INDEX > SS > Angels Cry(仮)

Angels Cry(仮)

第1回    


1

積層都市『ミナウィヤ』

西方に存在する帝国の、その絶大な権力の下、ある一定の自治権を獲得した複数の都市のひとつ。
別名を、捩れた塔とも呼ばれる、十の『層』と呼ばれる複数の地面で構成されたその都市は、
かつて帝国と百年の長きにわたって戦を繰り広げた古代王国の、その権力の名残だ。
彼らが奉じていた神に対する祭壇とも、その神のための居城だったとも言われている
このミナウィヤが、本来どういったものであったかを知るものは、今はもう殆ど残っていない。

破壊されたからだ、完膚なきまでに。
帝国の手によって。
その王国の名残を残すもの全てが。
当時、現人神とも呼ばれる皇帝の、その天罰という名の下に。

今では、その古代王国が存在していたと示す物は
大きく外観を変容させたこの都市しか残っていない。
そしてやがて、それも忘れ去られるだろう。

 

十の『層』は、簡単に考えて3つに分けることが出来る。
本来はもっと細かな区分が存在するが、わかりやすくすれば3だ。
簡単に言えば、2層より上の『貴族層』。3層から6層までの『平民層』。
そして、7層から10層までの『貧民層』。
都市への入り口は6層にある。これは、都市の存在する地形の特殊さからだ。
すり鉢状の、断崖に囲まれた地。時折発生する岩なだれ。
巨大な石塊は、直角にも似た斜面を転がり落ち、土台である下層――
つまり、7層から下の貧民層を直撃する。
それによる死者は決して少なくなく、その頻度もまた、同様に少なくない。
だがそれでも、下層に人が住まなくなる事は無い。
それは、繁栄を謳歌する帝国と、その系列の、暗黙の事実だった。

大地にぽっかりと浮かんだ穴に建つ、天を仰ぐ捩れた異形の塔。積層都市ミナウィヤ。
しかし、都市の住民の半数以上を構成する貧民層の多くの人間は、
その天の色すら知らずに一生を終えていく。

 

そして私、10層に居る。
多くの人から忘れ去られた『層』。誰もが目を背ける、ミナウィヤの暗部。
地獄にもっとも近いとされる、地の底に――

暖かく、優しい陽光に、意識が徐々に覚醒へと導かれていく。

朝――。

開け放たれた窓。涼やかな風。
頭上ではためく、安物の色あせた緑色のカーテン。
その合間から覗く空は何処までも青く澄み渡っている。
これは、私の住居が『層』の外郭に存在しているからこその恩恵。
苦しい生活の中で、数少ない、私を慰めてくれる風景。
何処からか聞こえてくる、小鳥の可愛らしい鳴き声。
漂ってくる、薄い掛け布団の天日干しした直後のような匂い。
段々と覚醒していく、全身の感覚。
体中が痛い。昨日も遅くまで駆けずり回った。
疲労ばかりが溜まる、決して割のいい物ではない仕事。
ほんの少し前までは、存在すら知らなかった。

ゆったりと体を起こし、周囲を見回す。
小さな、みすぼらしい部屋だ。この数ヶ月間。ここにきてから今に至るまで、全く変化のない。
ぎしぎしを音を立てながら、小さなベットの外に足を投げ出して、頭をかく。
頭上から直接響いてくる音。
その音が鳴る度、周囲に飛び散る無数の小さな白い塊に、思わず咳き込んだ。
――そういえば、最後に体を洗ったのは、いつ頃だったか。

 

手を伸ばし、窓際に置いた小さな時計――あの家から唯一つ持ってきた――幼い頃に死んだ母が、
唯一つ残してくれたそれを両手に持つ。
値段をつければ、かなりの額になるであろう、精巧な意匠を施された骨董品。
ちくたくと、今も昔も変わらずに時を刻み続けているその時計の短針は、
数字の7を指し示している。
いつもの時間。
ここに住むようになってから、今に至るまでにに、私の体内時計が作り上げた生活サイクル。
今日もまた、それが示すダイヤグラム通りに私は眼を覚まし、その通りに一日を過ごしていく。

 

 

  時折浮かび上がる記憶――

――それは、彼女と過ごした日々。
まだ僕らが無垢でいれた、僕が綺麗なものを信じていられた頃の、決して戻らない日々。

崩壊は些細なすれ違いから、ココロとココロの微妙なズレが、その軋轢を増し――

今も、僕の心に傷跡が深く――

星明りの無い、『魔倣』によって生み出された、疎らに建つ人工灯の下を一人歩く。
やがて見えてくるのは、小さな木造のアパートメント。
『貧民層』に無数に建つ粗雑な建築物の一室が、ここでの私の住処だった。
一日をかけて・・・・・・いや、もっと以前から日々少しづつ累積する疲労感。
それに負けそうになる体を奮い立たせ、私はこの小さな寝床に、辿り着く。
扉を開き、中に入る。暗闇に慣れた瞳に映りこむ、質素な――粗悪なベットと、
申し訳なさ程度に置いた小さな家具しかない自室。
ボロボロに擦り切れた靴を脱ぎ捨て私は、今さっきもらったばかりの給金。
両手で硬く握り締めていたそれを、小さなタンスの、頼りない、
ちゃちな鍵がついた引き出しに投げ入れた。

一度、深く息をついて・・・・・・ゆっくりとベットに寝転ぶ。

体の命ずるままに思いっきり飛び込みたい所だったが、
この安価なベットでは、恐らく、その衝撃だけで骨組みがきしみ、下手すれば崩れてしまうだろう。
天井を見上げながら、先程しまいこんだ給金を思い出す。
封筒にすら入っていない、一日駆けずり回って手に入れた成果は、微々たるものだ。
上層に住む多くの人にとってはした金でしかない。
ちょっとした食べ物、それも一食分で消えてしまうような、その程度の物でしかない。
しかしそれでも・・・・・・今の私、『貧民層』に住む多くの人々にとっては今日を食いつなぐための、
大切な物だった。

私に出来ることはそう多くはない。
ここに着てから、最初の数日だけでそれは痛いほどにわかった。
貧民層といえども、能力のあるものであれば、それなりの事は出来る、
それは決して学力とかそういった物ではなく、所謂、汚いところで生き抜くための力だ。
そして、温室育ちの私に、そんな力などあるはずもなかった。

ここに着たばかりの頃、逃げるように、身を隠すようにこの地を訪れた私を、
迎え入れてくれる人なんて当然誰も居なかった。
この地に住む人間は皆、そう、皆一様に、今日を生き抜く事に精一杯だ。
誰かを助けるようなそんな余裕なんて、誰一人として持っていなかった。
当時私は余りにも多くの事について知らなかった。
当然だ、もともと私は『貴族層』で暮らしていたのだから。

お金があれば、どうにか出来たのかもしれない。
でも、それこそ身一つで出奔したような私がここで生きぬけるはずもなく、
そして、そんな私に手を差し伸べてくれる人も、当然居なかった。

一人、そう――唯一人を除いて。

ぎしぎしと、扉の外から音が響いてくる。遮音性のまるでない、薄い扉。
冬場の冷たい風をしのぐことしか出来ない、いやそれすらも危うい、その扉の向こう。
私は、確かな気配を感じた。

「・・・・・・」

無言。こんな時間にたずねてくるのは彼女しかいない。
わかってるこその無言。私なりの、彼女への信頼。
ぎぎぃと、ちょうつがいの軋む音。立て付けの悪い扉は、それ故に来訪者の存在を知らせてくれる。
良い者、悪い者関わらず。
少し強く叩けば、今にも砕けそうな薄い木の板。
その変わりとでもいうように、年月が作り出した防犯システムとでも言うべきなのだろうか。
もっとも、私の家に盗むような――傍らの置時計を除いて――
盗む価値のあるような物など存在しないが。
ここでは誰もが今日を生き抜く事に精一杯だ。
誰の元にも余裕などない。貯蓄を作ることなど、出来る者など数少ない。
それは、ここで生きる誰もが理解している。
だからそう、このあらゆる世界の底辺とでもいうべき小さなセカイで、
多発する犯罪の中で、盗みだけは、何処よりも発生率が低い。

「・・・・・・」

無言。お互いに。
背後に感じる人の気配。匂い。彼女の匂い。
ただ途方にくれていた私を助けてくれた人。
誰もが余裕のないこの地で、私に手を差し伸べてくれた人。
今私が生きているのは彼女のおかげだった。
何一つ知らなかった、ただ安寧と暮らしていた世間知らずのおぼっちゃまが、
この地獄と紙一重とも呼べる地で生き抜いてこれたのは。
もしかしたら、何か打算があったのかもしれない。
それは私の出自から、そう考えれないこともない。
けれども、私はただ一つ信じている。私の感じる、彼女の、私に寄せる気持ち――好意。
それだけはきっと、偽りのない本物だと。

「・・・・・・」

段々とその気配が近づいてくる。
腐りかけの木の床が彼女の歩みに合わせて、乾いた音楽を鳴らす。
何時も彼女は静かに入ってくる。それは、疲れているだろう私に配慮しての事か。

気づいても反応を返さなかったことがある。確かその時は、暫くの間枕元に気配を感じていただけ。
その後は疲労感に従うままに、そのまま眠りに入ってしまい、朝、起床した時には既に、
傍らに彼女は居らず、かすかな淡い残り香だけがそこにあった。

2008/04/14 To be continued.....

 

inserted by FC2 system