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ひじりクライシス



1

 健康的な肉付きの太股を大胆に見せるようにミニスカートの裾を翻し、
顔に満面の笑みを浮かべながら遥は振り返った。
もう十何年も見ているその表情は、俺に安らぎを与えてくると同時に、胸を高鳴らせる。
今時珍しい黒く長い髪も、三日月型の唇から僅かに覗く白い歯も、どれもこれもが愛おしい。
「ねぇ、これなんかどうかな?」
「そうだなぁ」
  だが悲しいことに。
「聖君、どんなのが好みなのかなぁ?」
  それは俺に向けられたものでは無いのである。
  俺こと椿・征夫は幼馴染みの西・遥と買い物に来ていた。もしこれがデートだったなら
どれだけ楽しかっただろうか。しかし遥の熱の向かう先は最近出来た友達の高橋・聖へと
向いているのだ。今だって、無理矢理に約束したデート用の勝負服を買いに来ているのだ。
俺がここで遥の服選びを手伝っているのも、当の聖と一番仲が良いからである。
ヘタレと言うこと無かれ、例え荷物持ちだとしても好いている相手と出掛ける機会があれば
喜んで着いてゆくのが男という生き物なのだ。
「脈はあると思うのよ、いつも距離を置こうとするし。照れてるんだわ、絶対」
「その自信はどこから来るんだ?」
「だって、あたしにだけよそよそしいんだもの。これは間違い無いわね」
  間違いだ、と言ってやることが出来たらどれだけ良いのだろうか。聖に嫉妬を覚えると同時に、
心が重く沈んでゆく。こいつは何も知らない、俺の気持ちも、聖のことも。
  だから、こんなに眩しい笑顔が出来るのだ。
  時計を見て時間の確認、もう店に入ってから一時間以上も経過している。
元から買い物の時間は長いタイプだったが、恋に目覚めた今では更に伸びている。
俺も随分と我慢強いものだと思う。
時間もそうだが、何より辛いのは遥が聖のことを喋り通していることだ。
その愛情の一欠片でも貰えることが出来たら、そんな細やかな願いさえ消し飛んでしまう
恋する乙女トーク。それを延々と聞かされていても笑顔を浮かべていることが出来るのは、
マンモス校である織濱第二高校の中でも俺くらいのものだろう。

「どうしたの?」
  無邪気な顔だ、それが何とも恨めしい。
「何でもない」
  そうなんだ、と大した注意もせずに下着のコーナーに向かってくれたのは幸か不幸か。
羨ましい、俺だって下着姿の遥を見たいさ。しかしそれを見ることが出来るのは、聖だけなのだろう。
本人の意思を除けば、の話になるけれど。
「これなんか、男の目から見たらグッと来る?」
  何だ、その下着は。生地が少ないという以前に、殆んど裸だ。只でさえ布面積が少ないというのに
殆んどがレース地で作られたそれは、もはや下着の機能を放棄しているように見える。
こんなものを見せ付けられたら、鋼の精神を持つ侍でも一気に獣になるだろう。
いかん、下半身に血液が集まってきた。
「落ち着け俺、集中するんだ」
  遥は尚も際どい下着を物色し、こちらに見せ付けてくる。
これはエロい、もう布と言うよりも紐じゃねぇか。
これで隠すことが出来るのか、いや出来ないだろう。
「聖君、どんな反応するのかなぁ」
  遥が気合いを入れれば入れる程、俺の心は重くなる。
  本当のことを言ったら、こいつはどんな反応をするのだろうか。落ち込むか、泣くか、
それとも俺を裏切り者となじるのか。聖自身も只では済まないだろう。
下手をしたら人生そのものに傷が付くかもしれない。俺の人生も、聖の人生も。
  そして、遥の人生も。
「よっし、決めた。これしか無いわね」
  うきうきとレジに向かう眩しい横顔を見て、誰にも聞こえないように溜息を吐いた。

 ◇ ◇ ◇

「振ったよ、完璧に」
  その言葉を聞いて、俺は動きを止めた。
「後で悲しむよりは良いだろう?」
  はは、と場違いに明るく笑いながら聖は腰の動きを再開する。
  平凡なラブホテルの安い一室、俺と聖は交わっていた。俺は別にゲイでも両刀でもない、
聖は紛うことなく女なのだ。普段は家庭の事情らしく男の格好をしているし、
その姿だけ見ていれば間違っても女だとは思わないだろう。だが今の聖は、どうしようもなく女だ。
俺の上で淫らに腰を跳ねさせて、いやらしく踊る。胸は平均よりも小さいが体のバランスは良く、
潤んでこちらを見下ろしてくる瞳も情欲を煽る。
「私は君が好きだ、今はそれだけで良い」
  唇を重ね、舌を吸ってくる。無味の筈なのに何故か感じる甘味が思考を溶かし、
うねる膣内の感触が理性を削ってくる。たっぷり数分を持ってお互いの口内を味わい、
漸く顔が離れると透明な橋が唇にかかった。聖はそれを手指で拭うと、美味そうに指をしゃぶる。
「ほら、中で更に大きくなった。それに第一、征夫も満更じゃないから私とこんなことを
続けているのだろう? 非難される曰れは無いよ。共犯だよ、共犯」
  奥まで飲み込み、グラインドをせずに腰を回してきた。抜き差しをするときとは別の、
ひだでカリ首をえぐられる感触。固い子宮口が鈴口を擦ってくるのも良い。
細くしなやかな指先がからかうように喉を軽く付いてきたが、それすらも快い。
「後悔、してるかい?」
「してるよ」
  それなのに。
「嘘だね」
  聖の言葉を聞いていると、どうでも良くなってくる。
  強く突き上げると、濃い紅色の唇から甘い声が溢れた。
「背徳の字にある北は、背を向け合う姿勢らしいよ。正に今の征夫と遥君じゃないか」

 俺の突き上げに応えるように深く腰を落とし、聖は唇の端を歪めた。
尻の肉が腰骨の上で潰れて密着し、女という生き物のいやらしさを伝えてくる。
尻たぶを揉み、菊座に指を伸ばすと、眉根を寄せて小さく背を震わせた。
「そっちの方もしてみたいのかい?」
「いや。エロかったから、つい」
「そんな正直な部分も好きだよ。もっと私に溺れてくれ」
  完全に溺れることが出来たら、どんなに良いことか。
  腰を掴んで一旦竿を引き抜くと、うつ伏せ状態になるよう細い体を投げた。
バックの方が深く入っていくので、俺はこちらが好きだ。それに騎乗位は聖が楽しむ要素が強いが、
こちらは俺の方が楽しい。猫のように気ままなこいつを征服している、その思考が背筋を震わせる。
俺の好きに犯されているこいつを見ると、堪らなく興奮するのだ。
  溺れろ、と聖は言った。
  ならば、言葉通りに溺れてやるだけだ。
  何もかもを忘れる為に、俺は背徳の道を歩んでやる。俺を幼馴染みとしか見ない遥も、
そんな遥に好意を寄せられ、しかし振ったという聖も、意識の外に置いてやる。
逃避だと言われても構わない、今は気持ちの良いこいつの体のことだけで充分だ。
  根本まで竿をねじ込むと、軽く達したのか顔をシーツに埋めた。だが俺は構うことなく
腰の動きを続け、膣内の感触を楽しんだ。緩急を付け、捻りを加え、
思うがままに俺の下で悶えている『女』の体を貪ってゆく。
「そう、もっと激しく。私を壊してくれ」
  体ごと潰すように密着して乱暴に乳房を揉み、腰を強く打ち付ける。
接合部から粘着質な水音が響き、それを楽しむように聖は獣のような声で歌う。
互いに理性の歯止めが利かなくなってきたのが分かる、俺も聖も体を止めることなど出来ない。
「今日は安全な日だ、思う存分吐き出してくれ」
  子宮口に先端を押し付けながら、俺は全てをぶちまけた。

 ◇ ◇ ◇

「はぁ、気持ち良いよ」
  あたしは気持ち悪い。
「おじさん、もう少し色を着けちゃう」
  どうでも良い、早く終わって。
  何で、こんなことになったんだろう。
  あたしの初恋は、見事に振られるという形で終わった。今日のデートの為に服も気合いを入れて
新しいものにしてみたし、髪だってばっちりキメていた。
それなのに待ち合わせの場所で言われた最初の言葉は、他に好きな人が居る、だったのだ。
その一言を告げた後立ち去る背中を見て、無様なことに全く動けなかった。
尾を引かない、なんて格好の良い大人の女みたいな行動じゃない。
動くことすら出来ずに、立ち尽くしていただけだ。
  そこから先は、あまり覚えていない。
  悲しいまま歩いて、この中年親父に声をかけられて、気付けばベッドの上に居た。
抵抗する気も起きず、自分のことなのにどうでも良くて、こんな下らない話で処女が消えた。
こうならなかったら、誰に捧げていたんだろうか。
聖君か、他の誰かか、もしかしたらの話だけれど征夫にあげていたかもしれない。
今となっては遅いけれど。
「あれ、ノッてない? まぁ処女だったし、仕方ないか」
  脂ぎった掌が、いやらしく胸を揉んでくる。気持ち悪い。その変態みたいな目も止めて、
吐き気がしてくるから。あそこも痛い、そんなに乱暴にしないで。
初めてなのに、そんな乱暴にしたら壊れちゃう。
いや、そんなに繋がってるところ見ないで、恥ずかしい。
  頭の中には言葉は浮かぶのに体は動かない。それでも中年親父は楽しいらしく、
あたしの脚を持ったり体の向きを変えたりして、醜く太った体を揺らしながら何度も突いてくる。
抱き合うような姿勢になったとき蛍光灯の光が禿げた頭に反射しているのが見えて、
つい目を反らしてしまった。こんなのに抱かれてるあたしは、何なんだろう。

「はぁ、もう出るよ。出すよ、遥ちゃん」
  下品な吐息と共に、中年親父は中に大量にぶちまけた。熱くどろどろしたものが
お腹の中に流れ込んでくるのが分かる。今日は危険日じゃなくて良かった、とぼんやり思った。
「それじゃ一旦シャワー浴びてくるよ」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
  ティッシュであそこを拭きながら何気無く窓の外へと視線を向けると、見慣れた人影があった。
それも二人分、片方は間違い無く征夫だ。彼女は居ないと言っていたのに、
割と上手くやっているみたいだ。さっき少しだけ意識してしまっただけに、
相手の娘に対して軽く嫉妬してしまう。今までは幼馴染みぐらいとしか思ってなかったけれど、
実は征夫のこと、結構好きだったのかもしれない。今になって気付くなんて、馬鹿だ。
  それにしても相手の娘、見覚えはあるような気がするけれど誰だっただろうか。
あたしと征夫の交遊関係は殆んど被っているし、それなりの間だから覚えている筈なのに。
  直後。
  こちらを向いた彼女を見て、目眩を感じた。
  お化粧もしているし、スカートも穿いているけれど、間違い無く聖君だ。
今となっては聖ちゃんと言えば良いのか、頭が混乱して上手く考えがまとまらない。
  だが、その中で妙に冷静な部分がある。
  聖ちゃんは、好きな人が居ると言った。一緒にホテルから出てきたということは、
その好きだという相手は征夫で、二人の慣れた様子から見るとそれなりの回数をこなしている
というのも何となく分かる。つまり、聖ちゃんはあたしから征夫を盗っていったんだ。
「許せない」
  そして、あたしを笑って。
「許せない」
  陰では、征夫とイチャ付いて。
「この、泥棒猫!!!!」
  絶対に、許せない。

 ◇ ◇ ◇

 目の前で惨めにもがく聖ちやんを見て、つい笑いが溢れてしまった。
「どういうつもりだ!?」
  それはあたしの台詞。
「本当にやっちゃって良いのかい? 何だか抵抗してるみたいだけど」
「そういうプレイです。非処女なので遠慮は要らないですよ」
  そう言うと、中年親父達は喜んで服を剥き始めた。名前は覚えていないけれど、
あの日あたしを買った奴が薄い胸にむしゃぶり付く。二人目は股間に顔を埋め、
三人目は変態的な趣味が有るのか足の指を丹念に舐めていた。
騒ぐ聖ちやんに堪えかねてか、もう我慢が
出来なくなったのか、両腕を押さえている四人目が竿を無理矢理に口の中にねじ込んだ。
聖ちゃん低い声を漏らして頭を振るけれど、それが逆に気持ち良いのか恍惚とした
うめき声を垂れ流している。まるで豚の性交のようだけれど、泥棒猫にはお似合いだ。
「最低だ!!」
「あ、悪いとは思ってるわよ。勝手に征夫の携帯借りたし」
「そんな話じゃ」
  再び口に肉棒をねじ込まれ、煩い声が静かになった。
  最低、ね。
「征夫を盗って、どっちが最低かな? あたしを騙したのも、
征夫とくっつかないようにする為じゃないの? 本当、汚い女。今の格好の方が幾らか素敵よ」
  悔しそうな表情をしているけれど、一瞬動きが止まった。最後の問掛けは適当に言っただけなのに、
まさか本当だったなんて。ますます汚い存在に見えてくる。
どうして征夫もこんなに汚い雌豚に騙されちゃったんだろう。そうか、征夫は悪くない。
この淫売が純な征夫を騙したんだ。可哀想な征夫、後であたしが綺麗にしてあげないと。

「わ、儂、もう我慢ならん」
  二人目がズボンを降ろし、固くなった竿を割れ目に突っ込んだ。唾液塗れになっているけれど、
あまり濡れていなかったらしい。おまけに信じられない程の大きさだ、
聖ちゃんは挿入された瞬間に白眼を剥いて悶絶した。腰を震わせ、ブリッヂの姿勢になる。
「あー、前は駄目か。口はツキさんが使ってるから、俺はこっちだな」
  涙目で暴れる聖ちゃんの体を押さえ着けると、一人目の中年が尻に竿の先端を当てた。
ふ、という吐息と共に腰を付き出すと、大粒の雫が頬を伝う。後ろは処女だったらしく、
太股を赤い液体が伝った。そのまま中年が前後に腰が動かすと、瞳孔が大きく開いた。
「おぉぅ、良い締まりだぁ」
「太股も柔らかくて良いですよ」
「タカさん、好きだねぇ」
「二本だと更に締まって良いですな」
  何て惨め、何と無様なのだろう。でも仕方ない、これはあたしから征夫を奪った泥棒猫への
正式な罰だ。今まで放っておいたあたしも少しは悪いかもしれないけれど、
だからと言って盗るのは駄目。それに、これからは今までの分を埋めるように征夫を愛するから、
何の問題も無い。きっと征夫もそれを望んでいる筈だ。
  改めて思う。
  あたしは本当は、本当に、征夫のことが好きだったんだ、と。
「うぁ、出るぞ」
「儂も」
「俺もだ」
「俺も」
  四人は一斉に白濁液を放出した。
  だがまだまだ足りないらしい、出したばかりだというのに固さを失わず、
寧ろ先程より大きいようにすら見える。そして四人は位置を変えると、再び聖ちゃんを犯し始めた。
  二時間後。
「お、もうこんな時間か。アリガト遥ちゃん、楽しかったよ」
  口々にお礼を言いながら中年達が出てゆき、部屋にはあたしと聖ちゃんだけが残った。
  どれだけ出されたのだろうか、聖ちゃんは全身余すところなく精液がこびり付き、
口や前後の穴からも白い粘液が溢れていた。最初に浮かんでいた強気な表情も今は消え失せ、
光の無い虚ろな瞳が天井を見つめている。ゆきお、という言葉を時たま吐くけれど、
その呟きは口の中で跳ねる精液の音で殆んど掻き消されていた。

 ◇ ◇ ◇

 聖が死んだ、自殺だったらしい。
  体だけの関係の筈だったのに、気が付けば号泣している自分が居た。僕を好きだと言い、
こちらの悩みを知りながらも近付いてきた聖。
恨めしくあった、憎いとさえ思えることも何度もあった。
いっそ全てを駄目にしてやろうと、そう思うときすらあった。
俺を背徳の道へと誘い、それを続けてきた、酷い女だ。二人きりのときは性悪で自分勝手で、
しかし誰よりも俺に近付いてきた存在。心の奥まで踏み込み、そこを住み家としていた悪女だ。
悪い部分は幾つも思い浮かぶ、とてもじゃないが誉められたような女じゃない。
  だが、誰よりも尽してくれた。
  愛するのは体だけでも良いと言い、汚い方法ではあるが慰めてくれた。
  いつの間にか、あいつは大きな存在になっていたらしい。
「聖君のこと、やっぱり辛いんだね」
「まぁな」
  こいつは知らないだろう。聖が女だったことも、俺が聖とどんなことをしていたのかも。
それを抜きにしても、何も言えない。振ったと言っていたけれど、
好いていた存在の嘘をここでばらす訳にはいかない。
ここで真実を知ってしまったら、傷口に塩だ。
だから曖昧に答えを返すしかない、これが俺の精一杯の気遣いだ。
遥も、うん、と言葉を返して俺にもたれてかかってくる。
そっと腕を絡め、手を握るのは寂しさからか。
「仲、良かったもんね」
「あいつは、良い奴だった」
  本当に。
  思い出すのも辛いのか、顔には笑みが浮かんでいるものの、手を握る力が強くなった。
爪が皮膚に食い込み鋭い痛みを与えてくるが、口には出さない。
さっきの僅かな気遣いと同じ、俺に出来る小さな善意だ。
「あたしね、振られたんだ」
「そうか」
  知らないふり、心の痛みも知らないふりだ。

 無言。
  この空気をどこか快いと感じてしまうのは、失礼だろうか。
俺を好きだと言ってくれた聖にも、恐らく俺以上に傷付いているだろう遥にも、だ。
「大変だよな、お互い」
  呟くと、遥が位置を変えた。
  先程までの背中合わせから、互いに向き合う位置へ。
「大丈夫だよ。すぐに気持ちが切り替わる訳じゃないけど、ずっとあたしが隣に居るから。
征夫も、ずっとあたしの隣に居てくれるよね? 今までみたいに、ずっとずっと、さ」
  遥が隣に居てくれる。
  望んでいたことの筈だ、願って止まないことだった。
それなのに何故か、手放しで喜ぶことが出来ない。嬉しい、という気持ちもある。
小学校に入る前から恋焦がれ、十年越しの片想いを貫き続けてきた相手だ。
そんな存在が、手の中に入る。それは喜ばしいことだ、
初恋の実りという念願も叶うかもしれないし、それこそ文句を言う部分も無い筈だ。
  なのに、心に黒い点が落ちた。
  どこか違和感がある。
「安心して、これからも邪魔者が出てきてもあたしが排除するから」
  違和感の正体に気付いた。
  こいつは、こんなに濁った目をしていただろうか。
こんなに暗い笑みを浮かべるタイプだっただろうか。
粘っこく体に絡み付き、媚びた視線を送る奴だっただろうか。
俺の好きだった女は、こんなにも汚い雰囲気を出していただろうか。
まるで溝鼠のような、淀んだ空気を纏っていただろうか。そんな女だっただろうか。
  違う、違うけれど。
「征夫、大好きよ。最近、やっと分かったの。愛してる」
「俺も、お前のことが、昔から、好きだった」
  もう、どうでも良い。
  唇を重ねてくる幼馴染みに身を任せ、俺は意識を腐泥の底へと落とした。

2007/05/11 完結

 

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