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香水と機械油と忘恩の花



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『月側8時の方向、交戦距離突入!各機散開して迎撃!』

隊長代理の声に『了解』と通信を入れてペダルを踏み込みスティックを握り締める。
そして同時に音声入力でミサイルの射撃管制を起動させて…

「FOX2!…当たった、一機撃破!」
『管制よりBlack2へ、Black2ヒース准尉はSフィールドの増援に向かってください』
「Black2了解。これよりSフィールドへ向かう!」

ミサイルラックの残弾はあと13発。そして手持ちの100mm狙撃銃に固定武装の
腕部40mmバルカンこれが俺の相棒である人型機動兵器"ラナンキュラス"の装備だ。

俺の名はヒース。年齢は21、階級は地球軍准尉。
21XX年、地球は宇宙怪獣とでも呼ぶべき異形の怪物に襲われていた。
幸か不幸か第何次になるかわからない世界大戦で地球に残った国家は
片手で数えられるほどしかなくしかも強固な友好国だっため対宇宙怪獣の部隊創設や
各国の戦力の一本化はスムーズに至った。
そして地球を荒れさせないためにも戦場に宇宙を選び、かくしてこの俺も
宇宙で巨大ロボットを乗り回して化け物退治をしているということさ。

「Black2、Sフィールドに到着敵兵力多数確認これより戦闘に入る!」

この日俺は片腕を化け物にもぎ取られながらも、そいつに最後のミサイルを
ゼロ距離で叩き込んだところで戦闘が終わった。

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「ヒースおつかれさま、ハイ、タオルとドリンク」
「おう、ミントかサンキュ」

整備兵のミント一等兵からタオルとドリンクを受け取り一息入れる。
ショートボブに眼鏡をかけた彼女は俺の機体の整備兵だ。
学徒兵で歳はまだ17才と聞いている。
序盤の劣勢を学徒兵と人型機動兵器の投入で五分五分に戻した地球だが、
最近また劣勢に転じ始めている。
なんとかしないと…

「ヒ、ヒース怖い顔して…も、もしかして今日の調整どこか悪かった?
  やっぱりあたしの整備が下手だから片腕やられちゃったの?
  ご、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいきらわないでごめ…」
「ち、違うよ、ミントの整備はどこも悪くないよ調子いいよ!
  ちょっと考え事をしていただけさ」

虚ろな目をしながらブツブツと謝罪の言葉を呟くミントの肩を掴み目線を合わせる。
するとミントの顔に表情が戻ってきた。

「ほ、ほんとうに?」
「もちろんだとも。腕もちょっと敵に近づかれて格闘戦をするはめになっただけさ」
「良かった…ヒースが死んじゃったらあたし…」
「大丈夫さ、ミントを残してやられたりなんかしないよ俺は」

戦局が悪くなってきてからは補充されてくるのは学徒兵ばかりで、
精神が戦場というものに慣れる前に壊れてしまうケースが多い。ミントもそうだ。
シェル・ショックに陥り、壊れて、死ぬ寸前に俺は人間として最低の事をして
ミントを踏み止まらせた。
今のところ俺がついているからあと一歩のところで踏み止まっているが…

「そうそう。ヒース准尉は私が守るから平気よ」
「え?あ…サイネリア少佐…」

振り向くとロングストレートの髪をなびかせながら歩いてくるのはサイネリア少佐。
俺たちの艦である軽巡洋艦"イラクサ"の僚艦である"イラクサ"の艦載機隊長だ。
士官学校主席卒業にして地球軍宇宙艦隊総参謀長の父親を持ち、地球でも屈指の
エレクトロニクス系会社の名誉会長の祖父を持つ絶世の美女。
どうも俺は彼女に惚れられたらしくことあるごとに転属を勧められていた。

「またですか少佐?何度も言うように俺は"イラクサ"の艦載機乗りで…」
「ええ、だから私が"イラクサ"に転属したわ。""は丁度昇進した見込みのある
  部下が居たからそいつに押し付けてね」

少佐は笑いながらとんでもないことを口にする。
確かに先週の戦闘で我が艦の艦載機隊長は負傷、後送されまだ補充が着ておらず
さっきの戦闘も副隊長が臨時に指揮をとっていたが。
少佐はそう言ってミントから俺を引き離して見せつけるように俺に抱きついた。

「しょ、少佐!やめてくださいって」
「い・や」
「ヒース、やっぱりあたしより少佐がいいの?
  あたし少佐より背は低いし胸も小さいしあたしなんかあたしなんかあたしな…」
「ミント落ち着けっ!少佐も勝ち誇ったように笑みを浮かべるのはやめてください」
「あ〜ら、誰だってこんな機械油臭い子供より、香水の香りのする大人ほうがいいはずよ?」
「そういうものではありません!人前なんですから抱きつくのは」
「じゃあベッドの中でならいいのね?…ミント一等兵、その目はなぁに?
  その目は上官反抗罪モノよ?」

ミントを見ると完全に瞳がイっちまってる。
やばい、ああなるとミントは…

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ヒース、ハァ、ハァ、ハァ、ヒース、ヒース、
  ハァ、ヒース、ヒース、ヒース、ヒース、ヒース、ヒース、ヒース、
  ヒース、ハァ、ヒースはあたしの、ヒースはあたしの、ハァ、ハァ、ヒース、
  ヒースはあたしの、ヒースはあたしの、ヒースはあたしの、ヒースは…」

顔を真っ青にして過呼吸を起こしながらミントは腰に挿していた
マルチプルドライバー(サイズや+−を調律できるドライバー)を取り出して
形状を鋭い錐状の刃物へと調律させた。
やばい!こうなると血を見るかアレをしないとミントは戻らない!
ミントは凄い形相で、だけど美しい笑みを浮かべて、凶器と化したドライバーを
思いっきり振りかぶって突進してきた!
腕を首に回してしなだれかかっていた少佐を俺は突き飛ばすように放す!

「少佐、離れてっ!」
「ヒィィィィィスはぁァァぁ゛ァ゛あ゛たしのぉぉぉぉぉぉっっ!!!むぐっ!!」

ドライバーを持つ右手首を掴みながらもう片方の手でミントの頬を寄せて
その可憐な唇に俺の唇を無理矢理押し付ける。

「っ!!…っ!……っ……っっ………………っ…………………………っ……っ」

数秒か、数十秒か、自分でもよくわからないほどの時間が経つ。
足元にドライバーが力なく転がり落ちた音を聞いた俺は唇をそっと離した。
もうミントの過呼吸は収まっており表情も戻り、瞳にも光が満ちていた。

「ヒース………あ、あたし、ま、また……なんてことを………」
「いいんだ。なにも言わなくていい。
  少佐、すみませんがミントには俺が居ないとダメなんです。
  だから、俺には少佐の想いに応えることはできません」
「ヒ、ヒース准尉…そ、そんな…」

そして俺は失礼しますと言い残すとミントの手を取って自室へと向かって行った。
俺は、最低の、人間の、屑だ。
人型機動兵器のパイロットというのは一種のエリートで士官学校生の憧れの的だ。
卒業し初めて任された人型機動兵器と部下と言う名の専属の整備兵。
それに浮かれて、固執していた。
だからミントが精神が壊れそうになったときに恐怖した。
『この子が壊れたら俺は責任を取らされてパイロットを降ろされる』って。
今思えばそんなことあるわけがない、パイロットにだってシェル・ショックはあるし
こればっかりはどうしようもない。
違う艦に所属している士官学校の同期も何人か整備兵が壊れたが、補充が来ただけで
今でも――生き残っているやつは――人型機動兵器のパイロットを続けている。
そのときの俺は馬鹿で無知だった。だからミントを、俺に依存させた。
壊れかけた精神を俺という膠で繋ぎとめて、本来なら後方の安全な場所で
ゆっくりと療養しながら歳相応の人生を歩めたはずなのに、俺のせいで
壊れかけた精神で戦いを強要されている。

「すまないミント、俺のせいで…」
「なんで謝るのヒース?うふふ…あたし、幸せ」

今夜は一晩中ミントと居よう。そう考えていたからだ。
通路を曲がり見えなくなる直前、少佐が呟いていた言葉を聞き漏らしてしまったのは。

「あの女さえ死ねば、ヒースは私を………」

2007/09/17 完結

 

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