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隔離都市日記



1

隔離都市。

そう呼ばれる場所がある。
それは内部の者に言わせればありとあらゆる狂気の宝庫にして罪状の陳列棚、
およそ考え得る限りの犯罪者と狂人と変質者の展覧会場の名前だ。
社会の底辺でさえない、むしろその底辺自体を鼻歌交じりにぶち抜いて
社会そのものから逸脱してしまったかのような、
異常を異質を異端を異色を異形を異様を異例を極めに極めて通り過ぎた、
それでいて唯一絶対の共通項を抱えた異物の集う片隅の異界。

臭いものには蓋をしろ。朱に交わるな、赤くなるぞ。汚水は方円の器じゃなくて檻の形に従わせろ。
そんな精神のもとに作られた“塀の向こう側”が、隔離都市だ。
文字通り、見たまんま、犯罪者や異常者は危ないから物理的に危険を及ぼせない所にいてね、
カウンセラーとか付けちゃうし出来たら更正してくれると嬉しいな、
という考えを達筆な字で書いて貼っつけるくらいに露骨で露悪で無骨で無遠慮な鉄の要塞。
腐臭の漂うものだけを詰め込んで遮断した林檎箱である。

もっとも、他人事みたいに語りつつ、
そんな異常者のすくつだが魔窟だかわからない場所が僕の現住所だったりするから笑えない。
どころか、仮にとは言えここの住人達を裁く側の人間を目指していたという過去を持つあたり
ユニーク・・・もとい皮肉な話だ。

隔離都市で迎える僕の朝は早い。
ということもないのだけれど、大体6時から7時の間には起きているのだから健康的だと
自分では思っている。
今日も習慣通り、朝の爽やかな空気を伝って扉越しに聞こえてくるリズミカルな包丁の音
────でない時は耳元で唸る刃物・銃弾の擦過音とか────で目を覚ました。

「朝、か。ぅん・・・っと」

上体を起こしてから伸びをして体を解し、ベッドを降りて掛けてある時計を確認しながら部屋を出る。
少し冷たい床の感触を味わいながら廊下を歩き、
次いで、聞こえてくる包丁の音に何となく似た軽い足音と共に階段を下りると
良い匂いが鼻腔をくすぐった。
我ながらどうかと思うが、一足先に起きているだろう同居人が作る朝食の出来栄えを感じさせる香に、
起き抜けにも関わらず食欲をそそられる。これもいつものことだが。

「うっ」

で、これまたいつも通りに我が胃袋は睡眠欲の次はオレの番だろテメェたっぷり寝たんだから
早くしやがれオラオラオラ走れ走るんだ急ぎやがれ
ハリィ、ハリィ、アイムハングリィイイイイ! とせっつき、
それなりの真人間としては当然に抗い難い三大欲求の1つに従って
さっさと外のポストに投函された新聞を取ってから食卓に向かう。
いつの間にか包丁の音は止んでおり、
とはいえまだ朝食が出来るには早いはずなので朝刊を食卓に置いてから時間を潰すため
テレビのリモコンを取ると、

「おはよう・・・兄様」

奥の方から同居人が姿を現した。

「ああ。おはよう、夜宵(やよい)ちゃん」

今時の女性が着用するにしては珍しい、
黒を基調とする和服に純白の前掛け(エプロンとは似て非なる)。
その装いの対比に倣う様な、腰にまで伸びる艶のある黒い髪と同色の瞳に、透き通るほど白い肌。
男性としては平均かそれに+-数cmの僕よりずっと身長は低く、
加えて肌の色と相まって偶に心配になってしまうくらいに細い体躯は、
見ているとよく出来た可愛らしい人形のような印象を受ける。

そっち方面の趣味がなくてもつい頭を撫でたりしたくなるし、
どちらかと言えば保護欲をそそられるタイプだが年の近い相手にはモテること間違いない。
こちらも、人形のように表情を動かさないでいることが多いのが玉に瑕ではあるけど。

僕としてはもうちょっと感情を顔に出してくれた方が可愛いし人間関係全般も上手くいくはず、
などと兄心を出してみたりもするけど、実は夜宵ちゃんとの間に血の繋がりは無いし、
戸籍などを見ても完全無血、ではなく完全無欠に赤の他人である。無論、名字も異なる。
にも関わらず彼女が僕を兄様と呼ぶのは、まあ彼女なりの理由があるらしい。
聞いても理由を教えてくれないのは悲しかったりする。

とにかく。
そんな、僕のここでの同居人こと否光(いなびかり) 夜宵ちゃんは、
朝一番の挨拶と共に分かる人には分かる微かな笑みを僕に向けてくれたのだった。
花開くようなとでも言おうか、本当にこれを稀にしか見せてくれないのは勿体ない。
が、残念なことに貴重なそれはすぐに収められ、
彼女独特のどこかぼんやりした光を湛える黒瞳が僕を見つめる。

「少し待ってて・・・・・・朝ご飯は、まだ出来てないから。でも・・・ちょうどよかった」

「ん?」

小さな口からぽそぽそと紡がれる、外見に似合った可愛らしいけど控えめな声量に対して僕が何が、
と言いながら一度は下げた腰を上げきる前に、つぅ、と流れるような動きで傍に寄って来る。
その静かさに反した速度で横まで来ると、腰を折って両手を差し出してきた。
上には薄めた茶色のような液体が入った小皿を載せている。
移動に伴い、中身は零れるどころか波打ってもいない。
階段を下りながら嗅いだ匂いが、より濃く鼻腔を突いた。

「・・・お味噌汁。味を、みて欲しい」

「わかった」

受け取り、軽く傾けて中身を舌に、そして口内に向けて流し込む。
嗅覚、味覚共に心地良い刺激が通り抜けた。
温かさと共に、少し塩分の入った日本の朝食に欠かせない伝統の味噌の味が口から喉へと通って行く。
僕は味噌汁に関しては微妙に薄味を好むのだが、
同居している間に夜宵ちゃんが試行錯誤しながら作り出したそれは、
僕の理想の再現と言える程に絶妙だった。
危うく、さっきから五月蝿く騒いでいる空腹が音となって出そうになる。

「うん。美味しいよ。具の入ったこれが待ち遠しい」

「ん。じゃあ、頑張る」

正直な感想と皿を返すと、彼女には珍しく意気込むように言ってから下がった。
奥────台所の方に戻ると、調理を再開したらしい気配を伝えてくる。
朝食の完成を待ちながら、僕はテレビを点けた。

 

「やり方が下手」

出来上がった朝食を2人向かい合って雑談交じりに食べながら、
男1人と女3人が痴情のもつれで殺し殺されて全員刺殺体になった、
という最近よくあるニュースを見ての我が同居人の一言。

概ね、いつも通りの朝だった。

2

「じゃあ、行って来るよ」

「うん・・・・・・行ってらっしゃい、兄様」

朝食の後に一通りの身支度を済ませ、住まいを出る。
2人で暮らすには少し広い家。家族でもない、血縁さえない僕と夜宵ちゃんが共同生活を送る場所。
そこを、家庭と呼ぶべきかは微妙なところだけど。
僕は彼女に送られながら、その場を後にした。
今日も今日とて労働に勤しむために。

普通の感覚で言えば奇妙なことなのだろうが、隔離都市においては犯罪者たる住人でも就職が出来る。
と言うより、そもそも隔離都市に収容された犯罪者には服役や懲役なんてものはなく、
原則として都市外への外出以外は禁止されていない。
無論、それ以外の何をしても許されるわけではないが、それ以外のことなら大抵は自由。
惰眠に沈もうが、美食に明け暮れようが、セックスに耽ろうが、ドラッグに溺れようが、
殺戮に狂おうが、およそあらゆる欲求に焦がれ、どんな快楽に酔おうが、自由。
むしろ管理者側もそれを推奨している。

そうしてくれた方が、彼等にとっても都合がいいのだから。
箱庭の維持のために。

隔離都市。
ここでは一切の倫理は唾棄されるためにあり、合切の条理は放棄されるためにある。
逸するための常軌であり、失うからこその正気。
無理を通すために道理が押し退けられ、合法によって無法が成り立ち、無法と言う法に従って日々、
朝昼夜の区別無く、老若男女の差別無く、常人奇人の侮蔑無く、
のべつ幕無しに狂気を醸造し続ける内燃機関。
ここには確かに犯罪者がいるにも関わらず、しかし罪は成立しえない。
躊躇いも情け容赦も選別も手落ちもなく、徹頭徹尾、1から10まで、完全無欠に、
あらゆる狂気を内包し、全ての異常を抱擁し、遍く異質を許容し、考え得る限りの異端を受容する、
狂おしい程の打算と計略と試行と錯誤と決断と流血の下に打ち建てられた鉄の庭。
それが、それこそが、それだけが隔離都市であり、
それだけに、それだけで、それだけを隔離都市は法とする。

故に、僕には労働の自由が許されており、勤労に励むことが出来るのだが。暮しのためにも。
B地区第183住居。それが僕と夜宵ちゃんの住まいである。
このB地区に住む、より正確に言えばB地区の住居を購入するのも楽ではない。
隔離都市は内部を管理するための機関などが集中する中央区から始まり、
政府から送られてきた管理者達や隔離都市に名だたる『十席』とその側近など
一部の特権階級しか住めないA地区、
管理者側に比較的友好的な態度を示す者達が居住を許されるB地区、
比較的問題のない者達が住むC地区、
管理者達にとって余り好ましくない者達を集めたD地区、
そして更に正式ではないが内部から弾かれた弱者が行き着く隔離都市を囲む壁際のE地区、
と中心から外へ向かって円状に広がって行くという構造を取っている。
中心に向かうほど地区の直径が狭まることから分かる通り、
中心との距離がそのまま権力や住み易さの表れだ。
僕は以前はC地区の住人だったのだが、
夜宵ちゃんと出会ってからは色々頑張った甲斐もあってB地区に住むことになった。

詰まりはそれだけ管理者側に尻尾を振ったということであり、
だから、知らないうちに何処かで恨みを買っていたりもする。

「テメェかあ、アニキを殺ったのは」

嫌な予感、もとい予想はしていた。
通勤途中にまだ人通りも少ない通りの路地裏から視線を感じたし、
そう言えば最近は召集をかけられることも多かったからだ。
妬み恨みは世の常、誰かの幸福は誰かの不幸が支えている。
なら、そこそこ幸せな生活を送っている僕がそこそこ他人の恨みを買うのも必然なのだろう。

「ああコイツだ、間違いねぇ。オレは見たぜ。アニキを殺ったのはコイツだ」

「そうかそうか・・・コイツがアニキをなぁ」

「許せねぇ! さっさと殺っちまおうぜっ!」

今僕がいるのはA地区とB地区の境界線付近、特に人通りが少ない路地である。
目の前にはチンピラ風の人物が3人、横に並んで僕を睨んでいた。
前時代的な髪型を始めとする随分気合の入ったファッションに、
全身を飾っているんだか飾られているんだか分からないジャラジャラした指輪だのチェーンだの
ピアスだの、柄も頭も悪そうなナリだ。
皆揃って同じ様な個性を追求することで逆に無個性に陥ってしまうということをしがちな、
まあ思春期とか第二次性長期あたりで脳と精神の発達を止めてしまった人達なのだろう。
まして犯罪者の巣窟たる隔離都市においては没個性も甚だしい。
で、そんな3人組が揃って殺気立っており、どうみても通行人に朝の挨拶という風には見えない。
これで朝の挨拶だというなら、随分とまあ変わった芸風と言える。

「で・・・僕に何か用かな?」

生憎、そんなことは在り得ないんだけど。

「あぁん? んだテメェ、ふざけてんじゃねぇぞコラァアっ!」

流石にスルーも出来ないので用向きを尋ねると、チンピラA(仮称)が唾を飛ばしながら怒鳴る。
不必要に声量が大きい。
両脇の2人、チンピラB(仮称)とチンピラC(仮称)もそうだそうだと続く。
どうも僕から口を開いても無駄な気がしたので相手の喚き立てるに任せてみると、
僕と彼らの間には有するボキャブラリーの方向性に違いがあるようなので解釈に苦労したが、
どうやら次のような次第らしい。
彼らチンピラ3人組みには世話になってる兄貴A(仮称)がいた。
その兄貴Aは面倒見が良く、そして隔離都市のどこか────おそらくD地区だろう────で、
とあるグループに所属していた。
そのグループとやらは何か大きなコトを企てていたらしいのだが、
それが直前で管理者達に露見してしまい、
僕や仕事仲間に殲滅されてしまったらしい。
その時に兄貴Aを殺したのが僕。故に復讐するは我にあり、ということだそうだ。
正直、困る以前に身に覚えが無い。最近は召集が多いせいで、
取り締まる相手の顔なんて一々憶えていられない。

その時に殺そうが拿捕しようが、二度と会わないことに変わりはないのだし。

そもそも、露見したらマズイことを企む方が悪い。
勿論、隔離都市は内部の人間におよそあらゆる自由を保障しており、
無論、欲望のままに生きることを推奨している。
ただし、例外が無いわけではない。先ず隔離都市から外に出ることがそれだ。
内部の人間を隔離するためにあるのだからこれは当然と言える。
次に隔離都市から出るための行動・準備を行うこと。
それから管理者やその部下へ危害を加えること、その業務を妨害することなどと続く。
アニキとやらが何を考えていたのかは知らないが、
何もしなくても日々の糧が保証されているのだから無用のリスクを冒す必要などないのに、
ただでさえ犯罪者という身分には過ぎた待遇を受けているのにも関わらず欲をかくからそうなる。
自業自得、と言うやつだろう。
だが。
そんな理屈は彼らには通用しないらしい。

「アニキはこんなオレ等にも良くしてくれたんだ。
  それを、そんなアニキを殺りやがって・・・テメェも同じ目にあわせねえと気がすまねぇ!

「復讐だ」

「ぶっ殺す!」

じりじりと距離を詰めてくる三人の表情には、微かに怒り以外のものも見て取れた。愉悦だ。
相手からすれば状況は三対一。
加えて辺りに人通りはなく、
仮に僕が都合よく通る通行人に助けを求めても隔離都市では
見ず知らずの他人を助けるような奇特な犯罪者はいないし、
中央の管理者なりに連絡をしても即座に誰かが駆けつけてくれるわけでもない。
それを分かっていて、甚振る積もりでいるのか。チンピラ三人組は敢えてゆっくり迫ってくる。
予め僕の扱いを三人で決めていたのか、たまたま全員が似たような嗜好なのか、
いずれにせよ、世話になった人物の復讐にかこつけての日頃のストレス発散も目的にあるのは
言うまでもないだろう。
彼らの罪状の程が窺える。

「・・・・・・」

とは言え、どうしたものだろうか。
多分、この状況をどうにかするのは難しくない。

ここでの生活で培った感覚が警鐘を鳴らしていないことから、相手の危険度はせいぜいDかE。
仕事の関係で、より危険度の高い人間の相手をしょっちゅうしている身からすれば
大した脅威ではない。
殲滅も無力化も難しくは無いだろう。

僕の隔離都市でのスタンスは殺人鬼でも殺人狂でもない。
と同時に、自衛のために力を行使するのを躊躇う程のお人好しでもないのだから。
問題があるとすれば、
揉め事を起こして中央から仕事というか僕への評価を下げられることだが・・・この際仕方が無い。

右手。
住まいを出る時に、1つだけ持ってきた荷物を見る。
長さ1m程の、白い布に包まれたそれ。今、僕が持つ唯一の自衛手段。
その感触を確かめるように、強く握る。

「オラァアアアアアアアアアアッ!」

それに反応したのか、真ん中、チンピラAが最初に目を血走らせながら突っ込んできた。
手には、いつの間にか奇妙に捩れた刃を持つナイフが『出現』している。
これで正当防衛が成立した。

僕は自身の『得物』を覆う布を取り払おうと手を伸ばし────止めた。
代わって、目を見開く。

「ぎゃあああああああっ!?」

赤い色が踊っていた。

眼前で、チンピラAが燃えている。
何の予告も予兆も伏線さえもなく、
唐突に生じた────それこそ発生したとしか言えない────
炎が瞬く間に彼を呑み込んで火達磨と化していた。
内包する膨大な熱にゆらゆらと揺れ動く焔は足先から頭頂までを余す所無く覆い尽し、
衣服を肌を肉を髪を眼球を区別無く焼いている。
朝の日の光の明るさにも関わらずより強い輝きで周囲が照らされ、
僅かとはいえ離れていても伝わってくる熱に細められる視界の中で僕同様に驚愕に、
次いで痛苦に歪められた彼の顔が映った。
赤い壁で隔てられた彼の顔は燃え盛る炎の中でぱくぱくと口を開いて何かを訴えようとしているが、
それが叫び声以外のものを伝える前に膝を折り、人形のように崩れ落ちる。
余りに急な展開に着いていけずどこか明瞭でない感覚の中で、それだけは現実的な重い音が響いた。

「お、おい・・・」

「け、消せっ! 火を消すんだ!」

数瞬の硬直。
展開についていけないながらも倒れ伏した彼の状態を理解した二人が、
衝撃の拘束から解かれて動き出す。

同時に、もう一つ変化があった。

「・・・え?」

僕がそれに気付いたのは、彼等と反対側にいたからだろう。
影が見える。
伏してなお焼かれ続けるチンピラAを覆う炎が辺りを照らす中、
僕と彼の間に黒い水溜りのようなものが生じていた。
染みのようなそれは急速に濃さを増して行く。
だが、さっと視界を巡らせても、前後左右どちらにもあるべき影の発生源らしきものはない。
僕は半ば直感で視線を上げる。

影が降り、炎とは違う赤色が舞った。

人。
大人ではないが、さりとて子供とも言えない程に成長した肢体。
しなやかなそれを曲げて殺した落下の衝撃に従い、
左右で結ばれ垂らされた二筋の赤色の髪がふわりと揺れる。
チリン、と澄んだ鈴の音が響いた。
着地の際に猫のように丸められた背中は濃い青のブレザーに覆われ、
緑を基調としたスカートが下に続く。
僕の側に露出したうなじは細く、それが彼女の性別を教えてくれた。

「────」

突き立てられた沈黙が場を支配する。
彼女自身は着地による停滞に、
僕を含むその他全員はどこからか飛び込んできた第三者に対する驚きと対応への逡巡で
その場に縫い付けられた。

それを破ったのも、また彼女。

「────────あっは♪」

早業、と言えるだろう。
曲げられた四肢をそのまま撓みから開放へ、伸縮の逆の動きで五体を弾丸と撃ち出す。
身を低くした駆け出しから刹那で跳躍を果たした体は、髪の色の軌跡を引いてチンピラ達へと迫った。

「う!?」

「お!?」

隔離都市では、一瞬の差が生死を分ける。
仮にも荒事に身が馴染んでいるらしいチンピラ達は一拍遅れて反射的に迎撃の構えを取るが、
時既に遅く。

「アンタらは取り敢えず眠ってなさい!」

一閃。
一人は突き刺さるような拳で顎を打ち抜かれ、もう一人は砕くような蹴りで
同じ場所を打ち上げられて沈んだ。
音が二つ、倒れた体は三つに増える。
まさに瞬殺。電光の早業だ。

「ふう・・・これでよしっと」

それをなした当人はと言えば、
一仕事終えたというようにぱんぱんと手を鳴らしてから僕へと振り向いた。
未だチンピラAを包む炎に照らされ、火照ったような笑顔が向けられる。
ツインテールの髪の色より透明感を増した、勝気そうな朱色の瞳が輝く。

「強いんだね。相変わらず」

「っ・・・当ったり前でしょ! アタシを誰だと思ってんのよ」

褒めた積もりだったが、お気に召さなかったらしい。
一転、さも心外という風に顔を顰められる。
が、まあいいわ、と言う声と共に不機嫌な表情が打ち消された。

「で、アンタはこんな所で何をしてた訳?
  久し振りに会えたと思ったらお取り込み中だったみたいだけど、
とうとうファンクラブでも出来たのかしら?」

「僕はそんな人間じゃないつもりだし、第一あんな手合いはご免被るよ。
  まあ、仕事上の恨み辛みって奴かな」

見え透いた揶揄をかわして要約した事情を伝えると、呆れたような視線で返される。

「はんっ! まあアンタじゃその辺が打倒よね。
  ファンクラブにしたって、アンタ変なのばっか惹き付けるみたいだし・・・・・
同性には嫌われてるみたいだけど」

視線を転がるチンピラ達に転じて睨みつける。
同時に、注意を引くように、僕に見せ付けるように腕を振るうと燃え上がる炎が消えた。
力を解除したらしい。
残滓と言うには強くこびり付いた人肉の焼ける異臭が辺りに漂う。

「さてと」

しかし、彼女は鼻を摘むでもなく涼しい顔をしていた。
そのまま、焼かれていないチンピラの片方にずんずんと歩いていくと。

思い切り────蹴り付ける。

「にしてもコイツらも馬っ鹿よねー?」

蹴る。蹴る。蹴る。

「アンタに手を出して無事に済むとでも思ってたのかしら?
  あの人形娘にアタシに鎌女、
ざっと並べただけでもこれだけの能力者がアンタの周りにはいるのにね?」

足を踏み付け、腹を爪先で蹴り込み、顔を踏み躙る。
鈍い音。

「おまけに隔離都市治安維持部隊配属の人間に手を出せば、
  後顧の憂いを断つ意味でもアンタのチームが同僚が上司が部下が管理者が組織が、
  徹底的に徹頭徹尾、底辺までも追い掛けて追い立てて追い付いて追い詰めて、
  この素晴らしき犯罪者の巣窟の住人ですら吐き出すような処断を下すのにねー?」

蹴り、蹴って、蹴る。
中身の詰まった肉の音が耳に粘り付く。

「まあいいわ。アタシには、どうでも。
  アンタが困ってたみたいだから助けて上げただけのことだし────ん?」

「ぁ・・・ぅああ」

サンドバッグ化していた物体が身じろぎした。
おそらくは自身の知らぬ間に腫れ上がった目を薄く開く。

「ぉ・・・助け・・・く」

「あら」

現状に至る事情を理解したのか、それとも自分を蹴り付ける相手の危険度を知っているのか。
許しを、助けを求めるように開かれた唇は。

「別に喋んなくていいわよ」

屈んだ、彼よりも小柄な彼女の細腕で塞がれた。

「これってある意味、丁度いい憂さ晴らしで八つ当たりで自己満足だから。
  満足するまで終わるつもりはないの。
  でも────────起きちゃったら騒がれるのも面倒よね?」

「んんーっ、んんんんんあ゜あ゜あ゜あ゜あ゜あ゜ーー!?」

チンピラの体が大きく跳ねる。
びくびくと、生きたまま調理台の上で焼かれる生き物のように。
事実その通りなのだろう。
チンピラの口を押さえる彼女の腕からは炎が吹き零れていた。
口内から喉奥へと流し込んだ炎で体内を焼いているのだ。生きたまま。
数秒それを続けると断末魔も声帯ごと焼き尽くされ、跳ねていた体は口から煙を上げて静かになる。

「ちょっとは気も晴れたし。アンタ、もういいわ」

必要の無くなった押さえが外された。
背を伸ばし、唯一焼かれずに残っているチンピラを視界に収めると。

「・・・・・・アレも始末しとかないとね。アンタに手を出した奴、生かしておく訳にもいかないし」

視線は僕に向けながら、腕を振ってそれにも火線を伸ばす。
とぐろを巻いた炎が彼を囲って火柱と化し、今度は断末魔も許さずに炭に変える。
最初に焼かれた彼も、既に生きてはいないだろう。

「っく〜〜! 朝からゴミ掃除をすると気分がいいわねえ・・・・・・って、アンタどうしたのよ?
  顔が青いわよ?」

朝から三人分の焼死体を生産した彼女は良いことをしたと言うように伸びをして、身を捩る。
それ自体はコキコキと小気味良い音が聞こえてきそうだったが、
生憎と彼女程に焼けた人肉の臭いに慣れていない僕は少々グロッキー気味だった。
猟奇殺人もかくやという死体なら幾らでも見てきたが、生憎と出来立ての焼死体には馴染みがない。
気分が悪いのが顔に出たのだろう。

「いや・・・流石に、この臭いには慣れてないから」

「ふーん。アタシにとっては慣れどころか何も感じないけど。
  確かに、普通は強烈な匂いなのかしら」

そんな僕に、彼女はずんずんと近付いて来て。

「それでも────────あの女の臭いは消せないみたいだけど?」

胸倉を掴み上げ、僕を引き寄せて首の位置に頭を寄せ、鼻を鳴らす。
一呼吸分で突き放すように僕を押しやると、不愉快そうに顔を歪めていた。

「臭いって」

「あの闇人形の、ね。
  はっ! 相変わらずべたべたべたべたアンタに纏わりついてるみたいじゃない?」

夜宵ちゃんのことか。
彼女とは、どうしてか知らないけど仲が悪いからなあ。
その分の怒りをぶつけるように、彼女は鋭い視線で見上げてくる。
押しやられてと言っても大した距離ではないので、少し位置が近い。

「・・・・・・えっと」

「・・・・・・はあ」

数秒。
嘆息するように、あちらから視線を外された。

「まあいいわ」

そして、気を取り直したというように。
一歩下がり、組んた手を背中に隠して上目を遣いながら。

「それで、一応、困っているところを助けて上げたんだし」

妙に明るい声で。

「それなりのお礼は────してくれるわよね?」
ヴァーミリオン
【火炎災】の名を冠する、
隔離都市に数多存在する突き抜けた異端の一人である彼女、
火神原 赤音(かがみはら あかね)はそう要求した。

 

僕、仕事あるんだけどね。

2007/04/25 To be continued.....

 

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