そして明けて翌日
「で、どうだった? 稲峰」
お昼休み時間、屋上で二人でお弁当を広げながら熱矢先輩は聞いてきた。
「ハイ。 昨日の夜電話して訊いてみた所あるそうです。 其の区間を含むフリーパスが」
「マジか?! で、其のフリーパス使えば安い料金でも行けるんだな?」
「ええ、でも期待に応えられる程かは……」
そう。 確かにフリーパスを使えば普通に行くよりかは安くなる。
でもそんなぐんと安上がりなわけじゃない。
だからガッカリさせはしないだろうかと気にしながら私は伝えた。
私からの報告を聞き終えた先輩は暫らく考え込んでいた
「そうか。 其の額なら俺の小遣いでも何とかなるな……。 よし、決めた!
其の教えてくれた行き方で行くことにするよ。 ありがとうな稲峰。
お前が相談に乗って教えてくれたお陰だよ」
そう言って熱矢先輩は笑顔を向けてくれた。
「い、いえ、そんな大げさですよ」
言いながら私は思わず視線をそらしてしまった。
其の笑顔に幸せな気持で満たされつつもすい思わず照れ臭くてなってしまって。
「で、稲峰。 お前もやっぱり行くのか?」
「え? あ、ハイ。 私も前から行ってみたかったですし……」
言いながら私は気付いた。 そうだ、先輩も私も目的地は一緒なんだ。
だったら誘ってみようかしら。 うん。 折角のこの機会なんだ。
思い切って誘おう。
私は意を決して口を開く。
「あの、先――」
「じゃぁさ、一緒に行くか?」
その時私が口を開こうとするのとほぼ同時に先輩が口を開いた。
そして紡ぎだされた言葉は、それは私が言おうとしてたのと同じだった。
私は其の事に驚きを隠せず思わず固まってしまって、その間にも先輩は言葉を続ける。
「どうせ目的地が一緒なら一緒に行こうぜ。 一人で見て回るのも良いけど、折角なんだから
同じ趣味の仲間同士で見て回ったほうがもっと楽しいと思うんだ」
――空耳なんかじゃない。 本当に私を誘ってくれてるんだ。 私を――
徐々に頭がハッキリしてくると私の中の驚きはやがて嬉しさへと、喜びへと変わっていった。
そして喜びの気持のまま口を開く。
「ハ、ハイ! 私のほうこそ若しご迷惑でなければご、ご一緒させてください!」
言った直後私は思わず自分の口を手で押さえる。
思わず興奮して大きな声を出してしまった事に自分でも分かるほど顔の温度が上昇していく。
興奮する気持を押さえながら再び熱矢先輩に視線を移すと其の顔には優しい微笑が浮かんでいた。
その微笑に私のほうも自然と笑顔になる。
「よし。 じゃぁ何時ごろ出発する?」
「そうですね。 じゃぁ――」
そして私と熱矢先輩は当日の打ち合わせを始めたのだった。
「よし。 全て準備オッケー」
ホビーショー当日の朝、私は声に出し出発のチェックの確認を終えた。
始めて行く場所だし結構距離もあるから余裕を持って早目に出る事にし、
結果早朝に出発する事にしたのだった。
おかげでかなり早起きする羽目になっちゃったけど、でも全く眠気は無く頭はすっきりとしてた。
これから向かうホビーショーに、それも熱矢先輩と共に行けるんだという期待と喜びで
胸が一杯だったのだから。
そして私は期待に胸踊ろせながら家を出たのだった。
駅に到着した私が待っていると程なくして先輩も駅に姿を見せ挨拶を送ってくれた。
「おはよう稲峰。 待たせたか?」
「おはようございます先輩。 いえ、私も少し前に着たばっかりですから――」
先輩と挨拶をかわしながらふと思ってしまった。 それは――
「どうした?」
「い、いえ何でも無いです」
――それは今のやり取り。 コレってまるでデートの待ち合わせをしてる恋人同士の会話みたい、
なんて思ってしまったから。
でも……そんな風に感じてるのは私だけ。
先輩も今日の事が楽しみといった笑顔を浮かべてくれてる。
だけどそこにある私に対する思いはあくまでも後輩とか親友とか、それ止まりだろう。
だから……余計な事をいって水をさしちゃいけない。
そう想い私は気持を抑え先輩の方を向き直り口を開く。
「じゃぁホームに向かいましょうか」
駅を乗り継ぎ会場に到着した私達は圧倒された。
今日のホビーショーは国内で行われるこうしたイベントの中では最大規模のもの。
だから当然其の来場者の数も相当だろうと予想はしてた。
でも実際目の当たりにした人の数は私の予想をも越えたものだった。
そして私がその人の多さに圧倒され立ち尽くしてた私は――
「ひゃわっっ?!」
其の人波に呑まれさらわれそうになってしまった。
ヤ、ヤバッッ! そう言えば私ってば背も低いし体もちっちゃいから普段も満員電車とか乗ると
埋もれそうになったりしてたんだった!
油断した〜! これじゃ折角先輩と一緒に来たのにはぐれちゃう。 そ、そんなの……
「稲峰!」
人波に埋もれそうになった私は済んでのところで熱矢先輩に手を掴まれ難を逃れた。
「大丈夫か、稲峰?」
「あ、はい。 大丈夫です……」
私は応えながら自分の手を見つめた。 熱矢先輩が握ってくれてる私の手を――。
「兎に角凄い人の数だし気をつけようぜ?」
そう言って熱矢先輩は掴んでた手をそっと離し私の頭をポンポンと優しく叩いてくれた。
「あ、ありがとうございました」
私は頭上にある熱矢先輩の手を名残惜しげに見つめていた。
未だ手には熱矢先輩が掴んでくれた感触が、温もりが残っている……。
咄嗟の事でさっきは沸かなかった実感が今更よみがえってくる――。
――もっと掴んでて欲しかった。 ――もっと握っていたかった。
「しっかし改めて凄い人込みだよな〜。 この人込みじゃ油断するとまたはぐれちまいそうだな。
だからほら――」
そう言いながら熱矢先輩は私の前に手を差し伸べてくれた。
え? これって――
「はぐれない為にもシッカリ掴んでろよ?」
私は差し伸べられた手を掴んだ。
「あ、ありがとうございます!」
そして手を握り返した私に向かって熱矢先輩は優しく微笑んでくれた。
其の笑顔に、手の温もりに私の胸のうちは幸せで満たされてくる。
私を気遣って手を差し伸べてくれた事が、熱矢先輩と手をつないで見て回れる事が嬉しくて――。
今の私達まるで恋人同士みたい……には見えないんだろうな……。
いいとこ仲の良い兄妹……いや下手すりゃ兄弟って言う風に見えてるんだろうな……。
――って、やめやめ! 折角の楽しみにしていた今日という一日。
余計な事は考えちゃ駄目よね。 うん。
「先輩、今日は目一杯楽しみましょうね」
そして私は気を取り直して口を開くと先輩と共に会場に向けて足を踏み出したのだった。
会場に足を踏み入れた私達は各メーカーブースの展示品に目を奪われた。
それは今回のショーで初めてお披露目になる試作品だったり、
或いは既に模型雑誌等で発表されてるのも実物を目の当たりすると
写真とは比べ物にならない感動が伝わって来る。
新作や企画中の試作品だけじゃない。 プロの手による作例やジオラマの展示とか
私達の目を釘付けに魅了してくれるもので一杯だった。
展示品を眺める私の胸のうちは嬉しさや楽しさで一杯で、そしてそれは熱矢先輩も一緒だった。
目の前に広がる展示品の数々に釘付けになり眺めてる熱矢先輩の瞳はキラキラと輝いていた。
そしてそんな先輩と一緒に今この時を共有できる。
それは私にとって例えようも無いくらい幸せだった。
途中お昼休みをはさみ私達は昼食をとる。 ちなみにお昼ごはんは私が作ってきたお弁当。
建前上の理由は出費の節約。 でも本音は熱矢先輩に私の料理を食べて欲しかったから。
実際には私が作ってきたのはおにぎりなんで、料理っていうほどご大層なものではないけど、
でもこういう所でとるお弁当ならあまり凝ったのではない方が良いから。
それに懲りすぎて失敗しちゃったら本末転倒。
そんな失敗した料理なんか熱矢先輩に出すわけに行かないからね。
それでも実際にはちょっぴり型崩れとかしちゃったりもしたんだけど……。
だけどそんなおにぎりでも熱矢先輩は美味しそうに食べてくれた。
美味しそうにおにぎりを頬張る熱矢先輩の横顔を眺めながら私は頑張って良かったと言う満足感と、
と同時に頑張ってコレが限界の自分の不甲斐なさに少し凹んでもいた。
だから今度作る機会があればそのときはもっと頑張って美味しく作るぞー!
昼食を済ませた後、午後も各ブースや会場内を見て回った。
そして時が立つのも忘れて見て回ってると、気付けば閉場のアナウンスが流れ始めてた。
楽しい時間はあっという間に過ぎるっていうけど本当ね。
そう思いながら私達も会場を後にする。
帰りの電車の中、興奮冷め遣らぬ私と熱矢先輩は今日のホビーショーに付いて語り合っていた。
「今日は本当に楽しかったですね、先輩」
「ああ。 それもこれもお前のお陰だよ。 誘いに応じてくれてありがとうな、稲峰。
本当お前みたいに気の会う趣味仲間の友達が一緒に来てくれたお陰だよ」
――趣味仲間の友達。其の言葉に嬉しさもあるけど、でも同時に寂しさを感じないわけでもない。
だけど今はそんな事考えちゃ駄目。 折角の楽しい余韻が台無しになる。
「いえ、私のほうこそ誘ってくれてとっても嬉しかったです」
だから私は微笑んで熱矢先輩に応えた。
「それにこうして帰りの電車の中でショーの余韻を噛締めながらの会話も楽しめて。
一人出来てたらこんなお喋りも出来なかったもんな」
そう言いながら楽しそうに話を続ける熱矢先輩と会話を交わせて
私自身も物凄く楽しくて幸せだった。
こんなに遅い時間まで一緒にいられて――。
「あ!」
「どうした? 稲峰」
「えぇっと、その……。先輩、チョット途中下車して寄り道に付き合ってもらっても良いですか?」
「寄り道? 別にいいぜ。 どうせフリーパスだから乗り降りしても料金は嵩まんし」
「ありがとうございます。 じゃぁもう少し先の駅でチョット付き合ってください」
窓の外の大分沈んだ夕陽を見て私は思い出したのだ。
確かこの先の駅で降りた辺りに夜景で有名な場所があるのを。
私達は駅に降り立つと大分いい感じに日も沈みかけていた。
「先輩、こっちです」
私は熱矢先輩と連れ立って駅を後にし夜景のスポットへと歩を進めた。
目的の場所へと向かいながら私の胸は高鳴っていた。
昔からの憧れの一つだった。 好きなヒトと一緒に二人っきりで夜景を眺めるのを。
写真集やインターネットのページを眺めながらいつか私も、って思い描いていたりもした。
そして私達は目的の場所へ辿り着く。
「おぉ〜、コリャ確かに綺麗な眺めだな。
うん、月並みな表現だけど本当宝石をちりばめたみたいにキラキラしてる」
「はい、本当に綺麗ですね。 先輩も気に入ってくれたみたいで私も嬉しいです」
二人並んで夜景を眺めながら私はドキドキしてた。
厳密には私が思い描いてたのとは少し違うのは分かってる。
だって幾ら私が熱矢先輩の事を好きだと言っても私達は恋人同士じゃない。
あくまで私の片想い。
だけど、それでもこのシチュエーションに私は甘い陶酔感の様な感じを覚えていた。
まるで恋人同士みたいなこのシチュエーションに――。
やがて楽しかった今日一日の幕が下りる。
「わざわざ家まで送ってくださってありがとうございます先輩」
日も暮れていたのでと言う事で熱矢先輩は家まで私を送ってくれたのだ。
「いや、こちらこそお前のお陰で今日一日とても楽しかったよ。
おまけに帰りに綺麗な夜景も見れたし。 本当にありがとうな。
今度改めてお礼とか……」
「そんな、お礼だなんて大げさですよ。 楽しかったのは私もですから……」
言いながら私はふと思った。 厳密には夜景を見ながらも思ってたこと。
言わないほうが良いと思いつつも、でも今この雰囲気の中なら……。
「じゃ、じゃぁ……お別れのキ、キ……、チューとか、な、なーんて……」
う、うわー! だ、駄目! 言いながら恥かしくなっちゃっ……て……?
思わず自分で言いかけた言葉に赤面しそうになった私の前髪に熱矢先輩の指が触れ――
「おやすみ。 稲峰」
そして踵を返し家路へと帰っていく熱矢先輩の背中を見つめながら私は口を開く。
「は、はい……。 おやすみなさい先輩……」
そして反芻し思い返す。
あの時熱矢先輩は私の前髪を掻きわけそっと口付けをしてくれた――。
ほっぺとかでも、ましてや唇でもなく……おでこだけど。
だけど――。
(きゃ〜〜〜〜っっ!! あ、あ、熱矢先輩にキスしてもらっちゃった〜〜〜〜〜!!!)
私のテンションは言い表せないほどの喜びで振り切れそうなほど高まってたのだった。 |