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新説白雪姫

第1回 第2回                


1

 『白雪姫』――「よい女の子のためのグリムどうわ」(文武科学省推薦申請中図書)より

 むかしむかしの、とおいむかしのおはなしです。
  西の方の国に、とても美しいおきさきさまがおりました。
  ある冬のさなかのことです。
  雪がひらひらと降るあさに、おきさきさまは黒い黒檀の窓のそばにすわって、
縫いものをしていました。
  チラと雪の方をよそ見したとき、縫い針を指にさしてしまって、
三てきの血が雪のなかへ落ちました。
  まっ白い雪のなかの赤い血がとても美しかったので、おきさきさまはこう思いました。

「この雪のように白く、この血のように赤く、この窓わくのように黒い、
そんな子どもができたらいいのに」

 そのおねがいごとを、神さまがきいておられました。
  ほどなくして、おきさきさまは女の赤ちゃんをさずかりました。
  その女の子は「雪のように白い肌」と「血のように赤いくちびる」をもっていたので、
“白雪姫”と名づけられました。
  予定では「黒檀のように黒いかみ」もそなえているはずなのですが、
ものおぼえの悪いコウノトリさんがまちがえて、
「黒檀のようにドス黒いしっと心」というふうに設定してしまいました。
  まぁそれでもリクエストどおりではありますから、神さまも良しとされました。
  なぁに、不祥事は隠蔽されている限り不祥事ではありません。
  明るみに出てから「現場の部下がやった」「記憶にございません」と、
しらばっくれればいいのです。
  さすが神さま、要領のよさはそこらへんの食品偽装表示会社の役員とは比べものになりません。

 さて、白雪姫が生まれると、おきさきさまはすぐに亡くなってしまいました。
  その一年後、王さまは新しいおきさきさまをもらいました。
  新しいおきさきさまは、前のおきさきさま以上にたいそうお美しいかたでした。
  やがてうまれたお二人の子どもも、白雪姫にまけないくらい見目うるわしい男の子でした。
  白雪姫なんかはひと目見たときから、このかわいい弟のことが大すきになってしまいました。
  それからの白雪姫と王子さまは、姉弟二人で手と手をとりあって、
なかむつまじく、すくすくと成長していきました。
  白雪姫はもう弟べったりで、目に入れてもいたくない、むしろ入れたい、
どうせならわたしに入れて欲しい! ――とかわけのわからんことをいいだすほどの溺愛っぷりです。
  王子さまの側仕えの侍女はみんな遠ざけて、すべてのお世話はお姉ちゃんがどくせん。
  だれにももんくはいわせません。

 ところでそんな白雪姫は、前のおきさきさまからゆずられた、あるふしぎな鏡をもっていました。
  その鏡の前に立って、なかをのぞいて、
「鏡よ鏡よ、鏡さん。王子がいちばん愛しているのはだあれ?」
  とたずねると、鏡は、
「白雪姫さま。王子さまがいちばん愛しているのは、あなたです」
  と答えるのでした。お姉ちゃんは大満足です。
  なぜなら、この鏡はけっしてうそをいわないことを知っていたからです。

 白雪姫は十七歳になると、そのえがおはお日さまのように明るく、その肌は新雪よりもなお白く、
そのくちびるは鮮血よりもさらに赤く、ほんとうに美しい少女になりました。
  ついでながらしっとぶかさの方も、新月のやみよよりもドス黒く成長していました。
  白雪姫の美しさをみそめたとおい国の王さまや王子さまは、
こぞってプロポーズをしにやって来ましたが、白雪姫はみむきもしません。
  どこの馬のほねとも分からない男には、きょうみがないのです。
  十五歳になった王子さまの方は、その勇かんさは騎士にもおとらず、その利はつさは父王ゆずり、
その美ぼうは白雪姫も舌をまくほどという、将来がたのしみな少年に育っていました。
  白雪姫などは、王子さまと禁断の果実をむさぼる日をゆめみて、もうそうにふける毎日です。

 そんなある日、いつものようにふしぎな鏡のまえに立った白雪姫が、
「鏡よ鏡よ、鏡さん。せかいでいちばん、王子が愛しているのはだあれ?」
  とたずねると、鏡は、
「白雪姫さま。王子さまが家族としていちばん愛しているのは、あなたです。
けれどもお城のちゅうぼうではたらく小間使いは、あなたより千倍も愛されています」
  と答えるのでした。
  これをきいたお姉ちゃんは、いかりのあまり、ゲンコツで鏡をたたきわってしまいました。
  なぜなら、この鏡はけっしてうそをいわないことを知っていたからです。

 白雪姫はおおぜいのへいたいを引きつれて、すぐさまおしろのちゅうぼうをとりかこみ、
もんだいの小間使いをつるし上げました。
  それはもう18禁のスレでもかけないようなすんごい拷問で、
あさひるばんと休ませずにヒイヒイいわせたあげく、
でっちあげた罪で股裂きの刑にしてしまったのです。
  それでも腹のムシがおさまらない白雪姫は、小間使いのしたいをバラバラにきりきざんで、
おしろのほりになげこんでしまいました。

 こころやさしい王子さまは、このじけんにたいそう心をいためて、
へやにこもって泣きくらす毎日です。
  白雪姫はそんな王子さまによりそって、
「かわいそうな王子、あんな下賎な犯罪者のおんなにだまされて。
いいわ、きずついたあなたの心は、お姉ちゃんがいやしてあげる」
  とあまい言葉をささやいて、ぺろりと舌をだすのでした。

  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***

 さらに数年がたちましたが、白雪姫はおよめにもいかずに、
弟につきまとう日々をくらしていました。
  そんなある日、ひさしぶりにふしぎな鏡の前に立った白雪姫が、
「鏡よ鏡よ、鏡さん。せかいでいちばん、王子が愛しているのはだあれ?」
  とたずねると、鏡は、
「…………」
  なにもいいません。
  数年前に白雪姫がたたきわってしまったのですから、そりゃおこっていてとうぜんです。
  チッと舌うちをした白雪姫は、われた鏡のかけらをごはん粒で適当にくっつけると、
もう一度もどかしそうに
「鏡よ鏡よ、鏡さん! せかいでいちばん、王子が愛しているのはだあれッ!?」
  とたずねました。すると鏡は、白雪姫がこわいのでしょうじきに、
「白雪姫さま。王子さまがこの国でいちばん愛しているのは、あなたです」
  と答えるのでした。お姉ちゃんは大満足です。
  なぜなら、この鏡はけっしてうそをいわないことを知っていたからです。

 ところが、空気のよめないしょうじきものの鏡は、このあとによけいな一言をつけくわえました。
「けれども、せかいでいちばん愛しているのは、となりの国のお姫さまです」
  これをきいたお姉ちゃんは、「またかッ!!」とおたけびを上げると、
ハンマーで鏡をこなごなにしてしまいました。
  なぜなら、この鏡はけっしてうそをいわないことを知っていたからです。

 それで白雪姫は、ガラのわるい狩人をよびつけていいました。
「となりの国の姫を荒れた森へつれだしておくれ。
森のなかでその姫をブッ殺して、しょうこに心臓と肝臓を持っておいで」
  狩人は白雪姫の命令にしたがって、ひそかにおしろを出発しました。
  けれどもそんな二人のみつだんを、ほかならぬ王子さまがぬすみぎきしていたのです。

「ああ、神よ。なんということだ」
  王子さまは、ほんとうに姉のことを愛していました。……あくまでも、姉として。
  そんな白雪姫に、これいじょう罪をおかさせたくはありません。
「すべては自分がいるせいだ。自分さえいなくなれば、姉上はもうわるいことはしない」
  こころやさしい王子さまは、そう思いました。
  いそいで狩人をおいかけた王子さまは、おしろの外でこの悪漢をやっつけると、
そのまま東の森へすがたをけしてしまうのでした。

 さてさて、おしろをとび出した王子さまは、この大きな森のなかでたったひとりぼっちです。
  木ぎの葉っぱを一まい一まいながめては、これからどうしようかと考えます。
  しかし根がおぼっちゃん育ちですから、
考えなしに家出したあげく「まぁなんとかなるか」ですませるほどらくてん的です。
  のうてんきな王子さまは、とりあえず森のおくへとあるきはじめました。
  とがった岩をこえ、イバラの原をこえて、おそろしいけものはごじまんの剣でやっつけて、
なんなく先へすすみます。
  やがて夕やみがせまるころ、小さな小屋が見えてきました。
  王子さまは「神さまのごかご!」とばかり、かってにあがりこんで休ませてもらおうと思いました。
  さすがぼっちゃん育ちです。

 その小屋のなかにあるものは、どれもこれもかわいらしくて上品で、
とてもことばではいい表せないほどあまいにおいがしました。
  ピンクのクロスがかかったテーブルの上には、七つのおさらがならべられていました。
  それぞれには、やわらかそうなパンと、こうばしいにおいのするソーセージがのっています。
  かたわらには、よく切れそうなナイフとよくとがったフォーク。
  ピカピカにみがき上げられたコップもやっぱり七つ。おいしそうなワインがつがれています。
  かべぎわには、雪のようにせいけつなシーツをかけられたベッドが、七つならんでいました。
  ベッドのまくらもとには、やはり七つのゴミばこがおいてありました。
  ゴミばこのフタをあけてのぞくと、ほんのりなまぐさいにおいがして、
赤い血のついたガーゼみたいなモノもすてられていました。
  でも王子さまはぼっちゃん育ちですから、女のひとの生理のことなんてしりませんし、
あまりきょうみもありません。
  だれかケガでもしたのかな、と思うだけです。

 そんなことよりも、一日じゅうあるきつづけたせいで、おなかがぺこぺこでした。
  七つのおさらから、すこしずつパンとソーセージをちぎって、食べました。
  七つのコップから、一くちずつワインを飲んで、げっぷをしました。
  やりたいほうだいやった王子さまは、まんぷくになったおなかをさすると、
七つあるベッドのうちのいちばん大きなものに横たわって、すぐにいびきをかきはじめるのでした。
  さすがぼっちゃん育ちです。

 そうしてあたりがすっかり暗くなったころ、この小屋の主人たちが帰ってきました。
  それは、山のなかでみんなで仲よくくらしている、七人のかわいらしい少女たちでした。
  少女たちは七つの小さなあかりをつけました。
  そして小屋のなかが明るくなると、だれかがこのなかに入ったことに気づきました。
  小屋のなかのようすが、あさ出かけたときとちがっていたからです。

 最初の少女がいいました。「だれか、わたしのいすにすわったひとがいるわ」
  二番めの少女がいいました。「だれか、わたしのおさらから食べたひとがいるわ」
  三番めの少女がいいました。「だれか、わたしのパンをちぎって食べたひとがいるわ」
  四番めの少女がいいました。「だれか、わたしのソーセージをとって食べたひとがいるわ」
  五番めの少女がいいました。「だれか、わたしのコップで飲んだひとがいるわ」
  六番めの少女がいいました。「だれか、わたしのフォークとナイフをつかったひとがいるわ」
  七番めの少女がいいました。「だれか、わたしのゴミばこのフタをあけたひとがいるわ」

 ゴミばこをのぞいていた七番めの少女が、つづけてさけびました。
「わたしのベッドでねているひとがいる!」
  ほかの少女たちもかけよってきて、七つの小さな明かりをもってきて、てらして見ます。
「なんてことなの! あらまああらまあ、なんてことなの!」
  王子さまの美しい容ぼうを目にした少女たちは、もうおおさわぎです。

「まぁ、なんてすてきな方なんでしょう!」
「しかも、あたまもかしこそう! 年収はおいくらかしら!?」
「白いタイツにポッコリうかびあがった――アソコの方もなんというたくましさ!」
  などと、かしましくわめきちらしたあげく、おおあわてで家中をはしりまわりはじめました。

 最初の少女は、王子さまのすわったいすに頬ずりをしました。
  二番めの少女は、王子さまがつかったさらをなめまくりました。
  三番めの少女は、王子さまの食べかけのパンをくちいっぱいにつめこみました。
  四番めの少女は、王子さまの食べのこしのソーセージをくわえて
「えへ、あの方のソーセージ……」と不気味にわらいました。
  五番めの少女は、王子さまがくちをつけたワインをすべてのみほして、よっぱらっていました。
  六番めの少女は、王子さまがつかったナイフとフォークで、イケナイことをはじめました。
  七番めの少女は、ゴミばこなんかをあさっていてもしかたがないので、
王子さまのベッドに入って添い寝をしました。
  すると他の少女たちがいっせいにあつまってきて、
ぬけがけをした少女をよってたかってタコなぐりにして凹ましました。
  七人の少女は、六人になりました。

 そうしているうちによるがあけ、あさになり、王子さまは目をさましました。
  そして、六人の少女と一つのしたいを見て、ぎょうてんしました。まぁとうぜんです。
  けれども少女たちは、やさしくほほえんで、王子さまにこうたずねました

「ねぇねぇ、あなたはだあれ? どこのおひと?」
「ぼくは西のおしろの王子です」と、王子が答えました。
「はいはい、つぎのしつもーん! 王子さまはぁ、こいびとはいるんですかぁ?」
  少女たちは、デリケートなしつもんをした少女を小屋のそとへつれだすと、
みなでしてなぐりかかって、いきのねをとめました。
  六人の少女は、五人になりました。

「ざんねんながら、今はそういう女性はいないのです……」と、のんびりやさんの王子は答えました。
  げんきんな少女たちは、あたらしくできたしたいをほったらかしにして、
きゃいきゃいさわぎながら王子さまの元へかけよりました。
「はいはーい! なら、わたしが王子さまのこいびとにりっこうほしまーす!」
  少女たちは、ふとどきなことをほざいた少女を、その場でちまつりにあげました。
  五人の少女は、四人になりました。

「ねぇねぇ、あなたはどうして、わたしたちの家へ来たの?」
いきのこった少女たちは、そうききました。
  そのころには王子さまはもう、ぶっそうな少女たちにすっかりおびえてしまって、
ガタガタふるえていました。
  それでも少女たちは、
「ねぇねぇ、どうしてこんな森にいたの?」と、かさねてたずねようとします。
  こわくなった王子さまは、しょうじきに、
姉が自分をどくせんするためにひとをころそうとしたこと、
だからおしろから家出をしたこと、
そして一日じゅうあるきまわってこの小屋を見つけたことをはなしました。
  すると少女たちはいいました。
「ねぇねぇ。それなら、この小屋にずっとおいでよ。ここでいっしょに住もうよ。
  料理をするのも、ベッドをととのえるのも、せんたくをするのも、縫い物をするのも、
編み物をするのも、家のなかの用事も外の用事も、ぜんぶわたしたちがやってあげる。
  だからあなたは、ずっとここにいなよ。なにも不自由はさせないから。
――よるのおせわの方もしてあげるから」

 けれども王子さまは、こんなところにいたくありません。
  今ここに二つ、そとのものをふくめると三つ、したいがころがっています。
  じょうだんじゃありません。

「いえ、おじゃましてはわるいです。ぼくはもう、ここを出発します」
「ずっとここにいなよ」
「いいえ、おかまいなく。ひとばんの宿を、どうもありがとうございました」
「ずっとここにいなよ」
「かってに食事をいただき、かってにベッドをつかってしまい、もうしわけありませんでした」
「ずっとここにいなよ!」
「このお礼はいつの日か、かならず……。それでは、さようなら」
「ずっとここにいなさいッ!!」

 大声でわめき出した四人の少女(と三つのしたい)は、
にげようとする王子の前に立ちふさがりました。

「わたしたちと一緒にいなさいッ!!」
「わたしたちに優しくしなさいッ!!」
「わたしたちを抱きなさいッ!!」
「わたしたちを、愛しなさいッ!!」

 こうして王子さまは、四人の少女(と三つのしたい)にかんきんされてしまいました。
  あさになると少女たちは山へ木の実をひろいにでかけ、よるになると帰ってきます。
  けれども王子さまは、そのあいだににげることができませんでした。
  王子さまのからだは、ベッドにがんじがらめにしばりつけられているからです。
  食事は四人の少女のくちつつしで、先をあらそうようにして、のどのおくにながしこまれます。
  なわをほどいてもらったとたん、王子さまのりょううでの引っぱりあいがはじまります。
  よるはとうぜん、ねさせてもらえません。

「知らない女の人についていったら、メッだよ? 知ってる女の人でもとうぜんダメ。
あなたのお姉さんにもいずれここのことが分かるだろうから、
だれもおうちのなかへ入れてはダメなんだからね?」
  少女たちはそういうと、じゅんばんにおでかけのキスをしてから、お仕事にでかけます。
  王子さまにできることは、かなしそうな目をしてそれを見おくることだけです。
『だれもうちのなかに入れるな』って……そもそもベッドにしばりつけられているのに、
だれをどう入れろっていうのでしょうか。

2

 ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***

 おしろの白雪姫は、最愛の王子さまをうしなって以来すっかりふさぎこんでいました。
  ひるはめそめそ泣きくらし、よるは真っ赤にはらした目で、
王子さまのしょうぞう画をながめる毎日です。
  それでもなみだをふりしぼっては、だれも入ってこないひみつのさびしい小べやにこもっていました。
  白雪姫はそこで、こわれてしまったふしぎな鏡をなおすためにがんばっていました。

 王子さまがどこへいってしまったのか、この鏡ならばかんたんにおしえてくれるはずです。
  けれども今は故障中のために、なんの応答もありません。
  まったく……ちょっとハンマーでたたいたぐらいなのに、なんじゃくな鏡です。
  白雪姫は目をしょぼつかせながら、こなごなになった鏡のはへんを、
ごはん粒でくっつける作業にいそしみます。
  けれども、ちょうしこいてこまかく砕きすぎたせいか、なかなかはかどりません。
  そうこうしているうちに気はあせり、心は千々と乱れるばかり。
  ああ、弟は今どこでなにをしているのだろう……?
  どうしてお姉ちゃんのそばからはなれてしまったの……?
  わたしたちは、ずっといっしょにいなければいけないのに……。
  こんなに、あなたのことを愛しているのに……。
  ――こんなことばかり考えていると、また視界がぼやけてしまい、
ちっともしゅうちゅうできないのです。

 そんな白雪姫のもとへ、あやしい魔法使いがおとずれました。
  魔法使いはふかみどり色のローブをはおり、
大きなフードをまぶかにかぶっていましたが、その声はわかい女でした。
  魔法使いは白雪姫の耳元によると、
「わたしのうらないでは、あなたがさがしている最愛のひとは、
東の森にとらわれていると出ています。ごほうびをください」
  といいました。
  白雪姫はきんかの入ったふくろをほうりなげると、
いちもくさんに東の森へかけつけようとしました。
  あやしい魔法使いのいうことですが、白雪姫が最愛のひとをさがしていると知っているあたり、
そのうらないはしんじられます。
  けれでも魔法使いは、そんな白雪姫のそでをつかんでひきとめ、さらにこういいました。
「おまちなさい。そのままかけつけても、また最愛のひとににげられてしまうでしょう。
  このリンゴをおつかいなさい。
このリンゴは、南国のぞうでもいっぱつではつじょうする、絶倫リンゴです。
  あなたの最愛のひとも、このリンゴをひとくちかじったらさいご、
あなたを押したおさずにはいられないでしょう。
  イブがアダムをゆうわくするときにつかったリンゴも、コレとおなじものなのです。
  今もむかしも、『きせいじじつ』さえ作ればこっちのものです。
  さあ、わたしが差し上げることができるものは、さがしびとのじょうほうと、このリンゴだけです。
これでごほうびをください」

 白雪姫はありったけのおこづかいをはたいて、そのじょうほうと絶倫リンゴをかいとりました。
  そうして大ぜいのへいたいを引きつれて、めいめいに大きなオノをもたせ、
木ぎを切りたおしながら、森をつきすすみました。
  やがてじょうほうどおり、七人の少女がすんでいる小屋が見えてきました。

 いっぽう、七人の少女はじゅんちょうに人数をへらし、
今では二人の少女と五つのしたいになっていました。
「あんたたち、わたしの弟をかえしなさいッ!」 
  白雪姫がそうさけんで小屋のなかへとびこむと、
二人の少女が王子さまのりょううでを引っぱりあって、
おたがいに包丁をつきつけあっているさいちゅうでした。
  おこった白雪姫は、へいたいたちにめいじて、
いきのこった二人の少女をみなごろしにしてしまいました。
  そうしてブルブルふるえている王子さまの前で、
「おなかすいてる? すいてるよね? すいているにきまってるよ。
ちょっとまっててね、今お姉ちゃんがおリンゴむいてあげる」
  というと、たどたどしい手つきで絶倫リンゴをむきはじめました。
「ほらたべて? お姉ちゃんのリンゴ、たべて? たべて、たべて?」といって、
王子さまのくちにムリヤリつっこみました。

 王子さまがもぐもぐごっくんするのを、
わくわくしながら見つめていた白雪姫ですが、なにもおこりません。
「おかしいな……?」と思ったときには、あとのまつりでした。
  おうじさまはとつぜん苦しみはじめると、バタリとたおれて、そのまま死んでしまいました。
  なんと! わるい魔法使いにわたされたリンゴは、絶倫リンゴではなく毒リンゴだったのです。

 白雪姫は王子さまのからだをだきしめて、わんわんと泣きわめきましたが、どうにもなりません。
  耳元で愛をささやいても、かわいらしいかみを手ですいても、
おねがいだからかえってきてとこんがんしても、生きかえりません。
  かわいそうな王子さまは、死んでしまいました。
  白雪姫は、わるい魔法使いにだまされて、自分の手で最愛の人をころしてしまったのです。

 白雪姫は王子さまをたんかに乗せて、そのたんかにすがって泣きました。
七日間というもの泣きつづけました。
  森の動物たちもやってきて、王子さまのために泣きました。
  まず最初に、メスのオオカミがきました。
それからメスのキツネがきて、最後にメスのハトがきました。
  白雪姫は、すべてうちころしました。

 それから白雪姫は、王子さまを土にうめようと思いました。
  けれども王子さまのからだは、まるで生きているようにきれいで、
頬は赤く、容ぼうはあいかわらず美しく、とてもあの黒い土のなかにうめることはできませんでした。
  そこで白雪姫は、いつでも王子さまのかおを見ることができるように、
ガラスのひつぎをつくらせました。
  王子さまをそのなかに横たえて、その上に金文字で王子さまのなまえと、
それが白雪姫の最愛のひとであることを書きつけました。
  それからひつぎを山の上へかつぎあげて、そこにへいしをひとりのこして、
見はり番をさせることにしました。

 さて、王子さまはそうやって、長い長いあいだ、ひつぎのなかに横たわっていました。
  それでもちっともくさらずに、まるでねむっているだけのように見えました。

  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***  ***

 
  白雪姫はもう、“白雪姫”ではありませんでした。
  悲しみのあまり白い肌は荒れ、くちびるからは赤い血の気が去り、
ドス黒いしっと心をもやすべき最愛のひとも、もういません。
  なみだはとうのむかしに枯れはて、いきがいをうしない、
もう二度とお日さまのようなえがおを見せることはなく、
美しかった“白雪姫”の面影はどこにもありませんでした。
 
  それでも白雪姫は、だれも入ってこないひみつのさびしい小べやにこもっては、
あることをしていました。
  ずっとむかしにわってしまった――あのふしぎな鏡をなおすことです。

 もう王子さまはこの世にいません。
  それでもさいごに一つだけ、たった一つだけ、どうしても鏡にききたいことがあったのです。
  そのために、白雪姫はただただ、ごはん粒で鏡のはへんを合わせていきます。
  死んでしまった王子さまも、砕けてしまった白雪姫の心も、もうもとにはもどりません。
  それでもこの想いと、ききたかった言葉だけは、とりもどせるかもしれないからです。

 やがてふしぎな鏡はなおり、白雪姫は鏡の前に立ちました。
  ごはん粒でガビガビになった鏡にむかって、白雪姫はかすれるようなこえで、こう問いかけました。
「……鏡よ鏡……。王子が……わたしの弟が、いちばん愛していたのは…………だれ……?」
  鏡は、答えました。
「白雪姫さま。王子さまがいちばん愛していたのは――あなたです」
 
  とうとう白雪姫は、てのひらでかおをおおいました。
  とっくのむかしに枯れはてたはずのなみだも、あふれるぐらいにながれてきます。
  いちばんききたかったこと……。
  さいごにたしかめたかった言葉……。
  白雪姫は、だれも入ってこないさびしい小べやで、
いつまでも、いつまでも、そうして泣いておりました。
  なぜなら、この鏡はけっしてうそをいわないことを知っていたからです――

 

              <『白雪姫』おしまい>

 

 ――とはなりませんでした。
  空気のよめないことおびただしい、このしょうじきものの鏡は、よけいな一言をつけくわえました。

「けれども、今の王子さまがいちばん愛しているのは、となりの国のお姫さまです!」

 これをきいたお姉ちゃんは、うしろまわし蹴りで鏡をたたきわると、
ひとかけらもあまさず粉塵になるまでふみつぶしたあげく、
うらにわの井戸のなかへすててしまいまいた。
  なぜなら、この鏡はけっしてうそをいわないことを知っていたからです。
  ふしぎな鏡をさいきふのうになるまで破壊した白雪姫は、
これはいったいどういうことなのかと首をかしげました。

 さて、なにがあったのでしょうか。
  さかのぼることこれより少し前、となりの国のお姫さまが、
ぐうぜん東の森のなかへまよいこみました。
  お姫さまは山の上にあるひつぎのそばをとおりがかり、こういいました。
「あら、こんなところに王子さまが」
  そこで、王子さまのお墓の番をしていた見はりのへいしは、
「おいまて。一国のお姫さまがこんなところにまよいこむなんて、ふしぜんだぞ」
  といいましたが、おとぎばなしにこの程度のふしぜんはつきものです。
かれいにスルーされてしまいました。
  お姫さまは、ガラスのひつぎに金文字で書かれていることをよむと、
けらいにその金文字をたたきつぶさせました。
  とめようとしたへいしは、どこかへつれていかれてしまいました。

「ああ王子さま、おいたわしや。こんなおすがたになってしまって」
  わざとらしく、よよよと泣きくずれたお姫さまは、ひつぎをあけると王子さまにキスをしました。
  ものすごいいきおいで舌を入れ、はしたなくもねちゃねちゃ音を立て、
「ぶっちゅー」と吸いつきました。
  するとそのひょうしに、王子さまが飲みこんでいた毒のリンゴのひときれが、
のどからとびだしました。
  そして王子さまは生きかえり、身を起こしました。

「……おや? ぼくはいったいどこにいるのだ」
  まだぼんやりしている王子さまがそういうと、お姫さまはおおよろこびして、こういいました。
「あなたは、わたしのそばにいるのです。永遠に……」
  王子さまはお姫さまを見て、うれしそうにしました。
  なんどかお会いしたことがある、前から「ちょっといいな」と思っていた、
かわいらしいお姫さまなんです。

「やあ、これはとなりの国のお姫さま。おひさしぶりです。あいかわらずお美しい」
「白雪姫よりも?」
  すかさずつめよったお姫さまは、そう問いかけました。
  のうてんきな王子さまは、
「それはさすがに、姉上の方が美しい」と答えました。
  お姫さまはほころぶようにほほえんで、もう一度問いかけました。
「白雪姫よりも、美しいかしら?」
「やっぱり、姉上の方が美しい」
  お姫さまはにっこりほほえんで、もう一度問いかけました。
「白雪姫よりも、美しいかしら?」
「ええと、姉上の方、かな」
  お姫さまは花がひらくようにほほえんで、もう一度問いかけました。
「白雪姫よりも、美しいかしら?」
「姉上……」
  お姫さまはお日さまのようにほほえんで、もう一度問いかけました。
「白雪姫よりも、美しいかしら?」
「はい。あなたの方が美しいです」

 その答えを良しとしたお姫さまは、その場で王子さまにプロポーズしました。
  家出ちゅうの王子さまは、ほかにすることもないので、「それもいいかも」といいました。 
  するとまわりの草むらから、いっせいにお姫さまのけらいがとび出して、
「ききましたききました、おめでとうございます!」と、はやし立てました。
  王子さまは言質をとられてしまいました。

 さて、白雪姫のおしろにも、
「となりの国のお姫さまが、たいそう見目うるわしい王子さまと結婚なさる」
といううわさがきこえてきました。
  そのうわさが正しいことをしょうめいするように、
白雪姫のもとへ、となりの国の結婚式のしょうたい状がとどきました。
  イヤなよかんがした白雪姫は、ちゅうぼうへかけこんで包丁を一本ひっつかむと、
ハダシのままでおしろをとびだしました。
  そうして七つの野をこえ、七つの山をこえ、七つの谷をこえ、
ようやくとなりの国へとたどりつきます。
  そのころには、国じゅうがお姫さまの結婚式のお祝いで、おおさわぎをしているところでした。
  白雪姫がまちに入ると、ちょうど、しんろうしんぷが馬車でとおりかかるパレードのまっさいちゅう。
  ひとごみをかきわけかきわけ前に出て、馬車の上のひとかげを見た白雪姫は、いきをのみました。
  いやらしいえみをふりまくわかい姫のとなりにいるのは、まぎれもなく、自分の最愛の弟です――
  つぎのしゅんかん、白雪姫は包丁をふりかざして馬車へとっしんしました。
  けれども二人に近づくことすらできず、へいたいたちに取りおさえられてしまいました。

 そのよる、白雪姫がおしこめられたろうやに、お姫さまがやってきました。
  つばでも吐きかけてやろうかと思った白雪姫は、
しかし、お姫さまのわらい声をきいてぎょうてんします。
  その声は、白雪姫をだました、あの魔法使いの声とおなじだったからです。
  魔法使いのしょうたいは、となりの国のお姫さまだったのです。
 
  お姫さまは、白雪姫を見て、にくにくしげにいいました。
「いいザマですこと、白雪姫。わたしはあなたの美しさがねたましかった。
  いつも王子さまのそばにいられるあなたが、ねたましかった。
  たとえいくつになっても、姉と弟でいられるあなたがねたましかった。
  わたしの方が王子さまのことを愛しているのに。
  わたしの方がずっとずっと、王子さまにふさわしいのに。
  なのに王子さまは、あなたのことをいつまでもいつまでも気にしている。
  その美しさも、その白い肌も、その赤いくちびるも……すべてゆるせません」
 
  そこまでいいきったお姫さまは、さいごにわらって、こう吐き捨てました。
 
「でも、わたしにはたった一つだけ、あなたに勝っているものがありました。
  それは――あなたよりももっともっとドス黒い、しっと心です。
  だから今、あなたはこうしてろうやにつながれ、わたしは王子さまの妻でいる」

 …
  ……
  ………
  こうして白雪姫は、となりの国のおしろの一しつにとらわれてしまいました。
  そのへやは、あたらしい王子さまとお姫さまのしんしつのとなりでした。
  空気穴からは毎夜毎夜、王子さまとお姫さまのむつみごとがきこえてきます。
  『あいしている』だの『子どもはなんにんつくろうか』だの『君の○○○の中は温かくて×××で、
ぼくもう△△△!』だの、弟がよその女にささやく愛の言葉がきこえてきます。
  でも、耳をふさぐことはできません。白雪姫のりょううでは、くさりでつながれているからです。
  王子さまへよびかけることもできません。
白雪姫のくちには、さるぐつわをかまされているからです。
  しっとぶかいお姫さまは、今までのうっぷんをはらすかのように、
これみよがしに二人の愛を白雪姫に見せつけ、きかせました。
  そうして白雪姫がついには狂い、たおれ、死んでしまうまで、ゆるすことはありませんでした。

 白雪姫は、さいごまで白雪姫でした。
  愛をうばわれた怒りで、その面影は、雪のように白く。
  愛をうばわれた悲しみで、ながしたなみだは、血のように赤く。
  そして愛をうばわれた絶望と「しっと心」は、黒檀のようにドス黒く。
  ――“白雪姫”と名づけたおきさきさまのねがいどおり、
かのじょは最期まで美しいままであったといわれています。
  そしてしっと心で勝ちのこったお姫さまは、たくさんの子だからにめぐまれ、
王子さまと末ながく仲よくくらしたそうです。 

 しっとぶかい女の子ほど美しく、
さらにしっとぶかい女の子ほどしあわせになれるという、とおいむかしのおはなしです。

 (『白雪姫』――「よい女の子のためのグリムどうわ」(文武科学省推薦申請中図書)より)

2008/02/08 完結

 

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