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A prince of tragedy(仮)

第1回      


1

 王国の騎士や戦士が己が腕を高めるため切磋琢磨する練武場。
 其の一角で剣を交える二人の剣士の姿があった。
 一人は艶やかな長い髪を後ろで纏めた凛とした眼差しのすらりとした長身の女騎士。
 もう一人は顔にあどけなさを残しつつも其の目には力強さを宿した少年剣士。
 用いてるのはお互い刃のついていない訓練用の剣。
 だが互いの放つ気迫は実戦さながらの真剣そのもの。
 その腕前も双方とも一流と言っても差し支えが無いほど。

 やがて二人の間の拮抗が崩れる。
鍔競り合いの最中ほんの一瞬生まれた隙。
其の一瞬の隙を突き少年剣士が女騎士の剣を跳ね上げる。
すぐさま女騎士は体制を立て直そうとする。
だがそれより早く少年剣士の切っ先が喉元に突きつけられた。
勝負ありである。
二人の顔から緊張感が消え笑みがともる。
そして互いに剣を鞘に収めながら口を開く。
「ボクの勝ちだね。 アデル」
「腕を上げられましたね、シュテル王子。 もう、私に教えられる事は無いのかもしれませんね」
女騎士アデルの言葉に少年剣士――シュテル王子は照れ臭そうに視線をそらし前髪を弄る。
そして口を開く。 照れ臭さと嬉しさを含んだ声で。
「約束……したからさ」
シュテルがそう口を開くとアデルの顔に驚きの色が浮かぶ。
「憶えていてくれてたのですか……?」

 

 ――約束。二人がそれを交わしたのは今から約五年前、アデルが15歳、シュテルが11歳の時。
当時アデルは今ほどではないが、それでもかなりの腕前を誇っていた。
其の頃シュテルはアデルを姉のように慕っていた。
そして彼女には当時婚約者がいた。 彼は当時の王国で指折りの腕前の騎士であった。
そんな騎士をシュテルもまた兄のように慕っていた。
彼女も婚約者の騎士も結婚を控え幸せな気持で一杯であり、
また二人を姉兄と慕ってるシュテルにとっても二人の結婚はとても喜ばしい事であった
そして更なる幸福に満たされた日々が来る事を信じて疑ってはいなかった。
だがその日が訪れる事は無かった。 当時隣国との国境地帯で起こった紛争。
婚約者の騎士は其の地に赴き、そこで帰らぬ人となったのだった。

 幸福の絶頂から奈落の底へと叩き落されたアデル。
悲しみに明け暮れるアデルに当時幼かったシュテルが言った。
『ボクが結婚して代わりに幸せにしてあげるから泣かないで』
アデルは其の気持をいじらしく思いつつも受け入れられなかった。
理由は幾つもある。 気持に踏ん切りがついてないのは勿論だが王子が幼すぎたこと。
それに何より王族たるものとなれば、本人の気持ちだけで結婚などままならぬと言う事。
だが幼い王子――シュテルを傷つけず断わろうと思いアデルはこう告げた。
『では王子が私を打ち負かすほど強くなれたら、其の時は私を王子の妻にしてください』
アデルはいじらしいと思いつつも、だがシュテルの其の気持を本気で受け止めていなかったから。
所詮思春期の少年にありがちな年上の女性に対する憧れのような気持であろうと。
あるいは兄のように慕っていた騎士に代わってあげたいとでも思ったのであろう。
だから時が経てば――王子が自分を凌ぐほど成長する頃にはやがて消え去るだろうと。
そう思って。
だが――

「ああ、一日だって考えなかった事は無かったさ。
強くなって、そしてお前を――アデルを妻に迎える日を」
「……シュテル王子」
そう。 アデルが遠まわしな断わりで言った言葉をシュテルはずっと胸に刻み続けていたのだ。
シュテルの一途な気持にアデルは胸に熱いものを感じずにはいられなかった。
しかしアデルは首を振る。
「ありがとうございます。 でも出来ません。 だって貴方は一国の王子。
私などが伴侶では貴方にはあまりに役不足です」

 王家のものにとっての婚姻。
それは多くの場合政略結婚、すなわち政治の駆け引きに用いられる。
その為本人の意思を尊重した恋愛結婚などありえない事なのである。
だがシュテルは其の答えを予想してたかのように動じず応える。
「ああ、王族たるもの政略結婚が常なのは俺も十分承知してる。 だけど"俺"は大丈夫だ。
何故だと思う? と、其の前に俺の兄上が全部で何人か知ってる?」
「私とて王家に使える身、それぐらい存じております。 21人でしょう?」
王子の父、すなわち国王には后が妻以外にも多くの側室がいた。
そして其の妻にそれぞれ王子がいたのだ。

「そう。 つまり俺は22番目の、更に言えば一番最後の王子だ。
しかも俺の母上は側室の中でも末席。
つまり王位継承権どころか政略結婚や人質の価値も低く、殆ど無いわけだ。
それに父上からもちゃんと確認は取ってある
王子として王族として享受できる権威も遺産も何もいらないから
結婚だけは好きな相手とさせてくれ、って。
そして父上も俺の要求を受け入れてくれたんだ」
シュテルの言葉にアデルは驚きの色を、そして顔を綻ばせ、だが直後表情が僅かにこわばる。
「王子の気持、私にはあまりにも勿体無く存じます。 ですがやはりお受けできません。
私を哀れんでくれるお心遣いはいたみいりますが……」
「違う!」
アデルの言葉を遮りシュテルは叫んだ。
「確かに、小さかったあの頃はお前の事が可哀相で慰めたくて、そんな気持ちもあったさ。
でもな! それだけじゃないんだ! それだけで5年も思い続けてきたんじゃないんだ!
本気なんだ……。 本気でアデル、お前に惚れてるんだよ!
それとも……まだ忘れられないのか?」
シュテルの問いにアデルは静かに首を振る。
そして面を上げた其の顔には目尻に涙を滲ませながら静かな微笑を浮かべていた。

 

 王子シュテルと女騎士アデルの結婚。
それは一月後王子の16の誕生日を待って行われる事になった。
末の王子であり、相手の女騎士も一応貴族とは言え身分もそれほど高くない為、
国の中でもあまり話題には上らなかった。
だが話題に上らなかった最大の理由は王子の結婚も霞んでしまうほどの出来事が起こった為

 王国の存在するこの大陸には他にも数多の国が存在してた。
其の中でも抜きん出た二つの巨大国家、皇国と帝国があり、
殆どの国が其のどちらかに追従する形をとっていた。
勿論王国も例外ではなく皇国の従属国として従っていた。
そしてその皇国の皇女が王国にやってくるというのだ。
この皇女、齢こそ16と若いが女系国家である皇国にあって唯一の皇女、
すなわち時期女皇と目されていた。
時期女皇と目されていたのは只一人の継承皇女だからだけではない。
戦術の才に突出してたのだ。
それはチェスのような遊戯は勿論、戦場であってもずば抜けた指揮能力を見せた。
そんな皇女が来るというのだ。

 この事に王室全体が沸き立つ。
若しもてなしに不備があり機嫌を損ねようものなら、下手をすれば国の存亡の危機である。
逆にもてなしが上手く行けば国家間の関係をより良好に進める事も可能なわけだからだ。
いや、それだけではない。 この皇女、国を継ぐ身でありながら未だ浮いた話の一つも無かった。
更に言えば今回の様に他国へと足を運ぶのは婿探しが目的との噂もまことしやかに囁かれていた。

 そして様々な思惑が渦巻く中、皇女が王国へ訪れる日がやって来た。
国をあげての歓迎ムードの中様々な趣向を凝らしたもてなしが行われた。
そんな中、末の王子シュテルもある役割を任かされた。 それは剣技の演舞。
王国は国としての規模も力も決して大きくは無かったが、
だが剣技の歴史の深さと水準の高さに掛けては他の国々が一目置くほどのものであった。
そして其の中にあって優れた剣の腕を持ってた王子シュテル。
だがそんなシュテルに任されたのは引き立て役であった。
皇女への婿候補にと其の存在をアピールしようとする兄王子の。
そしてシュテルは見事其の役割を果たして見せた。
シュテルと兄王子の演舞を見た全ての者が兄王子に惜しみない賞賛を贈った。
そしてもてなしも全てつつがなく終り皇女が皇国へ返ってから数日後、
王国へ婚儀の申し入れが来た。
だがその内容は思ってたものとは異なるものだった。

「どう言う事ですか父上!」
父である国王からの言葉に思わずシュテルが声を上げる。
婚儀の申し入れ。だが其の相手に指名してきたのは兄王子ではなく末の王子シュテルだったのだ。
全ての者が兄王子に注目していたと思われていた中、皇女だけが見抜いていたのだ。
演舞を盛り上げ兄王子が惜しみない賞賛を受けれたのは、
全て相方を務めた末の王子の尽力の賜物であった事を。
そして皇女は決めたのだ。
才知に富みながら自分を殺し相手を盛り立て、其の事を周囲に悟られず行う慎ましやかさ。
そんな技量を持ったシュテル王子こそ自分の伴侶に相応しいと。
この申し入れは王国にとっても申し分ないもの。
兄王子ではなかったとは言え、皇国と縁戚関係を結ぶという目的は果たせたのだから。
だが――。

「話が違うじゃないですか父上! 末の王子たるボクには政略結婚の価値もなく、
どうせどことも結婚の話など無いだろうから好きにしろ、そう言ってくれてたじゃないですか!」
「お前には済まぬと思っておる……」
物凄い剣幕で詰め寄る王子に対して国王は申し訳無さそうな表情を見せる。
しかし次の瞬間其の表情が険しくなる。
「だが! お前も王族の端くれなら心のどこかでは覚悟をしてたはず!
何より相手は他のどの国とも違う大陸に其の名前を轟かす皇国なのだぞ!
その様なわがままが通ると思っておるのか!」
其の言葉に王子は黙り込む。 しかし其の表情未だに納得はしていない。
「頼むから聞き分けてくれシュテルよ。 それになアデルは分かってくれたぞ」
「な……!?」
国王の言葉に驚愕の声を上げるシュテル。
「う、嘘だ……。 信じられない……いや、信じない。 信じるものかー!!」
そしてシュテルは堪らずにその場を駆け出してしまった。

「アデル!」
父王の前から駆け去ったシュテルは乱暴にアデルの部屋のドアを開けた。
「王子……」
「本当なのか?! 父上の言った言葉に……」
シュテルの言葉にアデルは静かに頷く。
「そ、そんな……」
アデルの応えにシュテルはとても信じられない、といった表情を見せる。 だが分かっている。
王国に忠誠を尽くす騎士でもあるアデルに国王の命令を断わる事など出来ようも無い事は。
「所詮無理だったんですよ……王子。 私のようなものが王子とだなんて……」
「イヤだ! そんなの絶対イヤだ! 今までずっとお前と一緒になる事を夢見てきたってのに……。
そうだ、二人で逃げよう。 どこか遠くの土地へ! それで……」
だがアデルは何も言わず只静かに首を振るだけだった。
その仕草にシュテルは只悔し気に奥歯を噛締める。
二人の間に重苦しい沈黙が流れる。
「……どうしても無理だというのか。 ボクとお前が結ばれれるのは……。
一緒になれないというのなら、それならいっそ……」
そして言いながらシュテルは腰の剣を鞘から抜き放ち振り上げる。
其の仕草にアデルは静かに目を閉じた。
そして――

2009/03/21 To be continued....

 

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