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居場所(仮)

第1回                  


1

「どうしてあんな事をしたの?」

担任が口を開いた。
私は今、応接室にて担任と学年主任の教師と向かい合って座っている。
今日の体育の授業の後、クラスの女子…斉藤かなえが『財布が無い』と騒ぎ出して、
簡素な荷物検査をされたのだが…
まあ、全く身に覚えがないが何故か私の鞄に入っていた…という事で
放課後にここに来るように言われたのだ。

「私は、何もしていません…。」

普通、この様な状況に陥ってしまったらならばどんな処分が下されるかなどと考えて、
怯えてしまうだろうが、今私は別のことを考えている。
それは、指定の時間がくるまで教室の自分の席に座っていた途中に
「被害者」の彼女がアイツに慰められるように一緒に下校していくのを
見てしまったからだった。

アイツ…神谷秀一とは長い付き合いで、ハッキリ言って好きだ。
幼馴染で家も近いから家族ぐるみの付き合いで、昨日向こうの両親が海外旅行に出かけたから
私がご飯を作ってあげる、って約束したのに…早く解放されないかな。
あの景色が何度もフラッシュバックする。あの時奴がこっちを見て嘲笑した気がするのは
いくら何でも気のせいか被害妄想か。
そんな事より…もしかしてアイツは斉藤の事を…
それにあれからアイツと話してない。軽蔑…するよね、普通なら。
ああ…どうしよう。
さっきから私は思いっきり手の甲をつねっている。やめれば血の気が一気に引いてしまいそうだ。

「なあ…宮本、ちゃんと聞いてるか?…証拠が出てきちゃったんだからそれは通らない、分るだろ?」

物腰の柔らかい担任とはまるで違う横柄な態度をもって主任は私に語りかける。

…あっ、そうか。
認めた方が早く帰れるかもしれない。何で気付かなかったんだろう。

「あの、本当に、すいませんでした…反省してます。」

彼らは顔を見合わせた…二人の表情が少し穏やかになったように感じた。

「宮本さんは、勉強も頑張っているし、行事も積極的に取り組んでいます。
   …ですから主任、ここは厳重注意で済ませてあげられませんか?」

「勿論私もそうしたいが…やはり、親御さんには連絡させてもらう。盗難は、悪質だからね。」

いちいちこっちの表情を伺うのはやめてほしいな…。
でもこれでもうすぐ帰れそうね。
説教のエピローグが始まったが、私は最後まで気を抜かずに反省の色を作出して
それをやり過ごすことに成功した。

……。
…………。

「…ハッ…ハァッ…」
いつの間にか私は駆け出していた。
早く…早く会いたい。
駅について、電車が来るまで一息つこうとしたところで、メールが届いた。
もしかして秀からかな…なんて思うと、かじかんだ手も容易に動かすことができた。

「(なーんだ、親じゃん…って、親か。)」

かなり気まずいが、とりあえず内容を確認する。

 

『友理、盗難ってどういう事?詳しく聞くから、早く帰ってきなさい。』

携帯を、落としそうになる。
その時私はどうしようもない不安感にかられた。
親でさえ、疑う余地もなく私を疑うんだ、だから秀も…
…またあの景色が脳裏に浮かび上がる。そして秀の家には誰もいない。
今改めて思うと二人でいるには絶好の場所だ。
今度は携帯を壊しそうになった。

そうだよ、どう考えてもあれは…あの慰め方は…。
私なんか何年も、かなり近い距離で接しているのに何も起こらない。
そうかそうか、アイツは、そうなのか。

 

思い始めると、止まらない。
ぐにゃり、と世界が曲がる。
多分私は笑っている。
携帯に質量を感じなくなる。
すべてが…

 

ああ…、ホラ、おかしいよ。
せいじょうに、もどさなくちゃ。
このゆがみをなおすためには…
ひとついらないものをのぞくことだね。
…。

合鍵を差し入れて、家宅に侵入する。
やる事がはっきりした私は、すっかり「平常」を取り戻していた。
二人でいるという事は…リビングか秀の部屋か…。

私は少しばかり忍び足でキッチンに向かう。
私の家の次に詳しく知っているのはこの家。
キッチンには…アレがあるよね♪

「…?」
なんかおかしいな、いい匂いがする。
肉じゃが?

キッチンからは明かりが漏れていて、恐る恐る覗いてみるとエプロン姿の秀がいた。

 

あーなるほど、奴に作ってあげてるのか。
これは早く目を覚ましてあげないと駄目だなー。

「お帰りさーん。」

長い付き合いだと、気配でばれてしまうものだ。
いつも通りの秀…本当は疑っているくせに。
こちらを向かずに言葉を発したアイツに近づくついでに、傍らにある包丁を手に取った。

「…?もう切るもの無いよ。」

「あるわよ?ところで、奴はどこにいるの?」

「…ん?」

「…とぼけなくてもいいのに。今日の事件の『被害者』よ。」

「何かよく分からんが、斉藤にはよく言っておいたよ。」

 

…んー?何か話の流れた方向がおかしいな。
えーと…何だか頭がこんがらがってきた。

「まあこないだも社会の授業でやったじゃん。何十年も不当に拘留された冤罪事件とかいう奴。
   …それに比べたら、どってことねーだろ。」

「えん…?」

「お前があんな事する訳ねーだろ。そう斉藤にも言っておいたから。」

あー、いつもふざけてばかりいると真面目な事言うとき凄い恥ずかしいな。
俺は必死に友理の方を見ないようにして、鍋の様子をいつまでも伺っていた。
すると何と無く自然な感じに友理に抱きつかれた。

「…っく…ひっく…わたし…友だ、ちにも、親に、も…」

「ハイハイ、分ってるよ。だから、肉じゃが。」

私は肉じゃがが好きで…しかも家庭的な料理だから安心できそうで…

「わた、しの、ために…」
「そうですこれを『肉じゃがの計』と言います!」

「……………。」

…シリアスな雰囲気が嫌いだからついふざけてしまった。
しかしボケてもここまで反応が無いのは久しぶりだなあ。

こんなにもやさしい人が身近にいる事…
それは普段の生活からではなかなか実感できないだろう。
だから私は…それを感じている今しかない、と思った。
秀の胸に顔を押しつけながら、私は積もり積もった想いを…

 

「………すき……。」

「………うん、俺、も…。…ってか、お前包丁」

 

ガラガラッ!!
突然の事だった。
あまりにも幸せな空間にその音によって亀裂が走る。
ダイニングとキッチンを隔てる引き戸が物すごい勢いが開かれた。

その来客は…

「おいおい、斉藤どっから入ったのさ。友理閉め忘れた?」

いつでも冷静沈着な性格が売り(?)の俺だが
今の状況はちょっと…。

「ずるいずるいずるいずるいずるいずるい付き合いが長いだけの癖して
ずるいずるいずるいずるいズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイ」

その呪文と虚ろな瞳に少々、いやかなり不気味さを感じたが勇気を出して聞いてみる。

「斉藤、お前右手から血が…」

すると彼女は反射的に右手を隠して鬼のような形相をして叫ぶ。

「どうしてッ!!…こいつは、盗人なのよ!!!」

…まあ確かにあの状況で疑うな、と言うのは無理がある。
何と言えばいいんだろうか…それに今、コイツは、病的だ。
無闇に『それより不法侵入な件について』とか言うのはまずそうだ。

「…あっ、あれだよ斉藤。『罪を憎んで人を温水』って奴だよ。ハハハ。
   …つーわけで、ちょいと右手見せてみな。」

「…ッ!危ないッ!!!」

友理の鬼気迫った声を聞いて思わず俺は後ずさり大袈裟なまばたきをしてしまう

目を開けると…友理が床に横たわっていた。

「ウフ。ウフフ…そっか、こうすればよかったのか…。」

ガラス片。
それは肌を裂いてその内側から血がポタポタを垂れるほどに強く握りしめられていた。
そしてそれは持主の黒く鋭利な気持ちと共鳴し、ターゲットの急所を抉った。

「ああっ!友理…友理!!」

「神谷君がそんなに狼狽するの初めて見た…カワイイ。
  …待ってて、今トドメをさしてあげるから。」

何だ…外野がうるさい。俺は外野を何の迷いもなく思いっきり蹴飛ばした。
その時聞こえたうめき声など、興味無い。友理を助けなきゃ、助けなきゃ。
119だ!
ええっと、でんわ…でんわ…

「もう、いいよ、秀…。」

「友理…!ごめん友理…俺が不用意に…」

泣きそうになりながらその名前を呼ぶ。
誰から見ても、彼女の瞳から力が失われつつあるのが分る。

「折角…両想いに…なれ…」

「しゃ、喋るなって。大丈夫だから!!」

「ううん…分かるの…だから」

 

ブスッ

うぐっ、と勝手に変な声が出てしまった。胸に何か刺さったね、コレ。
いってー。
ちょ、おま、抜くなっておい、あっ

 

「なるほどこうすれば一緒、に…。」

「ウフフ…そういう、事…。」

俺は最後の力を振り絞って友理の首に両手を絡めてキスをしてやった。
でもごめん、もしかしたらさっきの外野が一緒に『こっち』に来るかも…。

 

・・・それから二日後、神谷家の家から三人の焼死体が発見された。

発火原因は、ガスコンロの火を消し忘れたことらしい。
現場の異様さからいって、現場に居合わせた人は誰も『消し忘れた』とは思わなかったけど。

2007/12/02 完結

 

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