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1

同窓会、そんなサブタイトルのメールが送られてきたのは、高校を卒業してから3年、
少しずつ高校時代の記憶も薄れつつある夏のことだった。

 昼下がりの大学構内、地下一階に階段に隠れるようにして存在しているベンチ。
ほぼ物置になっているこの階に、踏み込む者は多くない。人ごみの嫌いな僕の憩いの場所である。
  今日は次の講義まで時間が空いていたため、ここでのんびりと読書でもしていようと
寝転がったその矢先に、決して小さくない着信音が地下に鳴り響いた。
無論、こんな湿っぽい場所に昼間からいる物好きは僕くらいである。
滅多に鳴る事のないメールの着信音をもう少し聞いていたい衝動に駆られながらも、携帯を開いた。

 
「もうそんな時期になるのか」

 普段滅多に開かれることのない携帯を片手に、ぼんやりと呟く。メールには、高校3年時
のクラスのメンバーでの同窓会を、2週間後に開くといった内容のものだった。
  同窓会。それは、余程暗く後ろめたい学生生活を送っていない限り
ほとんどの人にとって楽しいものに違いない。余程後ろめたいことがない限り、だが。

「不参加、と」

 恐らく主催者であろう、メールを送ってきた送り主、クラスのまとめ役であった
委員長の顔を浮かべながら、僕は参加する意思がないことを返信しようとした

「全く・・・相変わらず暗いところが好きね純。だから根暗って言われんのよ。」

 突然声を掛けられた事に内心相当驚いていたが、なるべくそれを表に出さぬよう言い返す。

「その暗いところに毎日現れる君は相当な変わり者だな。」

 それ以前に根暗などと言われたことはない。どうせ今彼女が思った事をそのまま口にしただけだ。
根暗だなんて面と向かって言われたことは・・・
  もしかして直接言われていないだけでそう思われているのか?確かに僕は読書ばかりしているし
一人のほうが大勢でいるより好きだが・・・
  自分の評価が本気で心配になってきた頃、目の前の彼女、美東あすかが僕に問いかける。

「同窓会のメール来た?」

 そう質問する彼女は少し、本当に少しだが、普段気の強い彼女にしては不安げに聞いてきた。

「来たに決まっているだろ、そこまで友達少なくないぞ?」
決して多くはないが。

「行くの?」
「いや、面倒だから行かない。それに再来週は提出物が多いんだ。」

 嘘は言っていない。
  本当の事も言っていない。
  本当の事は言いたくない。
しかし、そんな僕の答えではきっとあすかは満足しない。

 

「本当にそれだけ?」

 ほらきた、わかりきっているくせに。

「柳さんは来るってよ?」

・・・遠慮というものをこいつは知らないのだろうか。

「だからなんだ?」

 自分でも驚くぐらい冷めたい声だった。その声に一瞬あすかは怯んだが、
すぐいつもの勢いを取り戻しさらに畳み掛ける。

「いい加減忘れたら?純は十分苦しんだじゃない」
「苦しんで忘れられるなら誰でもそうするよ」

 もうこの話は終わりにしたくて、僕は目を閉じた。あすかはそんな僕の隣に無言で座り、
強引に膝枕をしてきた。僕は抵抗したが、少し開いた瞼から彼女の意地の悪そうな、
それでいてどこか悲しげな笑顔を見て、抵抗をやめた。
  僕こと、二見 純 と 美東 あすか は世間一般で言うところの彼氏と彼女の関係にある。
少し遠まわしに表現したのには理由がある。僕たちは肉体関係、つまりキスやその先を
したことがないからだ。手ぐらいは繋いだ事はあるがそれ以上はなにもしていない。
別に僕は不能なわけではないし、それなりにそういう事をしたいとも思っている。
では何故そういう行為に至らないのか?
それは僕が絶対に自分からそういう行為に誘わない、否、誘えないのだ。

今から4年前、僕が高校3年生の時、僕はあすかとは違う女性と付き合っていた。
勉強が得意だが運動が不得意な彼女。努力家であり、誰にでも優しかった。
そんな彼女に、僕は惚れていた。
  最初は遠巻きに見ていることしかできなかった僕が、彼女と仲良くなったきっかけは、
席替えで隣の席になった事だった。それからどれぐらいだったか、紆余曲折を経て
僕たちは付き合うことになった。僕は有頂天だった。さっそく二人きりで会えるよう
「勉強会」という名目で彼女を呼び出した。最初は二人で会話を交えつつ勉強をしていたが、
段々と僕は彼女の唇に、胸に、可愛らしい服から覗く肢体に目を奪われた。
そして、とうとう僕はキスをせがんだ。少し困った顔を彼女はしたが、彼女は

「君がしたいって言うなら・・・キスだけだよ?」

と照れながら言ってくれた。
 
  そんな彼女を僕は裏切った。
 
  キスから先にも進んでしまったのだ。僕は調子に乗っていた。もうどうしようもないくらい
調子に乗っていた。もう少し冷静なら、彼女の胸に手を伸ばした時に彼女の顔が歪んだのに
気づいたはずである。ショーツに手を入れた時に彼女が涙を流したのに気づけたはずである。
  彼女の涙に気づいたのは彼女を床に押し倒した時だった。
僕は必死に謝った。
謝って許されることではないと知りつつも必死で謝った。そんな僕に彼女は、

「平気だから」
 
と弱弱しく微笑んだ。この時、僕は感じていた。すべては手遅れなのだと。

それから1週間後の事だった。彼女から別れのメールが届いたのは。

 

 私、美東あすかと二見純は、所謂幼馴染という奴である。
家は隣で、毎朝彼の家まで起こしにいって、お昼はお揃いの手作り弁当。
なんて事はなく、中学生まで男友達のように一緒にゲームをしたり、
買い物に出かけたりしているだけの仲だった。
周りの連中は、私たちの事をお似合いのカップルだと口々に言っていたが、
純は勿論私もそんなつもりはなく、一緒にいたのは友情であり愛情ではないと思っていた。
しかし、高校に入学してから私は本当の気持ちに気づいた。

 学力の近かった私たちは同じ高校に入学した。残念なことにクラスは別になってしまったが、
私は気軽に話せる相手がいなくなって残念程度にしか思っていなかった。
新しいクラスでは、彼女の気さくで明るい性格も助けとなり、すぐに友達もできたし特に問題はない、
そう思っていた。しかし、心の片隅で純のことが気になっていた。

「純はちょっと暗いのがネックなのよね・・・」

 クラスにいきなりは馴染めないかもしれないから様子でも見に行ってやるか。
どこか、純と仲良くできるのは自分だけ、
という優越感を持ちながら純のいるF組の教室へと向かった。
 

 それから5分後、F組の教室の前にあすかは立ち尽くしていた。

 その視線の先には何人かの女生徒に囲まれて困っている純の姿があった

 中学では、あすかと純は公認のカップルになっていただけあり、純に異性として近づく者は
いなかった。しかし、高校ではそうはいかなかった。純は素質は元々良いのだ。
あすかは特に意識したことはないが、身長はそんなに高くないものの顔は大分整っていて、
本来ならもっと女性に騒がれてもおかしくない。

 (嫌なら嫌ってはっきり言いなさいよ・・・)

 思っても口にはだせない。自分は彼女でもなんでもない、ただの友達なんだから。

 ただの友達なんだから・・・
そう自分に言い聞かせるも、納得するこのできない感情があることに
あすかはそのとき初めて気づいた。

2

私と純が付き合い始めたのは、高校を卒業してすぐの事だった。

 純への本当の気持ちに気づいてからというもの、私と純の関係は段々とギクシャクしていった。
私が一方的に意識しているだけだったので、純は

「高校生になったんだから男と女、今までどおりには行かないか・・・」

 程度にしか考えていなかったようだが、私にとっては毎日ちょっとした事で嫉妬と
寂しさに苛まれる日々だった。そんな日々が2年と半年ほど続いたが、
ある日を境に、私は悩むことさえ許されなくなった。

二見 純と柳 恵理が付き合っているらしい

 そんな噂を耳にしたのは、大学も純と一緒の所に行ってそこからもう一度関係をやり直そう、
と受験勉強に力を入れていた時だった。柳さんと言えば、学年トップの成績なうえに容姿端麗。
恐らく同学年で知らないものはいないであろう人物だ。初めは何かの冗談かと思った。
3年になり私と純は同じクラスになり、柳さんも同じクラスだった。
見ている限り二人にそういう様子はなかった。
しかし、その噂を聞いてから数日後、見てしまったのだ。

夕暮れの通学路、手を繋いで歩く二人を。
男は恥ずかしがりながらも見たこともない笑顔で。
女はどこか安心しきったような笑顔で。
それは見間違うはずもない、純と柳さんだった。

その後、私はどうやって家に帰ったか覚えていない。気がついたら自分の部屋のベットで泣いていた。
  私は甘く考えていた。自分から積極的に会話に参加することのない純は、
クラスでどこか浮いていた。だから恋愛にまで発展することはないだろう。そんな風に思っていた。
  それは、純に気軽に話しかけられなくなっていった自分への言い訳であった。
そう自分に言い聞かせることで、逃げていた。眺めているだけで満足だった。その結果がこれだ。
純は手の届かない誰かの所へ、自分じゃない誰かの所へ・・・身を切り裂かれるような思いだった。
それは初めて、自分の恋心に気づいた時の比ではなかった。その日から私は一週間学校を休んだ。
  純に会いたくない、その一心で学校を休んでいたが、仮病も母に見抜かれてしまった。
仮病を許すほど我が家の母は甘くなく、私は重い足取りで学校へ向かった。

 一週間も学校を休んでいた私を友人は心配してくれた。少し心が痛んだが、
失恋した悲しみが大きすぎてあまり気にならなかった。授業を受ける気にもならず、
ただ黒板を眺めて午前中が終わった。彼が視界に入らないように必死だった。
  昼休み、食欲もなく私は自販機で飲み物を買って昼食を済まそうとしていた。教室にいたくない、
という理由もあった。そこで出会ってしまった。私が一番会いたくなかった彼に。

「お、珍しいな。こんな所で会うのは。」
 
  私は、普段家から飲み物を持参していたのであまりこの辺には来ないが、
今日は頭が回らなかったのか持ってくるのを忘れていた。
  声を掛けられただけで私は動揺していたが、何とか平静を保って茶化すように言い返す

「純こそこんな所にいていいの?愛しの彼女さんが待っているんじゃない?」

 自分で言っていて悲しくなった。もう十分涙を流したはずなのに、また涙が出そうになったので、
顔を背け立ち去ろうとした。しかし、次の瞬間私が聞いたのは、純の泣きそうな声だった。

「別れたよ・・・」

 私は耳を疑った。悲しすぎて幻聴でも聞いたのかと思った。

「昨日別れた。」

 正直、飛び跳ねて喜びたかった。しかし、私はこの時冷静に心の中で誓った。
別れた理由を聞きたかったが、付き合って2週間たらずで別れたのだから、
余程なにか深刻なことがあったに違いない。私はあえて理由は聞かず、純を慰めた。

もう絶対後悔はしない。ここから私の戦いは始まった。

次の日から私がしたことは、外堀を埋めることだった。中学の時そうだったように、
実際付き合っていなくても周りがそう思っていれば、純によってくる女は少なくなる。
  これは簡単に済ますことができた。元より私たちが疎遠になったのも、
私が一方的に意識していただけであり、こちらから中学の時のように積極的に話し掛け、
休日は遊びに誘えばよいだけだった。
一ヶ月と経たない内に私たちは学校公認のカップルとなっていた。
  私は、情報収集も欠かさずおこなった。柳さんと純が付き合った時、私は全くその事に気づけず、
純の機嫌が最近良い気がする、程度にしか思っていなかった。
だから私は、少しでも純に気があるような素振りを見せた女や、そういう噂を聞いたら、
そいつの前で純に抱きついたりした。
  私の努力は報われ、その後高校では純に彼女はできず、高校を卒業してすぐ私は純に告白した。
生まれて初めての告白に心臓が止まるかと思ったが、純はいつもの調子で

「いいよ」

と気軽に答えた。もうちょっとマシな言い方があるのではないかとも思ったが、
嬉しさが上回り泣いてしまった。その時の純の戸惑った顔を忘れることはないだろう。

 それから、私達は恋人として大学生活を楽しむはずだった。

 ある日、デートに出かけた帰り道、夜中の公園、人気無し、男女二人、途切れる会話。
もう、これはアレしかないだろ。女性にしては少し下品な発想だが、私は期待していた。
  付き合ってからもう3年近く経った。私達は一回も寝たことはない。
同じベッドに入ったことは何回かある。
しかし、そういう行為はしたことがない。それどころかキスすらしたことがない。
勿論、そういう行為だけが恋人の証でないことは理解しているつもりだったが、
愛されている証明が欲しかった。
私は、寂しさを覚えると共に、それ以上の怒りを覚えていた。そして、純の

「帰るか」

の一言をきっかけに、私の今まで溜めてきたものが溢れ出た

「私に魅力がないっていうの!?」
「浮気してんじゃないの!?」
「嫌いなら嫌いって言ってよ!?」

私は純に詰め寄って思っていた事をすべて吐き出した、純は黙って聞いてが、
私が言葉も失って泣き始めると、

「ごめん」

と短く謝った。私は、やけになって純の唇を奪った。抵抗はされなかった。

 どれくらい経ったのだろうか。念願のキスの筈なのに、私は満たされない。
顔を離して彼に問いかける

「ねえ、正直に答えて。私の事が嫌いなの?」
「・・・そんな分けないだろ」
「じゃあ純からキスしてよ」

彼は震えているだけで何もしてこなかった。

「やっぱり私のこと・・・」
「違う!!」

 いきなりの彼の怒声。普段声量の小さい彼からは考えられないような声だった。
私はその大声対する驚きと、純を怒らせてしまったのではないかという不安から喋れずにいた。
  すると、純は深いため息をついてから、高校の時、柳さんと何があったのか、
別れる原因になったことを話してくれた。

「・・・初めて気づいたのはあすかの所に泊まった時だったよ。正直、俺は手を出そうとしたけど
無理だったんだ。手が、震える。脈が速くなる。柳の泣きそうな顔が浮かんで消えないんだ。」

 純は本当に苦しげに、吐き出すように話した。私は驚きを隠せなかった。
別れたのは3年以上前である。

それほど好きだったのだろうか?
それほど愛していたのか?
たった2週間足らずで?
まだ忘れられないのか?

 確かに思い当たる節があった。
高校の時、純が柳さんから別れてからずっと、私と純は食堂で昼食を共にしていた。
その時に、たまに彼はある女をチラチラと見ていた。
そして、その女も純をチラチラと見ている。
たまに目が合うと慌ててそらす。

 柳 恵理

 きっと彼女は純に未練があり、また純も彼女に未練があるのがはっきりとわかった。
私が高校で一番危惧していたのが柳さんだった。いつかまた付き合いだしてしまうのではないか?
そんな不安から、特別彼女の前では純とのスキンシップを図った。
  高校を卒業して安心していたというのに。
どうやら柳恵理という存在は純の中に深く根付いているらしい。
どうしようもない女だ。自分から振ったくせに。
  何とか彼女を忘れさせることはできないか・・・
今のままでは私は彼女の代替品にすぎない、憎悪で激しく歪む自分の顔を見られないように、
私は純を抱きしめた

 

 それから数日後だった。私の携帯に同窓会を知らせるメールが届いたのは。

2007/08/26 To be continued.....

 

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