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覗く者(仮)



1

 隆志はパンツごとズボンを脱ぎ降ろして、冷たい床に座り込んだ。
陰茎は縮こまり、頭を垂れていた。悔しい、恥しい、情けない。
隆志のなかはそんな気持ちで一杯だった。
うつむいていた顔を上げると、涙で歪んだ視界のなかに、
制服をだらしなく着崩したクラスの男子たちがいた。
彼らは意地悪い笑みを浮かべながら、楽しそうに手を叩いて合唱する。
「しーこーれ! しーこーれ!」
陰茎に手を添えると、隆志はもう一度、自分を囲んでいる少年たちを見回した。
「なにやってんだよ! さっさと抜けよ!」
くすんだ、むらのある金髪をした少年が怒鳴った。
ロッカーを蹴る音に隆志はびくりと身を竦めると、手に力を込め、
萎えた男性自身を上下にしごき始めた。
ぐすぐすと鼻をすすりながら、何度も何度も強くこすり、
赤々と腫れた陰茎に血液が集まってくるころには、隆志は犬のように下を垂らして、
はあはあと荒い呼吸を繰り返していた。
「うっわ、こいつマジでしこってんよ!」
「きめぇ! 興奮してやがる!」
「オナ王だオナ王! オナニーキングだ!」
「実はこいつマゾなんじゃね?」
「しーこーれ! しーこーれ! さっさとしーこーれっしばくぞー!」
悪童たちの嘲弄が響く教室で、隆志は自慰を続けていた。
手拍子をする彼らを、睨むことさえ出来ない自分が情けなかった。
以前は親友だと思っていた少年が、笑いながら悪罵する光景が信じられなかった。
羞恥を屈辱にまみれてもなお、いきり立っている男根だたまらなく気持ち悪かった。
「さっさと出せよ!」
鼻水で咽喉が詰まり、隆志はげほげほとむせた。それでも彼は手を止められなかった。
耳に大穴を開けた少年が、拍手に合わせて、金属バットで床を叩いていたからだった。
親に心配はかけさせられない。痣はこれ以上作れない。
自慰を見せるだけで勘弁してもらえるのなら、自分の自尊心などどうでもいいと隆志は思っていた。
隆志が三度目の咳を吐いたとき、突然、教室の扉が音を立てて開いた。
「アンタたち何やってるのよ!」
教室の入り口で幼なじみの少女が、顔を真っ赤に染め、体を震わせて立っていた。

「本当に、先生に言わなくてもいいの?」
  手当てをひとしきり終えて、幼なじみの麻衣は彼にそう尋ねた。
隆志は何も言わずに頷くと、独り言を言うような小声で、ありがとう、と言い、
床に散らばった鞄の中身を集め始めた。
悪童たちは既に退散していた。この教室に残っているのは、隆志と麻衣だけだった。
「でも、さ。あいつらもこのごろどんどん調子に乗ってるみたいだし、隆志を……」
麻衣はいじめという単語を使うことをためらった。
散々メディアなどで使い古され、学校という閉鎖的社会において半、
ばタブーとされているその言葉を口に出すことは、隆志を侮辱するに等しいと思ったからだった。
「……隆志に、またちょっかいかけてくるかもしれない」
床をまさぐっていた隆志の動きが止まる。彼の手元はかすかに震えていた。
「どうせ、もうすぐ卒業だし……」
高校に上がってしまえば、自分を虐げる少年たちとは縁が切れる。
いまさら事を荒立てても事態は悪化するだけだと、隆志は言外ににおわす。
そう、と麻衣はため息を吐くように頷くと、隆志の背中に寄りかかった。
彼の首に腕を回し、抱きしめるような恰好で麻衣はささやく。
「なら、それまで、アタシが隆志を守るから……」
隆志は目元を拭い、ごめん、とつぶやいた。

 隆志と一緒の下校を終えて帰宅すると、麻衣はすぐさま自室に転がり込んだ。
寝台にもぐって、頭から布団を被り、枕に顔を押し当てると、くぐもった声が部屋に響いた。
(上手くいってる! アタシは上手にやってる!)
麻衣は身をよじりながら足をばたつかせた。
(可哀相な隆志。あんな連中にいじめられて、あんな恥しいことをやらされるなんて!)
腕で目元を多い隠し、顔をくしゃくしゃに歪ませた幼い隆志の姿が頭に浮かんで、
麻衣は益々胸の中が充実していくのを感じた。
(なんという屈辱なの! アタシがあんなことをされたら、舌を噛み切って死んでしまうわ!
殴られ、罵倒され、ちっちゃな子供のように泣き喚いて、自慰を強要される!
ああ! すっごくかわいそう!)
麻衣は布団の中から腕を伸ばし、枕元に置いてある写真立てを手繰り寄せる。
幼なじみの映ったそれをスカートの中へもぐりこませると、角の部分で引っかくようにこすり付け、
少女は今日彼がしたように股座をもてあそんだ。
(でも、でも、だいじょうぶよ、隆志。アタシがアンタを護ってあげるから。
アタシだけが、アンタを庇ってあげるから。だって、アタシは隆志の幼なじみだもの。
アンタにとってただ一人の、一緒に生きてきた女だもの。
隆志、アンタ昔、私と約束してくれたわよね? 大きくなったら、お嫁さんにしてくれるって。
アンタは、アタシが好きなの。もちろんアタシもアンタが好きよ。
だから隆志、アンタには、アタシ以外の人間なんて、必要ないの!
男友達なんていらない。みんな、アンタをいじめるんだから。
女友達なんて、最初ッからいらない! アタシがいればそれでいいんだから!ああ! 隆志!)
ひときわ大きく背筋を反り返らせて、麻衣は気をやった。
ぜえぜえと呼吸を整えながら、麻衣は写真立てを顔の前に持っていき、
頼りなさそうに微笑む幼なじみの姿に、唇を重ねる。
「好きよ。隆志」
涙でぼやけた視界のなか、写真にむかってそう話しかけて、少女は意識を手放した。

 三年B組担任、佐藤美佐子は物思いに耽りながら住宅地を歩いていた。
手元にある住所録の名前欄には、長谷川隆志と書かれている。
やや端正な顔立ちをしたその生徒の姿を頭に思い浮かべ、美奈子はため息を吐いた。
自分のクラスでいじめがあったなんて、美佐子はとても信じられなかった。
三年B組は、校内でも団結力のあるクラスとして有名で、学校で催し事があるときには、
生徒全員一致団結して取り掛かり、優秀な成績を残してきた。
二十五歳という若手教師が始めて担当したにしては、とてもよく出来たクラスだった。
生徒達自身もとても仲が良く、班分けの際などは、仲間はずれが出ないよう、
率先して引っ込み思案の子を引き入れる光景が目立つくらいだった。
けれど、美佐子は見てしまった。放課後に校内の見回りをしていたとき、
誰も居ないはずの体育用具室で、長谷川隆志が倒れている光景を目撃してしまった。
彼はシャツを脱がされていた。
剥きだしとなった痣だらけの上半身は、マジックで下品な落書きをされていた。
鼻血を流しながら、すすり泣く彼の姿を目にして、美佐子は息を呑み、すかさず物陰に身を隠した。
あのとき、美佐子は彼に声をかけることが出来なかった。
今まで信じていた生徒たちが、影でこんな陰惨な所業をしていると、認めたくなかったからだった。
美佐子は裏切られた気持ちになりながらも、真実を理解することを恐れ、
声を殺してその場から逃げ去った。

 

 その日から、美佐子の後ろめたさに苛まれる日々が始まった。
力なく笑いながら、親しげに教師に話しかける隆志の姿を直視できなくなった。
授業中、自分の冗談を受ける生徒たちの笑いが、白々しいものに思えた。
美佐子はもう耐えられなくなっていた。
見回りの回数を増やし、隆志の姿を求めて放課後の校舎を彷徨った。
何も異常がないことを確認すると、ほっと安心したものだった。
けれども、ある日、最後に見回った教室で、隆志の姿を認めてしまった。
彼は下着姿のまま、服を探して床に這い蹲っていた。やせ細った体には、以前よりか痣が増えていた。
美佐子は廊下に落ちている破られたノートを拾い上げると、前と同じように、息を潜めて逃げ出した。
彼女は恐ろしかった。自分の見えないところでいじめがあったことが。
何もいわずそれを受け入れて、何のそぶりも見せず日常を過ごしている長谷川隆志という少年が。
テレビニュースで取り立たされるいじめには憤慨するくせに、
目の前で起こっているいじめは見てみぬふりを決め込む自分の汚さが、恐ろしかった。
  とうとう美佐子は行動を起こすことを決めた。
家庭訪問という手段は使いたくは無かったが、事を穏便に済ますにはこれしかなかった。
生徒の家は目前だった。足はかすかに震え、今すぐ踵を返したがっていた。
美佐子は大きく深呼吸をして、指先をインターフォンに当てた。
「……はい。どなたですか?」
聞きなれた少年の声が聞こえた。美佐子の足は、未だにがくがくと震えていた。

2007/11/14 To be continued.....?

 

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