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マザーブラ者



1

キンコンカンコーン

授業が終わり教師が教室を出たのを確認して、僕は携帯電話を取り出しメールを打つ。
『To 母さん』
宛先は母。
『Sub定時連絡』
それは母に要求されたもので、携帯電話を持たされた時からの平日の授業後の決まりだ。
一時間目と二時間の間の休憩時間、昼休憩などなど、
休憩と名のつく全ての時間で僕は母宛にメールを打つ。
メールの内容は『今、授業終わったよ。次は数学』とか『これからお昼ご飯。島津と食べるから』
などのちょっとした予定の事だ。
いつかそのメールの内容をクラスメイトに見られた事がある。
それから僕は『マザコン』と、そう呼ばれるようになった。
それでも僕は定時連絡をやめない、いや辞めれないのだ。
「おい、吉川またママンにメールか?」
「そうだけど?」
「ほんと、マザコンだね〜」
「だってさ、定時連絡しなきゃ母さん学校に電話入れるんだよ」
「学校に電話?なんで?」
「僕が死んだかもしれないって心配だったんだってさ」
以前定時連絡をしなかった事がある、小学校の高学年位の時だ。
その頃母と何処かに出かけるという事が恥ずかしいと感じるようになっていた僕にとって、
毎休憩時間に母にメールを送ってるという事が友人にバレてしまう事が怖かった。
それまでは何も考えずに母の言いつけ通りメールを送っていたが、
ある日勇気を出してそれをやめてみた。
定時連絡なんて友達に知れたら恥ずかしい事は辞めたかったのだ。
定時連絡をしなかった休憩時間後の授業中はメールや電話のバイブレーションが止まらなかった。
そして、しばらくして教室を訪ねて来た教師に『吉川君、お母さんから電話が入ってるわよ』と、
職員室まで連れて行かれたのだ。
電話に出た僕に母は泣きながら
『良かった、死んじゃったのかと思ったじゃない。メールはちゃんとしなさいよ。
その為に携帯電話持たせてるのよ。』そう言った。
それで僕は休憩時間の定時連絡を辞める事を諦めたのだった。
「お前の母さんちょっと、心配性過ぎやしないか」
その話を聞いた島津は苦笑しながら、そう言った。
「まあね、でも良いんだ」
「なんで?」
「僕、マザコンだからさ」
「おま……、なんて眩しい笑顔すんのよ」

僕はもう開き直ってしまっていたのだ。
マザコンで何が悪い、
心配性過ぎる母のどこが悪い、
我が子を殺してしまう母よりは断然僕の母の方が素晴らしいじゃないかと。
「……吉川、お前さぁ近親愛者とかじゃないよな」
「……島津、お前さ知ってるか。マザコンとマザーファッカーの間には
ベルリンの壁より高い壁があるんだよ」
時々『お前、母ちゃんとやってんじゃないの?』とそんな事を聞かれる事がある。
僕の母は40前の歳にしては綺麗だとは思うが、はっきり言ってそれは無いし、願望も無いのだ。
例え僕がマザコンでも、マザーファッカーにはなり得ないのだ。
なぜなら父のいない僕にとって母は血の繋がった唯一の家族なのだから。
「……俺がお前の立場だったら、その壁壊すよ」
「……お前は今の立場でその壁を壊せ。お前ならきっと出来る」
「……そうだな。って無理、無理、無理。俺の母親、豚だぜ豚」
僕は島津と馬鹿話をしたがら打っていたメールを完成させ、
『これから島津とお弁当食べるよ。』
それを送信する。
「よし、昼飯にしようぜ」
「おっけ」
携帯電話を閉じたのを合図に僕等は、いつものように屋上に向かった。

 

 

「おい、吉川」
「ん、なに」
屋上に出る扉を開けたところで島津が小声で話掛けてきた。
「あれ、今まさに飛び降りようとしてるよな」
屋上を囲ったフェンスの外側に立っている女の子を指差しながら島津は言う。
「いや、あの娘きっと天使なんだよ。ぼくには羽根が見えるよ」
とりあえず僕は現実逃避をしてみた。

2

今の母は私にとって、本当の母親では無い。
私がまだ小さい頃に父が再婚した相手だ。
だから今の母が私の事を嫌いでも仕方ないのだと思う。
『修学旅行?行かなくても良いわよ。高校に行かせてあげてるだけ、有難いと思いなさいよ』
修学旅行の代金を振り込んで欲しいと頼んだ私に、そんなふうに言うのも仕方ないのだと思う。
私を高校に行かせる事にさえ反対だった母に、
修学旅行まで行かせて欲しいと馬鹿な事を言ったのが悪かったのだから。
血の繋がった父も、
『我慢しなさい』
と、そう言った。
仕方ないのだ、家は裕福では無いし私の下にまだ小さな子供がいるのだから。
父としか血の繋がってない私より、父とも母とも血の繋がった妹の方が可愛いいのは
仕方ない事なのだ。
だから『アンタね邪魔なのよ。早く家を出てって貰いたいわ』と
母にそう言われ、父が否定してくれなくてもそれは仕方ない事だ。
仕方ないかもしれないが、やはり悲しくはあった。
だけど私は母も父も恨んではいない、むしろ感謝している。
だから私は今、ここに立っているのだ。
邪魔な私が死んで、母や父や妹の為になるようにと。

屋上の端から、地面を見下ろしてみる。
ここの遥か下では、沢山の人が行き交っている。
きっと、そこが学食に面する道で今が昼休憩だからだろう。
今飛び降りたら、誰かを巻き添えにしてしまうかもしれない。
とりあえず、私は人が居なくなるのを待つ事にした。
――そういえば、本当の母と弟は今どうしているのだろうか――
間もなく死ぬからだろうか、その事が気になった。
父と母が離婚したのは、私がまだ幼稚園に通っていた頃だったと思う。
だから、ほとんど覚えてはいないが母はとても優しい人だったと記憶している。
私は弟の事をやたらと可愛がっていたと思う。
もし、父と母が離婚しなければ私は今ここに立ってはいないだろう。
家族四人で普通に暮らして普通に生きて普通に寿命を迎え死ぬ、
そんな人生を過ごすのだろうなと思って、やめた。
過去の幸せだった頃に逃避して、そこからの『たられば』な未来を夢見ても仕方ないのだから。
私に許されるのは本当の母の幸せと弟の幸せ、
それとどうか父さん私が死んだ事をせめて悲しんでくださいとそう願う事位だ。

 

そろそろ人は居なくなっただろうかと思い、下を覗いて見たが人通りはまだ減っていなかった。
これは昼休憩が終わる迄待つしか無いだろうなと思い、溜め息をついた私に後ろから声がかかる。
「あの〜」
「え?」
振り向くと、そこには二人の男の子がいた。
「うわっ勿体無い」
振り向いた私の顔を見るなり、左の子はそう言う。
「え?勿体無い?」
何がだろうと、思案してみたが私にはさっぱりわからない。
「だって、これから死のうと思ってるんですよね?」
「え、ええ」
「そんなに美人なのに、今から死ぬなんて勿体無いですよ。なあ島津」
その子は心底残念そうに言い、右側の子に同意を求めた。
「え、ああ、うん確かに勿体無いかも」
「だよね、あの、もし良かったら僕と付き合ってくれませんか」
「……ぷ、アハハハハハ」
この子は今私がどこに立って何をしようとしているのかわかっているのだろうか。
まさか、この状況下で告白されるなんて思いもせず私は笑いが止まらなかった。
「お、おい笑われたぞ」
「そりゃ、お前がマザコンだからだろう」
「まさか、僕がマザコンだというのは結構有名なのか」
「き、キミ、マザコンなの?」
「はい」
「ぷ、マザコンは嫌…アハハハハハ」
「僕、振られたのかな」
「ああ、振られたみたいだな。けどお前には美人なママンがいるだろう。な?」
「うん、そうだね」
躊躇なく自分はマザコンだと断言する彼と、
お母さんが居るから大丈夫だろうと慰めるその友人に私はまた笑いが止まらなかった。
「あの、もし良かったら名前教えてくれないかな」
私は最期に楽しい時間を持たせてくれた二人に感謝したいとそう思った。
「あ、僕は一年の吉川佳佑です」
「俺は島津達也、同じく一年です」
「そっか、私は三年の小早川高嶺です。ありがとう、楽しかった」
お礼を言い終わり、いよいよ死のうかと私は前を向いた。

 

「あの、先輩」
するとまた先ほどと同じように後ろから声が掛かり、私は顔だけを後ろに向けた。
「もう死ぬんですか?」
「ええ、昼休憩が終わったらね」
出来れば今すぐにでも飛び降りたいのだが、下にはまだ人が行き交っておりそれはまだ出来なかった。
「そっか、じゃあそれまでそこで弁当食べても良いですか?」
彼は傍にあるベンチを指差しながら、そう言う。
「え?」
この子はどこか抜けているのかもしれない、
これから自殺しようとしている女の傍で昼食を取ろうと言うのだから。
「お、おい吉川。それどころじゃ無いだろ、誰か呼びに行った方が良いんじゃないか」
「今日の弁当には僕の好きな鳥の唐揚げが入ってんだよ、はやく食べたいのさ」
彼は島津君に、面倒くさそうな口調でそう言う。
「良いわよ。汚いものを見せるかもしれないけど、構わない?」
「はい、大丈夫です」
彼は笑顔でそう言い、
「俺、先生呼んでくるから」
島津君は屋上を飛び出し、そこには私と彼の二人しか居なくなった。
「ねえ、吉川君。お母さんの事好き?」
背後でお弁当を黙々と食べている彼に私は聞いてみた。
「はい、好きです」
さも当然の事のように彼は答える。
流石マザコンだ。
「どうして?」
「えーと……血の繋がった家族だからかな」
彼はしばらく悩んで、そう答えた。
「そっか、良いね」
私はその答えを素直に羨ましいと思った。
血の繋がった家族だから、好き。
家族を好きな理由なんて、それで十分なのだと思う。
優しいからだとか、怒ってくれるからだとか、
そんなものは血の繋がった家族ならば当然の事なのだから。
「先輩は、家族の事好きじゃ無いんですか?」
「好きよ、けど好かれてはいないの」
けれど、私の家族にはその当然のモノが無いのだ。
血の繋がった父さえも私を邪魔だと思っているのだから。

「そんな事無いと思いますけど。」
彼には、あって当然なモノでさえなくなってしまうという事はわからないだろう。
「キミにはわからないのよ」
私はそう言い残し、チャイムがなるのを待った。
「先輩、小早川先輩」
しばらく、お互い無言でいると何かに気付いたように彼が声をあげる。
「なに?」
「携帯、鳴ってますよ」
「え?」
言われて初めてそれに私は気付き、
「誰からだろう」
検討もつかないが、私はそれを取り出し開いてみた。
『To高嶺』
メールが来ていた。
『Fromお父さん』
父から私に。
『修学旅行の代金振り込んでおきました』
私はメールを読み終わり彼に聞いてみる。
「ねえ、吉川君。お父さんは私の事好きかな?」
「え、当然でしょう」
「そっか…」
別に彼の言う事を信じた訳では無いのだけど
「やーめた」
父からのメールが単純に嬉しくて私は自殺する事をやめた。
「先輩、自殺するのやめるんですか?」
「うん」
「そっか、良かった」
彼は心底嬉しそうにそう言って、
「き、キミ……なんて眩しい笑顔すんのよ」
笑っていた。

3

「んっと、これなら角度もバッチリね」
アルバイト急募。
時給750円、土日出れる方歓迎。
スーパーのアルバイト募集の貼り紙を寸分の歪みもなく貼り終えた私は
大した仕事でも無いのにパンパンと手をはたいた。
「これで大丈夫ですかね?」
今しがた様子を見に来た店長に私は聞いてみる。
「はい、それで大丈夫だと思います」
店長は、パートの私にも敬語を使う。
高校生のアルバイトさんとか若いパートさんには敬語を使わないので、
それはきっと私の年齢が二十代後半の店長のよりも上だからだろう。
「私も、もうすぐ40か……」
まだ若い店長の年齢と私のそれを比べてしまって、少し落ち込んでしまった。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ」
「雨……降りそうですね」
店長は空を見ながら呟く。
「ほんと…嫌な天気ですね」
空を見てみると、濃い灰色をしていて今にも雨が降りそうな天気をしていた。
雨は嫌いだ。
「降らなきゃ良いんですけど」
「そうですね、本当に」
私は心から雨なんて降って欲しくなかった。

私の願いは叶わず、しばらくして雨は降り出した。
店舗の屋根を打つ雨の音が、今休憩している事務所にまで聞こえる。
「佳佑は傘を持っていったのかしら」
今朝の天気予報では、降水確率は20%だった。
きっと、佳佑のめんどくさがりな性格では持っていっていないだろう。
いや、絶対に持っていっていないと思う。
雨は止みそうに無い。
だとしたら雨に濡れながら佳佑は家まで帰るのだろうか。
それでは風邪をひいてしまうかもしれない。
それに雨の日の車は滑りやすい、もしかしたら事故に巻き込まれてしまうかもしれない。
あの子と同じように死んでしまうかもしれない。
「嫌……そんなの嫌」
ネガティブな考えが止まらず私の身体は震えた。
「吉川さん、吉川さん」
「え?」
店長に肩を叩かれ、私はネガティブな世界から現実に引き戻された。
「大丈夫ですか?顔、真っ青ですよ」
「あ、ありがとうございます」
店長は私を気遣い、暖かいお茶を入れてくれた。
「落ち着きました?」
「はい、もう大丈夫です。すみませんでした」
「いえいえ、良いんですけど。何かあったんですか」
店長の質問に私は、
「雨が嫌いなんです」
と、そう答えた。

 

私には三人の子供が居た。
長男、長女、次男。
けれど、今は一人しか居ない。
長男は死んでしまった。
雨の日に、交通事故にあって。
まだ幼かったのに、やっと『お母さん』と呼んでくれたばかりなのに、
お腹の中には貴方の弟が居たのに。
幼かったからだろう遺骨は少なく、小さかった。
『ごめんね、ごめんね……』
買い物の帰りに貴方と繋いでいた手を離してしまって。
一瞬貴方から目を離してしまって。
『ごめんね、ごめんね愛し方が足りなくて』
遺骨の前で私は懺悔する事しかできなかった。
それから私は娘と産まれてきてくれた息子から目を離さなかった、常に子供達の側にいるようにした。
もう子供達を私より先に死なせたくはなかったから。
そんな私に夫は言った。
『佳子、離婚しよう』と。
理由を聞けば、『お前は子供達の事ばかりを考えて、俺の事を何とも思ってないからだ』と言う。
確かにその通りで、当時の私は夫の事を何とも思っていなかった。
だが、それのどこが悪いのだろうか。
私は母親なのだから、子供達の事だけを考えていればいいのだ。
『ええ、かまいませんよ』
それがわからない夫と一緒に暮らしていても仕方なかった、
子供達にも可哀想だと思った私は離婚を了承した。

 

けれど、私はまだ母親になれていなかったのだ。
『私、お父さんと行く』
娘はそう言った。
いくら私が、『お母さんと暮らそう』と言っても聞いてくれなかった。
またあの時と同じように、愛し方が足りなかったのだ。
だから娘は夫を選んで、出ていった。
そうして、私には佳佑しか居なくなってしまった。
今の私には佳佑が全てだ。
それなのに今日は雨が降っていて、
もしかしたらあの子と同じように事故にあってしまうかもしれない。
また私が目を離している間に、我が子が死んでしまうかもしれない。
そう思うと、とても怖いのだ。

「考え過ぎですよ、息子さんはもう高校生ですよね」
「はい」
「だったら大丈夫ですよ、そろそろ子離れしなきゃいけないんじゃないですか」
店長にこんな話をしたのは間違いだったのだろう。
「……貴方には子供が居ないから、私の気持ちがわからないんです」
「え?」
高校生だったら事故に合わないという保証があるとでも言うのだろうか。
母親が子離れなどしたら、誰が子供を守るというのだろうか。
店長は男で、親でも無いから母親の気持ちなんてわからないのだ。
「店長、すみませんちょっと来て貰えませんか?」
「え?あ、はい。今行きます。それじゃあ、吉川さんはもうあがってもらってかまいませんから」
「ありがとうございます」
アルバイトの人に呼ばれ事務所から出ていく店長に礼を言って、私は携帯電話を取り出した。
『To佳佑
Sub傘持ってってる?
傘持ってっていないなら、母さんと一緒に帰りましょう。
もうすぐ終わるので、校門から見える所で待っていてください。』
心配ならば、一緒に帰れば良いことに私は気付いた。
今の時間は、三時五十分。
そろそろ佳佑から、『今から帰るね』メールが来る時間だ。
今、佳佑は外を見ながらどうやって帰ろうか思案してるだろう。
そんな佳佑を想像したら、
「だから傘持っていきなさいよと言ったのに。」
と苦笑しながらメールを送信した。
帰り支度をしていると、佳佑が好きな音楽のメロディが鳴った。
きっと佳佑からのメールが来たのだ。
今日は佳佑と帰りに、どこかスーパーに寄って一緒に買い物をして帰ろう。
お菓子は三つ迄買ってあげよう。
今日の晩御飯は佳佑の好きな鍋物になるかな。
そんな事を考えながら受信BOXを私は開いた。
『To 母さん
From佳佑
SubRe.傘持ってってる?
傘持っていってないけど、大丈夫。先輩が傘に入れてくれるから。』
先輩とは誰だろうか?
私はその先輩の事を佳佑から聞いた事がなかった。

2007/11/03 To be continued.....

 

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