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不成立三角形



1(Side 麻衣)

 時は早朝、しかし真夏日和とあって暑さが常に纏わりつき、
  それが汗という形に転換し肌を気持ち悪く伝わっていく。
  純白の半袖制服を汚すそれを気にする事もなく、二人の女と一人の男が寄り添うように
  並び合いながら、楽しく談笑していた。
  しかし………
「ちょっと亜衣っ! 離れなさいよっ!」
  突如一人の女の怒声が静かな通学路の静寂を切り裂いた。
  その声と共に『亜衣』と呼ばれた女―――腰まで届く長い黒髪をそのまま垂らしていて、
  その美貌を大きな黒縁眼鏡で隠している少女が、もう一人の少女に腕を引っ張られた。
  亜衣は引っ張られた事によって、もう一人の少女がいた場所に強引に移動させられてしまった。
  体勢が崩れそうになるのを寸でのところで堪えながら、その衝撃でずれた眼鏡を控え目に直す。
  そしてもう一人の少女と目を合わせず、顔を伏せたまま肩を震わす。
「ご、ごめんね…。麻衣ちゃん…」
  心底申し訳なさそうに謝ったにも拘らず、『麻衣』と呼ばれたもう一人の女―――
  肩口で揃えてる茶髪に可愛らしいブローチを取り付けている少女は、
  亜衣を上目線から睨みつけている。
「麻衣、何でそんな事するんだよ?」
「五月蝿いっ! 私と魁は付き合ってるのよ!? なのに私が触れてないところで他の女が自分に
  触れている事に関して抵抗もしないなんて変でしょ!」
  亜衣と麻衣の二人が織り成していた重苦しい空気に無理矢理入り込もうとした『魁』と呼ばれた男
―――僅かに髪を逆立たせていて、二人の女とは比べようもない程の高身長を有している男は、
  頬を掻きながら困ったように笑っている。

 麻衣が何に怒っているのかと言えば、それは簡単な事だ。
  要は、隣り合っている彼氏である魁と亜衣がほんの少し触れ合ったという事が許せないのだ。
  麻衣と魁は付き合っているから、本来魁の隣という特等席は彼女である麻衣の指定席だ。
  その指定席に土足で割り込んでいた亜衣の事を、麻衣は許せなかったのだ。

「あんたも、魁に限らず男に近付かない方がいいわよ。あんたみたいに陰湿そうな文庫少女、
  誰も相手になんかしちゃくれないわよっ!」
  麻衣は眉毛を釣り上がらせながら、俯いている亜衣を指差して罵声を浴びせる。
  その言葉に亜衣は俯いたまま、肩の震えをより一層大きくしてしまう。
「お前! 言い過ぎだろっ!」
「いいのよ………亜衣なんか放っておいてさっさと学校行くわよ」
  亜衣から視線を外した麻衣は、そのまま暑さでじりじりと焼けている道を堂々と突き進んでいく。
  自分の言葉をまるで無視している麻衣を見つめながら、魁は笑顔でその背中を追いかけていった。
  亜衣はその二人に無言でついて行きながら、魁の大きな背中を眼鏡越しに静かに見つめていた。
  二人に気付かれないように、下から覗き込むように、静かに切なく見つめていた。

 

―――――――――――――――――――――――――

 今日も麻衣は亜衣に嫉妬していた。
  怒りながら早足になっているその背中を追いながら、今日はどうやって宥めてやろうかと考える。

 俺と麻衣と亜衣の三人は、いわゆる幼馴染というやつだ。
  生まれた時から三人一緒だった。
  活発な麻衣に、おとなしい亜衣、そしてその二人を引っ張るリーダー役の俺。
  控え目の亜衣を麻衣が引っ張っていき、それを行き過ぎないように俺がサポートしてやる。
  俺たち三人の関係は、本当にバランスいいものだった。
  しかし、俺は自らその均衡を破った。
  何年も恋焦がれていた麻衣に告白したのだ。
  麻衣は快く了承してくれた。
  最初こそ、俺からの告白ともあって飽きられないように色々努力しなければと意気込んでいた。
  しかし、それは不必要だった。
  付き合い始めてから、麻衣の俺への独占欲が強くなったのだ。
  発端は俺と亜衣が話していた時、付き合う以前は当たり前だった光景をいきなり麻衣は壊した。
  俺と亜衣の会話に割り込み、強制的に俺を連行し、二人きりになったところで言ってきたのだ。

 ―――「私が彼女なんだから、亜衣とは話さないで」

 …快感だった。
  亜衣が俺と話しているだけで嫉妬している、その事実が気持ちよく背筋を伝わった。
  そんな些細な事にすら嫉妬する程、麻衣は俺の事が好きなんだと分かって幸福感を感じた。
  その日以来、俺は何かと亜衣と触れ合う姿を見せ、麻衣の嫉妬する様を楽しむようになった。
  「亜衣と話さないで」、「亜衣に近付かないで」、そんな言葉は俺の彼氏としての自尊心を満たし
  同時に、麻衣の俺への好意を再確認する要因にもなった。
  その為に亜衣を利用しているのは胸が痛かったが、麻衣との幸せな時間に比べれば他愛のない事。
  勿論今日もわざと亜衣と密着しているところを麻衣に見せてしっかり嫉妬する様子を楽しんだ。
  麻衣は声を荒げ、亜衣に罵声を浴びせていた。
  その声が大きければ大きい程、それに比例して麻衣の俺への愛も大きくなる。
  こんな風に常に遠回しに愛を囁いてくれる麻衣を、俺はますます好きになっていく。

 麻衣、俺はお前が好きだ。
  だから、お前は俺の為に、これからも嫉妬してくれ。
  麻衣が嫉妬する様を見て俺はますます麻衣を好きになり、麻衣を慰める事によって麻衣は
  ますます俺の事を好きになっていく、最高の循環じゃないか。
  それは、俺たちの関係を維持する為の、最も有効な手段じゃないか…。

 俺は胸の奥底で微笑みながら、嫉妬してくれた麻衣を慰める為の文句を今日も考え続ける。

 

―――――――――――――――――――――――――

 今日も麻衣ちゃんは魁くんの隣を独占していた。
  心配そうに駆け寄っている魁くんに対して幸せを感じる事もなく、当たり前のように歩いている。

 あたしと麻衣ちゃんと魁くんは、いわゆる幼馴染だ。
  活発な麻衣ちゃんに、リーダー役の魁くん、そしてその二人について行くだけの陰気なあたし。
  控え目のあたしを麻衣ちゃんが引っ張ってくれて、麻衣ちゃんが暴走しないように宥める魁くん。
  あたしたち三人の関係は、本当にバランスいいものだった。
  しかし、魁くんがその均衡を破った。
  幼馴染という関係だけだった筈の麻衣ちゃんに、魁くんが告白したのだ。
  麻衣ちゃんは快く了承してしまった。
  正直あたしは魁くんが好きだったから、二人が付き合う事を知って結構ショックを受けた。
  でも、あたしは幼馴染なのだから、二人を祝福してあげないと必死に平生を装った。
  しかし、そのショックは上乗せされた。
  二人が付き合い始めてから、麻衣ちゃんがやたらとあたしに突っ掛かるようになったのだ。
  あたしが魁くんと話すだけで物凄く怖い目で睨んでくる。
  確かに魁くんの事を諦め切れてはいなかったけど、別に二人の仲を壊そうだなんて思っていない。
  それでも、何かにつけて魁くんとあたしを引き離し、触れ合えないようにしてくる。
  『幼馴染』としての付き合いすら、麻衣ちゃんは許してくれなくなってしまったのだ。

 正直言って、麻衣ちゃんが凄く憎かった。
  あたしが今まで好きだった魁くんの心を独占し、『幼馴染』としての関係すら断とうとしてくる
麻衣ちゃんが腸が煮えくり返る程憎かった。
  今でも憎くないといえば嘘になるが、あたしもけじめをつけられるようになった。
  魁くんと付き合う事が出来るのは麻衣ちゃんであり、あたしじゃない。
  その事実を受け入れた上で、『幼馴染』としての関係を取り戻せばいいじゃないか。
  魁くんへの恋は脆く崩れ去ってしまったけど、元の関係に修復する事は出来る筈。
  二人の顔色を伺いながら、あたしが魁くんが好きな事を悟られないようにしつつ許しを乞う。
  その為ならば、たとえ憎き麻衣ちゃんに何をされようとも構わない。
  魁くんとの距離を元に戻す為ならば、どんな事にも耐えてみせる覚悟がある。

 ―――『麻衣ちゃん、魁くんは譲るから…せめてこれからも幼馴染でいさせて…』

 今日も言葉には出せない懇願を胸に秘めながら、二人の背中を追い続ける。
  いつか、また三人で笑い合える日々が戻るの信じて…。

 

―――――――――――――――――――――――――

 今日も魁を騙し、亜衣を傷付けてしまった。
  罪悪感から二人を直視出来ないので、私は逃げるように先頭を切っていった。

 私と亜衣と魁は、いわゆる幼馴染だ。
  私たちを纏めるリーダー役の魁に、物静かな亜衣、そしてその亜衣を引っ張っていく私。
  消極的な亜衣を私が積極的に手を差し伸べ、転ばないように魁が抑えてくれる。
  私たち三人の関係は、”表面上は”バランスいいものだった。
  しかし、魁がその均衡を破った。
  幼馴染という関係を越える為に、魁が私に告白してきたのだ。
  告白された時の私の心境は、『困惑』だった。
  正直言って、私は魁を幼馴染以上にも以下にも見ていなかったし、これからも見る事は出来ない。
  何故なら、”私が好きなのは『亜衣』だから”だ。
  勿論幼馴染、ましてや同姓同士で、こんな想いが許される筈がないとは分かっていた。
  それでも、ずっとずっと好きだったのだ。
  だから、私は幼馴染という関係の崩壊を覚悟して魁からの告白を断ろうとした。
  だが、断ろうとした瞬間、私の頭の中で”悪魔が囁いた”。

 ―――『魁と亜衣、二人の気持ちを利用すればいいではないか』

 私は亜衣が魁の事を好きなのを知っていた。
  亜衣が魁の事を遠目から愛しそうに見つめている度、胸が張り裂けそうな思いを味わってきた。
  いつもどうにしかして亜衣の中から魁の存在を消したかった。
  しかし、私の中の同性愛という感情を気付かれる訳にもいかない。
  気付かれたら幼馴染としてすら亜衣は私と付き合ってくれなくなるのが分かっていたからだ。
  そう、”直接的に”は感情を露呈出来ない………、なら遠回しにすればいい。
  私が魁と付き合えば、亜衣は魁を諦めざるを得ない状況に陥る。
  更に、それでも亜衣が簡単に魁を諦められない事を利用して他の男との交流もさせなければいい。
  その想いが今日も言動に顕著に出てしまった。

 ―――「あんたみたいに陰湿そうな文庫少女、誰も相手になんかしちゃくれないわよっ!」

 そう、男なんか亜衣の事を相手にしてはくれない。
  亜衣を受け入れてくれるのは、私だけなんだ。
  その事に気付いてくれる日々が来るまで、私は亜衣を『教育』し続ける。

 二人の気持ちを利用している事でいつも良心の呵責に苦しめられるけど、好きな人を手に入れる為
ならば、喜んでその苦しみ受け入れようではないか。
  そんな事を思う程、私の亜衣への想いは取り返しのつかないところまで来ているのだから…。

2007/03/30 To be continued.....

 

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