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Knight of the Dream(仮)

第1回 第2回 第3回  


1

「いつも見てるから、見守ってるから・・・私が守ってあげるから・・・」
 「だから、・・・・・・・・・・・」
 はっ、と目を覚ます。
 「懐かしい夢みたな・・・」
 そうつぶやいてボサボサの髪を手櫛で整えつつ寝起きの彼、影山(かげやま)正志(まさし)は
タバコに手を伸ばす、たいして旨くはないのだが肺に煙を入れるとなんとなく落ち着く気がする。
彼はまだ法的には喫煙が許される歳ではないのだが・・・
「眠ぃ・・・」
一服した後、一人で住むには広すぎるマンションのダイニングキッチンで彼は大きなあくびをかく。
冷蔵庫から取り出した牛乳をラッパ飲みしながら固定電話の留守電のボタンを押す。
「やっほ〜、生きてるか我愚弟よ、・・・なぁそろそろうちに来ないか?
 いつまでもそっちの馬鹿親父のとこにいる必要はないじゃんよ〜。美人姉と二人暮らしなんて、
 思春期の雄なら食いつかないわけないだろ〜。今ならお触りぐらいなら。プツ――」
またか、と呆れながら彼はちいさくため息を吐く。
「親父なんて一月以上顔みてねぇっつの。」
どうせ親父はほとんど家にいないんだ、それに・・・一人のほうがいい――
「そろそろ行くか・・・」身支度を終え、マンションを後にする。
彼は現役の高校生である・・・が、登校時間からはだいぶ遅れている、
しかしいつもの事なので気にはしない。

「おい・・・見ろよ。」
「相変わらず暗ぇな・・・気味悪ぃ・・・」、
「ねぇ・・・あっち行こ。」、
「この前タバコ吸ってるのみたよ・・・」
「あんなのが同じクラスなんて・・・」

―――周りから同じような反応が彼の耳に入ってくる。ちょうど休み時間に入ったようで、
廊下や教室に生徒たちが小さなグループを作って散らばっている。
周りの反応も気にせず彼は教室に入り自分の席に腰を下ろす。
それと同時に周りも各々の話題に戻っていく。
「ねぇ、明日から土日だし、みんなでどこか行こうよ。」
――ふと彼の知っている人物の声が聞こえてきた。彼は視線だけをそちらに向ける。
一際大きなグループの中心にその人物はいた。彼女の名は高杉(たかすぎ)麗(れい)
――肩まで伸ばした髪は色素が薄く茶色っぽいが絹糸のように美しく輝き、
パッチリとした瞳に、リップを塗っているわけでもないのにつややかな唇。
非常にさっぱりした性格で男女ともに人気があるクラスの中心人物。
それでいて成績優秀、運動神経抜群とまさに完璧美少女。
――そして彼、景山正志の幼馴染である。
しかし、幼馴染といっても仲が良かったのは中学の半ばまでで、
彼自身の変化や周りのゴタゴタで今ではすっかり交流はなくなっている。
『あいつは変わんねぇな・・・』
彼は心の中でつぶやく、
『昔から明るくて、みんなの中心で、やっぱり俺なんかとは・・・・』
少し昔を思い出しながら呆けていると、
「あの・・・影山君・・・」
彼の後ろからやけにビクビクした声が聞こえてきた。
「あぁ?」
ちょっとガラ悪く振り向くと、物凄く不安げな顔をしたメガネをかけた少女がいた、
『あぁ、委員長だったっけ?』
進級後の委員長決めで周りから[委員長っぽい]という理由で
半ば無理やり委員長にされた哀れな人物がいたことを思い出した。
彼女も周りの人間と変わらず彼を危険人物と認識しているらしい。

「なに?」
すこし目つきを厳しくして問いかける。
彼女はビクゥと肩を震わすと、軽く深呼吸して
「あの・・・進路表・・・先生が・・・」
と恐る恐る紙を差し出してくる。
「あぁ、ありがと・・・」
そう言って紙を受け取る、彼の対応が意外だったのか彼女は少し驚いた表情をした後、
ほっとしような表情で
「提出は週明けでいいそうです。それから――」
先ほどよりはやわらかい口調で説明した。
「あぁ、わかっ――!!」
説明を受け、了承ついでにもう一度礼を言おうとすると、
どこかから強烈な視線を感じた、驚いて周りを見渡す。
――『気のせいか』
視線を戻すと、委員長の少女が不思議そうな顔で彼をを見ていた。
「じゃ、じゃあ、提出日はまもってくださいね」
そう言って彼女は離れていいく、こころなしかうれしそうな表情をしながら・・・
「あ、あぁ」
彼は離れていく彼女に返事を返す。
返事をしながら彼は先ほどの視線が誰からのものなのか気になって仕方がなかった。
しかし再度周りを見回してもこちらに視線を向けるものなどいない。
むしろこちらを避けている。

『まぁ、いいか』
やっぱ気のせいだろ――が、どうも落ち着かない、
「一服してくるか」
そう一人つぶやき、もうすぐ授業なのも気にせず屋上へ出るため教室を出て行く。
そんな彼の背中をずっと見つめている視線には気づかずに・・・
「いつも見てるから、見守ってるから・・・」

2

薄暗い階段を登り、錆びた扉を開ける。今日は少し風が強いのが風鳴りの音が響いていた。
屋上に出て扉のすぐ近くにあるはしごを登り、貯水槽の裏に腰掛ける。
内ポケットを弄り、タバコの箱を取り出す。箱の中にある100円ライターとタバコを一本をとり、
タバコを咥え火をつける。ふぅっと一口目の煙を吐き出すとゆっくりと二口目を口に運ぶ。
揺れる紫煙をながめながら彼は先ほどの視線について考える。
――ねっとりとした、なんともいえないプレッシャーを感じる視線。
まるで自分を非難するような・・・――
『委員長のことを好きな男が嫉妬でもしたのか?』
そんなことを考えて、ハッと鼻で笑い自嘲する。
「もういいや、めんどくせぇ・・・」
そう呟いて無理やり思考を中断し、タバコを口に運ぶ。
「眠・・・」
そういって大きくあくびをかいて、3分の1ほど残っているタバコを コンクリートの床に押し付ける。
――そーいや朝は懐かしい夢を見たな――
まだ彼がまだこんな荒んだ生活を送る前、まだ両親も健在で、理想的な家族だったあの頃、
まだ幼馴染とも仲良く楽しい日々を過ごしていたあの時の夢・・・
―――彼のあの頃の記憶の中にはいつも幼馴染の高杉麗の姿があった。
彼の父親と麗の父親が同じ会社の同僚で住所も近くだったため、家族ぐるみでの交流が多く、
同い年の正志と麗は自然と仲良くなっていた。
陰気で人との交流が苦手だった正志と、天真爛漫まさにおてんば娘だった麗。
陰気な正志を無理やり連れ回し、世話をやきたがった麗はまるで正志のもう一人の姉のようだと
彼らの両親は微笑ましく見ていた。
実際、幼年期の正志は彼女のことを姉のように思っていたし、麗も彼のことを弟のように思っていた。
関係が変わり始めたのは小学校高学年になってから、
周りの例に漏れず彼らも異性を意識するようになり、姉弟のように触れ合うことはなくなったものの、
なんでも気軽に話せる親友のような関係になっていた。
しかし、その関係もある事をきっかけに唐突に終わりを迎える。
中学2年生の梅雨の時期、彼の母親が交通事故で急死した。
そのときの彼のショックは計り知れず、元々陰気だった性格がさらに暗くなり、
部屋に篭り誰も寄せ付けなくなっていた。
彼の家族にも変化が見られ、彼の父親は妻の死を忘れたいかのように仕事に打ち込みだし、
あまり飲まなかったはずの酒を毎晩つぶれるまで飲むようになった。
当時高校生だった彼の姉は進学先を有名国立大からなぜか地元の短期大学に変更した、
そのことで父親と口論になり昔の仲の良かった父娘の面影は一切見られなくなった。
家族の中心人物であった母の死により、理想の家族と謳われた影山家は崩壊した。
そんな中、麗は部屋から出てこなくなった幼馴染のために毎日彼の家へ足を運んだ。
麗の励ましにより、徐々にではあるが正志は外に出るようになっていった、
夏休みが明ける頃には学校にも通えるようになった。
しかし学校には復帰したものの不登校になる前よりもさらに暗くなった正志に
周りの人間は冷たかった。
最初は陰口から始まり徐々に面と向かって罵詈雑言をあびせられるようになった。
上履きを隠され、倉庫に閉じ込められた。
正志へのいじめは日に日にエスカレートしていき、クラスの中心人物であった麗でも
正志へのいじめは止められなかった。
それでもなんとか正志を守ろうと彼女は必死だった。
しかし、いじめの矛先は徐々に麗にも向けられるようになった。
ある日、麗のロッカーに大量のごみがつめられていた。
一緒に登校していた正志はそれを目撃し、彼女は「気にしないで」と笑っていたが、
正志は情けない気持ちでいっぱいだった。
その日の昼休み、進路のことで職員室へ呼び出された帰りの校舎の一角で
男子たちの会話が聞こえてきた、
「高杉の奴、何で景山なんかと・・・」
「あいつ最近ほんとウザイよな」
どうやら自分達をいじめている同級生の男子のようだった。
正志はここで出て行くとまずいなと思い、遠回りしようと方向を変えたそのとき、
「高杉、ヤっちゃわね?」
そんな言葉が聞こえてきた。
「いいねぇそれ、いつかの正志みたいに倉庫に閉じ込めてさ」
男子達の下衆な笑いが響いていた。
正志は冷静になれなかった。
冷静に考えれば彼らがそんな大それたことをできるはずがないことはわかるのに、
彼は冷静になれなかった。
――これ以上麗を傷つけてはいけない、彼女を守らなくては・・・――
そんな彼の目に掃除ロッカーが目に入った、彼はそこから室内用箒を取り出すと
男子達に近づいていく、そして――

学校内は騒然としていた。
突如として陰気な男子生徒が箒を片手に暴れだしたのだ。
その場にいた男子数人は打ちのめされ地面で呻いていた。
一人は病院に運ばれ、学校側は直ちに生徒の保護者を呼び出し、大きな問題になると思われた。
しかし、暴れた男子がいじめを受けていたことは学校側も把握しており、
この事実が外に漏れることを恐れた学校側はこの問題を秘密裏に処理することにしたようだった。
正志は考えていた。
――これ以上麗の傍にいてはいけない、麗は明るくて、綺麗で、みんなの人気者で、
自分は麗と一緒にいてはいけない――
それが麗のためだ、と。
まもなく謹慎を言い渡されていた正志のもとに麗がやってきた、
「大丈夫?怪我はない?」
と珍しく不安げな表情で心配してくれる麗を見て正志は心が痛んだが、
『これは麗のため』
と自分に言い聞かせ、彼女に拒絶の言葉をはなった。
――「もう、俺にかまわないでくれ!!」
しかし麗は、うろたえた様子もなく、冷静に正志に言葉をかける。
「落ち着いて正志、いろいろあって疲れてるのよ」
そういって正志に手を伸ばす。
しかし正志は、麗の手をはじくと、
「もう俺に触れるな、話しかけるな、いい加減迷惑なんだよ!!」
心にもないことが次々と口から飛び出す。
麗は、はじめは目をカッと見開き、驚いたような顔をしていたが、
徐々に表情が固くなり、日ごろの彼女からは想像出来ないような無表情になっていた。
正志はそんな彼女に気付くことなくただ拒絶の言葉を叫ぶ。
しばらくして正志の叫び声が止まり、彼の荒い息遣いが響いていた。
肩を上下させる正志を無表情でじっと見つめていた麗は、
「そう、わかった」
と一言呟き、彼の前を去っていった。
麗の姿が見えなくなると正志はその場に崩れ落ちた。
事件以降、彼へのいじめはなくなった。その変わりに周りの生徒は正志を恐れるようになった。
麗は正志が拒絶して以降、一時期落ち込んでいたようだが、またクラスの中心人物に返り咲いていた。
それからの正志の生活の堕落ぶりは凄まじかった。
酒やタバコを覚え、夜中の繁華街を当てもなくぶらつき、喧嘩に明け暮れた。
しかし、正志は同じような人間と群れるようことはなかった。
いつも独りで行動し、いつしか一匹狼の不良としてあたりでは有名になっていた。
家族も、姉は最後まで正志のことを心配し、どうにか正志を更生させようとしていたが、
父親は何も言わず放置した。
そして、いつの間にか家に帰らないようになっていた。
なんとか高校に進学したものの正志の生活はかわらなかった。
ただ、麗も同じ学校に進学していたことに正志は少し驚いた。―――
――ギー
錆びた扉が開く音がして正志ははっとした。
――いつの間にかうとうとしてたのか――
校舎からは喧騒が響いている。いつの間にか昼休みになっていたようだ。
「誰か来たのか?」
貯水槽の影から除くと数人の女子の姿が見えた。
――仲良く屋上でランチって雰囲気でもなさそうだ――
先ほどの休み時間に正志に声をかけた少女が怯えながら数人の女子に囲まれていた。

3

 “委員長”仲野良子(なかの りょうこ)は委員長という肩書きがあるものの
ごく普通のまじめな女子高生である。
銀縁のメガネをかけていて、前髪をピンで留め、長い髪を後ろでまとめている姿は
真面目な委員長のようだが、意外に顔は幼く、華奢な体はときに庇護欲をかきたてられるものがある。
気が弱く、頼みごとをされると断れない性格で、何かと面倒事を押し付けられることが多い。
――今朝の担任からの頼まれ事もそうだった。
進級してクラス替えがあったのが1ヶ月前、やっとクラス替え直後の
ギクシャクした雰囲気がなくなってきた5月の中頃、委員長決めの際、
例によって周りの生徒の就任要求を断れなかった“委員長”仲野良子は
一枚の紙を眺めながら大きなため息をついた。
――どうしよう――
今朝配られた進路希望の調査表、朝のSHRにいなかった生徒に渡すように
担任から頼まれたのだが、その生徒が――
「影山君だなんてぇ・・・」
そう呟いて良子は泣きそうになる。
周りの友達は良子に励ましの言葉をかけるが、皆どこか楽しげだった。
学校一の不良――影山正志の噂は良子の耳にも入っている。
実際、良子は同じクラスになって正志のまとった暗い雰囲気の怖さは実感したし、
授業が始まっても教室に戻ってこないことはしょっちゅうで、
正志がタバコを咥えながら帰っているのを見たこともあった。
――それに、誰かと話してたの見たことない――
学校内で、生徒どころか教師とも話しているところを良子は見たことがない。
みんな正志を避けていたし、正志自身も人を避けていた。
『誰かほかの人に頼めないかな?』
そう思って良子は周りを見渡してみる。
『女の子じゃ不安だし、でも男子には頼みづらいし・・・大丈夫そうな女の子いないかなぁ』
良子は気弱な性格もあって、極端に男性への免疫がない。
男子に話しかけるだけでもいっぱいいっぱいなのに頼みごとなどできるわけないのだ。
『だれか・・・あっ、高杉さんなら』
閃いた良子は大きなグループの中心にいる高杉麗に目をやる。
さっぱりした性格のクラスの中心人物で男子にも女子にも友達の多い高杉麗なら大丈夫ではないか、
と良子は考えた。
「よしっ」
小さく拳を握ってして良子は麗のグループに近づいていく、
「あの・・・高杉さん?」
談笑していた麗に声をかける。
「ん、何?委員長」
そう言って麗は良子に笑顔を向ける。
――やっぱり綺麗だなぁ――
同姓でありながらも麗の魅力的な笑顔に赤面しながら、良子は続ける。
「あっあの、この進路表、影山君に渡してもらえませんか?」
そう言って進路表を差し出す。麗の近くにいた女子生徒が顔をしかめる。
麗は「えっ?」、と一瞬驚いたような嬉しそうな顔をすると、すぐに申し訳なさそうな笑顔で、
「ごめんなさい、私は“駄目”なの」
そんなぁ、と良子は肩を落とす。
相変わらず魅力的な笑顔で麗は続ける。
「そういうのはやっぱり“男子”に頼んだほうがいいと思うな。私が誰かに頼もうか?」
その時、麗の近くにいた女子の良子への視線が一気に厳しくなった。
周りからも複数の視線を感じる。
「いっいや、大丈夫ですっ。自分で何とかしますから」
良子はあわてた様子で断り、その場を離れる。
相変わらず麗は笑顔だった。
――何であんなにに女の子の視線が――
良子は先ほど自分に突き刺さっていた女子生徒の視線に怯えていた。
『やっぱりそういう・・・どっ、同性愛とかあるのかな?』
そんなことを考えて良子は再び赤面する。
しかし懸案事項を思い出し、良子は顔をしかめる。
――本当にどうしよう――
そうしている内にチャイムが鳴り、良子はあわてて1時限目の授業の準備を始める。

 3時限目が終わった直後の休み時間、クラスに緊張が走った。
とうとうこの時がやってきた。
――影山正志が登校してきたのだ。
『きっ、来ちゃったよ、どぉしよ〜』
良子は少しパニックになっていた。
正志はゆっくりと自分の席に近づいていく。
『でも、渡さないわけにはいかないし・・・よしっ』
正志が席に着いたのを確認した良子は
『おっ女は度胸っ、一念発起、ここでやらねば誰がやるっ』
心の中で自分を励ましながら正志に近づく、
「あの・・・影山君・・・」
しかしいくら心の中で息巻いても相手は男子、しかも学校一の不良である。
良子は可哀想な位怯えながら話しかける。
「あぁ?」
正志が振り返る。
『うわっ、こっち向いたっ、えと・・・なんで話しかけちゃったのわたしっ』
良子のパニックは最高潮に達していた。
「なに?」
正志の目つきがさらに険しくなる。
『やっ、殺られるっ!!』
良子はビクゥと肩を震わす。
『しっ進路表さえ渡せばいいんだ、大丈夫・・・大丈夫』
そう自分を落ち着かせ、軽く深呼吸する。
「あの・・・進路表・・・先生が・・・」
どもりながらもなんとか進路表を差し出す。
「あぁ、ありがと・・・」
正志はそう言って進路表を受け取る。
心なしか少し彼が笑ったような気がしたのは良子の錯覚だろうか。
『意外と普通に受け取った、ほんとは怖い人じゃないのかも』
ほっとした良子はついでにと説明を始める。
「提出は週明けでいいそうです。それから進路希望は第2希望まででいいそうで、
できるだけ詳しく書くようにとのことです。」
説明を終えた良子はほっと胸をなでおろす。
「あぁ、わかっ――!!」
正志が何かを言いかけた途中で急に辺りを気にしだした。
『どうしたのかな?まぁいいか』
「じゃ、じゃあ、提出日はまもってくださいね」
良子はそう正志に告げて彼から離れる。
『よしっ、うまくできた、良くやった私』
良子は自分に賞賛を送る。
『影山君もほんとは悪い人じゃない気がする・・・ていうか男子と普通に話せたっ、
成長したなぁ良子っ』
心の中で色々と独り言を呟きながら良子は自分の席に戻る。
――少しして正志が教室から出て行く。どこからともなくクラスから安堵の声が上がる。
良子はクラスの反応に少しムッとしながら次の授業の準備を始める。
「大丈夫だった委員長?」
珍しく高杉麗が話しかけてきた。

「あっ、はい、大丈夫でしたよ」
――心配してくれたのかな――
「あんまり影山君と関らないほうがいいよ、何されるかわからないから」
良子は驚いて麗の顔を見上げた。
相変わらず綺麗な笑顔ではあったが、その笑顔はどこか曇った感じがしていた。
――高杉さんがこんなこと言うなんて――
高杉麗は偏見もなく誰にでも分け隔てなく接する、それが麗の魅力のひとつであった。
にもかかわらず影山正志についてこのような言動をするのは意外だった。
同時に良子は麗の言葉に対する不快感を感じていた。
「でも影山君、確かに暗くて素行も良くないけど根っからの悪人じゃない気がします。」
良子からは自然とそんな言葉が出た。
「そう」
麗はそう呟く、相変わらず笑顔だがやはり曇った感じがする。
「ねぇ仲野さん、あなた“正志”のこと好きなの?」
「えっ?」良子は麗の質問に素っ頓狂な声を上げる。
正志って誰だろうと一瞬疑問に思ったが、影山正志という名前がポンと浮かんで顔を赤らめる。
「え、え〜とですね、そんなんじゃなくて」
しどろもどろになっている良子は麗の変化に気付くことはなく。
「なんか、影山君ってほんとは人と接するのが苦手なだけで意外と
寂しがり屋なんじゃないかなぁって、だから――」
「あなたに正志のなにがわかるの?」
言葉を遮られた良子は再び麗の顔を見上げる。
――良子は時間が止まったような錯覚を覚えた。
そこには普段からは考えられない無表情の高杉麗の顔があった。――
なんの感情も感じられない、暗く淀んだ瞳の精巧に作られた人形のような顔。
良子はそんな麗に底知れない恐怖を覚えた。
ひどくのどが渇いて、冷たい汗がひと筋流れた。
口元が細かく震え、彼女のつぶらな瞳には涙が今にも溢れかえりそうだった。
うまく呼吸ができなくなり、自然と息が荒くなる。
それでも良子は麗から眼を離せなかった。眼を離してはいけない気がした。
そんな良子を見下ろしながら、麗はいつもの笑顔で
「いい?金輪際影山君には近づかないこと、それが委員長のためなんだから」
そう言っていつものグループの輪に入っていった。
その後、様子のおかしい良子に気付いた彼女の友人たちが心配して声をかけたが、
良子はただ生返事を返すだけだった。
――その日の昼休み、早退を薦める友人たちをなだめながら良子は昼食の弁当を広げていた。
そんな中、一人の女子生徒が良子に話しかけてきた。良子はとても嫌な予感がした。
「ちょっと来てくれない?委員長」
毎度のごとく断れず、女子生徒の後ろについていく。
屋上へ続く階段を登ると、屋上の扉の前の踊り場で数人の女子生徒が待ち構えていた。
「話があるんだけどいいかな?」
そう言って待ち構えていた女子生徒の一人が扉を開け屋上へ出るように促す。
いつの間にか囲まれており、逃げることはできなくなっていた。
良子は恐る恐ると屋上へ出て、周りの女子生徒もそれに続いた。
屋上に出た女子生徒たちは扉を背にする形で囲み、良子を睨みつける。
――「なんでここに呼び出されたかわかる?委員長」
良子はわけもわからずただ怯えるしかなかった。

2009/02/21 To be continued....

 

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