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オンライン・ゲーマーズ(仮)

第1回                  


1

パソコンの液晶画面の中では、多くのかわいらしいキャラクター達が忙しく動き回っている。
それぞれのキャラクター達は、美しいCGで描写された街並みの中を、歩き回り、探索していく。
無限に続くかのように描写された美しい世界、
オンラインゲームと呼ばれるこの世界と出会った事こそが、
英田百桃にとってすべての始まりだった。

「今日はこんなところかしら……」

マウスを動かし、ゲームを終了する。
そのままウィンドウズも終了させ、パソコンの電源を落とす。
今日も目当ての「彼」は現れなかった。
ここのところ全くといっていいほど、「彼」はこのゲームにログインしていなかった。

「さてと、そろそろ準備しなきゃ」

しかし百桃に焦りはなかった。
もうすでに「彼」とはゲーム内ではなく現実で会っている。
それこそ、毎日のように百桃は「彼」に会っていた。

「今日はこれにしましょ」

部屋中に散らばった洋服達の中から、百桃は黒いワンピースを取り出した。
「黒」という色は百桃の大のお気に入りであり、「彼」に会う時は常に黒い洋服に身を包んでいた。
それに、常に同じ色の服を着ていれば「彼」の印象に残りやすい。
その意識はまた、自身の腰まで伸びる黒いストレートヘアにも現れていた。

「みっちゃ〜ん? ちょっと出掛けてくるわね〜?」

玄関のドアに手をかけながら、百桃は台所へ向けて声を掛けた。
するとその声にすばやく反応し、スーツを着込んだ快活そうな女性が台所から顔を出した。

「先生! 何言ってるんですか! まだ原稿終わってないでしょう!?」

女性の非難するような声が、大きなマンションの一室中に響いた。
だが百桃はまるで表情を変えず、ケロッとした顔で言った。

「終わったわよー。部屋の机の上においてあるから、後で確認しておいて頂戴」

そんな百桃の態度に毒を抜かれたのか、はたまたその内容に呆気に取られたのか、
女性の声が一気に小さくなった。

「……え? あ、そ、そうですか……じゃあ、どうぞ、いってらっしゃい」

「はい、行ってきます」

女性の申し訳なさそうな声を聞きながら、百桃はマンションを後にした。

百桃は、漫画家だった。
それも有名な少年誌を代表するような、いわゆる売れっ子であった。
それでも、オンラインゲームというゲームの中でも時間を食うものに手を出せる理由は、
ひとえに彼女の才能から起因するものであった。
彼女は通常の漫画家では数日はかかるような枚数の原稿を、
たった数時間で完成させてしまう能力を持っていた。
しかもネームからベタ塗りまで、すべて一人でこなしてその時間なのだ。
ストーリーに詰まることもなく、自分の描きたい時に、描きたい分だけ描くことができる。
ある意味で異常とも言えるこの能力を百桃は自在に使いこなし、デビューから10年間、生きてきた。
だが、今の百桃にはそんな素晴らしい才能よりも、もっと大事なものがあった。

――「恋」という、大事なものが。

「いたいた。今日も元気そうね……よかった」

電柱の影に隠れながら、百桃はほっとしたようなため息をついた。
道行く人々は皆、百桃の格好を奇異の目で見つめている。
が、百桃はそんな周りの視線などまるで気に止めていないか、視線を固定したまま動かない。
百桃のその熱っぽい視線の先には、この付近でも有名な公立高校の制服を着た、3人組の男がいた。
ブツブツと独り言を言いながら、百桃は少しずつ3人に近づいていく。

「だからな、俺は思うわけよ。やっぱりこのメンツでつるんでても女の子は寄ってこないなって。
そこで俺からの提案なんだが……」

「山下君、今日は何のゲームやるの?」

「えっと……格ゲーでもやろうかな。ホラ、この前のアレ。森本もやっただろ?」

「あーあれか。いいね。僕もちょっと強くなったよ!」

「お、そりゃ楽しみだね」

「……おい。お前ら、無視はやめようよ。無視はさ」

楽しげに街の中を歩いていく、3人組の男子高校生。
そんな3人を電柱の影から見守りながら、百桃は小さく微笑む。

「よかった……義男ちゃん。楽しそうで」

――そう、百桃はこの高校生3人組の真ん中を歩いている、
少し肥満体の「彼」――森本義男に恋をしていた。

2007/11/29 To be continued.....

 

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