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うらぎりコウモリ



1

「それでね、岸君は皮の薄いクレープとか好きなんだって」
 
  昼休みの屋上。真冬の寒風吹き荒む不人気場所には、現在2人の女生徒しかいなかった。
  一人はツーテールに小さな眼鏡。
  手にしたメモ帳に視線を落としながら、もう一人に何やら報告している様子。
  一人は古式ゆかしきポニーテールに丸眼鏡。
  相手の話に真剣顔で聞き入っている。一言たりとて聞き漏らさぬ所存の様子。
 
  彼女らが話しているのは、クラスメイトの岸夕紀についてである。
  ツーテールの少女が彼に関する情報を集め、
  ポニーテールの少女が、それを受けて考え込む。
 
  ツーテールの少女──比良野一流(ひらの いちる)は、報告するのをふと止めて、
 
「で、美由花はいつ告白するの?」
 
  と、ポニーテールの少女──黒木美由花(くろき みゆか)に訊ねてみた。
  それに対し美由花は、質問の意味を一瞬理解できず、
  その後顔を真っ赤に爆発させて俯いてしまった。
 
「……ぅ……まだ……早いよ……。
  夕紀君、私のこと……全然知らないし……」
 
「……で、とりあえず知っておきたいから私に色々調べさせてる、と。
  好きな人のこと知りたいって気持ちもわかるけど、
  これじゃあ美由花、知り過ぎちゃってる気がするんだけど」
 
「──そ、そんなことないよ!
  まだ夕紀君の歯磨きする時間とか、朝見るテレビ番組とか知らないもん!」
「……そんなの知ってどうするのよ……」
「え……私も同じようにしようかなあって……。
  それなら、何かのきっかけで話せるかもしれないし……」
「…………あー。美由花がそれでいいなら別に構わないけど」
 
  もじもじしながら話す美由花に、肩を落としてしまう一流。
  しばらく項垂れた後、気を取り直して顔を上げた一流は、
 
「まあ、応援するよ。とりあえずこの調子で岸君のこと調べればいいのかな?」
「うん! ありがとう!
  ──やっぱり一流は私の一番の親友ね!」
「……あー、はいはい。そいつはありがと。
  それじゃあ報酬はスイス銀行の指定の口座に」
「丸抜屋のカスタード鯛焼きでいいかな?」
「おっけー。んじゃ放課後に──あ、いや、放課後は駄目だった」
「? 一流、何か用事があるの?」
「ああ、まあ、その、一応ね……」
「わかった。じゃあ鯛焼きは明日ね」
「よろしくー。……っと、そろそろ昼休み終わっちゃうね。教室戻ろっか」

 

 

「──それで、岸君は皮の薄いクレープとか好きなんだって」
 
  放課後の校舎裏。
  日が当たらずカビ臭い不人気場所には、2人の女生徒の姿があった。
 
  一人は長い黒髪を背中に流す、やや背の高い女生徒だった。
  相手の話を真剣に聞き入り、一言たりとて聞き漏らすものかと意気込んでいる。
  一人は以下略。
  昼休みに同じ内容の報告をしていた比良野一流である。
 
  校舎裏にて人目を避けて、話しているのは一流のクラスメイトのこと。
  現在一流の報告を聞いている黒髪の女生徒──九重伊南(ここのえ いなみ)。
  一流の一学年上の先輩だが、家が近所なため古い付き合いだったりする。
  古武術を嗜んでいることから、立ち居振る舞いに一本線が通っており、
  男女問わず人気者の女子である。

「そ、そうなのか。クレープは食べたことはないが、岸となら美味しく食べられそうな気がするぞ」
「って伊南ちゃん、岸君とはまともに話したこともないってのに」
「し、仕方ないだろう! 話そうにもきっかけがないのだから、こ、怖いじゃないか!」
「学園祭ミスコン一位がコレかよ……かっこわるー」
「ううう五月蠅い! 不用意に話しかけて嫌われてしまったらお前は責任を取れるのか!?」
「それで嫌われるってどんなこと話すのよ……。
  普段は教師も眼じゃないくらいに格好いいのに、
  どうしてこう、岸君が関わるとへなっちゃうのかなあ」
「……うう。も、もうちょっと岸のことを知ることができれば、
  きっと恐れず話しかけられると思う。多分。
  ま、まだ知らないことが多すぎるからな!
  岸がどんな歯磨き粉を使っているかとか、ドレッシングは何が好みなのかとか……」
 
「……今度は歯磨きネタでいくかなあ」
「ん? 調べてくれるのか、一流。ありがとう……!」
「あー、そんなキラキラした瞳で見つめないで……。
  なんつーか、良心の呵責が……あと胃が……」
「? 体調が悪いのか? ならば今日は無理せず早く帰るといい。
  私は部活があるから、これで失礼するぞ」
「……そーするね。報酬はスイス銀行の」
「丸抜屋の大判焼き、小倉スペシャルでどうだ」
「おっけー。……ダイエットは来週から。来週から……!」
 
 
  とまあ、こんな感じで。
  比良野一流は、コウモリのように両者の間を行ったり来たり。
  どちらも断ることができないまま、岸夕紀について調べていた。

 

 

 そんな、ある日のこと。
 
「あ、比良野、放課後ちょっといいか?」
 
  渦中の人物、岸夕紀にそう言われ、一流ははてなと首を傾げてしまった。
 
「別にいいけど。何か用事?」
「ああ、いや、ちょっと話したいことがあるんだ。い、忙しいなら別にいいぞ」
「んー」
 
  一流は少し考え込んだ。
  今日の放課後は大判焼きの日。小倉スペシャルは限定生産のためタイミングを逃すと
  食べられなくなる。
  許されるタイムロスは20分前後といったところか。
  走って向かえば五分は余裕ができるかもしれない。
  つまり合計25分。
  どんな話をするのかはわからないが、25分を超えるということはないだろう。
 
「ん。別にいいよー」
「た、助かる。それじゃあ放課後な!」
 
  言うなり教室の外へと駆け出す夕紀。
  それを見て一流は「トイレでも我慢してたのかな?」などと思った。
 
 
  そして放課後。
 
  教室には、一流と夕紀の2人だけ。
 
  HRが終わった直後は、少なからず他のクラスメイトが残っていたのだが、
  夕紀がダラダラと話を引き延ばした結果、20分が経過して、
  他のクラスメイトは皆、教室からいなくなっていた。
 
「で、話って何なの?」
 
  何度目かわからない問いを、改めて投げかける一流。
  徒歩の限界は突破してしまった。
  残された時間はおよそ五分。
  でなければふんわり生地に小倉餡がたっぷり詰まった至極の一品が失われてしまう……!
  半ば殺気立った様相で問いかける一流に。
  夕紀は周囲をきょろきょろと見回した後、真剣な表情で一流に向かい合った。
 
  その真っ直ぐな眼差しに。
  思わず、息を呑んでしまう一流。
  そして。
 
 
「俺──お前のことが好きだ。
  だから……付き合って欲しい」

 

 

 教室の外。
 
  2人の女生徒が、それを聞いた。
 
  一人は、教室に忘れ物を取りに戻ってきた黒木美由花。
 
  一人は、報酬を与えるため迎えに来ていた九重伊南。
 
 
  2人とも、教室の中に夕紀がいたため、気恥ずかしくて入っていけなかった。
  何故か一流が夕紀と話をしていたが、自分が調査を依頼していたので特に疑問に思わなかった。
  ──話が終わるまで教室の前で待っていればいい。
  奇しくも同じ結論に達した2人。
  もう一人いる見知らぬ女生徒のことを気にしつつも、中の気配を伺っていた。
 
 
  そこへ、聞こえてきた、夕紀の言葉。
 
 
  2人の心に、皹が入った。
 
  どうして、それを言われるのが私ではないのだろうか。
  どうして一流が、それを言われているのだろうか。
  私が言われるはずだったのに。
  どうして。どうして。どうして。どうして。
 
  きっと一流が、奪ったのだ。
  味方のふりをして。
  心の底では嗤っていたんだ。
  ひどい。ひどい。ひどい。ひどい。
 
 
  ──イチルは、裏切り者だ。
 
 
  奇しくも同じ結論に達した2人。
  もう一人いる女生徒のことなど欠片も気にせず、
  頭の奥でキイキイと鳴る不快な音に、歯軋りをして耐えていた。

2007/03/29 完結

 

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