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トライアングル☆パンデモニウム

第1回 第2回    


1

「おとうさーーん」
「おかぁさーーん」

 パチパチ…目の前は真っ赤な火の海…
ちっ! また昔の夢か…

「ゆういちろうーーッ!!!」
「ゆうちゃん…にげてぇーーッ!!!!!」

「消防が来たぞ−ー!!」

「火のまわりが早い…」

けたたましいサイレンの音と真っ赤な灼熱地獄…

「これでは誰も…」
「奥に人が…」

 ゴオゴオという炎の音と真っ赤な視界…薄れゆく意識の中で微かな足音が聞こえる。

「よし! 突入するぞ…」
「気をつけろ! 柱が脆く成ってる」

「発見しました!」 
「うっ! 父親と母親はもう……」

「子供がいます!」
「よし! まだ息があるようだ」

****

 俺の名は岸裕一郎。十年前の火災で家も家族も友達も全て失った。

 原因は有る大企業の欠陥電気ストーブであった為、火災後唯一の生存者の俺を巡って補償問題で
醜い親戚が出てきたり、マスコミの餌食に成ったりしたが、紆余曲折の末その大企業が
俺の身元引受人と成った。
結局企業の生存とお涙頂戴で世論のバッシングをかわそうとの意図だろう…

 ふっ…くだらない…

 まあ。責任を取って経営サイドが総退陣の後、外資系企業が買収して俺の身元引受人に
成っているので現会社を恨むのは筋違いかも知れないが……
ん…場面が変わった…一人の小さな女の子…真夜か……

 しかし。ここ数年同じ夢をループして観るなぁ…(苦笑い)

「ゆうちゃん…ひっく…ふぇ… 
い、いっちゃいやだ…
うぇ…」
「……泣くな真夜」 
「でも…わたし…ゆうちゃんが居ないと……」 

「うるさいなぁ…俺以外の友達も居ない…誰とも喋れない…
いい加減にしてくれ…」
「ひどい…
うぇええ−ーッ!!!
ゆうちゃん…わたしのこと…お嫁さんに…もらうって…言った…うぇえ…」
「いつまで俺に甘えてるんだ…」
「いっちゃだめ−ーッ!!!」 

 真夜は俺の幼な馴染み…俺が居ないと誰とも喋ることが出来ない程俺に依存していた。
まあ。可愛いし幼な馴染みとしての情は有ったのだが、その時の俺は精神的に
余裕が無くて、ただ煩わしいという感情だけが支配していた。 そう…俺は迷わず、
すがりついてくる真夜を突き飛ばしていたのだ。

「やかましいーーッ!!!
いつまでも纏わりつくんじゃねぇーッ! 
ずっと…ずっと…ずっと誰かに頼って生きていくなんて出来ねぇんだよーッ!
俺はお前の保護者を演じるのは飽き飽きしてたんだ…
いつまでも…人は…同じ…じゃあ…居られない…」

「ちが…違うーーッ!!
ゆうちゃんは…ゆうちゃんだもーーんッ!!!
うわぁああぁああんーーんッ!!!!!」
「……自分で立つんだな………真夜…」
「ゆうちゃん…まっーー!!!」

 真夜はうずくまったまま動かない。今想えば真夜とは、もっと違う別れ方が有ったかもしれない。
ただ俺は後悔している暇は無いのだ。
****

 ロスチャイルド家 食堂

「ジャップ! 遅いわよ!!
いつまで眠ってるの寄生虫の分際で!!!!!」
「その…寄生虫のおかげで、欠陥商品を売った企業から脱却出来たのはどこの企業さんで……フラン」
「ふ、フラン!!
フランソワーズお嬢様でしょうーーッ
居候の分際で生意気だわ!
それと! 欠陥商品を売ったのはジャップの会社でロスチャイルド家は関係無いわよ!!」

「ふっ…へいへい…箱入りお嬢様…」
「止さないかフラン…」
「でも…お父様。ジャップが…」

俺の朝の風景だ。
現在俺は欠陥商品を売って致命的ダメージを受けて不渡りを出した日本企業を買収した
ユダヤ系アメリカ人のロスチャイルド家で生活している。
金の亡者の親戚に引き取られるより、この方が良かったのかもしれない。

朝から俺に絡んでくるのはフランソワーズ・ロスチャイルド。
ロスチャイルド家の一人娘だ。
容姿は長いウェーブの掛かった金髪、透き通るような白い肌、
青い綺麗な瞳はハリウッド女優も逃げ出す程の可憐さで、人形のようだが
わがままお嬢様の属性なのか、父親が俺に気を使うのが面白く無いのか、
昔からやたら俺を敵視している。

 まあ。この女も俺の踏み台に過ぎないのだが…

「所でユウ。
朝食を一緒にどうだね」

「NO Thank you
ミスターロスチャイルド…
朝の補習が有りましてね…」
「ならリムジンでフランと一緒に送らせよう」
「いや…それも断ります。
俺はロスチャイルド家の人間では無いし…ただの日本人ですから」

「そうか……」
「い、いい加減にしなさいよぉ…
イエローの分際でぇええ…お、お父様に口答えするなんてぇえ…」

「おいおい…フラン。
食事中に立ち上がり、そんなに肩を震わせて興奮するのはロスチャイルド家のご令嬢の
名折れに成るんじゃないか」

 ふっ…このへんにしといてやるか…
フランの奴…白い肌を真っ赤に染めて肩を震わせて今にも噛みつかんばかりの表情。
十年間辛抱してきた俺からすれば付き合いきれないの一言だが、高校を卒業して進学するまでは、
あまり波風は立てない方が良いだろう。

「ミスターロスチャイルド…
失礼しました。
それでは学校に行ってきます」
「うむ…」
「(こ、この…イエロージャップが…
覚えていなさいよ…いつかわたしの前に跪かせてやる…)」

****

 聖マリスト学園

 現在俺が通っている高校は聖マリスト学園という。通称天国と地獄。
通称の由来だが、元々はミッション系の超エリート進学校で卒業生には官僚や政治家や
一流企業の経営者などごまんといるが、学園経営者(ロスチャイルド家)
の方針で三年前から問題児や社会的弱者の更生施設を兼ねて学園の同じ敷地内だが、
校舎や体育館や職員室等が全く別の小さい全寮制の学校が有る。

 勿論表向きは生徒間の交流は無いしむこうは教員も警察官や自衛隊あがりや、
問題児更生のスペシャリストで完全監視体制をとっている。
それでも更生してスポーツなどで名を馳せた者も居るらしく、
一定の更生機関としての評価は受けているとのこと。

 まあ。俺からすれば偽善的なロスチャイルド家らしいやり口だと、苦笑いするしかない。
話がそれたが、抜群の環境を自画自賛するエリート揃いの本校と問題児だらけの
監獄のような更生施設が同居するところ…
人呼んで、天国と地獄というわけだ。
俺?俺は一応本校に居る。
これでも成績は良い方。
一言いっておくが俺は別に映画の主人公みたいにロスチャイルド家を相手に
家族のリベンジしたり、乗っ取るつもりなど毛頭無い。
ただ事件後人間の醜さを見せつけられて、独りで生きていく決意を固めただけだ。

 その為には未成年の内はロスチャイルド家の援助も必要との結論に成った。
フランに対する俺の冷笑的な態度も、当主のミスターロスチャイルドが事業家らしくリアリストで
自分の一人娘に媚びへつらう者より、毅然とした態度の者を評価するからである。

 おっと…お客さんだ。
俺は今裏の学園の体育館裏にいる。
裏の学園って更生施設の方ね。
何の為?呼び出しだよ…

「おう! ええ度胸や」
「ひゃははは…」

 相手は五人で…札付きの悪。
多分フランがけしかけたのだろう。
彼女は俺を叩き伏せたいらしいからな…
屋敷に着た当初からそうだった。おかげで腕っぷしは随分上がったが。

 さて…先手必勝。まずは相手が俺を囲む前に、一番近くの奴を叩く。

「ぐはっ!」
「こ、この野郎ーーッ!」

 ムキに成って突っ込んでくる男の脚を払い容赦なく顔面を踏み潰す。

「ぎゃあぁああーーッ!!!」

「ひぃいいい」 

 顔面が血だらけの男を見て、怯んでぼーっと立ちつくす奴の髪を掴み、顔面に膝蹴り。

「ぐわぁああぁああーーッ!!!」

「まだ…やるかい?」
「い、いや」

 後は不適に笑ってやると…残りの奴は戦意喪失だ…パターンか。

「おおかた…フランソワーズお嬢様に言われてきたのだろうが、無駄な努力は止めることだな…」
「………」

 はい。この間五分。今日は早く終わったな…人を見かけで判断するからこうなるんだ。
さて…帰るか。

「くくく…お前強いな……」

 誰?もう一人いたのか…あ、あいつは確か……

「おいおい…インターハイ出場選手が何のようだ?西条…」
西条剛。ボクシングでインターハイ出場。更生施設の希望の星の一人だ。
こいつまで出張ってくるとは…

「なぁに…練習だよ。練習」
「ふうん…」
ふう…フランの奴…よほど頭に来たようだ…西条まで引っ張ってくるとは…
格闘技のスペシャリスト相手だと…ちーと分が悪い。
気取られないよう近づいて、奇襲有るのみ。ボクサーの弱点は…

「シュ……」
距離二メートル。俺は蹴りを放つ。靴が脱げ西条に向かって飛んでいく。これは織り込み済み。
「ふん…」
西条は鼻で笑い余裕でかわす、これも織り込み済み。
「…………」
俺は自分の左足を軸にして体を右方向に回転させ、回転途中で左足を折り曲げて
左膝から地面に着地する。

 そのあと体を滑らすように回転させながら右足を大きく広げ、相手の足を背後から
足払いで刈り取って相手の体を薙ぎ倒す。
簡単にいうと水面蹴りを放った。

「ッーー!!!」

 ボクサーは下半身への攻撃に免疫が無い。無様に倒れるのみ。
まあ。なんとか奇襲が成功しただけだが…後は踏み潰すのみ。

「ぐわぁああぁああーーッ!!!!!」

 西条は顔面を血だらけにしてのたうち回る。まあ…鼻の骨は折れたかな?

「ボクシングは試合だけにするんだな…」

ふう…やれやれ。この分だとその内ヤクザあたりをけしかけられるかな?

「ぐっ…まだ立てない…岸裕一郎。お坊ちゃん本校の癖にあんなに強いだなんて……」

「役立たず!」
「ひっ! お嬢様…」
「西条…役立たずは処分してあげるわ」
「や、やめてください…踏みつけないで…鼻が折れてーー」
「ふん…」
「ぎゃあぁああーーッ!!!!!!」

「あははははは…ジャップめ…必ず潰してやるわ!」

****

 紅真夜

「おい! 出所だ…」
「ふん…」
「赤毛の真夜…いや紅真夜。
お前女子少年鑑別所何回目だ?
お前素材は結構可愛いんだし、その若さで人生捨てんなよ…」
「ふふふ…口説いてるつもりかい?
そうさねぇ…もう…男に興味は無いけど五万なら良いョ
あははははは…」
「だ、誰が貴様みたいな気の狂った女と……お前…相手が死んで無かったから良かったけど、
普通灯油を頭からかけて火をつけたら死ぬぞ!
次は未成年とはいえ実刑は免れないと思え!」
「はっ! 余計なお世話だよ」
「とにかく保護観察の手続きが有るから待ってろ」

 人生を捨ててる?あたしは自分の脚で立って歩いてるだけ何だがねぇ…

 きっかけは十年前…今まで依存して人生の全てだった幼な馴染みが目の前から去ってからだった。
途端に虐め…良くあるパターンさねぇ…
要するに今迄はその幼な馴染みの庇護の元にいたってこと…
大人しく人と上手く喋れなかったあたしは、それは執拗に虐められた…

 ある日いつものようにボロボロにされて…死ぬまでつきまとうって言われて…
気づいたら相手を家庭科の裁ちハサミで刺していた。後は語るまでもない…
人殺しよばわりされて…まともな人生を歩めるわけはない…
あたしからすれば降りかかる火の粉を振り払っただけさねぇ…

 そりゃあ頭から灯油かけて火をつけたり、ナイフで切り刻んだり、
ペニスを食い千切ってやったこともあったっけ…

 家庭はそれをきっかけに崩壊。両親は離婚。それからは生きるため何でもしたか…
別に幼な馴染みを恨んじゃいないさ…
ただ今のあたしの姿を見せたいだけ…
ねぇ…ゆうちゃん…

「おい…紅真夜。次の行き先が決まったぞ…」
「へぇ…どこ?」
「聖マリスト学園だ…」
「もしかして…あの更生施設?」
「まあ。お前が更生出来るとは思えないが…」

 聖マリスト学園か……………

2

「へへへ…ゆうちゃん♪」 
「何だよ。人の顔ジロジロ見て」
「内緒」
「おかしな奴だなぁ…」

 夢か…察するに、これは子供の頃の夢だな。男の子が一人、女の子が一人。
心霊現象ということも考えられるが…俺霊感ねーし。
男の子の方は多分俺。自動的に女の子の方は真夜か…別に懐かしいとは思わないけど、
深層心理ってやつか? 

「ちょっと待っとけ。トイレ行ってくるから」 
「えーーッ! ゆうちゃん…嫌だよぉ」
「はぁ!? トイレぐらい行かせろ!」

 ここはたぶん外…人物にフォーカスがかかって景色はぼやけているが、
昔よく遊んだ公園と想われる。

 しかし真夜の奴チビ俺にべったりだな。
人差し指を口に入れ、俯きながら泣きそうな顔をして、チビ俺の服の裾を離さないように
しっかり引っ張っている。
チビ俺は真夜の頭を撫でながら、しょーがねぇなぁ、みたいな顔。
昔の俺って面倒みが良かったんだな……ふっ。

「真夜は俺のお嫁さんに成るんだから、ちゃんと俺の帰りを待ってないとだめだぞ」
「ほんと! ほんとにほんと! 真夜のことお嫁さんにもらってくれるの?」
「ああ…」

 おいおい…チビ俺。なだめる為とはいえ、いきなりプロポーズするなよ…
真夜の奴嬉しそうな顔…
そう言えば真夜をなだめる度にこうしてたっけ…
場面は変わり一人俺を待つ真夜。
真夜の奴今頃は…
ちっ! 過去は捨てたし後悔はしないはずだろう! 夢にほだされるなよ俺。
ん…?誰か来た。ああ…あれは同じクラスだった松永か…人畜無害なおたくだった記憶が有る。

「やあ。真夜だよなぁ
岸はどこにいるの?」
「………ィレ」
「え!? 聞こえねぇんだけど」
「…………」
「おい! 泣きそうな顔すんなよ…
岸にゲーム貸してだいぶ経つから返してもらおうと思っただけだよ…
これじゃあオレが虐めてるみたいじゃあねぇか…」
「…ふぇ……ゆうちゃん…」

 ふーーっ…真夜は本当に雛鳥みたいだな…松永なんて、なんも怖くないのに…
雛鳥の世界は親鳥以外は全ては敵という。しかし松永の困った顔は傑作だが…

「おい! 松永! 何真夜を泣かしてんだ!」 
「ゆうちゃん♪」
「岸…」

 押っ取り刀で駆けつけたな…俺。
ナイトみたいで格好いいやん。
真夜も目をキラキラさせて急いで俺の後ろの定位置に。松永の奴は複雑そうな顔だな。

 

「おい! 松永! 何真夜を泣かしてんだ!」 
「ゆうちゃん♪」
「岸…」

 押っ取り刀で駆けつけたな…俺。
ナイトみたいで格好いいやん。
真夜も目をキラキラさせて急いで俺の後ろの定位置に。松永の奴は複雑そうな顔だな。

「人聞きの悪いこと言うな…
おい岸。この間貸したゲーム早く返せ」
「あ…そうか。悪い悪い…」

 松永と談笑をする俺。真夜にフォーカスが当たる。話の輪に加わらず、
ただ俺の背中にすがりつくだけだ…
そうか…そうだったんだ。
俺が真夜に依存させることを許していたし、俺自身がそれに酔っていたのか…
本当に真夜のことを想うのなら、話の輪に加えて自立を促すべきだった。
結局俺って今も昔も自分のことばかりで変わらな……
何後悔してんだよ…くそっ! 暗転。

****

 ロスチャイルド邸

 ふう…いつの間にか寝てしまったか…
のどが渇いたな…今何時だ?
まだ二十時…
食堂に行くには応接間を通らなければならないのが面倒なのだが。仕方ない…
自室を出て応接間の奥の食堂に向かう。 
応接間にはロスチャイルド氏とフランがくつろいでいた。
フランは風呂上がりか、ローブを着て生乾きの金髪が艶やかに光って艶めかしい雰囲気を漂わせる。
フランは応接間に入ってきた俺を一瞥した…

「ジャップ!」
「………」
「居候の下等イエローが、何わたしを無視してんのよ!」
「俺の名はジャップでは無い……」
「猿の名前なんて、どうでも良いことだわ」
「用が無いのなら行くぞ…」

 絡んでくるフランを付き合いきれないとばかりに、俺がフランの前を通り過ぎようとすると…

「待ちなさいよ!」
「なんだ…」
「わたしは疲れているので、マッサージをしなさい」
「は!? そんなもん使用人に頼め」
「使用人は忙しいの! 暇なのはあんただけよ…」
「ちっ!」
「それにイエローモンキーがわたしの身体に触れる機会なんて、今後一生有るか無いかだし、
感謝して欲しいものだわ」

 ふ…嘘つけ。
また何か企んでそうな顔だなフラン。
フランが俺に肩揉めだの、脚揉めだの言うのは始めてではない。
多分俺が使用人以下だと周囲に見せつけたい一心での嫌がらせだろう。
ただ隣にロスチャイルド氏が居るのは好都合。レディファストの国の人間だし、
心象は良くなるか…

「分かった…」

「あははははは…
いいわ。これからは自分の立場はわきまえることね…ジャップ」

 勝ち誇った顔で俺の方を見るフラン。
まあ…お前は俺の踏み台にすぎん。今の内に傲っておくことだな…

 フランをソファーに寝かして肩から指圧していく…金色の鮮やかな髪から甘い香が漂う。
昔の俺なら少しはドキリとするんだろうが、今の俺には無縁の世界だ。
ただフランの顔は少し紅潮しているように見える。まさかな…

「ふふふ…結構上手いじゃない」
「そりゃあどうも…」
「どんな下等生物でも、それなりに取り柄があるものね」

 ほざいてろ…俺は心の中で呟きながら、無言でフランの肩から腰にかけて指圧していく。
フランの息遣いが多少荒くなり、目を瞑って気持ち良さそうにしている。
ヒステリー女は肩こり症が多いってのは本当のことらしいな。
腰を揉んでいると、俺の股間になにやら、柔らかい感触が…
よく見てみると…フランの手!?…
俺がフランを睨みつけると、フランが不敵に薄笑いを浮かべながら小声で囁く。

「………お父様に知られたくなかったら、騒がないことね」
「……何を考えてる」
「……ふん…飼い犬にご褒美を与えてるだけよ…」

 フランは大胆にも俺の竿をズボン越しに直接さすりだしてきた、
今にもズボンのジッパーに手をかけそうな雰囲気だ。
そうか…分かった…俺が騒げばロスチャイルド氏に悪戯されたってことで訴え、
俺をこの家から追い出す寸法か…

「……うふふ…だんだん固くなってきたわね…」

 固く成ってるのは単なる生物的生理現象。別にこの高飛車女に欲情したわけではない。
しかしロスチャイルド氏は気づいて無い風だが、ここは毅然と振る舞うのが吉だろう。
俺はフランの手を捕ると軽く捻った。

「お嬢様。失礼」 
「痛!」
「………静かに。ロスチャイルド氏にばれるぞフラン…」
「……くっ!」
「お嬢様失礼しました。自分は学校の課題が有るので、これで失礼します」
「………」

 余裕の笑みを浮かべフランを見る俺と苦々しい表情のフラン。
その時俺とフランのやりとりに無関心風だったロスチャイルド氏が、こちらに顔を向けると…

「わははははは…フランよ…お前の負けだな…」
「お父様…わたしは…別に…」
「ミスターロスチャイルド。それでは失礼します」
「ユウよ…これからもフランのこと…よろしく頼むぞ…」
「何のことですか?」
「わははははは…」

 

 愉快そうに笑うロスチャイルド氏。やはり気づいていたか…狸め…
まあ良い。所詮俺が自立する為利用しているに過ぎないのだからな…

「(ジャ、ジャップゥウ!!! わたしに恥をかかせたこと…よく覚えてなさいよぉお!!!!!)」

 少しやりすぎたかもしれない。ただ俺としては降りかかる火の粉を払っただけだ。
そう想う俺はフランの憎悪の目もこの時は全く無関心だった。

****

 岸洋子

 今日は日曜日。唯一の身内洋子姉こと岸洋子と会う日だ。
唯一といっても別に俺の親戚は沢山居るのだが、事件後関係は断絶していて、
今付き合ってるのは洋子姉だけということ。
洋子姉は父方の従姉で昔からスポーツ大好きの文武両道の活発少女で、
確か合気道で国体優勝の経験もあったっけ。
面倒みがよすぎるのは今も変わらないが、事件後、金の為に俺をマスコミや企業に売る親戚の中、
ロスチャイルド家に行く羽目に成った俺を最後まで庇い、引き取られるのを反対していたのが、
当時大学生だった洋子姉だ。
今は刑事をしているので時々しか会えないが、俺が唯一昔に近い姿で会える存在で、
社会人に成った今では俺に学費の面倒をみるから一緒に暮らそうと会う度に言っている。

「ユウくん♪ そろそろ私と一緒に暮らす決心がついた?」
「………ごめん。洋子姉」
「あーーん。がっかりだわ…
まだ昔のこと引きずっているの?」
「いや…あれは一生涯忘れないだろう。
というか独りで生きていける術を身につけたい…ただ…それだけなんだ…
その為にはロスチャイルド家にまだ居る必要があるっていうか…」
「誰も信用出来ないとか?」
「……………うん
あ…でも洋子姉は別だよ」
「無理しない…無理しない」
「いや…無理をしてるっていうか…洋子姉と暮らすと多分俺…昔のこと忘れて
洋子姉に甘えちゃう気がするんだ」
「私としては甘えて欲しいんだけどなぁ…」
「ごめん……洋子姉…今は親戚の連中も別に恨んじゃいないさ…
ただ弱く子供だった俺が淘汰されただけのこと…
だからこそロスチャイルド家を利用してでも誰にも蹂躙されない自分に成りたいんだ…」
「……やっぱり無理してる。
私からすればユウくんは昔の優しいユウくんのままだよ」
「優しい? 俺が!?」
「やっぱり無理してる…
辛気臭い顔して……分かった! ビールでも飲み行こっか…」

「洋子姉?俺高校生だよ…少年課の刑事がやばいんじゃない?」
「あははははは…
男がそんな細かいこと気にしてたら出世できんぞぉおーーッ!」

 洋子姉は俺の頭をヘッドロックの要領で抱え込むと、ぎゅうぎゅうとしめ上げる。
合気道の達人なので、軽くしめているのだがツボにはまって痛い…
だが押しつけられた柔らかい胸の感触と、何故か懐かしい匂いが心地いい…
いかん…涙が出そうになってくる。
洋子姉と会うと自分の心が裸にされて決心が挫けそうになるが、
十年も耐えてきたのは伊達ではない。
今では心のオーバーホールと割り切ることが出来るようになった。

「痛い、痛い洋子姉。じゃあ甘えさせてもらって、今日は洋子姉に奢ってもらおうかなぁ」
「こ、こいつーーッ!
あははははは…」
「洋子姉…」

 やっぱり心の安らぎは必要だな…洋子姉…俺が自立した時は、その時は…きっと…洋子姉と……
俺が洋子姉への思いに浸っていると、洋子姉がふと視線を落とし、ぽつりと呟く。

「ねぇ…ユウくん…真夜ちゃんのこと覚えてる?」

 突然真夜のことを切り出す洋子姉…
夢のことも有るし一瞬ドキリとさせられる。

「勿論覚えてるさ…」
「会いたい?」
「会いたくないと言えば嘘に成るけど…
今の俺は昔のことは……洋子姉だけで良いっていうか…
何か知ってるの?」
「ううん…何でも無い……(言えるわけ無いか)」
「へんなの?」

 この時俺は…ささやかな日常に嵐が吹き荒れることを想像出来ずに、
洋子姉との甘いノスタルジーな時間に浸りきっていた。

****

 聖マリスト学園更生施設

「おい! 聞いたか今度来た転校生…」
「ハクイスケらしいなぁ…姦るか?
ひゃはぁははは…」
「ばか! 赤毛の真夜だぞ…」
「赤毛の真夜?」
「暴走族の総長をガソリンでバーベキューにして、ヤクザの幹部のペニスを喰い千切り、
教員をナイフでめった切りして何度も鑑別所に入った紅真夜のことだ」
「ゲーーッ! おれ知らずに声掛けなくて良かったよ…」
「触らぬ神に祟り無しだな…」

 くだらない…悪の集まりとか聞いていたがこんなもんか… 
まあ…あたしも有名に成ったのか、害虫が避けて通ってくれるように成ったのは、喜ばしいことか…
来て僅かだが授業などほとんど出ていない…かったるいし…勉強の方は更生施設なだけあって、
未だに中学レベルだし…

 あんなの教科書読むだけで八割以上はとれる。あたしにびびって誰も絡んでこないようだし、
暫くはのんびりとさせてもらいましょうかねぇ…

「所で岸裕一郎の件だが…」
「(岸裕一郎!?)」
「フランソワーズお嬢様。今度は二十人以上人を集めるらしいぞ…」
「知ってる! シーーッ! その名前出したらやばいって…
実はおれも声かけられた」
「あいつ…見かけによらず強いんだよなぁ…この間はボクシング部の西条さんがやられたし…」
「えーーっ! あの西条さんが…」
「ばか! おめぇは声が大きいんだよ…」
「しかし…そこまでして岸を叩き潰そうとするなんて、あいつお嬢様に何したんだ?」
「さあな…岸はロスチャイルド家に住んでるらしいし…男と女の遺恨じゃねぇの」
「えーーっ! マジ! 岸って何者?」
「さあな…十年前の企業の過失でなんたらかんたらって聞いたけど…よくわかんね」
「今度は本職のヤクザにも声をかけてるみたいだし報酬も相当出るらしいぞ」
「なら、いっちょ頑張りますか…」

 こんなとこに居たんだ…

「ふはは…あは…あははははは…あはははははははははははははははははははははははははは
ははははははははは…
ゆうちゃんみっけ♪」

2011/05/20 to be continued...

 

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