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I wish I could....



1

 ――もしも時を巻戻せたら。 誰もが一生に何度かそう思うこと。
  この少年、加賀凍祈緒の頭の中もそうした思いで一杯であった。
  そして口からは何度目かの溜息が零れる。

「お〜い、トキオく〜ん」
  その時凍祈緒のみみに明るい少女の声が耳に届く。
  声のした方を見れば一人の少女が可愛らしいツインテールを揺らしながら走ってきた。
「ハァ……ハァ……。 ゴメンね身支度に手間取っちゃって……」
  そう言って少女は方で息をしながら凍祈緒の顔を見上げる。
  大きな瞳で上目遣いで見つめる其の可愛らしい顔は
男なら誰でも保護欲を描きたてるような愛くるしさがあった。
  顔立ちだけではなく其の小さな背丈も彼女に良く似合う可愛らしい服装も、
其の全てが世の男を魅惑するに十分な要素を持っていた。

「イ、イヤ……俺も少し前に来たばかりだし」
  だがそんな愛らしい少女の笑顔に対し凍祈緒の声はなんとも歯切れの悪いものだった。
「ありがとう。 トキオくんってばやっぱ優しいよね」
  しかし凍祈緒の其の物言いも少女には照れてるように見えたのか少女は親愛の情を込めて抱きつく。
  凍祈緒の腕に少女の背の低さには釣り合わぬふくよかな胸が当たる。
「お、おい……あんまり引っ付くなよ……」
「照れないの。 だってあたし達恋人同士なんだからさっ」
  そう、この可愛らしい少女――鉄宮沙津樹(かねみやさつき)は凍祈緒の彼女、恋人同士なのであった。
  今も二人はデートの待ち合わせをしてたのである。

 可愛くて健気な彼女。
  そんな人が見れば羨むような状況の凍祈緒が何ゆえ先ほどのような溜息をついていたのか。
  そして何ゆえ時を巻戻したいなどと思っていたのか。
  それは――。

 

「ありがとうトキオくん。 今日はとっても楽しかったわ。 またデートしようね。
それじゃぁまた明日学校でね。 バイバイ」
「ああ、それじゃまた明日」
  楽しい一日も終り沙津樹を無事送り届けた凍祈緒は岐路につこうとする。
「あ、待って。 未だあんまり暗くないし少しよっていかない?」
  帰ろうとする凍祈緒に向かって沙津樹は声をかけた。
「ありがとう。 でも実は宿題がやってなかったのが残ってるんで帰るわ」
  だが凍祈緒は其のもてなしに申し訳無さそうに断わる。
「そっか〜。 じゃぁ仕方ないね。 無理に引き止めてジャマしちゃ悪いものね。 ゴメンね」
「ううん。 コッチこそゴメン。 それじゃバイバイ」
  そして二人は今度こそ別かれた。

 沙津樹の家を離れると凍祈緒の口から漏れるのは溜息。
  オマケに足取りも重くとても今日一日楽しいデートを終えた少年のする仕草には見えない。
  せっかくの誘いを断わってしまったのを申し訳なく思ってのことなのだろうか?
  そしてしばらく歩くと足をとめ時計を見、考え込む。
  そしてややあった後、今度は何か意を決したように走り出した。

 凍祈緒は息も切れんばかりに走って走って、そしてたどり着いたのはある美術館。
  美術館ではあるアーティストの特別展がやっており。 実は今日がその特別展の最終日であった。
  ちなみに時間は入場ギリギリの時間。
  凍祈緒は料金を支払うと飛び込むように館内へ入った。

 凍祈緒はそれほどまでにこの特別展が見たかったのであろうか?
  だが、それなら何故今日のデート場所をココにしなかったのか?
  館内へ飛び込んでからの凍祈緒は何かを探し回るように早歩きで館内を歩き回ってる。
  それは何かを探してるかのよう。
  時間が無いので一番見たい絵だけを探してるのであろうか?
  やがて其の脚はある場所で停まる。
  そして凍祈緒の目の前に立つ絵を見ていた一人の少女が振り返る。

「あれ? トキちゃん? 今日は用事があったんじゃなかったの?」
  そう言って振り向いた少女は柔らかな長髪を揺らし眼鏡の奥の穏やかそうな瞳を見開き口を開く。
「いや、其の用事が丁度済んで、時間もギリギリ間に合いそうかな、と思ったので来てみたんだ」
  凍祈緒は口を開くと笑って見せた。
「そうなんだ? でも、もうすぐ閉館時間だよ?」
「あ、うん……。 でも今日で最終日だから……」
「そうなんだよね……。 よし! じゃぁ私が選りすぐりのを選んで案内してあげよっか?」
  少女の言葉に凍祈緒はパッと顔を綻ばせる。
「本当?! レンちゃんがそうしてくれるのなら是非お願いするよ」
「了解! じゃぁついてきて。 私の選りすぐりを案内するから」
  そう言って凍祈緒と少女――千鳥憐花(ちどりれんか)は二人連れ立って館内を回り始めたのだった。

「案内してくれてありがと、レンちゃん。 お陰で短い時間でも楽しめたよ」
「どういたしまして」
  館内から出てきた二人は楽しそうに談笑しながら歩いていた。
「でも本当レンちゃんって昔っから絵が好きだよね〜。
  久しぶりに会ったってのにちっとも変わってないし」
「そりゃもう三つ子の魂百まで、だもん」
  そう言いながら話す二人の話は今日の特別展の感想に混じって幼い頃の思い出話に花を咲かせていた。
  そう、この二人は幼馴染同士であった。
  だが幼い頃、憐花が親の転勤で引っ越してしまい、
つい最近また引っ越してきて再会したばかりだったのである。

 そして再会した時言いようも無いほどの嬉しさがこみ上げてきた。
  何故なら凍祈緒にとって憐花は初恋の相手であったのだから。
  其の気持は驚くほど幼い頃と変わっていなかったことに凍祈緒自身、驚きを隠せなかった。
  それは同時に、逆にある後悔も沸き起こったのである。
  それは沙津樹のこと。 沙津樹に告白された事をOKしてしまったこと。
  沙津樹と付き合っていた事。
  そして思わず思ってしまった

 ――もしも時を巻戻せたら。

2

「ねぇトキちゃん。 あの時の言葉、信じていいんだよね?」
  ――あの時の言葉。 それは二人が再会した時に遡る。

「トキちゃん……?」
「え? も、若しかしてキミ、レンちゃん?」
  それは幼い頃親の転勤で別れて以来10年ぶりの再会。 だが二人共一目でわかった。
  期せずして再会した幼馴染同士。 そして初恋の相手。
  それは凍祈緒にとってそうだったのは先に述べたが、それだけではなく――。

「でも本当に嬉しい。 ちっちゃい頃お別れしたっきりだったんだもの」
「うん。 俺もまた逢えて物凄く嬉しいよ」
「お別れしたとき物凄く寂しかったわ……。 あのね、あの時言えなかった言葉があるの。
それでね、また会う事が出来たら絶対言おうって決めてたの」
  そう言うと憐花は目を瞑り一つ深呼吸をし、そして目を開けると意を決し言葉を紡ぎだす。
「トキちゃんの事ちっちゃい時からずっとずっと大好きでした。 だから私と付き合ってください」
  そう。 憐花にとってもまた凍祈緒は初恋の相手だったのだ。

「レンちゃん……。 俺も……大好きだよ」
  そして返ってきた凍祈緒の答え。 それは憐花にとって望んでた答え。
  其の答えに憐花の胸のうちは喜びで満たされていく。
  だが次の瞬間気付く。 凍祈緒の表情が重たい事に。
  それが何を意味するのか、憐花は一つの推論が浮かぶ。
  まさかと思いつつも恐る恐る憐花は口を開く。
「若しかして……トキちゃん、付き合ってるコがいるの?」
  答えは無い。 だがより重さを増した表情、更に俯いた顔が物語る。
  其の問いに対する答えを。

「そっか……、そうだよね。 トキちゃんだって年頃の男の子だもんね。
それにおっきくなって昔よりもカッコ良くなって……、彼女がいたっておかしくないよね……」
  そして「ごめんね……」と呟き瞳から涙を溢れさせ背を向け走り去ろうとする。
「待ってレンちゃん!」
  凍祈緒はそんな憐花の手を掴み呼び止める。
「別……れるから。 今付き合ってるコとは別れるから! だから俺付き合うよ!
恋人同士になろうよ!」

 其の言葉に憐花は驚き目を見開く。
「え……そ、そんなの……そんなの駄目だよ……。 その彼女さんに悪いよ……」
「でも……、でも! 折角レンちゃんと再会できたんだもん! だから……だから……」
  言いながら凍祈緒の瞳からも涙が溢れ始めていた。

「信じて……いいの?」
  其の表情に凍祈緒の本気を感じ取ったのか恐る恐る憐花は問い返す。
「うん! 勿論だよ! だから……だから別かれたら付き合ってくれる?!
その……直ぐには無理だけど、でも……!」
「わかったわ。 トキちゃんがそこまで言うのなら、私信じるわ」
  憐花は凍祈緒の言葉を遮るように口を開き微笑んだ。

「あ、ありがとう! ただ、さっきも言ったけど別れるまで其の、少し待って欲しいんだ。
いや、待って欲しいというかその、なるべく傷つけずに別れたいんだ。
コッチの都合で別れを切り出すわけだから。 こんなの責任逃れや偽善かもしれないけど……」
「うん、別った。 トキちゃんの其の言葉。 私信じて待つから」

3

 ある日の学校での休み時間。
「ゴメン、沙津樹。 折角だけど今度の日曜日はその、先約があって……」
「そう……。 予定が入ってるんじゃ仕方ないね」
デートの誘いを断わられて沙津樹の顔が残念そうに曇る。
そしてその断わった凍祈緒の表情も重たいものだった。
「ねぇ、最近デートしてないよね……」
「そ、そうだっけ?」
「そうよぉ。 だって、前にデートした時から大分経ってるもん……」
「そ、そんなに経つっけ……?」
凍祈緒はとぼけたように僅かに視線をそらしながら応える。
其の言葉に沙津樹は寂しそうに小さく頷く。
二人の間に沈黙が流れる。

 凍祈緒も前回のデートから大分経ってるのを気付いていないわけが無い。
其の原因が凍祈緒自身が何かと理由をつけて沙津樹の誘いを断わり続けてる事なのを
彼自身が十分解かっているから。
しかも断わる理由の殆どがでまかせである。
断わり続けてる本当の理由。 それは憐華を意識しての事。
沙津樹と付き合っていながらも凍祈緒の心は憐華と再会してからというもの
彼女だけを向いていたのだから。
だから沙津樹にデートに誘われても最初の頃は応じていた。
だが次第に気分が乗らず断わり続け今に到っているのだ。

「ねぇ、トキオくん……。 あたしのこと……嫌いになっちゃったの……?」
沈黙の中沙津樹が寂しげに呟いた。
其の声に凍祈緒の心がチクリと痛む。 だが同時にこれが潮時かもと思う。
憐華のことを思いながら沙津樹と付き合い続けてるこの歪で不義理な状況。
それに終止符を打つ良い機会なのかも、と。
今まで言い出せなかった別れ。 それを口にする良い機会なのかも、と。

「ごめんなさいトキオくん! あ、あたしトキオくんの気持に気付いてあげられなくて……」
凍祈緒がそんな事を考えてた時、突然沙津樹が口を開く。
其の言葉に凍祈緒は罪悪感や申し訳なさを感じながらも胸をなでおろしていた。
別れを言い出せない中で凍祈緒は思っていた。沙津樹の方から別れを言い出してくれないか、と。
凍祈緒自身、自己嫌悪に陥りそうなほど身勝手な願い。
そう思ってた凍祈緒にとって、今、沙津樹から放たれた言葉は、
沙津樹が凍祈緒の心の内に気付いての言葉だと思った。
だが――

「今のあたしに不満な点があるのなら何でも言って! あたし何でも直すから!」
沙津樹の口から放たれた言葉は凍祈緒の思っていたものとはまるで違ったものだった。
「若しかして髪の毛?! 長いのが嫌いなら言ってくれれば今日にでも切るから!
背の小さい女って嫌だったの?! それなら今すぐは無理だけど一杯牛乳飲んで大きくなるから!
若しかして胸って小さい方が好みだったの?! だったらダイエットするから!
それとも他に違う理由があるの?! だったら言って!何でも直すし何でも言う通りにするから!
だから……だから嫌いにならないで!」
そして言い終わった沙津樹の瞳には涙が滲んでいた。

「ち、違うよ。 沙津樹は今のままで十分可愛いし何も悪くないよ!」
沙津樹の涙に凍祈緒は思わず口走った。
「ほ、本当……?」
「ほ、本当だよ! 最近デートできなかったのだって
たまたま用事が重なってしまってただけなんだって。
そ、そうだ! 来週は塞がってるけど再来週なら空いてるから。
だから再来週にデートしよ?」
凍祈緒の言葉に沙津樹は安堵の笑顔を見せ、そしてその胸に飛び込み抱きつく。
「ありがとう。 トキオくん」
凍祈緒もそんな沙津樹の体を優しく抱きしめたのだった。

 そしてその日の学校も終り家に帰りついた凍祈緒は部屋で一人自己嫌悪に陥っていた。
あんなその場しのぎの優しさなど偽善もいいところだ。
何故あの時沙津樹を突き放せなかったのだ、と自分の甘さに反吐が出る思いだった。
そんな後悔だけが胸の中で渦巻いてるのだった。

2008/03/20 To be continued....

 

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