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秋の星空



1

学校ってやつは社会の縮図だ、なんてよく言われるけどほんとにそうなんだろうか。
この小さな箱庭には同世代の人間しかいないし、価値観とか道徳意識も似たようなやつばかりだ。
ほんとの社会に出れば歳の離れた全然別の価値観を持つ人に出会うだろうし、
自分の苦手な人とも付き合わなきゃいけない。
社会と学校はまるで違う次元のもだと、僕は思う。
それでもこの「学校」というものと「社会」ってものに共通点があるとするなら。
それは小さなコミュニティの群体でなりたっている、というところだ。
僕の学校はクラスという30数名のコミュニティが3学年、一学年6クラス分存在し、
それによって成り立っている。
さらにクラスの中もスポーツ好きなグループ、オシャレ好きなグループ、音楽好きなグループ、
オタクグループ、不良グループ、クラスの中心人物たちのグループ、地味な一般群集グループ、
美男美女グループなど、細かくカテゴリィ分けされている。
体育祭や文化祭といったクラスごとのイベントではひとつにまとまったりするけど
基本的にどこのグループも普段は互いに干渉しあわない。
なかにはグループに属さないでふらふらとしている人間もいるけれど。
僕はそのふらふらとしているやつらの一員だ。
で、結局そんなやつらが集まってできた変なグループに属してしまっている。

何が言いたいのかっていうと僕と三浦美希は全然別のグループの人間で、
全然別のタイプの人間だってこと。

美希はクラスの中心人物グループの一員で、オシャレ、美男美女グループとも属性が一致している。
僕らは昼間のクラスじゃ全然会話しないし、授業で班分けされるときも一緒にはならない。
僕らがコミュニケーションを取るのは皆が下校したり、部活に行ったりしたあとのことだ。
人のまばらになった図書館や誰もいない教室、お互いの家、とにかく二人でいられるところで会う。
二人っきりで、会う。

「ふっ……うん…はぁ」
互いの舌を吸いあいながら唾液の交換を始める。
「んん……んっ」
僕は美希の背中から腰にわたる綺麗な曲線に手をかけながら、美希は僕の背中に手を回しながら。
「ちゅっ…ちゅっ…」
お互いの唇をむさぼる。
「んんん……ふぅ」
なごり惜しむように離したお互いの舌から、唾液が白い糸となってたれていく。

「ふふ…キスまたうまくなったね。」
僕の瞳をまっすぐ見つめながら、悪戯っぽく美希が笑う。
「そりゃこんだけ毎日してりゃあね」
美希の眼に見つめられるのがなんとなく恥ずかしくて、僕はつい視線をそらしてしまう。
そらした視線の先では、暗い夜の空の中まんまるい月が誇らしげに輝いていた。
3階に存在するこの教室からは窓の先、夜の学校で照明に照らされながら
一生懸命練習しているクラブ生たちが見える。
テニス部、サッカー部、野球部、陸上部…彼らが青春の汗を流している中、
僕は美希の唇に夢中でくらいついていた。
なにやってんだろ僕は……。
変な劣等感を感じながら僕の正面で机に腰掛けている美希に視線を戻す。
美希の視線もまた、窓の外に向いていた。
月明かりの中、制服の端々からみえる美希の白い素肌がなんとなく輝いてみえる。
極端に短くしたスカート、手首や首元につけられたアクセサリー、綺麗に塗られたマニキュア、
はだけた制服の胸元、肩ほどにまで伸ばされた茶色がかったまっすぐなストレートヘア、
薄く塗られた口紅やマスカラ……
対する僕はというと、学校指定のブレザーとYシャツ、ちょっとよれよれのズボン、
真っ黒などこにでもいる短髪のヘアスタイル、
中肉中背な身体。いやちょっとはジムで鍛えてるから…まあそこまで誇れるものでもないか。

改めて思う。……全然タイプがちがうよなぁ。

ぼーっと美希を眺めているとそれに気づいたのか、
美希がまた小悪魔っぽい笑みを浮かべながら僕の瞳を覗いてくる。
「なぁに?また欲情しちゃったの?エッチしたくなっちゃった?」
クスクス笑いながら僕に身を寄せてくる。
「要はスケベだからなぁ……どうせ昨日もアタシのことオカズにしてシタんでしょ?」
耳元で息を吹きかけるように、妖艶にささやく美希。
「し、してないっての!」
見事に図星を突かれてしどろもどろになってしまう。なんでいつもこんなに鋭いんだろ?
「嘘嘘♪要の嘘は分かりやすいんだよ。要のことならなーんでも分かるよ…」
そう言いながら少しずつ、僕のワイシャツのボタンをはずしていく。
「どうする?ここでする?学校でするのも久しぶりだし…いいかもね。」
濡れはじめた瞳で僕を見つめる美希。この展開はやばい。
「そ…そろそろ出ないとまずくない?もうすぐ9時だし」
なんとか話題をそらそうと時計も見ずに適当な時間を言ってみる。
美希は一旦「始める」とほんとに止まんなくなっちゃうから学校で「始める」のはまずい。
「あれ?もうそんな時間?……ほんとだっ!やばっ!」
美希が慌てて僕から離れカバンを持って帰り支度を始める。
あれ?ほんとにそんな時間だったのか?…やばい!
「ほらっ!要っ!はやく!」
自分だけさっさと準備を済ませて教室の外に出る美希。
服脱がせはじめたのはどこのどいつだよ!まったく!

「はぁはぁ……」
「ふぃ〜…」
急いで裏口の校門から学校を出て、ふたりであがった息を整える。
だから学校はあんまり好きじゃないんだ。誰かに見られるかもしれないし、時間制限あるし。
でも美希はなぜか学校でこういうことをしたがる。昼間まともに話せない反動からかな…

僕が美希と付き合いはじめたのは丁度一年前、2年生の秋先だ。
美希と僕は小学校からどういうわけかこの学校にくるまでずっと同じ学校で同じクラスだった。
いわゆる幼馴染みたいな感じだったんだけど漫画やゲームとちがって
朝起こしにきたり一緒に登校したりなんてことあるわけもなく、
ただの友達かそれ以下みたいな関係が続いていた。
美希はおとなしいけど元々優秀な子だったし、
平々凡々な僕と距離が開いていくのは自然なことのように思えた。
中学校からはお互い別のグループに所属してまるで接点を持つことがなくなり、
この学校に入ってからはさらにそれに磨きがかかった。
美希はクラスの中心として、美人でよく働く人気者になっていった。
オシャレをしたり、いろんな企画の中心になったり、学校一の人気者の男と付き合ったり。
性格も地味なかんじから明るく悪戯好きな性格になり、
まるで別人…要するに僕とは全然別の世界の人間になっていったのだ。
いつの間にか僕らはあいさつすら交わすことがないような関係になっていった。

付き合う人間も違うし、やることもまるで違う僕らが再び接点をもちはじめたのは
2年のクラス委員分けのときからだった。
こういう委員分けって言うのは大抵楽な図書委員とかに人が集まり、
そこで争奪戦になるものだがうちのクラスはどういうわけか
学祭実行委員や体育祭委員などあまりふつうみんながやりたがらないようなものに人気が集まった。
あっという間にめんどうな委員の役員はすべてうまり、残りはあまった図書委員だけになった。
結局僕はその余った図書委員を任されることになるんだけど、なぜかそこに美希も立候補してきた。
美希のことだから生徒会役員かなにかになるのかななんて思ったのだけれど、
美希はどれにも立候補せず僕と同じあまりものの図書委員の席を狙っていたようだった。
当然周りからは色々言われてたけどな美希は図書委員にこだわった。
前に一度そのことを美希に尋ねたとき、
「楽だとおもったから」の一点張りで返されてしまったことがある。
でもなんだか別の理由があったんじゃないかな、なんて今では思う。
楽な役職なら他にもあったわけだし……

何はともあれ、図書委員として再び接点を持った僕らは以前と変わった美希の性格もあってか
すぐに仲良くなった。
美希の悪戯っぽい性格と前向きな性格に接しているうちにぼくも長年のしこりみたいなものが
消えていくのを感じていた。
同時に、美希に対する思いも少しずつ変化していっていた。
美希が人気があるのは外見や優秀さだけじゃない、
その性格からくるものなんだと僕は理解し始めていた。
中には羨望や嫉妬で美希を嫌う人もいるだろう。
けど美希の明るい性格はそれを感じさせない強さがあった。
美希に触れていくうち、僕はだんだんと美希に惹かれていっていた。
美希ともっと仲良くなりたい、そう思うようになった。
でも図書委員であること、それ以外に接点のない僕は普段は遠くから美希を眺めることしか
できないでいた。
美希の周りには人気者達の輪があり、そこに僕が入っていくのはとてつもない勇気が必要だったのだ。
それに美希には付き合っている先輩がいた。生徒会長でサッカー部のエース。学校の中心。
だれもが惹かれる存在だ。
僕が敵う相手じゃない。ケンカなら勝てるかもしれないけど男としては完敗してる気がする。
悶々とした想いを抱えながらサンドバックを叩く日々が続いた。
そんなある日、美希と先輩が別れたってうわさを友人達から耳にした。
うわさ好きな友人達と、クラスメイト達の間で一斉にいろんなうわさがどびかった。
美希に好きなやつができたとか、先輩が浮気したとか、三角関係がもつれたとか、いろいろ。
どうやら現場は女2人男1人の修羅場だったらしいからいろんな憶測が飛び交うのも
無理はなかったんだろう。
でもどんなうわさも僕にとってはどうでもよかった。
先輩と美希が別れたって事実が重要だ。僕は有頂天になった。
たぶん他にもほくそ笑んでるやつらがいるはずだ。
先輩に憧れてたやつ、美希を好きだったやつ、美希を嫌っている連中。
ふたりのスキャンダルはそんな馬鹿達を喜ばせるに十分なものだった。

そう、本当に馬鹿なやつだった。ぼくってやつは。

意気揚々とその日の委員の仕事を行うために図書室に向かった僕は、
本当に自分が馬鹿であることに気づかされた。

美希が、泣いていた。声を押し殺して、一人で泣いていた。

そりゃそうだろう。彼氏と別れた上、周りにあることないこと言われたんだ。
悲しまないほうがおかしくないか。
彼女が悲しんでいることも知らずに喜んでいた、周りの人間と同じだ。僕は最低だ……。

気づけば僕は先輩の下に走っていた。グラウンドでいつもどおり練習している先輩の下へ。
美希の泣いてる顔が頭に浮かんでは消えていった。
なんでこんなことしてるのか自分でもよくわからなかった。でもしなきゃいけないような気がした。
僕は先輩に土下座した。
「お願いします!もう一回三浦さんとやり直してください!」
周りの部員達が唖然としている中、僕は叫び続けた。
「おねがいします!おねがいします!」
先輩もまた唖然としていたが次第に顔をしかめはじめると僕に近づいてきた。
「なに?お前あいつのなんなの?」
「おねがいします!僕は…クラスメイトです。ただの…でもおねがいします!」
ひたすら頭を下げる。まわりから次第に嘲笑の声が聞こえてくる。
「はぁ…あのなぁこれはあいつと俺の問題なのよ。お前には関係ないの。わかる?」
「で…でも………あのっ!なんで、なんでなんですか?なんでこんなことに!?」
先輩は馬鹿にしたような眼で僕を見ながら鼻で笑った。
「だってさぁ…あいつうぜぇんだもん。重いっつーの?それにしょーじきもうヤリあきたし。」
―――え?……なんだって?
「ちょっと甘い顔したら、すぐついてきちゃって。んで彼女顔だもんなー。
こっちのほうがたまんねーっつーの。」

……は?なんだよ……こいつ。
「お前あいつに惚れてんでしょ?やめとけって。ああいう重いのはさ。地雷っつーのよ。ああいうの」
こ……こいつは……
「まあ可愛かったし、処女だったし?そんくらいだぜ。得したの。
色々噂されて迷惑してんのこっちだっての」
………………
「とにかくお前には関係ねーから。あー…このことだれにも言うなよ?言ったら……」

「どうなるってんだよ!ええ!?」

―――それから先はあんまり覚えてない。とにかくめちゃくちゃになったことは覚えてる。
僕は謹慎処分になって先輩達のサッカー部はメンバーが足りなくなって試合に出られなくなった。
というよりこの事件で色々調べが入った結果、
先輩達が揃ってとんでもないこと(口に言えないようなこと)
をやっていたことが学校にばれてサッカー部は試合出場停止処分になったんだけど。

謹慎が解かれ両親に多大な迷惑をかけた後、なんとか僕は学校に復帰できた。
学校に戻ったとき僕を待ってたのは不良グループからの勧誘の相談と
周りの人間からの畏怖と侮蔑の目線だった。
特にサッカー部のやつらからは僕が原因で試合に出られなくなったってことで結構責められた。
それもしょうがない。覚悟してやったことだから。唯一の救いは友人達が僕を見捨てなかったことだ。
僕の周りに怪我と経過を心配しに(興味津々で)集まってきてくれた。
元々変なやつらだったからかもしれないけど、その時はすごく助かった。

そのまま授業が始まると僕はまだ少し痛む傷を抑えながら時々美希の席を盗み見た。
美希は僕が教室に入ってきたとき、まるで興味がなさそうに窓の外を眺めていた。
今も僕にまるで興味を示さず黒板の文字を目で追っている。
これもしょうがないことだ。どんな理由でも元恋人をぼこぼこにしたんだから……

沈んだ気持ちのまま、図書館に向かう。秋の夕暮れの中、校舎がオレンジ色に染まっていく。
古臭い引き戸のドアを開けるとそこには一人の女生徒が佇んでいた。

夕日を背負った彼女の表情はよく見えない。

「なんであんなことしたの?」
感情のこもらない、静かな声で彼女がささやく。
「………………」
なにも言えない僕。
「なんで、あんなことしたの?」
今度はやわらかい、優しい声で彼女がささやく。
「………………ごめん」
小さく、つぶやく僕。
「たのんでないよ、あんなの……」
彼女の声が少し涙声になっているのがわかる。
「ごめん……」
どうしようもなくて、俯いてしまう。
「でも……ありがとう……」
涙声の中に暖かさがまじっているのがわかる。
はっとして俯いた顔をあげる。彼女の表情は見えないけれど、微笑んでいるように見える。

急に胸が締め付けられるように苦しくなる。胸の鼓動が早くなる。
口が……勝手に動き出す。
「ぼ……ぼくは……三浦さんのことが……好き、です」
精一杯の勇気を振り絞ってもう一度彼女の表情を伺う。

彼女の微笑んでいる表情が、今度ははっきりと見えた。

それから僕達は周りにばれないよう隠れて付き合い始めた。
もう彼女にあんな思いはさせたくないし、なにより僕の評判で彼女の評価まで落としたくなかった。
美希はそんなこと気にしないって言ってたけど、やっぱり彼女はこのクラスの中心人物だから。
僕とは違うから。
でもなんだか最近美希がだんだん大胆になってるようなきがする。
このままだといつか学校中にばれてしまう。自重しようって言ってるのに全く……。

「どしたの?お腹でも痛い?」
僕の腕に身体をおしつけながらパッチリとした眼で僕を見上げてくる美希。
「うん。昼のお弁当が効いたかも」
「なにそれ!結構自信あったんだけどなぁ……」
ちぇっと唇を尖らせながら僕の腕にしがみつくように歩く。
「まあいいや!夕飯でリベンジするし!早く帰ろ!」
「うん……」
「ほらぁ早く!」
急に歩くスピードを速めた彼女に今度は僕がひきずられる
「ちょっ……そんなにいそがなくても」
「急がないと要が我慢できなくなるでしょ?イ・ロ・イ・ロと」
またあの悪戯っぽい眼で僕を見つめてくる。ほんと敵わないな。
幸せをかみ締めながら二人で秋の夜空の下を歩く。

その後ろに迫ってくる別の誰かの足音にまるで気づかないまま……

2

あの人は……山下要はほんとに気づいてないんだろうか?あの女の本性に。

距離を図りながらゆっくり、ゆっくり二人の後をつける。
幸せそうに手を組んで歩く山下君と……糞女三浦。
二人が駅に着き、改札を通るまで私は息を殺し、二人の様子を観察する。
まったく……バカップルもいいところだわ。昼間はそんなそぶりまるでみせないくせに。
三浦がネコを被るのがうまいことはよく知っているが山下君も相当なものだ。
やっぱり似たもの同士ってことなのか?あの山下君も三浦とおなじ……
いや!そんなことあるわけがない!あの人はアイツとは全然違う!

高ぶった感情を抑えながら二人の通った駅ターミナルを見上げる。
忌々しい女、嫌な女、最低の女、三浦美希。
私をここまで堕としておいて、自分だけ幸せになろうなんて……

そんなの絶対にゆるさない!お前には私が味わったのと同じ苦痛を教えてやる!

9月下旬……この秋の始まりの季節は僕らの学年にとっては勝負のときだ。
去年までとは違って今年は人生の分岐点である受験という試練が僕らには待っている。
この大切な時期に学校の授業を受けている悠長な連中はほとんどいない。
みんな内職で忙しいのだ。それぞれが自分の用意した参考書を開いて自習を始めている。
僕もそんな連中に漏れることなく、参考書を読み込む。
美希と同じ大学に行くためにはまだかなり努力が必要だからだ。

そんな必死な僕の背中をさっきからずっと鉛筆でつついてくるやつがいる。
「おい!山下!……お〜いってば!」
「………………」
つつく力がどんどん強くなる
「お〜い山下くぅ〜ん。やましたかなめくぅ〜ん」
「ぐっ…………」
こいつはほんとにもう……
「もういいじゃん。どうせ無駄だって。あきらめて俺と同じ大学入ろうよ、ね?」
「………………」
つんつんつんつんつん……
「かなめちゃ〜んあきらめましょーよぉ」
……ええい!
「やめろ!このばか!」
ガタンッ

「そこ!さっきからなにしてんだ!」

「だからさぁ無理だって言ってんのよ」
月見そばをすすりながら飯田勇気はバカにするように言う。
「あの大学の倍率と偏差値わかってんの?エリート校なんだぜ?」
「そんなことわかってるよ……」
美希に作ってもらった弁当をつつきながら適当に返事をする。いつものことだ。
こいつはどうしても僕を同じ大学にいかせたいらしく、事あるごとにこの話題を振ってくる。
「そんな無駄な努力しないでさ、合コン行こうぜ合コン〜」
「やだよ。どうせ数あわせだろ。僕も、お前も」
弁当の半分をしめるそぼろご飯をゆっくりほおばる。味濃いなぁ。
「でも高校3年間で彼女なしだぞここままじゃ!最後くらい一発あげようや!」
「………………」
「……おい、お前やっぱり……」
「……ん?」
ガタンッと食堂の椅子を思いっきり引き、飯田が大声で叫ぶ。
「お、お前!その弁当やっぱりかあちゃんじゃなくて彼女につくってもらってんだろう!
そうなんだな!」
「バカ!声がでかすぎるっつーの!」
飯田の口をすばやく手でふさぎまわりを見渡す。
「んーーー!んーー!」
僕らに注目していたやつらも僕と目が合うととたんに眼をそらす。
そのままみんなちりじりにそれぞれの席へと向かっていく。
ほんとこいつの会話と行動はワンパターンだ。

「山下君に彼女かぁ……たしかにいそうだなぁ」
おぼんにハンバーグ定食を乗せて丸い顔をした優しそうな男が近づいてくる。
「な?森本もそう思うだろ?」
飯田が同意を求めるように丸い男―――森本義男と視線を交わす。
森本はきつそうな制服の襟をただしながら僕の横に座る。
「最近付き合い悪いしね。コミケにも一緒に行ってくれないし。」
森本はまさにカブリつくという表現がふさわしい勢いでハンバーグ定食に手を出し始める。
「コミケはオタ友と行けよ……あ!お前にはMOMOちゃんがいたなぁ!MOMOちゃんと行けよ。ぷくく」
飯田がまたバカにしたような笑いをうかべる。森本の箸がピタッと止まる。
「MOMOちゃんのことは言わないで…お願いだから」
「はいはい。まだストーカーされてんの?いい加減警察突き出せよ。イカレてるぜあの女」
森本は落ち込んだように俯いてしまった。飯田はそれを見て呆れ返っている。
MOMOちゃんっていうのは森本がネットゲームで知り合った友達だ。
仲良くなっていざ現実で会ってみたらなんと20代後半の美人さんだったそうだ。
飯田はそれを聞いてうらやましがっていたが、MOMOちゃんは頭のネジが飛んでいる女性だったらしく、
一度会ったその日から今日まで森本のストーカーを続けているのだ。
僕らは実際MOMOちゃんをみたのでその恐怖が手に取るように分かる。
たしかにMOMOちゃんは美人だ。でもあれはやばい。まさにさ○こそのものだ。

森本のこういう姿を見てると思う。
ストーカーって好きな人を苦しめてるのにそれのなにが楽しいんだろう。
嫌いなやつにするストーカーもあるけどどっちにしろ執着だ。
なんでそうまでして自分の思いをおしつけたいのかな……
「それは他人の気持ちを考えられない、自分本位な人間だからですよ。」
僕の心を読んだかのように、いつのまにか飯田の隣に座った
メガネをかけた細身の男が疑問の答えをだす。
「ストーカーっていうのは自分のやってることが正しいと思ってる人間ですからね。
  ようするに自分の幸せが相手の幸せだと勘違いしてるんです」
このメガネの男、本間武は新聞部の部長だ。人間観察と噂集めが趣味で、
大抵の事はこいつに聞けばわかる。
「んでもそれも愛の形じゃね?そういうのって人間の数だけあるでしょ」
ひょこっと飯田の後ろから背丈の高いやけに顔のパーツの整った男が出てくる。
「あーはいはい。モテルお方の言うことは全然違いますね〜っと」
飯田のモテルやつに対する嫉妬はすごい。ほんとに興味なさそうだ。
「相変わらず冷たいやつだなぁ〜。なあ森本。受け入れてやれよ。MOMOちゃんを。」
森本の肉付きのいい肩をもみながら高田圭吾がささやく。

これが僕のコミュニティ。どいつもこいつもよくわかんないやつだ。
飯田はひょうきんで人気者なのにもてないし、
森本はオタクなのにその優しさからかいろんな友達がいる。
武は単純におかしなやつだし、高田はすごいもてるのにブラブラしてばかりいる。
そして僕は例の事件でいろんなやつに目をつけられた問題児。
みんな不思議なやつだけど、みんないいやつだ。

「まあ森本にはMOMOちゃんがいるとして、俺とお前と武には彼女ができる気配が一向にない!
これはまずいんじゃないのか!?」
……どうやらさっきの弁当の話はMOMOちゃんのおかげでどこかに行ってしまったようだ。
「おいおい〜俺もいないんだけど〜」
高田がヘラヘラ笑いながら僕ら3人に近づいてくる。
「ええい!お前のことなどどうでもいい!とにかく合コンだ!合コン行くぞ!」
飯田のやけっぱちな声につられて僕と武はしかたなく腕を組み、なぜか廊下を横断する。
高田もトボトボついてくる。
周りから白い眼で見られながらも飯田はバカみたいにはしゃぎまわる。
こいつのこういう変なポジティブさはほんとに見習いたい……いや見習いたくない。

廊下の先で美希やその友達と一瞬目が合った。
美希の友達はバカにしたように僕らを見つめていたが美希は目をそらすだけだった。
それは僕らが決めた昼間のルールにしたがってのもの。
別につらいとは思わない。美希が嫌な思いをしなくてすむから。
「おお!三浦さんとそのグループじゃないか!ずっとこっち見てるぞ!
やっぱあそこにまざりたいなぁ。可愛い子ばっかだし。」
…こいつはほんとにもう…………

―――閉め切った暗い部屋の中、聞きなれた甘い声が響く。

「はぁはぁ……ねぇ…もっとぉ」
「ん……こう?」
「はぁぁ……だめぇ…もっとぉ」

昼間学校でああいうことがあると、夜の美希はかならずスイッチが入る。
貪欲に、性を、僕を求める。

「いいでしょ……?今日は家なんだし、もっとシよ?」
「う、うん…わかったよ。もっとね……」
「そう、もっと…んくぅ!」

僕も美希のこと、あんまり言えないんだけど。

事が終わると、穏やかな寝息をたてる美希を置いて僕はパソコンを起動させる。
やっぱり今日も来てるのかな……
画面に巨大なオウムの壁紙が映ると、すぐにメールボックスを開く。
受信ボックスにはやっぱり数十通のメールが届いている。
どうせ内容はわかってるけど、一応目を通す。
カチカチッとダブルクリックで受信したメールのひとつを開く。

「三浦美希と別れなさい。それがあなたのため。じゃないと絶対不幸になる」

―――やっぱりこれだ。残りのやつもどうせ似たような内容だ。
数日前からこういうメールが大量に来るようになった。いくらアドレスを変えても届く。
最近はパソコンだけじゃなくて携帯にまでくるようになった。
それだけじゃない、美希と一緒に帰っていると時々別の誰かの足音がすぐ後ろから聞こえてくる。
美希は気づいてないのか?僕だけなんで?美希には山下と別れろってメールは着てないようだし……
森本とMOMOちゃん、武の話、高田の話……

僕は、ストーカーされている。

3

「村田さんはどうよ?あの巨乳はすばらしいの一言につきるよな!」
「村田さんは3組の元バスケ部エース、木村君と付き合ってますね」
「ぐっ…じゃあ戸田さんはどうだ?同い年なのに大人っぽくておねえさまってかんじだよな!」
「戸田さんはうちのクラスの村上君と付き合ってますね」
「なに!あのいけ好かない悪ぶったすまし面野郎のなにがいいんだ!?」
「ちょっと悪っぽい方がこの年頃はもてるんですよ」
「ぐぐっ…じゃあ緑山は!?あのスポーツ大好き美少女が彼氏なんて作るはずが……」
「緑山さんは元野球部キャプテンの香川君と…」
「だぁぁぁあ!もういい!」
飯田が大声で武の解説をさえぎる。
「なんだ?みんな彼氏持ちじゃねえか!どうなってんだ!お前の情報、まちがってるだろ!」
武がむっとしたようにメガネを光らせる。
「失礼な!ちゃんと裏もとってあります!大体可愛い子っていうのは
狙ったときには彼氏がいるものですよ。」
それを聞いてがっくりと肩を落とした飯田がうなだれながらつぶやく。
「じゃあ…じゃあ三浦さんは?」
「三浦さんは……いないですね。去年付き合っていた先輩とも別れましたし。」
それを聞いた途端、飯田が気持ちの悪い笑顔を浮かべながら笑い始める。
「ふふふ……はははは!!やっぱ最後に勝つのはこの俺だな!見てろ!
お前達とは違う次元へ俺は行く!」
それを見た武が呆れたように肩をすくめる。
「……なんでもいいですけど、飯田君が三浦さんと付き合える確率ははっきり言って0%ですよ」

そりゃ、そうだよな。

この時期の体育の授業はいままでのようなカリキュラムに則ったものではなく、
個人個人が自由にできる、いわば休み時間だ。
やる気のある森本や高田みたいなやつは校庭でサッカーをしたりソフトボールをしたりし、
やる気のないやつは僕らのように体育館に集まる。
体育館に集まるのは女子が各クラス合同でバスケやバレーをしているからだ。
飯田のようなスケベはこの期を逃すまいと女子のデータ集めにやっきになっている。

「おい、山下。興味ないなぁなんて顔してんじゃねえよ。お前だって彼女ほしいだろ」
「…………」
「おいこら!」
飯田が僕に詰め寄ってくるが、あえて無視する。
こんなとこでいやらしい眼で女子を見ることが彼女獲得に繋がるわけない。
女子達はそれぞれ声を掛け合いながら、意外と楽しそうにスポーツを楽しんでいる。
やっぱ緑山さんすごいなぁ……なんて思いながら、美希を探す。
「美希!」
「オッケ!」
美希が軽い足取りでポンポンっとリズムよくゴールに向かい、そのままレイアップシュートを決める。
「ナイス美希!」
「さっすが!」
チームメイトたちに賞賛されながら美希はコートの中を走りまわっていた。
セミロングの髪をポニーテールに纏め上げている美希は、なんだか別人に見える。
「お、武!あの子はどうよ?」
「えーっと……」
飯田と武の声に反応し、二人の目線の先を追う。
コートの外で試合を眺めている数名の女子の中にその子はいた。
眼鏡をかけた知的な可愛らしい顔と、黒いショートカットのその子は退屈そうに試合をながめていた。
「彼女は庄田秋穂。彼氏は…いませんね。」

庄田秋穂…そういえば彼女も僕と美希とずっと同じクラスだ。
たしか一年のとき生徒会の一員で、美希とも仲がよかったような気がする。
僕もそれなりに仲がよかったんだけど……。
今は二人がまともに話しているところをみたことがない。
僕も学年が上がってからほとんど話をしなくなった。
地味系のグループに属する彼女が今の美希と仲良くなるって方が難しいのかもしれないけれど……。
でもなんだろう…美希と庄田さんにはもっと深い溝みたいなものがあるような気がする。
なにかあったのかな?
「ていうか自分のクラスの女子でしょう?名前も知らないとは呆れかえりますね。」
武が本当にあきれ返ったかのように軽蔑のまなざしで飯田を睨む。
「ははは……ま、まあこれを期に仲良くなればいいじゃん!よし!彼女に決めた!俺はやるぞ!」
飯田がまた叫びだす。こいつ、ほんとは女子だったら誰でもいいんじゃないだろうか。

体育が終わり、皆の着替えが終わるともうあとは寝るだけの6限があるだけだ。
この日は自習だったので配られたプリントをやりもせず、みんな受験勉強をしたり、
おしゃべりをしたりそれぞれの時間をすごしていた。
僕は相変わらず参考書を開き、飯田いわく無駄な努力を必死に続けていた。
「いいなぁ…あいつら」
なにをするでもなく、机にただ寝そべりながら飯田がつぶやく。
その視線の先では美希や戸田さん達のグループとクラスの中心である山田、
鳩山達と高田のグループが談笑を続けていた。
「いいなぁ…俺も混ざりたいなぁ。なんで美少女はイケメンとなかよくするのに
俺達とはしてくれないの?ねえ!答えてよ要ちゃん!」
飯田が僕の肩に手を乗せ、ゆさぶってくる。
「うるさいなぁ…じゃあまざってくればいいだろ。お前ならうまくやれるよ。」
「俺が行っても山田達の引き立て役になるだけなの!はぁ…あんな顔に生まれたかった…」
飯田は肩を落としまた机に寝そべる。
僕からみれば飯田も十分いいやつだし、おもしろいし、
結構もてるとおもうんだけどなぁ…現実は厳しい。

美希達と山田達はたしかにお似合いってかんじだ。
合コンなんていったらちょうどよくカップルができるんじゃないだろうか。
高田もあの中に混ざってると僕らと全然ちがうタイプの人間だってよくわかる。
ああいうのが漫画の主人公になるやつらなんだろうな。
しばらく様子を見ていると、山田がなにか面白いことでも言ったのか
美希のまぶしい笑顔が覗き見えた。
僕以外に美希が笑顔を見せる。美希が山田や高田とじゃれあう。

心が、痛い。苦しい。潰れそうになる。

僕がおもわず目線をそらすと、その先に庄田さんが一人で本を読んでいるのが見えた。
なんとなく彼女が気になった僕は彼女を観察してみることにした。
姿勢を正してただ一心に本を読み込んでいる。周りにはだれもいない。
だいたい彼女はいつも一人でいるし、友達と一緒にいたとしても全然目立たない。
静かに、そこに「いる」だけだ。
でも昔の彼女はもっと活発で、明るい目立つ子だったように思う。
いつからだったか…彼女が美希と行動を分かつようになってから、彼女は変わったような気がする。
やっぱりなにかあったんだろう……僕が計り知れないような何かが。

「なに?要はああいう子が好みなの?」
いつのまにか現れ、僕の肩に手を乗せた高田が興味津々な様子で尋ねてくる。
「うわ!びっくりするだろ!急にこっちくるなよ」
高田はそんな僕の言葉になんの反応もしめさず、続ける。
「ま〜結構かわいいよねぇ。あんま目立つような子でもないし。ていうか要とお似合いかもね」
そんな高田の言葉になぜか顔が赤くなっていくのがわかる。
「な…!ばか!なに言って…」
「そうだ!庄田さんは俺が最初に狙ってたんだぞ!」
飯田が急に起き上がり、高田に詰め寄る。
「いいか高田!お前に俺の恋路を邪魔する権利はない!今すぐここを立ち去れ!」
高田はヘラヘラと笑いながら少しずつ僕らから離れていく。
「はいはい〜まあがんばってよ。元祖モテ王君!」
「あっ!おい!てめえ!そのあだ名で呼ぶなっつったろ!待てこら!」
僕を置いてけぼりにして、飯田と高田のおにごっこがいつものように始まった。

――夜の暗い教室でいつもの行為が行われる。

「ねえ…今日秋穂のほうばっかみてたでしょ。」
美希が鋭いまなざしで僕を問い詰める。
「み…見てないよ」
そのまなざしが無性に怖くて思わず眼をそらす。
「嘘言ったってわかるって、前に言ったよね?それでもまだ嘘つくんだぁ。」
美希が左手で僕のモノをなでながら怒りのこもった声で言う。
「高田君にお似合いだ、なんて言われて顔真っ赤にしてたでしょ。全部わかってるんだから。」
「な…なら美希だって、山田たちと楽しそうに話してたじゃないか。」
僕の頬を舐めまわしながら美希が心底うれしそうに笑う。
「ふふ…嫉妬しちゃったの?だから私はいいって言ってるんだよ。みんなに私たちのことばれても。」
「それは、だめだよ…」
美希は僕と違う世界の人間だから。
「はぁ…要が私のモノだって皆に言ってやりたいよ。
そうすれば私のまわりも大分きれいになるのに。」
「え…?どういうこと?」
元の小悪魔っぽい眼に戻り、僕を見下ろしながら美希がささやく。
「さぁ?…ようするに要の知らないことがまだまだいっぱいあるってこと、かな。」
そのまま僕の唇に自分の唇を重ねる。
「んっ……私は約束守ってるんだから要も約束守ってよね。それが恋人でしょ?」
「んんっ……うん。ごめん。もうしないよ…」
美希との約束。美希と隠れて付き合うかわりに美希以外の女の子と仲良くしたり、
見惚れたりしないって約束。
簡単なことだと思ってたけど、結構きつい。
…そうだ、庄田さんとなにがあったのか聞いてみようかな。
「んっ…ちゅっ」
美希の貪るようなキスがまだ続いている。
…………いいやまた今度で。

――今日もあのふたりは教室でセックスしてる。
山下君は乗り気じゃなかったみたいだけど、三浦が誘った。
理由はわかってる。私にみせつけるためだ。
私がここで覗いてることに、あの女は気づいてる。
私がいつも妄想の中でしかできていないことを、あの女は現実で行っている。
悔しい…なんであそこにいるのが私じゃないの……
二人のいやらしい声が私の耳に響いてくる。
聞きたくない!でもここで眼をそらしたら三浦に負けたことになる…
歯を食いしばりながら二人の行為を見続ける。
なんで……なんであの女が……なんで!

彼に再三警告を送っているのに彼はそのことを誰にも言わない。
それどころかどんどんあの女に傾いていってしまっている。
このままじゃだめだ。もっと、直接的に彼に伝えないと。

行為の終わった二人をいつものように見送った後、私はこれからのことを考える。
そういえば今日はひとつ、いいことがあった。
彼が私を意識していたことが、クラスの連中にしれたのだ。
あの時は高田君に賛辞を送ってあげたかったし、山下君の赤くなった顔も見れてすごくうれしかった。
それにあの時の三浦の顔といったら……!

希望が見えてきた。これからはもっと積極的に行ってみよう。
見えてきた確かな光を目印に、私は夜の街を歩き始めた。

4

きれいな秋の星空の下、二人で並んで夜の街の中をゆったり歩く。
でも今日僕の隣にいるのは美希じゃない、背の低い丸い男だ。
「ごめんね…方向違うのに一緒に帰ってもらっちゃって」
申し訳なさそうに森本が言う。
「いいって。なんで森本があやまるんだよ。MOMOちゃんが怖いのは僕もよくわかるからさ。」
――そう、よくわかる。だって今も僕の後ろに誰かがついてきてるのを、感じるから。

最近、森本へのMOMOちゃんのストーカー行為が激しくなってきているらしい。
毎日のように登下校中の森本のあとをついてまわり、家に帰った後も外から監視されているのが
わかるらしいのだ。
おまけに手紙は届くわ、変なものが玄関ポストにいれられているわ、
いつのまにか部屋の中が片付いてるわで大変らしい。
このままじゃやばいと思った森本が、僕らに助けを求めるのも自然なことだ。
とりあえず僕は何日か森本と一緒に帰ることにした。
男が隣にいるとMOMOちゃんはつけてこないんだそうだ。
飯田も「だから警察いけって言ってんだよ。ホント甘いやつだなぁ。」なんて言いながらも
僕らについてこようとしたんだけど、
校門の前で別の学校の制服を着たある女子に見つかって、それができなくなってしまった。
「お兄ちゃん、遅いよ!夕飯の買い物間に合わなくなるでしょ!」
「うっ!理沙、悪いんだけど今日はひとりで……」
「い〜いからっ!早く!」
飯田がブラコン気味な妹の理沙ちゃんに引きずられながら僕らに向かってなにごとか叫ぶ。
「おまえら!ちゃんと後ろ確認しながら帰るんだぞ!それともしものときのために武器を……」
飯田の声があっという間に小さくなる。気づけば飯田の姿はまるで見えなくなっていた。
……飯田に彼女ができないのって理沙ちゃんも関係しているような気が、僕にはする。

このところ毎夜美希と逢い、一緒に帰ったあとはただ帰って寝るだけの生活が続いていた僕にとって
これはいい機会だ。
このままじゃやばい。優秀な美希と違って僕は人より何倍も勉強しなくちゃあの大学には入れない。
おまけに例の事件で内申書の内容は決していいものじゃなくなってるだろうし。
せっかくジムに行くのもやめてるのに美希とこんな生活続けてたら絶対間に合わない。
美希にこのことを話しても「私が教えてあげるよ」なんて言いながら結局ヤっちゃてるだけだし……
実のところ森本には感謝してる。それに…これなら例のストーカーが僕だけ標的にしてるのか、
確かめることもできる。
「そういえば山下君はいつもなんで一人で帰ってるの?予備校にでも行ってるの?」
森本が帰り道に買ったたい焼きをほおばりながら僕に尋ねてくる。
「えーっと…そうそう!補習を受けてるんだよ。」
僕もたい焼きをかじりながらなんとか答える。
「ふ〜ん…。どの先生の補習?僕も受けたいな。」
「あ…あ〜っと、森本には必要ないだろ?大学行かないんだし。」
森本は進路先は確かアニメ製作の専門学校だ。
「そうだけど……」
「ま、まあいいじゃん。それより、MOMOちゃんは着いてきてないよね?」
ビクッと肩を震わせながら森本がゆっくり後ろを覗き見る。
「う、うん……たぶんだいじょうぶ…男の子が隣にいればついてこないはず……だから」
森本の油ののった丸い顔が恐怖で引きつっているのが分かる。
「だいじょうぶだって!いざとなったら僕が……」
「ぼ、暴力はダメだよ。相手は女の人なんだし。」
森本のこういうとこは優しさなのか、それとも甘いというべきなのか……
迷惑をかけたくないからかなるべく僕らに頼らないようにしていた森本がここまでになるんだから、
僕らには言えない様な被害を、他にも受けているんじゃないだろうか。
2つ目のたい焼きをぱくつく森本の手が、震えているように見えた。

僕のほうのストーカーはというと、特に変化したところは全くない。
例のメールは届くし、足音も聞こえるけど、それだけ。
直接的になにかやってくることはない。今も帰宅するサラリーマンや学生の群れにまぎれて
聞きづらいけれど、いつもの足音が僕の後ろで響いているのがわかる。でもそれだけだ。
周りに被害が及ぶこともしないし、MOMOちゃんみたいなことをするわけでもない。
僕らが付き合ってることをなんで知ってるのかわからないけど、それを周りにバラすわけでもない。
ただついてくる。で、駅に着くとその足音はピタッと止む。
どうやら駅の中までくることはないようだ。
そのまま電車に乗り、電車の中で森本と最近発売されたゲームのことについて話しながら森本の住む町の駅に着くのを待つ。
「じゃあ、ここで。わざわざどうもありがとう。」
森本が玄関先で手を振りながら感謝の言葉を述べる。
「ん、なにもなくてよかったね。また明日。」
僕も手を振り、きた道を戻ろうと振り返る。そのとき、電柱の影にサッと誰かが隠れるのが見えた。
「ま……まさか」
ゆっくりと電柱に近づき気づかれないように影の中を覗き見る。
背の低いパッと見では大人と分からない、黒い長いストレートの女性が
真っ黒なゴスロリ服を着て佇んでいる。
間違いない、MOMOちゃんだ。僕らが見たときと服装が違うが
あの異様に長いストレートヘアはMOMOちゃんで間違いない。
MOMOちゃんは僕に見られていることに気づいているのかじっとそこから動かない。
「あ、あの……すいません。森本君に何か用ですか…?」
勇気を振り絞ってMOMOちゃんに話しかけてみる。正直めちゃくちゃ怖い。
「………………」
「あの……」
MOMOちゃんはまるで動かない。表情も影に隠れて全然見えない。
「す、すいません…」
「…………」
なぜか謝ってしまった。ごめん森本、僕には無理だ。
「それじゃ…失礼します。」
ごめん、ほんとにごめん森本。

「待って。」
やけにはっきりとした、可憐な声が僕の耳に届く。
「あなた、つけられてるわよ。女の子に。」
MOMOちゃんの声だ。こんなかわいい声だったのか。いや、年上にむかってそれはないか。
そんなことより……なんだって?女の子?
「メガネをかけたショートカットの大人しそうな女の子。
駅に入るまでだったけどあなたをつけてたわ。」
MOMOちゃんが電柱の影に隠れたまま言う。
「目的は私と違うけれど理由は同じね。あなたのことが好きなんでしょう。」
「へ…?なんでそんなこと……」
「わかるのよ。同類だから。」
影に隠れて見えないのにMOMOちゃんが心なしか笑っているように感じる。怖い。
「気をつけてね。義男ちゃんと違ってあなた他に彼女がいるみたいだし。」
よ、義男ちゃんって……ていうかなんで僕に彼女がいること知ってるんだ?
「な、なんで教えてくれるんですか…?」
「義男ちゃんがあなたのこと好きみたいだから。もちろん友達としてね。
義男ちゃんには私っていう妻がいるし。」
クスクスとMOMOちゃんが笑う。今度は笑っているのがはっきりとわかる。
「ほんとは同類としてあの子を応援してあげたいんだけど…まあこれはサービスね。
後はあなたが自由にして。」
「は…はぁ……ありがとうござい、ます」
「義男ちゃんを巻き込まないでね。あの人、人に頼まれると断れないたちだから。
このまえだって……」
「そ、それじゃ失礼します!」
森本の話を嬉々としてはじめたMOMOちゃんを置いて全速力でその場を立ち去る。
妻とか言ってたな…まさかそこまでイッてるとは。
それよりも……メガネでショートカットの女の子?う〜む…
なんでかしらないけど、庄田秋穂の顔が頭の中に浮かんだ。

電車に乗り、見慣れた一軒家のまえに着くまでさっきのMOMOちゃんの言葉が
僕の頭の中で反復されていた。
つけられてる……大人しそうな女の子…メガネ…ショートカット。
何度考えても庄田秋穂の顔が浮かぶ。他にもいっぱいいるだろうに、なぜか彼女だけ。
「う〜ん……」
そのまま家の鍵を開け、2階に上り、ベッドの上に横になる。
まだ美希の匂いがするベッドの上で僕は別の女の子のことを考える。
もしかして庄田さんが僕を……?なんで…?いや庄田さんと決まったわけじゃ……
もやもやした嫌な感じが頭の中を満たしていく。
「そうだ……メールだ。」
ブレザーのポケットから携帯電話を取り出す。
受信メールボックスを開き、そこから迷惑メールフォルダを開く。
念のためにストーカーからのメールはこうやって保存してある。それが役に立つときがきたようだ。
意味のわからないローマ字の組み合わさったアドレスを保存し、送信メールボックスを開く。
なんて送るか……前にあなたは誰ですか、なんてメールを送っても返信すらこなかったからなぁ。
よし!ここは思い切って……
「もしかして、庄田さん?」
……これでいってみるか。でも違ったら庄田さんに迷惑かかるんじゃないのか?
そうだよ。違ってたら…
悩む僕の頭に聞きなれたベルの音が響いてくる。
「お〜い。帰ったよ〜。要、いるんでしょ〜?」
姉さんだ。そういえば今日は早番だった。
「は〜い!今開けるよ」
携帯をほっぽりだし部屋を出て、階段を降り、玄関の鍵を開ける。
両手に買い物袋をさげた姉さんがいそいそと滑り込むように家の中に入ってくる。
「いや〜買いすぎちゃった。重い重い!こんなことならあんたに手伝ってもらえばよかったかな。」
苦笑しながら姉さんが靴を脱ぐ。……よかった、森本を見送りに行っておいて。

「あれぇ?今日は美希ちゃん来てないの?」
鍋の肉をものすごいスピードで自分の皿に入れながら姉さんが尋ねてくる。
「そんな毎日家にくるわけないでしょ。受験生なんだし。」
僕も負けじと肉を取る。クソ、なんてスピードだ。
「ちぇ、今日はあの可愛い顔を拝めないのか。
あんたの顔眺めて食べるより、おいしいご飯になるのにねぇ」
「実の弟に向かってそういうこというなよな……」
姉さんは僕の言葉など気にせず鍋に箸をのばしつづける。
「そろそろちゃんと勉強しないとまずいからさ。自重しようかなって。」
それを聞いた姉さんが食べていた肉を思いっきり吹き出す。
「うわっ!きたなっ!」
「ぶっ…げほ、げほ……ごめん〜だってあんたがあまりにも面白いこというもんだからさぁ」
くくくっと嫌な笑いを浮かべる姉さん。
「あんだけ毎日ヤリにヤリまくってんのに今更勉強とか……ふふふ。」
「うっ…ま、まだ全然間に合うだろ。」
姉さんがふふんっと鼻をならし、バカにしたように笑う。
「無理だって。元々美希ちゃんとあんたじゃ月とスッポンなんだし。
あきらめてもっと下の大学ねらいな。」
「飯田みたいなこというね…姉さんには弟を信じてあげようって気持ちがないの?」
「あるわよ。だから心配してんの。」
箸をおき、急に真剣な顔になった姉さんが僕の眼をまっすぐみつめる。
「あんた、美希ちゃんと同じ大学だからあの大学入りたいんでしょ?」
「そ…そうだよ。別にいいだろ。」
こういうときの姉さんはほんとに真剣だから、苦手だ。
「よくかんがえなさい。身の丈に合わない大学入って、続くと思う?授業、ついていけると思う?」
「…………」
「美希ちゃんと一緒に行きたいってのはわかるけど、美希ちゃんとあんたが
ずっと同じ気持ちでいられるって保障はないのよ。」
「それってどういう……」
「聞きなさい」
姉さんが僕の言葉をさえぎる。僕は黙るしかない。

「人の心はね、変わっていくものなの。あんたは父さんと母さんみてるからわかってるでしょう?」
「…………」
「大学に行けばいろんな出会いがあるわ。社会に出ればもっとね。今の環境がすべてじゃない。
そんな中で二人の気持ちがずっと繋がってられるって、あんた言える?」
「…………」
「美希ちゃんが違う男を好きになるかもしれない、もちろんあんたが努力すれば
そういうことはないかもしれないけど、
人の気持ちは一定じゃないの。それはあんたにも言えることよ、要。」
僕が?美希以外と?美希が僕以外と?
山田達と笑う美希の顔が頭に浮かぶ。先輩と美希が付き合っていた時のあの気持ちが再び湧いてくる。
「二人の未来はまだ一緒じゃないのよ。あんたはあんたの人生を生きなきゃいけない。
もっとよく考えて。」
「…………」
僕の未来……美希の未来……
あの箱庭から旅立つとき、僕らの世界は少しは重なっているんだろうか?
今はまだ、わからない。

結局メールは送れなかった。あの後美希から電話がかかってきてそれでうやむやになってしまった。
姉さんに言われたこととMOMOちゃんに言われたことが心の中にヘドロみたいにへばりついたまま、
今日も学校へ向かう。
飯田たちとあいさつを交わし、なんとなく落ち込んだ気分のまま無意味な授業を受ける。
教科書の下に隠した参考書をぼーっと眺めているとマナーモードのままの携帯電話が振動しはじめた。
携帯の液晶画面には「美希」と表示されている。メールだ。
カチカチッと手馴れた操作で受信メールを開く。
「今日夜、教室でね」
短い、それだけの文。でもいつもの合図だ。
今日は森本がなぜか一緒に帰るのを断ったからいけるんだけど……
姉さんの言葉がまた頭の中に浮かんでくる。「二人の未来はまだ一緒じゃないのよ――」
「うん。OK」
それでも、今だけは……

校舎から人がいなくなり、先生達が職員室に引っ込むまで僕は図書室で時間を潰す。
そういえば一年前、美希に告白したのもここでだった。
相変わらず人がほとんど来ない、ボロイところだ。でも新刊だけはすぐ入荷するんだよなぁ。
この場所で秋の夕暮れの中、美希が僕に微笑んでくれた。
あの笑顔を、これからもずっと見ていたい……

秋は夜の暗闇の訪れが本当に早い。これから冬にはいればもっと早くなるだろう。
陽が完全に落ちると僕は図書室を出、人の気配がまばらになった校舎の中を
3階の教室を目指して歩きだす。
階段を登りきった先、僕らの教室から光が漏れている。
もしかして美希がもういるのかな?でも電気をつけるなんてまずいような……
警戒しながら教室のドアに手をかける。そこには見知った明るい少女の姿はなく、
静かに、庄田美希が自分の席に座りなにかノートのようなものにペンを走らせていた。
ドアを開いた音に気づいたのか、庄田さんがゆっくりと僕に視線を向ける。
「…………」
「あっ…えっと……」
庄田さんが口を開く
「私、今日週番だから。まだ日誌、終わってなくって。」
静かな表情のまま庄田さんは続ける。
「心配しないで。もうすぐ終わるから。邪魔はしないわ。」
「えっ?じゃ、邪魔って?」
「セックスの。今日もするんでしょ?美希と。」
え……?

胸の鼓動が激しくなってくる。額に汗がにじんでいくのがわかる。
「え……?み、三浦さんがどうかしたの?僕は忘れ物を取りにきただけで…」
庄田さんはそんな僕の言葉を鼻で笑う。
「三浦さんって…いつもみたいに美希って呼べばいいのに。だいじょぶだよ、私以外知らないから。」
えっ……なんで??まさかずっと…?
「しょ、庄田さんあの…」
そんな僕の言葉をさえぎるように教室のドアがすごい勢いで開かれる。
「ごめん!おまたせっ!おそくなっちゃっ……た…。」
息を切らせて教室に入ってきた美希が心底驚いたように庄田さんを見つめる。
庄田さんはそんな美希の視線にも静かに答える。
「遅かったね、美希」
「な…なんで……秋穂……」
庄田さんは何も言わず、日誌と鞄を持つとそのままドアに手をかける。
「庄田さん!あのっ!」
「……山下君、聞きたいことあるならここでじゃなくてメール頂戴。アドレス知ってるでしょ?」
そのままドアを開けゆっくり、僕らを振り返りながら教室を出る。
「それじゃ、ごゆっくり。」
庄田さんの手で、静かにドアが閉められる……。

「ねえなんで?なんで秋穂がいるわけ!?アドレスってなに!?秋穂となに話してたの!?」
美希が困惑の表情をうかべながら僕に問い詰めてくる。そんなの……
「わかんない……わかんないよ…。」
アドレス……ショートカット…メガネ…大人しそう…足音……メール……
いつから知ってたんだろう?いつから……見てたんだろう。

その時、僕と美希の未来が、僕達の世界が、僕達の関係が、壊れていくのがなんとなく、わかった…

――きれいな秋の星空を見渡しながら、私はゆったり夜の街を歩く。
今日は気分がいい。こんな日は久しぶりだ。
百桃お姉さんのおかげかな。最初年上だってわからなかったけど。
「自分の気持ちは自分で伝えなきゃ」か……
たしかにそうだ。やっぱりメールで伝えるより全然効果があった。
今度お礼の電話しないと。あと森本君の隠し撮り写真もプレゼントしないとなぁ。

しかし美希はともかく山下君のあの驚きようはすごかった。
再三メールで伝えてるんだからあそこまで驚くことないだろうに。
どうせばらされないんだろうから、なんてたかくくってたんだろうな。甘いよ山下君。
美希は気にしてないけどあなたは周りの人間の評価をすごい気にするタイプだよね。
自分が問題児だって思ってるし、美希と世界が違うとも思ってる。
美希と全然違う考えしてる。そのこと気づいてるのかな?
私と同じタイプ……そういう意味じゃ確かに美希と違う世界の人間。

ねえ、美希…あなたと要君は違う人間なんだよ。そろそろそのことに気づいたら?

スカートのポケットの中で携帯電話が震える。液晶の表示は「山下要」。
受信メールボックスをすばやく開き、メールの内容を確認する。

「さっきの話、くわしくきかせてもらっていいかな?」

……美希、今度は前とは違うよ。次は私が奪ってあげる。
でも安心して。奪うのは要君だけ。別にいいよね?あなたには戸田さん達も山田君達もいるでしょ?
要君だけ…もらうわ。

「いいよ。じゃあ何から話そうか?」

5

まさかほんとに庄田さんだったなんて……
でも、どうして?いつから見てたんだろ?美希が関係してるのは間違いないけど、
別れないと不幸になるってどういうことだ?美希となにがあったんだ?
頭の中がぐちゃぐちゃだ。考えがまとまらない。
なんでこんなことに……

結局、あの後美希と僕は何もせずに学校を出た。美希がずっと僕に何か言っていたけど、
何言ってたのか覚えてない。
庄田さんがつけてるんじゃないかって、帰ってる途中も気が気でなかったからだ。
美希とわかれたあとも庄田さんのことばかりが頭の中に浮かび続けている。
「アドレスか……」
この意味のわからないアドレスも、庄田さんのものだったなんて…
「メールしろって言ってたな…どうしよう」
何を聞けばいい?なんて送ればいい?聞きたいことがありすぎてどうしたらいいのかわからない。
とにかく、何か送ろう。
「さっきの話、くわしくきかせてもらっていいかな?」
……これでいい、これなら向こうからも返信しやすいはずだ。
数秒と待たないうちに携帯電話が振動がする。すごい速さだ。
「いいよ。じゃあ何から話そうか?」
何から…とりあえずひとつずつだ。
「いつから見てたの?」
「だいぶ前、一学期の始めのころからかな」
「だれかに言った?」
「誰にも言ってないよ」
「なんで僕の後つけてたの?」
「それはまだ言えない」
「美希と別れろって、どうして?」
「それも言えない」
「美希となにがあったの?」
「それもまだ言えない」
……これじゃらちがあかない

「明日、ちゃんと話をしましょう。これからのことについてもね」
それっきり、庄田さんからのメールは途切れてしまった。

今日も飯田は武を連れて、いやらしい眼で体育館の女子達を眺めている。
昨日はあんまり眠れなかった。ちゃんと話をするって言っておいて
庄田さんからは何のコンタクトもない。
コートの外で退屈そうにしている庄田さんを盗み見る。どうしたらいいんだ、僕は。
「やっぱり要は庄田さんが好きなんだ?」
めずらしく体育館に来た高田が話しかけてきた。いつもは鳩山達とサッカーをしてるはずだ。
「そうじゃないよ…」
「でもさっきからずっと庄田さん気にしてるじゃん。それって気があるんじゃないの?」
高田は人の心の動きに敏感なやつだ。だからもてるんだろうけど。
「別に……高田こそなんでここにいるんだよ。サッカーは?」
「今日はゆっくりしたい気分なんだ。別にいいだろ?」
高田はさっきからずっとコートの中の女子達を見つめている。
女子達も高田を意識しているのか、やたら張り切ってるように見える。
「高田はいいね……自由でさ」
ほんと、うらやましい。僕のように周りを気にせず、自分のしたいようにやる。好きなように生きる。
高田はすごいやつだ。
「そういえばさ、要は三浦さんのことどう思う?」
「え?」
突然の質問に、思わず隣に座る高田の顔を見てしまう。高田の視線は女子達の方に固定されている。
「可愛いよね。明るいし、前向きだし。」
「……ああ、そうだ、ね…」
高田?お前……
「いいよね、三浦さん。」
「………………」
高田の視線が、コートの中を走り回る美希に固定されているのがようやく、わかった。

なんでかしらないけど、今日も体育の後の6限は自習だった。
飯田は相変わらずぶつくさ言いながらうらやましそうに戸田さん達と山田達を見ている。
僕も高田が気になって自然と視線がそっちに向かってしまう。
美希や戸田さん達と話す高田の顔はなんだかすごく嬉しそうに見える。
高田は…もしかして美希のことが……
美希と高田。なんか絵になってる。飄々としたかっこいい高田と明るい、悪戯好きな可愛い美希。
「くっ……」
いつのまにか拳を痛いほど握り締めている僕がいた。何嫉妬してるんだ僕は。
自分で付き合ってること隠そうって言っておきながらこれか……ほんと美希と釣り合ってないな。
自己嫌悪に陥っている僕の耳に、急に静かな声が届く。
「山下君、ちょっといいかな?」
「えっ?あ…」
いつのまにか、メガネをかけたショートカットの女の子が僕の机の前に立っていた。
「ちょっといい?話、したいんだけど。」
静かな表情で僕の眼をじっと見つめている。
「あ…ああ、うん。いいよ。」
その表情につられて僕もやけに冷静に返事をしてしまった。
「しょ、しょしょしょ庄田さん!?!?なんで山下なの??俺じゃないの??」
突然現れた庄田さんを見て呆然としていた飯田が、急に大声で叫びだす。
その瞬間教室中の視線が一斉に僕らに集まる。
「うん。山下君に用があるの。ちょっと借りてもいいかな?」
「そ、そんな……どうして俺じゃないんだ…なんで……」
大きくうなだれる飯田。庄田さんは表情を変えず、僕に向き直る。
「じゃあ、ちょっとついてきて。」
そう言うと僕の手を引いて教室のドアに手をかける。
「ちょ、ちょっと!」
「だいじょうぶ、どうせ先生が見回りに来ても誰も私たちのこと気にしないから。」
そういって僕の手を引いて庄田さんが廊下に出る。
教室を出た僕の後ろで、静まり返っていた教室の中が次第に騒がしくなっていく……

中庭に出た僕らは、そこでようやく対等に向き合う。
こうやって庄田さんと話すのは本当に久しぶりだ。
向き合った庄田さんの全身像は昔とほとんどかわっていない。
程よく短いスカートに、綺麗に着こなした制服、知的さを感じさせるメガネと
その奥から見える透き通った瞳。
黒くて綺麗な流れるような髪で作られたショートヘアは今の彼女のイメージにぴったりだ。
顔の形も結構整っていて、美希たちのグループに入っててもおかしくないような人だ。
でも、全然そんなそぶりはない。むしろ対極に位置する存在として、彼女はうちのクラスにいる。
その理由がもうすぐわかる。
「ごめんなさい。いきなりあんなことしちゃって……」
申し訳なさそうに庄田さんが俯く。…いや悪いのは僕もだ。
「僕のほうこそ、ごめん。なんかタイミングがつかめなくて…」
「そうだね、私もすごいドキドキしちゃってなかなか言い出せなかったの。ごめんね。」
顔を上げ、庄田さんが照れたような笑いを見せる。なんか、かわいいな……
「え、えっと…じゃあ話してもらえるかな?メールのこと、いままでのこと…」
内にめばえた感情をごまかすように、本題に入る。
「うん……そうだね。」
庄田さんが真剣な、それでいて静かな表情に戻る。
ここはとにかく僕の疑問をぶつけてみることにする。
「別れないと不幸になるってどういうこと?なんでそれが庄田さんにわかるの?」
「……それは…まだ言えないの。ほんとに。ごめんなさい。」
「美希となにかあったんでしょ?教えて欲しい」
「ごめんなさい……それもまだ言えない。でもいずれ必ず教えるわ」
「……ほんとに、ずっと僕らを見てたんだね…?」
「…………うん。でも、誰にも言ってないわ。まだ、ね。」
それは本当だろう。事実、周りにはばれてない。
でも、まだってことは…これからはありえるってことだ。
「なんで、僕の後をつけてたの?美希のため?でも僕だけつけてる日もあったよね?どうして?」
「それは…………んと…美希のこともあるけど……その……えっと」
庄田さんがまた俯いてしまう。なんだかモジモジしてるように見える。顔が少し赤いような気もする。
ん……?この反応はまさか……

――目的は私と違うけれど理由は同じね。あなたのことが好きなんでしょう。
MOMOちゃんの言葉が頭に浮かぶ。僕の顔も赤くなっていくのがわかる。
「あ…いや、あの、い、今のはやっぱなしで!」
あわてて質問内容を変える。
「ええっと…これからのことっていうのについて話してほしいんだけど……」
庄田さんが俯いた顔をあげる。まだ少し頬に赤みがかかっている。
「うん………バラしてほしくないよね?美希とのこと…」
……やっぱりこれか。なんとなく予想はしてたけど。
「…うん。僕はなにをすればいいの?」
意を決して自分から尋ねてみる。
「…………………私と友達になって。」
庄田さんが真剣な表情で答える。って…え?
「え?えっと…もう一回言ってもらえるかな?」
「……だから、私と友達になって。」
庄田さんはほんとに真剣な表情だ。いや、恥ずかしがってるようにも見える。
「あ……あーっと…………」
「…………ダメかな?」
庄田さんが首をかしげながら僕の顔を覗き込んでくる。ううっ…
「い、いいよ………僕でよければ、喜んで。」
「ほんと!?ありがとう!」
パッと花が咲いたような笑顔が庄田さんの顔に広がる。その瞬間、胸の鼓動が一気に高鳴った。
「で、でもそんなことでいいの?他になにかあるんじゃ……」
「いいの。今はそれで、十分だよ」
今はってとこが気になる。けど、そんなことより胸の鼓動が止まらない。なんでだ?
「じゃあ……よろしくね。山下要君。」
「あ……こ、こちらこそ、庄田秋穂さん。」
差し出された右手を、まだドキドキしている胸の鼓動を押さえながら右手で握る。
正田さん手は冷たかったけれど、僕の心はなぜかとても暖かくなっていっているのが、わかった

――――うん、今のところ計画通りだ。
教室に戻った私たちを見て、みんなヒソヒソと内緒話をしはじめる。
でも私たち本人に話しかけてくるやつはだれもいなかった。
まあ私たちが付き合っていようが、なにしてようが彼らにとってはほんとはどうでもいいんだろう。
ただ一時、注目の的になった私たちの話題を仲間内であれやこれやとする。それだけだ。
私と仲のいい由梨絵達や、山下君と仲のいい飯田君達は当然のように話を聞きにくるけど。
私が適当に由梨絵達の相手をしていると、飯田君がすごい勢いで山下君に突っかかってるのが見えた。
「山下ぁ!てめえ!そういう関係なら最初からそう言えよ!期待させるだけさせやがって!
このバカ!バカバカ!」
「ち、ちがうってば!お前の考えているような関係じゃないよ!」
二人が争っているところに森本君や本間君も加わり、結構な騒ぎになってる。あーあ。
……そういえばさっきからずっと私を睨んでるヤツも私の話を聞きたいんじゃないかな?
ねえ?美希?
「ちょ、ちょっと美希!どうしたの!?あんた今すごい顔してたよ?」
「えっ!……あ、なんでもないよ。はははっ………」
戸田に指摘され、慌てて取り繕うとする美希。だめだ、このままじゃ笑いがこらえきれない。
ふふふ………そんなんじゃあこれから持たないよ?
由梨絵達に事情を話し、鞄を持って山下君の席に向かう。
「山下君、一緒に帰らない?」
飯田君と取っ組み合っていた山下君が私を見上げる。
私と目が合った瞬間、顔が赤くなったのがわかる。
「あ、えっと……うん…」
ちらちらと美希の方を見ながら赤くなった顔で答える山下君。かわいいなぁ。

美希………これからだよ…これから卒業までに、山下君を私の色で染めていってあげる。
山下君が私のことしか考えられなくなるようにしてあげる……
それがあなたへの罰。私を捨てた、裏切ったあなたへの罰。
ま、山下君がいなくなったくらいじゃあなたの心はくじけないと思うけど。それでもいい。
山下君を手に入れて、あなたに少しでもこの苦しみの味を知ってもらう。

それが、私の望みなんだから。

6

――――なんでよ…要………どうして………
要はさっきからずっと黙ったままだ。私の質問に全然答えようとしない。
「ねえ?なんで何も教えてくれないわけ?秋穂と何話してたの?なんで一緒に帰っちゃったのよ!?」
「……だからそれは、その……」
ベッドに腰掛け、うな垂れている要。
「ごめん、言えない。でも信じてほしいんだ!別にやましいこととかはなにも……」
「十分やましい行動だよ、これは!」
私の言葉に、要はまたうな垂れる。こういう要の態度は時々見ててイライラする。
「こんなことなら……もう約束守る必要ないよね。言うね、皆に。私達が付き合ってること。」
「え!そ、それはだめだよ!」
「先に約束破ったのは要だよ!?そんな事言えるの!?」
「うっ………!そうだけど……」
また要が黙る。ほんとにもう………

昨日要が秋穂と一緒に帰った後、私はとにかく要に事情を聞こうと電話やメールを送り続けた。
なのに要はそれを全部無視し、あろうことか今日約束していた「勉強会」まで蹴ろうとした。
なんで??理由もわからないのにそんなこと、許せるわけない。
だから今日、要が家にいるだろう頃合を見計らい、直接事情を聞くためにここまで来たのだ。
夕方家を出て、電車に乗り、見知った道を歩いているとあっという間に要の家の前に着いた。
何度か要の家のチャイムを押し続けていると、少し眠そうな顔をした桜お姉さんが家から出てきた。
「あらぁ〜美希ちゃんじゃない。ひさしぶりぃ〜。」
「こんばんわ。桜さん」
「ん〜と、要なら今いないから、あがって待っとく?」
「はい、ありがとうございます。お邪魔します。」
笑顔を作って桜さんに答える。ちゃんと細かく点数稼ぎはしておかないといけないからね。
桜さんに案内され、リビングに通される。
「ごめんねぇ〜私これから病院いかなきゃいけないの。
今日は遅くなるから、夜までゆっくりしてっててね」
「あ、はい!頑張ってください!」
桜さんが微笑みながら荷物を持って家のドアを開ける。
「あいつ最近がんばってるからさ。しっかりケツ叩いてやってよ」
「まかせてください。しっかり、要君のめんどうはみさせていただきますから」
手を振りながら桜さんが駐車場へと向かっていくのを見送る。
………ふう、これで邪魔者はいなくなった。

玄関のドアを閉めると、すぐそばに位置する2階への階段を登り始める。
登った先、奥に繋がる廊下の左から2番目のドアの前で立ち止まる。
ゆっくりドアノブを回し、少しずつドアを開いていく。
相変わらず質素な部屋だ。机、ベッド、テレビ、本棚、ゲーム機、パソコン、クローゼット…
小さなサンドバックとグローブが置いてあるが、他は特に同年代の男子達と変わらない、普通の部屋。
だけど、ここは要の匂いで満たされている。とても安心できる匂いで、満たされている。
「ふう………」
いつものようにベッドに腰掛ける。ギシッと木のきしむ音が聞こえる。
要がいつも寝ている、そして私が時々寝てもいる古いベッド。
この下にエッチなDVDやら本が隠してあることを知ってるけど、あえて何も言ってない。
言ったって無駄だし。
このままここで眠ってしまいたい……要、驚くだろうなぁ。で、そのまま二人で………
…ってだめだ!今日はそんなことシにきたんじゃない!秋穂の事、ちゃんと話してもらわなきゃ!
緩んだ頬を引き締め、要が帰ってくるのを待つ。ガチャッと玄関のドアの開く音がする。来た。
「ただいま〜。姉さん。まだ家にいるの〜?」
要がまず洗面所に向かい、続いてリビングに向かっていく足音が聞こえる。
桜さんがいないことを確認したのか、2階への階段を登ってくる。
「鍵開けたままでかけるなよな〜泥棒が入ったらどうす………うっ!」
部屋のドアを開けた要がかたまる。
「み、美希…なんで……」
「なんでって、今日約束してたでしょ。「勉強会」の。」
私の言葉を聞いて要の表情が引きつる。
「あ、そうだったっけ〜?忘れてたよ〜はははは………」
「しらじらしい…電話もメールも無視しといて、よくそんなこと言えるね。」
「………………ごめんなさい。」
要が素直に頭を下げる。だったら始めからやるな!全く!

で、今のこのありさまだ。これじゃほんとにらちがあかない。
「じゃ、月曜に皆に言うからね。それでいいよね?」
それを聞いた要が私に懇願する。
「そ、それは……」
「だったら約束守ってよ!秋穂ともう二度としゃべらないで!目も合わせないで!」
そうだよ!私はちゃんと約束守ってるのに……要が好きだから、守ってるのに………
「……ねえ…庄田さんとなにがあったの?」
………………………
「要には……関係ない。」
「関係あるよ!だって、僕、庄田さんにストーカーみたいなことされてたんだよ!?」
「………………」
「美希、知ってたんだろ?だから学校であんなこと……」
「……うるさい。」
「ねえ、美希!」
「うるさい!」
私の叫び声にビクッと要の身体が震える。
「み、美希…」
「要には関係ないよ!どうでもいいことなの!」
そうだ……どうでもいいことだ。昔のこと。もう、関係ない。秋穂の事なんてどうでもいい。
「とにかく、約束守って……私もちゃんと守るから……」
「………………………」
今の要の話でやっぱり秋穂がなにかやってることがわかった。
秋穂……私たちのこと、覗くことしかできなかったくせに。
要の後をつけることしかできなかったくせに。
なんで今なのよ!?もうすぐあんたともお別れだって思ってたのに………

静まり返った要の部屋で、私たちは黙り込んだままになってしまった。

結局「勉強会」はまるではかどらず、要に抱いてもらう気分にもなれないまま、
月曜の朝をむかえてしまった。
トーストをかじりながら、今日一日の事について考える。
秋穂に話しかけてみようか…いやでも、涼子達がついてきたら厄介だ。
とにかく要の行動に注意しなきゃ。
私が悩んでいると、2つ年下の妹の舞が牛乳を持って心配そうに話しかけてきた。
「お姉ちゃん、だいじょぶ?具合でも悪いの?」
「…ん、ううん。だいじょぶよ。ありがとう。」
舞はいい子だ。気配り上手だし、人の心の動きにも敏感だ。
そういうところ、うちのクラスの高田君に似ている。
「あんまり無理しないでね?お姉ちゃんなら絶対あの大学受かるよ!」
舞が小さくガッツポーズを作って私を応援してくれる。
「ふふっありがと。」
こういう天然っぽいところがこの子のモテる秘訣なのかな。計算じゃないって保障はないんだけどね。

舞と玄関先で別れ、私はいつもの通学電車に乗る。
この方向の電車は朝だというのに空いているから好きだ。
そういえば……高田君か。なんか最近やたら私に絡んでくるような気がする。気のせいかな?
そんなことを考えていると、途中に停車した駅でなんと高田君が乗ってきた。
「あ、三浦さんじゃん。偶然だね。」
私を見つけた高田君が薄く微笑みながら声をかけてくる。
「おはよう高田君。今日ははやいんだね。」
「たまにはね。朝の日差しをゆっくり浴びたいんだよ。」
高田君が眩しそうに窓の外の景色を眺める。
高田君の横顔はどこかのモデルじゃないかってくらい整っている。
こんなに綺麗な顔してるのに、高田君には彼女がいるって噂をまるで聞かない。
「ん?なに?俺の顔になんかついてる?」
私の視線に気づいた高田君が尋ねてくる。
「ん〜。別になんでもなーい。」
「なんだよ〜気になるなぁ」
高田君がまた視線を窓の外に戻す。…まあ彼女が作らないのには、何か理由があるんだろう。
私もつられて窓の外に視線を這わせる。綺麗な景色だ。
私たちは無言のまま、学校の駅に着くまで、お互いに外の景色に見とれていた。

高田君とふたりで並んで駅の改札を出ると、そこはもう制服を来た生徒達でごった返していた。
「あ、美希!」
「ちぃ〜っす!」
うちのクラスの村田涼子と違うクラスだけど私たちと仲のいい緑川美穂が声をかけてくる。
「おはよう〜ふたりとも。」
「おはよー。…ってうん?高田君?」
涼子が驚いた表情で私の横にいる高田君を見つめる。
「やあ。おはようふたりとも。」
高田君が静かに微笑む。
「お、おはよう、高田君…」
少し顔を赤らめながら高田君にあいさつをする美穂。…あんた彼氏いるでしょ。
「あれぇ〜?美希ぃ。あんたまさかついに…」
涼子がクスクス笑いながら私をつついてくる。
「えっ?なに?なによ?」
「とぼけちゃってまぁ…いいけどさぁ。ふふふ…」
涼子が高田君と私の間に滑り込むように入ってくる。
「お似合いよ。あんた達。」
ポンポンと私たちの背中を叩く。
「ちょっと!涼子!」
「あははっ照れない照れない」
全く…涼子は事あるごとに私と高田君をそういう関係にしようとする。
少しは高田君の気持ちも考えるべきだろうに。
…あれ?……なんかさっきから美穂に睨まれているような………
「おーっ!お前ら今日早いなぁ」
やけに陽気な声が学生達の群れの中から聞こえてくる。山田君と鳩山君だ。
「おはよ〜あれ?村上君は?」
「あいつ今日はさぼりだってさ。ま、もう授業なんてどうでもいいしな」
「あ〜!そういえば麻希も今日休むって言ってた。あいつらふたりして寝てるな〜」
涼子がニヤニヤしながら言う。村上君と戸田麻希は付き合ってる。でもあんまり知ってる人はいない。
大人っぽくてお嬢様な麻希と不良っぽい村上君が付き合ってるなんて
思ってる人ほとんどいないだろう。

まあ私と要が付き合ってるって知ってる人間の方が絶対少ないけど。
その少ない人間のひとり、庄田秋穂は今日も一人で登校してくる…そう、思ってた。
だけど今日教室に入ってきた秋穂の隣には、信じられないような人が立っていた。
要だ……一昨日あれだけ言ったのに今日も秋穂と仲良くしゃべっている。しかも一緒に登校してる…
「あら?あの二人ほんとにつきあってんのか?」
山田君が興味津々な様子で言う。
「ん〜?どうでもいいじゃん。山下と庄田のことなんて。」
涼子が心底どうでもよさそうな顔で、ふたりをちらっと見る。

なんで……?なんで、私がしたくてしょうがないことを秋穂が要としてるわけ?
私だって要と一緒に登校したい。一緒に話しながらあの通学路を歩きたい。
なんで彼女の私が禁止されてることを、秋穂がしてるの?
ドス黒い、怒りと悲しみの感情が私の心を満たしていく。秋穂…あんたは………

朝礼が終わり、授業が開始されても、黒い感情はまだ心の中を漂っている。
休み時間に秋穂が要に話しかけるたび、その感情が増幅していってるのがわかる。
どうして…?要も要だよ、私、ちゃんと言ったよね?約束守ってって。それなのに…
要が秋穂と笑う、飯田君や森本君と楽しそうにしゃべる、本間君と問題を解きあう…
いつも感じている胸の痛みが今日は何倍にも感じる。
要の勉強なら私が見てあげるのに。
要の面白いと思うことなら私のほうがよく知ってるのに。
要の笑顔は私のモノなのに………
「くぅぅぅ…」
もう、だめだ、限界だ。このままじゃ我慢ができなくなる。
でも要に嫌われたくない。どうしたらいいんだろう…

どうしたら、この怒りを静められるんだろう。

昼休み、私は思い切って行動することにした。このくらいならだいじょぶのはずだ。
「美希〜お昼………」
「ごめん、先食べてて!」
「ちょ、ちょっとぉ!美希!」
お昼の誘いをしてきた涼子を置いて私は秋穂の元へ向かう。
「庄田さん、ちょっといいかな?」
弁当を持って、恐らく要の元へ行こうとしていた秋穂になるべく穏やかな声で話しかける
「なに…?三浦さん?」
「ちょっと付き合ってもらっていいかな?すぐ終わるから。」
秋穂はしばらく考え込んでいたが、私の眼を見ると首を縦に振った。
「じゃ、中庭にいきましょう」

中庭には結構な数の生徒がお昼を取るために集まっていた。
でもこれなら好都合だ。誰にも私たちが話していることは知られないだろう。
「用件はわかってるよね?」
私の怒りのこもった声のことなどまるで気にしないかのように秋穂は答える。
「わかってる。要君のことでしょ?」
「っ…!要君、なんて呼ばないでくれる!?」
「要君がそう呼んでいいって言ったんだよ?なんなら本人に聞いてみたら?」
クスクスと笑う秋穂。嫌な笑い方だ。
「………まあいいわ。とにかく、今後一切要に近づかないで。」
「…………なんで?」
「わかってるでしょ?私たち付き合ってるのよ!なのに彼女でもないあんたが気安く要に…」
「別に私たち友達として付き合ってるだけよ?あなたも話しかければいいじゃない。
「彼女」なんだし。」
興奮気味の私にむかって秋穂はあくまで冷静に答える。
「………できたらやってるわよ。」
「まっ、そうだよねえ?約束してるんだもんねえ?」
はっとなって秋穂の顔を見る。バカにしたような眼で私を見つめる秋穂。
「あんたわかってて……!!」
「ふふっ………」
こいつ………!!!

パンッと乾いた音が響き渡る。でもその音も周りの喧騒にまぎれてかき消されてしまう。
秋穂は赤くなった頬を押さえることもせず、じっと私の眼をみつめる。
「な、なによ………」
「変わってないね、ほんと…そういうとこは。」
秋穂がまたバカにしたような笑いを浮かべる。くっ……!
「あき……!」
そのとき、昼休みの終了を告げるチャイムの音が中庭に響いてきた。
「もどらないと、授業始まっちゃうよ?村田さんたちにも怪しまれるし…要君にもね?」
「話はまだ終わってないわ!」
「…また今度にしてくれる?私は逃げたりしないから…」
そう言って私の横を通り過ぎる瞬間、秋穂が静かに耳元でささやいた。
「要君は私がもらうわ。絶対にね。」
「え?」
その声に振り向いたとき、秋穂はもう校舎の中に入ってしまっていた。
「秋穂…」

中庭の中で一人佇む私に、秋の冷たく鋭い風が、吹き付けてきた………

8

「ねーそれでさぁ……」
「ん〜………」
「ちょっと!美希、聞いてる?」
「ん〜…聞いてる〜」
「聞いてないでしょ、その反応……」
「聞いてるよぉ…木村君の話でしょ?それでどうしたの?」
「うん、それでさぁ……」
毎度のことだけど、涼子との電話は長い。気づいたらそろそろ2時間だ。
いつも内容は色々だけど、最近は木村君に対するグチばっかりだ。まるで倦怠期の夫婦みたい。
「………でさぁ俺は悪くないっ、て言うのよ!信じられる?」
「そうだねー……」
…でもほんとはうらやましい。好きな人のことを他人に自由に話すことができる涼子が。
私がこんな愚痴を言えるのは、桜さんか舞に対してだけだから……
「そういえばさ、あんたの方はどうなのよ?」
「なにが〜?」
「高田君のこと。そろそろはっきりしたら?」
「………あのね、前から散々言ってるけど、高田君とはなんにもないってば!」
「そうかな〜?だってあんた他に男の噂聞かないし〜あんたモテるのにさ。」
「………………………」
「しょーじきに言いなって。……それともまだ良治先輩の事引きずってたりする?」
「………涼子、あのね」
「あーわかったわかった。ごめん!なんでもない。」
「………………」
「えっと……そうそう、美穂のことなんだけどさ。」
……良治か…あんなクズのことはもうどうでもいい。ただの過去だ。……そうだ、過去だ。
なのに過去の象徴のはずである秋穂が最近、私の未来の象徴である要にまとわりついている現実。
認めたくない、現実……

「……ふう、随分話し込んじゃった。そんじゃまた明日ね、美希。」
「ん、またね〜」
携帯電話の通話ボタンを押し、通話を切る。そのまま携帯電話をベッドの上に放り出す。
やれやれ、そろそろほんとにうざったくなってきた。
「ここ」まで来るのには随分かかったけど、もう卒業だし、そろそろ切りたいな……
「はぁ……」
コンコンっと部屋のドアを叩く音がする。
「お姉ちゃん?入ってもいい?」
「ん〜…いいよ。おいで〜」
舞が寝巻き姿のまま、ノートを手に持っていそいそと部屋の中に入ってくる。
「どしたの?」
「うん、ちょっと課題でわかんないとこあって。お姉ちゃんならわかるかなって」
覗き込むように、首をかしげながら私の顔を見つめる舞。…これ、男の子ならイチコロだろうな。
「私より舞のほうが頭いいんだから、聞いても無駄じゃない?」
舞はお嬢様学校に通う、いわゆる才女だ。父も母も随分舞にはお金をかけている。
「意地悪な言い方しないでよお姉ちゃん〜。お姉ちゃんじゃなきゃだめなんだよ〜」
…こうやって人を持ち上げるのも上手だ。絶対将来大物になると思う。腹黒そうだし。
「はいはい、見せてみて。できなくっても文句言わないでよ?」
私がそう言うと、舞は手のひらを合わせ、大げさに喜んだ仕草をし、ノートを机に広げる。
「やったー!さっすがお姉ちゃん。だいじょぶ、お姉ちゃんにわかんないものなんてないって!」
……どういう根拠で言ってんのかな、この子は。
舞の処世術に呆れと尊敬の念を抱きながら、私は舞の勉強を見始めた。

「………だからここはね、be動詞の活用が……」
「あ、そっか。さっすがお姉ちゃん。」
舞が私の説明にいちいち大げさに反応しながら、ノートにペンを走らせる。
そういえば、私が真面目に勉強を教えているのは舞だけなような気がする。
要に教えるときはこういう「勉強」じゃなくてちがう「勉強」になっちゃうからなぁ…

「お姉ちゃん?お姉ちゃんってば!」
舞に呼ばれ、はっとなって頭の中に浮かんだ妄想をかき消す。
あぶないあぶない。ちょっとトリップしそうになってしまった。
「お姉ちゃんどうしたの〜?すごい顔緩んでたよ〜?」
舞がニヤニヤしながら尋ねてくる。
「べ、別になんでもないよ!そ、それより解けたの?この問題」
「ん〜解けたけど、別の疑問が湧いてきちゃった。」
ノートを閉じ、舞が私の正面に位置するように椅子を回す。
「な、なによ?」
探るように舞の眼が私の眼をじっくりと見つめてくる。この眼は苦手だ…
「ふ〜ん……お姉ちゃん、山下さんとなにかあった?」
えっ!?
「んーと…けんかでもしたのかな?で、その反動で今山下さんのこと考えちゃったんでしょ?」
舞がすべて理解したかのような表情になる。ここまで鋭いなんて……
「全部、お見通しってわけね………」
「うんうん。話して御覧なさい。お姉ちゃん。」
得意げに胸を張る舞。うう、仕方ない…
「じゃあ……えっと、なにから話そうかな………」

私は舞に今まであったことを順々に話した。
ただ、舞の知らないであろう秋穂との事をごまかしながら。
妹に恋の相談をする姉。これってなんか立場が逆なような気もする。
舞は黙って聞いていたが、私の話がすべて終わるとしばらく考え込んだ後、ゆっくり口を開き始めた。
「前々から思ってたんだけど、そもそもなんでお姉ちゃん山下さんと隠れて付き合ってるの?」
舞が疑問の表情を浮かべながら問いかけてくる。
「えっと…要が言うには私に迷惑かけたくないかららしいけど……」
「お姉ちゃんはそれで納得したの?」
「納得はしてないけど………要がそう言うなら、しょうがないかなって。」
それを聞き、呆れたようにため息をつく舞。
「はぁ…それってさ、もうその時点で対等な恋人じゃないじゃない。
お姉ちゃん、それわかってるの?」
「え?だって要はちゃんと私の約束まもってくれてるし……」

「もう守ってないじゃん。実際、そのクラスメイトと仲良くしてるんでしょ?」
確かにそうだ。でも……
「でも、私も約束破ったらきっと要、ほんとに怒るし……」
「それがおかしいって言ってるの!そんなの約束じゃない。
ただの一方的な気持ちの押し付けじゃない!」
舞が急に声を荒げて私に詰め寄ってくる。
「いい?お姉ちゃん、このままじゃ山下さんに取ってただの都合のいい女になっちゃうんだよ!?
山下さんの言うことになんの疑問も抱かずにただ従うなんて、それじゃ奴隷と変わんないよ!」
こんなに怒った舞は始めて見た…あまりの迫力に反論すらまともにできない。
「お姉ちゃん。ちゃんと山下さんに言うべきだよ。もうやめてって、約束破らないでって。
それでもやめないんなら、お姉ちゃんも約束守る必要なんてない!皆に言うべきだよ!
私たち付き合ってますって。
そうすればその人と仲良くすることだってできないはずだよ。恋人ならね。」
一気まくし立てるように舞が言う。
「ううっ…確かにその通りなんだけど………」
「大体その人と仲良くしてる理由も言わないんでしょ?それってやましい事があるってことだよ。
それでもお姉ちゃんが約束破って怒るんなら、その程度の人ってこと。
お姉ちゃんには全然ふさわしくない!」
気がつくと、舞の表情は今まで見たこともないような形相になっていた。怖い…。
「とにかく、ちゃんと山下さんに伝えるんだよ?自分の言葉で、自分がほんとにしてほしいことを」
「……う、うん。わかった。やってみる………」
私のしてほしいこと……私の望み、か。

まだ要の悪口をブツブツ言っている舞を無理やり自分の部屋押しに戻し、
ひとり、ベッドの上でこれからの事を考える。
あの日…秋穂と直接話したあの日から、状況は悪くなる一方だった。
要は秋穂と一緒に下校してばかりいるし、そのことに関して言及する勇気が私にはない。
秋穂に話しかけるタイミングも全然つかめない上、要と「逢う」こともまるでなくなってしまった。
ただ、二人の様子を見て怒りと悲しみを一人、募らせる。
そんな日々が、気づいたら一週間も続いてしまっていた。
…確かに普通なら舞の言うとおり、私は怒っていいはずだ。約束を破ったのは要が先なんだし。
でも、もしそれで要が私に愛想をつかせたら?私を嫌いになったら?
要がその程度の人間だったって思えばいいって舞は言ってたけど、私は要が「好き」なのだ。
そんな簡単に割り切れない。
結局私は昔と変わってない……秋穂の言った通り。
臆病で、好きな人に嫌われるのが怖くて後ろ向きな考えしかできない私。
要と仲良くする勇気がなかった幼い頃の私………。結局上っ面だけなんだ。今でも全然成長してない。

「こんなんじゃ、全然要と釣り合ってないよ…」
だからあんな約束したの?私が自分にふさわしくないから…でも私の事好きだって、
要は言ってくれたよね?
漠然とした大きな不安が心を蝕む中、意識が少しずつ暗い闇の中に沈んでいく…

―――暗い教室の中で、二人の男女が絡み合っている。
「ふぅ……今日は、どうだった?」
メガネをかけた妖艶な雰囲気をまとった女が、自分に覆いかぶさる男に向かって言う。
「うん、今日もすごい、気持ちよかった……」
そう言うと、男はそのまま再び身体をゆすり始める。
「あっ…まだ、するの?ふふ…いいよ。」
女もそれに答え、男の動きに合わせて腰を動かし始める。
二人の結合部から出る淫らな音が教室中に響き渡る。
「秋穂…秋穂!」
「要…要ぇ!」
互いの名前を呼び合いながら唇を貪りあう男と女。
その時、女の鋭い視線が教室の外でこの行為を覗く、もう一人の女に対して向けられた……

「うあぁぁぁ!!」
気づくとそこは見知った部屋。私が10年以上使っている、私の匂いで満たされた部屋。
「はぁ…なんて夢見てるのよ、私は。」
朝の眩しい日差しがカーテンのかかった窓の外から漏れてくる。今は何時だろう?
枕元においてある目覚まし時計を見る。時計の針は9時10分を回っている。
「やばい!遅刻だ!お母さん!なんで起こしてくれないのよ!」
急いで制服に着替え、朝食も取らずに家を出る。舞はもう家を出た後のようだ。
もう!こんな時間になったのは舞のせいでもあるのに!

急いで自転車に乗り、いつも使っている駅構内に向かう。
改札を通ると丁度電車がくる頃合だった。でもこの時間の電車じゃまず1限開始には間に合わない。
「しょうがないか……ゆっくり行こっと」
人のまばらな電車の中で一人、小さくため息をつく。窓の外の景色をみながら時間を潰す。
相変わらずここから見える景色は綺麗だ。
時々見える木々達が葉を散らし、秋の終わりと冬の始まりを告げている。
しばらく外の景色を眺めていると鞄の中にしまった携帯電話が振動している事に気づいた。
恐らく涼子か麻希あたりからの着信だろう。ま、今はどうでもいいことだ。
そのまま外の景色に視線を戻し、要と秋穂の事について考え始める。
……あれは、ただの夢だ。あんなことあるわけがない。
だってあそこにいるのは秋穂じゃなくて私のはずだから。
でもなんだろう、昨日から続く焦燥感とこの異様な不安感は…
『篠崎町〜篠崎町〜お出口は右側です』
車掌のアナウンスが電車が目的地に着いたことを知らせる。俯きながら電車を降りる。
…もしかして、要が秋穂に惹かれ始めてることの暗示か?いや予知夢なんて見たことないし、
それに…

「あっ!三浦さんじゃん!今日は遅刻?」
いやに明るい声に、俯いていた顔を上げる。
まだサラリーマンや学生がポツポツといる改札口に高田君が立っていた。
「おはよ〜高田君。あれ?高田君も遅刻しちゃったの?」
「まぁね。昨日夜中まで勉強してたからさぁ」
眠そうな顔で高田君が言う。
「久々に勉強すると疲れるね。ほんと、これからこんなのが激しくなるかと思うと
先がおもいやられるよ」
そういえば、高田君っていつもフラフラしてるっぽいのにすごく成績がいい。
隠れて勉強してるのかと思ってたけど…
「三浦さんはなんで?遅刻するなんて珍しいじゃん」
「あ、えっと…私も昨日妹の勉強見てたら遅くなっちゃたんだ。同じだね」
ほんとは他にも色々してたんだけど。
「ふ〜ん…彼氏と電話でもしてたのかと思った」
「はは…彼氏なんていないってば。そういえば、高田君ってどこの大学目指してるんだっけ?」
ごまかすように笑って、話題を変える。
「あ、俺?えっとね……」
「え!それ私と同じ大学じゃない!」
「あれ!?そうなの!!?知らなかったなぁ〜」
高田君が本当に今知ったかのように驚く。う〜ん……いままでそんな話聞いたことなかった。

「あーそっかぁ…じゃお互いライバルだな。同じとこを目指す仲間でもあるけどさ。」
高田君が青く晴れ渡った空を見上げながら言う。
「でも三浦さん、頭いいからなぁ。俺じゃまず相手になんないか」
「何言ってんの。いつも私より学年順位、上のくせして」
「はははっ…あれは偶然がただ重なってああなっただけだよ」
「どーだか。偶然があんなに続くものかな〜?」
お互い笑いあいながら、通学路をゆっくり並んで歩く。……なんかいいな、こういうの。
チラッと横に立つ高田君の顔を見る。相変わらず綺麗な顔してるぁ。
私の視線に気づいたのか、高田君も私を見つめる。慌てて視線を前に戻す。
「そ、そういえばさ。高田君って彼女とか、いないの?」
しまった!せっかく話題を変えたのに。
「ん〜…今はいないよ。俺ってなんか長続きしないんだよね」
前を向いたまま高田君が言う。
「なんかさ、違うんだよなぁ…しっくりこないっていうかさ、
違う人間だなぁなんて思っちゃうんだよね」
「……??どういうこと?」
「ん〜……なんて言ったらいいのかな。自分でもよくわかんないんだ」
振り返り、寂しそうな笑顔で高田君が私に答える。
その瞬間、なぜか胸の鼓動が激しくなったのがわかった。
「パズルのピースがあわないっていうのかな。そんな感じ。とにかく合わないんだ」
「ふ、ふ〜ん……」
「でももうすぐ、そんな感覚ともお別れできそうな気がする」
そう言うと、突然私の手を握り、高田君が学校とは別方向へ向かい始めた。
「ちょ、ちょっと!そっち方向ちがうよ!」
「いいって!どうせ間に合わないんだし、今日はさぼっちゃおうぜ!」
私の手を握りながら、そのまま街に高田君が向かって歩き出す。
私もなぜか反抗する気になれないまま、高田君についていく。胸の鼓動がまだ止まない。
「高田君っ!」
「たまにはいいだろ。こういうのもさ!」

要でない男の子に手を握られながら、私は街に向かう。
気がつけば、要と秋穂の事は私の頭の中からすっかり消えてしまっていた。

9

「そういや、そのアクセ。ずっと着けてるけどお気に入りなの?」
高田君が紙コップに注がれたオレンジジュースに口をつけながら尋ねてくる。
「ん、ん〜…まあ、ね。」
ネックレス、ブレスレット……これらは全部要からのプレゼントだ。
指輪も買ってもらいたかったけど、周りにばれるからって事で自重することにした。
大学に入れば、ここに指輪が加わる…それが楽しみでしょうがない。
「ふ〜ん……そっか。大事な人にもらったものなんだね。」
高田君の声が心なしか不機嫌なように聞こえる。
「え?なんで?」
「だって三浦さん、今すごい嬉しそうな顔してたからさ。」
……ああ、そっか。高田君も舞と同じタイプの人間だった。そういえば。
「ま、いいや次はどこ行く?」
気を取り直すように席を立つ高田君。私もつられて席を立つ。

結局、私達はあの後、すべての授業をキャンセルし、昼間の街の中を歩き回っていた。
ショッピング、カラオケ、ゲームセンター、ボーリング……
全部私が要としたかったことだ。それを今は要じゃない男の子と行っている。
だけど、なんだか楽しい。高田君は私を導くように街の中を進んでいく。
最近あった嫌なこと…要と秋穂の事が今だけは頭の中から消えていっているのがわかる。
もしかして、高田君は……
「お〜い!三浦さん!」
「あ、うん。ごめん!」
いつのまにか離れていた高田君に呼ばれ、顔を上げて高田君の元に走る。
そういえば、さっきから私達の事を周りの人達がたまにちらちら見てくる。
制服だからかな?でももうこの時間なら学生もチラホラみかけるし……
やっぱり高田君を見てるんだろう。本物のモデルみたいだしなぁ。
「なんかさっきからチラチラ俺らのこと見てくる人いるね。」
高田君もそれに気づいていたのか、周りを見渡す。
その瞬間、私達を見ていた人たちが一斉に目をそらす。やっぱそうか。
「高田君、モテモテだね〜」
「三浦さんがそう言うと、ちょっと嫌味に聞こえるな。」
「え?でも……」
「これは俺を見てるんじゃないよ。「俺達」を見てるのさ」

「私達……のこと?」
「そ。カップルに見えるんだろ。」
ピタッと足が止まる。カップル……私の恋人……私は………
「……三浦さん、次は向こう行こう。」
立ち止まった私の手を握り、高田君が歩き出す。
私は……要、私……

「ふい〜。随分歩いたなぁ。」
ベンチに座った高田君がう〜んと伸びをする。
「そうだね……久々だった。こういうの。」
気づけばもう夜も更け、空には綺麗な星達が輝き始めている。
公園の時計を見ると、針はもうすぐ7時を回ろうとしている。
「……ありがと、高田君。私のためにここまでしてくれたんでしょ?」
「…………ん?なんのこと?俺が学校サボりたかっただけだよ。巻き込んじゃってごめん」
高田君はずっと空を見上げている。
「私が落ち込んでるって思ったからでしょ?高田君そういうとこよく気がつくもんね。」
「……………………」
「ありがとう、ほんとに。」
「………………」
「それじゃ、私そろそろ…」
「……要のことだろ?」
……え!?
「山下要のことだろ?悩んでたの」
ベンチを立ち上がった私を見上げながら高田君が言う。もう、視線は空を向いていない。
「なん……で…」
「そりゃね。あれだけ要のこと気にしてればさ。クラスの連中はまるで気づいてないけど。」
ゆっくり、高田君がベンチから立ち上がる。
ベンチの前で私達は丁度向かい合う形になった。
高田君は背が高いから、今度は私が見上げる形になる。
「あ、えっと……え?ええっと…」
「要の事好きなんだろ?」
……え?あ、そっか。そこまでしかわかってないんだ。そっか。
「あ、あの、でもなんでわかっ……」
「分かるよ。好きだから。」

高田君がとても真剣な表情で私を見つめてくる。やっぱ綺麗な顔してる、
なんて場違いな考えが頭をよぎる。
「俺、三浦さんの事が好きだから。だから、わかる。」
「ええ!?でも、わ、私は……」
「わかってる!でも、要は…こんなこと言いたくないけど、要は……」
…あ、だめだ。それ以上は言っちゃ…だめ。
「わかるんだ、俺。そういうのわかっちゃうんだ。要は…」
「やめて」
「要は、要は庄田さんのことが…!」
「やめて!!」
静かな公園に、乾いた音が響き渡る。今度はあの時の中庭とは違う。ちゃんと音が聞こえる。
叩いた手が震える。でも、高田君はじっと真剣な表情で私を見つめてくる。
「あ、ごめ…私……」
「………俺は、そんなことしない。こんな辛い顔、三浦さんにさせない」
「えっ……」
気づいたときには、高田君の綺麗な顔が私のすぐ目の前まで来ていた。
唇にやわらかい感触が伝わってくる。
……なんで?なんで抵抗しないの美希?この人は要の友達で…私は要の彼女で……
でも、要…秋穂の事……要……なんで…………
舞の言葉が頭に浮かぶ。要の言い訳が頭に浮かぶ。秋穂のバカにしたような笑顔が、頭に浮かぶ。
どうしたらいいの?どうしたら、いいの…………

私は…………わたし、は…………

しばらくしてから、高田君はゆっくりと唇を離した。そのまま真剣な表情で私を見つめている。
「……あっ!」
はっとなって慌てて高田君を突き飛ばす。私は……私は!
「ごめん……」
高田君が頭を下げる。何を、何をしてるの…私は……
「………………」
「……送るよ。」
「…………いい、ひとりで帰れる、から。」
「そっか……」
高田君がどこか寂しそうに背を向ける。
「また明日な。三浦さん」
その声に、俯いた顔を上げたときには、もう高田君の姿は見えなくなっていた。

「私…何してるんだろ?どうしたら、いいんだろう?要、私……!!」
空を見上げ、星の輝く綺麗な空に向かって問いかける。
けれど、秋の星空は何も言わず、ただ私を遥か高みから見下ろすだけだった。

―――これは面白いもの見ちゃったなぁ。
美希は空を見上げながらまるで動かない。まぬけな姿だ。笑っちゃう。
さてと、現場はしっかりこのカメラに押さえたし、あとは……
「どう?役に立った?それ。」
私のすぐ後ろの茂みの影から、いやに可愛らしい声が聞こえてきた。
「ええ。ありがとうございます。百桃さん。」
「いいのよ。あなたにはいつも義男ちゃんのことでお世話になってるし。」
クスクス笑う百桃お姉さん。
「そういえば、山下君とはうまくいってるの?」
「はい、とっても。そちらは森本君とは?」
茂みの影の中からため息が聞こえる。
「相変わらずよ。でもそろそろクリスマスよね?そこで色々計画してるの。楽しみだわふふ…」
「クリスマスですか、確かに……楽しみですね……」
そうか、クリスマスか。確かに楽しみだ。
しかし……美希と高田君か。高田君が美希に惹かれてるのはわかってたけどこうなるとはね。
そういえば隣のクラスの緑川美穂は高田君に惚れてるって本間君が言ってたな。彼氏いるのにね。
他にもあの二人に惹かれてる人間は多いだろうし…。これはほんとに面白くなってきた。
「それじゃ、百桃さん、また連絡しますね。」
「ええ、頑張ってね。アキちゃん。」
手を振りながら、影に隠れている百桃お姉さんとわかれ、高田君の後を追う。
背の高いモデルのような風貌は街の中に紛れていても目立つため、すぐに見つけることができた。
「高田君。」
「ん?…庄田さん?」
高田君が振り返り、不思議そうな顔で問いかけてくる。
「あれ?なんでここにいるの?要は?」
「いいじゃない。要君の事は。それよりも……」

――秋が終わり、冬が訪れる。それと同時に私たちの関係も変わり始めようとしている。
要君、もうちょっとだよ。もうちょっとで私達の「幸せ」が始まるから。もう少しだけ待ってて。

…さあ、美希。ここからが本番だよ?

2007/10/15 完結 go to 冬の星空

 

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