「ねえ、どうしても振り向いてくれないヒトを自分のモノにしたいとき、貴女ならどうする?
さやか? 」
「わたしが涼ちゃんなら……わたしを殺す……な」
小さな頃から3人一緒だった、コウくんと目の前の女とわたし。
その関係が突然壊れたのは、高校生の頃。
コウくんの友達が目の前の女を好きになり、
コウくんはその友達のためにこの女と徐々に距離を置き始めた。
それでもこの女は諦めきれずに以前と同じ様に、コウくんに纏(まと)わり続けた。
ある日コウくんに泣きながら相談されたわたしは、
ずっと心の中で思っていた事を計画に移す時が来た、
と喜びに胸が一杯になって思わず泣いてしまったのを覚えている。
『涼に僕がさやかと付き合っている姿を見せれば、諦めると思うんだ。だから』
『本当にいいの? コウくんそれでいいの? わたしはいいけれど、涼の気持ちは? 』
本当に馬鹿な女。始終押してればいいってモンじゃないのに。
そう言うときは耐えて耐えて耐えて、一瞬の機を窺(うかが)うの。
わたしの涙をコウくんは完璧に誤解していた。やっとあの忌々しい雌猫に止めを刺せるんだから
開放感からわたしは嬉しいだけなのに、優しいコウくんは同情していると思っている。
ねえ、コウくん。女の子はね、好きな人のためだったら何でも出来るんだよ?
例え、相手が骨も残らず抹消してやりたい女でも、コウくんのためと思えば我慢出来るんだよ?
……あの女は本当にコウくんにたかる虫除けに役に立ったわ。…これまでは。
『浩司…! 』
『どう? もうコウくんとはこんな仲! わかった涼? わかったらコウくんを諦めて! 』
コウくんの提案は涼の目の前でキスさせてくれないか、だったが、
そんな生ぬるい手でコウくんを諦める繊細な神経をあのサカった雌猫が持っていないのは知っている。
わたしの提案はぱんつ一枚になってコウくんの部屋で二人でベッドに。
ベッドに入ったコウくんは、我慢し切れずについにわたしの『はじめて』を奪ってくれた。
その効果は覿面(てきめん)だった。
反射的に泣いて出て行くあの女を追おうとするコウくんを止めるために、
わたしはただ静かに涙を流すだけで良かったのだ。
わたしの長年の忍耐+計画の完成で見事完勝。
で、終わるはずだったのだ。しかしこのバカ女はこうしてコウくんの目の前にいる。
コウくんの後にいるわたしを見て、寝言を言っている。
コウくんはわたしを殺す決断をした涼を止めるに違いない。こいつにはコウくんを殺せない。
コウくんを怪我させるのが関の山だ。大好きな『わたし』のコウくんを怪我させるものですか。
だからわたしはコウくんを庇(かば)うために前に出ようとした。
止めるコウくんの手を振り解こうとしたその時……ぶざまな敗者の手に握られていたのは
長大なナイフだった。
「わたしの答えは違う。こうするだけ」
わたしの視界が真っ赤に染まった。この女が小太刀の目録を持っていた事を今更思い出した。
コウくんの首筋から噴水のように血が吹き出ている。
わたしはすぐに倒れたコウくんの首筋を押さえて圧迫止血をしたけれど、
コウくんの血は全然とまらない。
「リョオオオオオオオオッ! 」
「もう、これで今の優しいコウくんは貴女のものじゃない……
そして私に『だけ』やさしかったコウくんは……私だけのもの」
そうして、コウくんを斬ったコイツは自分で自分の頚動脈を刎ねた。
コイツの思考法を読み誤ったわたしの『負け』だった。
コイツは頭が『オトコ』だったのだ。大抵の女は好きな相手に害意を加えることに躊躇うもの。
だが男は違う。奪われるのなら殺す。
その決断を簡単にしてしまう。
もう、コウくんとコイツが死んでしまえば、
コイツが過去の記憶から『創り出した』理想のコウくんは、
誰にも壊せなくなる。
わたしの歯がキリキリと羨望と嫉妬に噛み締められ、鳴るのがわかる。
幸せそうな妄想に浸りやがってぇ!
「二人とも…二人とも死なせないからぁ! とくに涼ォ!
……アンタには生きてて貰わないとねぇっ! 」
そうだ。死なせるものか。まだまだ死んで貰っては困るのだ。
永遠に失われてしまうかもしれないコウくんが、わたしを抱いたときに
どんな事を言い、わたしがどんな気持ちで、どんなに幸せだったか絶望とともに
この女に聞いて貰わなくてはならないのだから。 |