――もしも時を巻戻せたら。 誰もが一生に何度かそう思うこと。
この少年、加賀凍祈緒の頭の中もそうした思いで一杯であった。
そして口からは何度目かの溜息が零れる。
「お〜い、トキオく〜ん」
その時凍祈緒のみみに明るい少女の声が耳に届く。
声のした方を見れば一人の少女が可愛らしいツインテールを揺らしながら走ってきた。
「ハァ……ハァ……。 ゴメンね身支度に手間取っちゃって……」
そう言って少女は方で息をしながら凍祈緒の顔を見上げる。
大きな瞳で上目遣いで見つめる其の可愛らしい顔は
男なら誰でも保護欲を描きたてるような愛くるしさがあった。
顔立ちだけではなく其の小さな背丈も彼女に良く似合う可愛らしい服装も、
其の全てが世の男を魅惑するに十分な要素を持っていた。
「イ、イヤ……俺も少し前に来たばかりだし」
だがそんな愛らしい少女の笑顔に対し凍祈緒の声はなんとも歯切れの悪いものだった。
「ありがとう。 トキオくんってばやっぱ優しいよね」
しかし凍祈緒の其の物言いも少女には照れてるように見えたのか少女は親愛の情を込めて抱きつく。
凍祈緒の腕に少女の背の低さには釣り合わぬふくよかな胸が当たる。
「お、おい……あんまり引っ付くなよ……」
「照れないの。 だってあたし達恋人同士なんだからさっ」
そう、この可愛らしい少女――鉄宮沙津樹(かねみやさつき)は凍祈緒の彼女、恋人同士なのであった。
今も二人はデートの待ち合わせをしてたのである。
可愛くて健気な彼女。
そんな人が見れば羨むような状況の凍祈緒が何ゆえ先ほどのような溜息をついていたのか。
そして何ゆえ時を巻戻したいなどと思っていたのか。
それは――。
「ありがとうトキオくん。 今日はとっても楽しかったわ。 またデートしようね。
それじゃぁまた明日学校でね。 バイバイ」
「ああ、それじゃまた明日」
楽しい一日も終り沙津樹を無事送り届けた凍祈緒は岐路につこうとする。
「あ、待って。 未だあんまり暗くないし少しよっていかない?」
帰ろうとする凍祈緒に向かって沙津樹は声をかけた。
「ありがとう。 でも実は宿題がやってなかったのが残ってるんで帰るわ」
だが凍祈緒は其のもてなしに申し訳無さそうに断わる。
「そっか〜。 じゃぁ仕方ないね。 無理に引き止めてジャマしちゃ悪いものね。 ゴメンね」
「ううん。 コッチこそゴメン。 それじゃバイバイ」
そして二人は今度こそ別かれた。
沙津樹の家を離れると凍祈緒の口から漏れるのは溜息。
オマケに足取りも重くとても今日一日楽しいデートを終えた少年のする仕草には見えない。
せっかくの誘いを断わってしまったのを申し訳なく思ってのことなのだろうか?
そしてしばらく歩くと足をとめ時計を見、考え込む。
そしてややあった後、今度は何か意を決したように走り出した。
凍祈緒は息も切れんばかりに走って走って、そしてたどり着いたのはある美術館。
美術館ではあるアーティストの特別展がやっており。 実は今日がその特別展の最終日であった。
ちなみに時間は入場ギリギリの時間。
凍祈緒は料金を支払うと飛び込むように館内へ入った。
凍祈緒はそれほどまでにこの特別展が見たかったのであろうか?
だが、それなら何故今日のデート場所をココにしなかったのか?
館内へ飛び込んでからの凍祈緒は何かを探し回るように早歩きで館内を歩き回ってる。
それは何かを探してるかのよう。
時間が無いので一番見たい絵だけを探してるのであろうか?
やがて其の脚はある場所で停まる。
そして凍祈緒の目の前に立つ絵を見ていた一人の少女が振り返る。
「あれ? トキちゃん? 今日は用事があったんじゃなかったの?」
そう言って振り向いた少女は柔らかな長髪を揺らし眼鏡の奥の穏やかそうな瞳を見開き口を開く。
「いや、其の用事が丁度済んで、時間もギリギリ間に合いそうかな、と思ったので来てみたんだ」
凍祈緒は口を開くと笑って見せた。
「そうなんだ? でも、もうすぐ閉館時間だよ?」
「あ、うん……。 でも今日で最終日だから……」
「そうなんだよね……。 よし! じゃぁ私が選りすぐりのを選んで案内してあげよっか?」
少女の言葉に凍祈緒はパッと顔を綻ばせる。
「本当?! レンちゃんがそうしてくれるのなら是非お願いするよ」
「了解! じゃぁついてきて。 私の選りすぐりを案内するから」
そう言って凍祈緒と少女――千鳥憐花(ちどりれんか)は二人連れ立って館内を回り始めたのだった。
「案内してくれてありがと、レンちゃん。 お陰で短い時間でも楽しめたよ」
「どういたしまして」
館内から出てきた二人は楽しそうに談笑しながら歩いていた。
「でも本当レンちゃんって昔っから絵が好きだよね〜。
久しぶりに会ったってのにちっとも変わってないし」
「そりゃもう三つ子の魂百まで、だもん」
そう言いながら話す二人の話は今日の特別展の感想に混じって幼い頃の思い出話に花を咲かせていた。
そう、この二人は幼馴染同士であった。
だが幼い頃、憐花が親の転勤で引っ越してしまい、
つい最近また引っ越してきて再会したばかりだったのである。
そして再会した時言いようも無いほどの嬉しさがこみ上げてきた。
何故なら凍祈緒にとって憐花は初恋の相手であったのだから。
其の気持は驚くほど幼い頃と変わっていなかったことに凍祈緒自身、驚きを隠せなかった。
それは同時に、逆にある後悔も沸き起こったのである。
それは沙津樹のこと。 沙津樹に告白された事をOKしてしまったこと。
沙津樹と付き合っていた事。
そして思わず思ってしまった
――もしも時を巻戻せたら。 |