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聖痕



1.プロローグ

揺れている。

周りは闇に包まれ、"それ"が何であるのかは分からないが、俺の目の前で揺れていた。
どうしてそれが知覚できるのか、分からない。
だが"それ"は、ゆらり、ゆらりと時を刻むように正確に揺れている。

俺は、それに触れたくて、でも触れられなくて。
そんなジレンマに陥っていた。
何故触れたくて、触れられないのかは分からない。
けれども、その絶対的な矛盾が存在した。

突然、光が差した。
雲の隙間から、目の前の"それ"を照らし出すように───

"それ"をみて俺は、自分の中の矛盾がどういうものなのか気づいた。
触れたくて、触れられなくて──確かにそうだ。

"それ"とは紅く、燃えるような────

    * * *

「カイ・クルード、起きなさい」

突然、声を掛けられた。
馬車の心地良い揺れに身を任せ、いつの間にか自分が寝てしまっていた事に気づく。
まだ寝たりない、と主張する瞼をこじ開け、声の主を見る。

「ふぁ〜……あ、おはようございますメルダリア様……あ゛!」

声の主は、我が主、メルダリア・ディレイズ様であった。

メルダリア様は、寝ぼけている俺を微笑みながら見つめている。
国一番と評される美貌をお持ちのメルダリア様の微笑みは、美しい、としか表せなかった。
スラリと高い鼻筋や、その冷徹さと優しさを同時に含む切れ長の瞳。

それに───紅い髪の毛。
腰まで届く、長い朱の髪。
それは、メルダリア様の特徴であり、力の象徴──聖痕(ステイグマ)でもある。
それがいま、馬車の窓から吹き込む風で、緩やかに靡いていた。

「どうした?」
「い、いえ…申し訳有りません…従者である私が居眠りなど……」

メルダリア様の美貌に目を奪われていたが、メルダリア様の一言に我を取り戻した。
申し訳なくて、頭を垂れる。

「いや、カイが乗り物に弱い事を知っていながら、馬車に乗せたのは私だ……済まない」
「い、いえ!メルダリア様にお供できて光栄です」

逆に謝られそうになり(実際謝られてしまったが)慌ててそう言う。
そもそも、俺が乗り物には弱いのを自覚していながら、メルダリア様に誘われて、
馬車に乗ることを断れなかったのが原因だ。
だから、メルダリア様が謝るのは筋違いだろう。
ところが、あたふたする俺をよそにメルダリア様はクスクスと笑っていた。

「フフ……」
「な、なんですか?」

優しく微笑むメルダリア様。
俺以外に見ている者がいれば、メルダリア様に心奪われているだろう。

「いや、やはり平和とは良いものだな……とつくづく実感しただけだ」
「……そう、ですか……」

遠い目をして、窓の外を眺めながらそう言うメルダリア様を見て、少し、胸に痛みを感じた。

俺達が現在居る国──ベルマリア共和国と言うこの国は、
三ヶ月前まで、隣国のティズ公国と戦争を行っていた。
五年間続いたこの戦争は、三人の英雄の登場により、三ヶ月前に終戦。
その三人の英雄の一人が、辺境の貴族ディレイズ家の御息女、メルダリア・ディレイズ様なのだ。

メルダリア様は、ベルマリア共和国軍の一将校として軍に加わっていた。
俺も一応護衛として、共に戦地へ赴いたのだが……。
酷い、状況であった。
つい先日まで、のどかで平和であると思われた村が、一晩で蹂躙され、焼き払われた。
女は連れ去られ、男、子供、老人は皆殺し、家畜は奪われ、農作物は焼かれた。
それが、どちらの国でも行われていた。

メルダリア様は、その時の事を思い出し、仰っているのだろう。
"平和とは実に良いものだ"と。

俺もそれを思い出し、胸が締め付けられた。

「……カイ、見えてきたぞ、王都だ」

メルダリア様がそう仰って指差した先には、巨大な円形の城壁に囲まれたこの国の王都、ベルマリク。
その中心部には、巨大な城と教会が存在した。
その両方が、他の建造物より群を抜いて高く、まるで、二本の角のように、左右対称に並んでいる。

「ベルマルク城と、聖ベルマリア教会……ですか?」
「ああ…あそこには余り良い思い出はないが……やはり外から見ると美しいモノだな……」
「そうですか……」

うっとりと目を細め、感慨深げに溜め息を吐くメルダリア様
思わず俺は、王都の景観に見とれるメルダリアさまに見とれてしまった。

   * * *

 

そもそも、俺とメルダリア様が王都へとやって来なければならなかったのは、
戦後の処理も粗方済んだので、
メルダリア様の戦争での勲功を讃え、英雄に然るべき立場が与えられる授与式がある為であった。
しかし、先の戦争での英雄が王都へ行く。などという事態であるから、授与式だけで済むはずがない。
パレードや数々のパーティー、王"達"との会談など。
ありとあらゆる様々な催し事のオンパレードだろう。

俺としては、それを考慮し、出来れば遠慮したかったのだが……。
メルダリア様と、先述の王"達"の一人で、先の戦争での三人の英雄にも数えられる、
大賢君シルフス・カナード皇子直々にお呼びを掛けられては、断れるはずもなかった───

 

   * * *

 

「到着致しました」

馬車を操っていた騎士がそう言って馬車を止め、扉を開いた。
俺が先に降りて、メルダリア様の手を取りエスコートする。
聖騎士とはいえ、その前に女性であるからだ。

「あ、ありがとう……」

珍しく語尾を濁すメルダリア様を訝しんで、下げていた顔を上げた。
すると、メルダリア様は心なしか頬を赤らめていた。

「ここが、ベルマリク城か……」

外から見るのは初めてなので、その見た目に圧倒されてしまった。
近くで見ると、遠くから眺めた時より遥かに大きく、また、厳粛なオーラが漂っていた。

「カイはここに来るのは何度目なんだ……?」
「メルダリア様と共に来たのが三回、それ以外に二回、そして物心もつかぬ頃にも一度だけ訪れた……
と父から聞いたことがありますので、7度目になりますか……」
「そ、そうか……なんだか、悪いことを聞いてしまったな……」
「……いえ」

何だかしょんぼりした様子のメルダリア様。

俺の両親は、俺がまだ幼い頃、先の戦争とはまた別の戦争で戦死した。
貴族出の騎士である父は、一個師団を指揮する立場だったらしい。
母は、それを補佐する参謀であったそうだ。
父は、負け戦で殿を勤めた際、流れ矢に貫かれ戦死。
母はそれを悔やんで自決なさったそうだ。

そして、両親を失った俺は、両親の親友であり、
メルダリア様の父君であるディレイズ侯爵に引き取られ、現在に至る。と言うわけだ。

両親の記憶が薄れつつある今でも、両親の話となれば多少は心が痛む。
しかし、それをメルダリア様に気取られぬよう、城内を歩きながら話題を変えた。

「あ〜……シルフス様はお元気でしょうかねぇ?」
「…………」

これでも精一杯考えた末に出た話題であったのだが、メルダリア様にスルーされてしまった。
少し悲しい。

「シルフス様は、何で私なんぞをお呼びなすったんですかね?」
「…………」
「シルフス様は────」
「シルフスシルフスシルフスシルフス……と、私の前であの餓鬼の名前を連呼しないでくれ、カイ!」

半ば叫ぶように、怒鳴られてしまった。

いつもクールなメルダリア様があんなにお怒りになるなんて……
そんなにしつこかっただろうか?
きっとメルダリア様を酷く気分を害されたに違いない……

「申し訳ありません……」
「い、いや、カイは悪くないぞ?……ただ、あの餓鬼──シルフスが嫌いなだけだぞ?」

どこか不安そうに、確かめるように俺に仰るメルダリア様。

「メルダリア様……英雄とはいえ、皇子をハッキリ嫌いと言うのはどうかと思いますよ?
それに、シルフス様は既に15、成人しておられるので子供ではありません」
「し、仕方ないだろう……嫌いなものは嫌いなのだから……」

少し顔を俯かせながら言うメルダリア様。
そのまま、暫く無言で歩き続け、謁見室の前へ差し掛かった時だった。

「お兄様!」

謁見室の大きなドアの前で、そわそわしていた小さな子供が、
そう言って俺へと手を振り駆け寄ってきた。

「シルフス様、御久し振りで御座います」

そう、俺の胸ほどの背丈しかないこの子供──もとい皇子が、
大賢君シルフス・カナード皇子であるのだ。
駆け寄ってきて、肩で息をするシルフス様に、跪きそう言う。

「お兄様、そーゆー堅苦しいのは止めにしてって言ったでしょ?」
「いえ、そのような恐れ多き事、たかが一騎士には許されません……」

跪き、俯いたまま答える。
チラと横目で黙っているメルダリア様を見ると、不機嫌そうにブスッと膨れていた。

「とにかく、顔上げなさいカイ・クルード!これは皇子命令です!」
「……ハッ」

命令と言われれば、断る事はできない
素直に従って面をあげ、立ち上がった。

視線をシルフス様へと向ける。
綺麗な金の髪を肩まで伸ばし、男児でとは思えぬ程整った顔、そして────紅い、瞳。
この瞳もまた───聖痕である。
その両目は今、俺へと真っ直ぐに向けられていた。

「んふふ〜お兄様〜えへへ〜僕、幸せですぅ〜♪」

次の瞬間、俺の胸くらいまでしか身長のないシルフス様が、ギュッと抱きついてきた。
声変わりしていないのか、女の子のような可愛らしい声で、はぅ〜、やら、ふへぇ〜、と呻いている。
すりすりと、俺の式典用の胸当てに頬をすり付けている。
ふわり、とシルフス様の髪から芳しき花の香りがして、一瞬頬が緩みそうになった。
その刹那、俺は猛烈な殺気を感じて、背筋が凍った。
この殺気は、め、メルダリア様だ……。

「……カイ……」
「は、はい!なんでありましょうか!」

ぼそりと俺の名が呟かれた。
そこには、凍てつくような殺意が込められている。

「皇子が……迷惑しておられるようだ……離れなさい」
「ハイィィ!今すぐ!……皇子、済みませんがお離しください……」

じりじりと殺気と殺意に背中を低温火傷させながら、小声でシルフス様に言う。

「……いやです!」

プーっと頬を膨らませ、可愛らしく拒否するシルフス様。
それだけ見れば、思わず許してしまいそうになるが、後ろの聖騎士とその殺気がそれを許さない。

「あとで何でも致しますから!お願いです!」
「何でも……ですか?」

自分で言っておいて、しまったと思った。
それをきいた目の前の皇子の真紅の瞳は、すでに怪しい光を帯びていた

「じゃあ、離します」

シルフス様はパッと離れ、ニッコリと笑った。

「じゃあ、またあとで!お兄様と、そっちの"お供の人"!」

ブンブン手を振りながら、皇子は謁見室へと入って行った。
クスクスと笑いながら去るシルフス様を見て、後で一体どんな無茶をやらされるのか、
とても不安になった。

皇子の姿が見えなくなった直後、ドゴン、と大砲の発射音のような音がした。
メルダリア様の方を見ると、拳が、壁に完全にめり込んでいた。

「め、メルダリア、様……?」
「イエ、ナンデモアリマセン、サア、ワタシタチモエッケンシツヘムカイマショウ」

怒りの余りが、口に出す言葉はカタコト、口元は引きつり、こめかみには血管が浮いている。
今のメルダリア様には、なるべく刺激を与えないようにしなければ……
そう肝に銘じて、先程の音に兵士が集まってくる前に、俺とメルダリア様は、謁見室へと向かった。

2007/05/14 To be continued.....

 

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