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二人の朝のJamSession(仮)



1

「やけにご機嫌じゃない?」
  土曜日の夜。
  だらしない格好でソファーに横になったままの妹が怪訝な視線を送ってくる。
「ん、そうか?」
「さっきからニヤニヤしててキモいんだけど」
  口を開けば憎まれ口ばかり。
  何処へ行くにもお兄ちゃんお兄ちゃんと背中を追いかけてきたのはもう遠い過去のお話。
「うるせーな、俺がどんな顔してたって関係ねーだろ」
  最近の妹との会話はいつもこうだ。
  お互いにあまり意味の無い言葉の応酬と、幾ばくかの沈黙。
  反抗期というやつだろうか?
  それこそ、お互いに……。
  付きっぱなしのテレビからはバラエティー番組の笑い声が二人っきりにリビングに響いている。
「で……なんかあったの?」
「気になるのか?」
「聞いて欲しそうな顔してるからさ……言えばいいじゃない」
  相変わらず素直じゃない。

「実は俺、明日デートなんだ」

 普段よりいくらか長く重い沈黙。
  そして―――

「ふ〜ん、あっそ……」

 そう言うなり妹はおヘソごと身体を反してそっぽを向いてしまう。
  なんだか反応があまりに淡白なので拍子抜けしてしまう。
「で?」
  こちらがしばらく黙っていると背を向けたまま、
妹がやや尻上がり気味な一字だけを投げつけてくる。
「で? ってなんだよ」
「もう付き合ってるのかって聞いてんの」
「いや、それはまだこれからって感じ……」
「そう……」
  それっきり、お互い会話を交わすわけでもなくただテレビを眺めている。
  別に場の空気が重いわけではない。お互い嫌というほど長い付き合いだ。
  会話をしていないからといって気まずくなるような事は無い。
  ただお互いに思春期に入ってからはだんだんとペースが合わなくなってきているような気はする。
「俺、明日早いからさっさと寝るわ」
「もうこんな時間から? 小学生の遠足じゃあるまいし、コーフンして寝付けないんじゃないの?」
「うっせーな。お前も夜更かししすぎるなよ。おやすみ」
「おやすみ」
  結局、妹は最後までこちらを見ようとはしなかった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 今朝は昨夜の準備やら妄想やらに時間を取られ過ぎたせいか、少し寝坊した。
  急いで着替えて洗面所に顔を洗いに行くと、
日曜は昼まで起きてこない妹がリビングでゲームをしていた。
「やっぱり寝坊してるじゃん。コーヒーあるけど?」
「悪い頼んだ!!」
  顔を洗い、身なりを整えてリビングに戻ると妹がコーヒーカップを持ってきてくれる。
「はい、これ」
  カップを差し出す妹からコーヒーを受け取るその刹那、
ほんの一瞬だけ早く妹の指がカップから離れる。

「「あっ!」」

 二人の声が重なって、洋服にコーヒーが吸い込まれてゆく。
  ちなみに今日の勝負服は昨夜早めに部屋に引き下がり2時間を費やして選んだ一品。
「な、なんつーことを!!」
「ごめん!」
  本来なら説教コース三時間ものだが、悔しいことに初めてのデートから遅刻では格好が付かない。
シミがついた服を洗濯機に投げ込んで、自室に戻って着替えを済ますと
  妙にコーヒーの匂いが気になった。
  いつもなら気にならない程度、けれど今日はやけに気になる。
  時計を見る。
  急いで済ませれば間に合わない時間でもない。
  意を決してシャワールームに飛び込むと髪を濡らさない様に、
  コーヒーのかかった部分と息子さんを特に念入りに洗う。
「あれ? 俺のバスタオルはどこだー」
  びしょ濡れのまま脱衣所に出ると置いてあるはずのバスタオル、
もしくはタオル類が一つもなくなっている。
「え? いまシャワー浴びてるの? さっきの洋服といっしょに洗濯機の中」
  脱衣所に面している洗面所に移動し洗濯機の蓋を開けると、
洋服とたくさんのタオル達がぐるぐる回っていた。
「勝負服とタオルをいっしょに洗うんじゃねぇよバカタレーーー!!」
「誰がバカよ!! 大体そんなご大層な服じゃないでしょ!!
  それにコーヒーが掛かったくらいでわざわざシャワーまで浴びちゃってさ!!
  ばっっっかじゃないの!? 何を期待してるんだか!!」
  いつもならこのまま言い合いを初めてもおかしくない状況だが、今は時間が無いので先に折れる。
「わかったから、早くタオルを持ってきてくれー」
「最初からそう頼んでいればいいのよ!!」
  数分後、妹が持ってきたタオルは妹用のバスタオルだった。
「しょ、しょうがないでしょ!!
  昨日お風呂から上がってそのまま部屋に持っていったのだけが残ってて、
今はこれ以外全部洗濯中なんだから!!」
  つまり……これは使用済みということか?
  なんか微妙な気分だが、実際我慢しているのは妹の方だろう。
  普段ならば死んでも嫌だと喚き、暴れだすのは間違いないが、
  それを我慢してこれを持って来たということは
俺を足止めしてしまったという罪悪感もあるのだろう。
  今は迷っている暇も無いので、遠慮なく使わせてもらうことにする。
  大雑把に全身を拭いて手早く着替えると、玄関で携帯の時計を確認。
  ちょっと、遅刻しているが走れば間に合いそうだ。

「ん? 俺の靴は何処だ?」
  玄関からも靴が綺麗さっぱり消えている。
「あれは……観葉植物に水やりしてた時、バケツ倒して水浸しになっちゃったから庭で干してる」
「なぬぅぅぅ!!」
  流石に堪忍袋の尾が切れそうなのか、思わず妹を睨みつける。
「別に悪意があったわけじゃないから許してよ。
  それに靴を玄関に脱ぎっぱなしにしてる兄貴だっていけないんだから」
  ぺろっと舌を出しながら謝る妹。
  それは昔から妹がよくやる仕草。
  昔は何気なしやっていたんだろうけど、
最近は自分の見た目が可愛いのを知っていてやっている節がある。
「っっったく、しゃ〜ね〜な〜!!」
  猛ダッシュで自室に飛び込むと体育館用のシューズを持って玄関に戻ってくる。
  かかとの部分に自分の苗字が書いてあるのは御愛嬌。
  幻滅されるような格好ではあるが……遅刻するよりはいくらかマシだろう。
「それじゃ、行って来るぞ!」
「……うん。いっ…てら……しゃ…い……」
  バタリと音を立てて、玄関先で真横にぶっ倒れる妹。
  あの倒れ方は痛い。
  冗談はさておき、履いたばかりのシューズを脱ぎ捨てて妹の下に駆け寄る。
「なに…やって…ん……のよ。さっさと……行き…な…さいよ」
  妹の罵倒を余所に、弱っている妹のおでこに手を当ててみる。

 正直……よくわからない。

 しばらく額に手を当てていると頬から順に次第に赤みが差してきて、
手の平に淡い熱を感じるようになる。
  まだ、微熱の段階なのだろうか?
  ともかく、真横にぶっ倒れるなんて尋常じゃない。
  小さい発射口から次の罵倒が飛んでくる前に妹の背中と膝を抱える。
  俗に言われる『お姫様抱っこ』という状態。
  別に誰かに見られるわけではないし、やっている相手が妹だから色気が無い。
「ば、ばか!! 何やってんのよ!!」
  こんな状態になってまで憎まれ口を叩けるとは見上げた根性だ。
  っつ〜か、実は結構元気?
  至近距離から次々と発射される罵詈雑言にいちいち受け答えするのもほとほと面倒なので、
  黙って妹を部屋まで強制連行。無断で妹の部屋に入ると、弾幕が一層強くなる。

 正直、病気でなければ放り投げてやりたい気分ではあるが我慢してベットの上にそっと降ろす。
  ここまで運んでやったのだからさっさ横になればいいのに、
いつの間にか首に回された妹の腕が離れてくれない。
「いつまでやってんだよ。さっさと離れろ」
「言われなくてもそうするわよ!!」
  妹は飛び跳ねるように俺から身体を離すと、腰をさする。
「いっつぅ〜」
  したたかに打ち付けた腰が今頃になって疼くらしい。
「ちょっと待ってろ」
  家中を一回りして氷枕や体温計、風邪薬に湿布薬などを一通りそろえる。
  もうこの時点で待ち合わせには確実に間に合わない時間になってしまっていた。
「あぁ〜!! なんでこういう時に限ってかーちゃんもとーちゃんも家にいないんだよ!!」
  我ながら情けないが愚痴をこぼしながら妹を看病する。
  本来なら今頃女の子とお手を繋いで、幸せを満喫しているはずなのだ。
「あ〜あ、兄貴きっと振られちゃうね」
「その原因を作ってるお前が言うな!!」
「……ごめん」
「大体、体調悪いくせに動き回ろうとするから変なことになるんだよ」
「……怒ってる?」
「当たり前だろ」
  今頃あの子は待ち合わせの場所で一人寂しく俺を待っているのだろうか?
  その光景を思い浮かべるたびに溜息ばかりが漏れた。
「ホントに、ごめん……」
「もういいよ。あとで電話して今日はもう中止にするから、今はゆっくり寝てろ」
「わかった……」
  ようやく何も言わずに頷く。
  いつもこれくらいに素直なら言うことは無いのだが……。
「ところで兄貴……」
「なんだよ?」
「アイスクリームが食べたい。買ってきて」
「はぁ!?」
「ストロベリーのやつがいい」
「ワガママ言ってんじゃねぇ!! さっさと寝てろ!!」
  強引に妹を部屋に寝かしつけると、リビングで携帯を開く。
  待ち合わせ場所で待っている彼女にデートを延期してもらいたいと伝えると、
  言い訳をする間もなく電話を切られてしまった。

 まったく……今日に限って運が悪い。

 携帯をソファーに投げつけて昨日の妹と同じような体勢でふて寝する。
  音が無いと寂しくなってくるのでテレビをつけた。
  日曜日のこの時間ならバラエティー番組に困ることは無いし、
別に腰を据えて見ているわけでもない。
  もう今日は動く気力が湧かない。
  けれど、いささか手持ち無沙汰な感がある。
  今日あるはずの重要イベントがフラグごとお流れになってしまい、
  時間と体力と空腹と怒りをいささか持て余しているといった感じ。
「………」
  幸い、首から下は近所をうろつくのにはちょうどいい格好ではある。
「まぁ、風邪だからな……しゃあ〜ないか」
  誰にするわけでもない言い訳を吐き出すと、携帯を片手に溜息一つ。
  脱ぎっぱなしの体育館用のシューズのかかとを踏み潰して近場のコンビニへと繰り出した。

『もしもし、なんか他に食いたいもんあるか?』

2007/10/28 完結?

 

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