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秋の星空 改訂版

第1話                  


第1話 『夜の教室』

学校ってやつは社会の縮図だ、なんてよく言われるけどほんとにそうなんだろうか。
この小さな箱庭には同世代の人間しかいないし、価値観とか道徳意識も似たようなやつばかりだ。
ほんとの社会に出れば歳の離れた全然別の価値観を持つ人に出会うだろうし、
自分の苦手な人とも付き合わなきゃいけない。
社会と学校はまるで違う次元のもだと、僕は思う。
それでもこの「学校」というものと「社会」ってものに共通点があるとするなら、
それは小さなコミュニティの群体で成り立っている、というところだ。
僕の「学校」はクラスという30数名のコミュニティが3学年、一学年6クラス分存在し、
それによって成り立っている。
さらにクラスの中もスポーツ好きなグループ、オシャレ好きなグループ、音楽好きなグループ、
オタクグループ、不良グループ、クラスの中心人物たちのグループ、地味な一般群集グループ、
美男美女グループなど、細かくカテゴリィ分けされている。
体育祭や文化祭といったクラスごとのイベントではひとつにまとまったりするけど、
基本的にどのグループも普段は互いに干渉しあわない。

何が言いたいのかっていうと、要するに僕と三浦美希は全然別のグループの人間で、
全然違うタイプの人間だってこと。

美希はクラスの中心人物グループの一員で、オシャレ、美男美女グループとも属性が一致している。
対する僕は、特定のグループに属さないふらふらとしている人間だ。
で、結局そんなやつらが集まってできた変なグループに属してしまっている。
僕らは昼間のクラスじゃ全然会話しないし、授業で班分けされるときも一緒にはならない。
僕らがコミュニケーションを取るのは皆が下校したり、部活に行ったりしたあとのことだ。
人のまばらになった図書室や誰もいない教室、お互いの家、とにかく二人でいられるところで会う。
二人っきりで、会う――

「ふっ……うん……はぁ」
互いの舌を吸いあいながら唾液の交換を始める。
「んん……んっ」
僕は美希の背中から腰にわたる綺麗な曲線に手をかけながら。
美希は僕の背中に手を回しながら。
「ちゅっ……ちゅっ……」
お互いの唇を、むさぼる。
「んんん……ふぅ」
なごり惜しむように離したお互いの舌から、唾液が白い糸となってたれていく。
「ふふ……キスまたうまくなったね」
僕の瞳をまっすぐ見つめながら、悪戯っぽく美希が笑う。
「そりゃ、こんだけ毎日してりゃあね」
美希の眼に見つめられるのがなんとなく恥ずかしくて、僕はつい視線をそらしてしまう。
そらした視線の先では、暗い夜の空の中まんまるい月が誇らしげに輝いていた。
3階に位置するこの教室からは、窓の先、夜の学校で照明に照らされながら
一生懸命練習しているクラブ生たちが見える。
テニス部、サッカー部、野球部、陸上部……
彼らが青春の汗を流している中、僕は美希の唇に夢中でくらいついていた。
(なにやってんだろ僕は……)
変な劣等感を感じながら、正面で机に腰掛けている美希に、視線を戻す。
美希の視線もまた、窓の外に向いていた。
月明かりの中、制服の端々からみえる美希の白い素肌が、なんとなく輝いてみえる。
極端に短くしたスカート、手首や首元につけられたアクセサリー、綺麗に塗られたマニキュア、
はだけた制服の胸元、肩ほどにまで伸ばされた茶色がかったまっすぐなストレートヘア、
薄く塗られた口紅やマスカラ……
対する僕はというと、学校指定のブレザーとYシャツ、ちょっとよれよれのズボン、
真っ黒などこにでもいる短髪のヘアスタイル、中肉中背な身体。
いやちょっとはジムで鍛えてるから……まあそこまで誇れるものでもないか。

改めて思う。……全然タイプがちがうよなぁ。

ぼーっと美希を眺めているとそれに気づいたのか、
また小悪魔っぽい笑みを浮かべながら、美希が僕の瞳を覗きこんできた。
「なぁに? また欲情しちゃったの? エッチしたくなっちゃった?」
クスクス笑いながら僕に身を寄せてくる。
「要はスケベだからなぁ……どうせ昨日もアタシのことオカズにしてシタんでしょ?」
耳元で息を吹きかけるように、妖艶にささやく美希。
「し、してないっての!」
見事に図星を突かれて、僕はしどろもどろになってしまう。
「ウソ、ウソ。要の嘘は分かりやすいんだよ。私、要のことならなーんでも分かるよ……」
そう言いながら少しずつ、僕のワイシャツのボタンをはずしていく。
「どうする? ここでする? 学校でするのも久しぶりだし……いいかもね」
濡れはじめた瞳で僕を見つめる美希。この展開はやばい。
「そ……そろそろ出ないとまずくない? もうすぐ9時だし」
なんとか話題をそらそうと、時計も見ずに適当な時間を言ってみる。
美希は一旦「始める」とほんとに止まんなくなってしまうから、学校で「始める」のはまずい。
「あれ? もうそんな時間? ……ほんとだっ! やばっ!」
美希が慌てて僕から離れ、カバンを持って帰り支度を始める。
あれ? ほんとにそんな時間だったのか? ……やばい!
「ほらっ! 要っ! はやく!」
自分だけさっさと準備を済ませ、教室の外に出る美希。
服脱がせはじめたのはどこのどいつだよ! まったく!

「はぁはぁ……」
「ふぃ〜……」
急いで裏口の校門から学校を出て、二人であがった息を整える。
だから学校はあんまり好きじゃないんだ。誰かに見られるかもしれないし、時間制限あるし。
でも美希はなぜか学校でこういうことをしたがる。
昼間まともに話せない反動からかな……

僕が美希と付き合いはじめたのは丁度一年前、2年生の秋先だ。
僕らは小学校からこの学校にくるまでどういうわけかずっと同じ学校で、同じクラスだった。
いわゆる幼馴染みたいな感じだったんだけど、漫画やゲームとちがって
朝起こしにきたり一緒に登校したりなんてことあるわけもなく、
ただの友達かそれ以下みたいな関係が続いていた。
美希はおとなしいけど元々優秀な子だったし、
平々凡々な僕と距離が開いていくのは自然なことのように思えた。
中学校からはお互い別のグループに所属してまるで接点を持つことがなくなり、
さらにこの高校に入ってからは、それにより磨きがかかった。
美希はクラスの中心として、美人でよく働く人気者になっていった。
オシャレをしたり、いろんな企画の中心になったり、学校一の人気者の男と付き合ったり。
性格も地味なかんじから明るく悪戯好きな性格になり、
まるで別人……つまり僕とは全然別の世界の人間になっていったのだ。

付き合う人間も違うし、やることもまるで違う僕らが再び接点をもちはじめたのは、
2年のクラス委員分けの時からだった。
こういう委員分けって言うのは大抵楽な図書委員とかに人が集まり、
そこで争奪戦になるものだが、うちのクラスはどういうわけか、
学祭実行委員や体育祭委員などあまり普通みんながやりたがらないようなものに人気が集まった。
あっという間にめんどうな委員の役員はすべてうまり、残りはあまった図書委員だけになった。
結局僕はその余った図書委員を任されることになるんだけど、なぜかそこに美希も立候補してきた。
美希のことだから生徒会役員かなにかになるのかななんて思ったのだけれど、
美希はどれにも立候補せず、僕と同じ余り物の図書委員の席を狙っていたようだった。
当然周りからは色々言われてたけど、それでも美希は図書委員にこだわった。
前に一度そのことを美希に尋ねたとき、
「楽だとおもったから」の一点張りで返されてしまったことがある。
でもなんだか別の理由があったんじゃないかな、なんて今では思う。
楽な役職なら他にもあったわけだし……

何はともあれ、図書委員として再び接点を持った僕らは以前と変わった美希の性格もあってか
すぐに仲良くなった。
美希の明るく、悪戯っぽい性格に接しているうちに僕も長年のしこりみたいなものが
消えていくのを感じていた。
同時に、美希に対する僕の思いも少しずつ変化していった。
美希が人気があるのは外見や優秀さだけじゃない、
その性格からくるものなんだという事を、僕は理解し始めていた。
中には羨望や嫉妬で美希を嫌う人もいるだろう。
けど美希の明るい性格はそれを感じさせない強さがあった。
そんな美希に触れていくうち、僕はだんだんと美希に惹かれていっていた。
美希ともっと仲良くなりたい、そう思うようになった。

だけど図書委員であること、それ以外に美希と接点のない僕は、
普段は遠くから彼女を眺めることしかできないでいた。
美希の周りには人気者達の輪があり、そこに僕が入っていくのはとてつもない勇気が必要だったのだ。
それに美希には付き合っている先輩がいた。生徒会長でサッカー部のエース。学校の中心。
だれもが惹かれる存在だ。
僕が敵う相手じゃない。ケンカなら勝てるかもしれないけど男としては完敗してる気がした。
悶々とした想いを抱えながらサンドバックを叩く日々が続いた。
そんなある日、美希と先輩が別れたって噂を友人達から耳にした。
噂好きな友人達と、クラスメイト達の間で一斉にいろんな噂がとびかった。
美希に好きなやつができたとか、先輩が浮気したとか、三角関係がもつれたとか、いろいろ。
どうやら現場は修羅場だったらしいから、いろんな憶測が飛び交うのも無理はなかったんだろう。
でも、どんな噂も本当はどうでもよかった。
僕にとっては先輩と美希が別れたって事実が重要だった。僕は有頂天になった。
たぶん他にもほくそ笑んでるやつらがいるはずだ。
先輩に憧れてたやつ、美希を好きだったやつ、美希を嫌っている連中。
ふたりのスキャンダルはそんな馬鹿達を喜ばせるに十分なものだった。

そう、本当に馬鹿なやつだった。ぼくってやつは。

意気揚々とその日の委員の仕事を行うために図書室に向かった僕は、
本当に自分が馬鹿であることに気づかされた。

美希が、泣いていた。声を押し殺して、一人で泣いていた。

そりゃそうだろう。彼氏と別れた上、周りにあることないこと言われたんだ。
悲しまないほうがおかしくないか。
彼女が悲しんでいることも知らずに喜んでいた、周りの人間と同じだ。僕は最低だ……。

気づけば僕は先輩の下に走っていた。グラウンドでいつもどおり練習している先輩の下へ。
美希の泣いてる顔が頭に浮かんでは消えていった。
なんでこんなことしてるのか自分でもよくわからなかった。でもしなきゃいけないような気がした。
僕は先輩に土下座した。
「お願いします! もう一回三浦さんとやり直してください!」
周りの部員達が唖然としている中、僕は叫び続けた。
「おねがいします! おねがいします!」
先輩もまた唖然としていた。
けど次第に顔をしかめはじめ、ゆっくりと僕に近づいてきた。
「なに? お前あいつのなんなの?」
不機嫌そうな顔をしながら、先輩が僕を見下ろす。
「おねがいします! 僕は……クラスメイトです。ただの……でもおねがいします!」
ひたすら頭を下げる。まわりから次第に嘲笑の声が聞こえてくる。
「はぁ……あのなぁこれはあいつと俺の問題なのよ。お前には関係ないの。わかる?」
「で……でも……あのっ! なんで、なんでなんですか? なんでこんなことに!?」
先輩は馬鹿にしたような眼で僕を見ながら、鼻で笑った。
「だってさぁ……あいつうぜぇんだもん。重いっつーの? それにしょーじきもうヤリあきたし」
「……え?」
「ちょっと甘い顔したら、すぐついてきちゃって。んで彼女顔だもんなー。
こっちのほうがたまんねーっつーの」
「…………」
「お前あいつに惚れてんでしょ? やめとけって。ああいう重いのはさ。
地雷っつーのよ。ああいうの」
「…………」
「まあ可愛かったし、処女だったし? そんくらいだぜ、得したの。
色々噂されて迷惑してんのこっちだっての」
「…………」
「とにかくお前には関係ねーから。このことだれにも言うなよ? 言ったら……」

「どうなるってんだよ! ええ!?」

―――それから先はあんまり覚えてない。とにかくめちゃくちゃになったことは覚えてる。
僕は謹慎処分になって先輩達のサッカー部はメンバーが足りなくなって試合に出られなくなった。
というよりこの事件で色々調べが入った結果、
先輩達が揃ってとんでもないこと(口に出せないようなこと)
をやっていたことが学校にばれて、サッカー部は試合出場停止処分になったんだけど。

謹慎が解かれた僕は両親に多大な迷惑をかけた後、なんとか学校に復帰する事ができた。
学校に戻ったとき僕を待ってたのは不良グループからの勧誘の相談と、
周りの人間からの畏怖と侮蔑の目線だった。
特にサッカー部のやつらからは僕が原因で試合に出られなくなったってことで結構責められた。
それもしょうがない。覚悟してやったことだから。
唯一の救いは友人達が僕を見捨てなかったことだ。
僕の周りに怪我と経過を心配しに(興味津々で)集まってきてくれた。
元々変なやつらだったからかもしれないけど、その時はすごく助かった。

その日の授業中、僕はまだ少し痛む傷を抑えながら時々美希の席を盗み見た。
美希は僕が教室に入ってきたとき、まるで興味がなさそうに窓の外を眺めていた。
これもしょうがないことだ。どんな理由でも元恋人をぼこぼこにしたんだから……

沈んだ気持ちのまま、図書室に向かった。秋の夕暮れの中、校舎がオレンジ色に染まっていく。
図書室の古臭い引き戸のドアを開けると、そこには一人の女生徒が佇んでいた。

夕日を背負った彼女の表情は、よく見えなかった。

「なんであんなことしたの?」
感情のこもらない、静かな声で彼女がささやく。
「………………」
なにも言えない僕。
「なんで、あんなことしたの?」
今度はやわらかい、優しい声で彼女がささやく。
「…………ごめん」
小さく、つぶやく僕。
「たのんでないよ、あんなの……」
彼女の声が少し涙声になっているのがわかる。
「ごめん……」
どうしようもなくて、俯いてしまう。
「でも……ありがとう……」
その時、涙声の中に暖かさが混じっているのがようやくわかった。
はっとなって、俯いていた顔をあげる。
彼女の表情は見えないけれど、微笑んでいるように見えた。
急に胸が締め付けられるように苦しくなり、胸の鼓動が早くなる。
口が……勝手に動き出す。
「ぼ……ぼくは……三浦さんのことが……好き、です」
精一杯の勇気を振り絞ってもう一度彼女の表情を伺う。

彼女の微笑みが、今度ははっきりと見えた。

それから僕達は周りにばれないよう隠れて付き合い始めた。
もう彼女にあんな思いはさせたくないし、なにより僕の評判で彼女の評価まで落としたくなかった。
美希はそんなこと気にしないって言ってたけど、やっぱり彼女はこのクラスの中心人物だから。
僕とは、違うから。
でもなんだか最近美希がだんだん大胆になってるような気がする。
このままだといつか学校中にばれてしまう。自重しようって言ってるのに全く……。

「どしたの? お腹でも痛い?」
僕の腕に身体をおしつけながら、パッチリとした大きな瞳で僕を見上げてくる美希。
「うん。昼のお弁当が効いたかも」
「なにそれ! 結構自信あったんだけどなぁ……」
ちぇっと唇を尖らせながら僕の腕にしがみつくように歩く。
「まあいいや! 夕飯でリベンジするし! 早く帰ろ!」
「うん……」
「ほらぁ早く!」
急に歩くスピードを速めた彼女に今度は僕がひきずられる。
「ちょっ……そんなにいそがなくても」
「急がないと要が我慢できなくなるでしょ? イ・ロ・イ・ロと」
またあの悪戯っぽい眼で僕を見つめてくる。ほんと敵わないな。
幸せをかみ締めながら二人で秋の夜空の下を歩く。

その後ろに迫ってくる別の誰かの足音に、まるで気づかないまま……

2007/12/09 To be continued.....

 

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