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タッタ一ツノ存在ヲ

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1

Normal ending「たった一つの存在を」

ゆっくりと湯船に浸かった僕は、風呂から上がるとTシャツ姿で、居間の戸に手を掛けた。

恐怖だ。
僕の体が、機械かのように、惑いは僕のものじゃなかったかのように。動きを停止した。

 

この光景は何なんだ?

血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、
血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、
血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、
血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、
血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、
血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、
血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、
血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、
血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、
血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、
血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、
血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、
血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、
血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、

 

何故、血みどろの包丁を持っている愛[めぐみ]がいる?

 

何故、ナイフやカミソリ、カッターを生やした華凛と鞘がいる?

 

 

何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、
  何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、
   何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、
    何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、
     何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、

 

僕は、包丁を頬ずりをする羅刹女に、

 

  かつて優しい幼馴染であったはずの愛に、

 

    眼を淀ませ、兇器を握り締め侠気をはらませた少女に、

 

      僕は正宗を抜刀し、叫んだ。

 

         「何故なンだッ!! 愛ぃッ!!!」

 

僕ははらわたが煮え返らんばかりの、
怒声を上げて、彼女を睨みつけた。

「何故、彼女らを殺したッ!!!」

 

「克樹君がいけないんだよ?」

まるでさも僕が悪いかのように微笑む愛。

 

「お前、何言ってるんだよ!?正気かっ」

 

憤りを隠せない僕は正宗を中段に構え直した。
生かすための活人剣は、僕の手中で“殺意に満ちて”吼える。

 

「私って言う、幼馴染がいるのに、あんな泥棒猫に捉まるんだから」
「だからといって殺すのか!!」
「うん、そうだよ」

 

彼女はそれが当然と言わんばかりの云い方で、また微笑んだ。
だが、その雰囲気はやけに悪意と嫉妬と侠気によって彩られていた。

 

違う、こんなの愛じゃない。

愛はもっと可愛らしげで、起こしてくれて、
一緒に登校して、手作りの弁当を渡して・・・だというのにっ!!

「そんなの、愛じゃないッ!! 俺が見てきた愛なんかじゃないッ!!」

 

 

僕がそういうと、彼女は急に恐怖を抱いたように、

「わ、私・・・殺し、ちゃった」

愛は血に汚れた両手を。血で汚した両手を前に歯をガチガチと鳴らした

「わたし、華凛ちゃんと鞘子ちゃん殺しちゃったよ」

カランと落ちた包丁を退け、僕は駆け寄る。
まるでドッペルゲンガーを見たような、そんな眼付きで。
彼女はヒステリーを起こすまでの、力も無いのか。
笑いはじめた。そう、彼女は嗤いはじめたのだ。

「は、はは、はははははは。私殺しちゃったよ」
「愛、しっかりしろ」
「殺したのに、克樹君に受け入れられない・・・なんて」

「・・・死んでやる」
「まさかっ!?」

とっさに掴もうとした手はすり抜ける。
正宗を握り締め、喉にあて、一気に引いた。

「ははは、ハハハハハハ、HAHAhaゴホッ」

どう見ても異常な出血に、僕はタオルを押し当てた。

「愛ぃ死ぬなっ、御願いだからっ、死なないでくれ!!」
「ははは、皮肉だよね。彼女達を殺しても、振り向いてくれないのに」
「しゃべるな、今救急車を呼ぶっ!!だからしゃべるな」
「でも、私が死ぬときは振り向いてくれるんだね」

「ありが、ゴホッ、と、ゴバッか、つ、き」

それこそ虫の息の彼女はそれだけ言い切って、息を引き取った。
僕は、亡骸を、涙を流し、抱きしめた。

 

 

 

 

Epilogue

それから十年後。

「お久しぶりです、先生」
「おぅ、来てやったぜ。十周忌か。時が経つのは早いもんだな」
「ええ、そうですね」

かつての熱血顧問は、未だにその面影を残しながら、やはり老いを隠せないようだった。

当時は強化されているとはいえ刀剣を所持していた事や、
修羅場の末の彼女達の他殺、自殺だったため上を下への大騒ぎだったの。

その中で僕の悪評が経たないよう気を使ってくれたありがたい存在だった。
無事、卒業できたのも、彼の助力があったからこそだからだ。

そのあとも、世知辛いこともあったが、なんとか家族を養える位の生活はできている。

「おとーさん誰ー?」
「パパー誰なのー?」
「お父様、誰それ?」

三人の少女達が、克樹の腰元に抱きつく。

「ずいぶんと可愛い、子供だな」
「はい、おかげさまですくすくと育ってます」
「お譲ちゃんたち、名前はなんていうんだ?」
「知らない人に、名前教えちゃいけないって。おとーさんが」
「パパが言ってるから駄目」
「お父様、教えていいの?」
「うん、僕の、恩人なんだ」
「あのねー、私は愛[あい]ー」
「私、華憐なの」
「鞘よ」

先生は眼を点にして、驚いた。

 

「おいおいおい、そうか。そう来たか」
「ははは、親御さんは縁起悪いから止めとけって」
「そりゃそうだわな、くっくっく」
「でも、愛[めぐみ]、華凛、鞘子が、生きた証を残したくて」

「パパー、それ誰なのー」
「お父様、誰ー?」
「お父さんがね愛[あい]、華憐、鞘と同じぐらい、愛してた人だよ」
「・・・・・・・」

無口ながらに彼女らが掴む袖口の力は強くなる

「大丈夫、ママとお前達から離れることはないよ
「父さん、本当ー?」
「本当なのー?」
「本当?」

うん、そうだよ。とにっこりと笑うと、
愛は肩車してーと、華憐はなら私はだっこー、
鞘は、今のままでいたいと強く腰に抱きついた。

 

「で、考えた末、名に使おうと考えたんだな?」
「もちろん、三人の親御さんに話しました、
  苦笑されたり、泣かれちゃったり、殴られちゃいましたけどね」

苦笑で言う克樹の後ろから、喪服の女性が克樹に近づいた。

「あなたー?どうしたのー?」
「ああ、恩師に会ってね。こいつが嫁さんです」
「こいつ、っていう方は何よ」
「まぁ、兎も角嫁さんに許可貰って、命名したんです」

 

 

 

愛、華凛、鞘子。僕は生きているよ。

自分勝手かもしれいけど、もし、見守ることができるなら、
僕の子を、影から見守っていて欲しい。

僕がいつか君達と会える、機会がもう一度、あるとしたら、そのときは・・・一緒に暮らそう。
もちろん嫁さんも会わせてね。、修羅場になったとしても、今度は皆で仲良く暮らしたい。

 

だけど、今は、今だけは、

  “たった一つの存在[ぼく]”を

     心から愛してくれる嫁と、三人の娘達を大事にさせてくれ。

 

蒼穹の空を懐かしむような目で、

 

克樹はふと顔を煌く空へと向けた。

 

「今日も、良い天気だな」

 

 

  突如、突風が、吹きすさぶ。

 

    三人の幼女たちがきゃっ、と声を上げる。

 

      その中、思わず後ろを振り向いた克樹は

 

        風の知らせでも聞いたかのように、

 

          キョンとした表情で立ち尽くす。

 

            その顔をくすっと微笑みに変えると

 

              「僕も、愛してるよ」とだけ、囁いた。

 

                 Normal ending「たった一つの存在を」

2008/04/29 NormalEnd

 

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