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スキップライフ

第1話      


1

「リョー君は今スキップ出来る?」

「何を当たり前の事を」
応えて、川のそば、さわさわと木の葉が揺れる中で、一歩、二歩と踏み出した。
  見よ、この軽快なステップを。と言おうとして膝から崩れた。
  おかしい…子供の頃出来た事が何故出来ない。
  顔をしかめる俺の前で、聞いてきた春美はベンチの机に突っ伏して腹を抱えて笑っていた。
  それを見て俺の眉間の皺はますます濃くなった。
  渋面のまま、二度、三度とチャレンジすると、よほど面白い絵面だったのだろう、
春美は涙を浮かべて「もう止めて」とひぃひぃ言っていた。
「そもそも春美は出来んのかよ!」
  と腹立ち紛れに言うと、彼女は顔を歪めたまま机をドンドン叩いている。
「なんだ春美も出来ないんじゃないか」
  そう強がりを言うと、彼女はそれまでの馬鹿笑いをなんとか鎮め、
「じゃあ本物のスキップというやつをみせてあげようじゃないか」
代わりに華が咲いたような笑顔を見せた。
  すっくと立ち上がり、手は腰に当て一歩目は弾む様に。
  それは小鹿の様に。
  瑞々しく軽やかに。
  折しも吹いてきた風に乗って、ふわりと舞う白いスカートが目の前を通り過ぎても、
俺は何も言えないでいた。
「何よ、怒ったの?」
  自分が見とれていた事に気付いたのはその時だった。
  赤くなった顔を背け、何も言えないでいると
「ははぁん、ひょっとして見とれてた?」
  図星をつかれぐっと詰まると、春美の白い頬にも少し紅が差した。
「あはは、嬉しいな。スキップっていうのはね。幸せな人しか出来ないんだよ。
  リョー君はあたしと居てもまだまだ幸せじゃないんだね」
「それは違う」
  と言いきる前に
「あたしがもっともっと幸せにしてスキップ出来るようにしてあげる!」
  そう言って黒髪をなびかせた春美の笑顔は幸せそのもので、俺は何も言えなくなってしまった。

 夢から覚めると一気に気分が悪くなり吐いてしまった。
  胃の中に吐く物は残っておらず、酒の匂いのする胃液が鼻を通って痛い。
  その痛さでこれは夢でなく現実なのだと実感した。
  時計を見るとまだ4時だった。
  荒れた部屋。
  そこら中に転がった酒の空き瓶。
  布団に広がるゲロのしみ、すえた匂い。
  最高な夢から最悪な現実へ。
  急転直下、真っ逆さま。そりゃあ胃液も逆流する訳だ。
  夏とは言え、まだ暗い中ふらふらと台所に行き水道の蛇口を捻る。
  飲んでそのまま頭から水をかぶった。
  夢の日からもう7日経っている。
  春美に恥ずかしい思いをさせるわけにはいかない。
  俺はよたよたと、しかし先程よりは少ししっかりした足取りでユニットバスに向かった。

「せんぱぁい…しっかりしてくださいね」
「梶山ぁ…元気だせよ…」
  泣きながら俺を励ますのは大学の後輩、工藤真実。
  元気無く、元気だせよと無茶を言うのは高校の先輩の山野初音。
  なんとかしっかりしているつもりだがまだ足りないらしい。
「来てくれてありがとう。春美も喜びます」
  そう言って春美の笑顔に目を向けた。
  遺影の中の春美はクーラーの涼しい風の中、喜んでいるのやらいないのやら、
写真通りなら喜んでいるのだろう。
  生きている時は
「あの娘は(先輩は)リョウ君を狙ってるから気をつけなきゃダメだよ?」
  なんて冗談めかしていっていたものだ。
  あの日交通事故で春美が亡くなってから、言葉、仕草、思い出せるものは
全て思い出すようにしている。
  俺と春美は幼なじみで家は隣同士。しかも生まれる前から親同士仲が良かった為、
まるで兄弟のように育った。
  ずっとこのまま親友でいるのだと思っていたが高校一年に転機が訪れた。
  二人の両親、四人で行った旅行先での交通事故だ。
居眠りしていた大型トラックが突っ込んできて、前にいた俺の両親は即死、
春美の両親も病院に運ばれてすぐに亡くなった。
  保険金やら慰謝料やらで葬式代や生活費はなんとかなったが、
うちの親も春美の親も親戚と絶縁しており(元々それで仲良くなったのが縁だそうだ)、
二人して天涯孤独になってしまったのだ。
  それから寄り添うように過ごし、程なく付き合い始めた。

 ふと気がつくとお経が終わりかけていた。蝉の鳴き声と不協和音を奏でている。
  友達もすでに座っていて、どうやら先輩と工藤が頑張ってくれたみたいだ。
  ありがとうございます。
  心の中で感謝した。

2008/10/19 To be continued.....

 

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