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オォォォォォォォォォォォォオ
「そうだ、このまま押し切れぇぇ!」
「くぁぁ……っ!?」
「何のこれしき! おい、各地の警備を早く回すんだ!!」
「現在召集を掛けておりますが、そこにも反乱軍が!」
「止まるな! 突き進むんだ!!」
槍を振るうジウ国の正規軍、それを迎え撃つ反乱軍に雇われの剣士達、ひたすら響き渡る怒号。
潜入から約二ヶ月。デコーズ邸付近の王都を始めとしたジウ本国領土は、伯爵が各地の貴族に
声を掛け集めた反乱軍と、その目と鼻の先にある王城からやって来た討伐軍とによって、
今まさに激しい戦闘の最中にあった。
争いの理由は単純で、暗示とそれを使いこなす巧みな話術により次々と国内での勢いを強めていった
デコーズに対し、王は呼び出しをしてこれ以上の増長を止めさせようとする。
が、デコース伯爵はそれに面従腹背の構えを取り続けていた。
王は圧政に伴う権利欲求のみに醜く固執して、徒に国の治安を悪化させる暴君。
今もう一歩という所まで進んだ、ジウの特性を最大限に引き出す自らの理想の実現化に際し、
最も邪魔な存在である。
既に多大な国内で権限を持つデコーズは、これを出世街道における最後の踏み台と考え、
甘い汁を吸うだけで自分に従う気の無い古参達をも纏めて一掃するべく、
長らく企て続けていたクーデターをついに実行したのだ。
「老いぼれ共の時代はここまでだ、我々が真のジウを完成させる!!」
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」」
本陣である伯爵邸にて、檄を飛ばし味方を鼓舞するデコーズ。互いの喉元が至近距離にある
この戦い、先手を打って一時的に主導権を握っているものの、数で勝る相手との戦力差は五分。
ここから僅かでも流れが不利な方向へ傾けば、反乱軍の敗北は必至。
それ故、戦闘の最前線である王都は、序盤からまさしく阿鼻叫喚の様相を呈していた。
王率いる主力との分断を図れればと思っていたが、
まさかデコーズが既にここまで単独で手を回していたとはな。
「なっ、貴様いった」
ザシュッ
その最前線。市民達の大半から協力を得て、反乱軍は地形の援護を活かした急襲や不意打ちを
繰り返している中、私も今、兵士の首をまた一つ切り落とす。
全ての国民を対象とした恐怖政治を旨とする国王とは比較的異なり、
伯爵が掲げたのは下級市民達に対してもある程度の権利と自由を与えるという公約。
実際は奴隷制度の劇的な撤回が成される訳では無いが、両者の争いが起きた今、
少しでも自分達に利益の保証がある方へと市民は従うもの。
見所のある奴だ。
暗示の強制力はあくまで補助的なもの、例え魔力が無かろうと、
この男はいずれ同じ道程を辿っていたに違いない。キルキアへ渡り魔法を習得する前の自分と、
どこかしら通ずるものがある。
ただの奴隷産地と歓楽国としてではなく、ゆくゆくは他の近い分野への発展を促し
大国を目指さんとする姿勢に、私は統治者たるに相応しい才覚を見た。
「「ワァァァァァァァ」」
しかし、と、周囲を見渡す。
国王側もいよいよ手段を選ばなくなったか、街のあちらこちらから火の手が回り始め、
堪らず市民達が家を捨てて安全な場所を求め逃げて行く。
…この状況下、未だ王城を制圧出来ていないとなると、戦運びの方はそう上手くないか。
何せ拠点の位置が位置なだけに、仕掛けるからには一瞬で勝負を付けなければならないこの作戦。
協力者達への根回しは及第点だったのだが、戦い始めてからどうにもテンポが悪い。
同じ条件で私が指揮を執るならば、既に国王の首級を揚げていても良さそうな時間。
ところが、反乱軍は市街地の協力を得られなくなる中、徐々に敵との兵力差が効き始め、
今や侵攻のペースが停滞してしまっている。
もっとも、本人にして見れば些か予想外の展開になるからな。
不意のアクシデントに対する対処がなっていないとも取れる。
「死ねぇい、反逆者共めっ!」
「手こずらせやがって! この!!」
ドスッ、ドスッ!
「ぐふっ……む、無念…」
追い詰められた何人かの反乱軍兵士が、騎兵隊の槍に貫かれて無残に命を散らした。
「絶対に退くな! 押し返されたら全員死ぬぞ!!」
「ち、畜生! なんだってこんなことに…城へ行った奴らはどうしたんだよぉ!?」
少しづつ不利になっていく戦場に絶望しながら、兵士の一人がそんな事を叫ぶ。
問いに応える声は無く、代わりに鋭い刃が彼を襲った。
今回のクーデターにおいて先手必勝を期すべく、王の首を求め城へと先駆けて行った
反乱軍の突撃部隊。デコーズが自ら選び抜いた精鋭のみで編成され、
おそらくはその第一矢で鮮やかに勝利を手にする筈だった男達。
彼等の死を覚悟した奇襲攻撃は、彼我の距離を考えても非常に有効な戦法であり、
あの伯爵が満を持して行うだけあって、王城へと侵入する経路の確保や隙を作る為の陽動等、
事を成す為に必要な準備も万全である。
しかし、それにも拘らず決死隊の急襲は直前で失敗。城内を混乱させて
一時的に戦の主導権を握ったものの、目的である国王の命をその場で奪う事は出来なかった。
「態勢は立て直った、ここからが我らの反撃だぞ!」
「そらそら! さっきまでの勢いはどうした!!」
さて、では何故それ程に念入りな手順を踏んで行った奇襲は不発に終わったのか。
ズシャ、ドスッ
「げはぁ!?」
「くぅぅぅ、そんなバカな…」
「国王様に逆らおうとする不逞の輩共めが、成敗してくれる!」
簡単な話である。選抜隊に入った私が、直前にその内容を向こうへ知らせたからだ。
兵が殺到する城内を抜け出すのは少々骨を折ったが、お蔭で戦況は良い具合になっているな…。
他の指揮官もそれなりに頑張ってはいるが、軍人はまだしも傭兵達は士気の低下が見られる。
逆に国王軍は調子に乗り始め、双方の均衡が崩れるのも間も無くだろう、
中には早速引き返す者までもが現れ始めたのを、私は王城付近の衛兵に紛れて眺めていた。
……そろそろか。
黙っていても成功していただろう、デコーズ伯爵のクーデター。
しかし、その結果が圧勝ではこちらに然したる利益が生まれず、
反乱軍がそのまま新しいジウの正規軍に取って代わるのみ。
ならばここは、敢えて妨害による混戦化で互いの被害を増やし、
ひいては反乱軍の総大将であるデコーズを危機に追いやる。
やり過ぎれば即敗北してしまうので、場面を見ては王国軍に対してもゴース隊と闇商達の手を借り、
秘密裏に撹乱や足止めといった時間稼ぎをした。
「はーっはっは! 国王陛下万歳!!」
「虫けらが、どけどけぇ!!」
「くそっ、もう駄目なのか……!」
そして、王国軍がいよいよ反乱軍を圧倒し出した今この時こそ、
「第一陣用意…てぇーー!!」
ヒュンヒュンヒュンヒュン!
「ぐぁっ」
「な、なんだ、横から…ぅぐ!?」
「! ジウの旗ではないぞ、…あれは一体どこの軍だ!?」
来たな。……良いタイミングだ、ユエ。
「第二陣用意…てぇーー!!」
突如として横合いから放たれた矢の雨によって、次々と倒れていく王国軍。
その光景にしばし呆然としていた兵士達が、飛んで来た方向へと視線をやる。
「しかと聞きなさい皆の衆、我が名は比良坂国が女王比良坂夕重!
これより、貴方達を残らず冥土へ案内する者です!!」
「第三陣用意…てぇーー!!」
ヒュンヒュンヒュンヒュン!
「なにぃ!? く、ぬぁっ!」
「ヒラサカ軍だと? 最近こっちへ攻め込んで来た奴らが、いつの間に…ちぃ!!
この大事な時に、植民地の連中は何をしていたんだ!?」
「前線部隊、ほぼ壊滅です! 隊長、ここは一旦…ぅっ!!」
王国軍が慌てて周囲へ展開しようとするも、間断無く撃ち込まれる矢をもろに受け、
全く対応出来ないまま一掃されていく。
「今だ、敵は浮き足立っているぞ! 全軍突撃ぃーー!!」
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお」」
「くそくそくそっ!! ぐぁぁぁぁぁ!!」
弓兵隊による三段構えの斉射を浴びせ掛けた直後、突撃槍を構えた部隊を率いて、
今度は別の指揮官が高々と号令を上げ、黒い甲冑を身に纏ったヒラサカ兵達が雄叫びを伴って
敵陣へ殺到する。
「第一軍団は敵の殲滅、第二軍団は援護射撃、及び街の消火と市民の救助を!」
「はっ!!」
クーデターが起きる少し前、事が発覚するのはほぼ同時という絶妙のタイミングで
攻め込んで来たヒラサカ軍。大将に戦術と知略の女王ユエを置き、
障害物である小国植民地を迅雷の如く突き抜け、この地へ馳せ参じた兵およそ総力の七割。
それでも数では敵軍に劣れど、向こうは未だ各地へ分散している上、
個の質でこちらが勝っているのは明らかである。列島制覇を成し遂げた者達から代表して来た
歴戦の兵は、リザニアの正規軍が相手としても、決して遅れを取りはしない。
「守れぇ! 城だけは何としてでも死守するの…げふっ!!」
「どうした、ジウとはこの程度か!」
「我らの実力、とくと思い知らせてやれっ!!」
デコーズ本人のみの力で王都を制圧し、ジウの全権を取らせるのではない。両者の疲弊した横から
ヒラサカ軍が漁夫の利を得てジウを占拠、その後の国王の後釜として、
こちらが主導する形でデコーズを据えてやるのだ。
あの伯爵は、有能であるが故にただで従う性質の男ではない。
だからこそ、ここで必要なのが絶対に
こちらへ従わざるを得ないだけの理由となる。
当初の目安より好機へ傾いていた本国の情勢において、この方法こそがヒラサカにとっての最善手。
滞在していた伯爵邸でその筋書きが見えた瞬間、私はすぐにゴースへ合図を送った。
結果は見ての通り。市街地の被害だけがネックとなったものの、
これ以上無いと言える程見事に連中を手玉に取る事が出来たと言えよう。
さて、一つ大きな恩を売りに行くか。
残るは詰めの一手のみ。見知らぬ新手の敵を迎え撃たんと、血相を変えて飛び出していく
残留兵達に逆行し、私は踵を返して手薄となった城内へ再び駆けて行く。
案の定、ジウ城内は殆ど空と言っても差し支えない位に兵が出払っていた。
「ええい、…邪魔なデコーズの奴めをこれでようやく排除してやれると思ったら、
今度はどこの国とも知れぬ軍勢だと…? 冗談ではないっ!
わしの、わしのだ…この国は土地から民まで、全部わしだけの物……!
だれだ! 今入って来たのは誰だ、答えい!! くそぅ、番兵はどうしたぁ!!」
「陛下、お下がり下さい! ここは我らが食い止めます!」
申し訳程度に残った兵士達を切り伏せて玉座に向かえば、そこには半狂乱となっている
一人の肥え太った男が居た。側近に言われ城の奥へと逃げようとしているあの者こそが、
ジウの国王でまず間違いはないだろう。
「これまで散々贅を尽くしてきたのだ、死んだとて一片の悔いも有るまい、愚かな王よ。
お前の最後の役目として、ここで私の糧となるがいい」
「黙れ! 陛下を愚弄するその口、この場で叩き切ってくれる!!
……陛下!? いつまで呆けておられるのです! 早くお逃げ下さ」
ザシュッ
言葉は最後まで紡がれる事なく、鮮やかな一刀のもとに盛大な血飛沫を上げ側近の首が飛んだ。
相手の気を逸らす口上を述べていた私は、その様子を少し離れた位置から
ただ見ていただけに過ぎない。
すたすたと、今し方切り落としたばかりの首を拾いに行く人影。
その腕には、既にジウ王の首が抱えられていた。
「良くやった、タルワール。そっちの首は必要無い、行くぞ」
「…うん」
たったった
片手でどう持つか考えた末、髪を掴もうと屈み掛けていた少女、タルワールが、
側近の生首から離れてこちらへ駆け寄って来る。国王の首を抱えている腕と反対の手には、
木目模様の浮かんだ美しい剣がしっかりと握られていた。
「……」
じ……
半歩前に出てから駆け足を止め、歩く速度を同じくしたタルワールは何も語らず、
その瞳だけがずっとこちらに向いている。
ユエやアリア、リィス隊長辺りもさり気ない風を装って時折送ってくる、
所謂”もっと褒めて”と言うニュアンスの込められた目線。
「ああ、偉い偉い。頑張ったな」
くしゃくしゃ
小さく溜息を吐きながら、前を行く小さな頭を掴んで数回撫でてやった。終結間近とは言え、
戦闘中にそんな要求をするのも考え物だが、今回は一応初めての手柄と言う事で大目に見ておこう。
「…ん」
変化に乏しい表情からは中々読み取り難いものの、漏れた吐息には微かな満足と喜色が窺えた。
妙に懐かれてしまった感が否めないが、この程度の褒美で済むのならば全く拾い得なものである。
何よりあの戦闘力、…連れて来させて正解だったな。
城内潜入の特攻任務を失敗させた後、ゴース隊とは別に単独で戦闘妨害を続ける
私のサポート役として、例の宿から所定の位置へと闇商に頼みタルワールを待機させていたのだ。
国王軍と反乱軍の撹乱をする傍らに、留守になりがちな背後を周囲の敵から守らせるだけでも、
役割を分担する事によってこちらの仕事が大分やり易くなった。
ウォレスを始めとする他の剣闘士達の力量は並の兵士を凌ぐが、
タルワールは護衛としてなら彼等が三、四人集まるより役に立つ。
ゴースは戦闘も然る事ながら情報収集等の技術が飛び抜けているので、
必然的に別行動での補佐役となってしまう為、彼女こそが私のもう一本の護身刀として、
常に手元へ置いて刃を光らせる事になるだろう。
「おお、殿! ご無事でしたか!」
城の裏口を出た所で、おそらく列島からの古参であろうヒラサカ兵と鉢合わせる。
最初に私へ焦点を当てていた視線が、
背後で抜き身の剣を持つタルワールへと移った途端ぎょっとした。
「安心しろ、私の護衛だ。ところで、ここまでヒラサカの兵が居ると言う事は、
既に王都の敵は粗方始末が付いたのか?」
「はっ、後はジウ王を討ち取りこの城に我らの旗を上げるのみです!」
「そうか、……タルワール」
姿勢を正した兵士の戦況報告を聞き終えると、私は後ろに立ち止まっている少女から
国王の生首を寄越す様に手招きし、それをおもむろに男の方へ見せてやった。
「これは、…まさか!」
「一番乗りの褒美だ、お前が今からこれを持って戦を終わらせてこい。私は別の用があるんでな」
「は、ははっ! 有り難き幸せ!!」
困惑から驚愕、次いで興奮と歓喜へと変わる表情。王の首を受け取った兵士は大きく頭を下げると、
喜び勇んで来た道を戻って行った。
まあ、とりあえずはこんなものだろう。
あれも大事な交渉材料の一つには違いなく、自分で持って行っても別段構いはしないのだが、
私が大将首を取ったところでこれ以上出世する訳でもない。
むしろ、これからユエに戦後交渉を頼む相手であるデコーズに私とヒラサカの関係を知られては
困るので、あの兵士も丁度良い所に現れたと言える。
後はヒラサカ本陣まで行き、ユエに詳しい経緯と、
デコーズを含めた反乱軍の処分について伝えるだけか。
念の為、暗示の簡単な対処法も教えておいた方が良いだろう。
この状況では幾ら魔力の補助を得た話術を用いたとて効きはしないだろうが、
土壇場で事態がまずい方向へ転んでしまっては面白くない。
以降の直接交渉は自分でするつもりだが、顔を知られている以上、
最初にこちらへ引き込むには別の人間が相手をする必要がある。
奴にタネ明かしをしてやるのは、そうしてヒラサカへの逃げ道を全て塞ぎ、
私を裏切れなくなってからだ。
「お前を連れて、脅しの種にしてやるのも悪くないな」
「……?」
横に立つタルワールが、意味を量りかねて小首を傾げる。
かつての闘技場の花形役者が自分の眼前に得物を持って現れれば、
果たしてあの伯爵はどのような反応を見せるだろうか。
あるいは、度胸試しをするには誂え向きかも知れん。
そんな事を考えながら、新たな二本目の懐刀を侍らせ、私はヒラサカ軍本陣へと足を進めて行った。 |