのは……トウヤさん。しかもその横には、ゴーズさんまで立っています。
ゴーズさんはため息をついたようですが……珍しく、ゴーズさんに同感です。
……いえ、同感はできません。苦笑して済む話でも、ため息で済む話でもありません。
なんで?
なんで貴方が、そんな顔も体も貧相な小娘を撫でているのですか!?
「――――ッ!」
ばきりっ、と、手近の木の枝をへし折った音が、私を現実に戻しました。
いけないいけない。彼女たるもの、彼氏を信じないといけません。
その女にねだられたから頭を撫でているだけで、別にあんな小娘のことは好きでもなんでもないんですよね。
ね、トウヤさん。
「…………」
納得行った所で、次の手を考えましょう。さしあたっては、邪魔っ気な小娘の排除。
せっかくですので、それと同時に攻撃魔術も覚えましょう。
攻撃も回復も出来る完璧な女が傍にいたなら、セナをメンバーから放り出すことが出来ますからね。
――ああもう、放り出す算段を立てるためとはいえ、
あの小娘の事を考えたら途轍もなくいらいらしてきました。今は木の枝をもう一本折って、
心を落ち着かせるとしましょう。
それにしても、二人とも。いいかげんにしないと、怒りますよ……?

――――――――――――――――――――――――

 やばい。
なんというか、やばい。
頭を撫でて欲しいとお願いされたものだから、要望通りに頭を撫でてやったのだが。
「えへ、えへへ……」
「…………」
いや、本当にマジでやばい。
まあ、奴隷だったから、誰からも愛されなかったのだとは思っている。
だから、こんなおねだりをしてきたのだとは思うのだが、目線を下げるとセナちゃんが
物凄く幸せそうな顔して撫でられていて、手を離すタイミングを完全に逃してしまっていた。
とはいえ、いつまでも女の子の髪をべたべた触っているわけにも行かないので、
不自然かもしれないけど、中途半端なタイミングで手を離さざるを得なくなる。
「…………」
と、セナちゃんが名残惜しそうな顔で見上げてきた。や、やばい。愛されている。
「ま、まあ、なんだ? その、俺が教えられることも、段々少なくなるんだろうな。
そうしたら、セナちゃんも立派な一人前だ」
「抜かるなよ、トウヤ」
ナイス、ゴーズ。クソ真面目な男なのでクソ真面目な突っ込みを入れられたのだが、
今回ばかりは助かった。
「驕っていると、いつか足元をすくわれるぞ。まだまだ半人前程度の考えでいかなければな」
「ってことは、お前もまだ半人前だと思ってるのか? 確かに、冒険者としてはセナちゃんに
追いつかれかけてるけど、侍としては十分に一人前だろうに」
「そう思っておけば、この先の精進もしやすいであろう」
とかなんとか言ってるくせに、顔には一人前の誇りがある。
話題を逸らしがてら、そこを突っ込もうかと思った俺だったが、その前にセナちゃんが聞いてきた。
「しょーじん? 上を目指して、頑張るって事?」
「んー、まあ、大体そんなところだな」
単純な労力として育てられた彼女には、ちょっと難しかったかもしれない。
そういえば、文字もほとんど読めなかったな。一応、多少は教えてるんだが……
「じゃあ、この前ミミィさんが『精進料理です』って言って野菜ばっかり食べてたけど、
あれは食べるのに苦労する料理って事?」
「いや、その場合だと微妙に意味は違うんだよな……」
ごめんセナちゃん、俺も力不足だわ。

「さーって、メシも食ったし風呂にも入ったし」
「後は夜の瞑想をしてから寝るだけだな」
「ちょっと待て」
刀を手にしたゴーズの言葉に、俺は思わず突っ込みを入れた。
「明日の準備はどうするんだ」
「……忘れていた」
「お前な」
本当によくコイツ生きてたものだ。つくづく感心する俺だったが、問題点はそこではない。
「瞑想をするのは結構だが、その前に準備を整えてからだ。明日は薬草採取だから、
とりあえず対象の見本と、地図でも持っていけばいいか」
後はいつも通りの準備品だ。即効性の薬品をいくつかと、数食分の保存食。
ウエストポーチに入るのは、大体それくらいの物資である。
「念のため、松明も入れておこう」
明るい森の中みたいだから、そんなに必要ないっぽいが。備えあれば憂いなしとも言うことだし、
しっかり準備をしておくか。
――こん、こん。
「ほーい」
ノックされた扉に呼びかけると、扉が静かに開かれる。隙間から顔を覗かせたのは――
「ミミィさん?」
「ええ」
珍しいこともあるものだ。依頼の前日に、用意するべき物資類を聞きに女性陣が訪ねてくることはある。
しかし、大抵の場合はセナちゃんであり、ミミィさんが来るのは珍しい。
「どうした?」
「ちょっと、明日持っていく物資について、お伺いしたくて」
「はいよ」
本当に珍しい。ついでに言えば、振った翌日だというのに、平気な顔して訪ねて来た。
とりもなおさず、俺の事なんか歯牙にも掛けてなかったってことなんだろうが……
まあ、前日のことを水に流してくれた辺り、『冒険者』としてはありがたい。
『トウヤ』としては凹むとこだが。
「そうそう、『凹』って漢字だけど、実はちゃんと部首があるんだぜ。『凵』の部分が部首なんだ。
うけばこって名前だから、このまま覚えちゃうといい」
「何の話ですか?」
「いや、なんでも」
不思議そうに見つめてくるミミィさんに手を振って、この話題を強引に流す。
あとはよくセナちゃんにやってる方法――というか、出会った時には二人とも
同じ方法でやっていたのだが――で、物資のチェックを開始した。
「それじゃあ、ウエストポーチの中身を教えてくれ」
「はい。そうですね……」
ミミィさんは中身を床に出して、中身を手短に教えてくれる。
俺はそれを聞いて頷くと、じゃあと言葉を発して続けた。
「そしたら、必要な物資はどれくらいだと思う?」
「…………」
俺の教え方は、至極単純。どれくらい必要かを自分で見立てて、
あとは本人の見立てから差し引いたり付け足したりするだけだ。
もちろん、自分とていつも完璧な回答を出せるとは限らないので、上から押し付けたりはしない。
「……応急薬が二つ、魔香水が三つ、後は保存食が二食分、でしょうか」
「なるほどね……」
ミミィさんはそう見立てるか。彼女の意見を聞いてから、自分なりの答えを告げようとした先、
扉が再びノックされる。
「はいよー」
やはりというか、そこには予想通りセナちゃんがいた。
セナちゃんはミミィさんを見ると少し眉をしかめるが、そのまま部屋に入ってくる。
「どうした?」
「んと、冒険用品の見繕いをお願いしたいなって」
「了解」
「それで、これなんだけど」
「うん?」
「ボクなりに、見立ててみたんだ。どうかな」
「ほう」
渡された紙を受け取ってみると、そこには確かに必要物資が記されていた。
ところどころ字が間違っているが、伝わらないほどではない。
「左が、今持ってる道具の数。それで、右が必要な道具。一応、ウエストポーチも持ってきたけど」
「そうだね。じゃあ、念のために見せて――」
「――ちょっと、待ってくださいよ」
「うん?」
と、セナちゃんの様子を見ようとした先、ミミィさんに待ったをかけられた。
ミミィさんは拳を握り締め、強めの口調で言ってくる。
「私の見立てが先じゃないですか?」
「ああ、勿論ミミィさんから先にやるよ。一応、紙に照らし合わせるだけしようと思ってな」
「……そうですか。それなら、いいですけど」
まあ、中断したっぽく聞こえたかもしれないからな。確かに、悪いことをした。
「すまんね。じゃあセナちゃん、道具だけ見せてくれるかな」
「わかった」

 セナちゃんは一つ頷くと、いつも通りに道具を出していく。それと紙を照らし合わせるが、
まだ物資は見立てない。さっきも言った通り、今はミミィさんが先だ。
「ごめんな、セナちゃん。ミミィさんのほうが先に来たから、そっちからでいいかな」
「……うん」
まあ、順番は公平にいかないとな。セナちゃんもそれには納得したらしく、荷物をどかすと腰を下ろす。
場所は、俺のすぐ隣。
……あの、かなり距離が近いんですが。
ミミィさんと二人で遊んだ時と、ほとんど変わらないくらいの距離。
もしかしたら、今のセナちゃんのほうが近いかもしれない。
おいおい、この前はそれで盛大に誤解して思いっきりミミィさんに振られたんだから、
勘弁してくれよ……
……って、今回は誤解じゃないんじゃないか? だって、昨日告白してくれたわけだし……
「……はっ!」
見ると、とんでもなく険悪な目線で、ミミィさんが睨みつけてきていた。
女の子が隣に座ったせいで、でれでれしていると思われたらしい。
そりゃそうだ、いくら振ったといえど、自分に告白した男が、次の日に別の女を侍らせていれば、
そりゃ苛立ちもするってもんだ。
いかんいかん。煩悩を振り払って、俺はミミィさんへ明日の物資を教え始める。
「……そうだね、保存食に関しては、それくらいでいいかな」
「では、魔香水は……」
教えておきながら、昨日ほどのぎこちなさがなくなっていることに気付く。
ふと目線をセナちゃんにやると、真剣な目を自分の物資に向けていた。
そのまま、何かを紙に書き加えていく。自分が鍛えたものであるだけに、その行為はちょっと嬉しい。
そんな姿に微笑をやって、俺は再びミミィさんの物資に戻る。
教えて意見を交換してまた教えてを繰り返すこと数十分、ようやっと物資の見立てが終わった。
「……よし。こんなものでいいかな」
「そうですか。ありがとうございます」
「おう」
花のような笑み。俺を虜にした、今でも虜にし続ける、見惚れるほどの綺麗な笑み。
微笑む美女というものが、こんなにも目の保養になることを、俺は最近やっと知った。
心臓が大きく跳ね上がるあたり、俺もまだまだ未練がましい。
「よし、次はセナちゃんだな。ミミィさんもよく見ときな、勉強になるから」
「…………」
ん? 今、嫌な顔をしたような……
分かりましたと頷く笑みからは、そんな気配は感じられない。気のせいかな?
冒険者をやっていると、どうも猜疑的になるから困る。
「さてと。じゃあ、紙を渡してくれ」
「ん」
渡されてきた紙には、さっきよりも色々書き加えられていた。
今ある物資と必要物資が書かれていたはずだったが、数字が三つになっている。
「この数字は?」
「ちょっと、必要な物資がわからなくて。こっちかなって思う数字も、一緒に書いておいた」
「ああ、なるほどね」
応急薬は、二個か三個。魔香水は自信があるらしく、別の数字は書かれていない。後は……
「ちょっと、アクアペーパーが余りすぎかな。後はこの二つのうちのどっちかで合ってるぜ」
アクアペーパーとは、読んで字のごとし、水を多量に含んだ紙のことだ。
ナイフなどについた血や脂を拭ったりするほか、汚れをふき取ったりぬめりを取ったりするのに使う、
冒険の必需品である。明日は薬草採取なのだが、手を洗うのは全部採り終わった後でいいし、
セナちゃんは俺らと違って近接武器を扱う戦士ではないために、こんなに持っていく必要はない。
「とりあえず、アクアペーパーは後回しだ。ほかの物資を、この二択にした理由を教えてくれ」
ここまで行くと、後はこまごまとした説明で済む。五、六分ほどで終了すると、
あとはアクアペーパーの見立てをやっつけにかかった。
「じゃあ、何か取ってくる依頼の場合は、このくらいでいいの?」
「大体な。以上、セナちゃんの見立ても終わり!」
ぐーっと伸びをする……と、セナちゃんが不服そうに見つめていた。
どうしたと問いかけると、やっぱり不服そうな声で告げてくる。
「なんか、手ぇ抜いてない?」
「抜いてない抜いてない。俺が冒険に手なんか抜くか?」
「……う〜」
ミミィさんに四十分ほどかけていたせいか、十分ちょいで終わってしまった自分に対して
手抜きではないかと思ってるらしい。微笑を浮かべて、返してやる。
「ひとえに、お前の努力の成果だよ」
実際、ミミィさんよりもセナちゃんのほうが、見立ては圧倒的にうまかった。当たり前だ。
俺がやっていたのと自分からやっていたのでは、その結果には雲泥の差が生じてくる。
もっとも、セナちゃんも最初はめっちゃ手間がかかったのだが、とにかく今は彼女の成長を喜びたい。
「…………」
と、今度はミミィさんが不服そうだった。どうしたと問いかけると、こちらも不服そうな声で告げてくる。
「随分、セナさんに甘いんですね」
「…………」
その言葉が、耳に入って――
「それは違うぜ」
――どこか、ムッときた。
「セナちゃんは本当に、見立ての筋がよかったんだ」
何か言いかけたゴーズを目線で黙らせ、俺はミミィさんに続けていく。
「さっきもセナちゃんに言ったけど、俺は冒険に手抜きはしない。
甘く見ることもしなければ、厳しく見ることもしない。
なぜなら、冒険に手を抜こうものなら、下手をすれば命の危険があるからだ」
わざわざキツい言い方をしたのは、ミミィさんに嫌われるための意味合いもある。
今なお残るこの想いを、なるべく遠ざけてしまいたい。
だけど「出来れば少しずつでいいから、自分で見立てても欲しいとこだな」
――この言葉は言えなかったあたり、我ながら色々ヘタレであった。
いや、言うのはいいんだけど、だって女子部屋入れなくなるし。
あの、禁断の園に足を踏み入れるような背徳ちっくな快感が……
「ねえ、トウヤ君。どうして頭を抱えてるの?」
「な、なんでもねえっ!」
どうも針のむしろ感がして仕方がない夜だった。
仕方ねーだろ、男たるものそーゆー欲望はあるんだからよ!

7

 翌日。まあ、普段と変わらない朝。
「…………」
天気も快晴、気温も穏やか。出来れば今日だけではなく、明日もこの天気だと非常に嬉しい。
隣ではまだゴーズが寝ており、今日は俺のほうが早かったらしい。
厳めしいとの評価を与えるゴーズの顔は、寝ててもまあ気難しそうだ。
実際に気難しいのだが、意外といいヤツだったりする。
ついでに言えば、元の顔も決してカッコいいとはいえないのだが、背も高く絞り込まれた体躯をしていて、
年を重ねたからか渋い貫禄を漂わせ、さらには幾多の修羅場を潜り抜けてきたが故の鋭い眼光と、
俺らよりも少し年上のおねーさまたちに地味にモテそうな外見なのだが、
本人の女性嫌いと修行好きもあいまって、残念ながら浮いた話は聞いたことがない。
妻子持ちだったなんて話も特に聞かない。
つくづくもったいない気もするのだが、生き方は本人次第なので、無理に女性と付き合いを持つこともないだろう。
もっとも、女性との付き合いは俺のほうが今は重大事だったりするのだが。
「…………」
起き上がり、てきぱきと布団を片付ける。そのまま部屋の外に出て、用を足す。
手を洗って戻ってくると、ゴーズは既に起きていた。
「おう、おはよう」
「うむ、おはよう」
挨拶は人間関係の基本である。布団をたたむゴーズを見ながら、俺は思い切り伸びをした。
ゴーズは布団をたたみ終わると、刀を持って立ち上がる。
「朝の鍛錬に行ってくる」
「相変わらず精が出るね。うらやましいぜ」
「お前も一緒に来たらどうだ? お前ならば、さらに高みへと上れるはずだが」
「遠慮しとく。朝からそんなに詰めていたら、ぶっ倒れちまうしな」
「そうか」
気分が乗れば付き合うのだが、今日はそういった気分ではなかった。とりあえず、俺は依頼書を読み返す。
別に、そんなに難しい依頼ではなさそうだ。この報酬金も合わせれば、次の村に行くことくらいはできるだろう。
今日の目的地は薬草採取になっているので、運び屋の依頼と途中までは道のり的には同じである。
「じゃ、今日もきびきび働きますかー」
誰にともなくそう言って、俺は再び伸びをした。

 確かに言った。
きびきび働こうと、確かにさっき、俺は言った。
そして、コーヒーがないとやる気に何割かの差が出てくることも知っている。
知っているのだが……
「どうしたんですか、トウヤさん? コーヒー、お好きですよね?」
「トウヤ君。今日も、がんばろうね」
「…………」
目の前には、二杯のコーヒー。さらに、満面の笑みを向けている、ミミィさんとセナちゃんがいる。
綺麗な笑みと可愛い笑みを向けられているのは結構だが、なんでこんなことになってるんだ。
事の発端は、朝食の席に集まった時だった。四人がけのテーブルに、向かって右側が俺、左側にゴーズ。
ゴーズの対面にはセナちゃんが座り、俺の対面にはミミィさん……というのが、いつもの定位置。
特に事情があるわけでもないので、今日も定位置に座ったのだが……
「紅茶を一杯と、こちらの方にコーヒーを」
俺がコーヒーを頼む前に、ミミィさんがいきなりコーヒーを頼んでくれたのだ。
見るや否や、セナちゃんが一瞬で血相を変え、対抗するようにコーヒーを注文。
気がつけば俺の目の前には、二杯のコーヒーが並んでいた。
「…………」
ゴーズのほうに目線を向けると、既に奴は我関せずといった顔でスープをすすっている。代われ、ゴーズ。
というか、なんなんだこの針のむしろは。二人の女の子から好意を寄せられている、
なんてことになっていれば、それこそ両手に花であり。
しかもその二人――というか、好意を向けられている対象者も含めて三人で、パーティを組んでいるとなれば、
それこそ血を見る三角関係の出来上がりだ。
しかしながら、現実はそう甘くない。普通はただの仲間で終わってしまうことだろうし、
三角関係なんてモテない男が夢想した夢のまた夢である。俺自身、住む場所もなければ記憶もないような風来坊を
好きになる女なんているはずがないと、半ば以上確信していた。
そのくせ、こっちは同じ仲間の女性を好きになってしまい。告白したもののあえなく玉砕。
というわけで、ミミィさんが俺に好意を寄せていることは百五十パーありえない。
でもって、こちらはまことに大変喜ばしいことに、もう片方の女の子からは先の確信を根底から覆し、
好きだと告白されている。タイミングがタイミングだったので最初は随分疑ってしまったが、
昨日一日の行動で実際に好かれているだろう事はなんとなく分かった。というか、あれで慰めのための演技だったら、
俺は一生女性を信じなくなるだろう。
もっとも、未だに俺はミミィさんへの未練が残っているので、セナちゃんの告白を受けるにせよ蹴るにせよ、
その未練を振り払った上で真摯に回答したいと思っているのだが、とりあえず三角関係はないというのはお分かりだろう。
だというのに、なんでこんなことになってるんだ。湯気を上げるコーヒーが、今はたまらなく癪である。
いや、コーヒー自体に罪はないので、これは単なる八つ当たりに過ぎないのだが。
「トウヤさん。先にコーヒーを頼んだのは私です。昨日は確かに、あまりお役に立てなかったことですから、
どうぞその分の埋め合わせと思ってくださいませ」
「トウヤ君トウヤ君。いつもお世話になってるから、この村を出るまではご馳走させて?」
「あら、昨日はセナさんが奢ったのですから、今日は私に奢らせてくださいな。セナさんも毎日奢っていれば、
懐にもよくないことでしょう」
「とりあえずこの村を出るまでだから、今日と明日くらいでしょ? そのくらいなら問題ないよ。
それにボク、あんまりお金の使い方、分からないし」
「それでしたら、今度遊びに行きましょう。そうですね、髪の手入れ用品くらい、買い求めてはいかがですか?」
「んー、どうせ冒険するならさ、結局ぼろぼろになっちゃうじゃん。あっても無駄だよ」
「必要以上に華美に飾り立てることと、最低限の身だしなみを整えることは、違いますわよ?
明日も私が奢りますから、セナさんは浮いた代金を、手入れ用品に回してくださいな」
「コーヒー一杯のお金だけで、手入れ用品が買えるとも思えないけどねー」
会話自体は和やかだ。しかし、その空気は一体何だ。なんで火花が散ってるんだ。俺が一体何をした。
「それはそうと、トウヤさん。冷めないうちに、召し上がってくださいな。手入れ用品も買えないような、
貧乏な女性が頼んだコーヒーまで飲めとは言いませんから」
「トウヤ君、コーヒー大好きだよね? でも、一度に二杯も飲んじゃうと、胃もたれしちゃうかもしれないから、
ボクのだけ飲んでくれればいいよ?」
「いえいえ、水かなんかで薄まっているかもしれませんから、コーヒー好きなトウヤさんは、私のほうだけお飲みください」
「ねえ、トウヤ君。二つとも飲むなんて、なしだからね?」
だから、俺が一体何をしたっ!?
そしてミミィさん、折角振り切ろうとしてるんだから、余計なことをしないでくれっ!
つーか、それで誤解して玉砕したんだから、やめてーっ!!
助けを求めるように横を見ると、ゴーズは既に食べ終わったところ。他の三人など、まだ一口も食べてないのに。
つか、助けろ。助けてください。
「……おい、ゴーズ。たまには、食後のコーヒーでもどうだ?」
「む、そうか? 拙者は緑茶が好きなのだが、無料でくれるというのならば、遠慮なく頂こう」
「え?」
「え?」
「――えっ?」
藁にもすがる気持ちで勧めてみれば、ゴーズは遠慮なく片方を持って口元へ。香りを嗅いで、一口飲み、
「ふむ、珈琲というものも意外と悪くないのだな」とのお言葉。しみじみした顔で頷いている。
バ、バカでよかった。

「というわけで、薬草の採取地まで歩いてきました」
朝食を摂って、歩くこと約二時間。山の麓近くの盆地に、俺らはたどり着いていた。
話に聞いていたよりもそれなりに急な勾配で、思ったよりも時間がかかった。
もっとも、平坦で穏やかな地に薬草があるならわざわざ依頼を出したりはしないので、
大体予想通りといえば予想通りではあるのだが。
「ミミィさん、サンプルはもらってきたんだよな?」
「ええ、こちらにありますよ」
ミミィさんの手に持たれているのは、対象の薬草のサンプルだ。
特徴が書かれた図面も、しっかりもらってくれたらしい。
とはいえ、あまり珍しくない薬草なので、俺だったら見た目だけで判断できる自信があるが。
「四十個ほど摘んでくればいいんだっけ? じゃあ、単純計算で一組二十個。後、俺ら用にいくつか摘んでおこう」
「分かりました」
頷いたのは、ミミィさんだった。

――――――――――――――――――――――――

「…………」
一時間後。一人で行くと危ないからって、トウヤ君とミミィ、ゴーズさんとボクの二人一組で摘みに行った。
だけど、探しても探しても、薬草は全然見つからない。こんな中で、本当に四十個も見つかるのかな。
「……おかしいな」
と、ゴーズさんが低い声を上げた。顔を上げると、ゴーズさんは難しい顔をしている。
少しだけ、考えるようなそぶりを見せて、ボクに向かって言ってきた。
「一旦、最初の場所に戻るぞ。正直、これは不自然だ」
「え? う、うん……」
やっぱり、薬草が見つからないからなのか。戻ってみると、トウヤさんとミミィも戻ってきていた。
二人とも大分難しい顔で、ゴーズさんは顔を見るなり声をかける。
「あったか?」
「いや、全然ねえ。そっちもか」
「ああ」
見せてもらうと、トウヤ君たちが見つけてきたのはたったの四個。ボクたちは三個しか見つけてない。
目的の四十個にしては、あまりにも少なすぎるんだ。
「もしかして、場所とか間違ってない?」
「いや、合ってるとは思うんだが……」
トウヤ君は腕を組んで、依頼書を取り出して確認する。地図はゴーズさんが持っているので、二人で見比べる格好だ。
「……まるで、誰かが根こそぎ取って行きやがった感じがするな」
「そうだな。拙者も同意見だ」
少しだけ沈黙が流れて、トウヤ君が呟いた。ゴーズさんも、すぐに同じ意見を返す。
確かにこの採取場所には、誰かが掘り返した痕があちらこちらに残っていた。誰かが同じような依頼を受けて、
薬草を取りに来たことくらいなら十分に考えられることだ。だけど、それでも少しは残るように取るんじゃないだろうか。
「……ん?」
首をかしげていると、ゴーズさんが少し声を低くした。目が少しだけ細まって、ボクたちに小さく確認してくる。
「全員、揃っているな」
「え? うん」
トウヤ君もゴーズさんも、ボクもミミィも全員いる。ゴーズさんは大きく息を吸い込むと、後ろの木々を振り返り……
「――何者だ、出て来い!!」
近くの木々に、大きな声で呼びかけた。
そして……
「……やはり、お気づきでしたか」
「――――っ!!」
――その声に。
ボクの背中に、冷や水が思いっきりかけられた。

――――――――――――――――――――――――

 ゴーズのかけた誰何の声に、後ろから美麗な声が答えた。別段逃げる様子もなく、気配の主は木陰から出てくる。
「とはいえ、私は気配を隠していたつもりもないのですが、ね」
「――――っ!!」
その声を聞いて、その姿を見て、セナちゃんがかわいそうなくらい反応した。
出てきた姿は……美声の主としてふさわしい、ものすごい美青年だった。
……一人は。
そいつの格好は、一言で言えば、まさに完璧。白銀の髪、色白の肌、黒子もなければ傷もなく、
にきびの一つも存在しない……天は二物を与えずというが、とりあえず外見は完璧だった。
とはいえ、男の顔をまじまじ見つめる趣味はない。ついでに言えば、こそこそと隠れていた様子は気に食わない。
「……誰だ、貴様」
ゴーズも同感だったらしく、不機嫌さを隠そうともせずに問いかける。かなりの威圧感があるはずだが、
男は柳に風と受け流し、優雅に一礼。
そして――
「申し遅れました。私、レイピッド・サイン・バリガディスと申します。
この一帯にいるのなら、栄えあるバリガディス家の名前、まさか知らないとは申しませんよね?」

8

「……バリガディス」
その声に反応したのは、ミミィさんだった。
「…………」
そして、俺にも。悲しいかな、数日前に、その名前を聞いていた。
バリガディス家。数多くの奴隷を所有し、その奴隷の期間レンタル及び売買で成り上がった
富豪の一族の名前である。現当主の名前はシフト・ダイン・バリガディス。
聞いた話に間違いが無ければ……レイピッドはシフトの嫡子、つまりは次期当主だったはずだ。
「……ガレス・ライムバートだ。覚えておけ」
その横に立っていたのは、体格のいい大男。なのだが、身長はあまり高くない。
しかも、筋骨隆々。白いシャツにブルージーンズでも着せようものなら、悲しいまでに似合わないだろう。
しかし、問題はそこではない。
あの時……セナちゃんは、自分の事をなんと言った?
「……そのバリガディス家の者が、わざわざ何の用件だ?」
“それ”を知る由もないゴーズが、当たり前とも言える質問をした。
対するレイピッドは、大仰に頷いて返事をする。
「ええ、あなたがたの探し物を届けに来まして」
「探し物だと?」
「はい。あなたがたは、これをお探しなのではありませんか?」
そう言って、差し出されてきたものは……
「…………!!」
大量の、薬草だった。軽く見積もっても、何百もある。
「いくつ必要なのか存じなかったもので、数多く集めておきました」
「……それは、かたじけなかったな」
答えるゴーズの声は、硬い。勘の良いゴーズのことだ。何かしらに気付いたのだろう。
なぜかは分からないが、俺らに何かしらの用件があって、こんなことをしたのだと。
そしてそれは、おそらくまともな用件ではないのだと。
レイピッドはもう一度頷くと、薬草の詰まったかごを下げる。
「実は、ちょっとした取引がありまして」
「……だろうな」
ふと、セナちゃんの顔を見る。
いつもとは比べ物にならないくらい、絶望と悲嘆に染まった顔。その両足が、今にも崩れそうに震えている。
「この薬草はあなた方にお渡しいたしますので、それを返して欲しいのです」
「……それ?」
指名代名詞で指されたものがなんなのか分からないのだろう、ゴーズは不思議そうに聞き返す。
「はい、それです。あなたの左斜め後ろにある細長い物体ですね」
「拙者の左斜め後ろにある……細長い物体、だと?」
眉を顰めて、斜め後ろを振り返る。ところが左斜め後ろには俺とセナちゃんがいるだけで、
特に何かがあるわけでもない。
――そう。俺とセナちゃんがいるだけで、特に何かがあるわけでもない。
「…………待ってください、まさか!」
そして――それは、貴族だからというべきなのか。ミミィさんは、気付いてしまった。
「ええ、そのまさかです。何を言われたのかは知りませんが、それは元々我々の所有物です。
返していただきますよ?」
「……所有物だと? まさか、トウヤやセナは、お前たちの奴隷だったとでも言うつもりか?」
「ええ。トウヤさん……は、存じませんが、セナは我々の所有物です。
さすがに、ぬけぬけと話したわけではなかったでしょうがね」
……奥歯がぎりっと噛み締められ、冷や汗が背中を流れ落ちる。
どうすべきかを決めかねてしまった俺の前で、ミミィのよく通る声がした。
「かしこまりました。それでは、セナをお返しいたします」
「ちょっと待ちやがれ! お前いきなり何言いやがる!!」
考える前に、ミミィの声に怒鳴っていた。
返すだと? 何も考えずに、返すだと!? 問い詰める俺の前で、
ミミィさんは少したじろぎ気味に言葉を返す。
「何を、言っているんですか? 話からすると、セナさんはバリガディス家のものなのでしょう?
ならば、返さないといけませんよ?」
「だからなんなんだよ。その前に、セナちゃんは俺らの仲間だろうが」
「ここは、バリガディス家の領内なのです。領民は、治める貴族の命令を聞くのが当たり前です!
ここでレイピッドさんに逆らおうものなら、冒険なんてできなくなってしまいますよ!?」
「その通りです。よく、理解しているようですね」
ミミィさんの反論に、レイピッドは満足そうに頷いた。
「教養のあるお方のようで、何よりです。お名前を、伺ってもよろしいですか?」
「ミミィ・カリエンテ・ファルメルウーナです」
ミミィさんは、レイピッド同様優雅に一礼。レイピッドはおおと頷くと、美しい顔に笑みを浮かべた。
「貴族の方がいらっしゃるなら、話は早い。では、薬草はお渡しいたしますので……」
「――ちょっと、待ってくれ」
「はい?」
交渉がまとまりかかったところを、ゴーズが平板な声で切り出した。
「いきなりそう言われても、我々も困るぞ。セナは少なくとも、我々の大事な仲間だからな」
「…………」
至極最もな意見だったが、ゴーズがそう言うのは予想外だった。確かにミミィさんの言う通り、
ここでレイピッドに逆らってしまえば、当分ここに立ち入ることは出来ないだろう。
レイピッドは困ったように笑いながら、セナちゃんのことを手招きする。
「そう言われましても、それの正当な所有権は我々にありますから」
――そして、セナちゃんは。従順に、歩き出す。
「お、おい、セナちゃん――」
「……ううん、いいの」
呼び止めようとした声を、セナちゃんは短く、断ち切った。
「もう、いいんだ。トウヤ君の冒険の、邪魔するわけにもいかないから」
「…………」
「今まで、ありがとうございました。――とても、楽しい、思い出でした」
告白のことは、忘れてください。悲しげな瞳で、そう告げて。
セナちゃんは静かに背中を向けると、レイピッドたちの前に立った。

「お前が貸し出された家から、奴隷が一人逃げ出したと聞いたのだが。どういうことか、ご存知かい?」
揺れるセナちゃんの目の前で、レイピッドの笑みを含んだ声がする。
怯えきった少女を威圧的に見下ろす、絶対者の口調。
セナちゃんは抗弁しているようだが、声が小さいのか聞こえない。
対するレイピッドは、大げさに頷きながら聞いている。とはいえ、その光景は長くは続かず、
セナちゃんはやがて黙ってしまった。レイピッドは一言「そうですか」と頷くと、
おもむろに右手で拳を作り――頬骨めがけて、思いっきり叩き込む。
「なっ!?」
しかも、その一撃はただの鉄拳なんかではなかった。
炸裂した瞬間、拳が淡く発光し――魔力まで纏わせて打ち抜いた、とてつもなく響くその一撃。
まともに食らったセナちゃんの頭がまさしく弾かれたように動き、頭から大木に打ち付けられる。
「お前、何するんだよっ!?」
とんでもない暴挙を見て、俺は思わず叫び声を上げた。
木から崩れ落ちたセナちゃんは、頭を抱えてうずくまっている。
当たり前だ。あんなものを食らったら、痛いどころの騒ぎじゃない。
言葉にならない悲痛な声が、セナちゃんの痛みを訴える。
「レイピッド。いくらなんでも、やりすぎではないか」
ゴーズも冷たい声で言うが、レイピッドはこちらを振り向きもしない。
存在そのものを無視するかのように、眉の一本も動かさなかった。
代わりに、レイピッドの隣にいた男――ガレスが動いた。
倒れているセナちゃんに歩み寄るが、偶然からか、その前には俺がいる。
ガレスはそのまま、俺の前までやってくると……
「――ってぇっ!!」
羽虫か何かを払うように、俺の頬を打ち付けた。意外な痛みに思わずよろめいた俺を押しのけると、
ガレスはセナちゃんの前まで歩く。
「おいこら、ガレス!」
あんまりといえばあんまりな行動に、俺は感情に任せて叫ぶ。
が、ガレスは振り向くどころか留まりもしない。レイピッド同様、完全にこっちを無視していた。
「この野郎ッ……!」
「やめてください、トウヤさん!」
「うるせえ!!」
レイピッドもレイピッドだが、ガレスもガレスだ。
貴族特有の――と言うと偏見だが、その人を見下しきった態度は気に食わない。
そして、どちらかというとレイピッドたち寄りの行動をするミミィさんにも、正直かなり苛立っていた。
彼女も貴族だから仕方がない部分もあるとはいえ、セナちゃんは仲間じゃなかったのかよ!
ガレスは倒れているセナちゃんに歩み寄り、そのすぐ傍で膝をつく。
それこそ髪を引き抜かん勢いで無理やり顔を上げさせて、顔に唾を吐き捨てた。
「う……あ、は……」
うめいているセナちゃんの鳩尾に――ガレスは容赦なく前蹴りを放った。
咳き込んで倒れるセナちゃんだったが、掴まれている髪が、彼女に崩れ落ちるのを許さない。
無茶な力をかけられて、セナちゃんはガレスの足元に胃の中のものを吐き戻す。
「もう、止めろよっ!」
「……何をしている?」
対してガレスは、露骨に眉をしかめてみせた。吐瀉物の一部が、ガレスの靴にかかったらしい。
止めようとした俺の声など、やはり完全に無視している。
汚れた靴をそのままセナちゃんの顔面に入れて、吐き戻したもので汚れた顔面にこすりつけるように
自分の汚れを拭き取ると、そのままセナちゃんの髪を引きずり上げて、強引に土下座の姿勢をとらせた。
「奴隷、ごときが――!!」
聞くに堪えない、罵詈雑言が耳に入る。俺も冗談で罵倒をすることもあるが、
そんなものなど比べ物にならない、猛毒の嘲弄。
――はっきり言って、限界だった。
自分がかなり短気である事は知っている。その中でも、かなり我慢したほうだろう。
「こんの……」
「トウヤさん、やめっ――」
ミミィさんが止めようとするも、もう、無理だ。
「……クソ野郎共があぁっ!」
右手に、鋭く冷気を集めて――思いっきり、前方めがけて突き出した。
手から放たれた冷凍光線が、ガレスの頬を掠めて隣の木に直撃する。
すぐ横を掠めた攻撃には……さすがに、無視はできなかったようだ。
「……何の真似だ」
はじめて、こっちのほうに顔を向けて。ガレスは、押し殺した声で問い質す。
しかし、さっきのガレスのように、その発言は完全に無視。
セナちゃんの隣に歩み寄って、邪魔っけなガレスの体を蹴飛ばした。
「がっ!?」
ほとんど不意打ちに近い状況に、セナちゃんを掴んだ手が緩む。
ガレスの手からセナちゃんの体をひったくるように奪い返すと、小柄な体を抱き上げた。
「トウヤ……君……」
「……やっぱだめだ」
少女が出した、かすれた声。そんな顔で、そんな声で。もうこれ以上、見てられない。
軽かった。信じられないくらい、軽かった。おそらく、まともな栄養も与えられてこなかったのだ。
「ごめん、セナちゃん。正直、ほんの少しだけ迷ったけど……」
「トウヤ、伏せろ!」
言い終わる前に、ゴーズの声が響いてきた。理性よりも本能が働いて、俺はとっさに身を伏せる。
その上を、嫌な音が駆け抜けていった。
「きさ、まっ……!」
この声は、俺のものじゃなかった。爆発寸前の怒りを宿した眼差しで、
ガレスの目線が、こちらのほうを向いている。
奴の手には、真上を振り抜いた、身の丈ほどもある大剣。
一瞬でも反応が遅ければ、俺の首は引きちぎられていたに違いない。
「――――っ!」
思いっきり地面を蹴り、ゴーズたちのほうに着地する。それを見て、ガレスの顔が怒りに染まった。
「小僧……ッ!」
無理やり何かを押し殺した、平板な声。怒りを宿した眼差しを、真正面から睨み返す。
いくらセナちゃんが奴隷だとしたって、物事には限度ってものがある。
今のガレスの行動は、それを軽く超えていた。
抱き起こしたセナちゃんの、吐瀉物にまみれて汚れた顔。
異臭を放つその顔に、ウエストポーチから取り出したアクアペーパーを当ててやる。
「……ごめんな、セナちゃん。ここじゃ水拭きぐらいしか出来ないけど、我慢してくれな」
見上げてくる、セナちゃんの顔。戸惑ったような、それでいて安心したような顔に、
こんな場なのに笑みがこぼれる。しかし、感慨にふけっている暇はなかった。
怒りに声を震わせて、ガレスが呻くように問いかけてくる。
「……何を、しているのか……分かっているのか?」
「分かってるよ。てめえこそ、女の子に何やってんだよ」
「貴様……それでも、剣士かっ……!」
「剣士だな。お前とは同業者になるのか?」
「黙れ!!」
大剣と片手剣の違いはあれど、ガレスは俺とまったく同じ、剣を使う戦士だった。

 ――いいか、よく覚えておけ。何のために、力を振るうのか。何のために、武器を使うのか。
そして、何のために戦うのか。
それを、考えずに――

 失われた記憶の中に、どこか残っていた言葉。剣士としての“トウヤ”を形作っている、覚えのない遠い記憶。
だが、それを聞いた瞬間、ガレスは唐突に激昂した。
「貴様ごときが剣士を語るな! 剣士というのはな、大切なものがあるんだ!
その剣にかけて守るものがあるんだ! 奴隷の小娘一匹ごときをかばう男が剣士だと!? 笑わせるな!!」
「……はっ」
思わず、笑みがこぼれた。形は違えど、本質的には同じなのだ。
剣士というものと、その剣士である自分自身に誇りを持っていた存在。
そんなガレスにとって、同じ剣士である俺が、奴隷ごときを庇う姿は絶対に認められないのだろう。
怒鳴りつけたガレスは、大剣を構えて踏み出してくる。
「……レイピッド様。ここは私にやらせてください」
「あなた一人でですか?」
「はい。奴隷の小娘一匹ごときをかばう剣士気取りのガキや、そいつごときが率いる連中など私一人でも十分です。
貴方は別の任務へ」
「わかりました。では」
そう言って、レイピッドは懐から二枚の紙を取り出した。しばし眺め、そのうちの一枚をガレスに渡す。
「では、こちらの任務はお任せします。私はこちらをやりますので」
貴族の次期当主にも、色々仕事があるらしい。わかりました、と頷くガレスにレイピッドも頷きを返し、
薬草の入った籠をガレスから少し離れた場所に置く。それきり、俺らの隣を抜けて――レイピッドは、山を降りていく。

 姿が消えるのを見送って――俺は大きく、息を吐いた。
「随分と余裕だな」
「奴隷ごときに構っている余裕は、レイピッド様にはないのでな。最も、俺も奴隷ごときに時間を使うなど
腹立たしくて仕方がない。さっさと貴様を始末して、セナを持って帰らせてもらうぞ」
「…………」
『連れて帰る』じゃなくて、『持って帰る』かよ。つくづく、貴族って連中は嫌いなんだ。
息を吐き、俺はセナちゃんを地面に下ろす。いつの間にか、俺の服を掴んでいたセナちゃんの指が、
名残惜しげに離れていく。
「……ミミィさん。セナちゃんの治療を頼む」
「…………」
俺にはよく分からないが、どこかに大怪我が隠れているのかもしれない。
特に、女の子の下腹部は非常に大事な場所だと聞く。
セナちゃんと同じ女性であり、さらには回復魔術の心得を持つ彼女に診てもらうのが一番だ。
……だが。
「……できません。今からでも遅くないですから、早くセナをガレスさんに――」
「ゴーズ、頼む」
ある意味、予想通りの返事だったが……なんだろう、どうしようもなく腹立たしい。
答えないミミィさんには早々に見切りをつけ、今度はゴーズに依頼する。
ゴーズは分かったと返事をすると、セナちゃんを後ろに下がらせた。
軽い手当てぐらいなら、俺やゴーズにも心得がある。旅をする中で、修行の中で、それぞれ鍛えられた能力だ。
「……で、こんなことをする理由を聞きたいらしいな。折角だ、言葉と質問にまとめて答えてやる。
その娘はな、俺の大事な後輩なんだよ。それに、この前好きだと言ってくれてな。
その返事を、まだ返してねえんだよ」
逃げた奴隷の面倒を見たのが、たまたま俺だったからかもしれない。
先輩に向けるような、単なる尊敬の念かもしれない。
だが、好きだと言ってくれた以上、彼女には返事をしなければならない。
「……はっ」
対するガレスは、当然といえば当然だろう、嘲り笑って答えにした。
「ならば、さっさと返事をすることだな。『ぼくちゃんは、奴隷なんかとは付き合えません。
身の程を少しは知ってください』ってな」
超絶ムカつく声音である。実際、馬鹿にされているのだから仕方がない。
俺だって、この娘が奴隷なのを気にしないのは、かなり例外に近いことぐらいはとっくの昔に知っている。
――だが。
だが、それでも。
「……そりゃ、無理だ」

 思う。

 力になってくれようと、一生懸命に頑張ってくれたあの時の顔。
告白してくれたときの、泣きそうな顔。
コーヒーを奢ってくれた、あの優しさ。
鉈を買ったとき、嬉しそうに受け取ってくれた、無邪気な笑顔。
研いだとき、ちょっと見せた甘えの色と、嬉しそうな柔らかな笑顔。
そして――冒険の様々な心得を教えるとき、真剣に聞いてくれた、あの瞳。

 一日。
たった、一日だ。
ミミィさんに振られ、セナちゃんを真剣に意識したのは、たったの一日でしかない。
なのに。
「そうなったら……」
最初の戦いの後、俺はゴーズと二人揃って、彼女を容赦なく追い詰めた。
でも、彼女は真剣に食らいついてきてくれた。
戦いのときも、冒険のときも、彼女は、いつだって一生懸命だった。
……つくづく、俺は馬鹿だ。
ミミィさんへの恋愛相談を、セナちゃんに持ちかけたこともあって。
好きだと言ってくれる前も、自分の気持ちを押し殺して、彼女は付き合ってくれていて。
振られた直後も、俺の気持ちを推し量って、返事は強要しなかった。

 ……ああ、畜生。
そんな娘に――

「……俺の彼女を連れていくなって、怒鳴りつけちまうだろうからな!!」
「――――っ!!」

 ――応えるなっていう方が、無理だろうが!!

 後ろから、息を呑んだ声が聞こえた。セナちゃんのようにも、ミミィさんのようにも聞こえた。
そして同時に、予想通りにガレスは切れる。
「……この、愚か者があぁっ!」
怒声を上げたガレスは、大剣を大上段に振りかぶって跳躍し、まっ逆さまに振り下ろす。
それを横っ飛びに回避して、俺はまっすぐに剣を構えた。
「ゴーズ。セナちゃん。それに、ないとは思うが、ミミィさん」
まだ、ミミィさんへの気持ちは振り切れていない。だけど、ここでセナちゃんを失うことだけは、
絶対に避けたい。どんなに少なく見積もっても――彼女は俺の、大事な大事な後輩だから。
「お前らは手ぇ出すな。俺一人で片付ける」
「……分かった」
後ろから、ゴーズが小さく笑みを漏らした。
「そこまで言うということは……いよいよ、マジなようだな」
「何を言ってるのかさっぱり分からんが――俺は、いつだってマジだ」
「ふん、そうかい。……ならば、行って来い。命がけの、奴隷争奪戦によ」
「――ああ」
言った言葉は『奴隷』だが、その声音は穏やかだった。不器用な彼なりのエールなのだろうと、
長い付き合いで分かっている。目線を向けると、ゴーズはてきぱきとセナちゃんの手当てを始めていた。
目線を戻した俺の後ろで、不安そうな声がする。
「トウヤ、君……」
「安心しろ。ああなったトウヤは、滅茶苦茶強い」
そう言ってくれると、嬉しいもんだ。
俺は剣でリズムを取るように肩を叩くと、もう片方の手でガレスに向かってかかって来いと合図する。
「おら、始めようぜ、三下ァ!」
「貴ッ様あぁ!!」
ガレスの顔が、憤怒に染まる。
「――剣士の面汚しが、死んでしまえ!!」
「俺が誰を彼女にしようが、俺の勝手だろうがっ!!」
怒号の二重奏が、山間に響いた。

9

「――はあぁぁっ!」
仕掛けたのは、相手のほうからだった。瞬き一つする間に、大剣を構えたガレスが一直線に突進してくる。
音速の踏み込み、そして一撃。大剣の刃先が一分の狂いも無く脳天めがけて振り下ろされ、
その一撃をこっちは鋼の剣で迎撃した。かち合う金属と火花と共に――俺の腕が、嫌な感触を伝えてくる。
「ぐあっ!?」
途轍もない力に剣を弾き飛ばされそうになり、咄嗟に腕を引いて衝撃を殺しざま、凶悪な斬撃を受け流す。
相手の横をすれ違うように距離を取り、反転してガレスに向き直った。しかし、たったの一合打ち合っただけで、
腕がびりびりと痺れ始める。
「――おいおい、マジかよ!?」
信じられない威力だった。
確かに斬り下ろす攻撃と斬り上げる攻撃とでは、重力が加算される分斬り下ろす攻撃のほうが強いに決まっている。
確かに片手剣と大剣とでは、その用途や重さの分、 大剣のほうが破壊力的には強いに決まっている。
だが、それよりも、何よりも。こいつの力は、俺よりも強い。
「……まあ、その体格見りゃ分かるか。まいったな……」
力で勝る相手に、力押しを挑んでも意味は無い。絡め手で攻めるか、それとも――
「――――っ!?」
作戦を組み立てている間に、ガレスは再び攻撃を仕掛けた。さすがに再び剣で受け止める馬鹿はしない。
咄嗟に、体を捌いて攻撃を躱す。続けて横薙ぎに振るわれた一撃も、また。
隙を突いて反撃の刃を叩き込むが、これは弾かれて終わってしまう。
「そこまでするか! 何も分かっていない、小僧ごときが!」
反撃を軽々受け止めて、唾を飛ばしながらガレスは喚く。
「いい気になるな、小僧風情が! その女の現状を知って、可哀想な奴隷を格好良く守るヒーロー気取りか!
だから貴様は、何も分かっていないガキだというんだ!!」
「……はっ」
言い得て、妙だった。戦いの最中だというのに、思わず小さな苦笑が漏れる。
「……かも、しんねえな……」
否定は出来ない。自分自身、馬鹿なことをしているのは分かっている。
だけど……
「――ある立派な剣士が言ってた!」

 いいか、覚えておけ。
何のために力を振るうのか。
何のために武器を使うのか。
そして、何のために戦うのか。
それを、考えずに――

「俺は今、その答えを持っている! あいつに返事をするまでは、俺は妥協も何もしたくない!!」

 ――剣を、取るなと!!

「お前だってそうなんだろ! 戦う理由も、その意味も! それを持って、俺の前に立ったんだろ!
お前が我を通したければ、俺に勝つことだ!!」
勝ったほうが正義――無法者にも近い冒険者において、我を通す方法は一つだけ。
だから――
「……いいだろう! ならば、俺の持ちうる信念のために!」
奴の答えも、一つだった。
「歪んだ誇りのために戦う、貴様を斬り殺してくれる!」
ガレスが我を通したければ、俺に勝てばいい。俺が我を通したければ、ガレスに勝てばいい。
たったそれだけの、単純な話。
一撃、二撃、三撃目。とんでもない威力の連撃を、一つ残らず回避する。
猛攻を仕掛けてくるガレスの動きは、まさに攻撃こそ最大の防御といわんばかりの激しさで。
そして、その猛攻を支えているのが、奴の筋力と体力だろう。
だが――
「おああああああっ!」
混じり気のない殺意の込められた四撃目を、身を屈めることで回避。
お返しとばかりに、体重を戻す勢いを載せて斬り上げを放つ。
腕を使ってガードされ、反撃に蹴りを入れられる。
「っづ!」
激しく体制が変化するからか、思い切った踏み込みは出来ない。
だからこの蹴りは、セナちゃんに入れたものよりも、威力自体は低いだろう。
それでも、痛い。受身は取ったが、マジで痛い。これ以上のものを――あの女の子に叩き込んだのかよ!
「くっそ……!」
俺を虫けらみたいに無視しやがったのも気に食わねえし、セナちゃんを蹴ったのも気に食わない。
物扱いしたことも、半端なくムカつく。
だが、そろそろ、攻撃は読めてきた。
この屈辱、何十倍にもして返してやる。
――覚悟してもらおうか、ガレス!

――――――――――――――――――――――――

「……何をやっている」
後ろでセナの手当をしながら、拙者はミミィに問いかけた。
「先ほど、何故セナを治療しなかった。それは致し方ないにせよ、何故貴様は、今もそうやって呆けている」
「何故って……だって、あのままじゃどっちか死んじゃいますよ!?」
「……何をほざいている?」
目の前で交わされる、トウヤとガレスの激戦区。混じり気のない、殺意の応酬。それは――
「殺すつもりなんだよ。お互いに」
あの二人は、互いに相容れる存在ではない。誇りを巡り、セナを巡り。
絶対に引けない想いを込めて、彼らは今、争っている。
そして彼らは、もはや言葉を交わすことを放棄した。
ならば。
トウヤは、ガレスを。
ガレスは、トウヤを。
「死ねぇ、小僧おぉっ!」
「そんだったら、お望み通り殺してやらあぁ!!」
――殺す、のみだ。
激突の寸前、トウヤは再び身を屈め、ガレスの攻撃を回避した。
続く振り下ろしも、転がるようにしてこれを避ける。一見すれば、防戦一方。
それが分かるのか、セナは不安げな目を向けて、ミミィはどうにか止めようとしている。
「早く、あの二人を止めてください! あれじゃあ……あれじゃあ、トウヤさんが死んじゃいます!」
「だからどうした? 振った男が討ち死にしようが、お前には関係のないことだろう」
「――――っ!」
その言葉に、セナが反応した。そういえば、先ほどトウヤを好いていたという発言をしていたが……
なるほど、ならばトウヤの冒険に与えられる影響を考慮して、
自らあやつらの元に戻ろうとしたことも分からなくもない。
トウヤを優先するその考えは、中々健気なものである。
しかし、この娘の捨て身の考えは悪いわけではないのだが、行き過ぎると問題もあるな。
「安心しろ、セナ。貴様が好いた男は、その程度で死ぬような奴じゃない」
「でも、さっきから、押されてばっかり――」
「そうだな」
たしかに、一見すれば防戦一方だ。手数からして違う。そもそも、トウヤの戦い方の真髄は、
剣と氷を組み合わせた、息もつかせぬ連続攻撃。
一発一発のキレは弱いものの、その分を手数で補うスピード型の戦いだ。
そのトウヤが、どちらかといえばパワー型の使い手に、力でも手数でも押されている。
だが、同じ刀剣を持つ者として、拙者には分かる。あの男は口調こそ軽いが、中身は決して軽くない。
そして、それに見合うだけの実力を持っている。例えば、先ほど回避した振り下ろし攻撃も、
反撃に冷凍光線を入れるくらいならわけはないだろう。となると、考えられることは一つ。
ガレスの戦いを、完全に見切ろうとしているのだ。
「まったく、トウヤも性格が悪いな」
「え?」
「よく見ておけ。そろそろ見られるはずだ」
「な、何が?」
決まっている。冒険者として、長らく鍛え上げられたもの。
同時に、拙者が行動を共にして良いと思える理由となったもの。
それは――
「――トウヤ・フェザーセリオンの実力が、よ」

――――――――――――――――――――――――

 もう既に何回目かを数えた攻撃を躱しながら、俺はチャンスをうかがっていた。
回避、回避、もう一度回避。そこからさらに、六撃を躱し――
「……来たっ!」
――狙い、的中。当たらないことに焦れたのか、ガレスの攻撃が極端に大振りになったのだ。
思い切り深く踏み込んで、思い切り大剣を薙ぎ払う。
大剣のリーチを最大限に活かした攻撃ではあるのだが、躱された時の隙も当然大きい。
「もらったぁっ!」
その一撃をかがんで躱し、大剣の刃が通り過ぎた瞬間に体を戻す勢いも載せて、斬り上げ攻撃で反撃を入れる。
しかし、先ほども使った攻撃だからか、カウンター気味に蹴りを入れられた。
しかし、ここまでは予想の範囲内。ガレスは大剣を振り回した反動を殺しきれず、
得物は背中側にまで流れてしまっている。
この体勢からなら、振り下ろそうが切り返そうが武器での反撃は間に合わない。
だから、やるなら体術で攻めるしかないのだ。
「つぁらぁっ!」
身を捻って蹴りを躱し、そのまま姿勢を低くしながら、相手の脚部を狙って放つ水面蹴り。
同時に、右手に魔力を集中させ、いつでも「それ」を発動できる体制にする。
すぱんっ、というイイ音が鳴った。蹴りは拳よりも破壊力に優れるが、放っている間は重心が非常に不安定だ。
足払いでもかけてやれば、後は無様に転ぶのみ。
一瞬宙に浮いたガレスの体が地面に墜落するより早く、集めた魔力を解き放った。
放たれるは、得意にして必殺の冷凍光線。
「ぐわああぁぁぁーーーーーっ!」
――引っかかった!
文字通り地に足が着いておらず、踏ん張ることもできないガレスは、
その衝撃をまともに食らわざるを得なかった。
ゼロ距離からぶっ放された冷凍光線の直撃を受けて、ガレスは思いっ切り吹っ飛んでいく。
木に激突し、それをへし折り、さらに奥の木に激突して止まる。
「逃がすかぁっ!」
彼我の距離は、数メートル。
踏み込みと同時に後方に右手を突き出して、勢いよく吹雪を吹かせて反作用の法則で突っ込んでいく。
逆側の腕をひじ打ちの体制に変え、突進の勢いに吹雪の勢いを上乗せしたボディーブローを叩き込んだ。
「ぐ……ぼ……っ……」
鳩尾に入った。少しはセナちゃんの痛みを知りやがれ!
「行っけえぇぇっ!」
続けざまに、猛然と追撃を打ち込んでいく。
たたらを踏んだガレスに半月状の軌跡を描いた袈裟斬りを放ち、 続けざまに右斜め上への切り上げ、
手首を返しての斬り落ろし、斬り払い、前蹴り唐竹割り当身膝蹴り薙ぎ払い、体ごと回転させての斬り返し――
果て無き強さを追い求めるあの侍・ゴーズを戦闘不能直前にまで追い込んだこともある、
息もつかせぬ疾風怒濤の連続攻撃。
無数の傷が肉体に刻まれ、その傷を剣に纏った氷が容赦なく抉り、凍らせ、その体力を奪っていく。
「ぐ……こ、この……若造がっ……!!」
肉体の耐久力にものを言わせ、ガレスが反撃に転じてくる。
だが、甘い。
技は強烈、力は語るまでもない。まともにもらおうものなら、これも即死級の破壊力がある。
だが、粗いのだ。戦いが始まった直後ならともかく、よく見ている今に、そんな大振りの一撃なんか当たらない。
最低限の体の動きだけで回避して、お返しに入れた一撃が、奴の手元を直撃する。
「なっ……」
衝撃に、その手から大剣がすっぽ抜ける。飛んでいく得物を、ガレスは目で追ってしまう。
――隙だらけだ。
「つぁらぁぁっ!」
上半身を大きくねじり、遠心力も載せた必殺の剣撃。左脇腹に入った剣が、かなりの深さに抉りこまれる。
今更ながら、気付いたようにガレスがこちらを見つめてきた。その表情に、笑みを返し――
「――終わりだ! セナちゃんを傷ものにしてきたこと、地獄の底で後悔しやがれぇ!!」
ガレスの体内に食い込んだ剣に、思い切り魔力を注ぎ込んだ。
奴の体内で具現化させるは――大自然の猛威ともなる、ブリザード。
暴悪な吹雪のエネルギーを、零距離から叩き込む。
ガレスの内臓が、破砕されて宙を舞い――俺の皮膚が、嫌な感触を伝えてきた。
――人、一人分の、返り血だった。
「か……」

――――――――――――――――――――――――

「……勝ったあぁぁっ!!」
「――――っ!!」
天空にガッツポーズを決めるトウヤの姿を見た瞬間、隣のセナが考えるより先に飛び出した。
あんなに足は速かったかなと冷静に考えるその前で、セナはトウヤに飛びついた。
「トウヤ君! トウヤ君トウヤ君トウヤ君、トウヤくうぅんっ!!」
「どわっ! お、おいおい、飛びつくなよっ!」
走ってきた勢いを殺しきれずに尻餅をついたトウヤの胸に、セナは額を押し付ける。
本当にこの娘、トウヤのことを好いていたらしい。最も、それで冒険へのあれほどの努力をしてくれるのならば、
恋愛というものもそう見下したものでもないかもしれん。
「あ……あ……」
対するミミィは、がっくりと地面に膝を突いている。
貴族というのもよく分からんが、あの状態ではセナを渡すのが正しかったのか。
確かに、理屈で見ればあの場でセナを渡さねば、当分この地方に修行に戻ることは出来ないだろう。
しかし、他人に対しては淡白だと自他共に認めている拙者でさえ、あの家にセナを戻すことは気が引けた。
意外に淡白ではなかったかもしれんと、知らぬ間に軽く苦笑が漏れる。
当のトウヤは女子に飛びつかれたのが混乱しているのか、うろたえている様子である。
彼女が欲しいとか抜かしていたくせに、そうなりかけたらあの様か。
指摘してやりたいところだが、ここで悠長に時間を過ごしている場合ではない。
「トウヤ、セナ。とにかく、あの籠の中にある薬草を植え直して、必要部数だけを持って引き上げるぞ。
セナにいろいろ質問をするのは、その後だ。ミミィ、貴様もいつまでも呆けてないで、さっさと動け」
「……は、はい」
まだ呆然としている女に、声が尖るのを自覚する。
これだから、女は嫌いなのだ。

10

――――――――――――――――――――――――

「さて……それじゃあ、全部話してもらうぞ」
薬草を依頼主に届けて、宿屋の男子部屋に戻ってきて、服や体についた返り血を処理した後。
車座を作って、ゴーズが口火を切った。
俺は一応、ある程度のことは知っている。しかし、やはり本人の口から説明してもらったほうがいい。
セナちゃんも特に隠すつもりはないらしく、一つ頷いて話を始めた。
「……バリガディス家がどういう商売をしているかは知ってるよね?」
「奴隷の売買、及びレンタル事業、だろ?」
最初の確認。有名な話なので、当然これは全員知っている。
「……十七年前。バリガディス家の奴隷二人が四十歳を超えた。片方は男で、片方は女。
奴隷は四十歳を超えると、適当な相手と子供を二人作らなくちゃならない。何でか分かる?」
「……いつまでも働いてはいられないし、自分の代わりを作るため?」
男にしろ女にしろ、だんだん体力は下がってくる。朝から晩まで毎日のように延々と働かされる奴隷は、
若いうちならいざ知らず、年老いてくるとその労働に体が耐えられなくなるのだろう。
先に精神面がおかしくなりそうな気もするが、セナちゃんが頷いたところからすると、大体理由は合ってるらしい。
「うん。そこでたまたま異性同士だったその二人は、バリガディス家当主の命令により子供を二人作った。
自分の代替物としてね。それで生まれた奴隷の片方がボク、セナだよ」
「そういうこと……」
「生まれたボクは、奴隷としての教育を徹底的に仕込まれた。手っ取り早く言えば絶対服従の精神だね。
逆らうことは悪だと教えられたのはいつだったっけ?」
「…………」
「それから十六年……ボクは、奴隷の一人と化していた。レンタル料とか売値は知らないけどね。
そりゃ働いたよ? 土木作業や死体処理、便所掃除、果ては男性客の性欲の処理まで命令されれば
ありとあらゆる仕事をしたさ」
サラッと言われたその境遇に、絶句せざるを得ない。そりゃ、ネズミを触る程度のことに抵抗なんかないわけだ。
一度聞いた俺でさえもそうなのだから、隣のゴーズの衝撃なんかは想像するに余りある。
「……ちょっと待って」
しかし、ミミィさんは――さすが貴族というべきか――そんなことは聞くに値しないという風だった。
セナちゃんの身分を知ってから、口調から敬語が消えている。
「男性客の性欲の処理って、そんな命令本当にあるわけ?」
「……やっぱり、知らなかったんだ」
対するセナちゃんも、低い声でミミィさんに返した。
おいおい、ただでさえミミィさんはゴーズと仲悪いんだから、これ以上亀裂を増やさないでくれよ。
頭の痛くなりそうな風景だったが、ミミィさんはある意味最もな質問をする。
「だって、下手をすると妊娠してしまうんじゃ……」
「墜ろせばいいのではないか?」
「知識が足りませんね」
ゴーズの言葉に、つん、といった感じでミミィさんは返す。
いつもゴーズの方が正論を吐く(というか、コイツはほとんど正論しか吐かない)ので、
大抵はミミィさんの方がやり込められることになってしまうのだが、たまにこうなると痛快らしい。
ぶっちゃけ、気持ちはよく分かる。
「中絶を行う時、母体には半端でないほどの負荷がかかります。体力的な面から考えても
そう何度も出来るものではないですし、そんなことを繰り返しては実際子供を生むときに
体が耐えられるとも思えません。避妊具自体は売ってはいますが、完全なものでもないんです」
中絶の現場を見たことはないが、なんでも膣を強引に開いて雷の魔法を流し込み、
赤子を殺して強制的に流産させるとか何とかと聞く。魔力の調整がうまく行かなかったがために、
赤子どころか母親まで命を落としてしまったケースも決して珍しくないという。
一方の避妊具は、海辺の町で見たことがある。一人旅をしていたし使う予定もなかったので、
普通にスルーしていたのだが、あれは結構高かったはずだ。
魚の浮き袋を改良した代物だそうであり、流通数も割合少ない。
貴族にとっては大したものでもないのだろうが(貧乏人の僻みか?)、しかもそれを使ったとしても、
効果は完全ではないらしい。
セナちゃんも納得したらしく、ミミィさんに――冷たいくらいの無表情で――答えを返す。
「だから、手か口。どっちか」
「それでも、病気の心配はあるでしょう」
「そんな病気を持ってる人はそもそも命令なんかしないよ。
仮にそういうのをうつしちゃったらその奴隷を買わなきゃいけないらしいから、不安ならやらないんじゃない。
……それに、そういう命令があること自体、知らない貴族も居るんだし」
「セナちゃん」
「……だって」
あまりにも、露骨過ぎる棘だ。嗜めるようにそう言うが、セナちゃんは不満気な目を向けた。
分からなくはない。貴族にそれだけ酷い目に遭わされてきたのに、
その貴族が知らなかったなんてなれば、不満を抱くのも頷ける。
俺も別に奴隷制度に反対しているわけではないが、目の前の仲間が奴隷だったとなると、
急に同情を覚えるのは何故だろう。
奴隷の人権が完全に無視されているのは最早突っ込まないとしても、その手の世界もうまく出来ているらしい。
ため息をついた俺の前で、ゴーズが話を次に進めた。
「ともかく、それはいいとして……いや、よくないのだが話を戻すぞ。お前は何故、我々が知り合ったあの町に来た?」
「だんだんね、こんなのおかしいって思ってきたんだ。
でも意見する権利なんてボクには無いから、隙を見て脱走してきたんだよ」
「攻撃魔術はどこで覚えた?」
「前に借りたお客さんが覚えさせたの。その人魔術学校の新米教師でね、どうやったら生徒に分かりやすく
教えられるかボクを借りていろいろ教え方を試してたんだよ。今その人どうなってるかは知らないけど、
いつしかボクも基礎的な魔術は覚えてたんだ」
「なるほどな……」
腕を組んで、ゴーズは頷く。こういった話を聞き出すとき、ゴーズは便利だ。
その話をなんとはなしに聞きながら、俺は購入した地図を取り出す。
「じゃあ、ざっと話が分かった所で、現実的な問題へ進もう。
ガレスは俺が殺したからいいとして、レイピッドの問題がある」
「そうだな。で、レイピッドも始末する気か?」
「馬鹿言え、貴族の連中相手に戦えるか。一個小隊でも持ってこられたらアウトだっつの」
「だろうな。となると、やはり早々に山越えということか」
「ああ。どっかのバカがバリガディスに喧嘩を売りやがったせいで、もうこの付近にはいられねえ。
とっととこの町を後にして、トネール領へとおさらばだぜ」
「喧嘩売ったのは貴様だトウヤ」
ナイス突っ込み。この辺りをちゃんと拾ってくれるから、俺も安心してギャグを飛ばせる。
が。
「ごめんなさい……」
「いやいや」
その前でしょげてしまったセナちゃんは、もう少し通じて欲しいところだ。
まあ、ジョークの選択が悪かったのかもしれないが。
「しかし幸運なことに、この山はバリガディス領とトネール領の境界線だ。
つまり、この山さえ越えてしまえばバリガディスの領土からは抜け出せる。
トネールがバリガディスと友好的だったらヤバかったが、そんな話も聞かないしな」
「ふむ……」
俺とて、無意味に特攻したわけではない。ちゃんと逃げ切れる自信があるから、ガレスに喧嘩を売ったのだ。
こうまで場所がよくなければ、俺もセナちゃんを助けようとは……いや、やっぱりしたような気もする。
腕を組んでいたゴーズは、ふっと笑って切り返した。
「お前でも少しは頭使うんだな」
「人を本能で動く生き物みたいに言うな!!」
「冗談だ」
そんな冗談を真顔で言うなっつーの。
ともすれ、行動は決まった。正直ガレス戦で疲れているが、今日中に物資を整えて、明日は運び屋の依頼を受けて、
とっととバリガディス領からおさらばするだけである。

 ……ああ、そうか。もう一つだけ、用件があったか。

「…………」
夕食後。いつもの通り、俺は屋上へと向かっていた。手にはコーヒー。
ちょっとだけ緊張しているからか、少し手が震えていた。
「トウヤ君」
柵に体を預けて寄りかかり、夜風に身を晒すこと、数分。
後を追いかけるように、セナちゃんが屋上にやってきた。何の事はない、俺が彼女を呼んだのだ。
「よっす。お疲れさん」
「うん、お疲れ様」
よくある挨拶といえば、よくある挨拶。畜生、自分からしたわけじゃないってのに、どうも緊張で心臓が跳ねる。
ミミィさんに告白する時はこんなものじゃなかったけど、やっぱ告白って慣れねえな。
とはいえ、うじうじ考えていても仕方が無い。勢いづけるように、コーヒーを一気飲み。
酒じゃない辺りは健康的なのだろうか。どうでもいい事を考えつつ、持っていたコップを懐にしまう。
後で、宿屋の人に返さなきゃならんのだ。
使い捨てできるコップとか、都合のいいもんが開発されたりしてくれないものだろーか。
「さて、と」
前置き、一つ。
じゃあ、行くか。
「まあ、なんだ。呼んだのは、告白の話なんだけどな」
「……うん」
青い瞳が、こっちをまっすぐに見つめてくる。
少し顔が赤いのは、方向性はともかくとして、やっぱり緊張気味なんだろう。
「言いたいことはあるんだけど、どっちだか分からない状態で前置き言ったって気が気じゃないと思うからさ。
できれば結論から言いたかったんだけど、どうしても確認したいことがあるんだ」
告白の返事を盾に取り、こんなことを言うのは卑怯なのかもしれないけど。
どうにも俺は、セナちゃんに甘えてしまっている。
「……まあ、なんだ。俺がミミィさんに告白して、失敗して、んで、セナちゃんに告白されてさ。
そのおかげで、割とすぐに精神的には楽になったわ。おかげさまで、次の日からはクリアな目線で
セナちゃんもミミィさんも見ることが出来た」
「……うん」
「で、それから一日だ。地下水道の依頼を果たして、今日になって薬草取りに行ってみたら、
セナちゃんの身分が発覚して、えらい騒ぎになって。なんか、何日も経った気がするわ」
「……うん」
「で……セナちゃんさ、俺なんぞに告白してくれたわけだけど。返事、ほったらかしてたろ」
「……うん」
同じ言葉しか、帰ってこない。
でもまあ、それでいい。
「んで今日さ。セナちゃんが連れ戻されそうになって、本気で嫌だと思ったんだわ。
大事な大事な後輩だーなんて思ってたけど、そうもいかなかった」
「…………」
前置きは、ここまでだ。
「……セナちゃん」
「……うん」
「これでいてまだ、俺はミミィさんへの想いを捨てきれていない部分があるんだ。
だけど、さっさと忘れたいって気持ちもある。そんな、中途半端な奴なんだけど……それでも、いいのか?」
「…………」
はい、と。
セナちゃんの首が、縦に振られた。
「そっか。じゃあ、返事をするよ」
「……うん」
「……セナちゃん」

「その告白、受けさせてほしい。どうか……俺の彼女に、なってもらえないだろうか」

 言った。
言ってやった。
彼女を失いたくないといったのは本当で、でも、まだミミィさんを振り払えない。
セナちゃんを売ろうとしたくせに、それでも好きだとは何事だ。
告白を取り下げられてもおかしくないくらい、宙ぶらりんの返事。
だってのに、セナちゃんはまっすぐ、こっちを見つめて――
「……ふぇ……」
「え」
その顔が、くしゃりと崩れた。
「……ふえぇ、ぇ……」
「うわっ、え、ちょっと!?」
ぼろぼろと、彼女の瞳から涙が零れて。気がつけば、セナちゃんに思い切り泣かれていた。
小柄な体は、しっかりとこっちを抱き締めていて。その力が、痛いほど自分に伝わってくる。
「トウヤ君……トウヤくぅん……」
「あ、ああ」
「だっ、大好きっ、大好き、だよぉっ……」
「うん」
「ずっと、ずっと、トウヤ君のこと、好きだった。でも、トウヤ君、ミミィさんのこと、好きだって、
ボク、ボク、奴隷だから、諦めなきゃ、いけないって、でも、毎日、苦しくてっ、苦しくてっ……」
「ごめん、セナちゃん」
あまり豊富じゃない語彙で、落ち着いていない頭で、一生懸命告げてくる。
可愛らしくていじらしくて、とてもいい娘に好かれたんだろうと、今更ながらに思えてくる。
「……嫌だったら、振り払ってくれ」
けれど、泣いている女の子をどうにかする方法なんて、生憎と俺は持っちゃいない。
少しだけ考えたけど、なんにも思いつかなくて。結局一言断りを入れて、俺は彼女の頭に手を伸ばした。
「ありがとな。好きに、なってくれて」
あまり手入れされていないからか、時折毛先もほつれている。ちゃんと、櫛くらいは買ってやろう。
そっと頭を撫でてやると、セナちゃんは体を預けてきた。
女性は、他人に髪を触られるのは不快なのだと聞いたことがあるが……
好きになった相手からなら、いいのかもしれない。
しばらく撫でていてやると、だんだんセナちゃんは落ち着いてくる。
一言名前を呼んでやると、セナちゃんは顔を上げてきた。
夜空の下で分かる、赤い――いかにも「泣いてきましたよ」という目の赤さに内心でちょっと苦笑して。
セナちゃんの顎に、軽く手を添えてやる。意味が分かったのだろう、セナちゃんはそっと目を閉じた。
少しだけ突き出された唇に、俺は自分のそれを当てる。
奴隷の仕事の一つに、男性客の性欲の処理があったと聞いた。
もしかしたら、何かトラウマがあるかもしれない――ちょっと迷いながらのキスだったが、次の瞬間覆される。
当てた唇から、セナちゃんの舌が差し込まれた。
「んっ……」
セナちゃんの舌使いは、やはりというか、慣れている。ぬるりと入り込んだ舌先が、俺の舌先をつっついてくる。
上下に小さく舐めて、刺激してくる。応じるように絡めてやると、嬉しそうに絡め返してくる。
舌が引っ込められて、ほんの少しだけ顔を離して。絡み合った唾液を、セナちゃんは躊躇いもなく飲み下す。
飲み込みきれなかった唾液が、一筋だけ唇の端から垂れた。
「…………っ」
やばい。たまらなく卑猥な光景に、下半身に熱が集まりかかる。
セナちゃんは唾液を拭うこともせずに、また深く口付けてきた。冗談じゃない。
付き合い始めて早々、そんな事になってしまえば、身体目当てと思われかねない。顔を離して、腰を引く。
「や……」
が、セナちゃんは熱に浮かされた顔でそう言うと、体全体を押し付けてきた。
三度目の口付けが交わされて――ふと、セナちゃんの動きが、止まった。
その腰は、反応してしまった下半身に、しっかりと押し付けられていた。

――――――――――――――――――――――――

 やっとやっと、想いが通じて。
みっともなく泣いてしまったボクを、トウヤ君は落ち着くまで待ってくれた。
今日、トウヤ君だけじゃなくて、全員に身分がばれてしまった。
後少しでこの領土から抜け出せたのに、直前で捕まっちゃうなんて、本当に運がないと、ボクは自分の運命を嘆いた。
だけど、トウヤ君は、ボクが必要だと言ってくれて。追っ手に対して、牙を剥いて守ってくれた。
もう、ここに来れない可能性も受け入れて。それでも、ボクを選んでくれた。
ガレスと正面から戦うトウヤ君の姿は、本当に本当にかっこよかった。
ゴーズさんの言った通り、反撃を開始してから一方的に圧倒していくあの姿には、何もかもを忘れて見ほれるほどで。
ガレスを倒して、地獄から、ボクのことを助けてくれた。
それに、今。迷惑をかけたのに、トウヤ君はボクの気持ちを受け入れてくれた。
嬉しくて嬉しくて、何度も何度も唇を重ねた。
だけど、いきなり身を引かれた。物足りないから、ボクは身体を押し付けた。
そしたら、どうしてトウヤ君が身を引いたのか、よく分かった。
――かたくなってる。
「ごっ、ごめんセナちゃん、その、放っといていいから……」
あたふたと、トウヤ君は説明する。
ボクのこと、考えてくれてるんだ。
――ボクに、欲情してくれてるんだ。
「いいよ」
手のひらを伸ばして、トウヤ君のそこをそっと撫でる。途端「う」という声が漏れた。
「……苦しい?」
「え……」
悪戯っぽい声音にして、耳元で囁く。
まだ、ミミィのことが気になるのなら。どんな手段を使っても、トウヤ君の心を、あの女から引き剥がす。
「ちょ、ちょっと、セナちゃん……」
口調は戸惑ってるみたいだけど、身体は離さない辺り、正直だ。
「トウヤ君……その……しても、いい?」
「え……?」
奴隷のせいで、散々に傷付けられた。奴隷のせいで、何度も悩んだ。
なら、たまには味方になってもらおう。
「あのね。ボク、男の人のこれを、処理させられたこと、何度もあるの」
「ごっ、ごめん! それなのに、その……」
「ううん。だけどね、トウヤ君のこと……好きな男の子のこと、気持ちよくしてあげられるんだったら、
あんな嫌な調教で教えられた技術だって、役に立つって、思えるから」
「…………」
三分の一くらい、本当。でも、残りはちょっと嘘。
「だから……させて、トウヤ君……」
あの女から、引き剥がしたい気持ちもある。
でも、何よりも、好きな男の子に、してあげたい。
トウヤ君に、いっぱい気持ちよくなってほしい。
「セナ……ちゃっ……」
「トウヤ君、大好き……」
そっと、手のひらを服の中へと滑り込ませる。
トウヤ君からの、抵抗はない。
下着の中に、手を入れて――トウヤ君のそれを、きゅっと握った。
「っっ!」
トウヤ君の体が、びくっと震える。手の中で、トウヤ君のものが、大きくなる。
もう片方の手で、ズボンの留め金を、そっと外す。
「……いい?」
トウヤ君は、こくりと頷いた。キスをして、ズボンの前の部分を、少しだけ下ろす。
大きくなってびくびくしている、トウヤ君の一番大事なところ。
わけのわからない貴族の男はあれだけ嫌だったのに、トウヤ君のものだと、全然嫌に感じない。
「あ……これが、トウヤ君の……」
「セナちゃん、その、辛くなったら、いつでも止めてくれていいからっ」
「ん。大丈夫」
それだけ返して……トウヤ君の硬くなった陰茎を、そっと上下に扱き始める。
「っ、っ……」
ゆっくりと、ペニスを扱いてあげる。背伸びして、トウヤ君にもう一度キスをする。
左腕でトウヤ君の体を抱いて、右手でそっとペニスを扱く。
軽く背伸びして、耳に息を吹き込みながら、耳たぶに舌を這わせていく。
トウヤ君は体を震わせて、恥ずかしそうに身をよじった。
「セッ……セナ、ちゃっ……」
「――セナって、呼んで?」
「セ、ナ……うぁ、セナぁっ……」
名前を呼んでくれるたび、右手の動きを激しくする。
先端からは先走りの液がどんどん滲んで、小さな水音が響き始める。
「溜まってるの?」
「き、聞かないで……」
囁く。舐める。しごく。囁く。
熱い。おっきい。それに――かたくて、ぬるぬるしてる。
「溜まってるんだね……抜いてあげるね?」
「い、いいの……?」
「いいよ。トウヤくん……い〜っぱい、気持ちよくしてあげるからね?」
「――――っ!!」
その言葉を囁くと同時、トウヤ君ががばっと体を抱き締めてくる。
恥ずかしいのだろう、首筋に顔を埋められた。
ふふ。じゃあ、もっともっと、囁いてあげる。
扱き方を少しずつ変えて、トウヤ君の敏感な所を探す。時々、裏筋を引っかいてあげる。
「こうされたい? それとも、こうやって扱いたほうがいい? こんな感じがいいのかな……」
「っ、く、ぅ……!」
少し、ゆっくりめに扱いてあげる。いきなり、早くしてあげる。
先っぽを、集中的に責めてあげる。根元を、くりくりしてあげる。
後から後から溢れてくる、トウヤ君の先走り。
くちゅくちゅ音を立ててあげると、トウヤ君はびくっと体を震わせた。
「セ、セナちゃん、そんな、やらしい扱き方、しないでっ……!」
「セナって、呼んで?」
声を抑えてるトウヤ君が、すごく可愛い。先走りの汁と一緒に、先っぽをくちゅりと握りこむ。
「セナあぁっ……!」
もう。何日溜めてたの?
「トウヤ君。ねえ、トウヤくん」
「な、なんだ、よ……」
「ありがとね、んっ、応えてくれて」
「ぁ、く……」
「奴隷だなんて知っても、変わらずに、いてくれて」
「ぅ、あ、あ……!」
「トウヤくん、トウヤくん、好き、大好き、ねえ、よかったら、このまま、果てて……?」
「セ、セナっ、ごめん、もう、でそうっ……!」
「うん、どうぞ……」
抱いていた左手を離して、ボクはそっと、腰を引く。
空いた場所に左手を差し込み、お椀のような形にして、トウヤ君の先っぽに、包み込むようにあてがって……
「いいよ、出して……?」
「あ……で、でる……」
お椀の部分に、トウヤくんの一番大事なところが、ぐぅっと強く押し付けられる。
それならと手の中に握り込んであげると、トウヤくんは思いっきり、ボクの体を抱き寄せてきた。
「セ……ナ、ぁっ……」
次の瞬間、ボクの手の中で、トウヤ君の絶頂が始まった。火傷しそうなほどに熱い、ねばついたトウヤ君の欲望の塊。
両手を使って、最後まで丁寧に搾り出してあげる。
「ぅぁ……あぁ、ぁ……」
卑猥そのものの喘ぎ声が、トウヤ君が感じてくれた快感の程を教えてくれる。
手の中に吹き上がってくる精液は、下卑た貴族なんかが出す量よりもよっぽど多い。
「きもちいい?」
「あ……あ……っ……」
どくっ、どくっ……ボクの手に包み込まれてくちゅくちゅされる、トウヤ君の下の口。
嬉しそうに蜜を吐き出す、トウヤ君の下の口。
「いいよ、全部、ぶちまけて……?」
溜まってたんだね。ぜ〜んぶ、搾り尽くしてあげるからね。
「……ん」
「んっ……!」
最後まで搾ってあげながら、トウヤ君に口付けする。舌を絡ませ、体を擦りつけ、甘い刺激を送り込む。
熱く湿った吐息を、ボクの口に吹き込みながら。
トウヤ君は、たっぷりと射精してくれた。

to be continued...

 

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