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天使と悪魔の狭間で…

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第11回                  


11 -ザ・ヤクザとジェラシック・メイド-

 翌日、僕は病院のベッドで目を覚ました。
  酸欠で失神した僕は救急車で病院に運ばれ、そのまま経過入院となったのである。
  失神したのは事実だが、入院までしたのは学校をサボるための口実作りのためだ。
  真理亜にこっぴどく叱られるウルスラは可哀相だったが、これも敵を欺くためだから仕方がない。
  その真理亜ときたら、枕元で半狂乱になってわめき散らすわ、
明け方まで大声で神様に祈り続けるわで──
  ハッキリ言って、もの凄く迷惑だった。

 それでも朝になると、若い僕の体力はほとんどフルチャージされていた。
  あの祈りが回復系の魔法だったというのなら、シスター・マリアの実力も大したものだ。
  本来なら礼の一つも言うべきなんだろうが、目を覚ました時に彼女の姿はなかった。
  うるさくするもんだから、とうとう看護婦につまみ出されたのだろう。
  彼女は今も教会の礼拝堂で、僕のため一心不乱に祈り続けてくれているのだろうか。
  だとしたら本当に申し訳ないと思う。
  僕はこのとおり、ピンピンしているのだから。

 さて、それではそろそろ行動を開始するとしよう。
  悠長に休んでいる暇など、今の僕にはないのだ。
  今日、学校をサボるのは敵から逃げるためじゃない。
  逆に油断してる敵の脇腹に痛撃を加えるためなのだ。

 まずは篁摩耶子の家に押し掛け、生徒会入りを直訴する。
  武道連盟が旗幟を鮮明にした今、摩耶子は双手をあげて僕を迎え入れてくれるだろう。
  生徒会をバックに付ければ、身の安全は保証されることになる。
  なにしろ、レスリング部やボクシング部、それに摩耶子直轄のフェンシング部は
超高校級の折紙付き。
  盾としてこれ以上のものはないっていう強豪揃いなのだ。

 万全の防御を整えてから攻撃に転ずるってのは、何も将棋だけの専売特許ではない。
  あの矢吹丈だって、ノーガード戦法などを多用したばっかりに、
最後にはパンチドランカーになってしまった。
  もし、彼がもっとディフェンシブなファイティング・スタイルを採用していたら──
  その後のWBCバンタム級の歴史は違うものになっていたであろう。

 それに何と言っても、人的資源を誇る武道連盟に個人で戦いを挑むのは無謀すぎる。
  互角の能力を持つもの同士なら、数が多い方が勝つに決まっている。
  そして、少々の能力の差など、圧倒的な物量でたやすくひっくり返せる。
  東郷元帥が仰ったように、百発百中の砲1門と百発一中の砲100門は
確かに同じ攻撃力を持っていよう。
  しかし、それらが互いに撃ち合うとなれば、第2撃目は0対99という絶望的な状況に
陥ることを知っておくべきなのだ。
  鎧袖一触、なんて目に遭わないためにも、僕はどうあっても生徒会を
バックに付けなければならないのである。

 僕は早々にパジャマを脱ぎ捨てると、そのまま退院手続きを済ませて病院を後にした。
  摩耶子が一度寝込むと5日はそのままってのは、生徒会の錦織書記長から得た情報だ。
  それが本当だとすると、今日も彼女は自宅療養してることになる。
  ならば、彼女にお目通り願うには、寝所に推参するしかあるまい。
  幸い篁邸は名所にもなっている、町で一番有名なお屋敷だ。
  友達でもないのにかかわらず、自宅までの道順が分かってるってのは非常にありがたい。

 最寄りの駅から15分も歩くと、山手の一等地に立てられた摩耶子の自宅に到着した。
  金にあかせて建てられた白亜の屋敷は、周囲を圧する威容を誇っている。
  何とかという有名なデザイナーの手による洒落た洋館だ。
  周囲には高い塀がグルリと張り巡らされ、セキュリティも万全のようだ。
  無粋な監視カメラは目に付かないが、おそらく至る所に隠しカメラが設置されているのだろう。
  そして無理に敷地内に押し入ろうものなら、腹を空かせた番犬がお相手してくれることに
なってるに違いない。
  その番犬もそこらの市販品ではなく、さしずめ天下りした退役軍用犬辺りか。

 僕は別に押し売りに来たわけではないし、正々堂々正門玄関から推参することにした。
  門柱に付いたインターフォンを押して待つことしばし、誰かと問い掛ける若い女の声がした。
  僕は摩耶子のクラスメイトであることを告げ、学校を代表してお見舞いに来たと用向きを伝えた。
  再び待つことしばし、数十メートルはあろう通路を通って家の者が門までやって来た。

 なんとメイドだよ、本物の。
  ちゃんと実在してたんだ。
  うちにも似たようなのが一人いるけど、いわばあれはコスプレの一種だから。
  流石、本物はあんなにはしたなく足を晒していない。
  それでいて可愛らしさは、うちのパチもんメイドにも負けていないのだ。
  うちのより垢抜けておらず、オッパイも小さいが、もし彼女が恋人募集中だというなら
速攻で立候補する。
  それくらい可愛らしい少女だった。

 だが、僕の挙動を見張る目の配り方はプロのものである。
  普段はお嬢さまの身の回りの世話をしながら、いざという時には武装親衛隊に
早変わりするのかも知れないな。
  そんなアニメみたいなことを考えていると、門扉越しにメイドが謝罪してきた。

「大変申し上げにくいのですが……本日、お嬢さまはことのほかお加減が優れず、
  どなたもお通しできかねます……」
  なんてこった、正真正銘の門前払いだよ。
  せっかくここまで来たってのに。
「会長がお休みになってこの方、皆は太陽を失ったように沈んでいます。
  せめて一目だけでもお会いできませんか」
  僕は何とか食い下がって会見の機会を得ようとした。
  たとえ口頭でも会長の了承が得られれば、僕は堂々と生徒会室に居座ることができるのだ。

 だが、メイドの答えはつれないものであった。
「申し訳ございませんが……」
  類い希なる美少女に沈痛な面持ちで頭を下げられれば、誰だって無理強いはできなくなる。
  一刻も早く、彼女の顔に微笑みを取り戻したくなるのが人情であろう。
「では、これをお願いします。早く良くなって下さいとお伝えを……」
  僕は真っ赤なバラとかすみ草でアレンジされた花束を差し出した。
  ここへ来る途中、なけなしの小遣いをはたいて買った演技用の小道具だ。
  それを見た瞬間、メイドの顔にハッキリと怯えが走ったのを僕は見逃さなかった。

 なんだ? 当家じゃ赤いバラは不吉だとでも言うのか。
  百合の花や菊がお見舞いにそぐわないことはマナーとして知っている。
  バラは別に禁忌でも無かろうに、いったいどういうわけだろう。
  5000円程度の安物だって、バカにしてるのでもなさそうだし。
  しかし、メイドの目が泳いだのは一瞬のことで、直ぐににこやかな表情に戻った。

「えっと、バラ……お嫌いでしたっけ、会長?」
  僕は彼女が完全に立ち直るより先に質問をぶつけてみる。
  メイドは軽く狼狽しながらも、左右にかぶりを振った。
「こんなに綺麗なバラなんですもの。きっと、お嬢さまもお喜びになりますわ」
  そういう彼女の顔には、感情を晒したことを後悔する色がありありと浮かんでいる。
  やっぱり普通じゃないな。

 メイドはそれ以上の失点を重ねないよう、いきなり話を逸らしてきた。
「あのぅ……寺島…俊さん……ですよね?」
  今度は僕が驚く番だった。
  初対面のメイドが、なんだって僕の名前を知っているのだ。
「お話はお嬢さまから……あんなに楽しそうにしていらっしゃるお嬢さまを、
  私は見たことがありません」
  メイドはそう言って自らも楽しそうに破顔した。
「寺島さん。お嬢さまのこと……どうか、よろしくお願いします」
  メイドはそう言うと、改まった態度でお辞儀した。

 

 なんてこった。
  自宅に押し掛ければ何とかなると思っていたが、とんだ計算違いだった。
  予定では、摩耶子の言質を持って生徒会へ乗り込んでいる頃なのに。
  これでは危なくて学校へは近づけない。
  といって既に退院した病院に、今更逃げ込むこともできないし。
  こんなことなら、今週一杯は看護婦に囲まれてチヤホヤされているんだった。
  かくなる上は、スケジュールを2つ3つ繰り上げて、一気に決着を付けるしかない。

 僕が危険に晒されているのは、生徒会と武道連盟の争いごとに巻き込まれたせいだ。
  故に、どちらかを解体すればこのゴタゴタは収束に向かう。
  標的はもちろん、武道連盟の方だ。
  白鳥さんの人気だけを元に結束している武道連盟は、生徒会に比べて遥かに脆弱な組織だ。
  接着剤たる白鳥さんのやる気さえ挫けば、あっさりと瓦解するだろう。

 その白鳥さんは、ヤクザに握られた弱味のせいで自暴自棄になってるだけである。
  だから彼女をヤクザから解放してあげれば、武道連盟も求心力を失って霧散する。
  それに何と言っても、僕はあの白鳥さんが苦悩する姿など見たくないのだ。
  何とか力になって上げたいが、彼女はどうあっても心を開いてくれない。

 ならば、取るべき手段はただ一つ。
  当のヤクザから聞き出すまでだ。

 それから1時間後、僕は繁華街の裏通りを歩いていた。
  一帯には人相の良くない男たちがたむろし、体感治安は最低レベルに落ち込んでいる。
  あの摩耶子なら見ただけで卒倒しかねない風紀の乱れだ。
  饐えた臭いを我慢しながら歩いていくと、薄汚い貸しビルが見えてきた。
  その4階に角菱組の事務所がある。
  喫茶『バルバロッサ』の地上げを請け負っている例の暴力団だ。

 ビルに入ろうとすると、派手なアロハを着たチンピラに止められた。
「ヤスのアニキに用事があるんスけど」
  僕はアニキの知り合いを装って指を上へ向けた。
「なんや。お前、アニキのパシリかいな。アニキやったら事務所やで」
  アニキの名前を出すとアロハはすんなりと通してくれた。
  さすがアニキのネームバリューは凄いや。

 今にも壊れそうなエレベーターで4階へ上がると、扉の直ぐ向かいが事務所だった。
  組の代紋──斜めに傾いだ正方形が4つ並び、横長の菱形を形作っている──がドアに
大きく描かれている。
  そのドアをノックして中へ入る。
「こんちわ〜ッス」
  脳天気に挨拶すると、人相の悪い男たちが一斉にこちらを向いた。
  急に不審者に踏み込まれて完全にビビっている。

 隅っこでパソを弄っていたハゲ頭が、大慌てでモニターを隠そうとする。
  それがかえって僕の注意を引き寄せた。
  なんかネットでヤバい取引でもしてるのかと思ったが、チラリと見えた画像は
『はぴほす』の一場面だった。
  なるほど、他人に見られたくない画面であることには違いあるまい。

「ちわッス。ヤスのアニキはいますか?」
  僕の呼び掛けに、長椅子で寝ていた男が身を起こした。
  小狡そうな陰険顔には見覚えがある。
  アニキだ。
  ほとんど同時に、アニキも僕の顔を思い出した。
「ぼ、ぼっちゃん」
  アニキは僕に気付くなり、いきなり逃げ腰になった。
  今さら手遅れなのにもかかわらず、背もたれに身を潜める。
  そして僕がウルスラを伴っていないことを確認してからようやく立ち上がった。

「な……なんやワレ、一人か。何しに来たんや?」
  アニキは怯えながらも、手下の手前ということもあって虚勢を張る。
「はい、今日はアニキにとって耳寄りな話を持ってきました」
  耳寄りな話と聞いて、アニキは釣り込まれて身を乗り出してきた。
  それでも右目だけはドアの方を向いたままだ。
  いつそこから暴力メイドが現れるかと怯えているのである。

「何やねん、耳寄りな話て? あのサテンから手ぇ引く言うんか?」
  こっちを向いた左目だけが欲望に濁る。
  器用な人だ。
「もっとお得な話です。実はあの店の権利書を持参しました」
  僕は内ポケットから、縦に二つ折りした角封筒を取り出した。

「なんやて?」
  アニキの顔が羊を前にした狼のようになる。
  ほぼ諦めていた『バルバロッサ』が落とせそうなのだ。
  しかも住人を立ち退かせるだけで仕事は完了なのに、なんと店そのものが手に入るというのだ。
「ようやったぁ」
  アニキはもう『バルバロッサ』をものにしたように喜んだ。
「そやけど……ワレ、あのサテンの身内ちゃうんか。そやのに何でや」
  バカっぽく見えてなかなか慎重だ。
  美味そうな餌には鋭い釣り針が仕込まれていることを良く知っている。

「いやぁ、先日は事情がよく飲み込めていなかったもんで。
  実は、あの店には多額のツケがありまして」
  店自体が消滅したら、ツケも払わずに済むって算段だ。
「そんなことくらいでか。ワレも相当悪いやっちゃのぅ」
  アニキが呆れたように目をパチクリさせる。
  無論、そんなことくらいで行きつけの店を裏切ろうって言う訳じゃない。
「で、何が望みなんや。言うてみぃや」
  アニキは猫なで声を出して先を促してくる。

「実は、あの用心棒の先生のことで……あの子は僕と同じ学校の生徒なんですが、
  なかなかこっちを振り向いてくれんのです」
  僕は殊更言いにくそうに言葉尻を濁す。
「何や、センセにホレとんかい。ワレも隅に置けんのぅ」
  アニキはそんなことかと肩から力を抜いた。
  もっと面倒なことを持ちかけてくると思っていたのだろう。
  例えば拳銃を売ってくれとか、クスリを流してくれとか。
「できればセンセが僕の言いなりになるよう、何か秘訣でもあれば教えてもらおうと思いまして……」
  僕は歯を剥き出しにしてウシシと笑って見せた。

 アニキも僕の言うところを正確に察して嫌らしく笑った。
  何のことはない、僕は暗に白鳥さんを縛っている弱味の譲渡を迫ったのだ。
「ワレも好きやのぅ。女一人のためにそこまでやるか。ほんまワシ以上に悪いやっちゃで」
  腕組みしたアニキは感慨深げに何度も頷く。
「いえいえ、アニキに比べましては僕なんかは……フッフッフッ……」
  僕たちは揃って下卑た笑い声を漏らした。
「よっしゃ、ちょっと待っとれ」
  アニキはそう言うと、奥の部屋へと消えていった。

 しばらく待たされたが、その間居心地の悪いこと悪いこと。
  みんな敵意こそ見せないが、友好的な雰囲気も全くない。
  僕のことをアニキ専属のスケコマシくらいに思って軽蔑しているのだろう。
  ホント、ヤクザなんてのは同じ部屋にいるだけで不快感を催させてくれるものだ。

「待たせたのぉ」
  やがてアニキが封筒を手にして戻ってきた。
  大きさからして中身はCD-RかDVDってところか。
  となると、何かの画像か音声を焼き込んだ物、そしておそらくは複製品だ。
  であるから、これを奪ったからといって白鳥さんを呪縛から解き放つことはできない。
  しかし、彼女を縛る呪いの正体はこれで明らかになる。

「ほな、交換といこか」
  僕はアニキに向かって頷くと、二つ折りにした封筒を差し出した。
  アニキはそれを受け取ると、自分が持った封筒を僕に突き付けてきた。
  それを両手で伏し拝み、ありがたく頂戴する。
「お前、初めて見た時からワシらと同じニオイがするて思とったんや」
  褒め言葉としても全然嬉しくない。
「アニキ。今後ともよしなに」
  僕は受け取った封筒を大事に内ポケットに仕舞い込んだ。
  さて、いただく物はいただいたし、早々に引き上げるとするか。
  渡した権利書が偽物だってばれてしまう前に。

 

 僕は貸しビルを出ると、その足で『バルバロッサ』へ向かった。
  一刻も早くディスクの中身を見たかったのだが、物が物だけにネットカフェは使えない。
  完全に外界からシャットアウトされた環境じゃないと、うっかり人目につく危険がある。
  となると、気心の知れた『バルバロッサ』くらいしか思い付かなかった。
  あそこには売り上げを管理するためのパソコンがあったはずだ。

「やぁ、俊ちゃん。もう起きてもいいのかい?」
  改装工事中のドアをくぐって『バルバロッサ』に入ると、髭面の敏郎爺ちゃんが迎えてくれた。
  ついでに壁紙なんかも張り替えている最中で、お店は開店休業中というところだ。
  メイド姿のウルスラは、店の隅っこでほとんど装飾品と化している。
「ごめんね、爺ちゃん。ウルスラのせいで」
  店の入り口が全壊してしまったのは、ウルスラがヤクザ相手に大暴れしたからだ。
  僕は彼女の主筋ということもあり、店をこんなにしてしまったことを詫びた。

「ウルスラ…悪くない……サトシを守った…だけ……」
  ウルスラは、どうして自分が責められるのかと抑揚のない口調で呟く。
  こころなしか、感情のないアンドロイドが不服そうにしているように見える。
「なんでも、やりすぎはいけないんだぞ。君はもう少し加減ってものをだなぁ……」
  それにこの前、僕が真理亜に絞殺されかかった時には助けもしなかったくせに。
  あまつさえ、昨日は昨日で僕を病院送りにしておいて。

「まぁまぁ、元々が趣味でやってるような店だから。
  それにあれ以来、地上げの連中も姿を見せなくなったし」
  ウルスラ様々だと爺ちゃんは場をとりなした。
  まぁ、ウルスラが来てから売り上げが10倍以上に跳ね上がっているのは確かだし。
  被害者の爺ちゃんがいいって言うのなら、僕は構わないけど。
「で、今日は何かな。学校、行かなくていいのかい」
  それで思い出したが、僕には少々急ぎの用事があったのだ。

「ゴメン、爺ちゃん。ちょっとパソコン借りるね」
  僕はカウンターの奥に鎮座しているデスクトップに向かった。
  かなり旧式のマシンだが、ちゃんとCDドライブは備わっている。
  さっそくトレイにディスクをぶち込んで立ち上げてみる。
  だが、OSの関係なのかソフトの問題なのか、ディクスは一向に認識されない。
  どうしたものかと思案していると、背後からウルスラが手を伸ばしてきた。
  そして筐体の背面をゴソゴソしていたと思ったら、いきなりモニターにウィンドウが開いた。
  1000年の未来からやって来たアンドロイドの目に、この旧式パソコンは
どの様に映っているんだろうか。
  僕がエジソンの蓄音機に対して抱く思いとは比較にならないのだろう。
  ともかくウルスラはご先祖様を叩き起こしてくれた。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
  ウィンドウがちらつき動画がスタートした、と思ったらとんでもない画像が浮かび上がった。
「…………!!」
  そこに現れたのは鬼でも蛇でもなく、若いおネェちゃんの裸であった。
  全部で3人、みんなクスリでもキメているのか目が妖しげな光を放っている。
  そして、彼女たちは四つん這いになると、明らかにヤクザと分かる男たちに
バックから犯され始めたのだった。

「……ったぁ」
  僕はウルスラの存在を思い出し、慌てて両手でモニターを隠そうとした。
  だが、万力のようなウルスラの手がそれを邪魔する。
  ビックリして振り返ると、ウルスラは食い入るようにモニターを見詰めていた。
  彼女は“そっちの用途”にも使えるが、元々はハウスキープ用に製造されたアンドロイドである。
  僕に抱かれるまで、男の経験など全く無かったのだ。
  それだけに、初めて目の当たりにする他人のセックスに興味津々だったのだろう。
「後背位は……哺乳類の生殖行為として……きわめて……自然体……」
  変な理屈をこね回していても、彼女がもの凄く興奮していることは
鼻から漏れている排気の温度で分かる。

 そのうち画面の女の子たちは揃ってお尻を痙攣させた。
  中出しされ、イッちゃったのである。
  続いて、男たちはそれぞれのパートナーをひっくり返し、
その鼻先に粗末なモノの先端を突き付ける。
  恍惚とした表情の女の子たちは真っ赤な舌を伸ばし、それを愛おしそうにチロチロ舐めていく。
  やがて女の子たちは口一杯に男のモノを頬張り、ジュルジュル嫌らしい音を立て始めた。

「何を…しているの……パクパク……気持ちいいの……?」
  フェラチオなる語彙は勿論、その概念すら知らぬウルスラにとって、
目の前に繰り広げられてる光景は余りにも強烈だった。
  彼女は食い入るようにモニターを見詰め、知らず知らずのうちに口の回りを舐め回していた。
  そして──
「ウルスラも…パクパク…する……サトシ……協力を……」
  やっぱりこう来たか。
  勉強熱心なホントにいい子なんだ。
  しかし、悪いけど今はウルスラの家庭教師をしている暇はない。
  この時、僕の目はウルスラの口元ではなく、モニターに大写しになった女の子の顔に
釘付けになっていたのだ。

 快感に弛緩しきってはいるが、その顔には見覚えがある。
  確か、この春に卒業していった2つ上の先輩だ。
  僕の記憶が正しければ、彼女は剣道部のレギュラーだったはずである。
  ようやく事態の全貌が見えてきた。

 女どもがなんでこんなビデオを撮られる羽目になったかは分からない。
  ただ、このビデオの存在を知った白鳥さんは、それをヤクザから奪還すべく
事務所に乗り込んだのだ。
  その時にはもう、この動画は安価なCD-Rで大量に複製されてしまっていたのだろう。
  もしかすると、ネットで無料配信される準備が整っていたのかも知れない。
  いずれにせよ、もはや白鳥さんが独力でどうにかできるレベルを遥かに超えていたのだ。

 返り討ちにあった白鳥さんは、動画の流出を止めることを引き替えにヤクザの用心棒に
成り下がったのである。
  先輩たちが築き上げた部の名誉を守ることは、後輩にとって至上の義務である。
  しかし、彼女が本当に恐れたのは、血の滲むような努力の末に得た全国大会への出場権を
失うことなのだろう。
  その証拠に、彼女は大会が終われば剣を捨てるとまで僕に約束したではないか。

 この時、僕は気付いてしまった。
  白鳥さんはエースとしての役割を終えたら、ヤクザの事務所に殴り込みを掛けるつもりなんだ。
  全てを捨ててまで、己の誇りのために武士道精神を全うするつもりなのだ。
  そんなことさせてなるものか。
  あんないい子の将来を、僅か17年やそこらで閉ざしてしまってはならないのだ。

「サトシ……早く…フロントの……開放を……」
  我に返ると、デスクの下に潜り込んだウルスラが、膝の間から熱っぽい目で見上げてきていた。
  僕が一人で熱くなっている間に、彼女はトレーニングの準備を終えていたのだ。
  ちょっと待て。
  こんな所で、はしたないぞ。
  第一、爺ちゃんや工事の人だっているってのに。
  でも、ウルスラの奴は既に本気モードに入ってる。
  こうなったら僕でも止められない。
  と焦っていたら──

「邪魔するでぇ〜い」
  もはや聞き慣れた感のある胴間声と共に、パンチパーマの小男が店に入ってきた。
  肩に長ドスを担いだ、いなせなぶっこみスタイルだ。
  アニキ、グッドタイミングだよ。
  しかも、背後には幹部以外の手下を全員引き連れている。
  もちろん、あの巨漢のマサさんもアニキの直ぐ後ろに控えていた。

「またあなた方ですか。ですから、何度も言っていますように……」
  迷惑そうに顔をしかめたジッちゃんを、アニキがチッチッチッと人差し指で制する。
「えぇんや。そんな台詞吐けるんも今日で最後やからのぉ」
  アニキは余裕綽々の態度で前へと進んでくる。
  そして長ドスを床につき、杖代わりにして上体を支えた。
  顔には満面の笑みが溢れている。

 えっ?
  てっきり偽の権利書を掴まされたことに腹を立て、報復攻撃にやってきたと思っていたのだが──
  この分では、アレが偽物だとまだ気付いてないのか。
  まずいアニキ、逃げて。
  しかし全ては遅きに失した。
  その時、既にウルスラはつかつかとアニキの前へと進み出ていたのだ。

「な、なんやメイド。今日はこの前みたいにはいかへんで。こっちには……」
  アニキは最後まで喋ることはできなかった。
  ウルスラの手がアニキの襟首を掴み上げ、無造作に投げ飛ばしたのである。
  自分が投げられたことにも気付かず、アニキはニヤニヤ笑った顔のまま宙を飛んだ。
  そして改築中のドアを滅茶苦茶にしながら、自身はボロ雑巾へと変わっていく。

「キャッ」
  マサさんが女の子みたいな声を出し、真っ先にその場から逃げ出した。
  しかし建材やら脚立やらが出口を塞いでしまっていて逃げ場はない。
「ヒィィィッ」
  床にへたり込んで後ずさりするマサさん。
  ウルスラはその足首をむんずと掴むと、200キロ超の巨体をいとも簡単に振り回し始めた。
  強烈なジャイアントスイングが、カトリーナ級のハリケーンを生み出す。
  マサさんの横綱ボディとウルスラの怪力が織りなす夢のコラボレートは、
十数人いた若衆どもをアッと言う間に薙ぎ倒した。
  その時にはマサさんも全身の血を頭に昇らせて失神していたのであった。

「えろう済んまへんでしたぁ。もう二度とこの店には手ぇ出しまへんさかいに」
  お許しをと、アニキは土下座した。
  手下どももそれに習って額を床に擦り付ける。
  今度という今度は格の違いというものを知ったのだろう。
  アニキの顔からは険が消えていた。
  そればかりかウルスラに対する畏敬の念すら浮かんでいる。
  だが、ウルスラの怒りはまだ収まっていなかった。
「許さない……ウルスラの…パクパク……邪魔した…」
「わぁ〜わぁ〜わぁ〜」
  僕は大慌てでウルスラの台詞を遮った。

「じゃあ、例のCD-Rのコピーは本当にこれだけなんだね」
  僕は床に積まれたCD-Rの山を指差した。
  あれからアニキに言いつけて事務所まで取りに行かせたものだ。
「もし、まだ他にもコピーがあったり、サーバーに残っていたら……」
  僕の横でウルスラが指間接を折り畳み、バキバキともの凄い音が響く。
「うへぇ、ホンマですわ。わしらにそんなテクおまへんねん」
  アニキは首と両手を振って否定する。
  その切実なまでの必死さを見る限り、ウソを言っているとは思えない。
「もし、後で動画のワンシーンでも流出するようなことがあれば……こうだから……」
  僕はウルスラにゴーサインを出した。
  同時にウルスラが天井近くまで飛び上がる。

「おぉっ!」
  ヤクザどもは最初露わになった純白のパンティに、続いてCD-Rの山に向かって繰り出された鉄拳に
どよめいた。
  うずたかく積み上げられたCD-Rが、頂上から順に粉々になっていく。
  ウルスラが床に降り立った時、全てのディスクが叩き壊されていた。
  粒子サイズに粉砕された破片がキラキラと輝いて空気中を漂う。

 これでよし。
  お次はこのことを一刻も早く白鳥さんに知らせてあげるのだ。
  生徒会と武道連盟の全面戦争が始まる前に。
  ただ、生徒会側の人間と思われている僕が、無事に部室棟へ辿り着ける保障はない。
「ウルスラ、行くぞ」
  僕は頼りになるボディガードに声を掛けた。
  ところが、ウルスラの態度は素っ気ないものだった。

「知らない……サムライガール……サトシに感謝…する……ウルスラ……面白く…ない……」
  ウルスラはそう言うと、プイッと横を向いてしまった。
  なんだ、妬いているのか。
  けど、今はそんなものに付き合っていられない。
「でも、僕だってウルスラに感謝するんだから。それでおあいこなんじゃない?」
  僕がそう申し向けると、ウルスラは直ぐに食い付いてきた。

「サトシ……ウルスラに感謝……する?」
「するともさ。当たり前じゃないか。お返しに何だってしてあげるよ」
  僕はキッパリと言い切った。
  なんなら明日からウーシェって愛称で呼んであげてもいい。
「では…パクパク……教えて…くれる……?」
  願ってもない、というかこちらからお願いしたいくらいだ。
  それでウルスラのご機嫌はあっさり直った。

 でも問題は残っている。
  たとえ白鳥さんに日本刀を持ち出されても、ウルスラの力をもってすれば圧倒できるだろう。
  しかし、それではウルスラが人間でないことがばれてしまう。
  素手で日本刀に勝つのは不自然だし、切られても死なないってのは、もはや超常現象の部類だ。
  何かいい手はないかと首を捻ったら、床に転がっている長ドスが目に入った。
  アニキが意気揚々と担いできた物だ。
  これだ。
  相手と同じ武器を使うのなら、白鳥さんに勝っても不自然には見えるまい。
  心配なのは、慣れない刀剣をウルスラが使いこなせるかどうかだ。

「問題…ない……」
  ウルスラはスラリと長ドスを抜き放つ。
「スター・ウォーズは……エピソード6まで……全部見てる……」
  彼女はそう言うと、ギラギラ光る長ドスを器用に振り回し始めた。

 待て、ここって感心するとこなのか?
  まさかジョークを言ったんじゃないだろうな。
  何はともあれ、これで最終決戦のアウトラインがデザインできるようになった。
  後は風雲急を告げる我が学園に赴くだけだ。

 我、これより出撃せんとす。
  本日、天気晴朗なれども波高し。

2009/01/03 To be continued.....

 

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