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MOON

第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 第6話 第7話 第8話


1

「すまん、さすがに深夜にキノコジュースは・・・ッ!」
  続けようとした俺の言葉は乾いた音で遮られてしまった。
「私はいますぐにキノコジュースが飲みたいの、あれないと死んじゃうの・・・
  死んじゃう五秒前なの」
  玄関先、わずかに開いたドアの隙間から顔半分を出してジロリと睨む女。
  女はこの町の特産品キノコジュースを御所望している。
  だがキノコジュースはあるスーパーでしか売っておらず深夜のこの時間、当然ながら閉店している。
  この女のワガママ振りを知っている俺はシャッターを叩きながら必死で訴えた。
『キノコジュースがないと怖いお姉ちゃんが僕を叩くの!だからキノコジュースを!』
  虚しく響く俺の声と
『うるせェ!眠れないだろうが!』
  木霊す、安眠を妨げられた者の叫び。
  そんな戦いの日々を送って戻ってきた勇者を待っていたのは、
  空のキノコジュースの缶を額に投げつけられるという変わった
  愛情表現しか出来ないないお姫さまだった。
「とにかく!キノコジュース、キノコジュース!キノコジュース!!!」
「わがったよ!だから鳴くな!」
  近所迷惑だ!

 こうして俺は深夜の街を再び徘徊している。
「早くしなくては補導されてしまう」
  ただでさえ目立つナリをしているのだ。巡回中の制服の人に見つかったら即アウトだ。
「はぁ、かったり〜」
  口癖を吐いて俺は夜空に浮かぶ満月を見上げた。
「・・・」
  俺には彼女・・・幼馴染の観里静菜に逆らえない理由がある。
  静菜は俺を救ってくれた存在だから。
  ・・・そういえばあの日も満月だったな。

 1年ほど前の話だ。俺の父親が人を殺した。
  理由は単純明快、愛人との痴情のもつれで勢いあまって殺してしまったらしい。
  自分で言うのもなんだが俺の両親はクソだ。幼いころから父親の暴力によって俺は痛覚を失った。
  これ幸いと暴力を続ける父親、母親は見て見ぬふりで他の男に依存し俺を『見捨てた』。
  だから俺はそんな最悪な父親が最悪なENDを迎えそのことで
母親もどん底に落ちればそれで良いとほくそ笑んだ。
  だが、現実は違った。父親は警察に捕まったが正当防衛が認められ釈放、
母親はまた新しい男を作ってどこかに逃げて行ってしまった。
  世間は罵った『最低な男』と・・・父親は半年後自殺した。
  向けられる憎悪はすべて俺に向けられた『あいつは人殺しの息子』の烙印を押され、
なんでもかんでもあいつは人殺しの息子だから何をするかわからないという目で見られた。
  『正義の名の下に人殺しの息子を断罪する』という名目のもと俺を襲う連中も現れた。
  痛覚のない俺は痛みを恐れず向かってくるクソ共を殴り倒し蹴り倒し続けた。
  いつしか俺は血に塗れていった。人殺し以外のことはなんでもやった。
  そんな泥沼にはまった俺を救い出してくれたのは・・・静菜だった。

 人気ない街路時で俺は悪を成していた。
「や、やめろ・・・」
  脅え、震え、歪む。俺と対峙した奴は大抵そんな顔をする。
  例に漏れずにこいつも最初はナイフをちらつかせ、仲間に俺を囲ませ、
見下すようにしてほくそ笑んでいたが数分後には恐怖のあまり失禁するほど取り乱している。
「は?先にヤッたのはお前だぜ?」
  拳を振り上げる。
「あ、あぁ〜!」
  しまった・・・ナイフのこと・・・忘れてた。
  腹に刺さったナイフが見えて俺は一瞬意識が鈍った。
「あ、お・・・れは」
  なに、きょどっているんだよ?
「三下が!」
  拳を振り下げてクソ野郎の顔面に拳をめり込ませる。
「はぁ、かったる」
  吐き捨て俺は倒れる人の群れに背を向ける。
  同時に俺の視界に広がる月光が人影に遮られた。
「湊!」
  静菜だ。こいつは血に塗れた俺に臆することなく近づき泣きすがった。
「このままじゃ、湊が死んじゃう!そんなの嫌!」
「俺に構うなよ」
  そう、その方が良い。最悪な両親から生まれた俺は最悪な人生を送りしかない。
  呪われた俺と一緒にいなければ静菜まで『人殺しの息子に構う変人』と言われなくて済む。
  思わぬ静菜の登場に俺は背後に迫る影に気付かなかった。

「見つけたぜ・・・お、めぇの・・・弱点」
「あ・・・ゥ」
  一瞬のことに俺はすぐに気づくことが出来なかった。
  俺を押しのけそのままナイフを静菜の腹に突き刺す先ほどの『三下野郎』。
「みな・・・と」
  血に染まり倒れる静菜。
「・・・静」
  血に染まり悪を成すのは俺のはずなのに・・・なぜ優しいこの子が?
「殺す」
「ひ、ひぃ」
  叫び、逃げ惑うようなこんな奴に静菜は・・・静菜は!
「やめ・・・て」
  か弱い声が俺を止める。
「う・・・く」
  己の顔の横を掠めコンクリートにめり込む拳を横目で見た『三下野郎』が驚きの声を上げた。
  俺が今どんな顔をしているの解らない。
だがこれだけは解る俺の怒りも憎しみの全てか弱い声で納まっていた。
「湊」
  血に染まった小さな手が俺の服の腕を掴む。
  静菜に触れられている箇所が痛かった。久しぶりだ、痛みを感じたのは。
「静菜」
  逃げ出す『三下野郎』など気にも留めずに俺は静菜を抱き寄せた。
「そこで何をしている!」
  ライトが血まみれの俺と静菜を照らす。先に見える警官だ。巡回中に偶然通りかかったのだろう。
「た、助けてくれ!静菜を!」
「き、貴さま!神瀬湊!」
  警棒を構え俺を威嚇する警官。どうやら俺は警察内でも有名人らしい。
「頼む!静菜を!」
「落ち着けその子を離せ!」
  どうやら俺が静菜を盾にして逃げようとしているらしい、
もしくは静菜を刺したのは俺だと思っているのか・・・
  俺に・・・味方などいなかった。

 その後、俺は警察に身柄を拘束され取り調べを受けるという毎日を送っていた。
  警察は俺を犯人にしたくてしょうがないらしい。
  決めつける刑事に俺は悪態を付き応戦する。
  そんな毎日がこれからも続いていくのだろう。
  なぜなら俺に味方などいないのだから。
  一人なのだから。

「出ろ・・・」
  数日後、心底残念そうな刑事が俺にそう告げた。
  訳もわからず取調室から出る俺に刑事は残念そうに
「被害者の女の子が自分を刺したのはお前じゃないって、押しかけて来てな」
「・・・」
  言葉がでなかった。静菜が?
  俺の味方を?
  『最低野郎』の俺の?
  警察署からで出た俺を出迎えたのは優しい笑みを浮かる優しい幼馴染だった。
「おかえり。湊」

 あの日から、俺は人を傷つけるのをやめた。静菜を信じて彼女と向き合った。
  その途端にいままで信じることのできなかった連中も信じられるようになっていた。
  今では友達もでき、平凡な学生に戻ることができた。
  彼女には感謝している。彼女には恩がある。
  だが・・・最近のワガママ振りは正直いただけない。
「ここはなにか行動を起こし、男の威厳を・・・」
  できるわけもないことを想像しながらニヤニヤする俺は
第三者から見たらひどく滑稽に見えただろう。
「あわ!み、湊くん?」
  そんな俺を名指しで呼び止める声。
振り返ると処女雪のような真っ白な肌と長く美しい黒髪が印象的な少女がそこにいた。
「あの・・・」
  クラスメイトの大川彩音だ。なぜか静菜とは仲が悪い(相性か?)がよく一緒に遊ぶ仲ではある。
  そんな彼女が深夜の道中をなぜ?考えてすぐに結論に至った。
「漫画喫茶か?」 
  以前連れて行った漫画喫茶がひどく気に入ったらしく、
週に一度は必ず訪れて深夜まで漫画を読みふけっているらしいという話を
本人からつい数時間前に聞いたばかりだ。
「は、はい・・・」
  雪色の頬を真紅に染め彼女は頷いた。
「これは・・・チャンス、でしょうか?」
「なんのこと?」
  頭を下げたまま意味のわからないことを言う彼女に俺が尋ねると
彼女は顔をバッと上げ物凄い勢いで迫ってきた。
  少し前まで来れば唇が触れてしまうほど顔を近付かせ首まで赤に染める彩音。
「私、湊くんがずっと好きでした。いえ・・・愛しています!私を貴方の物にしてください!」
  愛を囁き、彼女は俺に口付けた。

2

 一年前、私は暗闇の中にいました。
周囲の人間は私を見る時、まるでゴミを見るような目で見下していました。
私を表す言葉は『デブ、ブサイク、根暗』。
当時の私はそう決めつけられ、自分でもそうなのだと思っていました。
とてつもなく暗く深い闇に私は居るのだと思っていまた。
でもそれは違うと教えてくれた人がいました。
その人は暗闇の中で抗い続ける人でした。
そして・・・闇の中であの人は輝いていました。
あの人の後ろには光が満ちていました。

『俺はお前みたいに諦めて自己完結して、何もしない奴が大嫌いだ!』
それは優しい否定の言葉。
厳しくも温かい言葉。
苦しみを知っている言葉。
あの日、私の世界は変わりました。

 小さい頃から私はよくイジメの対象にされている。
理由は呆れるほどに単純なもの。
私が太っているから、私が根暗だから。
暴力を振われ成す術なく這いつくばるのが私の日常。
泣きながら自分を責めるのが私の平常。
死を思うのが私の安息。

いつも死にたかった。苦しかった。悲しかった。
でも、私には誰一人・・・味方などいなかった。
今も謂れのない暴力を振われ泣き叫ぶことも許されずに私は冷たいコンクリートに体をうずめた。
「ひゃ〜。女のイジメは陰険だな」
私をいつもイジメているグループの男子が吐き捨てる。
彼を含め男の人は直接私に手を出すことはしない。
傍観し嘲笑うだけ。
「え〜?そんなことないよ〜」
私のお腹に蹴りを入れ、リーダー格の子が猫なで声で男子の声に答える。
「いや、だって・・・」
男子の視線がリーダー格の子からその隣に居る派手な格好の子に移った。
彼女はペンチのようなもので私の爪の先を挟むと腕を抑えつけ一気に引っ張った。
「ひぐ・・・」
ようやく出た声も痛みが増すにつれ出せなくなる。
爪は剥がれこそしないが内出血し今にも割れてしまいそうだ。
「たすけ・・・」
私は一人だ。

「よう、楽しそうなことしているな・・・」
聞きなれないドスの利いた低い声が響いた。
「な・・・白瀬湊」
その名前が出ただけでその場が凍りついた。
夜の校舎裏。半月を背景に彼は血まみれで佇んでいた。
「久しぶりだな。三下野郎くん」
傍観者の男子の表情が歪む。
歯ぎしりし憎しみの眼光で彼を射抜く。
「・・・」
緊張が高まる。
傍観者の男子の取り巻きが彼の周囲を囲み逃げられないように包囲した。
けど彼は表情一つ動かさずにただ一点、傍観者の男子だけを見ている。
「なんの用だ?」
傍観者の男子が彼に問う。
彼は口を背後に広がる半月のように釣り上げると宣言した。
「俺はある女にもう二度と暴力を振るわないと約束した。
でも今日だけはその約束を破る・・・お前らに最高の恐怖を教えて、それで終わりだ」
白髪の隙間から覗く真紅の眼光。月光を浴びてきらめく彼に纏わりつく真っ赤な鮮血。
彼は文字通り『君臨』している。
「そうだな、俺も終わりにしたかったんだ。そのために力を手に入れた」
傍観者の男子が右手を彼に向けた。
瞬間、傍観者の男子の背中から翼が生えたかのように魔法陣が飛び出した。
同時に傍観者の男子と彼とを繋ぐ一直線に氷の刃が出現し、肥大しながら彼に猛突していく。
彼は表情一つ変えずにそれを向かいうける。
白の霧があたりに爆風のように吹き飛んだ。
「は、見たか!これが大次高次さまの力だ!」
傍観者の男子が一ヶ月ほど前に特殊な力を手に入れたという噂を聞いた。
すぐに傍観者の男子はこの学校のピラミッドの頂点に上り詰めたのを見て
特殊な力などという大きなものではないにしろ力を手に入れたのだと思っていた。
まさかこんな規格外の代物だとは思わなかった。
その力が『魔術』だなんて・・・

「かったる」
霧の向こうで声がした。ドスの利いた低い声。
「な・・・」
晴れだした霧に向こうで彼は威風堂々と『君臨』し続けていた。
「ばか・・・な」
彼に触れるか触れないかの寸前のところで氷の刃は真っ二つに割れ地面に転がっていた。
「言っただろう?最高の恐怖をお前に味あわせてやるって」
王の『制裁』が始まる。
傍観者の男子の背中に現れた魔法陣よりもさらに大きな魔法陣が彼の背後に出現する。
左腕を上空の月に届くのではないかというほど突き上げると彼は勢いよく腕を振り下ろした。
それだけで傍観者の男子は吹き飛び後ろの木に衝突した。
すさまじい勢いが風となり辺りの物を巻き込み吹き飛ばす。
その中心点にいるはずなのに無傷なまま彼は一歩一歩と傍観者の男子に近づいて行く。
「ひぃ、ひぃ!」
その足音が死神の物に聞こえるのか傍観者の男子はその場から逃げようともがく。
だけど、恐怖が縛り、痛みが絶望を深める。
「・・・」
彼は無言で傍観者の男子の胸倉をつかむと片手でその大きな体を持ち上げた。
「いいか、今後一切・・・俺や俺の周りの連中の前に現れるな」
「くぅ・・・」
最後の抵抗か傍観者の男子がケータイを取り出した。
すぐに誰かに電話を掛ける、おそらく仲間を呼ぼうとしているのだろう。
「無駄だ、お前の仲間もそうじゃない奴も・・・ここに来る前に全部躾けておいたから」
その言葉は傍観者の男子を絶望の頂点まで追いつめた。
「ご、ごめんさなさい・・・もうあなたには関わりません」
鼻水を垂らし許しを乞う。彼は表情一つ変えずに胸倉をつかんでいる手を離した。
地面に落ちた傍観者の男子はただ逃げることしかしなかった。
今まで呆けていた取り巻きたちも一斉に逃げだす。
「かったり」
彼はくるりと振り返ると私を見つめた。
そして一歩一歩と私を視界に捉えながら近づいてくる。
「な、まって・・・よ」
さっきまで私をイジメていた子が自分に向ってきていると勘違いしたのか悲鳴を上げた。
「来ないで!」

 彼は彼女の存在が最初からないものかのように通り過ぎる。
その瞬間、彼女の笑っていた膝が崩れその場に尻もちをついた。
「お前、諦めているのか?こんな酷いことされているのに」
彼は低い声で私に問いかける。
彼は私を見てすぐに悟ったようだ。
「私、デブでブサイクで根暗・・・だから」
だから私は自分を卑下する。
私は汚い人間なのだと。
「そうか・・・一緒だな、少し前の俺と」
「え・・・?」
「俺はお前みたいに諦めて自己完結して、何もしない奴が大嫌いだ!」
大きな声で彼は叫んだ。
そして倒れている私を無理やりに起こすと地べたにへたれこんでいる彼女の前で下ろした。
「言え、お前の本心を!アホな奴に思い知らせろ!お前の力を!」
私は彼のように大きな力があるわけじゃない。
「お前にしかできない方法でお前の力を証明しろ!」
私の・・・
「私は・・・貴女が大嫌いです!これ以上私に構わないでください!」
ずっと言いたくて言えなかった言葉。
自分を卑下し、自己完結することで封じ込めていた言葉。
彼は私を突き放すことで背中を押してくれた。
だから私は答えなければならない・・・彼の優しさに、自分の力を持って。
「そうか。それがお前の力・・・か」
「はい!」
私は振り返り、力いっぱいに頷いた。
すると彼はニタッとまるで子供のような笑みを浮かべた。
「湊だ。その・・・突然で悪いんだが・・・友達になってくれないか?」
「え・・・」
この日、私に初めて『友達』ができました
「あの・・・私、彩音です。私でよければ・・・ぜひ」
この日、私は初めて人に『恋』しました。

 そのあと私たちはお互いの連絡先を交換することもなく別れました。
なぜだかまた会える気がしたからかもしれません。

彼との出会いは私の生き方を変えるには十分なものでした。
まず痩せることから始め、それから言いたいことは言う様に、
本当の意味で『自分』を出すようにしました。
気づいた時にはイジメはなくなり私は自然な笑顔ができるようになっていました。
そしてとうとう運命の再会です。
高校入学時。私は彼・・・『白瀬 湊』と再会することができました。
これは偶然ではなく必然なのだと確信するには十分な再会です。
運命・・・だと思っていました。
彼の横でいつも笑っている・・・あの人『観里 静菜』と邂逅するまでは・・・

3

「さすがに今日はワガママ言いすぎだよね」
深夜の街道は思ったより肌寒くどことなく寂しい感じがする。
寂しさを感じるのはなぜか・・・
きっと・・・
「・・・満月だからかな。あの時も・・・そして」

 私は幼馴染の『白瀬 湊』が小さい頃から好きだ。
幼馴染の友達としてではなく一人の女として彼を愛している。
でも私はいつも素直になれずに憎まれ口ばかり言ってしまっている。
前に友達に湊と付き合っているのかと聞かれた時も・・・
『誰があんなアホ、私は湊の従兄弟の直人さんが好きなんだから』
この時、運が悪いことに後ろで湊がそれを聞いていた。
このときほど私は素直になれない自分を呪ったことはない。
なぜか?それは・・・その次の日だ。
彼の父親が殺人を犯したのは。

 一年前のちょうど今頃の時期の出来事。
彼の父親が愛人を殺してしまった。それから湊は学校に来なくなってしまった。
心配になって湊の家に行ってみると・・・ドアの前には『人殺し』の文字が大きく書かれ、
誹謗中傷のビラが壁中に貼られ、窓にはタマゴの黄身がへばり付いていた。
「湊?」
ドアをノックしても返事はない。
「入るよ?」
湊から合鍵をもらっているので私はそれを使い家の中には入る。
私が歩みを進めるたびに床が軋む、その音だけが不気味に響く中、
私はようやく探していた人影を見つけた。
「湊!心配したんだよ?」
椅子に腰掛けうつむく湊に私は駆け寄ると肩を掴んで呼びかけた。
「うるせぇ、俺に構うな」
「みな・・・と」
よく見ると湊の体中に生傷が絶えず、お腹辺りにはまだ真新しい鮮血がこべり付いていた。

「ちょっと」
「俺は悪。正義に討たれるのが運命なのさ・・・あいつのようにな」
血に染まった指先がある一点を刺した。
「え・・・」
一瞬なにがなんだかわからなくなってしまった。
湊が指さした暗い部屋の中央辺りで何かが天井からぶら下がっていた。
「う・・・」
それが湊の父親だと理解する前に私はその場から逃げ出してしまった。
孤独に震える、悪人を・・・その場に残したまま。

 翌日。湊の父親が自殺したことがマスコミに取り上げられ、
非難の嵐は湊の父親から残された湊を襲っていくことになる。
あの時、彼が血まみれだったのは『正義』を名乗る人たちに襲われたから。
そして・・・『正義』の湊への悪意はさらに増長していく。
私は、あの時の恐怖で・・・湊に手を差し伸べることが出来なかった。

 数日後。彼は学校に戻ってきた。だけど周囲を驚かせたのは湊が学校に来た事にではない。
湊の・・・彼の髪がすべて真白になっていたからだ。
私はその姿を見て何で自分はあの時、なぜ孤独に震える彼を
抱きしめてあげなかったのだろうと後悔した。
どれだけ辛かったのだろう、どれだけ・・・
「湊・・・」
皆が尻込みし彼を遠くから見つめる中・・・私は湊に話しかけた。
「俺に構うな」
「出来ないよ・・・私」
このままでは取り返しのつかないことになってしまう。
今度こそ私はこの悪人を抱きしめてあげなくちゃいけない。
でも・・・
「いいじゃないか。お前は大好きな直人のことだけ考えていれば!」
私の・・・何気なく言ってしまった嘘が彼をさらなる孤独に突き落としていた。
「もう、俺に構うな・・・迷惑だ」
私はただ立ち尽くすことしかできなかった。

 それから私は何度か湊に話しかけてみたけど湊はいつも無反応だった。
それでも私は諦めない。湊が、大好きだから。
「おっし、今日こそは・・・」
意気込む私の耳に噂話が聞こえてきた。
「なぁ、聞いたか?白瀬の奴、やばい連中に一人で挑みに行ったらしいぞ」
「ああ、なんでも魔術を使える奴が何人か居る集団だってな」
凍りつき、その場に棒立ちしている私を気にせず噂話の主たちは横を通り過ぎて行ってしまった。
「ちょっと!そいつらと。湊はどこにいるの!」
振り返り私が問い詰めると。
「え、確かスラム街にあいつをおびき出すって」
「あ、キミ。美里さん・・・ヤバ」
私の名を口にしたとき、含みを感じた。睨みつけると二人組の男子の一人が。
「いや、美里さんが連れ去られたとか、そんな話が・・・あいつに伝えたの誰だっけ?」
「な、バカ!」
そうか、罠だと知っていて誰もそれを罠だと湊に伝えなかった。
最低だ。私も周りの連中も・・・

 雨が降り始めた・・・ほとんど人の姿が見当たらないスラム街を私は湊を探し駆け回っていた。
バカだ。湊の気持ちを理解していたつもりでまったく理解していなかった。
『俺は悪。正義に討たれるのが運命なのさ・・・あいつのようにな』
死ぬ気なのだ。
自分とその周りに取り付く悪意を背負って、たった一人で。
完全な『悪』として『正義』に討たれ果てる。
でも、私から言わせてもらえば、それは自分だけが楽になる為のワガママだ。
だから・・・私は死に行く悪人に教えてあげなくちゃいけない。
湊の悪は不完全だと。愚かな幼馴染のためにたった一人で
『正義』に向かっていくような『悪』なのだから。
「湊・・・」
いつの間にか降っていた雨は止んでいた。そのときようやく私は気付いた。
私の視界を霞ませていたのは雨の雫ではなく涙だということに。

「・・・ッ!」
ちょうどスラム街の中心辺りに来た時だ。
真紅の炎が空に立ち上り閃光が辺りを白に染める。
「うそ・・・」
瞬間、私はすべてが終わったと思った。
「湊・・・」
何をしているのだ私は、このまま立ち尽くしているだけでは少し前の私と同じだ。
すぐに私は立ち上る炎を目印にその場に急いだ。

 そこはスクラップ置き場だった。金属が溶け、辺りを熱気が包む中。湊は血に染まり佇んでいた。
「は、口ほどにもない」
「貴様!」
転がる仲間を足蹴にされ激怒した若い男の人が近くにあった鉄の棒を掴み湊に投げつけた。
魔力の効果で速度を増す鉄の棒は残像だけを残して湊に一直線にに突進していく。
見ただけでわかる。鉄の棒を投げた人は相当の力量をもった魔術師だと。
一般的に魔術の存在は知られている。それは映画などのスタントでよく使われるからだ。
その力は選ばれた者のみ行使できる規格外の力だ。
でも・・・
「・・・その程度か?」
術者の殺意なき魔術はただの目くらまし。
術者の殺意の籠る魔術は殺戮の兵器。
「・・・」
その殺戮の兵器から放たれた力は湊の額を直撃した。
「かったり」
湊は涼やかに笑むと目の前のぐにゃりと曲がる鉄の棒をその手につかんだ。
その額はまったくの無傷だった。
「お前に見せてやるよ。これが悪だ」
鉄の棒が真っ赤になり溶けて、湊の手から足元に垂れる。
「うそ・・・だろ」
鉄の棒を放った魔術師がその場に崩れる。
彼の周りを煉獄の炎が包み込んだ。それはまるでお前の命を握っているのは
自分だと主張しているようだ。
「ふん」
戦意喪失と見た湊はあたりに転がる人間を一人一人見てスクラップの山から降りてきた。
「これが力だ・・・二度と俺の前に面出すな、次は殺す」
ようやく真紅の瞳が私の姿を写した。
「お前もだ・・・静菜。俺に構うなと言っただろう?」
「魔術。使えるんだ」
「ああ、人殺し以外のことはなんでもやった」
その言葉だけで彼がどんな世界にいるのかわかった。
「湊。あんた・・・死ぬ気でしょ」
「言ったろ?悪は正義に討たれるのが運命だって・・・今のところ自称正義さんたちは
みんな役不足だがな」
「なら、私が止めてあげる」
「お前が俺を殺してくれるのか?」
「違う、あんたをそこから引きずり出してぶん殴ってあげる」
それが私の『正義』なのだから。

 力の全てを右手に込める。
「魔術はあんたより先輩なんだから」
湊の頭上に巨大な氷の刃を作り出し、それを落とす。
もちろん殺傷能力はなく、気絶させるだけに収まるように力は抑えている。
「殺せって言ったよな?」
刹那。下降していた氷の刃が空に飛びあがった。
「うそ・・・でしょ?」
私が魔術で負けるなんて・・・
巨大な氷の刃が私のすぐ横に落ちてコンクリートの道を抉った。
「これが俺の悪だ・・・お前じゃ癒せない」
「う・・・」
私の力は成す術なく打ち壊され、意識は一瞬で奪われた。

「みな・・・と」
気づいた時。私はスラム街ではなく学校の保健室にいた。
「バカ・・・バカ湊」
私は自分に掛けられていた血まみれの湊の制服を掴んで泣き叫んだ。
「行かなくちゃ。湊の所に・・・」

 そのあとのことはあまり覚えていない。
どうやって湊の所に行ったのか。なにを湊に言ったのか。
かすかに覚えているのは湊が『痛い』と言ったことだけ。

 気づいた時には私は病院で横になっていた。意識を取り戻すとすぐに刑事の人が入ってきて
『君を刺したのは彼か?』と湊の写真を見せてきた。
私が違うと答えると刑事の人は混乱していて覚えていないのだろうと言い、出て行った。
そのあと私の両親が入ってきて事情を説明してくれた。
私がお腹をナイフで刺されたこと、その容疑者が湊だということ。
すぐに私は病院を抜け出し警察所に乗り込み、私を刺したのは湊ではないと訴え続けた。
実際のところ、誰が私を刺したのかは覚えていない・・・でもこれだけは言える。
湊ではないと。

 翌日。湊の釈放が決まった。
またもや私は病院を抜け出し、湊の迎えに行った。
出てきた湊は戸惑いながらもわずかに頬を緩めた。
そこにもう『悪』はなかった。
「おかえり。湊」
久しぶりに出た私の素直な言葉。飛びつく私を湊は優しく抱きとめてくれた。

「うぅ。今思えばなかなか恥ずかしい思い出だな」
でも、あの一件以降私と湊の関係はグッと近くなったと思う。
それで・・・近いうちに告白して、それで・・・
「女の子にそんな想像させるな!」
頭の中に浮かぶ湊の頭を叩いて私は元の世界に戻っていく。
「えっと、最初はキス・・・」
そう言った瞬間。私の目に映ったのは・・・
私ではない人と口付けを交わす湊の姿だった。
心の中に以前からある、なにかが膨らんでいくのを感じた。
「なに・・・してるの?」
湊の肩を掴み強引に私の方を向かす。
私がキッと睨むと湊はようやく事態を飲み込んだようだ。惚けた顔が青くなっていく。
「な・・・静菜」
そして当然の如く狼狽する湊。
「なに?やましいことでもあるの?」
「あ、いや・・・」
頬を染め後ろの様子をチラチラと伺う湊。
心の中の黒くモヤモヤしたものが広がり私は思ってもないことを口にしていた。
「ねぇ、湊・・・死んで」
これ以上。私を裏切る前に・・・私の物のままで・・・

4

「・・・」
静菜の背後に青白い魔法陣が出現する。瞬時に周囲の水蒸気を集めそれを凍らす。
そこらへんにあるナイフよりもさらに鋭利な氷の刃が俺の心臓めがけて飛んできた。
「なにをやっているんですか!?」
後ろからか細い手が伸び俺の肩を掴んだ。引き寄せられると同時に感じる温もり。
気づくと涙を一杯に溜め、それが零れ落ちないように必死で堪える彩音の顔が
目と鼻の先まで迫っていた。
「死んでも構わないと思いましたね」
『ガス』という音を立静菜が命令を下した氷の刃が地面に突き刺さる。
「湊くん。許しませんよ・・・私にこんな素敵な気持ちを教えておいて、死んだりしたら」
普段の彼女からは想像もできないほど怒りを込めた言葉。
いや、願い・・・
「・・・」
一言、俺に告げると今度は踵を返し静菜の方に向きかえる。
「貴女と湊くんの一年前に何があったのか。以前湊くんから聞きました。
確かにあなたは湊くん救いました。だからといって・・・こんなこと」
「・・・湊。なんでこの子にあの話してるの?」
「湊くんは悪くありません。私が無理を言って聞き出しただけです」
彩音は一年前の出来事を知っている。彩音には嘘を言いたくない。
だから俺は彼女に魔術の事、クソ親父の事、静菜との事を全て話している。
もちろん半端な気持で彩音に言っていない。
けれど静菜にしてもれば他の人間に知られたくない出来事だったらしい。
「今は湊くんを責める時ではありません。この際だからはっきり言います」
彩音は大きく息を吸って深呼吸する。その後、静菜を真っ直ぐに睨みつけ。
「いつまで湊くんをオモチャにしているつもりですか?」
「私はそんなつもりは!」
「そんなこと言わせません!今だって殺そうとしたじゃないですか!?」
彼女達の口論はさらに激化する。
「少し気に入らないことがあったからって簡単に死ねだなんて、最低です!」
「あんたに何が分かるのよ!私と湊は!」
「簡単に相手に死ねなんて言える関係なんて・・・」
どうやら勝敗は決したらしい。
「あ〜。すまん・・・話の中心人物として言わせてもらうとだな」
ようやくできた静寂の間に割り込む。
「さっきの氷の刃に殺傷能力はない」
静菜自身は俺を殺そうとしたのではなく威嚇のつもりだっただろう。
固いコンクリートに突き刺さってはいるが、人間に当たった時以外はこうなるだけ。
映画のスタントなどでよく使う魔術はこういう風になっている。
要は魔術を使った本人の殺意がどれだけ本気かということ。
「彩音。驚かせてすまん・・・」
「・・・」
「静菜。お前に何も言わないで、あの事を話したのは悪かった」
「・・・」
双方の頭を撫でて俺は謝罪する。これで一見落着・・・
「なによ。これじゃあ、私だけ嫌な子じゃない」
とは行かなかった。
「それに私が本当に怒っているのはあんたが彩音と・・ッ!」
「痛た!」
静菜は自分の頭に乗った俺の手を掴むと最大級の怒りを込めて噛みついてきた。
すの後すぐに振り返ると一目散に駈け出した。
「あ・・・」
急な出来事に今まできょとんとしていた彩音が小さく声を漏らした。
「追いかけないんですか?」
小さくなっていく静菜の背中を見つめながら彩音が聞いてくる。
「いま行っても逆効果だろ?1時間もすれば機嫌が直るからその時フォローしとくよ」
「・・・」
あれ?なんで少し不満げなんだ?
「私・・・帰ります」
「あ、送っていく」
今度は少し嬉しそうな顔をしている。
ま、女心というものを男の俺が理解できる日なんてこないな。

「なんか妙に上機嫌だな?」
今にも歌いだしそうな勢いでニコニコしている彩音。
彩音は俺の声に振り返ると満面の笑みで。
「だって、今まで言えなかったこと・・・今日ようやく言えたんですよ?」
そういえば・・・俺・・・彩音とキスしちまったんだよな。
学校で静菜と彩音は二大美女と呼ばれ絶大な人気を誇っている。
その彩音と・・・
「残念。突然な出来事なうえ思わぬ静菜の登場に頭から吹っ飛んでいる」
く、一生の不覚だ。
「どうかしました?」
「いや、なんでもない」
「ところで・・・」
さっきまでの嬉しそうな顔から今度は神妙な顔に変化した。
歩みを止め彼女の言葉を待っていると。
「湊くんはどんな女の人と付き合ったことがありますか?」
「俺は・・・」
振り返ってみて溜息を付きたくなってきた。
「片思いなんだよな・・・いつも」
「よかった・・・」
「ひど!」
「いえ、違います。居たなんて言われたら私・・・それに」
彼女はまた晴れやかに笑んだ。月明かりに照らされ微笑む彼女は、
思わず見惚れてしまうほど綺麗だった。
「今度は両思いです・・・」
う・・・
「あれ?照れてます?」
俯く俺の顔を覗き込こもうとする彩音。俺は俯くのをやめ今度はそっぽを向いて。
「うるさい。乳揉ませろ」
最低なセクハラ発言をしてやった。純情っ子の彩音のことだ、顔を真っ赤にして・・・
「いいですよ」
「ぶ!」
間髪入れぬ返答に俺は思わず吹いてしまった。すると横からかすかに笑い声がした。
しまった。彼女の方が一枚上手のようだ。
「今の湊くんにはキスだけです。そういうのは両思いになってからです」
「好きだ。揉ませろ」
「心がないです」
「俺の初めてのキスを無理矢理に奪ったんだぞ?よいではないか〜、乳を揉ませろ〜」
「女の子のファーストキスを奪ったんだからもっと誠意を持ってください」
いつものじゃれあい。笑って、バカやって・・・でもいつもと違って彼女は最後に頬を赤に染めて。
「最初の・・・両思いになったらっていうのは・・・本気ですよ」
どうやら俺はとんでもない強者に慕われてしまったらしい。

「帰ったぞ〜」
家に帰ってきて俺がそう言うと奥からトテトテと小動物のようにやって来る少女が一人。
俺よりも頭一個分小さな身長。少し赤みのある茶髪のセミロング。
けだるさを感じさせる垂れ目、そして人形のような整った顔立ち。
この子は『月嶺 鳴』。
俺の二人目のお姫様だ。彼女は今、訳ありで家に転がりこんでいる。
簡単に説明すると・・・彼女の母親は俺のクソ親父の愛人だ。
奇妙な共同生活だが案外うまくいっている。最初は不安だったんだけどな。
なにせここに来て最初に言った言葉が・・・
『・・・復讐しに来た』
だったからな・・・でも、すぐに分かったが彼女は凄まじいまでの『箱入り娘』なのだ。
生活に困り俺を尋ねてきたらしい。
なにせ信号を知らない、金を払い物を買うということを知らない位だからな。
なんやかんやで今ではうまくやっている。
「遅くまで、待てせてごめんな・・・」
「・・・ん」
頭を撫でてやると目を細め小さく声を漏らす。
「風呂入って寝るわ・・・お前もあんまり夜更かしすんなよ」
「あ・・・」

 さて、風呂入ってしばらくしたら静菜の所に行って・・・
確実に明日は居眠りしてしまうな。
どんよりとした気分を洗い流すために俺を風呂場に足を踏み入れ・・・
「のわ!」
前にすっ転んだ。
「・・・」
例によって痛みはないが、とりあえず打った後頭部を抑えて辺りを見回してみると、
風呂場中が泡だらけだった。
「なんだ?」
泡の発生源である浴槽を覗き込んでみると・・・
「洋服?」
浴槽の中に洋服がぎゅうぎゅうに詰め込まれ、その上に水をぶちまき洗剤をいれたようだ。
さては鳴の仕業だな・・・
「・・・遅かった、湊が困ってる」
「な、のわ!」
背後で声がして振り返ろうした瞬間、またもやすっ転んでしまった。
「・・・大丈夫?」
「鳴・・・教えたはずだ、洗濯物は洗濯機に放り込めと」
「・・・湊の言うようにした、それで洗濯機に頼んでもなにも起こらなかった。だからここに入れた」
まさか、洗濯物を入れて口で洗濯機に頼んだのか?
俺はどこで育て方を間違ってしまったのだろうか・・・
「・・・ところで湊。これ・・・なに?」
鳴はしゃがみこんで俺の股間辺りを凝視し、不思議そうに聞いてきた。
しまった。俺・・・全裸だった。
「・・・私にはない」
「いいかいナルナル。男はみんなそこにゾウさんを飼っているんだ」
「ゾウさん・・・」
しまった。鳴の目がキラキラしている。どうやら状況をさらに悪化させてしまったらしい。
「・・・触ってもいい?」
「いいかい、ナルナル・・・そのゾウさんは凶暴で危ないんだよ」
「・・・このゾウさんは小さいから大丈夫」
かわいい顔してこの子は・・・俺の男の尊厳を小さいなどと。
「いいかい、ナルナルがそのゾウさんに触れるようになるのは、もうちょっと大きくなってからだ」
できれば、ずっとそんな日が来ないことを願う。なにせ彼女は清純派なのだから。
「・・・この間行った動物園の触れ合いコーナーに年齢制限なんてなかった」
「やめて!キラキラした目で見ないで!眩しいから!」
「・・・なら、電気消す」
「ナルナル。まずいよ・・・余計、危ない感じになっちゃうよ?」
「・・・湊が電気の光が反射して眩しいって言うから」
「ナルナルは清純でいいてください!」
無知とは最大の長所であり・・・罪だ。

5

「う〜、寒む」
無邪気な鳴から何とか逃げることに成功した俺は再度、街道をトボトボと歩いていた。
寒い上に酔っぱらい多数。その上、人目を気にせずイチャイチャしているカップル。
気楽でいいよなと心で悪態を付く、こっちはこれから起こる惨事を想像しただけで気が重いというのに。
「俺の姫さんは二人ともお転婆だからな」
近いうちに増えるであろう三人目の姫の顔が頭によぎり、どんより気分がさらに増していく。
「・・・一番の優先事項は静菜だな」
家には戻っていないようだし、友達の家に転がり込んでいないことも確認済み。
「と、なると・・・」
小さい頃から静菜は嫌なことがあるといつも近所の公園で泣いている事が多かった。
それは大きくなった今でも変わらず俺とケンカなどをすると、
その公園に行って俺への罵詈雑言を大声で叫ぶという奇行を行っていることが多い。
都会のど真ん中にしては珍しい緑の園が視界に入り俺は一旦、歩みを止めた。
「嫌な感じだな・・・」
俺の大嫌いな奴の気配を感じた。思い出すだけでゾッとする、あの正義面した最低野郎の顔を・・・

「・・・」
公園で静菜を探すこと数分、ようやく見つけたと思ったら案の定
嫌らしい空気が纏わりつくあいつも一緒だった。
『松里 直人』・・・忌々しい事に俺の従兄弟だ。
黒いスーツを着こなし、温和そうな顔に、紳士的な動作。
完璧に俺とは正反対な出で立ちの男が静菜に馴れ馴れしく話しかけている。
直人の奴は楽しげにしているが、一方の静菜は・・・嫌そうな顔をしている。
少し前まで静菜は直人の事が好きなんだと思っていたが、
静菜の友達曰く『誰かさんの気を引こうと言ってただけじゃない?』との事なので
静菜が直人を好きだというのは俺の勘違いだったらしい。
静菜も『小さい頃は優しい人って思ってたけどね。最近になって気づいたんだけど
あの人の目つき時々嫌らしいんだよね。だから・・・今は苦手なんだ、あの人』
などと言っていたので残念ながらお前の下品な恋心はちゃんと伝わっていたようだぞ直人。
と、いうか・・・空気を読め、静菜が嫌そうな顔をしているだろうが。
静菜にその気がないと分かっていても、静菜が俺以外の男と話してる
という状況を見ているだけで、心の奥にチクリと刺さる衝動を抑えることができない。
この感情が何なのか分からないし知りたいとも思わない。
けど・・・俺がイラついているの確定だ。
「あのさ、やめてくれないかな。その不機嫌オーラまき散らすの」
鼻に絡みつく香水の匂い。端正な顔立ちの男が目の前に立っていた。
どうやら、俺がイラついている間に目に前まで来ていたらしい。
「静菜は?」
「飲み物を買ってくるって・・・キミが中睦まじい僕たちを見て
嫉妬の念を放っているから耐えられなくなったのかもね」
「寝言は寝てから言えクソ野郎。どう見てもお前のいやらしい目つきと、きつい香水のせいだ」
「ん、そうかい?なら彼女の為に善処しよう・・・」
こいつはいつも善人の仮面を被っている、それは完成度の高いもので
ほとんどの人間がこいつのことを善人だと信じて疑わない。
けれど、静菜や鳴のように純粋な子は、こいつの善人の仮面の中の
ねっとりと絡みつく汚い本性を見抜いているようだ。
静菜は『嫌らしい』と言っていたし鳴も前にあいつに会ったとき『・・・あの人、嫌い』
と言って以来、直人に寄りつこうとしない。
「それよりも、その汚い口調はなんだい?キミみたいのが彼女の近くにいたのでは
彼女の人格まで破綻してしまう、なにか策を考えないといけないね」
普段はこいつのことなどキレイに忘れている。思い出したくもないし、
思い出したら出したでピリピリする俺に鳴や彩音が怯えてしまうので、
普段はこいつのことなど最初から存在しない物として忘れている。
だからこいつに会うたびに再認識する、俺はこいつが嫌いなんだと。
「静菜に指一本触れてみろ・・・ぶっ殺す」
「僕は将来の伴侶の身を案じているだけだよ」
こいつが嫌いな理由。善人の仮面を俺の前でだけは外し、俺を見下す。
「それにキミこそ彼女を惑わすのは、やめてほしいものだね」
なによりムカつくのはこいつの静菜への歪んだ愛情だ。
「くたばれ、妄想ロリコン野郎」
「世界の毒のキミが言われたくはない・・・」
『世界の毒』・・・こいつは俺を指す時その呼び方を使うときがある。
なんでも俺の存在は特異な『魔術』の力を持つ者の中でも『天才』を通り越して
『異常』なのだそうだ。
たった数ヶ月での魔術の覚醒。それだけではなく圧倒的な術力を短期間で習得し、
それを使いこなすだけの才。
なにより恐ろしいのは魔術を前にしての絶対的な耐性らしい。
などと前に偉そうに語っていたのを思い出した。
「いいか、腐った頭に刻んでおけ。僕がお前を必ずこの世から抹消してみせる。
そして彼女を必ずキミの魔の手から救い出してみせる」
このロリコン野郎の頭の中では俺はヒロインを攫った極悪人。
攫われたヒロインが静菜でそれを救い出すヒーローが自分という、シナリオが出来ているらしい。
「・・・」
なにも言えないとはこのことなのだろうか?
ある意味、賞賛に値する。

「う、湊・・・」
ようやく、戻ってきた静菜が俺の姿を確認し、一瞬後ずさったがすぐに目で俺に合図する。
『直人さん、話長いから早く逃げたいの・・・手伝って』
久しいな、お前と意見が合うのは。俺は小さく頷いて静菜の首根っこを掴んだ。
「さっきはよくも噛みついてくれたな。静菜・・・」
「謝らないもん。まだ怒ってるんだから」
「おお、そうかい。なら続きは今度だ・・・帰るぞ」
「湊とは絶交したんだもん」
こいつは・・・自分で助けて欲しいと言っておいてこの態度、
こいつは生まれたまま何の教育も受けないで育ってきたらしい。
だが、大人な俺は大人な対応で応える。
「はいはい・・・」
駄々をこねる静菜を引きずりながら直人の横を通り過ぎる。
「さっき言ったことは本気だ。これ以上、彼女を穢すことは許さない」
すれ違い様。直人の奴が俺にだけ聞こえるように呟いた。
「お前こそ忘れんな。静菜に指一本でも触れてみろ・・・ぶっ殺す」
お互いに他の人間には聞こえないように話すことに慣れてしまったようだ。
至近距離に居る静菜は俺達の会話にまったく気づいていない。
「直人さん。バイバ〜イ」
俺たちの周りに漂う空気などお構いなしに呑気に手を振る静菜。
「また今度。静菜ちゃん・・・」
にっこりと紳士の笑みのお手本のような笑顔を作る直人。
チラリと静菜の表情をうかがっていると。ようやく解放されたという風に脱力していた。
小さな身体が完全に俺に寄りかかってくる、重いことこのうえない。

「ふぃ〜、ようやく解放された〜」
完全に直人の姿が見えなくなってから静菜は風呂に入るオヤジのような声を漏らし呟く。
「苦手なんだろ?だったら適当に理由をつけて逃げればよかったのに」
「しつこいんだもの、あの人・・・」
「香水の匂いもしつこいな」
「そうだね、あはは・・・って」
急に静菜は何かを思い出したかのように声のトーンを上げた。
俺の手から逃れ、わざわざ前までやって来て睨んだ後にそっぽを向いた。
「湊とは今は絶交中なの・・・だから今は湊が大嫌いなの」
「は〜」
どこまでも子供っぽい。どうせなら家のナルナルのような純粋な子というのなら可愛いのだが。
これでは、暴君のワガママではないだろうか?
少しはナルナルを見習ってほしいものだ。
「およ?」
そっぽを向いた先に何か見つけたらしい、静菜が目がキラキラしだした。
「牛丼・・・」
「あちゃ〜」
静菜の視線の先を追っていくと案の定、静菜の大好物の牛丼の文字が
デカデカと書かれた店があった。
「湊・・・お腹減った」
「はいはい、お家に帰ってからにしましょうね〜」
「やだやだ!牛丼!牛丼がなきゃ死んじゃうの!死んじゃう五秒前なの!」
今にも地べたに寝転がって足をジタバタしそうな勢いの静菜に俺は根負けしてしまった。
「わかったよ、行くぞ!」
「牛丼一筋〜」
俺のOKを聞いてとび跳ねながら喜々として牛丼屋に特攻していく静菜の後ろ姿を見て
ふと思う・・・こいつがワガママになったのって俺のせい?

「キノコジュースお願いしま〜す」
テンション高がかな静菜が店に入ってすぐに叫んだ。
「牛丼一筋じゃなかったのかよ」
「牛丼5杯お願いしま〜す」
「夜も遅いから1杯にしましょうね〜」
なんか俺ってこいつのオカン?みたいになっているような気がする。
しばらくすると牛丼が俺達の前にだされた。ゆっくりと噛みしめて牛丼を味わう俺の横で、
静菜はキノコジュースを一気に飲み干したあと、すぐに牛丼攻略に取り掛かってる
「ご飯粒が付いてるぞ・・・」
静菜の頬に付いたご飯粒をとってやる。
「まったく、お前はいつまで経っても子供だな・・・」
「・・・」
あれ?いいすぎたかな?
箸を止め俯く静菜。黒いいオーラが辺りに広がっていくのを感じる、どうやらご立腹のようだ。
「てい!」
突然、後頭部を掴まれる。そしてなぜか俺と急接近していく牛丼。
べちゃりと音がして、俺の顔面は牛丼に押し付けられた。
「し〜ず〜な〜ちゃ〜ん!」
顔を上げていくと肉が俺の顔面から落ちていく。それを見て静菜はニタニタと無邪気に笑い。
「もう、湊は何時まで経っても子供なんだから」
俺の頬に付いているご飯粒を摘まむと自分の口に運んだ、
そのあとテヘリと笑んで舌をかわいらしく出した。
残念なことに周囲の男の客の中では『俺が牛丼に顔を押し付けられた』ことよりも
『静菜の笑顔』の方が優先度が高いらしく、明らかに俺に大丈夫かと聞く場面なのに、
静菜に見惚れポケ〜としている。
「こうなったら戦争じゃ〜い!」
俺はこいつの笑顔など何度も見ているのでそんな色仕掛けには掛からない
(そもそも俺にとってはムカつく笑顔でしかない)。
俺が勢いに任せテーブルを叩くとその衝撃で静菜の牛丼が宙を舞い吹き飛んでいく。
「のあ〜・・・私の牛丼が・・・湊・・・許さない」
俺の言葉通りその場は戦場になった。

「また、出入り禁止の店が増えてしまった」
頬の引っかき傷を撫でながら、俺は夜道を静菜と歩いていた。
「湊。疲れた・・・おんぶ」
そりゃあ、疲れるだろうよ。さっきまで大暴れしていたんだから。
「俺も疲れた。お前のせいだ」
「なら、抱っこ」
「ならの意味が分からないし、おんぶよりグレードアップしてるよな?」
もちろん実行時の俺の『お疲れ度』がだ。
「抱っこ・・・」
今度は清純派アイドル並に透き通った瞳によるキラキラ攻撃が俺を襲った。
「あ〜わかったよ、おんぶだおんぶ」
俺が姿勢を低くすると静菜は勢いよく飛び付いてきた。
若干よろめきながら立ち上がると静菜はギュッと俺にしがみついてくる。
「ぐ〜」
そして凄まじい速さで寝てしまった。
「重いぞ〜」
「ぐ〜」
「まったく・・・」
ここはあれだ。背中に押し付けられる柔らかい感触を楽しんでも・・・
楽しんでも・・・あれ?おかしいな、以前彩音をおんぶしたときは柔らかさを感じたのに、
今回背中に感じるのは固さだけだ。
「Aカップと見た」
「がぶ」
「のわあ〜、噛んだよこの子!俺のうなじを噛んだよ!」
「うるさい。Bカップだっての」
「嘘をつくな!」
「がぶ!」
今度は身を少し乗り出して俺の首元辺りに噛みつき、あろうことか吸い出した。
「キスマーク付ける」
「わかった。俺の負けだ」
「ダメ・・・」
そう言った静菜の声が沈んでいたので、気になった俺が振り返った瞬間。
「ん・・・」
口付けてきた。
「私の初めてのキス。とっておいたのに湊は他の子とした。許さない」
それで・・・ずっと怒っていたのか。
「牛丼くさ」
しまった。思わず感動の声をあげてしまった。
「み・な・と。」
静菜の背後に無数の氷の刃が出現する。刃はまるで生き物のようにその歯を研ぎ澄ます。
間違いない、静菜の殺意は本物だ。俺に刺されれば絶対に死ぬ。
「ぶっ殺す!」
殺害命令が静菜より下された。

「た、ただいま〜」
本日二度目の言葉。あの後なんとか静菜をなだめて、
ようやく愛しの鳴の待つ家まで戻ってくる事ができた。
まだ背中に氷が何本か刺さってはいるが・・・
生きる喜びを噛みしめる、俺はようやく安息の地に辿り着いた。
「くるくるりん・・・」
開いたドアを閉める。
なんか今、鳴がフリフリの魔女っ子衣装を着て、
ちんちくりんなステッキを回転させていたが・・・夢幻だったのか?
再びドアを開く。
「くるくるりん!魔女っ子ナルナル、華麗に参上」
鳴の周りに星がまたたき、ちんちくりんなステッキが七色に輝く。
光の反射を利用した魔術で演出しているのだろう、
正直こんな魔術の使い方があるなんて思わなかった。
あまりの衝撃に倒れる俺。鳴はすぐに駆け寄るとしゃがんみこんで。
「・・・湊。ナルナル萌え〜?」
どこだ?深夜に魔女っ子アニメなんて放映しているテレビ局は。
〈クルナタン萌え〜〉
〈クルナタンは僕の癒しです〉
テレビの音声が俺の耳に届いた。
どうやら魔女っ子のオタクのドキュメント番組らしい。
「ナルナルは可愛いな」
どうやら俺の望みとは裏腹に鳴は一歩一歩と大人の道を歩んでいるらしい。
「ナルナルに癒されました」
今は甘んじて受けとめよう。だって可愛いんだもの。
俺が頭を撫でてやるとナルナルは子犬のようにじゃれついてきた。
「なにが癒されるって?なにが可愛いって?」
悪寒が俺を襲う。そう言えば・・・静菜の奴。
今日は遅いから家に泊めるって付いて来てたんだっけ?
「この腐れロリコンが・・・ぶっ殺す」
こうして、俺の長い一日を終わらせたのは静菜の怒りの鉄拳だった。

6

 ゆるやかな朝。俺は鳴の可愛らしい声で目を覚まし、
のほほんとした気分で二人で朝食をとるはずだった。
「・・・」
だが、俺の目の前には静菜という名の人の皮を被った悪魔が仁王立ちし、睨みつけ威嚇している。
俺の状態を簡単に説明すると、正座をし足の上に数十冊のマンガ本が積まれている。
痛覚のない俺にとってどうってことはないと思われるかもしれないが、
痺れるという感覚はなぜか残っているのだ。
それを知っている静菜がこの手を使わない訳がない。
喜々として俺に正座をさせるとその上にマンガ本を積む。それが静菜の俺へのお仕置きの方法だ。
「裁判を始めます」
静菜の静菜による静菜の為の裁判が開廷されてしまった。
「あの子、誰よ?私知らなかったんだけど?」
『あの子』とは我がお姫様にして絶対君主の『月嶺 鳴』だ。
「あれ?お前知らなかったのか?」
「知らない」
「天下のアイドル、魔女っ子ナルナルだ」
言った瞬間。氷の刃が出現し俺の目と鼻の先まで迫った。
慌てて避けようすると背中にチクリと何かを感じた。
見回すと無数の氷の刃が俺を四方から囲み何時でも殺れる体制になっていた。
「どわ!」
俺の目の5僂曚票蠢阿覇与覆靴討た氷の刃が止まった。
「わかった、本当のことを話す」
鬼の面をかぶったかのような顔をしている静菜に俺は必死に命乞いをする。
静菜は黙って頷くと、近くにあった椅子を引くと、ドカリと腰かけた。
「真面目な話だ。真剣に聞けよ」
無言の静菜が小さく頷く。
「クソ親父が殺した愛人の一人娘だ」
「そんな子が何で、あんたの家に居るのよ?」
「身寄りもないし、金もない・・・俺しか思い浮かばなかっただろう」
俺に頼るしか道がなかったのだろう。一応親戚を名乗る長身の男が一度来た事があるが
どうやら彼女は厄介者らしく誰も引き取り手がいないとのことだった。
「まあ、よし・・・それでは本題に戻るとしましょうか」
納得、といった感じだろうか?ため息交じりに静菜は言うと、再び俺をジロリと睨んだ。
「何で、その子が魔女っ子衣装であんたをお出迎えしてた訳?あれか?魔女っ子プレイか?」
まずい。静菜の後ろに黒いオーラが満ち満ちている。このままでは全世界が凍り付いてしまう。

「違う!可愛いとは思ったが決して俺が着せた訳じゃない!」
「可愛い!?」
静菜は俺の『可愛い』発言にだけ反応し、身を乗り出した。
年頃の少女らしい綺麗と可愛いの中間位の端正な顔が今では立派な般若か鬼だ。
真っ赤な顔をしているので鬼が妥当か?
「なら、私にも頂戴!魔女っ子服!着てあげるから」
「静菜。お前は勘違いをしている・・・ナルナルのあの服は俺があげたものではない!」
「なによ!私じゃ似合わないとでも言う訳!」
こいつの中で俺の性癖=魔女っ子の式が完成しているようだ。
そのように思い込んでいる静菜に今の発言は、よろしくなかったみたいだ。
溶けて雫が流れ落ち始めていた氷の刃が再び刃の形をなし、刃先を俺に一斉に向けた。
「・・・服は魔術で作った」
すぐ横からの気だるい声、俺と静菜は声の主の方を向く。
俺達の視線の先には、魔女っ子衣装のままの鳴が居た。
ちょこんと正座し、昨日風呂場で洗濯した洗い物を丁寧に畳んでいて、
今まで置物ではないかと思えるほど静かだった鳴の言葉に静菜がきょとんとする。
「作った?」
しばらくして静菜がオウム返しで繰り返すとギロリと俺をにらんだ。
「どういうこと?」
静菜が驚くのも無理もない。魔術が使えるというだけで特異なのに、
火や氷などの自然にあるものを魔術的に具現化するのではなく、
服の繊維を分解し再構築するなどという荒業が出来るのは世界広しといえどこの子くらいだろう。
「・・・湊が喜ぶと思って作った」
「ああ、なるほど・・・」
静菜が納得といった感じで何度も深く頷いた。
どうやら静菜の問いは『何でこの子は、こんな高度な魔術が使えるの?』ではなく
『貴様、己の趣味でこの子にこの衣装作らせたのか?』だったようだ。
「判決。被告人、白瀬湊は死刑」
「おい、理不尽でないか?」
裁判長が静菜の時点でこの結末は大いに予想できたが有無を言わさずの死刑判決は
あまりに理不尽だ。
人としての当然の権利を主張しようとする俺に静菜は冷やかに息を漏らすと
鋭い眼で俺を見下ろした。
「当然でしょう?私という最愛の人がいながら魔女っ子少女にうつつを抜かし、
挙句の果てに自分の手ごめにしようだなどと」
メラメラと怒りの炎を燃やす静菜とは対照的に次第に氷ついていく俺の身体。
「これは・・・躾の必要あり・・・だよね?」
途切れ途切れの言葉の中に見え隠れする隠しようのない殺意。

「し、静菜ちゃん・・・なんか俺の足が凍り始めてるのは、なぜかな?」
精神的なものから来る寒さではなく、本当にこの部屋全体の温度が
どんどん下がっているように感じる。
静菜の怒りが魔術的な力を放出し、辺りの温度を下げているようだ。
「それはね、貴方が逃げられないように拘束しているのよ?」
「静菜ちゃんの手にあるのは・・・なにかな?」
「氷ってね、尖らせると結構な殺傷能力があるんだよ?知ってた?
これでねブスッてすると血が出て大変なことになるんだよ」
刀のような氷をトントンと掌にあてながら、静菜は氷を研ぎ澄ましている。
「最後に言いたいことはある?」
「ああ、お前さっきからパンツ丸見え」
正坐する俺、椅子に座る静菜・・・俺からはちょうど短いスカートの奥にある水玉が
見えてしまっていた。
「どうだ?お前に恥をかかせまいとする俺の気づかいは?」
「・・・ッ!」
顔を真っ赤にしてスカートを抑える静菜。その隙に俺は即席の魔術式を組み、
俺の周囲を囲む氷に熱を集中させ消し去る。
そのあとすぐに俺は、脚の上に乗っている忌まわしい本を静菜に向かってばらまいてやった。
「きゃ!?」
静菜が怯んでいる間に足に纏わりつく氷に触れ、魔術で熱化させた手で溶かし、一目散に逃げ出す。
「どわ!」
そのままドアを蹴破り逃げ出そうとしたが、そのドアは凍りつき、
俺の力だけでは蹴破ることが出来なかった。
跳ね返され転がる、哀れな俺・・・背後に迫る狂気に、焦る俺は気付く訳もなかった。
ドアに纏わりつく氷を溶かそうと魔術式を組む俺の頬を何かが掠った、
それは凍りついたドアに衝突し乾いた音と共に氷の粒となり砕け散った。
「湊が私に勝とうだなんて100万年早いわよ」
両手持ちで構えた氷の刀を振り上げ静菜が俺の背後に迫る。
振り返る勇気もない俺に静菜は最後に一言。
「大丈夫、痛いのは最初だけだから」
いや、俺には痛覚が・・・
などと突っ込んでいる暇もなく振り下ろさせる、凍りの刀。

「・・・ダメ」
刹那。小さな影が俺達の間に割って入り氷の刀を砕いた。
「う、うそ・・・」
砕け散った氷の破片を呆然と見つめながら静菜が小さくつぶやく。
「・・・湊を苛めちゃ・・・ダメ」
俺のピンチに颯爽と現れたのはピンクのフリフリ魔女っ子衣装のナルナルだった。
「ナルナル!」
ちびっ子よろし、祈願するように助けを求めるとナルナルは特徴的な垂れ目をキラキラさせた。
「湊・・・鳴、いい子?」
「ああ、いい子だ・・・いい子だな・・・鳴は」
最後の方はあまりの感動に声になっていなかった。
頭を撫でてやると目を細め、頬を桜色に染めた。
「鳴、いい子・・・ならゾウさんと遊んでいい?」
「ああ、いいぞ・・・なんでも・・・きいて・・・やるぞ」
俺は感動のあまりとんでもないことを口にしていた。
途中で気づくももう遅い、鳴は即座にしゃがみ込むと俺の股間を凝視した。
「な、なな・・・」
俺でも反応できなかったのだ、静菜も突然の出来事に顔を真っ赤にして後ずさっていた。
鳴が俺のズボンをずり下ろすまでは・・・
「ゾウさん?・・・ゾウさん・・・?」
どうやら静菜もゾウさんの意味を把握したらしい。
その顔を羞恥から怒りのそれにクラスチェンジさせていく。
「この変態ロリコンが!」
右腕をくの字にし、上半身を少し曲げる、助走を付け遠心力を乗せた拳を俺の顔面めがけ突き出す。
「成敗してくれるわぁぁ!!!」
俺の頬にめり込む静菜の拳。数秒間の間に俺は天井を突き抜け天空へと登った。
「・・・静菜。湊をいじめる悪い奴」
「・・・黙れ、諸悪の根源。性純派アイドルのような目で湊をかどわかしといて何を言ってるのよ」
「・・・湊は私を可愛いって言ってくれた。私の勝ち」
「湊は私にゾッコンラブなんだから!あんたの入り込む余地なんてないのよ!」
遥か下に見える地上で静菜と鳴が何やら言い争いしているのが、
かすかに聞こえたが今の俺はもうすぐ来るであろう落下への恐怖でそれどころではなかった。

 その後、俺が奇跡の生還を果したが、家は氷の刃が無数に突き刺さり穴だらけの廃墟と
化していたのは言うまでもない。

7

 夢を見ていた。幼い俺と同じ歳くらいの女の子が楽しげに遊んでいる。
それが夢だとはっきりわかる、女の子の顔にモヤが掛かり見えないのだ。
ブランコ、すべり台、シーソー、ジャングルジム。一通り遊び終わった時だった、
女の子の声が急に沈んだ。
『湊・・・』
小さな声が頭に響く。小さな手が頬に触れる、
『もし、私が正義の味方になって・・・たくさんの人を殺したら・・・どうする?』
正義の味方で人殺し?疑問に思ったが夢の中の俺はその疑問を口にすることなく答えた。
『その時は、俺が悪人になってお前を殺してやるよ』
どうしてそんなことを言う?残酷な言葉を受けて女の子はどう思ったのだろうか。
『ありがとう・・・約束だよ』
モヤの向こうの顔が微かに緩んだ気がした。もしかしたら・・・笑ってくれたのかもしれない。

 不意に意識が現実へと引き戻される。だるい体を起こし窓の向こうの朝空を見つめる。
まだほんのりと月がその姿を晒している、俺はため息をつくとゆっくりと立ち上がった。
「・・・」
さっきまで見ていた夢、おそらく小さい頃の記憶がよみがえり見たものだろう。
うっすらと記憶に残る幼い頃の記憶を呼び起こす。
やはり女の子の顔を思い出すことができなかった。
(あんな電波な会話する幼な友達なんて・・・静菜しかいないな)
そう結論付けて俺は両手を天井に向かって伸ばし、欠伸をした。

「わ、どうしたの?この怪我」
登校時、彩音は俺を見つけるなり駆け寄り、昨日の一件でできた男の勲章
(頬にめり込んだ拳の痕)を撫でてくれた。
「こら〜、触るな〜。こいつは私の所有物なんだから」
俺の右肩からグイっと顔を出し彩音を牽制する静菜。ジト目で睨まれても物おじせず、
というか静菜の存在がないかのように彩音は続けた。
「どこかの暴力女にやられたのですね?かわいそうに・・・」
心から俺の身を案じてくれる彩音。歯ぎしりし俺の肩を思いきり掴む静菜。
まさに天国と地獄。
「何かあったら、言ってくださいね?私なんでもしますから」
「な、なんでも!?」
思わず繰り返し、すぐに視線がその豊満な胸の方に移動する。
どうしてくれようか、どうしてくれようか・・・桃色な展開が頭の中に繰り広げられていく。
ガブリ、と俺の肩に悪魔が喰い付くまでは。
「ッ!何をするんだ貴様は!」
肩にかぶりつく静菜は俺をジロリと睨んで、すぐにその眼光を彩音に向けた。
「湊を誘惑するな、この牛女」
ぴくり、彩音の頬が不自然に振動した。さすがに無視は出来ないらしい。
俺のもう片方の腕を掴むと少し強引に胸元に引き寄せた。
俺がよろめくと、その拍子に俺の背中に抱きつく形で乗っかっていた静菜が
地べたに落ち尻もちをついた。
「なにすんのよ!」
「あら、いらしたの?」
「最初から居たわよ、気づいていてやっていたんでしょう!」
「あら、てっきり湊くんにまとわりつく・・・小動物だとばかり」
色白で涼やかな印象を持つ彩音の見下し眼が静菜の逆鱗に触れたらしい。何かが切れる音がした。
静菜は俯いたまま立ち上がり尻をポンポンと叩くと、およそ人とは思えぬ速さで
俺の横まで来ると彩音が掴んでいる腕の逆の方の腕を掴み胸元に引き寄せた。
「こいつは、私のだ。ずっと・・・私の」
ある種の威圧感を与える低い声、けれど彩音は気にする素振りもなく、
俺の腕にさらに強く抱きついた。
「ワガママ、暴力三昧の貴女なんて・・・湊くんにとっては、
ただ手の掛かる『子供』程度にしか思われていないと思います」
「これは・・・私の愛情表現なの!」
「残念。その愛情は湊くんには伝わっていないかと・・・」
俺でもヒヤリとさせるほど涼やかな笑みで彩音は続けた。
「独り善がりの一方的なものですね」
会心の出来とばかりのニッコリスマイルと俺の腕を間に挟んでの胸協調姿勢。
この子はできる子だ。思わずむさぼり付きたくなってしまった。
「うだぁ〜!?触れるな、同じ地面に立つな、同じ空気を吸うな!?」
静菜様の怒りだ。俺の頭を抱え込みギャーギャーと騒ぐ、彩音の反論も気にせずに喚き続ける。
「・・・」
さしもの彩音もとうとう堪忍袋の緒が切れのだろう。
ぺチンと静菜の手を叩いて、驚かせた隙にお返しとばかりに俺の頭を自分の胸元に引き込んだ。
「触るな〜!」
静菜の喚きが増していく。彩音は無言で俺を抱き続ける。
好奇の目と両手に花な俺に嫉妬する男共の怨念、俺はその両方と闘いながら思う。
胸に口を塞がれ息ができない。そろそろ・・・ヤバイ。

 朝の地獄絵図の再現だろうか?昼休みになると二人は揃って
俺に一緒に昼食を食べようと誘ってきた。(お互いの存在を無視して)
「湊くん。どうぞ・・・♪」
「湊〜、あ〜ん」
華の咲いたような笑顔で物体Xを俺に差し出す彩音。
さも自分が作ったものとばかりにコンビニ弁当の卵焼きを差し出す静菜。
「静菜さん、湊くんが困っているじゃないですか。や・め・て・・・ください!」
「人の食べ物じゃない物を当然の如く差し出すあんたに言われたくない!」
コンビニ弁当を自分が作ったものの如く出すお前もどうかと思うぞ。
もちろん思っても口にすることはない。
「さぁ、湊くん。あんなペチャパイなんてほっておいて・・・」
「な・・・ペチャ」
静菜にとって一番の禁句を何の迷いもなく言うと彩音は物体Xを俺の口に押し込んだ。
「ちょ・・・無理やり・・・押し込むな、あ・・・や・・・」
「大丈夫。最初は苦しいかもしれないですがすぐに良くなります」
この子は恐ろしい子だ。天使のような顔して黒く変色した物体を俺に食わせるなんて。
「私が愛情込めて作ったお弁当が美味しくないわけないですよね?」
「ぶゥ-―――――!」
口から何かが吹き出し、俺は自分の意思とは関係なくその場に倒れた。
「み、湊!彩音、あんた湊に毒を盛ったわね」
「あら、そんなことしていませんよ?ちょっとした惚れ薬と精力剤と自白剤をいれましたが・・・」
口の中と胃に刺激が残っている、間違いなく化学反応を起こしているぞ。
「なにしてくれてるのよ!何かの間違いで湊が不能になったらどうすんのよ!」
「そうですね、子供を作らずにずっと二人きりというのも素敵ですね♪」
「妄想もいい加減にしなさい。湊は将来、私との間に数十人の子供を作って、
最強の魔術軍団を作るんだから!」
「かわいそうに、頭がおかしくなって・・・見ちゃいけませんよ、湊くん」
お願いですから・・・誰か俺に安息を・・・

 不意にケータイが鳴る。俺は震える手でケータイを掴んだ
〈久しぶりね、湊ちゃん〉
電話の向こうから聞こえる軽やかな女の声。不愉快な声に俺はげんなりとしたが
女は気にすることなく続けた。
〈大事な用件があるの、もちろんお偉いさんのハンコ貰っているんで、あんたに拒否権ないから〉
「黙れ。空気を読め・・・変態女」
〈ああ、それと幼馴染の静菜って子と、同級生の彩音って子も連れて来るように〉
電話先で踊っていそうな声にイライラが増していく。
『瀬能 唯』立場上、俺の上司になる。いわゆるマッドサイエンティストというやつで
自分の研究の為なら人の命などゴミ同然に扱う女だ。
〈あれ?説明してないの?お仕事のこと?〉
「静菜は知ってるが彩音は知らん」
〈あれ〜、彩音ちゃんは素質があるからマークしてたんだけど・・・
近くにいる貴方が気付かない訳ないわよね?なのに彩音ちゃんには話してないの?〉
この女の言う『素質』とは魔術のそれだ。もちろん俺がそれに気づいていない訳ないのだが・・・
この子は俺が自分の力で手にした初めての『友達』だ。
あまり物騒なことに巻き込みたくなかった、今の俺にとってはかけがえのない人だから・・・
〈さっきも言ったけど拒否権はないから〉
「わかった。ただし条件がある」
〈あれでしょ?彼女たちに危害を加えるなってことでしょ?〉
「・・・」
〈私は善良な市民を実験台にするほど・・・人間腐ってないつもりなのだけど?〉
電話を挟んでの会話なのに背筋が凍るほどの冷淡な声が最後に響く。
〈善良な・・・市民ならね〉
「湊・・・」
「湊くん・・・」
ふと、小さな声が俺の耳に入った。声のした方を見るとそこには般若顔の女が二人。
「さっきから誰と話してるのかな?」
「弾んだ女の方の声が聞こえるのは・・・気のせいでしょうか?」
「待て、落ち着け・・・話せばわかる」
「問答無用!」
「お仕置きです!」
無数の氷の刃を背中に纏い静菜が迫る。釘バットをブンブン振りながら彩音が迫る。
公開処刑が執行される。
「ぎゃー!そこはやめてくれ〜!」
〈にぎやかね・・・〉
若干引き気味の女の声が電話から聞こえた。

 あのあとすぐに俺たちはある場所に向かった。途中、彩音に俺の仕事について説明した。
公にはされていないが魔術師が犯罪を起こした場合に動く魔術師専門の警察みたいなものがある。
国中からある程度の力を要す魔術師を破格の待遇で雇い、犯罪を犯した魔術師を捕縛させる。
ただそれだけだ。この仕事については静菜には説明してある。
彼女は代々続く魔術師の家系の当主だからというのもるが、以前暴力を振るわないと約束した手前、
この仕事の内容について説明したのだ。
最初は不機嫌そうに聞いていたが最後は渋々納得してくれたのを今でも覚えている。
そうこう説明しているうちに目的の場所まで着いた、町はずれの古ぼけた洋館。
蔦の巻きつく大きな門をくぐりレンガ状の道を進み木製の大きな扉を開ける。
中は外装とは異なり近代ビルのように小奇麗な空間になっている、
初めて入った二人は不思議そうにきょろきょろしているが
俺はもう何度も来ているので新鮮味の欠片も感じない。
好奇心に駆られる二人を急かしながら進み、厳重に警備されているであろう鉄製の大きな扉の前で
俺は歩みを止また。すると二人が訝しげに俺を見つめ。
「ここにいるのね」
「湊くんの浮気相手」
「違うっつうの!」
この扉には触れたものを発火させる魔法陣が施されている。
俺は魔法陣の中心を思いきり蹴り飛ばした。
重苦しい扉が開く、その先には20後半位の歳の女がいる。
「ようやく来たわね」
頭をボサボサと掻きながら振り返る。
「話し込む気なんてない。要件を言え」
適当に配置されている椅子に腰掛けると静菜と彩音もそれに続いた。
「殺人事件の捜査をお願いしたいの」
「殺人事件?」
魔術師の殺人は普通の殺人よりも罪が重い。後ろの二人も思わず息を飲んだ。
「んで、犯人の手掛かりは?」
「犯人はもう捕まっているわ。それも一般人のね」
「な・・・」
退屈しのぎに遊ばれた。俺がそう思い立ち上がり帰ろうとすると。
「待った、話は最後まで聞く」
両肩を掴まれ無理やり椅子に座らせられる。
「不思議な事件が続いてるの、恋人を殺傷・・・もしくは殺しちゃうっていう事件が」
「ただの痴話喧嘩だろう?そんなことに俺たちを巻き込まないで欲しいんだが」
「確かに一件や二件なら偶然にできるのだけどね、
それがここ何週間で立て続けに数十件起きてるのよね」
「あ〜、魔術で操っている奴がいると?」
「正確には操っている訳ではなく、嫉妬心を増長させているだけのようだけどね」
「は?」
「加害者。つまり恋人に危害を加えちゃった人の話なんだけど・・・
恋人が他の異性と話しているだけで殺人衝動を憶えたり。
中には母親と話すな・・・なんて言った人もいるらしいわ」
後ろの二人をちらりと見て俺はそれが他人事とは思えないような感じがした。
「手掛かり・・・かは分からないけど、加害者はみんな女ってところかしらね」
「なんで?」
「そりゃ〜、女の方が嫉妬深いからってことじゃない?」
さらりと言って後ろの二人に目配りする。振り返ると静菜と彩音は小さく頷いた。
気をつけなくては次の被害者は俺だな。肝に命じ俺は聞いた。
「それで、なんでこの二人を呼べって話になったんだ」
「調査に協力してもらう為よ。事件の特徴上、女の人の協力が必要でしょ?」
本当にそれだけか?聞いてみても同じ答えが返ってくるだけだろう。
「嘘言え。今度じっくりとこの二人を呼んだ理由聞かせてもらうからな」
何も答えず女は微笑し、事件の資料を手渡した。
「話は終わりだな。行くぞ静菜、彩音」

乱暴に扉が閉められる。その扉を見つめ唯はつぶやいた。
「二人とも・・・驚いてはいたけど、動揺はしていなかったわね」
面白くなってきた。探究心を刺激され唯は全身から快楽が吹き出すのを感じていた。
「楽しみ、楽しみ・・・」
唯は鼻歌まじりに不気味に笑った。これが彼女が喜びを表す時の最大級の表現だ。
「湊ちゃんと初めて逢ったときと同じ。ゾクゾクする」

8

「かったるい」
意気揚々と調査に乗り出してはみたが、すぐに行き詰ってしまった。
現場となった場所を調べたが魔術的なモノが施された形跡も介入した形跡もない。
もちろん一連の事件の加害者や被害者と逢ってみたが、魔術的なモノは
何一つ見つけ出すことができなかった。
なのでここ数日、白紙の報告書を提出しては変態女こと影見唯に渋い顔をされる毎日だ。
「今日は、私が調査協力する!」
「女性のなんたるかを知らない、あなたより私の方が数倍湊くんの力になれます」
頼りになるはずの特別捜査員の静菜と彩音は不毛な争いを続け、手助けどころか邪魔ばかりしている。
「喧嘩なら、事件の真相を解明してからにしてくれよ」
悲しいかな、こういう場合・・・
「代々、有能な魔術師を輩出してきた観里の家の人間に向かって何言ってるのよ」
「口を開けばワガママばかり・・・観里家というのは代々有能な自己中を
輩出している家系なのですか?」
男の意見が通ることはない、男性蔑視だ。
「だから・・・!」
「ん?」
反論しようと身を乗り出した静菜を耳障りな機械音が止めた。
ケータイが鳴っている。それも静菜と彩音両方のケータイが同時にだ。
ここまでならただの偶然で済まされただろう。
〈ユグザナイ・・・〉
二つのケータイは何コールかすると出てもいないのに勝手に止まり、
そのあと異質な声を響かせた
〈ハガレロ・・・〉
喉の辺りに何かが詰まっているのか声がくぐもり呂律も怪しい。
〈ミナト・・・ワタ・・・ガナイ〉
地獄の底で罪を償う亡者のような声は俺に名を口にし『渡さない』と言った。
生憎と俺の知り合いで地獄に落ちているのはクソ親父だけだ。
あの男が俺を渡さないなんて可愛らしいこという訳がない。
だとすれば誰だ?考えた瞬間に激しい頭痛が俺を襲った。
頭の中身が飛び出てしまいそうな痛みだ。膝を付き地面に崩れると俺は痛む頭を手で抑えた。
「み、湊・・・」
「湊くん」
恐怖に震える二つの声。二人は恐怖を必死に堪えながら俺を心配してくれている。
二人に肩をかしてもらいなんとか立ち上がると俺はケータイの向こうに居るであろう人物に言った。
「誰・・・だ」
声を発する旅に頭に衝撃が走る。ズンズンと迫る痛みに顔が歪むのを感じる。
〈マッデデ・・・ズグ・・・オワル〉
最後の言葉でこの声の主が女だとわかった。
いや・・・それは俺の知っている声だった。
「ああ、いますぐ・・・その前に俺が・・・止めてやるよ」
俺が途切れ途切れに言うと、さきほどまでのが嘘のように頭痛が治まった。
「湊・・・強い・・・何かを感じる」
青ざめながら静菜は言うと震える肩を押し付けてきた。
彩音も小さな肩を震わせている。
無理もない、最初の言葉は間違いなく二人への憎悪を感じさせた。
初めてこういった特殊な事件に関わった二人は想像を絶する恐怖が全身を駆け巡っているであろう。
「わるい・・・何処だか・・・教えてくれ」

 静菜から震える言葉で途切れ途切れに聞きながら、強い力を感じる場所に向かう。
その間に息を整え、なんとか体調を整える。
「近い・・・よ」
小さなトンネルを指さして静菜はその場に崩れた。
「ありがと・・・」
震える静菜と彩音の頭を撫でてやる。
「お前らはここで待ってろ」
「でも・・・」
「待っていろ!」
食い下がろうとする彩音を声で制して俺は返事も聞かずに進んだ。

 ぐしゃり、ぐしゃり・・・一歩一歩近づくたびに嫌な音が耳に入って来る。
乾いた音と、水が滴る音・・・俺はこの音を知っている。
肉体が裂ける音と血が滴る音だ。血の匂いが充満するトンネル内の中心に真っ赤に染まる何かと、
それに覆いかぶさるようしている病的までに白いヒト。
いや、それはもはやヒトではなかった。
「・・・紫苑」
その名を口にすると、ぐるりと首を反回転させ俺の姿を認めるとニッと笑った。
その顔は病的なまでに白い、青い血管が彼女にまとわりつくように幾重にも絡みつき
その白さを強調している。
口から垂れる赤い液体を舌で拭うと彼女は白目なく、ただ深い漆黒の瞳をギョロリと動かした。
「ようやく・・・会えたね」
それは童女のように無邪気で、
「逃げて・・・奏さん」
「ダマレ・・・」
醜女のようにワガママだった。
「あぐ!」
血に染まり横たわっていたのは俺の同僚の霧尾さんだった。
俺に逃げろと言い伸ばされた腕が一瞬で折れ曲がり、その場に落ちた。
遠目で見えないが胸元がバッサリと裂け、そこからおびただしい量の鮮血が噴き出ている。
「やめろ!」
怒りのあまり叫び駈け出した時だ。
「ドウシテ?」
気づいた瞬間、まっ白い顔が目の前まで迫っていた。
「アノオンナハ、ミナトニイロメヲツカッタ・・・」
口の中から言葉とは別にゴボゴボという音がしてくる。
「ダカラ、ワタシガ・・・コロシテアゲルノ」
喉に詰まっている鮮血がゴボゴボと鳴り俺の頬に飛沫を飛ばす。
「ワタシニハ、ミナトダケ・・・ミナトニハ・・ワタシダケ・・・ソレダケデイイ」
「どしたんだよ。羽織・・・」
『彼女』の名前を呼んでやると漆黒の瞳に真っ赤な点が浮かんだ。
吸い込まれそうなほど純粋な狂気に充ちた赤と黒の瞳が俺を映し出し誘う。
【一緒に幸せになりましょう・・・湊・・・】
頭の中に直接響いてくる、
【湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、
湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、
湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、
湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、
湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、
湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、
湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、湊、
湊、湊、】
声・・・声、声、声。

 少しでも気を緩めれば一瞬で持ってかれる。
「湊!」
「湊くん!」
精神の戦いの中に、響く人の声。
「―――――――ミヅケダ」
しまった。そう思った瞬間、ゴボゴボと不快な音とともに嬉々とし、
純粋な狂気を孕んだ『ヒトならざるモノ』が、後ろで声を発した二人に飛びかかった。
「―――――――コロス」
「やめろ!」
俺は背を向けた『ヒトならざるモノ』の後頭部を掴むと俺は無理矢理に吹き飛ばした。
「ガアああああああぁぁあああああああ!!!!」
怯むことなく、再び二人に襲いかかろうとする『ヒトならざるモノ』の前に立ちはだかり、
その腕を差し出す。
耳に届くのではというほど裂けた口を開くと『ヒトならざるモノ』はそれに喰らい付く。
「ドウシテ、ジャマスルノ?」
「・・・」
「そんなに大事?あの二人が」
いつの間にか声が人間に戻っていた。
「そう・・・なら、湊をたぶらかす、あおのクソ女共をぶっ殺してやる」
故にその言葉をさらなる恐怖を増長させ、後ろの二人を威嚇する。
「ううん、あの女共だけじゃない!湊に近づくと女は全部!全部、全部!」
そして、彼女は完全な『鬼』と化した。
「喰い殺してやる――――――――!」

2009/08/05 To be continued.....

 

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