昼休みの屋上にて、俺は唐突に唇を開いた。
惣菜パンを食べるためでもあったが、それよりも先に愚痴は出てしまう。
「ツンデレは嫌いなんだ」
「我が友よ、なにを言っている」
「だって考えてみろよ、ツンツンツンしてるんだぜ?」
「それが好いのではないかね」
「むしろ苛々するね、俺は」
肩を竦める俺に対して、杉並はべっちょりした箸を俺に向ける。
如何にも夕食の残りと思われる煮物のついた箸でだ。
やめろよ、と厭な目線で訴えれば、すまんとだけ言って引っ込める友達。
「ふっ、其れさえもない俺はどうすれば・・・」
「気に病むな、杉並」
「健也、平井嬢を篭絡したお前を羨ましく想うぞ」
「あんなツンデレ、勘弁・・・」
バタンッと屋上のドアを開ける音に、思わず己が言葉は噤まれる。
「やっぱり来たか」なんて云わざるを得ない。
杉並が拳を腰溜めに構えているのは無視だ。
「・・・・・・、ここに居たわねッ、健也。
さっさと私の手作り弁当を食べなさいッ」
「俺が惣菜パンを咥えているのを、理解できないのか」
「ッ、そんな栄養の偏るものじゃなくて、之を食べなさい!!
それとも、アンタは彼女の作る弁当を食べれないってのっ!?」
「ああ、わかったよ」と頷けば手渡される手の込んでそうな弁当。
見ただけでも彩り豊かな、かつ栄養面にも均衡が取れていることが解る。
だからといって食べ盛りの高校生男児として量が不適切ではなかった。むしろ適切。
「べ、べつにアンタの事をもっと知りたいとか
これであわよくば御母さんと仲良くして外堀を・・・
って勘違いしないでよッ」
「ああ、しかしお前ももっともらしい・・・おしとやかな彼女として振る舞いを、しないのかなぁ」
「あ、アンタって奴はっ、いつもそればっか」
ふんっ、と貌を背ける結華。
「これだから・・・」
「なんか云った?」
これだから ツンデレは 面倒で嫌なんだ。
平井結華[ゆいか]とは先月から彼氏彼女として付き合っている仲だ。
放課後の土砂降り。
眉を顰めて傘代わりに鞄を代用して帰ろうとしていた時だった。
つっかけに靴を通し校舎を出ると、不意に掛かるのは背後からの声。
「あ、あの、健也さんですよねっ!」
「はい、そうですけど?」
怪訝な貌をして振り向く健也。声を辿れば、ショートの黒髪につぶらな瞳。、
『つ、付き合ってください』
『・・・はっ?』
『あ、あの、左藤健也さん、ずっと前から好きでした』
まるで、ちょっと古ぼけた、恋愛ドラマを見ている気分だった。
頭が真っ白になって、でも数分経って、
『はい、こちらこそ宜しく』と頷いた。
そこまでは上出来だったんだが・・・なぁ。
其のとき彼女がツンデレなんて知らなかった。
もし知っていれば俺は付き合うことを躊躇しただろう。
未だに、ツンツンツンツンしているし。
かといって俺がいなければ、ツンデレのツの字も顕れない。
時たまデレ期の往来かと思えばツンツンだし。
つよき○ と つ●きす二学期 を未プレイの俺には、図りかねていた。
「本当に、ツンデレか?あやつは」と。
杉並は
「馬鹿だなぁ、健也。
好きなやつを目の前するとツンケンしてしまうだろうがツンデレ」
とオタク道の極みに達した話を、熱論していたが。
何故か「敢えて言おう、ツンのないデレなど意味がない」
などと言って、ジークジ○ンを繰り返していた。
いや、だから俺はツンなんて要らないです。デレが欲しいんです。
だかしかし、ツンデレだと仮定するならば
彼女を計算式で表すとこんな感じだろう。
=ツンデレ+身持ちの堅さ+美人。
セクスは勿論駄目。ペッティングはNG。フレンチなキスすら稀にだ。
という「どんな身持ちの堅さだよ」というほどの清いお付き合い。
部屋に誘ってみても手を繋ぐだけだというのに、人前ではそれすらない始末。
「ヨイデハナイカ、ホレホレー」とでもやれば、何が起きるか解ったもんじゃない。
別に、背徳が好きとか、ヤるだけが能とかいうわけじゃぁない。
しかし、得てして男はエロくなるように、
設計され生まれ落ち成長退化死亡する生き物だ。
そして、なにより、これが、欠点だった。
俺の性癖を許容/理解しようとしないのだ。
性癖といっても性的嗜好によるものではなく、広義での意味だ。
ファミレスで待ち合わせていた女友達と、コーヒータイムを取っていた。
「んっ、んぅ、んんっ」
「喘ぎ声出すなよ、店員に変な目で見られンだろうが」
「いや、だって健也が梳いてくれると、心地好くてさ」
「だからってンな声」
「・・・健也。耳掻きしてもらってるようなものだよ」
「ああ、わからんでもないか」
俺の性癖、それは髪を触りたがる事だ。
そして、平野は今だに「女は髪が命」と視線で語り、触れることさえかなわない。
「大体さ、考えてみろよ」
「はいはい」
「俺ってさ面倒臭いの嫌だしさ」
「あいあい」
「デレ期なんだか、ツン期なんだかわかんねぇーし」
「ういうい」
「しかも私だけ見てだの、エロ本は見ないでだの、
AVを使うなだの、ずっと長電話してだのと」
「へいへい、あー定員さん。バナナパフェ追加ねーー」
「あの、お前なァ、もちっとちゃンと聞くつもりはねぇのか」
「いいーじゃないの」
「俺の驕りのくせして、頼むもンばっか頼みやがってよ」
「相談料♪相談料♪」
財布の中身はまだまだ余裕がある。
だから/けれども、
今は吾は君と時を分かち合いたい、
彼女がいてもそう想うのは駄目であろうか? |