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sledgehammer and fallen angels(仮)



1

鍛冶屋のハンマーが振り下ろされる。
トン、テン、カン。トン、テン、カン。
リズムを刻みながら、火を絶やさないようにふいごを踏みながら。
トン、テン、カン。トン、テン、カン。

この設備「だけ」は最高にいい鍛冶工房を、ジョンは祖父から継いだ。
別に何かになろうと思っていたわけでもなく、
ただ祖父に叩き込まれていた鍛冶の技が手についていたから、いいと思った。
祖父の遺伝子を継いでいるからか、彼は腕のいい鍛冶屋になった。
下町では評判で、包丁からクレイモアーまでなんでも打ち、
それは名剣にも勝るとも劣らない逸品であった。
ジョンは鍛えあがったショートソードの直刃を見て、出来を計った。
「今回もいい道具になった」
これが、ジョンの口癖だった。
そんないつもとは変わらないこの鍛冶工房に、見慣れぬ客が舞い込んできたのは昼下がりの事だった。

扉の取っ手をつけてあげたパン家の親父さんからお礼として頂戴しているパンを頬張り、
休憩していたジョンの所へフードを目深に被った人物が訪ねてきた。
「何か御用で?」
ジョンはその人物へと訪ねた。すると、その人物は布に包まれた長物を取り出した。
「カタナ、という刀剣なのだが、見てくれまいか」
凛とした声だった。明らかに女性であるその声にジョンは考えをめぐらせた。
だが、そんな事よりもジョンは鍛冶屋の考えを優先させ、その長物を受け取った。
すらり、と現れたその刃はダマスクなのか、様々な色合いを見せている。
だが、それには決定的な歪みが存在していた。
「曲がっていますね」
明らかに、ある場所から曲がっている。素人目に見ても解るのではないだろうか。
フードの人物がこちらを覗きこんでいる。ジョンは自信満々にこう答えた。
「打ち直したほうがいいとも思えますが、どうしますか?」
フードの人物は少し驚いたかのように聞き返した。
「打ち直せるのか?」
ジョンは肩をすくめながら答えた。
「まだまだ若造ですが、これでも人生の7割はハンマーを握ってきたんですよ」
笑顔で、フードの人物を見つめた。フードの人物は、狼狽したのか少し後ずさりする。
「・・・ それではお願いしようか」
そう言いながら、懐から何かを取り出そうとしている。
ジョンは手を上げてそれを制止した。
「お代は打ち上がった後に頂いてますから」
フードの人物は一言、そうか とだけ言って手を引っ込めた。
「それじゃ、三日後の昼に来て下さい」
「解った」
こうして、滅多にお目にかかれないダマスクのカタナを打ち直すことになった。

まさかこれが、あんな事になるとは。ジョンは思ってもみなかった。

・・・

フードの人物が帰ったあとに、早速ジョンは「打ち直し」の準備に入る。
食料を鍛冶工房に持ち込み、さらに飲み水の瓶にも水を一杯に注ぐ。
大体の準備ができ、最後の仕上げに店の看板を「Close」に変えようと扉に近づく。
その瞬間。
「ジョン〜!」
勢いよく開いた扉と共に、女性の声が鍛冶工房に鳴り響く。
だが、声の主が呼んだ人物は今まさに開いた扉の餌食となってもんどりうっていた。
「―――――…ッ!!!」
鼻を覆いながら悶絶しているジョンを見て慌てふためく、この少女。
ジョンと幼馴染であり、自称「ジョンの婚約者」を気取っている少女である。
「だ、大丈夫!?ジョン!」
鼻をおさえながらも、頭を縦に振るジョン。本当に大丈夫なのかは定かではないが、
それほど大怪我というわけでもないようだ。
「何か用か、カレナ」
カレナ。それが少女の名前だった。少女は手に持った銀色に輝く刃をジョンにつきつけた。
「研いで!」
「断る」
即答である。寸分の狂いなく反撃として出された言葉は、少女の肩を落とすのには十分だったようだ。
「なんで、なんで、なんでよ〜」
ダダをこねる少女に、ジョンはこう言う。
「今日はもう閉める。何せ大口が入ったからな」
大口とはもちろんダマスクのカタナの事である。だが、少女は引き下がらない。
「なによ、ちょっとくらい研いでくれたっていいじゃない!」
この少女は、事あるごとにこうやってダダをこねてきた。
甘やかした親が悪いのか、願いを聞きすぎたジョンが悪いのか。カレナは我侭だった。
「お前のその“ちょっと”で、俺は3日飯を食える金をもらえるんだけどな」
ぽつり、とこぼしたその一言を少女は聞き逃さない。
「ちょっと!私からお金を取る気なの!?」
まくし立てる。まさに暴君といったところだろうか。
だが、ジョンはこの暴君を静める魔法の言葉を知っている。
その言葉とはー…

「お姉ちゃんに言いつけるぞ?」

「ひっ」

・・・

扉の前につるしてある看板を「Close」にひっくり返し、扉を閉め、カギをかける。
カレナが落っことしていった包丁を拾い上げ、『次にやるもの』の刃物棚に入れる。
結局、ジョンにとってカレナは大切な存在なのだ。

「さて」

ジョンは身体中の筋肉と骨と筋を確認する。異常はないようだ。
これなら“三日間で仕上げても”問題はないだろう。
そう考えながら、ジョンは祖父から学んだ“鉄の三日間”を開始した。

紅く染め上げられたハンマー。いや、それ自体が紅く光り輝いているのだ。
そのハンマーは緋石と呼ばれる特殊な金属で出来たハンマーだった。
叩いた金属に震動と熱を与え、加工を容易にする貴重なハンマーだ。
これが、祖父から受け継いだ最も大きな遺産だった。

紅く光るハンマーを振り下ろしながら、刀身を形成する。
光り輝くハンマーと、紅く打ち直されてゆくカタナ。
今まさに、この瞬間が。
ジョンにとって、最も幸せで充実した時間だった。

・・・

それから三日後。
「どうですか?」
カタナを振り、確かめるように操るフードの人物。
ジョンはその様子を見ながら、自信に満ちた笑顔を湛えている。
「すばらしい」
一言、フードの人物は言った。
「喜んでいただけて光栄で」
「それで」
ジョンの言葉を遮り、フードをとった。
息を飲むような美女、なのだが氷のように冷たい眼をしている女性、
というのがジョンの彼女に対する第一印象だった。
「君に言うことがある」
「はぁ、なんでしょうか」
ジョンは訝しげに言葉を待った。
「王室付きの鍛冶屋として、王宮にあがる気はないか?」

「はい?」
聞きなおしたジョンに、間を置かずに言葉を述べる。
「というより、君に自由意志だとかそういうものは存在しない」
すぅ、とカタナをジョンに突きつけ、彼女はじっとジョンを見つめる、
「素直についてくるか、無理やり連れて行かれるか。選べ」

本気の眼を、ジョンは見た。これは冗談などでは断じてない。
強気な女性の有無を言わさぬ態度の片鱗を、今まさに味わっていた。
「(なんだ、いったい。なんで俺はカタナを突きつけられてるんだよ)」
わけもわからず、ジョンは辟易としていた。
カタナを打ち直し、次はカレナの包丁を研いで。
カレナがお礼に持ってきたクッケスを食べる。そんな生活が続くはずだったのだ。
そんな事を、ジョンは考えた。すると、口から自然に言葉が出ていた。
「申し訳ないですが、お断りします」
「そうか、ならば仕方が無い」
カタナを逆に構え、気絶させようと打ち据える瞬間。
女性の背後に位置していた扉が、吹き飛んだ。こんな事を、するのは―…
「レックスさん!」
扉の外から駆けて来る、クレイモアーを振りかぶった戦士が、豪快にそれを振り下ろした。
だが、カタナを持った女性はそれを易々とかわした。
「何者… その紋章、貴様傭兵か」
「ジョン、こりゃ一体どういうことだ?」
言葉が被る。ジョンは、レックスと呼んだ人物に説明する。
「王宮付きの鍛冶屋になれって脅迫されたんですよ」
「それはそれは。で、どうすんだ?」
ジョンは肩をすくめながら、近くに立ててあったショートソードを握る。
「断るに決まっているでしょう」
「そうだな。もしお前が王宮にあがってしまったら私も困るし、あのカレナちゃんも嫌がるだろう」
隙を見せずに会話するのは流石歴戦の傭兵、といったところか。
レックスはカタナを構えた女性に眼を向ける。
「… あんた、『薔薇の棘』か。しかもカタナを使っている」
薔薇の棘。女王直属の女性のみの王室警護団。騎士と同等の地位にあるエリートだ。
レックスはそれを、甲冑の紋章から見抜いていた。
「副団長、ローゼズ」
ローゼズと呼ばれた女性はニヤリと笑った。そんな顔でも、眼差しは氷のように冷たい。
「それで、どう対処する?ジョン」
レックスはクレイモアーを握り締めながら訊ねる。これはジョンの問題なのだ。
「死なない程度に、取り押さえましょう」
「ふざけたことを!」
『薔薇の棘』としてのプライドを傷つけられたのか、ローゼズは地を蹴ってこちらに疾走してくる。
こんなショートソードでは、居合いで剣ごと首を飛ばされかねない。
そう判断したジョンが取った行動は一つ。
「そら!」
剣を、投げた。
ローゼズはそれをカタナでいなす。その、ほんの一瞬の隙が命取りだった。
次の瞬間、巨大なクレイモアーの剣の腹がローゼズの身体を吹き飛ばしていた。
「踏み込みの速度は、この王都一。『裂帛のレックス』ここにあり」
自慢げにそう言い放つレックス。壁に打ち据えられ倒れたローゼズに、クレイモアーを突きつけた。
「さて、ジョン。どうするよ?」
そうレックスが問いかけると、ジョンよりも早くローゼズが口を開いた。
「貴様等…!こんな事をしてどうなると思っている!国家反逆罪として国賊にされてもいいのか!?
そもそも、貴様等平民庶民、ましてやこのような貧民街に住むブラックスミスごときが
貴族に反抗するなど、言語道断だ!貴様等は黙って私に従っていれば―…」
「黙れ」
びくり、と身体を振るわせた。それはレックスの突きつけたクレイモアーのせいではない。
重い一言。ローゼズのまくし立てた言葉など歯牙にかけぬほどの強い語気の、強い言葉。
ジョンは緋石のハンマーを持ち出し、ローゼズへと近づいていった。
「き、貴様、何をするつもりだ!」
ジョンはローゼズが握っているカタナの刀身を握り、打ち据えた。
たった一撃。たった一撃で、そのダマスクのカタナは打ち砕かれた。
「ば… 馬鹿な…」
「出て行け」
「っ・・・」
「聞こえなかったのか? この、工房から、出て行け」
ローゼズは、打ち砕かれたカタナを残し工房から逃げ去っていった。

・・・

「それで、レックスさん。今日はどんな御用で?」
扉の留め金をつけなおした後、ジョンはレックスの来訪の理由を聞いた。
レックスが来る時は何かしら頼みごとがある事が多いからだった。
「ああ、クレイモアーの刃が少し欠けたからいつものようにやってもらおうと思ってな」
ぎゅ、とハンマーを握りなおし、ジョンは立ち上がる。
「それじゃ、一日くださー…」
ジョンが、倒れこむ。レックスはそれを優しく受け止めた。
その、豊満な胸で。
受け止めた後に、ジョンの頭をぎゅっと抱きしめて優しい声でこう言う。
「三日前にも、一度来たんだ。また“鉄の三日間”をやったんだろ?無理するな」
「ちょ、はな、離してくださいよ」
「遠慮するな」
十分ほど、ジョンの顔はレックスの胸に埋れることになった。

「それじゃぁ、寝ろ。いいな、今日はしっかり寝るんだ」
レックスの言葉に、ジョンは頷きながらふらふらと壁によっていく。
「何を―…」
ジョンは、自らが叩き折ったカタナの破片と握りを拾い集めた。
状況が状況だったのだが、自分が打ち直したカタナを叩き折ったのだ。鍛冶屋としては失格である。
拾い集めた破片を、そっと『次にやるもの』の刃物棚に入れた。もちろん、包丁より後だが。
「フフ、やっぱりお前は面白いな」
笑うレックスに、ジョンは苦笑いで応えた。

・・・

夜が明けて。
目が覚め、起き上がろうとすると手に柔らかい感触が伝わった。
「・・・?」
ふと横を見ると、レックスが頬を染めてこちらを見つめていた。
「う、うわ!すいません!」
赤面しながら謝るジョンに、レックスは笑いながら答えた。
「中々大胆だったんだな、ジョンは」
「ほ、ほんとにすいません」
そんな朝を迎えながら、ジョンはそそくさとベッドから出て服を着替えた。

ジョンは体調が万全でないと自覚しながらも、カレナの包丁を研いだ。

「レックスさん、早速クレイモアーを見せてもらってもかまいませんか?」
「ああ、頼む」
マクハンドの家紋が打たれたクレイモアー。ちょっとやそっとでは劣化しない業物であるが、
レックスのパワーファイトぶりでは破損するのも仕方が無い。
だが、ジョンはふとした事に気がついた。あまり、というより全然劣化していない…。
「少し研げばまだ十分使えますよ、これは」
「そうか?ならお願いしようか… ああ、それと宿代を節約したいから…」
「昨日もなんだかんだで泊まってるでしょう、俺は別に構いませんよ」
ため息をつきながら、そうジョンは答えた。

クレイモアーを研ぎながら、ジョンは考えた。
そういえば、レックスさんがこの前に来たの… 一週間前だったな… と。

・・・

あの傭兵

またジョンの家に泊まって

ジョンは私のものなのに

暗く黒い感情が、いくつか。

この貧民街に渦巻いている。

・・・

朝。ふと目を覚ますと、美味しそうなスープの匂いが立ち込めていた。
レックスか、カレナか。ジョンは誰が作っているのか回らない頭で考えたが、
そのどちらにも当てはまらないことに気づく。
何せレックスは今まさにジョンの隣のベッドで寝ているし、
カレナはまずジョンを起こしに来ることから始めるからだ。
だとすると、誰が?

「ふむ、中々美味なスープが作れた…? おう、鍛冶屋。中々に早起きなのだな」

つい先日、ドタバタ騒動を起こした『薔薇の棘』が、エプロン姿でそこに居た。

・・・

ズズ、とスープをすするジョン。豪快にパンを頬張るレックス。行儀よくハムを切り分けるローゼズ。

奇妙な食卓が展開されていた。

「ジョン、それとってくれ」
「はいよ」
手づかみで切り分けたハムを渡す。
そんな光景を目の当たりにしたローゼズはため息と共に呆れた声を出した。
「…貴様等はもっと行儀作法というものを勉強したほうがいいぞ?」
空気を読まない副団長である。
「あんた、貧民街にきて馬鹿じゃねぇのか?」
「バ、馬鹿とは何だ貴様!この筋肉だるまが!」
「おうおう、確かに筋肉もあるが胸も私のほうがあるぞ?このまな板娘が」
「ま、まな板だと…!?む、胸なぞ脂肪の塊にすぎん!
戦士たる者、そのようなものは邪魔になるだけだ!」
「負け惜しみかー、まぁいいけど。自分で言った事覚えとけよ?
貧相な胸が大きくなる可能性だってあるかもしれないんだからなぁ?」
「ぐっ…!」
これほど険悪な食卓は、ジョンが生まれてこの方味わったことの無いものであった。
だが、そこはマクハンド家の男。慌てず騒がず対応する。
「あー、言い合いしてる間に俺が全部食べちまいますよ?」
「「むっ、それはさせないぞ」」

にぎやかな食卓を終えて、とりあえず家族(血縁者ゼロの)会議開始である。
議題は
「なんでローゼズ副団長が我が家に居るのか」
である。

「うむ、かいつまんで話すとだな」
「いや、詳しく話してください」
「…。王城で、王に先日の事を話したのだ」
ジョンは思った。なんという子供的発想なのだろう、と。
確かに貴族にはむかったり傷つけたり、ましてや騎士の剣を叩き折る等すれば重罪、
というより死罪に当たる行為だ。
ジョンも事が事なので街を出る覚悟すらしていたのだが。

「王はこう申された。『マクハンドの長男坊にちょっかいかけただぁ?
お前馬鹿か、俺があそこの爺さんにどんだけ借りがあるか知らなかったのか?
とりあえず、お前王城追放な。マクハンドの家に奉公に行け。
長男坊に許してもらうまで帰ってくるな。あ、あと今度剣を一本打ってもらおうと思ってたから、
それも伝えとけ。いいな?』と…。」

ジョンは思った。なんてアバウトな王様なのだろう、と。
その後ろで、レックスはくっくと笑いをこらえていた。
「というわけで、貴様のこの薄汚い家に私が奉公にきてやったのだ。有り難く思え」
「別にこなくていいのに… むしろ来てもらうと困るのに…」
「今何か言ったか?」
「何も」
そんな会話をしている時に、扉が勢いよく開いた。

「ジョーン!包丁、研いだ?研いだよね?私のために研いだよね?ね?ね… ?」

「レックスさんはともかくその女は誰よーッ!!!」

・・・

暴風雷雨がたちこめている… そんな感覚を覚えるようなこの部屋。
帰りたい。
いや、ここは自分の家だ。
どこかへ逃げ出したい。
そんな事を思いながら、ジョンは机を囲んだ自分を含めた4人と会議を続けていた。

「えー、それで。俺の弁明というか、解説というか説明をしたいんだけど」
ギリッ、と机を握る音がした。カレナである。自称婚約者であるから、
やはりこのような状況は好ましくない… というより、相当頭にキているのだろう。
「まずレックスさん。相変わらず節約のために我が家に泊まりました」
ぎしっ、と歯が鳴る音がした。右のカレナと、左のローゼズからである。
何故ローゼズから歯軋りが聞こえるのか、ジョンはわからなかった。
「次、この人はローゼズさんといって、『薔薇の棘』の副団長さんだ。
やんごとなき… というより、ドジを踏んでうちに奉公することになった人だ」
「うるさい!貴様が大人しく王宮にあがれば―…」
「はいはい、ローゼズさんに発言権はないですよ。奉公は静かにしておいて下さいね」
上下関係に厳しい王宮で育ったからか、ぐうの音も出せず黙り込むローゼズ。
「んで、コレはうちの近所に住んでいるカレナ」
「ちょっと、ちゃんと『婚約者』ってつけてよ!」
「断る。お前みたいな奴と一緒にいたらいくら命があっても足りない」
カレナの特技は、投げナイフである。この前など、暴漢に襲われそうになった時に
隠し持っていたナイフで ― どうやって三十本も隠したかわからないが ―
相手を戦闘不能に追い込んだほどの猛者である。喧嘩をすれば、ナイフか包丁が飛んでくるのだ。

「とまぁ、こんな訳で。俺は別にローゼズさんに帰ってもらってもいいんだけど」
「貴族たるもの、騎士たるもの王の命には背けん。私が納得するまで居させてもらう」
そういいながらどっしりと構えるローゼズ。ジョンはため息をつきながら頭をかいた。
「…仕事だけは邪魔しないで下さいね」

そうやって、家族会議は終了した。と、いうより鍛冶工房を開ける時間になったのだ。
半ば強制的ではあったが、生活のほうが大事なのである。しぶしぶと帰宅するカレナを見送りながら、
ジョンは思った。
「(なんで当たり前のようにレックスさんが居続けているんだろう…)」
だが、そんな考えも鉄を打ちつける音で消え去っていった。

・・・

ローゼズは考えた。
確かにあの男、ジョンは腕のいい鍛冶屋だ。この王都でも指折りといってもいいだろう。
だけれど、何故自分はあの男にこれほどまでに固執しているのだろうか。
確かに欲しいものは何でも手に入れてきた。家が、貴族であったから。
金にものを言わせて、なんでも手に入れてきた。
けれども、大人になるにつれてそれだけでは… 金だけでは、巧く行かない事がある、
というのに気づいてきた。
気づいてきたはずなのに、自分自身に駄々をこねた。
貴族。
貴族だから?
私の暴論が、貴族という権力を行使しているものだから?
だからあの男は私を拒絶したのだろうか。
そして、私は、そんなあの男を欲しがっているという現実。

そんないくつもの考えをぐるぐるぐるぐると頭で回しながら、
彼女は昔習った奉公の仕事を淡々とこなしていた。

お皿が、2枚ほど割れたが。

・・・

レックスはのんきに欠伸をしていた。
レックスは自分がジョンに好意を寄せているのを自覚している。
だが、踏ん切りがつかない。
何せジョンの父親の時代から続いている長い付合いだからだ。
正直、自分の好意が家族愛でない、と断言する事が出来ない。
だけど、彼の近くに居たい。
彼の力になってあげたい。
そういう気持ちが心の中に渦巻いている。常に。戦場でも。酒場でも。

そして、この家の中でも、だ。
その気持ちが、彼女を戦場で生き延びさせる。
その気持ちが、彼女の勘を研ぎ澄まさせる。

果物や干し肉を切る小さなナイフを持て余しながら、レックスは考えた。一瞬、だが。

わたしとじょんだけになればいいのに。

持て余したナイフで、少し指を傷つけてしまい、その考えは霧散してしまった。

だが、それは確実にレックスの心に根付いていた。

・・・

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す刺し殺す
殺す殺す射殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ

絶対… ジョンは… 渡さない…

投擲用のナイフが、的に十数本突き刺さっていた。

2

それから、数日後。
「よう、いいかい?」
みすぼらしい、といっても差し支えない格好をした男性が鍛冶工房に現れた。
ジョンは笑顔でどうぞ、と答える。
「ローゼズから聞いていると思うが、剣を打ってもらいたいんだが」
「はぁ、あ、え?」
よくよく顔を見る。どこかの肖像画で見たことがあるような。
そう―… あれは昔祖父に連れて行かれた王城のエントランスにあった―…
「王様!?」
「おう」
護衛もつけずに貧民街で何をしているのか。剣を打ってもらう、という話は聞いていたが、
王様自身が来るとは思いにもよらなかったのだ。
王は懐から、ひとつの宝石を取り出した。
「これで…」
その宝石は、この国でもっとも重要な国宝の一つであった。
ジョンも展示されているのを、祖父と見に行ったことがあった。
「こんなもの受け取れるわけがないでしょう!」
「そうか?じゃぁローゼズを貰ってくれるかな?」
「何でそうなるんですか…」
押し問答である。というか、何故王はローゼズを押し付けようとしているのか?
ジョンにはそれがわからなかった。
「耳貸せ坊主」
「え?」
「(あの娘、俺の妾の娘なんだよ。だからよぉ、貰ってくれよ、お前が)」
「お断りします」
「えー、あの娘母親に似てすげー美人だろう?いいじゃないか、妻の一人や二人」
本当に王なのか。というより、そんな国家存亡にも関わりそうな話をこんなに軽く話していいのか。
そんな考えもよぎったのだが、王の破天荒ぶりに様々な逸話が存在していることを
ジョンは知っていたので、王であることは確かだ。
「んー、好きなやつでもいんのか?それともコレがもういたりするのか?」
小指を立てながらにやりと笑いかける王。この男、人間としてはどこまでも最底辺である。
「あんまりそういう事を言うなら、打ちませんよ」
「チッ。儀礼用の剣を一本。様式は任せる。次の豊穣祭に使うものだ。頼んだぞ」
王は、そういいながら去っていった。台風男、とでも言おうか。嵐のような人だった。
「客がきていたのか?」
ローゼズがそう言いながら奥から顔を出す。
まったく、タイミングが良いのか悪いのかどこまでもわからないな、と思いながらジョンは応える。
「ああ、大口が一つね」
「そうか」
豊穣祭まで2ヶ月。装飾を含めても、十分すぎる時間があった。

・・・

カレナは焦っていた。
今まで以上に、ジョンの周りが騒がしくなったから。
今まで以上に、ジョンを誘惑するメス豚が多くなったから。
そして、カレナは知っている。自分自身がそうであるから。
レックスとローゼズは、気づいているのかはわからないがジョンに好意を寄せている、と。
自分と同じくらい付き合いが長い、レックス。
その肉体美はその3人の中でもトップクラスで、実力のある傭兵だ。
顔も精悍で整っており、はっきり言って敵いそうにない。
だが、性格は粗暴で傭兵らしいといえばそうだが、女性らしくはない。そこが、弱点。

対するローゼズは新進気鋭の新人だ。レックスとは違う、いわゆるお嬢様系の美しい顔立ちである。
さらに貴族出身であるため、敵うなどという次元の問題ではない。
だが、レックスと同じように性格に難がある。傲慢、なのである。

弱点を補って余りある戦力を持っている二人。
ジョンが拒んでいるから、今の関係が保たれている。そんな、関係。
ジョンの気持ち。レックスの気持ち。ローゼズの気持ち。
そして自分の気持ち。

どす黒い感情を振り払うかのように… いや、かき回すかのように、ナイフを投げる。
既に突き立っていたナイフを弾き飛ばし、的の中心を射抜いた。

・・・

ジョンは、木炭を削りながら考えていた。どんなデザインにしよう、と。
豊穣祭の剣は豪華絢爛というよりは、質実剛健のほうが儀式に則っているだろうとは思うが、
あまりに質素であると王宮の品位が疑われる。実用的な物を考えるよりはるかに難しい作業であった。
ああでもない、こうでもないと考えているうちに没デザインの紙が束になってゆく。
いくつかの束が倒れ、部屋に散乱している。
「おい、この有様は何事だ?仕事するにももっとやり方が―…」
没デザインを拾い上げながらローゼズはそう文句をたれる。だが、その言葉が途中で詰る。
紙を見つめて、動かない。
「どうした?」
その様子を見たジョンが話しかけるが、ローゼズは紙を見て止まったままだ。
そして、口を開く。
「…こんな物を作れるのだな、お前は。やはりすごい鍛冶屋だった」
そこにあるデザインは―… 没でありながらも儀礼用の剣として十分すぎるほど通用する]
豪華な作りの剣だった。
ここまでくるとゴールドスミス… 金細工師の仕事だ。だが、ジョンはさも当然のようにそれを作る。
「まぁ… うちは何でも作るのがモットーだからなぁ」
そう言いながら紙にアイデアを落とし続ける。職人気質なのは祖父、そして父譲りだ。
アイデアが固まったのか、さらに鋭く削った木炭で小さな小さな細工を描きこんでゆく。
ローゼズは邪魔してはいけない、と思いその場を後にした。

レックスは、それを静かに見ていた。見つからないように、だ。
ジョンが仕事をしている時はそこに行かない。話しかけない。それが暗黙の了解であったはずなのに。
知らなかったので仕方がないのだろうが、彼女は―… ローゼズはそれを容易く破った。
私が知らないジョンをローゼズは知っている。
私が見た事がないジョンをローゼズは見ている。
私が感じた事のないジョンをローゼズは感じている…ッ!

これは。

いけない感情だ。

戦場で相手に向ける殺意とはまた違う、だがそれとよく似た感情がレックスの体に渦巻いている。

それが出てくる日は、近いのか。

3

クッケスを頬張りながら休憩しているジョン。
そのお菓子はほんのりとハーブの香りと味がして疲れた体を癒してくれる。
カレナが作ったクッケスは最高、とジョンに言わしめるほどの品質を保っている。
「お前、飯屋でも開けるんじゃないのか?」
「私の就職先はジョンの隣だけよっ」
「はいはい」
そんな軽口を叩きながらの昼下がり。

そんな軽口すら、レックスは許せなかった。
戦場で鍛えた鉄の自制心がそれを押さえ込んでいる状態だった。
「(私だって、その気になれば料理を作れるのに…)」
もちろん、実用的な料理ではあるが。

「紅茶を淹れたぞ。王宮の知り合いからわけてもらった最高級の葉だ」
「ほほう、どれどれ… ん、美味いな」
「家にある紅茶とあまり変わらないんじゃない?」
薫り高い紅茶を差し出されて、皆が笑いあいながら軽口を叩く。
だが。
「…レックスさん?どうしたんですか、そんな神妙な顔をして」
「え? い、いや。なんでもない」
しまった、とレックスは思った。顔に出ていたのかジョンに心配されてしまった。
自分の顔は見えないため、気をつける必要がある… そんな事を思いながら紅茶を啜った。

いつ頃からだったろうか。
レックスが、ジョンを可愛がりはじめたのは…。

それは、まだジョンの父親ヨハンが生きていた頃まで遡る事になる。

ジョンの父親ヨハンは凄腕の剣士だった。
祖父の反対を押し切り騎士となり、前線へと赴いた豪傑だった。
そんなヨハンはふとしたことでレックスを保護する事になる。
…民族浄化殲滅作戦の被害にあった村の生き残りである。
民族浄化殲滅作戦とは、別の国の打ち立てた作戦だった。
所謂自国民以外は殺してしまえという残虐非道な作戦である。
当時、レックスは12歳。ジョンは7歳だった。

祖父にレックスを預け、また戦地へと向かったヨハン。
命の恩人に憧れたレックスは、その豊富にある剣をこっそりと持ち出しては剣の練習をしていた。

ジョンはそれを知っていた。ジョンもまた祖父という最も身近な人物に憧れを持ち、
鍛冶屋という道を歩み始めていた。

仲のいい姉弟のように、二人は育ってゆく。
もちろん、カレナと共に。

レックスが保護された年から2年後、レックスは14歳… ジョンは9歳の時。

ヨハンは戦場で散った。

ここ数百年現れていなかった「龍」との戦いで、その「龍」と相打ちになったのだ。

鋼の貼ってある、ズタボロの鎧。
そして、永遠に取れないとされている真っ赤な龍の血に染まった
クレイモアーがマクハンド家に届いた。

祖父は数十年ぶりに酒を飲み、レックスとジョンは一緒のベッドの中で泣きながら眠りについた。

それから5年。レックスはヨハンに勝るとも劣らないと言えるほどの剣士に成長していた。
そして、ジョンも。マクハンド家の長男に相応しい鍛冶屋へと成長しつつあった。

レックスは、ヨハンへの憧れと共に身近な… そう、ジョンを護りたいという気持ちを。
ジョンは、祖父への憧れと共にいつかレックスの剣を打ちたい、
という気持ちをそれぞれ持ちながら成長していったのだ。

レックスが有名な傭兵団にスカウトされたのもこの年だった。
実戦経験を積むために、レックスはそれを承諾した。
今現在所属している傭兵団は、この時の傭兵団だ。

ジョンはその話を聞いた時に、動揺を隠せなかった。そう、父とレックスを重ねてみてしまうのだ。
帰ってこないかもしれない、と。
だが、5年で成長したのはレックスだけではない。
ジョンはレックスのその真摯な眼差しに負け、レックスを応援することにしたのだった。

祖父に、ジョンが初めて「お願い」したのはその日の夜の事だった。

「レックスお姉ちゃん、これあげる!」
「これは…?」
「僕が打ったクレイモアーだよ!」

祖父の手伝いをする事で貰っていた銅貨を全て使い、
クレイモアーを作るための鉄を買ってもらったのだ。
そして、初めて自らの銘を刻んだ剣を打った。

レックスは嬉しかった。
だが同時に寂しくもあった。
こんなに愛しい弟の下を離れるのが…
レックスは、その剣を握り締めて人知れず誓ったのだ。
必ず生きて帰ると。

それ以来、この剣は今日まで使い込まれているレックスの武器である。レックスの宝物だ。
それほどまでに、レックスとジョンの絆は深い。

ジョンは姉のようにレックスを慕っていた。
だが、レックスは…?
ジョンの事を、どう思っていたのだろうか…?

それは、「今」を見れば、一目瞭然であった。

・・・

「姉さん、どうすればいいかしら」
「あらあら、カレナ。そんなに眉間にしわを寄せたら可愛い顔が台無しよ?」
「真剣に聞いてよ、姉さん」
「ジョンくんの事でしょう?」
「うん、ジョン、私に振り向いてくれないの… それに、ライバルも増えちゃったし」
「魅力があれば、男の人は振り向くどころか襲ってくるのにねぇ」
「私に魅力がないっていうの、姉さん!」
「そんな事は無いわよ?カレナ。貴女には十分魅力があるわ」
「ええ、そんな。恥ずかしい」
「でも早くしないと私がジョンくんを盗っちゃうかもしれないわよ?」
「姉さんなら、仕方ないよ」
「そう?」
「だって私達は」
「「二人で一人なんだから…」」

灯りを消した家の中で、カレナは一人だった。

・・・

ジョンがその異変に気づいたのは10歳の頃だった。
カレナが独り言を言っているとき。
どう考えても一人しか居ないのに、「声」が二人分聞こえてきていたのだ。
そのことをカレナの両親に尋ねると、両親はこう言った。

「カレナの中にはもう一人、カレナのお姉さんが居るんだよ」
「でも、他の人には言っちゃだめだよ?」
と。

カレナの多重人格。それは、いつ、どこでそうなったかまでは知らない。
だが、完全にカレナと隔絶されたそれは稀にジョンの前に現れる事がある。
ジョンがカレナの「姉」と呼ぶ存在…。
それは、カレナ自身なのである。

「ジョンくぅん、お姉さんと一緒に遊ばない?」
「やめてくださいよ、“カリーナ”さん… 今から仕事なんですから」
「あらぁ、残念」

特異体質なのか、なんなのかはわからない。
カレナの第二人格、姉のカリーナが出ている時は、髪の毛が黒から青へと変化する。

ジョンはカリーナが苦手だった。何せ、色仕掛けばかりしてくるのだから。

仕事を理由にすると退いてくれるので助かっているが、
もしそれが効かなくなったらまずいことになりそうだ、と常々考えている。
だが、カレナは精神の均衡を保つために姉を、カリーナを生み出したのだ。
下手に否定すればカレナの精神が崩壊しかねない。
ジョンはカリーナと接する時は慎重に慎重を重ねた状態で接している。

「ジョンくぅん、お仕事終わったら一緒に遊びましょうねぇ」
「はいはい」

本当に、頭を悩ませる事ばかりである。

・・・

彫金の作業の合間に、居間でのんびりしていたジョンにレックスが話しかける。
少しばかり思いつめているような、そんな雰囲気を漂わせながら。
「なぁ、ジョン。昔みたいに… とは言わないが、こう、なんだ」
「な、なんですか?」
「…それだ、その敬語だ。昔みたいにもっと気さくに話せないのか?」
「ああ…」
レックスの悩み… いや、不満の一つ。
戦場から帰って来たレックスを見たとき、ジョンは自然と敬語で喋ってしまったのだ。
それ以来、敬語・さん付けが基本となってしまった。
「でも… なんだか、うん」
「ダメか…?」

レックスの潤む瞳の中に、昔の彼女を見た。
共に泣き、笑い、一緒に育ったあの頃の彼女を。

だが。

「ジョン、お茶が入ったぞ… ん?何をしているのだ?」

素晴しいタイミングで、ローゼズが会話に入ってくる。
「ん、あ、なんでもないよ。お茶ありがとうね」
お茶を受け取り、啜る。
ジョンの頭には先ほどの言葉が渦巻いていた。
「(昔みたいに… か)」

ジョンもそれを望んでいる。それはジョン自身がそう気づいている。
それでも。
あの綺麗な、純粋な顔が戦士の―…

父さんと同じ顔になっているのを見て、もう。
もうジョンは、昔と同じように接する事ができなくなってしまっていた。

心の中で、ぽつりと。
ごめんなさい、という言葉を、ジョンはつぶやいた。

2007/04/17 To be continued.....

 

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