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ふすまの奥で



1

「…真里菜、起きてる?」
トントンとふすまをノックしながら、制服姿の少年は尋ねた。
しばらく待っても返事は無い。

…寝ているのだろうか?
だったら起こさない方がいいかな。
そう思い、静かにふすまを開ける。

和室の中で、布団で横になってる少女を見る。
すうすうと規則正しい寝息が聞こえる。
やはり眠っているようだ。

足音を立てないように気をつけながら、布団の横に座る。
そして、少女の右腕に眼をやり、点滴の針が外れてないか確認する。

「…よし、大丈夫だな」
やれやれと一息つくと、少年は少女を見る。

…今日も綺麗だなあ、こいつは。
肌こそ、病的に青白いが、その少女はまるで人形のようだ。
しかも人形の中でも、超一流の職人が精魂込めて作り上げたような、
見事な一品だ。

ぼんやりと少女を見続けていると、少女の顔に変化が現れた。
怖い夢でも見ているのだろうか、少女は苦しげに顔を歪ませ、微かなうめき声を立て始めた。
穏やかだった寝息も苦しげなものに変わり、起こすかどうか迷っていた少年も、
少女のまぶたに、涙が浮かび始めた事に気付くと、慌てて少女の体を揺すり、
声をかける。

「真里菜、真里菜!」
必死に少年は少女の体を揺する。
「…う、あ?」
目が覚めたのか、少女は瞳を開けた。

「……お、にい、さま…?」
まだ意識が戻りきってない、焦点の合ってない瞳だったが、
少女はまるで縋るような手つきで、少年の手を握った。

「…あのね、またね、夢見たの。
  あの時の、夢。お母さんに、刺されたときの」
「…うん」
震える少女―――植田真里菜の頭を撫でながら、その少年、
白井真太郎は答える。

「もう、忘れたいのに、思い出したくないのに」
「…うん」

「…怖いの」
「…うん」
無言で、真里菜の頭を撫で続ける。

どれくらい、無言のときが過ぎただろうか、
「…お兄様」
唐突に真里菜が立ち上がり、真太郎に抱きついた。

「なっ!ちょ、真里菜!」
真太郎はとんでもなく慌てた。
今まで布団に隠れて見えなかったが、真里菜の格好はネグリジェ一つだった。
ほぼ下着姿の女の子に、とんでもない綺麗な子に、例えそれが血の繋がった
妹でも、抱きつかれたのだから当然焦る。

「真里菜!ちょ、離れなさい!」
大慌てで引き剥がそうとするが、真里菜はぎゅっとしがみついたまま離れない。

「真里菜!離れろって!離れた方がいいぞ!
  このままじゃお兄ちゃん、ちょっと」
「……震えが、」

焦りまくっていた真太郎だが、
「…震えが、止まるまででいいから…
  お願い、こうさせていて…」
か細い、真里菜の声を聞くと、沸騰しそうだった脳みそもすぐに常温に戻った。

真里菜の背中に手を回し、そっと抱きしめ、優しく背中をたたいてやる。
そうすると安心できるのか、震えていた真里菜が、徐々に落ち行いてゆくのが解った。

そうやって、しばらくの間、真里菜と抱き合っていたのだが、
「ッん…」
真太郎の手が真里菜のわき腹に当たると、真里菜が艶かしい声を上げた。

その声で、頭から飛んでいた劣情が再び頭に上ってきてしまった。
そうだというのに、真里菜はよりいっそう、真太郎に抱きついてくる。

顔がどんどん赤くなっていくのがわかる。
鼻息が荒くなりそうで困る。
やばい。勃ちそう。
ダメだ。妹だぞ。こいつは。実の妹。
そりゃ、実感なんて無いけど。
妹。妹。妹なんだぞー―――!!

「…お兄ちゃん。
  なにやってるの…」
「おわっ!!」
 
ビクッと振り向くと、そこにもう一人の妹、シノがいた。
「…いつ帰ってきたんだ」
「…ついさっき。
  ご飯できたから来いってお母さんが」
「ああ、わかった。真里菜連れてすぐいくよ。
  先行っててくれ」
「うん…」

そう言ったのに、シノは部屋から立ち去らなかった。
「どうした?シノ」
「…いつまで、抱き合ってるの…」
拗ねたような、泣きそうな顔のシノに指摘され、改めて自分の状態に慌てる。
今度は真里菜もすぐに体を離した。

真里菜を支え、真太郎は廊下を歩く。
その二人を見ながら、シノは後ろからついていく。

悔しい。ねたましい。離れて欲しい。
そう思ってしまう自分がいやだった。

真里菜さん。
真太郎の本当の妹。

まだ子供の頃、真太郎と真里菜は両親の離婚で離れ離れになった。
真太郎がついていったのは父親の方で、その父の再婚相手が、シノの母親だった。

真太郎とシノはすぐに仲良くなった。
一緒に遊んだし、シノが泣いていたらすぐに飛んできてくれたし、
いい事をすれば沢山褒めてくれた。

シノは本当に真太郎が好きになった。

けど、どうしても受け入れられない事が一つだけあった。
真里菜のコト。

真太郎はよく真里菜の事を話した。
何が好きだったか。何が嫌いだったか。
どんなときケンカしたか。どうやって仲直りしたか。

懐かしそうに話をする真太郎を見ると、シノは怖くなった。
お兄ちゃんは、いつか、私じゃなくて、本当の妹の所に行っちゃうのではないか。

だから、思い切って聞いてみた。
私と、その妹、どっちが好き?と。

真太郎は決められないよ。と答えた。
それを聞いて、シノは思いっきり泣いた。
泣けば、真太郎はすぐにシノの思うようにしてくれるから。
今度もすぐに、自分の方が好きといってくれると思った。

それなのに、真太郎は答えを変えなかった。
何度聞いても、何度聞いても自分の方が好きだといってくれなかった。

その日から、決定的にシノは真里菜を憎んだ。
会ったこともない、真太郎と血の繋がりを持った真里菜が許せなかった。

その真里菜が、今、この家にいる。
真太郎に支えられて歩いている。

つらい事があったんだから。
真里菜さんの支えは、真太郎しかいないんだから。
そう思っても、胸の苦しみは取れなかった。

「シノさん?」
気がつけば、真里菜さんがこっちを見て、不安そうな顔をしていた。
いけないいけない、と思い、不快な感情を沈めて、笑顔を向ける。

ホッとしたような表情で、真里菜は微笑み返す。
その微笑に、何か引っかかるものを感じる。

なぜか、真里菜の微笑が、仮面のように感じる。
まるで、彼女もまた、心の奥に、どろどろとした情念を隠しているかのように。

2007/09/13 To be continued.....?

 

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