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グッバイ・クリスマス(仮)

第1回


1

ボキャブラリーの少ない自分だ。安易で面白みのない表現で申し訳なく思う。
でも、その光景を目の当たりにした瞬間、確かに身体に電流が奔った。
呼吸を、瞬きを忘れ、ただその“空間”に釘付けになる。
後に人に聞けば、そのショーは朴訥で“らしくない”ものであったという。
しかしこれまで感性というものが著しく枯れていた自分にとって、
モデルの一挙一動、生地の揺れや肌で感じる匂いそのものが高貴なものに映ったのだ。

 

 

「はぁ?海外留学??この年で?」
「……」
「大体お前、大学はどうするんだよ、内定は?いまさら辞退して外国に飛ぶってのかよ??」
「……学校は辞める。内定も申し訳ないけど辞退の旨を人事にお伝えした」

人気の少ない食堂。
既に最終時限の講義も終了し、厨房でも後片付けが始まっている。
かちゃかちゃと食器がこすれる音。洗浄器が立てる轟音。
パートのオバちゃんたちの声が雑音に混じって耳を打つ。
対照的に、私達は静寂の中にいた。

「……デザイナーって…今までそこまで洋服好きだったかよ?…ホント、わけわかんねぇよ」

目の前で頭を抱える青年はため息と共に視線を外した。
切れ長の瞳はいつも強い光を含んでいたが、今日ばかりは暗く覇気に欠ける。
こうやって声を荒げたり、私のことを“お前”と呼ぶことも滅多にないのに。
どれもこれも、私が四年間の付き合いである彼に夢の話をした所為であろう。

「本当にごめんなさい」
「………」

深く、頭を下げる。
肩越しに背中まで伸ばした髪が崩れるのを感じる。
訪れるのは、数えるのも億劫になるほどの、静寂…溜息。

「もう、言っても無駄なんだろうな。初めて会ったときからそれは感じてたよ」

普段は怜悧で無機質な印象を与える。
感情に乏しいせいか人間らしさが希薄で、どこか浮世離れしている。
それが彼伝いで私に届く自分の客観像。
言い得て妙である。幼いころから他人が興味を引かれるものに賛同できず、
数多くの本に囲まれて生きてきた。自分の大好きな世界に閉じこもりながらここまで来た。
根暗…と自分では分析している。
だがそれを苦とも、人間として致命的な欠損だとは一度たりとも思ったことはなかった。

「……止めないよ。好きにしたらいい」

瞳が交錯した。
実直剛健で表裏のない誠実な人柄。
中、高と運動部出身であるためか、上背は私が見上げるほど高く、筋骨たくましい。
私と対角にいる人種だった。
いつも自信に満ち溢れていた、まぶしかった。
私に触れる指は熱く、優しかった。
そんな彼が、まるで捨てられた子犬のような目をしている。きっと胸の奥では逆のことを考えている。
わずかに震える目蓋がそう囁く。
だが反対に私の意志を曲げたくない。自分がずっとそうしてきたため…?いや彼が優しいからだ。
溺れそうになるくらい深く暖かい愛情を感じると同時に、
私自身が折れそうになるくらいの後悔が押し寄せる。

「応援するよ。他でもない、お前の夢なんだ。やってみたらいいよ」

作り笑いだ。
そんなの、私にだってわかる。
優しすぎる。本当に、優しすぎる。

「ありがとう…」

今でも彼に愛されて、本当によかったと思う。

 

「ちょっと誠司、それマジなの??」

誠司、それが愛する人の名前だ。
名は体を表すというが、正にその通りだとわたしは思う。
昔から誠司は嘘の苦手な…否、言えない人間だ。
いつもは溌剌とした横顔も今はどこか力ない。
彼が吐き出す言葉はいつも真実。見上げる瞳が確かにそう告げている。

「マジもマジ。大真面目だよ、彼女は」

でもなんで今更…といいかけて再び視線が合う。
思わず自身、言葉を飲み込んだ。

「イタリアに四年間、だと。美大に通ってる友達に無理やり連れて行かれたファッションショーで
  目覚めちまったみたいだ」
「…四年か、ちょっと遠距離するには長いよね…」

誠司の恋人でありわたしの親友、由紀の顔を思い浮かべて思う。
あの娘は一度決めたことを、そう簡単にあきらめたり変えたりするようなタイプではない。
だから誠司はその旨を聞いたとき失望し、そして留められなかったのだろう。
彼女のことを一番よく理解して、一番……愛しているからこそ。

「長い、長すぎるよ。おれ、これからどうすりゃいいんだよ。
  近くに居すぎたからかな…正直あいつ無しの生活は思い浮かばない」

誠司とは幼馴染だった。
と言ってもドラマや漫画に登場するステレオタイプな関係じゃない。
寝坊しそうな誠司を起こしに行ったり、昼食にお弁当を用意するようなことはなかった。
普通に幼少を謳歌し、学生生活の苦楽を共にした気の置けない親友。
たまたま進学先が重なって、大学までずるずるやってきてしまった腐れ縁。
少なくとも誠司はそう思っているだろう。
……わたしはそんな風に思ったことはないけれど。

「……そっか、それで、誠司はどうするの?由紀から別れようとは言われたの?」
「いや、由紀からは言われてないよ。むしろ俺のほうから別れは切り出した。
  四年も会えないなら、辛い思いをするくらいならいっそ別れてくれって、でも…」
「由紀が嫌だ、って?」

暗い感情が灯る。

「直接的な言葉で言われたわけじゃないが、できれば…」
「待ってて欲しい、って?」
「…ああ」

声が震えている。
もちろん誠司の、ではなくわたしの声が。

親友と離れて悲しいから?
わたしには何の相談もなく夢を追うから?
長い付き合いの誠司を苦しませているから?

総て―――否。
この感情は由紀に対する失望でも、誠司に対する憐憫でもない。

「―――け―――で―――よ」
「…どうした、真理恵?」

―――ふざけないでよ、あの女……

「真理恵?」

 

「ふざけないでよ、って言ったのよ」

他でもない、わたしは怒っている。
そして、

「絶対に許さないから」

 

 

出発の日は容赦なく訪れた。
年末の出国ラッシュと重なるためか、空港はバカンスへ向かう人であふれている。
家族と連れ立ったもの、大きな荷物を抱えた単身のもの。
横目に流れる光景がどれも羨ましく思えた。
離れても、せいぜい一週間そこらで再会できるのだから。
おれはマフラーを緩めると、ひとつため息を落とす。
隣の由紀に、聞こえないくらいの大きさで。

「空港まで来てくれて本当にありがとう」

嬉しさ半分、悲しさ半分、といったところだろうか。
おれの指に触れる力で理解る。
四年間も一緒にすごし、とうとう最期まで彼女の表情から心は読めなかった。
不甲斐なく思うと同時に、諦念にも似た笑みが“出来”た。

「気にするなよ。四年間…待ってるって約束したんだからな。由紀も今は勉強のことだけを考えろよ」
「…うん、本当に、本当にありがとう」

小さな身体がすっぽりと両腕に収まった。
幾度となく抱きしめ、触れ合った体温。
凍らせたはずの気持ちが溶けそうになった。
だからそうならないうちに彼女を引き剥がす。

「待ってて、くれるんだよね?…」
「何度も言わすなよ。繰り返すと嘘みたいになるだろ」
「うん、分かった…信じてる」

もう一度彼女が胸に飛び込んだ。
身体の線は細く、折れそうなほど。

「そろそろ時間じゃないのか?」
「うん…ありがとう」
「真理恵も来てくれるって言ってたんだけどな…どうも道が混んでて間に合わないらしい」
「そう…でもこうやってしていられるし」

初めて見せる甘えの表情だった。
もっと早く見せて―――いや、見つけられれば―――首を振るイメージで頭から追い出す。

「誠司君…」

時間が迫っている。
由紀はおれの小指を掴んだままだ。
身体はゲートに向かおうとしている。だが心が、おれの指先に絡み付いている。

「行けよ」

最高の笑みを浮かべて彼女を見つめる。
だが、彼女と視線が交錯することはなかった。
いつもは落ち着いて細められている目じりが、大きく見開かれていたから。

「まり、え…?」

ふと背中に軽い衝撃を覚える。
そのまま視線が背後に流れ―――、甘い香りが唇に広がった。

 

「どう、して?……」

「誠司のことはわたしに任せて、気にしないで行ってお出で、負け犬さん」

動転する思考の中、由紀の顔がゆがんだ。
見たことも、想像することもなかったほどに、醜く。
白雪のような額は割れ、宝石のような黒目がちの瞳は混濁する。

「さようなら、そして、メリークリスマス」

「なんで、真理恵?そんな?…誠司君??」

「誠司はわたしのものになるの、だから、さようなら―――」

Merry Christmas I Lov”ed” You.

最高のさよならを。

2008/12/20 完結

 

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